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2017年10月17日火曜日

(5)義認論ノート、7

どうやら「義認論ノート」は毎月1回ペースのアップになっています。

何とも時間のかかる連載になっていますが、目標としたところに着地するまでは続けるつもりです。


今回は「義認論」と「教会論」を教会史的に振り返るきっかけを与えてくれた論文を紹介したいと思います。



D. G. Hart, "The Church in Evangelical Theologies, Past and Future" in Mark Husbands & Daniel J. Treier eds. THE COMMUNITY OF THE WORD: TOWARD AN EVANGELICAL ECCLESIOLOGY, 23-40.


著者のダリル・G・ハートに関しては詳しいことはあまり知らないが、改革派のウェストミンスター神学校書店の紹介ページから17冊もの著作が販売されている。

現在のプロフィールとしては「外交政策研究所(F.P.R.I.)」というシンクタンクのアソシエート・スカラーとなっている。
感じとしては「アメリカ宗教史(プロテスタント/福音派)」研究から国防・外交に関わるアメリカの国家アイデンティティーとしてのキリスト教史研究へと多少シフトしているのかもしれない。
ハートの論文のテーゼをざっくり言えば、「(アメリカ)福音主義の教会論は無きに等しい。敢えて言えば「反・教会」論のようなものである。」という感じだ。

ここで言う教会論とは「職制」「聖礼典」を基礎とした制度的教会論のことで、宗教改革者第一世代から伝統として受け継いだものだ。

しかしその後ピューリタンたちが北米に移民して教会を形成して行く過程で、この伝統的教会論は「個人の宗教経験の真正性」を原則とする教会形成に次第にシフトして行き、19世紀の信仰復興運動によってもはやその枠組み自体が見えなくなるほど衰退して行った、と概観している。

かなり長い時間の間のシフトを論証するわけだから、スケッチのような叙述になるわけだが、ハートのテーゼをある意味シンボリックに示すある人物の自伝を通して、この大きなシフトを印象付けている。

その人物とはチャールズ・ホッジ(1797-1878)とほぼ同時代の人物、ジョン・ウィリアムソン・ネヴィン(John Williamson Nevin, 1803-1886)。

ハートの構図では、ネヴインは(保守の代表と目される)ホッジの対極にある、宗教改革者の伝統的教会論を受け継ぐ正統派なのである。

ちょっと長くなるがハートの論文からネヴィンの「生い立ち、信仰訓練背景」について書いているところを引用する。


He had as a boy at Middle Spring Presbyterian Church been reared “according to the Presbyterian faith as it then stood.” For Nevin this meant a form of piety that was covenantal and churchly, begun in baptism, and sustained by catechesis in the broadest sense to include family instruction and public worship, with the end of such nurture being communion in the Lord’s Supper. As Nevin summarized it,“In one word, all proceeded on the theory of sacramental, educational religion, . . . holding the Church in her visible character to be the medium of salvation for her baptized children.”1
This system of churchly devotion received a significant challenge when Nevin went off to Union College in New York. There he encountered a rival piety in which the individual and the pursuit of conversion and holiness had made the church virtually superfluous. According to Nevin, the revivalist-driven faith of New England Puritanism “brought to pass, what amounted for me, to a complete breaking up of all my previous Christian life.” He explained:
I had come to college, a boy of strongly pious dispositions and exemplary religious habits, never doubting but that I was in some way a Christian, though it had not come with me yet (unfortunately) to what is called a public profession of religion. But now one of the first lessons inculcated on me indirectly by this unchurchly system, was that all this must pass for nothing, and that I must learn to look upon myself as an outcast from the family and kingdom of God.2 (様々な強調は筆者)

ネヴィンが育った「伝統的教会論の枠組み(ハイ・チャーチなどとも称される)」と「個人的回心を最優先するリヴァイヴァリズム」、つまり chuchly vs. unchurchly、の対立が彼の中で火花を散らすように受け止められたわけである。
※この二つのシステムの対立に関して、ネヴィンの薫陶を受けた長老教会宣教師が宮城学院の歴史に関係していて、『宮城学院資料室年報』(2015年度)に出村彰氏が「合衆国衆国改革派外国伝道局50年略史」の解題で背景的なことを書いているので参考にしてみてください。(特に41-44ページ辺りのところにネヴィンのことが書かれています。)
ネヴィンは、前回義認論ノート 6で取り上げた「Aタイプのクリスチャン」ということになります。
 (A)(クリスチャン家庭に育ち)気がついたら「クリスチャンかなー、まだかなー」、と実ははっきりした自覚がないまま過ごしてきました。でも洗礼も受けていますし、クリスチャンといえばクリスチャンだと答えています。
ハートの論文では時系列的に、ジョージ・ホィットフィールド、ジョナサン・エドワーズ、チャールズ・フィニー、チャールズ・ホッジ、エドモンド・クラウニーを取り上げて論じます。

ネヴィンを規準としてみれば、これらすべての説教者・神学者たちは、新大陸でのキリスト教の発展・形成を、ルターやカルヴィンの宗教改革遺産の保持ではなく、個人的・体験的な方向にシフトしたイノベーターということになるわけです。

洗礼と結びつく「義認論」と「教会論」の関係でいうと、ハートの論文が示唆する重要なポイントは、新大陸におけるキリスト教が聖霊による直接的な恵みとして「個人の救いの体験」を強調することによって、(カルヴィンやルターが保持していた)制度的教会がサクラメントによって媒介する神の恵みという視点を弱めたということ。

つまりサクラメントである洗礼の意義がキリスト者の体験において弱められることによって、教会論と義認との繋がりは弱まり、個人の救いを明確化する「救いの順序」救済論との関係が強められるようになった(のではないか)ということです。


※英語で読むのを厭わなければ、ハートの論文はネットにて読めますので一読をお勧めします。

2017年9月20日水曜日

(5)義認論ノート、6

義認論ノート、5で以下のような「アウトライン」的なものを提示しておきました。

    今後の展望
     (1)教会員の資格問題
     (2)(聖礼典、特に)洗礼と教会員資格問題
     (3)教会史の流れ

これから書こうとしていることは筆者にとって「依然としてかなり込み入って見えている」ことがらです。

はたして読者にどれだけ伝えられるのか・・・あまり自信はありません。

しかし、概観的にボンヤリとでも何かが見えてくれば御の字としたいと思います。


(1)最初に押さえておきたいこと

それは、
「義認」と「洗礼」は、一世紀のキリスト教会において《体験》としても《認識》としても、ほぼ同じか密接に繋がっていた
であろうということです。

「パウロがロマ書やガラテヤ書で論じている義認は『救済論』でもあり『教会論』でもある」というN.T.ライトの立場を支持して「義認論」を考えてきた筆者としては「バプテスマ」を「義認」と結びつけることには大きなメリットがあると考えています。

それはバプテスマ(の体験)が、
 (A) 「義認(罪人を無罪と宣言し赦免する=罪の赦しを与える)」という救済論の側面と、
 (B) 「(バプテスマを受けて)教会員となる」という礼典、つまり教会論に関わる側面と
両方を最も自然に繋げてくれるように思うからです。

しかし、「義認」を「洗礼」と繋げて議論するのはそう簡単ではない。というか却って渦中に栗を拾うようなことになりかねない。そのような理由と言うか背景が実はあるのです。(実際このノートが遅々として進まないのは、あっちでこっちでこんがらかった糸をほどくような苦労をしているからです。

筆者は(どこかに書いたと思いますが)教派的には「ウェスレアン・アルミニアン」という流れに属します。ということはプロテスタントの大きな流れでいうと「英国国教会=聖公会」と「改革派」になります。

しかし19世紀末頃日本に伝わってきた「きよめ派」の背景で言えば、リバイバリズムや伝道優先的な体質で、ウェスレーのように礼典を重んじたりする点や、改革派のような信仰告白に基づく教理と神学の伝統も、あまり受け継いでいません。

要するに「義認」にしても「洗礼」にしても掘り下げて論ずるDNAが殆どないのです。つまり最初からハンディキャップがかなり大きかったと言えます。

「義認論」のため様々な資料を読んできましたが、自らの体験と比較照合することが殆ど出来ないばかりか、次々に新しい要素に遭遇してそのたび新規に学習しなければならないことが多々ありました。

ですから「知ったような顔で書いている」ように見えても、結構辻褄の合わないことが見つかると思います。そのあたりご寛容のほどよろしくお願いします。

それは簡単に言えば新約聖書の時代と、その後の教会史で「洗礼の意義や役割がかなり変化してしまった」ということです。(そしてそのことは、ライトが指摘したように、義認もまた新約聖書での意味から離れ拡大して運用されるようになったこととも並行しているのではないかと思います。義認論ノート、3参照)

ルターの宗教改革は、カトリック教会に定着した「サクラメント(洗礼はその中の一つ)」が孕んだ問題から出てきた腐敗や行き過ぎに対してあったわけですが、確かにルターは「信仰義認」の原則は打ち立てましたが、その原則で「洗礼」が関わる問題を一挙にクリアーしたわけではありません。

ご存知のようにルター派教会や改革派教会は依然として「幼児洗礼」を維持してきました。(しかし改革派の場合は後述するようにリバイバリズムの影響で礼典を重んずるハイチャーチの伝統はかなり後退します。)

それに対し急進派とされた再洗礼派は「成人洗礼」に徹することで新約聖書時代の教会の洗礼のあり方に戻ろうとしました。

混乱はいまも続いています。(先鋭化して論じられることはなくなったようですが・・・。)



(2) 身近な例を使って

「義認論」の問題を教会論(端的には「洗礼」)の角度から探るために、昨年の日本伝道会議分科会「ライトの義認論」でも使った「設問」をここでも使ってみようと思います。

念頭にあるのは、ライトが指摘した「義認の教理とはつまるところ『救いの確証』のためである」というポイントです。信仰生活、教会生活の背景が異なると「洗礼」と「救いの確証」が対照的な関係になることを示してみたいと思います。
 あなたは以下の二つのうち、どちらのタイプのクリスチャンですか?

 (A)(クリスチャン家庭に育ち)気がついたら「クリスチャンかなー、まだかなー」、と実ははっきりした自覚がないまま過ごしてきました。でも洗礼も受けていますし、クリスチャンといえばクリスチャンだと答えています。
 (B)ある伝道集会みたいなところで(「招き」とか言うのがあって、何となく前に出て行ったらいろいろカウンセリングがあって、最後に「イエスを個人的な救い主と心に受け入れます」と祈りました。その後、どこか教会に繋がる様にと勧められたので、近所の○○教会に通っています。はい、自分はクリスチャンです。
A タイプのクリスチャンとは、教会史的に言えばカトリック教会、そしてプロテスタントの中でも依然として「国家/社会と教会とが同心円的関係」やその名残のある教会です。幼児洗礼がスタンダードでしょうから成人してから「クリスチャン」とは何か???と悩んだり、あるいはただ習慣で教会に通うタイプです。

このタイプの(特に真面目な)クリスチャンは、「救いの確証」問題を抱える比率が高いと考えられます。(ルターやウェスレーが思い浮かびます。)

B タイプのクリスチャンとは、先に挙げた再洗礼派がさきがけといえますが、むしろ現代の福音派教会で伝道を通してクリスチャンになる方により多く見られると思います。

このタイプは「明確な回心」を経て教会に加わることが多いので、逆に洗礼とか教会とかは「後付のもの」に感じられる比率が高いと考えられます。

この「設問」のポイントは「洗礼」と「キリスト者の自覚」とが離れていることです。

A タイプでは自覚の伴わない洗礼(特に幼児洗礼)が大きな要因と考えます。

B タイプでは「回心主義」の福音派教会に典型的ですが、「個人の信仰(の決断)」が重要視され、先ず「回心=救いの体験」があって後「洗礼」がいわば「外面的なしるし」として追加的になされる傾向があります。これらの教会は「非典礼的」な傾向が強く、押しなべて教会論が弱体化しています。


以上がうまく「今後の展開」のイントロとなってくれるといいのですが・・・。

もしピンと来ることが少なかった場合は、このブログで書いた「福音のパラダイムシフト」を読むようオススメします。

高い比率で問題意識が共有されていますし、「洗礼」と「回心体験」とを近接させる必要を指摘しています。(特に、福音派のパラダイム・シフト②)

また説明が足りていないですが、回心主義福音派で「洗礼」が「罪人の祈り」に典礼的側面を乗っ取られてしまったと テルフォード・ワークが Evangelical Sacraments: Supporting Cast for the Sinner's Prayerでズバリ指摘しています。

2017年8月28日月曜日

(4)宗教改革を越えて 最近の読書に見る流れ(続き1)

前回紹介したのは

 (1)ロバート・ウェーバー『コモンルーツ』
 (2)ウィリアム・エイブラハム他編著『カノニカル神論』

の2冊だが、これら二つは宗教改革後の福音主義神学が理性主義に傾きすぎて、教会生活・信仰生活が(日本語でそれらしき表現を使うと)「情操」的に貧弱になってしまったと言う反省から生まれたものと言えるだろう。

その「欠落した」何ものかを宗教改革以前、特に「古代教父時代の遺産」に遡って探したわけである。

この記事は自分が購入して読んだ(読んでいる)本を軸に書いているのだが、それで言うと読んだことがないので話は逸れるが、この時点で紹介しておきたいのがトーマス・オーデンであろう。

彼はリベラル陣営の神学者でありながら、相対する福音派のロバート・ウェーバーとほぼ同時期にウェーバーと同じように「近代」から「古代」へとUターン した人物である。(オーデンの紹介記事としてインターバーシティ出版社サイトとCTの記事をリンクしておく。)

この二人を比較対照するのは結構面白いことではないだろうか。

近代プロテスタンティズムの発露として「神学的リベラリズム」があり、それに対抗するように「キリスト教保守主義・正統主義」が位置するわけであるが、構図的には対立するウェーバーとオーデンが神学的には違う経路を辿りながらも、古代教会と云う同じ場所にUターン したわけである。

リベラル神学にせよ、(しばしば反・近代と思われている)福音主義神学にせよ、どちらも近代主義から来る「欠落」があり、それを自覚し、修正を求めて「古代教会の遺産」に向かったと言うことは、現代プロテスタンティズムを考える上でやはり一つの大事な動向であろう。
※当ブログで取り上げたゴードン・T・スミスの『福音派のパラダイム・シフト』⑤では福音派のアイデンティティーの一つである「回心主義」の背景となるリバイバリズムの歴史の見直しが指摘されており、その関連でウェーバーとオーデンが言及されていた。

New Perspective on Paulの地平

宗教改革を越えた地平の一つ目が「古代教会」とすると、次に取り上げる地平は「NPP(パウロ神学への新視点)」ということになるだろう。

NPPに関してはこのブログでも、N.T.ライト読書会ブログでも度々関連記事を書いたのでここでは特に取り上げようとは思わない。

ただ次に紹介する地平「第二神殿期ユダヤ教」に繋げる橋渡し的なことをメモしておきたい。

(1)OP 対 NPP

NPP自体は1970年代からの動向と見たり、W.D.デーヴィスの『パウロとラビ・ユダヤ教』(1948年)やクリスター・ステンダール(1960年代)を含めて言及したり少し幅があるが、新約聖書の背景としてのユダヤ教諸文書の研究の積み上げの中から出てきていることを見る必要がある。

パウロの「義認」理解に関し、宗教改革の伝統的解釈(をOPと呼んだりする)に対して「新しい視点(NPP)」を提案したのは、このアカデミックな研究の積み上げからの一つの例、一つの適用と云う点が理解される必要があると思う。

しかし伝統的解釈の立場の者たち(主にリフォームド)はこれをあたかも「OP 対 NPPの直接対決・全面対決」のような受け止め方をする傾向がある。

その理由は幾つかあると思うが次の二つは大きいだろう。

 (a) NPPはパウロの「義認」理解のために新約聖書正典外 の様々な情報を多く採用する。
 (b) OPの伝統的「義認」理解を支持する者たちは宗教改革以来の聖書解釈原則である「聖書テクストの自明性(perspicuity of Scripture)」)に依拠した神学、教理的解釈に終始する傾向がある。

つまり(a)と(b)はコインの裏表のような関係であり、聖書テクストへの光の当て方において方法論的対立を抱えていると言える。(もちろんそれが全てではないだろうが・・・。)

さらなる対照として、NPPの方はより「歴史的文脈に即した聖書テクスト理解」を志向するのに対し、OPの方は「『義認』に対して与えられている教理的・組織神学的意味を保全する聖書テクスト理解」を目指しているように見える。

以上は昨年「N.T.ライトの義認論」で討論をした当事者としての体験から感じたことで、やはり方法論的アプローチの違いが大きいと思う。

(2)「教理」対「聖書(スクリプチャー)」の関係

パウロの「義認」とその関連語で織りなされている聖書テクストをどう読むかと云う問題は、ある立場から言えば「教会の存立基盤」に関わる最重要教理問題であり、単なる(というと語弊があるが)一聖書テクストの解釈問題では済まないのである。

しかしその認識が強すぎるために、教理的拘束性が聖書テクスト解釈の幅を制限していないか、との問いは立てられてしかるべきだろう。

完成形、と思われた教理的構築物である「(信仰)義認」をもう一度パウロの手紙の中に解き放ち、歴史的文脈が指し示す「地平」(一世紀ユダヤ教の文脈にあるパウロの福音の全体像)を見渡してもう一度再構成する、そのような「宗教改革を越えた」試みが求められているのではなかろうか。


というわけで、次はいよいよ「第二神殿期ユダヤ教」に関わる本の話題に入って行きたいと思います。



2017年8月21日月曜日

(5)義認論ノート、5

義認と教会論: 一世紀のキリスト教会においては

「義認」を救済論との関連で論ずるのを不思議がる人はいないと思いますが、さて教会論との関連 だとどうでしょう・・・。

ということでそもそもの発端である「N.T.ライトの義認論」にまた戻ってみます。


ライトの立場を支持する筆者のテーゼは: パウロの義認の教えは「救済論」と「教会論」(と、ライトは理解している)、というものでした。

用いた資料は義認論ノート、3で紹介したマクゴワン論文と同じ論文集『Justification In Perspective』にライトが書いたNew Perspectives on Paul から引用した特に次のパラグラフです。
このサブセクションの主要論点の第一は、これら二つのこと(罪の赦しを与えられた罪びとを正しいと宣告し、そして、多民族による一つの家族の一員であるこ とを宣告する)はパウロの脳裏では緊密に連携している、ということである。さらに言えば、後者の論点(家族への所属)がロマ書3章やガラテヤ3章ではとて も重要であると主張することが、前者の論点(神の法廷で義と宣言された者の一人とされる)の重要性を軽減するものではない、ということである。

このポイント(契約神学が下敷きになっている)は多少見えにくいが決定的に重要である。すなわち、神がアブラハムと契約を結んだのは、[旧約]聖書の大枠 から言っても、パウロにおいても、アダム来の「罪」とその影響を除去し、良き創造のわざそのものとして完成に導くためである。かくして、神が罪の赦しを宣 言し、また契約の民の一員と宣言することは、詰まる所、二つ別々の事柄ではないのである。
恐らく「厳密に言えば(義認の釈義的許容範囲内に限定すれば)」義認は「罪人を(キリスト・イエスのゆえに)義しい」と赦免する宣言であり、一世紀以降の異邦人キリスト者がマジョリティーとなっていく教会のコンテクストでは第一義的には救済論的に扱われるのが自然になったのだと思います。
 
しかしライトが主張し、指摘しているのは一世紀の教会において、アブラハム契約の祝福を約束された「神の民」はユダヤ人だけでなく、異邦人も含まれており、「アブラハム契約」の視点からそれまでは「ユダヤ人(イスラエル民族)」と「異邦人(諸民族)」という二つの異なる契約関係にある者たちが「キリスト・イエスにあるという原則」において同じ一つの民になる、ということなのです。
 
この契約関係的に「イスラエル民族と諸民族」という二つに分かれていたものが「メシア共同体(メシアのからだ)」を通して一つになったのはいかなる根拠・いかなる原理によるのか・・・を説明するために取られたのが、「律法の行い」ではなく「(福音に対する)信仰」の原理において、という議論であったということです。
 
引用したライトの論文では、この義認に関する「契約関係における民族間の問題」が前面にあることをロマ書3章の次の箇所を指摘してさらに続けて訴えています。
それとも、神はユダヤ人だけの神でしょうか。異邦人の神でもないのですか。そうです。異邦人の神でもあります。
実に、神は唯一だからです。この神は、割礼のある者を信仰のゆえに義とし、割礼のない者をも信仰によって義としてくださるのです。(ローマ3:29-30、新共同訳)
 
しかし、長い間(約1800年くらい?)キリスト教会からこの「一世紀における二つの民を繋ぐ」問題が消えていました。そのためパウロがロマ書やガラテヤ書で主張した「(信仰による)義認」をこの「民族の契約関係調整」の視点から具体的に考察する機会がありませんでした。
 
「キリスト・イエスにおいて更新された契約」に入る(言わば)長子の権利を主張する(できる?)人々(ユダヤ人) が長い間出てこなかった、とも言えます。
この約束は、あなたがたにも、あなたがたの子供にも、遠くにいるすべての人にも、つまり、わたしたちの神である主が招いてくださる者ならだれにでも、与えられているものなのです。」(使徒2:39、新共同訳)
あなたがたは預言者の子孫であり、神があなたがたの先祖と結ばれた契約の子です。『地上のすべての民族は、あなたから生まれる者によって祝福を受ける』と、神はアブラハムに言われました。それで、神は御自分の僕を立て、まず、あなたがたのもとに遣わしてくださったのです。それは、あなたがた一人一人を悪から離れさせ、その祝福にあずからせるためでした。」 (使徒3:25-26、新共同訳)
そこで、パウロとバルナバは勇敢に語った。「神の言葉は、まずあなたがたに語られるはずでした。だがあなたがたはそれを拒み、自分自身を永遠の命を得るに値しない者にしている。見なさい、わたしたちは異邦人の方に行く。(使徒13:46、新共同訳)
「義認」の教義的理解にとっても最重要であったこの「一世紀の教会における民族関係問題」という歴史的文脈が視界から遠ざかった後は、教会論は次第に義認論の表舞台から退場していったように見受けられます。
 
宗教改革になって救済論が神学的議論の主役を演じるようになると、義認論はもっぱら救済論との関係で論じられるようになり、宗教改革の第二・第三世代以降(プロテスタント正統主義の時代)は、教会論の弱体化も手伝って、もっぱら「個人の救いの体験」(「救いの順序」)における諸懸案(義認と新生、信仰と新生、義認と聖化、など)との関連で論じられるようになったようです。

 
今後の展望
 
「義認」と教会論の関連をさらに論じて行くにあたり、二つの重要な関心事項があります。
 
(1)教会員の資格問題
 中世カトリック教会や宗教改革後の国教会のような「国家社会と教会」が同心円のような関係にあったいわゆる「クリステンダム(キリスト教文明)」の条件の下での「義認と教会」を考察する必要があります。
 
(2)(聖礼典、特に)洗礼と教会員資格問題
 宗教改革以降、聖礼典に与ったような“外面的”な教会員の教会ではなく、救いの体験を持った「聖徒たちの教会」へと改革を推し進めて行く中で「義認と教会」の関係を見て行く必要があります。
 
(3)教会史の流れ
 
 これらの関心事項を以下のような教会史の流れと関連させながら概観して行きたいと思います。
 
一世紀の教会では、ロマ書やガラテヤ書で論じられたように、「義認」はイスラエル民族と異邦人諸民族がどのような原理原則で「一つの神の民」となるか、という問題でした。
 
しかし、二世紀以降、さらにキリスト教がローマの国教なると、ノミナルなクリスチャンと聖徒らしいクリスチャンとごっちゃになったような教会をどうしたらいいか、という方向に「教会員問題」は向かいます。
「教会らしい教会」をと改革運動が進む中で宗教改革が起こります。
しかし、国教会的なシステムでは「聖徒だけの教会」は難しく、再洗礼派のような急進的な改革は一部に限られます。
 
英国国教会から逃れ、新大陸に移ったピューリタンたちが改革路線を進めますが、この時「教会員」を「救いの体験」を証しすることが出来る者に限定する制度が定着していきます。
この流れは「リバイバリズム」運動とも重なって、個人の救いの体験を重視することにより、組織的・制度的教会を軽視しする流れが強まります。
すなわち「パイエティズム・信仰復興運動」の背景を持つ福音派の「教会論」が後退して行きます。
 
このような流れの中で「洗礼」と「義認」の密接な繋がりが見えなくなり、教会の実践において「回心」と「洗礼」が分離していきます。
 
大雑把に言えば・・・中世のカトリック教会的教会形成原理から、宗教改革原理を徹底した自由教会形成原理へと移行して行く中で「義認」の意味・位置が変化して行くことを辿ってみたいと思います。
 
いわば「義認」の「教会論的文脈の変化」を「マクロな(=大風呂敷な)視点」から追跡した雑多な思いつきの寄せ集めに過ぎないですが、例証・傍証取り混ぜながら述べて行きたいと思います。



2017年8月12日土曜日

(5)義認論ノート、4

「義認論ノート、3」はかなり長い記事となってしまいました。

そのため「(2)なぜ義認論にとって『救いの順序』は問題なのか」が充分言い尽くせないで終わってしまいました。

「議論の流れ」を簡単に整理するとこんな感じです。 

「義認」を論ずる枠組みは何だろうか。

宗教改革以降、プロテスタント諸派で顕著なのは「義認」を「救済論」の中で論ずることだ。

特に「救いの順序(ordo salutis)」の枠組みを参照して論ずることだ。

しかし、それが余りにも(時系列的にも、論理的にも)詳細な点に渡ってまで整合させようとして聖書テクストの読み(釈義)を歪めさせている・・・

と言った辺りまでやってきました。


アンドリュー・マクゴワンの『義認と救いの順序』を用いてこの辺の整理をしようとしました。

「義認論」が抱える様々な問題点を「救いの順序(ordo salutis)」からくる問題に絞って指摘しても全部が解けるわけではないと思います。

伝道会議・分科会の議論の組み立てでは、(1)救済論の枠組み、に(2)教会論の枠組み、をプラスすることによって「義認」を「『救いの順序(ordo salutis)』のみ」の縛りから解き放つ方向を示唆しようとしました。


でも(2)教会論の枠組みに行く前に・・・

「義認論ノート、3」で、「救いの順序(ordo salutis)」を使って「義認」の教理的な位置を解明しようとする(主に改革派系の)神学者の中に、「救いの順序」とは別の(パウロ神学)概念を用いて「義認」を論ずる流れ(school、学派)があり、これが影響力を増している(らしい)ことを指摘しました。

「キリストとの一体(union with Christ)」
です。(マクゴワンの論文ではordo salutis methodに対してunion with Christ methodとなっています。)

バルトの「救いの順序に拘泥すると、救済論が余りにも人間論になってしまう。もっとキリスト論的視点に戻すべきだ。」みたいな批判を紹介しましたが、実はアンドリュー・マクゴワンの『義認と救いの順序』論文にはもう一人(筆者から見て)重要な修正視点を提供した方がいます。


昨年80歳を迎えたウェストミンスター神学校の名誉教授のリチャード・ガフィン・ジュニア(Richard B. Gaffin, Jr.)は、1969年に同校で Resurrection and Redemption: A Study in Pauline Soteriology と題した博士論文を書きます。これが後に The Centrality of the Resurrection: A Study in Paul's Soteriology として出版されます。
ガフィンの主張は、パウロの救済論において「キリストの復活とキリスト者の復活とが密接にリンクしているゆえ、『キリストとの一体』が支配的である」ということです。

この視点から伝統的な「救いの順序」救済論の欠陥が指摘されます。
 (1)終末論的視点が欠落している。
 (2)「救いの順序」の各要素を独立した「行為(アクト)」と見るのは問題だ。

Nothing distinguishes the traditional ordo salutis more than its insistence that the justification, adoption and sanctification which occur at the inception of the application of redemption are separate acts. If our interpretation is correct, Paul views them not as distinct acts but as distinct aspects of a single act.(強調は筆者)

 (3) 「新生(regeneration)」が「信仰」より前に来る見方はパウロ的でない



(マクゴワンの論文にはバルトら新正統主義神学の立場の解釈との違いの指摘もありますが)このガフィンの主張はウェストミンスター神学校の中で受容され、救済論における「キリストとの一体」の主導のもと、「法廷的『義認』(forensic justification)」も堅持しながら、なお議論が進展しているとのことです。


以上「救済論」から「義認」を見た場合の「救いの順序」の限界と、パウロ神学的に見た場合の「キリストとの一体」の中心性・重要性をマクゴワン論文から見てきました。

特に、「キリストとの一体」強調において、ガフィンが指摘した「復活」すなわちパウロの「終末論」的視点は今後の「義認論」を修正して行く上で重要な意義を持っていると思います。


話題が少し離れますが、「義認論ノート」と並行して書いてきた「Salvation By Allegiance Alone」を先日完結し、その最後に「中間考察」の一つとして書いたことですが、ガフィン/ウェストミンスター神学校の義認論における動向はある意味「組織神学的救済論」から「新約聖書(パウロ)神学的救済論」に重点を移したもの、とも捉えることができるのではないかと思います。

かつてこのブログで、リチャード・ガフィン・ジュニアがライトと義認論について議論した動画を紹介したことがありますが、その時と比べ、このマクゴワン論文を読んだあとでは、「ライトとの違いはそれほど大きくない」というのが筆者の印象です。

むしろ、「復活/終末論的視点」の重要性、「救いの順序」の問題性、そして「法廷的『義認』(forensic justification)」の堅持、等において二人はかなり近いように思います。

読者の印象はどうでしょうか・・・。


(次回に続く)


2017年7月27日木曜日

(5)義認論ノート、3

今回3回目になりますが、一応の繋がりで言えば「救いについての『教理』」が発端みたいなものになります。

そこでも言及していますが、N.T.ライト読書会ブログに連載している「Salvation By Allegiance Alone」(現在5回まで終えています) の書評紹介と並行して「義認論ノート」を進めています。

つまり、大きく括れば「救済論」(組織神学でいう「救いの教理」のこと)関連のことをいろいろ書いているわけです。


さて「義認論ノート、2」の終わりのところに「今後の展望」として二つのことを挙げました。
(1)救済論(特に『救いの順序(オルド・サリューティス)』の問題)
(2)教会論(特に制度的教会論に対するアレルギー的反応というか、その蓄積でいわば福音派教会論が弱体化したという問題)
というわけで今回はこの「救済論」との関連で「義認論」について少し書いてみたいと思います。

もう既に頭の中が混乱している方も多いと思いますが、この「○○論」がいろいろ出てくると面倒くさく感じるのは誰でもそうかと思います。

しかし話の整理上やはり使わざるを得ない!! ご勘弁ください。

(1)義認(論)と『救いの順序(オルド・サリューティス)』の関係

さて、残念ながらネット上にキリスト教神学専門用語である『救いの順序』の(日本語)解説は余りないみたいです。(ウィキペディア記事 では改革派神学とその修正版とも言えるアルミニアン神学の「二つの流れ」、として短く解説されていますが。)

その少数あるうちのものでも「義認論」に絡めて、しかもその問題点について指摘するようなものは見当たりません。

ですのでごく簡単に「義認論と『救いの順序』とはどういう関係にあるのか」を説明し、それから「なぜ義認論にとって『救いの順序』は問題なのか」を述べて行きたいと思います。


「義認」については新約聖書の言葉でもあり、それ以後教会史においても重要な神学概念であったことは明らかだと思います。

(筆者の関連で言えば、拙訳N.T.ライト『義認』があります。ライトの指摘によれば新約聖書の「義認」概念からある意味逸脱してその後の教会史における神学的展開があります。あのアリスター・マグラスの『義認の教理』もこのライトの指摘を受けて書かれている部分があります。)

しかし大雑把に言って、宗教改革時に神学論争で「救済論」が際立って注目を集めるまで、教会の神学の中心は、歴史的に言えば、「三位一体論」「キリスト論(キリストの人格とわざ)」を中心にたどってきているように思います。

中世における贖罪論(atonement)も、神と世界との和解(贖い)が成立する根拠としての「キリスト」論、特に「受肉論」に沿って(特に東方神学で)展開してきたように思います。

義認論と一番関連がありそうな「司法概念枠組を取り込んだ贖罪論の諸説(身代金説、満足説)」も、「受肉論」があまり説明しなかった「贖いの手段(としてのキリストの犠牲的死)」に焦点を当てる補完的なものと位置づけることが出来るのではないかと思います。
For while many of their utterances might seem to imply that the Redemption was actually accomplished by the union of a Divine Person with the human nature, it is clear from other passages that they do not lose sight of the atoning sacrifice. The Incarnation is, indeed, the source and the foundation of the Atonement, and these profound thinkers have, so to say, grasped the cause and its effects as one vast whole. Hence they look on to the result before staying to consider the means by which it was accomplished.
つまり宗教改革時までは「(罪ある)人は如何にして救われるか」は「神学の中心問題」ではなかったと言えるのではないかと思います。

ルターの個人史的側面(実存的問題としての深まり)の影響もあるでしょうが、義認の問題は単に教理上の進展としてではなく、極めて実際的救いの問題として焦点が当てられることになったという風に言えるのではないかと思います。
※一昨年の福音主義神学会での鈴木講演の指摘にあるように、 「義認論は罪認識の深刻さを前提にしており、罪認識の深刻さに対応する教理」ということ。つまり宗教改革者(ルター、カルヴィン)は「原罪」を重んじた「急進的アウグスチヌス主義者」であった、ということにも繋がることかと思います。

ある意味「救い」という問題を軸にして、神学は「神についての学問」であることから「人についての学問」へと大きく回転した、とそう言う側面があるのではないかと思います。(後にバルトがこの強調を「人間論(anthropology)」として批判することになります。) 

この「人間論的展開」として見ることが出来るのが、宗教改革後のプロテスタント神学で救済論が『救いの順序(オルド・サリューティス)』として整えられていった経緯ではないかと思います。

義認論について言えば(詳細は後述)、ルター、カルヴィン以降の救済論が「義認の段階」も含め、「人はいかにして救いに与り、かつ救いの完成に向かって段階的に進んでいくか」 という『救いの順序(オルド・サリューティス)』構築に組み込まれて行くことになります。

換言すれば、「個人の救いの完成」という視点から構築される『救いの順序(オルド・サリューティス)』救済論は、客観的な救いのわざとしてのキリスト論 から、「自分はいま救いの完成過程のどこに位置するのか」という主観的な問題関心 に方向転換した、と言えるのではないかと思います。

※この救済論をめぐる「大きな展開」は、スコット・マクナイト『福音の再発見』で跡付けようとした 《福音の文化》が《救いの文化》に飲み込まれる過程 とほぼ並行するものと言っていいかと思います。(その①、その②)


(2)なぜ義認論にとって『救いの順序』は問題なのか



このポイントが昨年9月の「N.T.ライトの義認論」(日本伝道会議分科会)の時発表した、後半部《ライトの義認論の応用》として挙げた二つのうちの一つです。(確か時間がなくてこのポイントについては殆ど言及できなかったと思います。)

ここではまず(筆者の目から見て)重要な論文を紹介します。論文のタイトルがそのものズバリです。

A. T. B. McGowan, "Justification and the ordo salutis," in Bruce L. McCormack ed., Justification in Perspective: Historical Developments and Contemporary Challenges. (2006, Baker Academic).


この本はNPPによって(宗教改革以来の)伝統的な義認論が大きく見直しを迫られている状況で出されたかなりコンプリヘンシブな論文集です。ライトの論文、New Perspectives on Paul (http://ntwrightpage.com/Wright_New_Perspectives.htm) も収められています。
※ 「N.T.ライトの義認論」発題1 資料で使った引用はこの論文からです。

(本文が100%同一かどうか確認はしていませんが、幸いなことにマクゴーワンの同タイトル論文がダウンロードできます。この論文を読んで頂ければ筆者がここで書くことの意図はかなりご理解いただけると思います。)

問題点の一つを先ず挙げると、『救いの順序』は聖書テキストにある程度基づいているとはいえ、贖いの順序をより細かく分解し繋げたりするときに異なる神学的強調点 によってその求められる論理的整合性が恣意的になっていく傾向があるようです。

たとえば「改革派」と「アルミニアン」の違いだと・・・

Some of the discussions about the ordo salutis in seventeenth century Reformed theology were occasioned by internal debates. For example, Arminius and the Remonstrants wanted to put faith before regeneration, in order to emphasise the human decision, as over against the Reformed view that regeneration must precede faith, in order to emphasise sola gratia. 

義認について言えば、マクゴーワンは「転嫁(imputation)」「信仰」「悔改め」を論じていますが、やはりシステムとしての改革派神学との整合性がニュアンスを決める要素になるようです。少なくとも新約聖書本文に戻ってたとえばパウロのロマ書の議論の中での整合性を論ずる、というのではないようです。

ということは、NPPが提起した「一世紀ユダヤ教の歴史的文脈」の問題は等閑視されることになるのではないかと思います。少なくとも「改革派神学」内部での整合性の方がより優先するのでしょう。


「キリストとの一体(the union with Christ)」


改革派神学者たちは救済論を『救いの順序』だけで整えようとしたのではなく、別のもう一つの論である「キリストとの一体(the union with Christ)」と並行して論じたようです。

これがある意味バランスとなって「神学システムの洗練化」の行き過ぎを防いだのではないかと思います。

しかし、バルトとなると『救いの順序』への批判が「人間中心主義」となったようです。
For Barth, questions such as whether regeneration precedes effectual calling, or whether justification has a logical priority over regeneration, are largely irrelevant. For him, all of these are embodied in Christ and we come to share in all of them as we are united with Christ.

...Rather, Barth's objection [regarding the ordo salutis in the Westminster Confession of Faith] is that, by placing such a heavy emphasis upon the application of redemption and upon the means by which the individual believer finds peace and assurance, it seeks '... to make Reformed theology into anthropology'.


さて、大分長くなってしまいました。少し収まりが悪い止め方になりますが、ここで一旦休止します。

次回少し言い残したようなことを含めて、第二《応用ポイント》であった
(2)教会論(特に制度的教会論に対するアレルギー的反応というか、その蓄積でいわば福音派教会論が弱体化したという問題)
に移って行きたいと思います。



 

2017年7月6日木曜日

(5)義認論ノート、2

去年の今頃は「N.T.ライトの義認論」(第6回日本伝道会議・分科会)の打ち合わせのため、(神学)ディベートの相手となる橋本氏、それから進行役のJEA神学委員の関野氏、佐々木氏とお茶の水で初顔合わせをしていた(7月1日だった)。

夏の間はライト読書会ブログ上で橋本氏と全部で9回、土俵作りと云うか下準備のディベートをやったのだった。

今になって、少しずつ小出しの印象は否めないが、9月の正味45分の(何と短い)討論会を思い返しながら「準備した資料」を点検し整理してアップしようとしている。

それは2017年、宗教改革500周年を迎えて案外タイムリーなことかもしれない。

あらためて、「義認論」の意義は何なのか、と問うこともいいのかもしれない。


さて下記に多少時系列的な「振り返り」となるが、伝道会議・分科会を前にした7月1日の(1回だけとなった)「打ち合わせ会議」のために、筆者が《神学ディベート・分科会》で想定していたというか、「多分現実的な中身はこんなところだろうな・・・」と考えていたことを紹介しておこう。

○○先生

・・・・・・。
僭越ながら、「ライトの義認論」に関し、討論者自身の満足よりも「日本伝道会議で取り上げる『メリット』をいかに多くするか」、と云う視点から少し「討論の枠組み・方向性」を考えてみました。
何はさておき、「討論における(神学議論的)内容」を4人で議論する前に、「全体で90分と云う時間的制約」、そして想定される参加者(信徒も含む)の「ライトの義認論」に対する理解度の問題、いずれも「外的条件・制限」を優先的に考慮せざるを得ない と思われます。さすれば自ずと選択肢は狭まってくる、とそのように考えます。
(1)90分と云う時間的制約
 フロアとの質疑応答に30分取っておくことを考えると、「イントロのような事柄・・・10分」、「討論・・・45分」くらいの時間配分かと予想します。
(2)参加者の「ライトの義認論」に対する理解度
 牧師・伝道師の方々をメインに考えたとしても、やはり「最近取りざたされているNPPとか、ライトとか大丈夫なの?」くらいの関心がスタートラインと想定した方がいいと思います。「義認論」の、つまりロマ書・ガラテヤ書の釈義的問題等に「入る議論」は無理だと思います。基本
 「『義認論』て何なの?」
 「なぜ論争されているの?」
 「それ日本での伝道や牧会に影響あることなの?」

等の質問に概観的な「見取り図」を提供する「一助」、という位置付けでいいのではないかと思っています。
※個人的には恐らく討論のポイントは、「それ日本での伝道や牧会に影響あることなの?」が一番重要ではないかと思いますが。
一応以上の線で考えますと、《討論・・・45分》のポイントは、
(1)宗教改革時の「信仰義認論」と、(NPP)ライトの「義認論」とをどう整理すればいいのか、という課題
(2)以上の課題を日本で「聖書学・神学」に従事したり、関心を持ったりする方々は、どのように取組み、どのように「日本での今後の伝道・牧会」に応用させれば良いのか、という課題
以上の二つの課題を討論ポイントとして扱えばいいのではないかと思います。
以上、私見ですが、今のところの感想まで。
小嶋
さて以上がほぼ一年前考えていたことであった。

アウトラインとしては、9月28日の発表内容はこの時すでに固まっていた。

ただ、終わってみて思うのは、「(1)90分と云う時間的制約」には予想以上だった。

というのも、義認論に関するアカデミックな材料を大胆に薄める代わりに、「伝道・牧会」という応用面への展開を濃くしよう、と欲張ってしまったのだ。

それで思いのほか「発表内容」の論理的繋がりがかなり理解するのに難しくなってしまった印象がある。

しかし「フロアーとのQ&A」を30分確保したことで、「理解しきれない」問題のほんの一部は解消されたのではないかと思う。

今改めて一年後に「義認論ノート」として発表するのも、この負い目と言うか不足分をいくらかでも補えたらいいな、との期待からである。


さて、では「発題1」の文章にコメントしてみよう。

後半、つまり「伝道・牧会への応用」部分が以下のようになっている。
 「パウロにとって義認は救済論と教会論の両方を合わせたもの」とのライトの議論が正しければ、プロテスタント諸派、特に「福音派」の神学と実践に大きな 問題を投げかけます。
 それは、従来の福音派においては、「救済」においても「敬虔」においても個人的で主観的な視点が強いため、「福音」を正しく伝承し保守するために不可欠な「聖礼典」「職制」、いわゆる「教会の外的しるし」を中心とする伝統的「教会論」がかなり弱体化していることです。
 伝道が実を結ぶためには、「福音」の明証性ともに、福音の伝承を媒介する制度的教会に対する正しい見識が必要ではないでしょうか。
この部分がまことに残念ながら「欲張りすぎ」たのでした。とても5分ではポイントさえ提示するのも困難であった、と。(実際的な設問で、イメージ的にはかなり伝えられると思ったのですが・・・。)

ここで提起しているのは、「福音派の神学と実践」に対して、「ライトの義認論」は(ある意味)問題を自覚して分析させ、また解いて行く方向付けを与えるのではないか・・・ということです。

「救済論」と「教会論」とを一つに見るもの、という「ライトの義認論」の意義は、神学的整理としてよりよい(かもしれない)というポイントにとどまらず、教会の伝道・牧会という実践面への視座を与えてくれる、というポイントとして(日本の教会に限りませんが)宗教改革系列であるプロテスタントの中の特に福音派に対して大きな意義を持っているのではないか・・・という議論にしようと思ったのです。

今回「義認論ノート 2」は既に長くなってしまったので、今後の解説の大枠を提示しておくと、
 (1)救済論(特に『救いの順序(オルド・サリューティス)』の問題)
 (2)教会論(特に制度的教会論に対するアレルギー的反応というか、その蓄積でいわば福音派教会論が弱体化したという問題)

となります。

そしてこれら二つを繋ぐのが(特に「義認」に関連付けて言えば)「洗礼論」ではないかと睨んでいます。

但しその場合の「洗礼論」は単なる神学上の議論としてではなく、教会の成員を生み育てる入口としてどのように「洗礼」は役割ずけられてきたか、という(主に西洋のキリスト教会の)歴史的実践から来る「洗礼」の神学的位置付けの問題、ということになると思います。


ということで、「次回へ続く」


2017年6月14日水曜日

(5)義認論ノート、1

「第6回 日本伝道会議 2」でお断りしたように、このスレッドは今後「義認論ノート」として継続を試みてみようと思います。

前回は、ジョン・ハワード・ヨーダーが1960年代後半に、つまりまだNPPと称して脚光を浴び始めるる前に、新約聖書学(釈義学)で「義認」の社会・倫理的側面に光を当てる研究が出始めていることを指摘していた、ということをノートしておきました。

その研究の先鞭をつけた一人としてヨーダーが名を挙げているのが(誰あろう、カール・バルトの息子の)マーカス・バルトです。 (前回記事の引用英文を参照)


(1)マーカス・バルト(Markus Barth, 1915-1994)について

マーカス・バルトについては既にこのブログでも1度取り上げています。(この記事)

残念ながらネット上には「マーカス・バルト」 で検索してヒットするものはありません。
「マルクス・バルト」で検索すると辛うじて一つ二つ見つかるくらいです。
(※ もちろんドイツ語、英語で検索すればそんなことはありませんが。)

というわけで簡単な紹介ですが、マイク・バード(ユーアンゲリオン・ブログ)の「マーカス・バルト」記事のリンクを貼っておきます。

(2)マーカス・バルトの『義認(Justification)』について

 『バルト父子』でも少し紹介しましたが、昨年の「N.T.ライトの義認論」を準備している間もマーカス・バルトの『義認』は念頭にありました。

 「教会共同体的側面を重視した」ライトの「義認論」が決して特異なものではなく、宗教改革伝統の偏りを矯正する(結構大きな)流れにあることを「マーカス・バルト」を関連付けて指摘したかったのですが・・・。

上記マイク・バードの記事にも紹介されていますが、マーカス・バルトにはこのポイントをズバリタイトルにした論文があります。

“Jews and Gentiles:
The Social Character of Justification in Paul,”
Journal of Ecumenical Studies 5 (1968): 241-67

マイクが何箇所かこの論文から引用していますが、ここに二つお借りします。
"For Paul one's justification is closely related to the question of Jewish-Gentile unity." (p. 242)

"For the two themes, justification by faith and unity of Jew and Gentile in Christ, are for him obviously not only inseparable but in the last analysis identical." (p. 258)


さて、Markus Barth, JUSTIFICATION、ですがかなり手の込んだというか、普通と違う論述スタイルを取っています。

Introduction:
 1. Justification as a juridical act
 2. The Old Testament as a methodological key
 3. Narration with wonder and admiration

FIVE ASPECTS OF GOD'SJUDGMENT
 The First Day: The Last Judgment Is at Hand
 The Second Day: The Mediator Is Appointed, Acts, and Dies
   Interlude: Black Thoughts About the Death
 The Third Day: The Judge's Love and Power Reverse Death
 The Fourth Day: The Verdict Is Carried Out
 The Fifth Day: The Last Day Is Still to Come
イントロの3で言っていることが気に入ったので引用します。
The form chosen for the body of this study is meant to correspond to the goal and route of the experiment. Instead of a systematic treatment of justification, an "admirer's narration" of the miracle of justification will be given. The more conventional sort of "scholarly" argument will appear only in the footnotes. The action of justification itself calls for a substantive report that enumerates in sequence the ongoing events and changing situations. The footnotes can take no more than a subordinate role. The more dramatic the forensic action, the more the trial itself and the account of it will come to resemble a drama. (p. 21 強調は筆者)
これはなかなか含みのある言葉です。

ヒント的にしか今はコメントできませんが、「義認」ということを組織神学的に叙述することよりも、義認をもたらすドラマチックな出来事を物語る方がより相応しいのではないか、とのバルトの神学的センスだと思います。

神学的に「説明する」よりも、先ず聖書自体に語らせる方法を取っているのではないか・・・と読んでいて感じます。

(その背景であろうと思われることについてはまた別の機会に譲りたいと思いますが、「組織神学的」なことを脚注に置く、と云う選択が示唆的です。)  

もう一箇所考えさせられた箇所を引用します。 『バルト父子』でも引用したのですが、今回は少し付け足します。
[G]od has "made  him who knew no sin for us become sin," he made him "bear the sins," so that he became a sin offering. Thus God has "condemned sin in the fresh": the judgment was carried out on the body of Jesus Christ, the Son of God and the Son of David. With his death he pays "the wages of sin." By doing this he sums up the history, the guilt, the chastisement of Israel. He is in person the full representative of this people.
   This does not mean that the accursed Christ dies in the place of those whom he represents. On the contrary, when the king who typifies all Israel dies, every one of his servants is "crucified with him." ...In turn, since the Israel that Jesus Christ represents is representative of "all fresh," the whole world, every man is also "co-crucified" with Christ. Whether or not all men know yet of this death, whether or not they believe in God and in the Messiah and witness he has sent, they are legally dead. The delivering over of their advocate is fatal for them. His death is their death. (p.46 下線は筆者)
つまり、一般(大衆的も含め)的にキリストの「代償死」を「本来なら私たちが死ぬべきところを、私たちの代わりとなって」と理解しているのですが、

そうではなく、キリストが死んだのは「イスラエルの、そして人類すべての代表として」死んだので、法的にはすべての人はキリストと共に十字架に磔にされて死んだ、のだと。

それは事後的に知ることとなったとしても、あるいは全然知らなくても、客観的にそうなのだ、というロマ書5章6-8節のロジックも支持している(と脚注で)解説しています。

一般的理解としては、(十字架の出来事を福音書で読みながら)「あー、本当だったら罪人である自分があそこで死ぬはずだったのが、イエス様が私の身代わりになって死んでくださった。私が死を免れ生きていられるのはイエス様のおかげなんだ・・・」みたいなことになるのだと思います。

マーカス・バルトはそうではない、確かにイエスは代表として死んだのだが、それは私たちの代表として死んだのだから、私たちもそこでイエスと一緒に死んだのだ」と解釈しているわけです。

この解釈はやはり義認論・贖罪論の「キリスト代償死」に関わる部分がどこか聖書テキストに沿っていないのではないか、と見直しの必要を示唆していると思います。


以上で今回のところは終わりです。

(次回へと継続して行くと思いますが、今回のように「考えるヒント」を提供するくらいが関の山かと思いますが、関心を持って読んでくださる方があれば幸いです。)

2017年5月11日木曜日

(4)第6回 日本伝道会議 2

先日アップした(3)救いについての「教理」でもイントロに書いたのですが、昨年の「第6回 日本伝道会議」 の「事後報告その1」を書いた後そのままになっていました。

その続きを書こうと思うのですが「紀行」としての続きはあきらめて、「救いの教理」について書いた流れを受け、「義認論ノート」として書いてみます。

「ライトの義認論」をめぐる神学討論会のために下準備として読んで「メモした材料」が色々あるのですが、なかなかまとめて紹介するのは骨が折れるので、「義認論ノート」として小出しで発表しようと思います。

と云う構想はかなり前からあったのですが、(そしてある程度までは書き溜めたのですが)、たまたまその呼び水みたいな文章を読んで、ようやくアップすることにしました。


以上が「序」とでも言うべき部分です。

次に「イントロ」が待ち構えています。
経緯と云うものがあるので即「義認論」にはまだ入れないのです。残念ながら・・・。


(1)5月27日のライト読書会
の案内をブログにアップしたばかりなのですが、今度読むライトのテキストは

A Royal Priesthood?
The Use of the Bible Ethically and Politically
A Dialogue with Oliver O'Donovan

に入っているのですが、この「Royal Priesthood」論集はちょうど3年前に購入してブログでも記事にしていました。

この「Royal Priesthood」繋がりで、ジョン・ハワード・ヨーダーの
The Royal Priesthood: Essays Ecclesiastical and Ecumenical
を同じ時に購入していたのです。 

と言うか、こちらの方が「ヨーダー読書会」のテキスト用に必要で購入したわけでした。
そして「最初に紹介した方の論集」は「Royal Priesthood」繋がりでついでに購入したのでした。

ヨーダーのThe Royal Priesthood、はその後読書会で少し読み進めたのですが、まもなく読書会自体がストップしてしまい積読状態になっていたのです。
 

先日、5月のライト読書会の準備も兼ねて、「Royal Priesthood」繋がりで「ヨーダーの方の論集」を少しページをパラパラやっていたら・・・「義認論」関連の箇所に出くわしました。
Few assumptions have been more widely shared in Protestant thought than the identification of the messages of Paul and Luther with the promise of a new hope for the individual in his subjectivity. Luther in his rejection of the cultural religion of the Middle Ages, ..., raised as his banner the pro me of the forgiven sinner. That God is gracious to me is the good news that Zinzendorf, Wesley, Kierkegaard, and today both Rudolf Bultmann and Billy Graham ... have derived from Luther and have labored to keep unclouded by any effort to derive from it ... a social program or any other human work. To safeguard the pure gratuitousness of grace, any binding correlation with human goals or achievements must be studiously kept in second place.
     This assumption ... is now being dismantled under the impact of the exegetical theology of this century. ... Today such scholars as Markus Barth and Hans-Werner Bartsch are finding as well even in the writings of Paul, yea even in Galatians and Romans, a hitherto unnoticed dimension of community extending even into the meaning of such words as justification. (P.73 下線は筆者)
この論文の初出は1967年ですから、まだ「サンダース、ダン、ライトらの名前が登場するNPP論争」が始まる前です。

(もっともクリスター・ステンダールの『The Apostle Paul and the Introspective Conscience of the West』は1963年ですが・・・。)

前段落では、ルターの「福音の再発見」が極端に個人的・主観的なものであり、それがジンゼンドルフ伯爵、ウェスレー、キルケゴール、そして不思議な縁(?)ですが、(20世紀を代表する聖書学者)ブルトマンと大衆伝道者ビリー・グラハムに受け継がれている、と指摘しています。

ヨーダーにとっての問題関心は、この「極端に個人的・主観的信仰」を純粋に守ろうとするばっかりに「倫理的側面、社会的な脈絡」を切り離してしまう傾向なのですが、(次段落では) 近年のパウロ研究(釈義学)がこの主観的信仰の土台とも思われた「義認(justification)」にまで「共同体」のニュアンスが含まれていることを見出し始めている、と指摘しています。

この「義認(justification)」への適用に関してヨーダーは「イエスの政治」(1972年)で展開している議論を参照するよう脚注で述べていますが、確かに第11章「恵みによる、信仰による、義認」でこの新しいパウロ研究の視点を紹介しています。

「イエスの政治」を購入して読んだ当時はこのあたりの論争点にはまったくと言っていいほど無知でした。
We could in fact most properly say that the word "justification" ... should be thought of in its root meaning, as a verbal noun, an action, "setting things right," rather than as an abstract noun defining a person's quasi-legal status as a result of a judge's decree. To proclaim divine righteousness means to proclaim that God sets things right; that it is of his nature and the nature of his covenant that he is a right-setting kind of God. (P.229)
と、かなりライトの「義認」解釈と重なると言うか、むしろライトが改革派神学との整合性を保持しようとするニュアンスがあるのに対して、「共同体」ニュアンス方向に舵を切っている印象です。 

(2)マーカス・バルトの義認論
(この続きに関しては「義認論ノート」で、次の機会に・・・) 

2010年12月3日金曜日

「義認」と聖書

「のらくら者の日記」ブログで、先日北米ジョージア州アトランタで持たれた三つの会議のうちの一つ、「北米福音主義神学会」でのN・T・ライト師の様子が紹介されている。「北米福音主義神学会でのN.T.ライト博士」

内容は同学会に出席されたご友人の、山崎ランサム和彦先生のご報告(私信)。

実は私の友人も同学会に出席していた。もっと簡単な内容だが山崎氏と似たような印象を持たれたようだった。

(二人の討論の相手のように)教理的に細かいポイントに近接し、神学的伝統の枠組みに当てはめて論じるのではなく、聖書全体の文脈的流れから当該箇所(聖書の義認の教理に関連する箇所)を理解する、と言うライト師のアプローチのことである。

さて、筆者はこのような学会に参加する機会は残念ながら持てないが、このような討論がいくつものブログ上で取り上げられ、詳細に論じられ、ついにはその一つにライト師自身が反論すると言う異例の機会にも接し、興味深く「その後」を追っている。

簡単だが、英語を厭わない人のためにそれらのブログを紹介しておこう。

手始めにA Justification Debate Long Overdueをお読み頂くと、今回の討論の枠組みと、討論のポイントの概観を得ることができる。

※ちょっときつい言い方かもしれないが、当初討論に招かれていたジョン・パイパー師が欠席し、代わりにトム・シュライナー師が相手を務めたのは残念である。私見ではライト師に対して最も強い反論をしているのはパイパー師であり、より聖書学者としての議論をするシュライナー師は、ライト師の相手としてはやや軽量、と言うか本当の論敵ではなかったような気がする。
それに対しこのブログの著者が言っているように、明らかに二人の相手と対論する「敵陣」にちゃんと姿を見せたライト師は、「討論を厭わない」礼を尽くしたと言える。

このブログで引用されているライト師の言葉が大切だ。

“Only by close attention to Scriptural context can Scriptural doctrine be Scripturally understood,”
次に、ライト師もコメントで加わった、デニス・バーク氏のブログ。N. T. Wright on Justification at ETS

ここではまさに「教理的に細かいポイント」において、ライト師が自説を曲げたかのように論評されている。

曰く、将来(最後)の裁き (Future Justification) に関して、ライト師が討論の間に、今まで
on the basis of (works, a whole life led) を使用していたが、in accordance with と表現を変える譲歩を示した、とまるで鬼の首を取ったかのように論評している。

コメントにおいてライト師は、自分の見方が変わったのではなく、あくまで討論の相手が自分たちの枠組みで納得できる表現を取ったに過ぎない、と言うような反論している。

実際、どちらの表現を使おうとも、ライト師側で理解している枠組みは変更されたのではないことは、ライト師が同じことを両方の表現を使っていることで明らかである、と別のブロガーが指摘していた。

しかしライト師にとってどちらでも理解が同じ表現が、“こちこち”のカルヴィニストにとっては大きな違いがあるのだと言う。


この細かいポイントを詳細に論じているポストはWhat N. T. Wright Really Said


さて、筆者はここ数年「ガラテヤ人への手紙」から講解説教をしているが、確かにライト師の「義認」とは「神の民の一員」であることを宣言することであり、宗教改革者や、その後の伝統的な義認の教理が教えるような、「信ずる者に『キリストの義』が、その人の義として認められること」ではない、とする立場を理解するのに最初は戸惑いを覚えた。

しかし講解が進むに従い、ガラテヤ人への手紙の直接の文脈(ユダヤ人と異邦人が同じ根拠で、一つの神の民を形成する、つまりアブラハムの祝福の成就)に従って理解すると、義認が問題にしているのは「個人の罪が赦され、神の前に義と認められる」との“救済論的問題”と言うよりも、ペテロがアンテオケで異邦人と同じ食卓に着き(「ユダヤ人の様にではなく、異邦人のように生活していた)、「一つの契約の民」を生きていた、と言う“教会論的問題”が主要ポイントである、と理解できるようになった。

もちろんすべてが解決されたわけではないが、先ほどのライト師の引用の言葉にあるように、聖書それ自体の文脈に沿った理解がされないと、教理の正しい解釈とは言えないのだと思う。