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2018年8月31日金曜日

今日のツイート 2018/8/31

ちょっと内容的には一般的ではないが・・・


ちょうど「「次世代教会」を展望して、5」で教会史の学びの重要性、必要を訴えたところなのでドンピシャリという感じ。

「次世代教会」を展望して、6
で少し膨らまして見たいと思う。

2017年9月20日水曜日

(5)義認論ノート、6

義認論ノート、5で以下のような「アウトライン」的なものを提示しておきました。

    今後の展望
     (1)教会員の資格問題
     (2)(聖礼典、特に)洗礼と教会員資格問題
     (3)教会史の流れ

これから書こうとしていることは筆者にとって「依然としてかなり込み入って見えている」ことがらです。

はたして読者にどれだけ伝えられるのか・・・あまり自信はありません。

しかし、概観的にボンヤリとでも何かが見えてくれば御の字としたいと思います。


(1)最初に押さえておきたいこと

それは、
「義認」と「洗礼」は、一世紀のキリスト教会において《体験》としても《認識》としても、ほぼ同じか密接に繋がっていた
であろうということです。

「パウロがロマ書やガラテヤ書で論じている義認は『救済論』でもあり『教会論』でもある」というN.T.ライトの立場を支持して「義認論」を考えてきた筆者としては「バプテスマ」を「義認」と結びつけることには大きなメリットがあると考えています。

それはバプテスマ(の体験)が、
 (A) 「義認(罪人を無罪と宣言し赦免する=罪の赦しを与える)」という救済論の側面と、
 (B) 「(バプテスマを受けて)教会員となる」という礼典、つまり教会論に関わる側面と
両方を最も自然に繋げてくれるように思うからです。

しかし、「義認」を「洗礼」と繋げて議論するのはそう簡単ではない。というか却って渦中に栗を拾うようなことになりかねない。そのような理由と言うか背景が実はあるのです。(実際このノートが遅々として進まないのは、あっちでこっちでこんがらかった糸をほどくような苦労をしているからです。

筆者は(どこかに書いたと思いますが)教派的には「ウェスレアン・アルミニアン」という流れに属します。ということはプロテスタントの大きな流れでいうと「英国国教会=聖公会」と「改革派」になります。

しかし19世紀末頃日本に伝わってきた「きよめ派」の背景で言えば、リバイバリズムや伝道優先的な体質で、ウェスレーのように礼典を重んじたりする点や、改革派のような信仰告白に基づく教理と神学の伝統も、あまり受け継いでいません。

要するに「義認」にしても「洗礼」にしても掘り下げて論ずるDNAが殆どないのです。つまり最初からハンディキャップがかなり大きかったと言えます。

「義認論」のため様々な資料を読んできましたが、自らの体験と比較照合することが殆ど出来ないばかりか、次々に新しい要素に遭遇してそのたび新規に学習しなければならないことが多々ありました。

ですから「知ったような顔で書いている」ように見えても、結構辻褄の合わないことが見つかると思います。そのあたりご寛容のほどよろしくお願いします。

それは簡単に言えば新約聖書の時代と、その後の教会史で「洗礼の意義や役割がかなり変化してしまった」ということです。(そしてそのことは、ライトが指摘したように、義認もまた新約聖書での意味から離れ拡大して運用されるようになったこととも並行しているのではないかと思います。義認論ノート、3参照)

ルターの宗教改革は、カトリック教会に定着した「サクラメント(洗礼はその中の一つ)」が孕んだ問題から出てきた腐敗や行き過ぎに対してあったわけですが、確かにルターは「信仰義認」の原則は打ち立てましたが、その原則で「洗礼」が関わる問題を一挙にクリアーしたわけではありません。

ご存知のようにルター派教会や改革派教会は依然として「幼児洗礼」を維持してきました。(しかし改革派の場合は後述するようにリバイバリズムの影響で礼典を重んずるハイチャーチの伝統はかなり後退します。)

それに対し急進派とされた再洗礼派は「成人洗礼」に徹することで新約聖書時代の教会の洗礼のあり方に戻ろうとしました。

混乱はいまも続いています。(先鋭化して論じられることはなくなったようですが・・・。)



(2) 身近な例を使って

「義認論」の問題を教会論(端的には「洗礼」)の角度から探るために、昨年の日本伝道会議分科会「ライトの義認論」でも使った「設問」をここでも使ってみようと思います。

念頭にあるのは、ライトが指摘した「義認の教理とはつまるところ『救いの確証』のためである」というポイントです。信仰生活、教会生活の背景が異なると「洗礼」と「救いの確証」が対照的な関係になることを示してみたいと思います。
 あなたは以下の二つのうち、どちらのタイプのクリスチャンですか?

 (A)(クリスチャン家庭に育ち)気がついたら「クリスチャンかなー、まだかなー」、と実ははっきりした自覚がないまま過ごしてきました。でも洗礼も受けていますし、クリスチャンといえばクリスチャンだと答えています。
 (B)ある伝道集会みたいなところで(「招き」とか言うのがあって、何となく前に出て行ったらいろいろカウンセリングがあって、最後に「イエスを個人的な救い主と心に受け入れます」と祈りました。その後、どこか教会に繋がる様にと勧められたので、近所の○○教会に通っています。はい、自分はクリスチャンです。
A タイプのクリスチャンとは、教会史的に言えばカトリック教会、そしてプロテスタントの中でも依然として「国家/社会と教会とが同心円的関係」やその名残のある教会です。幼児洗礼がスタンダードでしょうから成人してから「クリスチャン」とは何か???と悩んだり、あるいはただ習慣で教会に通うタイプです。

このタイプの(特に真面目な)クリスチャンは、「救いの確証」問題を抱える比率が高いと考えられます。(ルターやウェスレーが思い浮かびます。)

B タイプのクリスチャンとは、先に挙げた再洗礼派がさきがけといえますが、むしろ現代の福音派教会で伝道を通してクリスチャンになる方により多く見られると思います。

このタイプは「明確な回心」を経て教会に加わることが多いので、逆に洗礼とか教会とかは「後付のもの」に感じられる比率が高いと考えられます。

この「設問」のポイントは「洗礼」と「キリスト者の自覚」とが離れていることです。

A タイプでは自覚の伴わない洗礼(特に幼児洗礼)が大きな要因と考えます。

B タイプでは「回心主義」の福音派教会に典型的ですが、「個人の信仰(の決断)」が重要視され、先ず「回心=救いの体験」があって後「洗礼」がいわば「外面的なしるし」として追加的になされる傾向があります。これらの教会は「非典礼的」な傾向が強く、押しなべて教会論が弱体化しています。


以上がうまく「今後の展開」のイントロとなってくれるといいのですが・・・。

もしピンと来ることが少なかった場合は、このブログで書いた「福音のパラダイムシフト」を読むようオススメします。

高い比率で問題意識が共有されていますし、「洗礼」と「回心体験」とを近接させる必要を指摘しています。(特に、福音派のパラダイム・シフト②)

また説明が足りていないですが、回心主義福音派で「洗礼」が「罪人の祈り」に典礼的側面を乗っ取られてしまったと テルフォード・ワークが Evangelical Sacraments: Supporting Cast for the Sinner's Prayerでズバリ指摘しています。

2017年8月28日月曜日

(4)宗教改革を越えて 最近の読書に見る流れ(続き1)

前回紹介したのは

 (1)ロバート・ウェーバー『コモンルーツ』
 (2)ウィリアム・エイブラハム他編著『カノニカル神論』

の2冊だが、これら二つは宗教改革後の福音主義神学が理性主義に傾きすぎて、教会生活・信仰生活が(日本語でそれらしき表現を使うと)「情操」的に貧弱になってしまったと言う反省から生まれたものと言えるだろう。

その「欠落した」何ものかを宗教改革以前、特に「古代教父時代の遺産」に遡って探したわけである。

この記事は自分が購入して読んだ(読んでいる)本を軸に書いているのだが、それで言うと読んだことがないので話は逸れるが、この時点で紹介しておきたいのがトーマス・オーデンであろう。

彼はリベラル陣営の神学者でありながら、相対する福音派のロバート・ウェーバーとほぼ同時期にウェーバーと同じように「近代」から「古代」へとUターン した人物である。(オーデンの紹介記事としてインターバーシティ出版社サイトとCTの記事をリンクしておく。)

この二人を比較対照するのは結構面白いことではないだろうか。

近代プロテスタンティズムの発露として「神学的リベラリズム」があり、それに対抗するように「キリスト教保守主義・正統主義」が位置するわけであるが、構図的には対立するウェーバーとオーデンが神学的には違う経路を辿りながらも、古代教会と云う同じ場所にUターン したわけである。

リベラル神学にせよ、(しばしば反・近代と思われている)福音主義神学にせよ、どちらも近代主義から来る「欠落」があり、それを自覚し、修正を求めて「古代教会の遺産」に向かったと言うことは、現代プロテスタンティズムを考える上でやはり一つの大事な動向であろう。
※当ブログで取り上げたゴードン・T・スミスの『福音派のパラダイム・シフト』⑤では福音派のアイデンティティーの一つである「回心主義」の背景となるリバイバリズムの歴史の見直しが指摘されており、その関連でウェーバーとオーデンが言及されていた。

New Perspective on Paulの地平

宗教改革を越えた地平の一つ目が「古代教会」とすると、次に取り上げる地平は「NPP(パウロ神学への新視点)」ということになるだろう。

NPPに関してはこのブログでも、N.T.ライト読書会ブログでも度々関連記事を書いたのでここでは特に取り上げようとは思わない。

ただ次に紹介する地平「第二神殿期ユダヤ教」に繋げる橋渡し的なことをメモしておきたい。

(1)OP 対 NPP

NPP自体は1970年代からの動向と見たり、W.D.デーヴィスの『パウロとラビ・ユダヤ教』(1948年)やクリスター・ステンダール(1960年代)を含めて言及したり少し幅があるが、新約聖書の背景としてのユダヤ教諸文書の研究の積み上げの中から出てきていることを見る必要がある。

パウロの「義認」理解に関し、宗教改革の伝統的解釈(をOPと呼んだりする)に対して「新しい視点(NPP)」を提案したのは、このアカデミックな研究の積み上げからの一つの例、一つの適用と云う点が理解される必要があると思う。

しかし伝統的解釈の立場の者たち(主にリフォームド)はこれをあたかも「OP 対 NPPの直接対決・全面対決」のような受け止め方をする傾向がある。

その理由は幾つかあると思うが次の二つは大きいだろう。

 (a) NPPはパウロの「義認」理解のために新約聖書正典外 の様々な情報を多く採用する。
 (b) OPの伝統的「義認」理解を支持する者たちは宗教改革以来の聖書解釈原則である「聖書テクストの自明性(perspicuity of Scripture)」)に依拠した神学、教理的解釈に終始する傾向がある。

つまり(a)と(b)はコインの裏表のような関係であり、聖書テクストへの光の当て方において方法論的対立を抱えていると言える。(もちろんそれが全てではないだろうが・・・。)

さらなる対照として、NPPの方はより「歴史的文脈に即した聖書テクスト理解」を志向するのに対し、OPの方は「『義認』に対して与えられている教理的・組織神学的意味を保全する聖書テクスト理解」を目指しているように見える。

以上は昨年「N.T.ライトの義認論」で討論をした当事者としての体験から感じたことで、やはり方法論的アプローチの違いが大きいと思う。

(2)「教理」対「聖書(スクリプチャー)」の関係

パウロの「義認」とその関連語で織りなされている聖書テクストをどう読むかと云う問題は、ある立場から言えば「教会の存立基盤」に関わる最重要教理問題であり、単なる(というと語弊があるが)一聖書テクストの解釈問題では済まないのである。

しかしその認識が強すぎるために、教理的拘束性が聖書テクスト解釈の幅を制限していないか、との問いは立てられてしかるべきだろう。

完成形、と思われた教理的構築物である「(信仰)義認」をもう一度パウロの手紙の中に解き放ち、歴史的文脈が指し示す「地平」(一世紀ユダヤ教の文脈にあるパウロの福音の全体像)を見渡してもう一度再構成する、そのような「宗教改革を越えた」試みが求められているのではなかろうか。


というわけで、次はいよいよ「第二神殿期ユダヤ教」に関わる本の話題に入って行きたいと思います。



2017年8月25日金曜日

(4)宗教改革を越えて 最近の読書に見る流れ

英語のタイトルにすれば、Horizon(s) Beyond the Reformation 、とでもなるだろうか・・・。

今年は宗教改革500周年でこの1~2年いろいろな関連で宗教改革を改めて考える機会があった。

礼拝説教でもいつもの年より余計に取り上げている。

しかし(ここで標題に戻っていくのだが)ここ1~2年(プラスさらに1~2年)の購入図書の中で目立ってきているのは、宗教改革に戻るよりもその先の事柄ではないかと思っている。

「宗教改革に戻るよりもその先の事柄」ってなんかあまりよく分からないなー。

確かに。

つまりこう言うことではないかと思っている。

昨年は日本伝道会議の分科会で「N.T.ライトの義認論」と取り組んだ。

「(信仰)義認」は宗教改革の基本原理であり、宗教改革を記念するとなると「信仰義認」の再確認・・・ということが大切なことなのだろう。

しかし、昨年の会議でも一緒に話題となった「NPP(パウロ神学への新視点)」が一つの例だが、500年前の「原理」を再確認するとは「一世紀に生きたユダヤ人パウロの『意味の地平(horizon)』」にまで遡らなければならない、ということではないか。

21世紀の地点に立って500年前を見るとき、ルターやカルヴィンなど宗教改革者の生きた時代は(あまり深入りしなければ、そして焦点を500年前に合わせるだけであったら)独立峰に見えてしまうかもしれない。

しかし少し立ち入って調べて行くと独立峰に見えたものが周辺に幾つものピークを持つ結構入り組んだ山容に見えてこないだろうか。

パウロが使った「義認」という言葉(関連語)も、宗教改革の伝統に基づいて構築された「義認論」の景色から目を「一世紀ユダヤ教の諸相」に焦点を合わせると、「行為義認vs信仰義認」の対立というそれまで一本に見えていた山の稜線 が、背景にある山容の複数の稜線と実は重なって一本に見えていた のだということに気づく。と、そういうことがあるのではないか。

そういったような「対象との距離の取り方や背景との遠近による見え方の違い」を「地平(ホライゾン)」にたとえてみたのだ。

そして「対象に近づいていくと、(その背景の)地平も変化する」ということだ。(この辺のことはもっと具体的に説明して行く必要があるだろうが・・・。)



さて前置きはその辺にして最近(購入した本の)読書で変化してきた「地平」を紹介してみよう。

(1)Robert E. Webber, COMMON ROOTS



上のものが初版で、まだ米国留学早々の頃に出版されたのを購入していたが、読む機会がなかった。

帰国後牧師となり、周辺で「福音主義の霊的枯渇」みたいなことが囁かれ始め、ヘンリー・ナウエンなどが読まれるようになってロバート・ウェーバーの「宗教改革前、教父時代への遺産への意識」みたいなものが少しずつ「いつか読まないとなー」になっていた。

しかし結局読むことになったのは、下の方のデーヴィッド・ネフの序言が付いた改装版を廉価で見つけ購入したからだった。

ネフの序言にはウェーバーがこのような教父時代への「Uターン」をするきっかけがまさに自分自身の「福音派としての霊的枯渇の自覚」からだったことが綴られている。

『コモン・ルーツ』には巻末付録に「シカゴ・コール」(1977年)があるが、翌1978年の(聖書の無誤に関する)「シカゴ声明」との関連とズレが微妙にネフによって指摘されています。(ちなみにウェーバーがこの本を出版後まもなくあのハロルド・リンゼルを義理の父とする、というのも一種の皮肉ですかね)
  Here is something very important. Harold Lindsell, an iconic figure of the midcentury evangelical movement  who was to become Webber's father-in-law shortly after the publication of Common Roots, saw the content of the Chicago Call (which formed the backbone of this book's theological reflection) as a defense against the subjectivism of liberal theology. That was the battle that he, Carl F. H. Henry, and others among the charter members of the Fuller Seminary faculty had fought. By contrast, Webber saw the content of the Chicago Call as a way of renewing and reawakening people to the Spirit amid the objectivism of evangelical rationalism. (p.11)

(2)William Abraham, 他編著、Canonical Theism: A Proposal for Theology & the Church


こちらは購入したのは数年前だが、同著者の「正典」と「認識論(エピステモロジー)」の関係を説いた、William J. Abraham, Canon and Criterion in Christian Theology: From the Fathers to Feminism(この本の紹介記事)を読んでいたので迷わず購入した。

こちらはウェバーとはアプローチが多少異なるが、福音派神学と実践の限界を見通した上でその前(宗教改革前)のカトリックの教父たちの構築した聖書に限らない「正典的」遺産に注目している。(キャノンとはリストのこと。正典聖書のリスト以外にも、聖徒たちを建徳し、救いの恵に保持する様々なリストがある。)


(どうやら一回では終わりそうにない。継続とする。)

2017年8月12日土曜日

(5)義認論ノート、4

「義認論ノート、3」はかなり長い記事となってしまいました。

そのため「(2)なぜ義認論にとって『救いの順序』は問題なのか」が充分言い尽くせないで終わってしまいました。

「議論の流れ」を簡単に整理するとこんな感じです。 

「義認」を論ずる枠組みは何だろうか。

宗教改革以降、プロテスタント諸派で顕著なのは「義認」を「救済論」の中で論ずることだ。

特に「救いの順序(ordo salutis)」の枠組みを参照して論ずることだ。

しかし、それが余りにも(時系列的にも、論理的にも)詳細な点に渡ってまで整合させようとして聖書テクストの読み(釈義)を歪めさせている・・・

と言った辺りまでやってきました。


アンドリュー・マクゴワンの『義認と救いの順序』を用いてこの辺の整理をしようとしました。

「義認論」が抱える様々な問題点を「救いの順序(ordo salutis)」からくる問題に絞って指摘しても全部が解けるわけではないと思います。

伝道会議・分科会の議論の組み立てでは、(1)救済論の枠組み、に(2)教会論の枠組み、をプラスすることによって「義認」を「『救いの順序(ordo salutis)』のみ」の縛りから解き放つ方向を示唆しようとしました。


でも(2)教会論の枠組みに行く前に・・・

「義認論ノート、3」で、「救いの順序(ordo salutis)」を使って「義認」の教理的な位置を解明しようとする(主に改革派系の)神学者の中に、「救いの順序」とは別の(パウロ神学)概念を用いて「義認」を論ずる流れ(school、学派)があり、これが影響力を増している(らしい)ことを指摘しました。

「キリストとの一体(union with Christ)」
です。(マクゴワンの論文ではordo salutis methodに対してunion with Christ methodとなっています。)

バルトの「救いの順序に拘泥すると、救済論が余りにも人間論になってしまう。もっとキリスト論的視点に戻すべきだ。」みたいな批判を紹介しましたが、実はアンドリュー・マクゴワンの『義認と救いの順序』論文にはもう一人(筆者から見て)重要な修正視点を提供した方がいます。


昨年80歳を迎えたウェストミンスター神学校の名誉教授のリチャード・ガフィン・ジュニア(Richard B. Gaffin, Jr.)は、1969年に同校で Resurrection and Redemption: A Study in Pauline Soteriology と題した博士論文を書きます。これが後に The Centrality of the Resurrection: A Study in Paul's Soteriology として出版されます。
ガフィンの主張は、パウロの救済論において「キリストの復活とキリスト者の復活とが密接にリンクしているゆえ、『キリストとの一体』が支配的である」ということです。

この視点から伝統的な「救いの順序」救済論の欠陥が指摘されます。
 (1)終末論的視点が欠落している。
 (2)「救いの順序」の各要素を独立した「行為(アクト)」と見るのは問題だ。

Nothing distinguishes the traditional ordo salutis more than its insistence that the justification, adoption and sanctification which occur at the inception of the application of redemption are separate acts. If our interpretation is correct, Paul views them not as distinct acts but as distinct aspects of a single act.(強調は筆者)

 (3) 「新生(regeneration)」が「信仰」より前に来る見方はパウロ的でない



(マクゴワンの論文にはバルトら新正統主義神学の立場の解釈との違いの指摘もありますが)このガフィンの主張はウェストミンスター神学校の中で受容され、救済論における「キリストとの一体」の主導のもと、「法廷的『義認』(forensic justification)」も堅持しながら、なお議論が進展しているとのことです。


以上「救済論」から「義認」を見た場合の「救いの順序」の限界と、パウロ神学的に見た場合の「キリストとの一体」の中心性・重要性をマクゴワン論文から見てきました。

特に、「キリストとの一体」強調において、ガフィンが指摘した「復活」すなわちパウロの「終末論」的視点は今後の「義認論」を修正して行く上で重要な意義を持っていると思います。


話題が少し離れますが、「義認論ノート」と並行して書いてきた「Salvation By Allegiance Alone」を先日完結し、その最後に「中間考察」の一つとして書いたことですが、ガフィン/ウェストミンスター神学校の義認論における動向はある意味「組織神学的救済論」から「新約聖書(パウロ)神学的救済論」に重点を移したもの、とも捉えることができるのではないかと思います。

かつてこのブログで、リチャード・ガフィン・ジュニアがライトと義認論について議論した動画を紹介したことがありますが、その時と比べ、このマクゴワン論文を読んだあとでは、「ライトとの違いはそれほど大きくない」というのが筆者の印象です。

むしろ、「復活/終末論的視点」の重要性、「救いの順序」の問題性、そして「法廷的『義認』(forensic justification)」の堅持、等において二人はかなり近いように思います。

読者の印象はどうでしょうか・・・。


(次回に続く)


2017年7月29日土曜日

明日の礼拝案内

主日礼拝
 
2017年7月30日(日) 午前10時30分
 
朗読箇所 テモテⅡ 3
:10-17
説 教 題 「聖書のみ」
説 教 者 小嶋崇 牧師

宗教改革原理(1)

2017年7月27日木曜日

(5)義認論ノート、3

今回3回目になりますが、一応の繋がりで言えば「救いについての『教理』」が発端みたいなものになります。

そこでも言及していますが、N.T.ライト読書会ブログに連載している「Salvation By Allegiance Alone」(現在5回まで終えています) の書評紹介と並行して「義認論ノート」を進めています。

つまり、大きく括れば「救済論」(組織神学でいう「救いの教理」のこと)関連のことをいろいろ書いているわけです。


さて「義認論ノート、2」の終わりのところに「今後の展望」として二つのことを挙げました。
(1)救済論(特に『救いの順序(オルド・サリューティス)』の問題)
(2)教会論(特に制度的教会論に対するアレルギー的反応というか、その蓄積でいわば福音派教会論が弱体化したという問題)
というわけで今回はこの「救済論」との関連で「義認論」について少し書いてみたいと思います。

もう既に頭の中が混乱している方も多いと思いますが、この「○○論」がいろいろ出てくると面倒くさく感じるのは誰でもそうかと思います。

しかし話の整理上やはり使わざるを得ない!! ご勘弁ください。

(1)義認(論)と『救いの順序(オルド・サリューティス)』の関係

さて、残念ながらネット上にキリスト教神学専門用語である『救いの順序』の(日本語)解説は余りないみたいです。(ウィキペディア記事 では改革派神学とその修正版とも言えるアルミニアン神学の「二つの流れ」、として短く解説されていますが。)

その少数あるうちのものでも「義認論」に絡めて、しかもその問題点について指摘するようなものは見当たりません。

ですのでごく簡単に「義認論と『救いの順序』とはどういう関係にあるのか」を説明し、それから「なぜ義認論にとって『救いの順序』は問題なのか」を述べて行きたいと思います。


「義認」については新約聖書の言葉でもあり、それ以後教会史においても重要な神学概念であったことは明らかだと思います。

(筆者の関連で言えば、拙訳N.T.ライト『義認』があります。ライトの指摘によれば新約聖書の「義認」概念からある意味逸脱してその後の教会史における神学的展開があります。あのアリスター・マグラスの『義認の教理』もこのライトの指摘を受けて書かれている部分があります。)

しかし大雑把に言って、宗教改革時に神学論争で「救済論」が際立って注目を集めるまで、教会の神学の中心は、歴史的に言えば、「三位一体論」「キリスト論(キリストの人格とわざ)」を中心にたどってきているように思います。

中世における贖罪論(atonement)も、神と世界との和解(贖い)が成立する根拠としての「キリスト」論、特に「受肉論」に沿って(特に東方神学で)展開してきたように思います。

義認論と一番関連がありそうな「司法概念枠組を取り込んだ贖罪論の諸説(身代金説、満足説)」も、「受肉論」があまり説明しなかった「贖いの手段(としてのキリストの犠牲的死)」に焦点を当てる補完的なものと位置づけることが出来るのではないかと思います。
For while many of their utterances might seem to imply that the Redemption was actually accomplished by the union of a Divine Person with the human nature, it is clear from other passages that they do not lose sight of the atoning sacrifice. The Incarnation is, indeed, the source and the foundation of the Atonement, and these profound thinkers have, so to say, grasped the cause and its effects as one vast whole. Hence they look on to the result before staying to consider the means by which it was accomplished.
つまり宗教改革時までは「(罪ある)人は如何にして救われるか」は「神学の中心問題」ではなかったと言えるのではないかと思います。

ルターの個人史的側面(実存的問題としての深まり)の影響もあるでしょうが、義認の問題は単に教理上の進展としてではなく、極めて実際的救いの問題として焦点が当てられることになったという風に言えるのではないかと思います。
※一昨年の福音主義神学会での鈴木講演の指摘にあるように、 「義認論は罪認識の深刻さを前提にしており、罪認識の深刻さに対応する教理」ということ。つまり宗教改革者(ルター、カルヴィン)は「原罪」を重んじた「急進的アウグスチヌス主義者」であった、ということにも繋がることかと思います。

ある意味「救い」という問題を軸にして、神学は「神についての学問」であることから「人についての学問」へと大きく回転した、とそう言う側面があるのではないかと思います。(後にバルトがこの強調を「人間論(anthropology)」として批判することになります。) 

この「人間論的展開」として見ることが出来るのが、宗教改革後のプロテスタント神学で救済論が『救いの順序(オルド・サリューティス)』として整えられていった経緯ではないかと思います。

義認論について言えば(詳細は後述)、ルター、カルヴィン以降の救済論が「義認の段階」も含め、「人はいかにして救いに与り、かつ救いの完成に向かって段階的に進んでいくか」 という『救いの順序(オルド・サリューティス)』構築に組み込まれて行くことになります。

換言すれば、「個人の救いの完成」という視点から構築される『救いの順序(オルド・サリューティス)』救済論は、客観的な救いのわざとしてのキリスト論 から、「自分はいま救いの完成過程のどこに位置するのか」という主観的な問題関心 に方向転換した、と言えるのではないかと思います。

※この救済論をめぐる「大きな展開」は、スコット・マクナイト『福音の再発見』で跡付けようとした 《福音の文化》が《救いの文化》に飲み込まれる過程 とほぼ並行するものと言っていいかと思います。(その①、その②)


(2)なぜ義認論にとって『救いの順序』は問題なのか



このポイントが昨年9月の「N.T.ライトの義認論」(日本伝道会議分科会)の時発表した、後半部《ライトの義認論の応用》として挙げた二つのうちの一つです。(確か時間がなくてこのポイントについては殆ど言及できなかったと思います。)

ここではまず(筆者の目から見て)重要な論文を紹介します。論文のタイトルがそのものズバリです。

A. T. B. McGowan, "Justification and the ordo salutis," in Bruce L. McCormack ed., Justification in Perspective: Historical Developments and Contemporary Challenges. (2006, Baker Academic).


この本はNPPによって(宗教改革以来の)伝統的な義認論が大きく見直しを迫られている状況で出されたかなりコンプリヘンシブな論文集です。ライトの論文、New Perspectives on Paul (http://ntwrightpage.com/Wright_New_Perspectives.htm) も収められています。
※ 「N.T.ライトの義認論」発題1 資料で使った引用はこの論文からです。

(本文が100%同一かどうか確認はしていませんが、幸いなことにマクゴーワンの同タイトル論文がダウンロードできます。この論文を読んで頂ければ筆者がここで書くことの意図はかなりご理解いただけると思います。)

問題点の一つを先ず挙げると、『救いの順序』は聖書テキストにある程度基づいているとはいえ、贖いの順序をより細かく分解し繋げたりするときに異なる神学的強調点 によってその求められる論理的整合性が恣意的になっていく傾向があるようです。

たとえば「改革派」と「アルミニアン」の違いだと・・・

Some of the discussions about the ordo salutis in seventeenth century Reformed theology were occasioned by internal debates. For example, Arminius and the Remonstrants wanted to put faith before regeneration, in order to emphasise the human decision, as over against the Reformed view that regeneration must precede faith, in order to emphasise sola gratia. 

義認について言えば、マクゴーワンは「転嫁(imputation)」「信仰」「悔改め」を論じていますが、やはりシステムとしての改革派神学との整合性がニュアンスを決める要素になるようです。少なくとも新約聖書本文に戻ってたとえばパウロのロマ書の議論の中での整合性を論ずる、というのではないようです。

ということは、NPPが提起した「一世紀ユダヤ教の歴史的文脈」の問題は等閑視されることになるのではないかと思います。少なくとも「改革派神学」内部での整合性の方がより優先するのでしょう。


「キリストとの一体(the union with Christ)」


改革派神学者たちは救済論を『救いの順序』だけで整えようとしたのではなく、別のもう一つの論である「キリストとの一体(the union with Christ)」と並行して論じたようです。

これがある意味バランスとなって「神学システムの洗練化」の行き過ぎを防いだのではないかと思います。

しかし、バルトとなると『救いの順序』への批判が「人間中心主義」となったようです。
For Barth, questions such as whether regeneration precedes effectual calling, or whether justification has a logical priority over regeneration, are largely irrelevant. For him, all of these are embodied in Christ and we come to share in all of them as we are united with Christ.

...Rather, Barth's objection [regarding the ordo salutis in the Westminster Confession of Faith] is that, by placing such a heavy emphasis upon the application of redemption and upon the means by which the individual believer finds peace and assurance, it seeks '... to make Reformed theology into anthropology'.


さて、大分長くなってしまいました。少し収まりが悪い止め方になりますが、ここで一旦休止します。

次回少し言い残したようなことを含めて、第二《応用ポイント》であった
(2)教会論(特に制度的教会論に対するアレルギー的反応というか、その蓄積でいわば福音派教会論が弱体化したという問題)
に移って行きたいと思います。



 

2017年5月6日土曜日

(3)救いについての「教理」

昨年9月、第6回日本伝道会議での「N.T.ライトの義認論」の事後報告もまだ終わってないのですが・・・

この3月『Salvation By Allegiance Alone(救いはアリージャンスによってのみ)』、という「宗教改革三大原理」の一つである「信仰義認」の「信仰(ピスティス)」解釈を巡って書かれた挑戦的な本が出版されました。

Salvation By Allegiance Alone、とは、「救いとは、信仰により、恵みによってのみ(Salvation By Grace through Faith Alone)」という公式的言い回しをもじって付けられた本のタイトルなわけです。


この『Salvation By Allegiance Alone』という本に関しては、既に幾つかのブログなどで取り上げられ紹介されています。(このことについては、N.T.ライト読書会ブログで扱っていく予定です。)


さて、この投稿では「救いの教理」をどう取り扱うか、という問題について「初歩的」なことを書いてみたいと思います。

初歩的といってもここでいう「初歩的」とは、宗教改革の伝統に立つプロテスタント教会の中では初歩的と考えられている「人が救われるのは、自分がする良い行いの功徳によるのではなく、神の一方的な恵みによってであり、ただそれを信ずることでいただけるのである。」という救いの基本的な理解 に関わることなので「初歩的」としました。

以下に「救いについての『教理』」を考えるためのテストケース を一つ紹介したいと思います。

これは「実際にあった」こととしてある場所で報告されたものです。
投稿者の許可を得て使用させていただく文章であることを予めお断りしておきます。


私は、26年ぐらい前にパプア・ニューギニアの奥地に伝道に行きました。そこでマーティンという男性と出会ったのですが、彼は、重病にかかり、骨と皮だけになり、もう立つことも座ることもできず、ただ、死ぬのを待っていました。

彼は、それまでキリストについて聞いたこともなく、教会に行く人間を軽蔑していました。しかし、私は、彼のそばに行って、イザヤ書40章の最後の部分をピジン語で読み、次のように言いました。
「昔、イスラエルという国に来られたイエス・キリストは、良い業を行い、多くの人を助けたけれど、人に理解されず、殺された。しかし、蘇って今も生きている。あなたがイエスの名を呼べば、イエスは必ずあなたのところに来て、あなたを救う。」
そして彼の体を抱きかかえるようにして祈り、彼にイエスの名を呼ぶように促すと、彼もイエスの名を呼びました。そして、私に言いました。「私は、私自身をイエスに差し出した。私は、イエスが私を救うことを信じる」と。

彼は祈りました。Bigpela hamamas Bigpela hamamas. Tankyu tru Jesus=Great joy! Great Joy! Thank you very much, Jesus.

彼は、立てなかった足で立ち上がり、家の周りにいた野次馬に向かって言いました。Jesus Krais emi stap laip=Jesus Christ is alive

彼は、その3日後に天に帰りましたが、その直前まで家族や訪れてくる人たちにイエスを信じるように語り続けました。その姿は多くの村人に衝撃を与え、イエスを求めて多くの人がやってくるようになったのです。

オーストラリアに帰って、ある保守的福音派教会でこのことを話した時、次のように言われました。「あなたは、イエスの十字架の代罰をその人に伝えなかったし、その人はイエスの代罰を信じたわけではないから、彼は救われていない。地獄に行ったと考えるのが妥当だ。」

日本に帰国してからも同じように言われたことがあります。(強調は筆者)
さて、はたしてこのマーティンという方が「救われた」のかどうか・・・どちらなのでしょうか、という初期設定で「救いについての『教理』」を考えてみたいと思います。

この方(投稿者)がマーティンを「伝道」したやり方を、「救われるためのステップ」としてまとめると次のようになると思います。
 (1)イザヤ書40章の・・・読み
 (2)イエス・キリスト(がどういう方かを福音書のアウトライン要約でまとめ)
 (3)「救われる」ためにイエスの名を呼ぶことを示し
 (4)マーティンを信仰の応答に祈りで導いた

これに対し「(マーティンは)救われていない(だから地獄へ行った)」と判断した人の根拠は
 (1)イエスの十字架の死が(マーティンの罪の)代償であることを示さなかった
 (2)マーティンの信仰はこの「代償死(の教理)」に基づいたものではなかった
ということになります。

ここで一つ背景を明かします。

2016年10月に「第5回N.T.ライト・セミナー」を開催したのですが、テーマである《福音理解をめぐって》で以下のような質問をパネラーにしました。
 余り説明していることが出来ない限られた状況、危機的状況にある人に、ズバッと福音を伝えなければならない。どうしますか。
マーティンのケースはちょうどそんな具体例ではないかと思います。

信仰の《対象》と《応答》をどこに絞って福音を語るか、提示するか・・・という問題を討論するために敢えて「極限状況での福音伝達・提示」を問うてみたのです。

マーティンの場合、個人伝道した方(投稿者)は
 (1)福音の提示は・・・かなり省略し(アウトライン程度)
 (2)福音への応答 を・・・イエスの名を呼ぶに絞りました。

これと比較すると批判した方は
 (1)福音の提示は・・・「イエスの十字架の死」に重きを置き、
 (2)福音への応答 を・・・「イエスの十字架死が代償であった」と信ずることに絞りました。

※簡潔なレポートなので「細かいニュアンスの問題」は省略して論じています。

一体「人を救う」のは何によるのか、というのがこのレポートが問いかけるものです。

二つの問題をそれぞれ独立させて論じることが出来ると思います。
 (1)提示される福音の核心は何か?
 (2)提示された福音に対して応答する「信仰の対象」は何か?

これを以下のように比較点を強調してまとめてみます。
 (1)福音の核心は、
  (A)イエスの十字架の死なのか、
  (B)(イスラエルのメシアとして宣教し、十字架刑に処せられたが三日目によみがえらされた)イエスその人なのか。

 (2)信仰の対象は、
  (A)「イエスの十字架の死が罪人を救う代償であった」という教理なのか、
  (B)(十字架にかかって死なれたが今や復活して天におられる)主イエス・キリストなのか。

筆者がこの問いを解くのに大事だと思っているのは・・・
 (1)「福音」とは何か、という問いが基本的なものであり、
 (2)その「福音」に応答するにあたっての、
  (A)福音の「提示」の仕方や、
  (B)提示された福音に応答する時の「信仰」のあり方は、
  「『福音』とは何か」という「福音の核心」の理解に従属する
 というものです。

今回は「問題提起」だけにとどめます。

しばらくは、N.T.ライト読書会ブログでの『Salvation By Allegiance Alone(救いはアリージャンスによってのみ)』を書評したブログ記事を紹介することで、「問題の所在」や「神学的整理の仕方」を探ってみたいと思います。

2017年3月9日木曜日

今日のツイート 2017/3/9

デーヴィッド・コンドン(この記事でも紹介しました)が「ツイッター神学校」というのを始めました。


第一回目は合計50個のツイートです。

テーマは「伝統(tradition)」

主に北米における福音派の神学的動向を幾つかの主要な要素(「聖書無誤論」「文化戦争」)を軸に分析し、プロテスタントの「反・伝統」的な性格が(今や)伝統に傾斜・回帰し始めている「神学的現在地点」を捉えています。

そこで「伝統」とどう対峙するか、という問題提起にルドルフ・ブルトマンの「ケーリュグマ的視点」を参照しています。(ツイートでいうと#41~#50)

非常にコンパクトにまとめられていて参考になります。
※しかし筆者の個人的な印象から言うと、分析と現状把握(#6~#40) は優れていると思いますが、「ブルトマンの扱い方」(#41~#50)に移行するにはまだかなり距離があるように思われます。

いずれにしても、(筆者の勝手なレッテルですが)「ポスト福音主義」の若手神学者の台頭株の一人と目されるコンドンの「神学的問題の捉え方」は傾聴に値すると思います。

2017年1月8日日曜日

(3)とりあえず一言

(1)この記事を書くに至ったいきさつ

 お友達のMH氏が新教出版社の月刊誌『福音と世界』(2017年1月号)に「万人祭司」に関して自己の教派的伝統からの小論(『万人祭司とキリスト集会派』)を書き、その号をご恵贈くださった。

 筆者とは別に贈呈を受けたK牧師がフェイスブック上で感想を披露なさった。

 その時点で筆者は小論を一読していたが、まだお礼のようなものは私的にも公的にも書いていなかった。

 まだ何かを書く気には至っていなかったが、お礼も言っていなかったので、K牧師の感想にかぶせる形でちょちょっと(フェイスブック上で)書いた。

 そうしたらMH氏がブログで自身の小論にコメント等を寄せた方々の文章からトピックを取り上げて3本の記事にしてアップした。

 その3番目の記事「『福音と世界』小論の著者としてのちょっとした応答 3」が

 「タカ牧師からの問題提起」

となっていて、ちょっと面食らったが、最近ブログ上での対論や討論はとんとなかったのでピンボケになるかもしれないとも思ったが、少し「反応」してみようと思った次第。


(2) プロテスタント諸教派の比較・・・メリット、デメリットで論ずることについて

 MH氏の記事は筆者のコメントを全部掲載した模様だが・・・

    (1)メリット、デメリットを判定している基準は何か。
    (2)分裂・分離した後「キリストの教会の一体性」をどうするのか。

    あるブログで「信仰進化」というカテゴリーで記事を書き出したのですが、MH氏もこのカテゴリーで書ける「動く標本」(失礼!)のような印象です。

と、このような書き出しで始まる文章を書いたわけでした。

しかし、最初の(1)の「メリット、デメリット」に関してはK牧師の以下のコメントを受けてのことでした。
    有給聖職者を置かないキリスト集会派ゆえのメリットもあるし、とは言え、専門教育を受けた者がいないゆえのデメリットもあるなぁと。多くのプロテスタント教会における牧師と信徒という関係ゆえのプラスもあるけれど、専門家に任せておけばいいという甘えや専門家ゆえの権威主義といったマイナス面も起きかねないことも感じます。

K牧師のこのコメントは、MH氏の小論(福音と世界1月号)のテーマである「万人祭司」についてと言うよりも、教会が(有給で)牧師を置くことのメリット、デメリットで、教会形成の実際問題として考え方、みたいな意見ではないかと思う。

それに対して筆者のコメントでの「メリット、デメリット」云々の意図は、広く「教会論の問題」が念頭にあってのことだったように思う。

宗教改革(と、その後も含め)の教会論は、第6回日本伝道会議の「N.T.ライトの義認論」でも問題提起をしたが、最近増々その感を強くしているところである。

   ※以下のような部分の指摘がそうです。
それは、従来の福音派においては、「救済」においても「敬虔」においても個人的で主観的な視点が強いため、「福音」を正しく伝承し保守するために不可欠な「聖礼典」「職制」、いわゆる「教会の外的しるし」を中心とする伝統的「教会論」がかなり弱体化していることです。
 伝道が実を結ぶためには、「福音」の明証性ともに、福音の伝承を媒介する制度的教会に対する正しい見識が必要ではないでしょうか。


(3)「真の教会のしるし」

 神学校時代に覚えた「(真の)教会のしるし」、
(1)神の言葉を正しく説教する、
(2) 聖餐を正しく執行する、
が思いがけなく「義認論」で浮上してきたのだが(それについての経緯はここでは書かない)、聖職者制(職制と普通呼んでいるが)のメリット、デメリットが云々される文脈だと、突き詰めれば、この「真の教会のしるし」の議論に繋がっていく必要があるのではないかと思った次第。

この辺のことはまだまだ考察中で上手くまとめきれていないのだが、職制の考え方として「教職と信徒」の関係の問題というよりも、「使徒職」からの繋がりが先ずあるのではないかと思う。

聖霊の賜物としての「教える」ことが、ある意味「万人祭司」の考え方を支持する新約聖書的基盤であるが、そのラインでの問題ではなくもっと「神の言葉=福音の真理の(伝承と)弁証」に関わるのが(使徒)職制の意義ではないかと思う(Ⅰコリント15章)。

そのラインと並行すると思えるのが「聖餐」 である。

聖餐も、聖職者階級が独占していた「救いの恵みの配給」を万人祭司によって打ち破る・・・みたいな意義ではなく、福音の「見える言葉」としての聖餐を保守する役割としてのものであり、これも使徒職に遡る(Ⅰコリント11章)と言う認識である。

つまり、(1)神の言葉を正しく説教する、(2) 聖餐を正しく執行する、がなぜ職制と関わり、なぜ万人祭司的なオープンな考え方でやることに(少なくとも現時点で)なじまないかは、「福音」ということの「伝承」的側面から出てくる要請ではないかと思う。

新約聖書に遡ると第1コリント15章冒頭にあるように、「福音は厳密な伝承」を要請するプロセスであった。同じく聖餐も(福音を表すゆえ)同レペルの「伝承」のもとに執行された(と考えられる)ゆえ、「制度」として客観性がまがりなりにも保持され今日に至っているのではないかと思う次第。

職制と言うのは、「福音」の伝承が真正であることを管理し、客観的に保証する必要に伴う「必須の制度的枠組み」であることが大事な認識ではないかと思う。

この目的に沿った人的選択と訓練が重要視すべき問題となるのではないか。


以上試論的な域を出ないが「とりあえず一言」。

2016年7月2日土曜日

(3)藤本満『聖書信仰』ノート、3

「1 宗教改革」(24-31ページ)

『福音』と『体験』と『聖書』
 この福音の個人的体験は、信仰義認にとどまらない。宗教改革者たちはいずれも、キリスト者としてどのように生きるべきかを、ローマ教皇の教えでも教会の伝統によるのでもなく、サクラメントの秘儀の中においてでもなく、聖書から直接に学んでいった。
 ・・・こうして聖書は、キリストの福音を体験し、福音に生きるための神の言葉としてとらえられていく。
筆者はウェスレアン・アルミニアン(注1)の流れに育ったので「福音とは体験するものだ」式なレールの上で育った。

 恐らく「体験主義キリスト教(そうこの段階で呼んでよければ)」のルーツは、宗教改革者の時代の後、いわゆる正統主義の強調(どちらかというと正しい教理に対する知的承認を信仰の優先事項とした)に対して「敬虔の生活を力動させる心」を強調した敬虔主義の流れがより明瞭なものではないかと思う。

 敬虔主義の聖書に対するアプローチは(正統主義が聖書を教理の源泉とするのに対し)、「キリスト者としての成長」や「敬虔の生活(デボーショナルも含む)」の「霊的糧」という面が強くなったのではないかと思う。

 この流れで後々重要になってくるのは「福音体験」にしろ、「キリスト者の成長」にしろ、「個人的」「主観的」ものの見方が中心になってくる傾向だ。

 上記引用での強調部分は、
 (1)権威の問題・・・教皇・教会の伝統
 (2)「恵の手段」・・・サクラメント
に相当するわけだが、ルター個人の経験が端的に物語るように「個人の信仰・良心」対「制度的教会の権威」の図式になったことにより、宗教改革諸派は「反・ヒエラルキーな権威・権力」を志向することになり、「職制」や「聖典」の問題を制度的な(より外面的な)教会の問題と認識するようになって行ったと思われる。

 「キリスト者の成長」にしろ、「教会の形成・構成原則」にしろ、「聖書解釈に対するアプローチ」にしろ、「伝道方法や対象」にしろ、個人が物事を動かす基準に移行して行くのは、ある意味カトリック教会に対する反動としての面もあることは否めないだろう。(注2)

聖書の言葉の明瞭性の根拠は?
 さらにブロミリーは、宗教改革者たちの聖書観には、神のメッセージが人間的なものの中で、・・・つまり彼らは、聖書の大部分は明瞭でわかりやすい言葉であり、それはドイツ語にも英語にも、また日本語にも翻訳し得ると考えた。
こちらの引用に関連する問題は、宗教改革の「聖書のみ(sola scriptura)」 原則が、実際上機能するために必要な「聖書解釈上」の要件である「聖書テクストの意味の明瞭性(plain sense, clarity, perpiscuity)」に関わるだろう。

 この問題についてはいずれもう少し取り扱うことにもなるだろうが、どう控え目に言っても「一筋縄では行かない」ものだといっていいだろう。

 (実際上、この問題は聖書を奉じ且つ読むクリスチャン誰もが多かれ少なかれ感じているだろうと思う。「誰もが聖書を読める」幸いな状況は、誰もが聖書のテクストの意味を巡って対立したり論争したりできる状況をも発生させる。そしてプロテスタントの場合それらを調停する手段は制度的・機構的に弱いと見られても致し方ないだろう。もちろん民主的なルールに希望を持っているわけであるが。)


(次回に続く)


注1・・・「ウェスレアン・アルミニアン」とも「アルミニアン・ウェスレアン」ともいう。両方の言い方があって、多分多少のニュアンスの違いがあるだろう。

注2・・・スコット・マクナイト『福音の再発見』1章に短く書かれている(17-8ページくらい)、バプテスト信者であったスコットの自伝的エピソードを参考にしてみてください。バプテストはある面「個人原理」を徹底し、また「聖書」以外に「信条」や「神学」は無用・・・みたいな方に行ったようです。

2015年10月31日土曜日

今日のツイート 2015/10/31

今日はハローウィーンなのだ。

でも宗教改革記念日なのだ。

近年急速にこのお祭りが大都市・東京に浸透している・・・風に見える。

一体、何なのだこれは。


もう一つ「何なのだこれは。」

何かこれじゃ新聞のオピニオン欄にツイッター(SNS)を継ぎ足したみたいだな。

何かやり方間違ってないかな。

ある程度意図は分かるが。


一種の迎合ではないかな。

最近、外国の影響なんすかね、

2015年6月22日月曜日

(4)断想 2015/6/22

(※《断想》と《雑想》の違いは前者の方が後者より幾分内容的にまとまりがある、という程度のものでさしたる違いはありません。その時の気分で選んでいます。あしからず。)

(1)日本福音主義神学会東部部会の公開研究会
日時:6月15日(月)14:00-17:00
場所:OCC508号室
テーマ:『今、再び人間の罪について考える』
講師:鈴木浩ルーテル学院大学教授
に行ってきました。

講演・・・というよりはトークといった感じでしたね。(ノリがよくなるまで、エンジンがかかるまで、結構時間がかかった感あり。)

(断想と呼ぶだけに軽い感想しか書きませんが・・・。)

講演の要約を掲載するのは勘弁してもらって、内容的にかなり重複する論文が入手できますので、もし興味ある方はそれをご参考までにお読みください。

『少し長めの前書き、あるいは、義認論をめぐる環境の変化』

また有能な“速記録者のレポート”もあるのでそちらも是非ご参照のほど。



筆者の関心あるポイントは『義認論』なのですが、くしくも昨年の同神学会東部研究会公開講演会でも『義認論』が深く関わる「『パウロ研究』の新しい視点」を紹介していました。(これとこれ)

今回の講演は『義認論』が宗教改革において中心的な位置を占めるようになった議論の筋道を、アウグスティヌスまで遡ってまとめていました。

宗教改革(主にルター)の義認論は、(主にカルヴァンのポイントである二重予定論とともに)あいまいさの残っていたアウグスティヌス主義神学を徹底したもの、と言う見方がそれですね。

つまり宗教改革をリードしたルターとカルヴァンという二人の神学者は、急進的アウグスティヌス主義者であった、ということ。

そこから引き出されるのは、ルターは原罪論を徹底させたゆえに義認論を確立した、という解釈です。しかし、この歴史的回顧による義認論解釈は、講師のトークの趣旨からするとまだイントロにしか過ぎない。本当に話したかったのは、現代における「原罪」を語ることの難しさ、罪の意識の低さ、ということでしたね。
 「ルターの信仰義認論の前提は、アウグスティヌス的人間論の断固たる再主張であった」というペリカンの命題は、「義認論の前提は原罪論であった」という意味であり、義認論の神学者ルターは、何よりもまず「原罪論の神学者」であり、「原罪論を強化した」ことが義認論の再発見の糸口であった、という意味である。心理学的用語を使えば、義認論は罪認識の深刻さを前提にしており、罪認識の深刻さに対応する教理なのである。言い換えれば、義認論は、原罪論という前提を失うと、その教理的インパクトも、そしてとりわけ、その心理的インパクトも失われるのである。・・・
義認論がその前提である原罪論を失ったこと、言い換えれば、罪認識がかつてなかったほど希薄化したこと、再度言い換えれば、「脱アウグスティヌス的環境」の中に義認論が置かれるようになったこと、それが義認論をめぐる、第三の環境の変化である。そして、それこそが、義認論にとっては、致命的な意味を持っているのである。それは、無論、義認論の再度の再解釈が要請されているということである。

鈴木氏が「義認論の環境」で第三の変化として指摘している「罪の希薄化という『脱アウグスティヌス的環境』」の問題は、福音派ではそれほど意識されていないように思いますが、「神学の文化的環境」という発想とも合わせて検討する必要があると思います。

しかし、そのことの前に、あるいは同時並行でもいいですが、福音派がしなければならない神学作業は、実はスコット・マクナイトが『福音の再発見』で指摘した「救い派(ソテリアン)」の「罪の扱い」ではないかと思うのです。

ルターの「実存を脅かす罪の縛り」の自覚はどこかに行ってしまい、大衆伝道で分かりやすく「救い」を得させるために「地獄」とセットで「個人的罪」が語られ、その処理をする「福音」に矮小化、陳腐化されてきた、という指摘です。


詳論は避けますが、鈴木氏が指摘した「義認論の環境」の第二の変化である(アウグスチヌスの影響を受けていない)東方神学の救済論も興味深いものでした。
図式的に言えば、人間が持つ根本的問題性が「罪の必然性」であるのなら、「救い」とはまずもって「罪の赦し」であるし、同様にその根本的問題性が「死の普遍性」であるとしたら、「救い」とはまずも
ってその克服である「永遠の命」でなければならないということになる。その結果、東方神学は義認論を深めることはせず、西方神学は神化論を深めることはしなかったのである。
東方の神学が「別な視角」を提供する、ということは実際そうで、筆者自身ウェスレアン・アルミニアンの流れに属しながら不勉強なので確実なことは言えないが、ウェスレーの聖化論には東方神学影響が流れていないか・・・を見てみることは必要ではないか。

義認論との関連で言えば、マイケル・ゴーマンがまさに神化論(セオーシス)を組み入れた議論を展開している本が、Inhabiting the Cruciform God: Kenosis, Justification, and Theosis in Paul's Narrative Soteriology.です。

ついでにもう一点。

神学的人間論としては『原罪論』が創世記3章からスタートしているとすると、聖書の包括的ナラティブとしては『神のかたち』(創世記1章)の視点が補われる必要があると思います。(これをやっているのがライトやマクナイトとですね。)

そのようにしないと「救済論」が脈絡を失って教会論や宣教論とシームレスに繋がっていかないのではないかと思います。

この点においても「聖書の包括的ナラティブ」、端的には「創造→新創造」は組織神学の各論が孤立化することを防ぐと思います。


(2)「罪」の復活

ちょっと長くなりますが、ちょうど講演の趣旨と沿うものなのでメモだけしておきます。

鈴木氏の嘆きにもかかわらず、一部の世俗の知識人の中には「罪の意識の希薄化」を指摘するとともにその重要性を認め復興する試みがあるようです。いわば、アウグスチヌスの現代性を発見するもののようです。

デーヴィッド・ブルックス(ニューヨーク・タイムズのコラムニスト)が最近著した本がそのような例の一つのようです("David Brooks: We Need to Start Talking about Sin and Righteousness Again", クリスチャニティー・トゥデー誌、2015年6月号)。
Brooks’s quest to fill that hollowness culminated in his latest book, The Road to Character (Random House). He pairs sketches of historical figures like Augustine and Dwight Eisenhower with analysis of our culture’s retreat from biblical notions of sin and righteousness.
 
 
さて、もう一つ例を挙げておきたいのですが、不十分になると思うのでやめておきます。

2014年6月25日水曜日

(4)雑想 2014/06/25

やはり同じテーマになってしまった。

言わずと知れた「『パウロ研究』の新しい視点」について。

あるブログ記事を読んでいて(賢い読者はすぐにお分かりと思うが)、このテーマを取り扱う環境が果たして日本で整っているのか、と言う懸念が一方であることを知らされた。

筆者のように『パウロ研究』と一応「学術領域での議論」であることを断ったとしても、警戒心を抱く方はおられるのだろう。それは無理もないことだ。

特に今頃、かつて70年代以降90年代にかけて一学術領域で盛んになされた議論(それだけでも約20年前となる)を日本に紹介するのは如何なものか--特にその議論が“福音派”を大いに分裂させた論争的なものであるとするならば--と言う見方も分からないでもない。

筆者のスタンスは「論争が巻き起こることを期待する」ものではない。

どちらかと言うと「第二神殿ユダヤ教」理解の積極的評価の可能性、としての研鑽そして受容である。


ただ、「パウロ研究の新しい視点」に対抗的な学者の方々が少なからずおられるので、その方面のことも最初から紹介しておいた方が宜しいと思う。


前回真っ先に挙げておいたThePaulPage、に「新視点」批判者・懐疑論者たちの論文を纏めたページがある。


ご覧のようにかなり沢山あって、とてもじゃないが読み切れるものではない。


たまたま読んだものを紹介しておこう。(上記ページにはリンクはされていないようだ。同著者のものはあるが。)

Sinclair Ferguson, Justification in Christ



ご覧の画像の本、Justified In Christ: God's Plan For Us In Justification の「少し長いイントロダクション」として書かれた論文である。


ファーガソンはここ50年間にもたらされた「福音」の“誤った再解釈”を嘆いている。

そして特にこの本が論敵にしている「新視点」の影響を危険視している。

もし(この本に寄稿している)批判者たちの「新視点」への懸念や疑念が、ファーガソンがこのイントロ論文でまとめている程度であれば、溝はそれほど深いものではないのだと個人的には思う。

そんな感慨を抱いた部分(論点)を三つ選んでみる。

The authors, it should be stressed, do not believe that salvation is received by a mere affirmation of the doctrine of substitutionary atonement and the imputed righteousness of Christ. But they do believe that unless the gospel is articulated in these terms (or worse, if they are denied) the good news about the Christ who does save and what it means to believe in him is distorted and the gospel is compromised.(強調は筆者。以下同様)
The "New Perspective" began life as a new perspective on Jewish faith and religion around the time of Jesus and Paul. In essence its contention is that the Judaism of this period of the second temple was - contrary to Protestant interpretations of the past - actually a religion of grace. It was most certainly not a religion of "works-righteousness." It did not teach that salvation is earned by self-effort. Rather, it held that salvation, or entry into the covenant community, was entirely a matter of grace. Thereafter obedience to the law was the way of remaining in the community whose principal external "boundary" markers were observing the Sabbath, the rite of circumcision, and the food laws. Consequently the teaching of Jesus and especially of Paul must be read (or re-read) in that light.
For Luther the great personal issue was how a sinful man can be justified before God. The "problem" the gospel solves was essentially that of his guilty condition before a righteous and holy God who abhors sin. Luther held that justification, being accounted righteous before God, takes place when the individual trusts in Jesus Christ who was "made sin for us, who knew no sin, that we might be made the righteousness of God in him" (2 Cor. 5:21). Like Calvin, Luther was awestruck by the wonderful exchange, in which our sins were accounted ("imputed") to Christ on the cross, and his righteousness was accounted ("imputed") to us through faith. For the Reformers, then, this "wonderful exchange" meant that a double imputation lies at the heart of the gospel. Thus justification was seen as "the standing or falling article of the church" (Luther) and "the hinge on which all religion turns" (Calvin).
と言うわけでファーガソンは、「新視点」が、「信仰義認」を再解釈することによって、「福音におけるキリストの贖罪のわざ」を軽んずる結果になっていないか、と言う点を重要視しているのではないかと思う。


やはりなかなか厄介な釈義的問題を孕んでいる、と言う印象。(双方が議論し合うだけでなく、双方の釈義がなぜ噛み合わないのかを説明する「解釈学的」視点も持ち込む必要があるのではなかろうか・・・。)

「新視点」を支持するにしても、伝統的「古視点(少し揶揄した感じでそう呼ばれている)」を支持するにしても、将棋やチェスではないが、双方一挙に形勢有利に持って行こうとしない方がいいのではないかと思う。


ざっとそんな感想を抱いている。

2013年7月14日日曜日

(4)「カトリックと聖書」②

お待たせしました、いよいよ本論に入ります。

しかし先ず前置き。

このシリーズを最初からお読みでない方は、こちらからお読みください。 
「カトリックと聖書」連載予告
(1)「カトリックと聖書」①

では以下のリンクから引用してまいります。
『信仰年』ーー聖書を取り戻した公会議
 
全文引用掲載許可を頂いたのですが、何回かに区切って《引用》→《コメント》して行きます。
最初はイントロの部分だけ、
 信仰年にちなみ、この連載では、五〇年前に開催された第二バチカン公会議を振り返っています。
 これまで、この公会議がカトリック教会にとって大転換点だったということをいろいろな側面から見てきました。まとめの前にあと二回、大きく変わった点についてもう少し見ていきましょう。今回は、聖書についてです。(下線は筆者)
まず目に付くのは『信仰年』と言うことばだ。

カトリック大司教区「東京教区ニュース」の新連載『信仰年』--信仰年に向けて(2012年5月号)にも説明されているが、「信仰年」は第二バチカン公会議 (1962-65) で導入された「改革方向」を堅持するために教皇からの呼びかけとしてなされたもののようである。

今回2回目となる「信仰年」の呼びかけは、第二バチカン公会議開催50周年を記念してのもの、ということだそうだ。その意義は50年を経て、公会議の存在やその意義を知らない者たちが増えてきた、と言うことが背景の一つにあるのかもしれない。


筆者は特別「カトリック・ウォッチャー」と言うことではないが、間接的にはカトリック内部での「保守派」と「改革派」の綱引きのような力学が働いていて、「第二バチカン公会議開催50周年を記念する」と言うことは、恐らく「改革派」が第二バチカン公会議で導入された路線を風化させない、推進させる・・・と言う意思が働いているのではないかと勝手に想像する。

カトリック教会の近代化路線が次第に忘れられ、その遺産を封印しようと言う勢力(空気)が支配的になりつつある、と感じているグループもあるようだ。
With the passage of time, and now at the fiftieth anniversary of the years of the Council, there is a widespread feeling that the Vatican II legacy is being lost. Even to speak positively about the Council is to incur suspicion in some quarters. (Vatican II Voice of the Church HPからの引用)

さてプロテスタントである筆者が注目したのは、当然のことながら、第二バチカン公会議が「聖書」を改革の柱の一つとした点である。
世古編集長の解説がこの後続くのだが、既に1回分の記事分量に達してしまっているようなので、次回へとする。