8月1日 主日礼拝
巣鴨聖泉キリスト教会での礼拝はお休みとなります。
毎年国民宿舎鵜の岬で行われている日本聖泉キリスト教会連合のサマーキャンプが、7月30日~8月1日までもたれます。
8月1日は連合合同礼拝となりますので、巣鴨教会での礼拝は休みとしています。
合同礼拝
説教箇所 ガラテヤ3:1-29
説 教 題 「アブラハムの子孫」
説 教 者 小嶋崇牧師
※ブログの更新も土、日とお休みします。
巣鴨聖泉キリスト教会(日本聖泉キリスト教会連合)創立1965年。 大和郷の一角にある緑と花に囲まれた教会、隣には牧師の木工房。 静かに賛美と聖書の学び、そんな礼拝の時をお過ごしください。
2010年7月30日金曜日
2010年7月28日水曜日
徒然なるままに
今頭の中には整理されたものが何もない。
それで(も)何かを書き出すことに・・・。
教会では時々テーマを決めて「セミナー」を持つことがあります。
今年は「コミュニケーション」。
テーマに相応しい新聞のコラム程度の読み物を探しています。
現代は様々な人間関係の中でそのシチュエーションに合ったコミュニケーションを取る能力・センスを求められています。
でも実際には「敬語」や何やらで“言葉遣いの状況対応”で処理している感じが強いように思います。
本当にコミュニケーションを取る為には先ず良く聞かなければなりませんが、日常生活、仕事場で求められているのは「スムースなコミュニケーション」。
波風立てない、失礼がない、いわゆる失策を回避するコミュニケーション術がより求められているように思います。
突っ込んで相手の意思をはっきり納得できるまで対話するようなコミュニケーションは時間がかかるし、知的・感情的にもエネルギーが要るのでなるべく避けたいタイプではないでしょうか。
買物をしていて店員さんと楽しく会話する場面はどのくらいあるでしょうか。
スーパーのレジなんかでお話していたら後に続くお客さんの邪魔になってしまうから顰蹙ものですが、生活のスピードがもっと緩やかな時代には、家を出て近所の人と顔を合わせてする簡単な会話や、散歩ですれ違う時の簡単な挨拶、買物の時の何気ない会話、などが結構あったのではないでしょうか。
そんな光景は今や下町の商店街で見られるくらいになってきたのかな・・・。
余計なことはしゃべらない、非効率な会話はしない、世間からの一種の閉じこもりを皆さん自己防衛的にやっているのではないでしょうか・・・。
ミクシーや一定の閉じられた社会空間でのおしゃべりは楽しんでおられるようですが・・・。
ツィッターはもしかしたら世間に向かっての軽いおしゃべり発信なのかしら?
答えてくれる場合は少なさそうだけれど。
そう言えば一日を「おはようございます」のツイートで始める人がいたっけ。
あれってツィッター世間に向けて気軽に挨拶しているのかな・・・。
それで(も)何かを書き出すことに・・・。
教会では時々テーマを決めて「セミナー」を持つことがあります。
今年は「コミュニケーション」。
テーマに相応しい新聞のコラム程度の読み物を探しています。
現代は様々な人間関係の中でそのシチュエーションに合ったコミュニケーションを取る能力・センスを求められています。
でも実際には「敬語」や何やらで“言葉遣いの状況対応”で処理している感じが強いように思います。
本当にコミュニケーションを取る為には先ず良く聞かなければなりませんが、日常生活、仕事場で求められているのは「スムースなコミュニケーション」。
波風立てない、失礼がない、いわゆる失策を回避するコミュニケーション術がより求められているように思います。
突っ込んで相手の意思をはっきり納得できるまで対話するようなコミュニケーションは時間がかかるし、知的・感情的にもエネルギーが要るのでなるべく避けたいタイプではないでしょうか。
買物をしていて店員さんと楽しく会話する場面はどのくらいあるでしょうか。
スーパーのレジなんかでお話していたら後に続くお客さんの邪魔になってしまうから顰蹙ものですが、生活のスピードがもっと緩やかな時代には、家を出て近所の人と顔を合わせてする簡単な会話や、散歩ですれ違う時の簡単な挨拶、買物の時の何気ない会話、などが結構あったのではないでしょうか。
そんな光景は今や下町の商店街で見られるくらいになってきたのかな・・・。
余計なことはしゃべらない、非効率な会話はしない、世間からの一種の閉じこもりを皆さん自己防衛的にやっているのではないでしょうか・・・。
ミクシーや一定の閉じられた社会空間でのおしゃべりは楽しんでおられるようですが・・・。
ツィッターはもしかしたら世間に向かっての軽いおしゃべり発信なのかしら?
答えてくれる場合は少なさそうだけれど。
そう言えば一日を「おはようございます」のツイートで始める人がいたっけ。
あれってツィッター世間に向けて気軽に挨拶しているのかな・・・。
2010年7月27日火曜日
教会と制度
今日はちょっと玄人的な話題
教会と言えばごく自然にクリスチャンが集まる場所や集まりを想像すると思います。
でも“自然に”と言うことを厳密に取れば、教会が自然に集まることは殆どありません。
集まる場所や時間は決めておかなければなりません。集会(礼拝)でなされることも殆ど順序や決まりがあります。(※カリスマ派のような人たち、クエーカーのような人たちは、決められた順序より霊の導きを優先すると言われているが・・・。)
そもそもなぜ日曜日に礼拝なのか。
教会堂はどうしても必要なのか。
クリスチャンが数人集まればそれが教会ではないか。
さらに、牧師(聖職者)は必要なのか。
十一献金は聖書的なのか。
教会は霊的な集まりだと思ったら会議ばかりやっている・・・。
これらは「制度的」な教会の面を示す事柄であると言えます。
先日米国や英国で神学を勉強してきた友人・知人と色々と話す機会がありました。
その中で話題の一つとなったのが様々な教会の伝統の違いや長所・短所について。
アメリカを発祥としてこの十年余『イマージング』と言う主に二十、三十代クリスチャンのムーヴメントが拡がっています。基本的に福音的ですが、よりポストモダンの文化を意識しています。また環境問題や社会正義の問題により敏感です。
彼らは「制度的な教会」に批判的です。それで小グループで自由に集まって信仰を育てているようです。
しかしある程度グループが歴史を積み重ねると「制度的教会」と同じ問題に直面します。色々と話し合って決めていかなければならないのです。
もう一つ興味深い動向があります。
福音派の信仰に育った人たちの中からカトリックやギリシャ正教に宗旨替えする流れが目立つようになってきています。
一番有名なのは一昨年であったか『全米福音主義神学会』の理事長まで務めた方がカトリックに移ったのです。
この動きの背景には「福音派の信仰のあり方」に満足しない、もっと深い霊的伝統に傾倒する傾向があるようです。
日本でもヘンリー・ナウエンがよく読まれているように、いわゆる福音派の「霊性」に対して浅薄さを感じているのではないでしょうか。
戦後開始した殆どのプロテスト教会は教会数を増やしたり、信徒数を増やしたり、いわゆる「教勢的」なことにばかり熱心で、信徒の霊的深まりのような課題とちゃんと取り組んでこなかったツケを今支払わされているのではないでしょうか。
筆者は例えば『プレイズ系』の賛美にはあまり関心がなくなってきました。むしろ古い賛美歌の方に魅力を感じます。
典礼(リタージカル)な面の学びが必要と感じています。
何はともあれ「教会は信仰者の母」と言われたりするように、霊性の深まりにしても、制度的面の充実にしても、キリスト者共同体が自由かつ生き生きと御霊の実を現す方向に導かれていきたいと思っています。
教会と言えばごく自然にクリスチャンが集まる場所や集まりを想像すると思います。
でも“自然に”と言うことを厳密に取れば、教会が自然に集まることは殆どありません。
集まる場所や時間は決めておかなければなりません。集会(礼拝)でなされることも殆ど順序や決まりがあります。(※カリスマ派のような人たち、クエーカーのような人たちは、決められた順序より霊の導きを優先すると言われているが・・・。)
そもそもなぜ日曜日に礼拝なのか。
教会堂はどうしても必要なのか。
クリスチャンが数人集まればそれが教会ではないか。
さらに、牧師(聖職者)は必要なのか。
十一献金は聖書的なのか。
教会は霊的な集まりだと思ったら会議ばかりやっている・・・。
これらは「制度的」な教会の面を示す事柄であると言えます。
先日米国や英国で神学を勉強してきた友人・知人と色々と話す機会がありました。
その中で話題の一つとなったのが様々な教会の伝統の違いや長所・短所について。
アメリカを発祥としてこの十年余『イマージング』と言う主に二十、三十代クリスチャンのムーヴメントが拡がっています。基本的に福音的ですが、よりポストモダンの文化を意識しています。また環境問題や社会正義の問題により敏感です。
彼らは「制度的な教会」に批判的です。それで小グループで自由に集まって信仰を育てているようです。
しかしある程度グループが歴史を積み重ねると「制度的教会」と同じ問題に直面します。色々と話し合って決めていかなければならないのです。
もう一つ興味深い動向があります。
福音派の信仰に育った人たちの中からカトリックやギリシャ正教に宗旨替えする流れが目立つようになってきています。
一番有名なのは一昨年であったか『全米福音主義神学会』の理事長まで務めた方がカトリックに移ったのです。
この動きの背景には「福音派の信仰のあり方」に満足しない、もっと深い霊的伝統に傾倒する傾向があるようです。
日本でもヘンリー・ナウエンがよく読まれているように、いわゆる福音派の「霊性」に対して浅薄さを感じているのではないでしょうか。
戦後開始した殆どのプロテスト教会は教会数を増やしたり、信徒数を増やしたり、いわゆる「教勢的」なことにばかり熱心で、信徒の霊的深まりのような課題とちゃんと取り組んでこなかったツケを今支払わされているのではないでしょうか。
筆者は例えば『プレイズ系』の賛美にはあまり関心がなくなってきました。むしろ古い賛美歌の方に魅力を感じます。
典礼(リタージカル)な面の学びが必要と感じています。
何はともあれ「教会は信仰者の母」と言われたりするように、霊性の深まりにしても、制度的面の充実にしても、キリスト者共同体が自由かつ生き生きと御霊の実を現す方向に導かれていきたいと思っています。
2010年7月26日月曜日
屋上緑化
2001年、新会堂建替えの時、屋上を緑化することになりました。教会関係者のご厚意で工事がなされて9年になろうとしています。
植えられた草は四種類のセダム種の草です。別名メキシコ万年草という渇水や日照りに強い種です。用意された区画に一杯にはびこるまで4~5年要しました。
最初のうちは少しずつ肥料をやったりしながら“伸びる”のを待っていました。すると間もなく雑草の問題が出てきました。最初のうちは見つかったら根こそぎ抜く、と言うことをやや真面目にやっていました。
しかし雑草の中でも厄介なのはイネ科の雑草です。根が細かく引っこ抜こうとすると全体が持ち上がってきてしまいます。数年で勢力を伸ばしていきました。
ついに「雑草抜き」をあきらめてしまいました。
段々と屋上を見るのが億劫と言うか、雑草がはびこっているのを見たくないと言うことで放置するようになってしまいました。
先日ちょっと覗いてみました。雑草が生い茂っているように見えました。後日緑化工事を施工してくれた方に「ついに雑草に駆逐されたみたいです。」と報告しました。
会堂にはトップライトを設けてあるのですが、夏の陽射しが強い間これに覆いをかけるため、今度はちゃんと屋上に上がって一周してみました。
雑草に駆逐されたかに見えたのは一部分でセダムはまだ健在でした。ところどころ雑草とほぼ共存状態でしたが、セダムが勢力を保っている場所も結構ありました。何かほっと安心、そして嬉しくなりました。
先日「駆逐された」と報告した時、「雑草も緑には違いないから屋上緑化がなくなったわけではありませんよ」と慰められましたが、「大丈夫、共存していました。」と再報告することができました。
エアコンを使わず屋上緑化による断熱で過ごしているわが教会としては「屋上の緑の草たち」にまだまだ活躍してもらわねばなりません。
植えられた草は四種類のセダム種の草です。別名メキシコ万年草という渇水や日照りに強い種です。用意された区画に一杯にはびこるまで4~5年要しました。
最初のうちは少しずつ肥料をやったりしながら“伸びる”のを待っていました。すると間もなく雑草の問題が出てきました。最初のうちは見つかったら根こそぎ抜く、と言うことをやや真面目にやっていました。
しかし雑草の中でも厄介なのはイネ科の雑草です。根が細かく引っこ抜こうとすると全体が持ち上がってきてしまいます。数年で勢力を伸ばしていきました。
ついに「雑草抜き」をあきらめてしまいました。
段々と屋上を見るのが億劫と言うか、雑草がはびこっているのを見たくないと言うことで放置するようになってしまいました。
先日ちょっと覗いてみました。雑草が生い茂っているように見えました。後日緑化工事を施工してくれた方に「ついに雑草に駆逐されたみたいです。」と報告しました。
会堂にはトップライトを設けてあるのですが、夏の陽射しが強い間これに覆いをかけるため、今度はちゃんと屋上に上がって一周してみました。
雑草に駆逐されたかに見えたのは一部分でセダムはまだ健在でした。ところどころ雑草とほぼ共存状態でしたが、セダムが勢力を保っている場所も結構ありました。何かほっと安心、そして嬉しくなりました。
先日「駆逐された」と報告した時、「雑草も緑には違いないから屋上緑化がなくなったわけではありませんよ」と慰められましたが、「大丈夫、共存していました。」と再報告することができました。
エアコンを使わず屋上緑化による断熱で過ごしているわが教会としては「屋上の緑の草たち」にまだまだ活躍してもらわねばなりません。
2010年7月24日土曜日
明日の礼拝案内
主日礼拝
7月25日午前10時30分から
ガラテヤ人への手紙講解(31)
説教箇所 ガラテヤ人への手紙3:16
説 教 題 「アブラハムとその子孫に」
説 教 者 小嶋崇牧師
※夏時間に入りました。説教、礼拝時間とも約10分短縮しています。
※次主日(8/1)は、茨城県鵜の岬で開催される「日本聖泉キリスト教会連合サマーキャンプ」合同礼拝のためお休みとなります。
7月25日午前10時30分から
ガラテヤ人への手紙講解(31)
説教箇所 ガラテヤ人への手紙3:16
説 教 題 「アブラハムとその子孫に」
説 教 者 小嶋崇牧師
※夏時間に入りました。説教、礼拝時間とも約10分短縮しています。
※次主日(8/1)は、茨城県鵜の岬で開催される「日本聖泉キリスト教会連合サマーキャンプ」合同礼拝のためお休みとなります。
2010年7月23日金曜日
「福音」の意味の変容
「二つの福音?」の題で、イエスが宣べ伝えた「神の国」の福音と、イエスの使徒たちが宣べ伝えた「イエス・キリスト」の福音の違いと関係について書きました。
基本的にはイエスが置かれた宣教の「時」と、イエス・キリストにおいて成し遂げられた「神の国」の福音を全世界に宣べ伝える宣教に遣わされた弟子たちとの「歴史文脈的相違」がある、とまとめました。
今回はキリスト教の教派を問わず「福音」の本来的性格からずれたところで「福音」をとらえているのではないか、との疑念について。
福音とは本来、民に対して公けになされる王や皇帝の「布告・宣告」です。戦勝報告や王・皇帝の誕生を布告することの中に「平和・正義」などの実質的恩恵の意義を込めてなされたものです。
ですから福音は本来①民一般のための、②王や統治者による、公的性格のものです。
さて福音の内容に関してはかなり巾があるとしても、現在キリスト教会が「福音」と言う時、この公的な性格、「統治者の布告」としてのニュアンスは殆ど前面に出てきません。
その代わりに何が「福音」の内容を性格ずけているかと言えば、それは「救い」、特に「個人的救い」に関するメッセージ、ということになります。
何時からそういうことになったのか、ここでは入り込みませんが、恐らく宗教改革以降、「個人の信仰」が重要性を増し、敬虔主義を通して「活きた信仰」が強調され、リヴァイヴァリズム(信仰復興運動)を通して「回心・新生(ボーン・アゲイン)」の体験を高調するようになったこと、その間に宗教と政治が分離する「世俗化」が進んだ、と言う歴史的背景が考えられます。換言すれば「信仰」は個人の内心の自由に関わること、になっていったのです。
何はともあれ、一番手っ取り早い「福音の受容」は「イエス・キリストの十字架の代償的死を認め、イエス・キリストを個人的罪の救い主として“心”に受け入れる」と言う形でなされることが多いと思います。最もこれはキリスト教の中の福音派の共通部分というのが妥当でしょうが・・・。
では原初に立ち返り初代使徒たちの福音宣言はどうであったか。
使徒たちは、ローマによって十字架に処刑されたけれども、神がこの義しい人を死者の中から復活させたことによって、イエスこそ「イスラエルの真のメシヤ(ユダヤ人の王)」であり、復活によって諸王国を支配する「人の子」であることを、神の右の座に挙げられることによって示された方、と宣言したのです。
キリスト(ユダヤ人の王メシヤの訳語)、は初代キリスト教の宣教において非常に政治的な文脈で解釈されたのです。換言すれば、彼らはイエスを「個人的・私的な救い主」として人々に推薦したのではなく、ユダヤ人の王、そして世界の主、としてローマ帝國下で宣告したのです。
もし迫害を避けたかったら「キリスト」のタイトルにこだわらない方が賢明だったでしょう。しかし使徒たちはローマへの反逆を含意する「キリスト」の呼称にこだわったのです。なぜならナザレのイエスこそが、真の王、真の主(キュリオス)であるとの宣言を受けて遣わされたからです(マタイ28:18)。
イエスを個人的な救い主として「心の中に受入れた」クリスチャンたちは、初代の使徒たちが同じイエスをカイザルとは別の「真の王、真のキュリオス」として、人々に公けに宣告した福音を思い起こす必要があるでしょう。
イエスは「あなたと言う個人」の犯した罪の代償としてわざわざ十字架刑にかかるような策動をしたのではありません。イエスはイスラエルのために、それ故世界のために、公けに十字架の上で『ユダヤ人の王』として処刑されたのです。これは“私的な”“心の中の出来事”ではありません。公然とした事実なのです。
この公然とした事実の上に使徒たちの宣教は展開されたのです。
基本的にはイエスが置かれた宣教の「時」と、イエス・キリストにおいて成し遂げられた「神の国」の福音を全世界に宣べ伝える宣教に遣わされた弟子たちとの「歴史文脈的相違」がある、とまとめました。
今回はキリスト教の教派を問わず「福音」の本来的性格からずれたところで「福音」をとらえているのではないか、との疑念について。
福音とは本来、民に対して公けになされる王や皇帝の「布告・宣告」です。戦勝報告や王・皇帝の誕生を布告することの中に「平和・正義」などの実質的恩恵の意義を込めてなされたものです。
ですから福音は本来①民一般のための、②王や統治者による、公的性格のものです。
さて福音の内容に関してはかなり巾があるとしても、現在キリスト教会が「福音」と言う時、この公的な性格、「統治者の布告」としてのニュアンスは殆ど前面に出てきません。
その代わりに何が「福音」の内容を性格ずけているかと言えば、それは「救い」、特に「個人的救い」に関するメッセージ、ということになります。
何時からそういうことになったのか、ここでは入り込みませんが、恐らく宗教改革以降、「個人の信仰」が重要性を増し、敬虔主義を通して「活きた信仰」が強調され、リヴァイヴァリズム(信仰復興運動)を通して「回心・新生(ボーン・アゲイン)」の体験を高調するようになったこと、その間に宗教と政治が分離する「世俗化」が進んだ、と言う歴史的背景が考えられます。換言すれば「信仰」は個人の内心の自由に関わること、になっていったのです。
何はともあれ、一番手っ取り早い「福音の受容」は「イエス・キリストの十字架の代償的死を認め、イエス・キリストを個人的罪の救い主として“心”に受け入れる」と言う形でなされることが多いと思います。最もこれはキリスト教の中の福音派の共通部分というのが妥当でしょうが・・・。
では原初に立ち返り初代使徒たちの福音宣言はどうであったか。
使徒たちは、ローマによって十字架に処刑されたけれども、神がこの義しい人を死者の中から復活させたことによって、イエスこそ「イスラエルの真のメシヤ(ユダヤ人の王)」であり、復活によって諸王国を支配する「人の子」であることを、神の右の座に挙げられることによって示された方、と宣言したのです。
すなわち、神が、今や主ともキリストともされたこのイエスを、あなた方は十字架につけたのです。(使徒2:36)また、使徒パウロたちの宣教を非難する者たちは、彼らを
「イエスという別の王がいると言って、カイザルの詔勅にそむく行いをしている」(使徒17:7)と描写したのです。
キリスト(ユダヤ人の王メシヤの訳語)、は初代キリスト教の宣教において非常に政治的な文脈で解釈されたのです。換言すれば、彼らはイエスを「個人的・私的な救い主」として人々に推薦したのではなく、ユダヤ人の王、そして世界の主、としてローマ帝國下で宣告したのです。
もし迫害を避けたかったら「キリスト」のタイトルにこだわらない方が賢明だったでしょう。しかし使徒たちはローマへの反逆を含意する「キリスト」の呼称にこだわったのです。なぜならナザレのイエスこそが、真の王、真の主(キュリオス)であるとの宣言を受けて遣わされたからです(マタイ28:18)。
イエスを個人的な救い主として「心の中に受入れた」クリスチャンたちは、初代の使徒たちが同じイエスをカイザルとは別の「真の王、真のキュリオス」として、人々に公けに宣告した福音を思い起こす必要があるでしょう。
イエスは「あなたと言う個人」の犯した罪の代償としてわざわざ十字架刑にかかるような策動をしたのではありません。イエスはイスラエルのために、それ故世界のために、公けに十字架の上で『ユダヤ人の王』として処刑されたのです。これは“私的な”“心の中の出来事”ではありません。公然とした事実なのです。
この公然とした事実の上に使徒たちの宣教は展開されたのです。
フェスト閣下・・・私はまじめな真理のことばを話しています。・・・これらのことは片隅で起こった出来事ではありませんから、そのうちの一つでも王の目にとまらなかったものはないと信じます。(使徒26:25-26)
2010年7月22日木曜日
牧師と木工
ナザレのイエスは、宣教を開始するまで、父ヨセフの後を継いで大工をしていた。
当時の大工は木工だけでなく石工なども含んでいたらしい。家を建て維持する諸事に携わる職業であっただろう。
筆者の木工はナザレのイエスにあやかるためのものではない。
始めたきっかけは身の回りの整理や、仕事場の整理のために棚や収納が必要になったこと。
その後工具を買い足していくうちにいつのまにか趣味になっただけの話。
でも牧師と木工の組み合わせは自分でも気に入っている。
実際財政事情の苦しいキリスト教会は、牧師が日曜大工程度の維持管理をすることは良くあることです。
2001年教会堂建替えに伴い、建物内外の家具・外構でそれまで磨いた木工のノウハウを活かすことができました。
そして2009年思いもよらないことから、隣接する木造平屋の廃屋を工房に改装することになりました。
教会を地域にオープンにする、と言っても普通の人はなかなか教会に足を踏み入れることは億劫です。
しかし工房だと「面白そうだ」と足が向きやすいのではないか。入って工房の主と話してみたら隣に建っている教会の牧師だった、と言う筋立てが面白いのではないか、とそんな出会いを密かに期待しています。
今日の午後も一人「ツルばら用アーチ」製作について尋ねて来られました。聞いてみたらご近所の方でカトリックの信者でした。
工房はまだまだ内部の整理がついていないので「セミ・オープン」の段階です。そのうち本格的にオープンして地域の人たちとの触れ合いの場、色んなおしゃべりの場になればと思っています。
当時の大工は木工だけでなく石工なども含んでいたらしい。家を建て維持する諸事に携わる職業であっただろう。
筆者の木工はナザレのイエスにあやかるためのものではない。
始めたきっかけは身の回りの整理や、仕事場の整理のために棚や収納が必要になったこと。
その後工具を買い足していくうちにいつのまにか趣味になっただけの話。
でも牧師と木工の組み合わせは自分でも気に入っている。
実際財政事情の苦しいキリスト教会は、牧師が日曜大工程度の維持管理をすることは良くあることです。
2001年教会堂建替えに伴い、建物内外の家具・外構でそれまで磨いた木工のノウハウを活かすことができました。
そして2009年思いもよらないことから、隣接する木造平屋の廃屋を工房に改装することになりました。
教会を地域にオープンにする、と言っても普通の人はなかなか教会に足を踏み入れることは億劫です。しかし工房だと「面白そうだ」と足が向きやすいのではないか。入って工房の主と話してみたら隣に建っている教会の牧師だった、と言う筋立てが面白いのではないか、とそんな出会いを密かに期待しています。
今日の午後も一人「ツルばら用アーチ」製作について尋ねて来られました。聞いてみたらご近所の方でカトリックの信者でした。
工房はまだまだ内部の整理がついていないので「セミ・オープン」の段階です。そのうち本格的にオープンして地域の人たちとの触れ合いの場、色んなおしゃべりの場になればと思っています。
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