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2016年2月22日月曜日

(5)現代の英語圏神学者④、ジョン・B・コッブ Jr.

実は「今日の散歩のお供」とでもして紹介しようと思ったのだが・・・。

最近シリーズものを次々始めて中途半端になりつつあるので自粛する。

でも「現代の英語圏神学者」のとするには少し「過去の人」過ぎると思っていたのだが・・・。

これを聞いて「えー、90歳で、こん生トークができるのか」、と驚いたわけである。



このプログラムなのですが、筆者は音声(mp3)ファイルを別な場所(HomebrewedXnty)でDLしてMP3Playerに入れて散歩する間聞いたわけです。(実はその話を聞いた教会のある方からはやめた方がいいですよと言われたのですが・・・。)

MCのトリップ・フラーは最近よく名前を聞くようになった人ですが、要するにポップ(ヒップ?)カルチャーに合わせて「神学」という堅いイメージのものを紹介している人ですね。

しかもかなりヘビー級な神学者も。

ジョン・B・コッブ Jr.のファン応援団長を自称しているくらいですから、ハンパではない思い入れがあるようです。(その辺も聞いていて面白い。)

一応プロセス哲学(A.N.ホワイトヘッド)やら、プロセス神学やらの話題になるわけですが、プログラム・タイトルが『いかにして近代形而上学は「神」を殺したか』となっているように、デカルトから始まる哲学史・神学史のすごーく簡単なストーリーにまとめています。

チャールズ・ダーウィンがデカルトと並んで「エポック・メーキング」な人物としてストーリーが構成されていて、他にヒュームやカントが役をつけられています。

しかしインタヴューの最初は最近刊の、Jesus' Abba: The God Who Has Not Failed
の紹介から始まっています。


途中面白く聞いたエピソードとしては:

(1) El Shaddai を Almighty God と訳した KJV は大変な損害を与えた・・・
(2) (上記の関連で)ジョン・ウェスレーは Almighty Godを使っていない・・・(注、コッブはメソジストノ神学者でもあります。)
(3) イエスの「神性」と「人性」を説明するのにギリシャ語の「ヒュポスタシス(substance)」を使ったのは間違いだった・・・(注、新約聖書学者のラリー・ハータードがほぼ同意のことをこのポッドキャスト で言っています。約3/4過ぎた辺り)

などですが、とにかくリベラル・サイドに整理して余り注意を払ってこなかったので、へー結構「分かること」言うではないですか、と再認識させられました。

トリップ・フラーが紹介の中で「エコ神学者のパイオニア」や「文化多元主義状況での神学を開拓した」とか評価していますが、やはり一目おくべき方なのかなと思わせられました。

2015年4月29日水曜日

(5)リチャード・ヘイズ日本講演、序

※何やら「序」が続いて思わせぶりになるが・・・。

米国北カロライナ州にあるデューク大学の神学部長を務めるリチャード・B・ヘイズ教授が来日中である。

初来日と聞く。

なかなか得がたい機会なので、昨日、一昨日と、3回の講演に出席した。

せっかくなのでそれらの講演について、私的なコメントをまとめてブログ記事にしてみようと思う。

どれだけまとまるかは保障の限りではないし、講演の概要についても紹介しないかもしれない。

個人的に関心ある部分についての立ち入ったコメントで終わってしまうかもしれない。


と言うわけで、余り期待せず読んでいただければ、と思っている。


先ずは当ブログで何回かヘイズに関して書いたことを紹介してイントロとしたい。

 1. 『新約聖書のモラル・ヴィジョン』の著者として。

 2. 『イエス・キリストの信仰』において「ピスティス・クリストゥー」を論じたこと。

 3. 「新約聖書倫理学」への貢献について。

 4. 「福音書研究」における「キリスト論」への貢献について。


2. 『イエス・キリストの信仰』については、つい最近新教出版社から邦訳が出たところで(ヘイズ教授の来日に合わせて、訳者の河野先生が頑張ったお話を何度も聞きました)、講演中も特価で販売していた。


4. 「福音書研究」における・・・については、まだ記憶に新しいところで一つエピソードを紹介しておこう。

昨日の立教大学での講演に同席したK牧師が語ってくれたこと。

ロマ書研究として「○○論」をなさるそうだ。

最近の研究者として、ダグラス・キャンベルやクリス・ティリングなど何人かの名前を一緒に挙げながら確認した。

「○○論」については、このキリスト論記事に紹介してある動画に一つのヒントが示されている。

ヘイズはこの動画で、盟友であり、しかし方法論的にライバルであることが判明した、N・T・ライトに対して、「信条」のような後代に確立した神学的枠組みが、歴史的批評的聖書解釈アプローチとともに有効であり、有用であることをロマ書研究において主張している。

※ K牧師の研究対象について不利になってはいけないので、敢えてあいまいな描写にしていることをお赦しください。


それでは次回を、乞うご期待。

2014年5月20日火曜日

(4)英語圏ブログ紹介⑬ ニア・エマオ

ただ今ブラウザー(ファイアー・ォックス)がクラッシュした後、再立ち上げでこの記事を書いています。
少し制限がある中での文章ですので、ご寛容のほど。

さて今回取り上げるのは、本日、5月20日を持って閉鎖となる「聖書ブログ(Biblioblog)」です。
Near Emmaus
(名称の由来は、ルカ24章の「エマオの旅人」から来ています。「近辺」というところも味噌ですが。)

ブライアン・ルポートが中心となって5年前から始めた「グループ・ブログ」が、本人が「余り興味を持てなくなった」と言う理由で閉鎖するそうです。

米国時間ではまだ暫くありますが、間もなく最後の記事がポストされて、閉鎖・整理に入るとのこと。

でも書き溜めた記事は整理されて今後も閲覧できるそうです。

さてブライアンは、まだ(新約聖書)学者ではありませんが、スコット・マクナイト、ニジェイ・グプタ、等、新約聖書学者でブログをやっている方々からも一目置かれる「情報通」です。

いち早く目ぼしい情報をアップしたり、書評を掲載したり(今はそれで忙しいようですが)、ネット界への貢献度はかなり高かったように思います。

そう言う意味では少々「バーナウト」気味になったのかもしれません。

別に浅田真央さんの「休養宣言」に時期を合わせたわけではないと思いますが・・・。

ブログ紹介(というより送別の辞でしょうか)ついでに、最近の記事を一本紹介。

最近「キリスト教神学」で言うと『キリスト論』が盛んです。

まだこのブログでは取上げていませんが、日本では『捏造された聖書』である程度名が知られたバート・アーマンの最近刊、How Jesus Became Godへの書評が福音派内からも幾つか出ています。

アーマンは元々は福音派の信仰から出発して、懐疑主義に辿りついた学者で、ルートは違いますが、『グノーシス福音書』の著者、ハーバードのイレイン・ページェルスと似た背景があります。

いずれにしても福音派内からはある種のバイアスがかかった批評(批判)的学者と見られています。
(しかしアカデミックな内容からは、バートン・マックなどとは一線を画す、それなりの実績を示していることでほどほどの尊敬も受けています。
N.T.ライトも2008年頃?だったかアーマンと討論しています。このリンク参照)

マイク・バードはいち早く反応し、How God Became Jesusを他の3人の学者たちの協力を得て出版しました。

筆者はバードは過剰にアーマンに反応しているな、との印象を持ちましたが、仲間内での書評は概ね好評のようでした。

しかしアーマンに対してアカデミックなレベルで公正ではない、と言う福音派内からのかなり厳しい批判的書評が「ストーリード・セオロジー」ブログ(未紹介)のJ・R・D・カークによって提出されました。(この記事)

と言うことでかなり遠回りになりましたが、「ニア・エマオ」ブログでもまたもう一本バード本批判の書評記事が出ています、と言うことです。

ダニエル・マクレラン(モルモンの背景の人かもしれません)が書いた記事です。
Bird, et.al, How God Became Jesus 書評、パート1

ゲスト・ポストとなっているので、ブライアンが要請したか、ダニエルの方が申し込んだか、・・・その辺のところはよく分かりませんが。(マクレラン本人のブログを見ると後者のようですね、多分。)


しかしまだ「パート1」なのに、閉鎖となってしまってマクレランさん残念でしたね。(余計なお世話ですね。)