今日は英国留学中で帰国中のY兄と神学も含めた四方山話をした。
断片的になるが適当に並べてみよう。
①N.T.ライトの「キリスト教起源シリーズ」の四巻目「パウロ神学」の本は来年出版されるかどうか。
本当は既に出版されているはずであったのが延び延びになっている。
昨年のホィートンでの神学会議では2011年と言われていたが、間もなく2012年とされた。
しかしY兄によると同時に執筆中の本が5-6冊あるようで、2012年も無理かもしれない。なぜならライト博士のパウロ研究に対する思い入れもあり、絶えず新しい資料を渉猟したり、新しい視点や領域を抱合しようとしているので、なかなか本にまとまらないのではないかとのこと。
まだ一年以上も待たねばならないと言うのは残念だが、それだけ分厚い研究成果を見せてくれるのだろう。そっちの方を期待してよしとするか。
②ポストモダンの教会の退潮傾向英国国教会は衰退している。
一部の教会はそうでもないかもしれないが全体的に見れば退潮傾向は明らかだ。
英国国教会の牧師の給料も意外と低い。
総じてポストモダンに突入している地域ではキリスト教会は停滞か衰退している。
米国の福音主義教会もメガチャーチに目を奪われがちだが、主流派教会は減少傾向にある。
日本もポストモダン圏にあると位置づけられるが、高齢化など将来衰退するのは避けられないだろう。
③大教会の牧師は大変だ。伝統のある教会の牧師も大変だ。少人数の会衆の教会で牧師が出来ればいい。
そう言えば著名な新約学者、C.K.Barrettが亡くなって、オビチュアリーをどこかのブログで読んだ。彼はメソジストの巡回説教者として20-40人位の教会で説教をしていたそうだが、誰も彼を大新約学者とは知らないで説教を聞いていたそうだ。
(これを書いている時点でそのブログを見つけました。新進気鋭の新約学者、ニジェイ・ガプタのブログです。多分「英語圏ブログ紹介」シリーズで今後取り上げるかもしれません。C.K.バレット訃報)
④今新約聖書学をやるとしたらどこか。
最近はオックスフォードやケンブリッジには目玉になる教授がいないね。
ダーラムかセント・アンドリュースだろうね。
神学だったらエディンバーグもいいけどね。
英国の学風は深く落ち着いた雰囲気があるけど、アメリカはどうかね。基本的には浅く広くという印象がある。
リチャード・ヘイズのいるデュークはいいね。
と言ったようなことをあれこれおしゃべりした。
標題の「日本の牧師は勉強しているか?」については、どんな話の流れで出てきたかと言うと、依然として日本の神学や神学校教育は英語圏のものを翻訳して移入しているが、どうなんだろう。
本格的「日本の神学」を目指すような必要はあるだろうか。
いや、やはり聖書学で言うと英語圏の業績が量的にも質的にも圧倒的だ。まだまだ学ぶ必要はある。
そうなると英語で読まない限り翻訳に頼ることになるけど、日本のキリスト教出版事情では読者数が限られているからどうしても一定の神学者や定評のある本に限られてしまう。
そうすると翻訳された時点で20年、30年遅れてしまうことになる。
確かに日本の牧師は牧会や何やらに時間が取られていて勉強する時間が限られている。
説教の勉強と言ってもバイブル・ソフトを使ったりして釈義の細かいことはやるけれど、もっと広い聖書学の研究、例えば第二神殿期ユダヤ教についての学びなどをやっていないのでは。
例えば旧約聖書外典偽典なんかちゃんと読んでいないのじゃないか。
たまたま死海文書を邦訳で探してみたけれど見つからない。もしまだ邦訳されていないとすると、第一次資料のレベルで英語圏とは差をつけられてしまう。
まっ牧師が一人でこつこつ勉強するのもいいけど、読書会のような相互に刺激し合う場があると、もっと勉強するようになるのじゃないか・・・。
と言ったような話を二時間ほどしてお別れした。
巣鴨聖泉キリスト教会(日本聖泉キリスト教会連合)創立1965年。 大和郷の一角にある緑と花に囲まれた教会、隣には牧師の木工房。 静かに賛美と聖書の学び、そんな礼拝の時をお過ごしください。
2011年8月31日水曜日
2011年8月29日月曜日
英語圏ブログ紹介②
先日はこのタイトルではなかったが、「牧師という職業」で筆者が回覧している英語圏ブログの一つを紹介した。
今回二回目は既に紹介したことのある、レイチェル・ヘルド・エバンスのブログを紹介しよう。
「アメリカの新世代キリスト者①」、や「ディスペンセーショナリズム」で彼女のことについては、その著書「モンキー・タウンで進化する(Evolving In Monkey Town)」 などについて触れたので、ここでは彼女のブログの面白さや日本語圏のブログと比較した時の特徴などについても書いてみようと思う。
先ず彼女に限らず英語圏の筋金入りのブロガーはかなりの購読者数を抱えており、ブログは一種の個人で発刊する雑誌並みの企画や内容、分量を持っている。
レイチェルのブログは常に新しい試みを行っていて、最近のものでは、「インタヴュー」記事シリーズが読み応えがある。
自分のブログに得意の分野の専門家を招いてインタヴューを掲載する、と言うのはよく見られるものであるが、彼女のものはそれをもう一ひねりしている。
レイチェル自身が狭い保守的なキリスト教理解で青年期を迎え、信仰遍歴するようになったが、そんな背景もあって、レイチェルは自分とは異なる立場のものの見方を理解しよう、と言う点で旺盛である。
そんな態度を反映したのがこのシリーズである。ちょっと英語になってしまうが書き出すと、
「アメリカの新世代キリスト者」でも少し触れたが、この世代のキリスト者は自分たちの抱合するキリスト教が政治的立場や思想的相違で、むやみやたらに対立し、生産的な討論を出来ない硬直化した信仰者になってしまっていることを憂いている。
それでこのインタヴュー・シリーズではブログの読者たちに質問したいことを聞いて集めるわけだが、何よりもインタヴューされる人がどんな考えを持っているかを知ることを最優先している。
だから論争を吹っかけるような質問や、相手の立場にいちゃもんをつけるような質問は避けるように、と要請する。
そうして集めた質問の中からレイチェルが幾つか適切なものを選び、それを相手に回答してもらう、と言うスタイルを取っている。
現在北米の福音主義は、自分と神学的理解が異なる者を排除しようとするどちらかと言うと「狭い福音主義」に走る傾向と、神学的立場や意見がかなり異なっていても、概ね歴史的福音主義の中心を外さない者たちならば受け入れるべきだ、とする「広い福音主義(ビッグ・テントと表現したりする)」とがせめぎあっているように見える。
レイチェルのブログでのこのような試みは、福音主義が狭い殻に閉じこもってしまわないように、周囲の異なる世界観や立場の人たちを尊重する態度を育もうとするスピリットを感じる。
レイチェルのブログは支持者を増やし、投稿された記事には大抵100以上のコメントが寄せられる。そう言う意味では、レイチェルのブログは多様な視点や意見を柔軟に交錯させようとするプラットフォームを提供しているのだと思う。
彼女はまだまだ若く、好奇心に富み、何よりも学習意欲が旺盛で、向上心に溢れている。今後も注目すべきホットなブログだと思う。
今回二回目は既に紹介したことのある、レイチェル・ヘルド・エバンスのブログを紹介しよう。
「アメリカの新世代キリスト者①」、や「ディスペンセーショナリズム」で彼女のことについては、その著書「モンキー・タウンで進化する(Evolving In Monkey Town)」 などについて触れたので、ここでは彼女のブログの面白さや日本語圏のブログと比較した時の特徴などについても書いてみようと思う。
先ず彼女に限らず英語圏の筋金入りのブロガーはかなりの購読者数を抱えており、ブログは一種の個人で発刊する雑誌並みの企画や内容、分量を持っている。
レイチェルのブログは常に新しい試みを行っていて、最近のものでは、「インタヴュー」記事シリーズが読み応えがある。
自分のブログに得意の分野の専門家を招いてインタヴューを掲載する、と言うのはよく見られるものであるが、彼女のものはそれをもう一ひねりしている。
レイチェル自身が狭い保守的なキリスト教理解で青年期を迎え、信仰遍歴するようになったが、そんな背景もあって、レイチェルは自分とは異なる立場のものの見方を理解しよう、と言う点で旺盛である。
そんな態度を反映したのがこのシリーズである。ちょっと英語になってしまうが書き出すと、
Ask an Atheistレイチェルはなかなか人脈を作るのも上手なようで、ブログ上でか、色々な講演会での触れ合いからか、上に掲載した様々な立場の人たちをインタヴューするくらい先ず友達になってしまうようなのである。
Ask a Catholic
Ask an Orthodox Jew
Ask a Humanitarian
Ask a Mormon
Ask a Mennonite
Ask an Evolutionary Creationist
「アメリカの新世代キリスト者」でも少し触れたが、この世代のキリスト者は自分たちの抱合するキリスト教が政治的立場や思想的相違で、むやみやたらに対立し、生産的な討論を出来ない硬直化した信仰者になってしまっていることを憂いている。
それでこのインタヴュー・シリーズではブログの読者たちに質問したいことを聞いて集めるわけだが、何よりもインタヴューされる人がどんな考えを持っているかを知ることを最優先している。
だから論争を吹っかけるような質問や、相手の立場にいちゃもんをつけるような質問は避けるように、と要請する。
そうして集めた質問の中からレイチェルが幾つか適切なものを選び、それを相手に回答してもらう、と言うスタイルを取っている。
現在北米の福音主義は、自分と神学的理解が異なる者を排除しようとするどちらかと言うと「狭い福音主義」に走る傾向と、神学的立場や意見がかなり異なっていても、概ね歴史的福音主義の中心を外さない者たちならば受け入れるべきだ、とする「広い福音主義(ビッグ・テントと表現したりする)」とがせめぎあっているように見える。
レイチェルのブログでのこのような試みは、福音主義が狭い殻に閉じこもってしまわないように、周囲の異なる世界観や立場の人たちを尊重する態度を育もうとするスピリットを感じる。
レイチェルのブログは支持者を増やし、投稿された記事には大抵100以上のコメントが寄せられる。そう言う意味では、レイチェルのブログは多様な視点や意見を柔軟に交錯させようとするプラットフォームを提供しているのだと思う。
彼女はまだまだ若く、好奇心に富み、何よりも学習意欲が旺盛で、向上心に溢れている。今後も注目すべきホットなブログだと思う。
2011年8月27日土曜日
明日の礼拝案内
主日礼拝
8月28日 午前10時30分
朗読箇所 マタイの福音書 10:28-31
説教箇所 マタイの福音書 10:28-31
説 教 題 「恐れるな(Don't be afraid.)」
説 教 者 ケン・テイラー宣教師
II. ゴスペル・ワークショップ(45分)
指導 ケン・テイラー宣教師
歌う曲 ①Oh, Happy Day! ②Praise The Lord With Me
※12時までにはすべて終わる予定です。
8月28日 午前10時30分
朗読箇所 マタイの福音書 10:28-31
説教箇所 マタイの福音書 10:28-31
説 教 題 「恐れるな(Don't be afraid.)」
説 教 者 ケン・テイラー宣教師
II. ゴスペル・ワークショップ(45分)
指導 ケン・テイラー宣教師
歌う曲 ①Oh, Happy Day! ②Praise The Lord With Me
※12時までにはすべて終わる予定です。
2011年8月26日金曜日
「ホットスポット巣鴨」のその後
先日「巣鴨がホットスポット?」と言う記事をポストした。
その後豊島区や調査結果を発表した「放射能防御プロジェクト」の代表(だと思う)の方とメールで連絡した。その経緯をここに報告しておこう。
何しろ心配している方も多いだろうから(逆にまだ知らない方も結構多いのかもしれないが・・・)。
先ずこの「首都圏土壌調査結果」を豊島区が把握しているかどうか問い合わせてみたところ
しかし放射能防御プロジェクトから反応がない、と言うことなのでちょっと心配になった。
もし発表された結果が事実なら除染なり何なりの対策が必要であろうと思われたが、区の方にその場所を報告してないのはどうしてだろうか、と訝しく思ったのだ。
それで今度は代表者の木下黄太氏にメールで連絡してみた。
木下氏のブログから、氏は怪我をしていて大変多忙であることが想像できたので果たして返事が来るかどうか期待半分であった。
すると木下氏からも早速簡単な返答があった。
発表でもまたツイッターやネットでも「巣鴨」がホットスポットであることがセンセーショナルに取り上げられているのに、その個別情報を公開できないとは一体どう言う事か、と情報内容についても、採取方法についても少し疑念を感じた。
それでその旨を木下氏に伝えたがそれには回答が来なかった。
その後暫く、豊島区と放射能防御プロジェクト間で情報交換が進展することを期待して数日間何もせず見守っていた。
しかしどちらからも連絡がなかったので、今回は豊島区の方へその後の進展について問い合わせてみた。
そうしたら以下のような回答を頂いた。
確かに「地上5cmの空間放射線量率測定」は良心的な測定態度だと思うが、問題は土壌調査結果の方なのだろうと思うので、区の方でも独自に土壌サンプルを適切に複数採取して結果を公開してもらいたいものである。
読者の皆さんには、首都圏が放射能で汚染されている事実は動かし難いので、そのことはよく肝に銘じておくのがよろしいかと付言させて頂く。
前の記事で小出裕章助教の反応を引用しておいたが、ここでもう一度。
その後豊島区や調査結果を発表した「放射能防御プロジェクト」の代表(だと思う)の方とメールで連絡した。その経緯をここに報告しておこう。
何しろ心配している方も多いだろうから(逆にまだ知らない方も結構多いのかもしれないが・・・)。
先ずこの「首都圏土壌調査結果」を豊島区が把握しているかどうか問い合わせてみたところ
との回答を頂いた。早速の回答だったので好感を持てた。区は、会見の翌日にインターネットにて当該調査結果を把握しました。 調査結果には大変驚いていると同時に、事実ならば行政としても対策を講じる必要があると考えております 。 インターネット上では、「豊島区巣鴨」の「道路脇の砂」しか情報がないため、8月9日より放射能防御プロジェクトに対し て要求をしておりますが、 いまだ詳細な場所等の情報を提供していただいておりません。 区では、詳細な場所が判明し次第、当該場所及びその周辺の調査も含めて、 必要に応じた対策を講じることを検討しております。 今後とも区政にご理解とご協力を賜りますようお願いいたします。清掃環境部環境課長 長戸 明≪お問合せ先≫環境課環境保全係電話:3981-2405A0015003@city.toshima.lg.jp
しかし放射能防御プロジェクトから反応がない、と言うことなのでちょっと心配になった。
もし発表された結果が事実なら除染なり何なりの対策が必要であろうと思われたが、区の方にその場所を報告してないのはどうしてだろうか、と訝しく思ったのだ。
それで今度は代表者の木下黄太氏にメールで連絡してみた。
木下氏のブログから、氏は怪我をしていて大変多忙であることが想像できたので果たして返事が来るかどうか期待半分であった。
すると木下氏からも早速簡単な返答があった。
お気持ちはわかります。この回答は少し意外だった。
要請のあった自治体のうち、
三郷市には伝えていますが、
巣鴨は、個別事情があり、難しいです。
木下
発表でもまたツイッターやネットでも「巣鴨」がホットスポットであることがセンセーショナルに取り上げられているのに、その個別情報を公開できないとは一体どう言う事か、と情報内容についても、採取方法についても少し疑念を感じた。
それでその旨を木下氏に伝えたがそれには回答が来なかった。
その後暫く、豊島区と放射能防御プロジェクト間で情報交換が進展することを期待して数日間何もせず見守っていた。
しかしどちらからも連絡がなかったので、今回は豊島区の方へその後の進展について問い合わせてみた。
そうしたら以下のような回答を頂いた。
その後、放射能防御プロジェクトに対し再三問い合せています。採取者に対して、「場所を教えていただければ、当該場所及びその周辺の調査を含めて、必要に応じた対策を講じることを検討する」ことを伝えていただくようお願いしているところです。豊島区と放射能防御プロジェクトの間に情報交換があったことは良かったが、まだ安心はできない。
これに対して、放射能防御プロジェクトから口頭ですが「教える必要があれば採取者本人から区に連絡があるでしょう」という回答がありました。試料採取日5月14日以降道路脇の砂は飛散した可能性がありますが、7月に巣鴨、西巣鴨の施設9か所で実施した地上5cmの空間放射線量率測定では、高い測定値は出ていません。
引き続き、放射能防御プロジェクトと連絡を取りつつ、正確な情報の提供をお願いしてまいります。
今後とも区政にご理解ご協力を賜りますようお願いいたします。
清掃環境部環境課長 長戸 明
≪お問合せ先≫
環境課環境保全係
電話:3981-2405
A0015003@city.toshima.lg.jp
確かに「地上5cmの空間放射線量率測定」は良心的な測定態度だと思うが、問題は土壌調査結果の方なのだろうと思うので、区の方でも独自に土壌サンプルを適切に複数採取して結果を公開してもらいたいものである。
読者の皆さんには、首都圏が放射能で汚染されている事実は動かし難いので、そのことはよく肝に銘じておくのがよろしいかと付言させて頂く。
前の記事で小出裕章助教の反応を引用しておいたが、ここでもう一度。
ごく一般の場所が、放射線管理区域以上に放射性物質で汚染されてしまいました。行政に対して市民側がもっと働きかけていかなければならないことは、日本国政府の情報公開の経緯を見ても大事な点だろうと思う。
被曝を規制するための多くの法令も意味を失い、私たちは変わってしまった世界で生きる以外にありません。
人々が生活する際、ごく容易に接触する場所で試料を集めることが大切ですし、行政にそうした調査を求めるべきと思います。
2011年8月25日木曜日
ご案内
8月28日(日)の礼拝の案内です。
時間:午前10時30分~12時
場所:巣鴨聖泉キリスト教会
特別プログラム、と言うことで少し案内をさせていただきます。
I. 礼拝(45分)
説教箇所 マタイの福音書10章28-31節
説教題 「恐れるな(Don't be afraid.)」
説教者 ケン・テイラー宣教師
II. ゴスペル・ワークショップ(45分)
指導 ケン・テイラー宣教師
歌う曲 ①Oh, Happy Day! ②Praise The Lord With Me
時間:午前10時30分~12時
場所:巣鴨聖泉キリスト教会
特別プログラム、と言うことで少し案内をさせていただきます。
I. 礼拝(45分)
説教箇所 マタイの福音書10章28-31節
説教題 「恐れるな(Don't be afraid.)」
説教者 ケン・テイラー宣教師
II. ゴスペル・ワークショップ(45分)
指導 ケン・テイラー宣教師
歌う曲 ①Oh, Happy Day! ②Praise The Lord With Me
2011年8月24日水曜日
日本人のキリスト教リタラシー
題だけは論文みたいに聞こえるけど記事の中身は至って軽い。
要するに今日たまたまツイッターで目にした「キリスト教」に関連する日本人の一般的知識がどれほどのものか、を想像させる二件。
① "the gospel truth"
毎日jp(毎日新聞)の「英語クイズ」にこんなのが出てきた。
英語クイズなのに、聖書(神学)的な理解でアプローチしたのがまずかったなー。
ちなみにネット辞書で調べたら、
新約聖書神学的には、ただ今「ゴスペル」自体が何を指すかが論議の対象になっています。その視点からは問題は「ゴスペル」の中身で、それが定まってからその真理性とはいかなるものか、と言う問題が出てくるのだと思います。
②「ふしぎなキリスト教」 (講談社現代新書) [新書]、橋爪 大三郎 (著), 大澤 真幸 (著)
が今話題になっています。
と言うかここ一年位の間に雑誌なんかで「キリスト教特集」のようなものがブームになっているようです。この流れに乗じて企画・出版されたのかもしれませんね。
筆者はもちろん手にとって読んだことはありませんが、ツイッターでフォローしている、@synodos、が「『ふしぎなキリスト教』のレビューがえらいことになってるな。」でリンクを見てみました。
そうしたらたら、アマゾン・ブックスのカスタマー・レヴューでその本の内容のお粗末さ、特にキリスト教の基本的知識さえ怪しいレベルで適当に対論をやっている、と手厳しい批判を浴びています。
で、思ったのですが、所謂知識人とされる大学教員同士でも、キリスト教に関する言説がかなり粗雑な知識で討論されたものが公刊される、と言うことは、一般大衆が求めている「キリスト教知識」にある程度親和しているのかなー、と。
キリスト教関係図書がプチブームな時に残念ですが、発想を変えて言えば、キリスト者側から一般大衆に発する「キリスト教入門書」が欠けているのかな、と。
と言うわけで「日本人のキリスト教リタラシー」は、もしかしたら今のような時こそ底上げする機会なのかも知れませんね。
要するに今日たまたまツイッターで目にした「キリスト教」に関連する日本人の一般的知識がどれほどのものか、を想像させる二件。
① "the gospel truth"
毎日jp(毎日新聞)の「英語クイズ」にこんなのが出てきた。
Questionで筆者は「絶対的真理」では余りにも素直なので、少しひねって二番目の「真実の愛」を選択した。で、回答を見たら、
ゴスペルミュージックは教会で耳にする音楽。では「gospel truth」の意味は?
- 絶対的真理
- 真実の愛
- 奉仕活動
Answerと言うことで、慣用表現としての"the gospel truth"に関しては筆者は無知であった、と言うこと。
× 真実の愛
回答:【絶対的真理】
例文:He said his story was the gospel truth, but I didn't believe it.
gospel truth は「毎日ウィークリー」8月20日号15面の星占いに出てきました。今週の運勢をチェックしながら、英語も勉強しよう!
正解率 49.1 %
英語クイズなのに、聖書(神学)的な理解でアプローチしたのがまずかったなー。
ちなみにネット辞書で調べたら、
Idioms & Phrases
gospel truth
Something that is unquestionably true. For example, Every word he uttered was the gospel truth . The word gospel , which comes from the Old English god spel , "good news," has been used to describe something that is thought to be as true as the biblical gospel (that is, undeniably true) since the 13th century. The current idiom originated in the 1600s, when it referred to biblical truths, and has been applied to truth of a more general nature since the late 1800s. Also see take as gospel.まあキリスト教文化圏で「聖書の真理」が絶対的に見られる環境の中で、それが「gospel truth」と表現されるようになり、更に一般的な言い方として用いられるようになった。と言うことなんですね。
The American Heritage® Dictionary of Idioms by Christine Ammer.
Copyright © 1997. Published by Houghton Mifflin.
新約聖書神学的には、ただ今「ゴスペル」自体が何を指すかが論議の対象になっています。その視点からは問題は「ゴスペル」の中身で、それが定まってからその真理性とはいかなるものか、と言う問題が出てくるのだと思います。
②「ふしぎなキリスト教」 (講談社現代新書) [新書]、橋爪 大三郎 (著), 大澤 真幸 (著)
が今話題になっています。
と言うかここ一年位の間に雑誌なんかで「キリスト教特集」のようなものがブームになっているようです。この流れに乗じて企画・出版されたのかもしれませんね。
筆者はもちろん手にとって読んだことはありませんが、ツイッターでフォローしている、@synodos、が「『ふしぎなキリスト教』のレビューがえらいことになってるな。」でリンクを見てみました。
そうしたらたら、アマゾン・ブックスのカスタマー・レヴューでその本の内容のお粗末さ、特にキリスト教の基本的知識さえ怪しいレベルで適当に対論をやっている、と手厳しい批判を浴びています。
で、思ったのですが、所謂知識人とされる大学教員同士でも、キリスト教に関する言説がかなり粗雑な知識で討論されたものが公刊される、と言うことは、一般大衆が求めている「キリスト教知識」にある程度親和しているのかなー、と。
キリスト教関係図書がプチブームな時に残念ですが、発想を変えて言えば、キリスト者側から一般大衆に発する「キリスト教入門書」が欠けているのかな、と。
と言うわけで「日本人のキリスト教リタラシー」は、もしかしたら今のような時こそ底上げする機会なのかも知れませんね。
2011年8月22日月曜日
趣味?副業?
筆者の趣味と言うか副業(になるほどまでやっていないが)は木工です。
教会の隣に一戸建て平屋の工房を持っています。
端っこの方とは言え「高級住宅街」と言われる大和郷に、約20畳位の床面積の工房です。
贅沢な話です。(顰蹙をかいそうです。)
今日頼まれている壁面棚(システム収納のような家具の組み合わせ)の打ち合わせがありました。
実は頼まれたのはもう一年以上も前。
「(完成は)いつでもいいから」と言うことなので引き受けたのですが、ずーっと放っぽりぱなでした。
先日「牧師という職業」でうつの話題が出ましたが、筆者もここ2年ほど軽いうつ症状で、なかなか余計な仕事をやる気力が出てこない感じでした。
それでもようやく腰を挙げてデザインをまとめ材料を切り出そう、と言うところまで来たわけでした。
今の状態になる前は結構木工に時間を割いていました。
鉋や鑿で木と戯れている時は本当に時間を忘れるほど夢中になっていたものです。
筆者の木工は手工具で仕上げる時間のかかる作業で、工作のプロセスを楽しむ、その意味ではいい趣味です。
いい仕事をするためには切れる刃物が必要です。
そのために必須なのが刃を砥ぐ作業です。
これがまた没頭してしまうのです。一時間や二時間平気で砥いでいました。
今はなかなかそこまで行きませんが復調してきたらまた没頭するほど木工にはまりたいと思っています。
そう言えば、「ブログ仲間」と呼んでもいいのか、何回か紹介したことのある「はちことぼぼるの日記」のはちこさんが日本に来られた時、筆者のところにも寄られて工房を写真に収めていきました。(フェイスブックの方に載せてあります。)
そう言えば今日筆者の教会が属するグループの他の教会の方から「端材送るよー」と電話がかかってきましたっけ。
うまく行ったらその材料で、9月18日にやる「オープン・チャーチ・カフェ」の時道端に出店する作品を何か作れるかもしれないな。
では最後に木のクイズ。皆さんは次に挙げる樹種をどの位知っていますか。
欅、檜、杉、楡、エンジュ、白樫、赤樫、タモ、楢、桂、栗、桜、胡桃、スプルース、シナ、ネズコ、唐松、ポプラ、黒檀、チーク、花梨、紫檀、楓、ヤマナラシ、松、ブラック・ウォールナット、ヒッコリー、米杉、青森ヒバ、米ヒバ、ピーラー(米松)、・・・まあまだ使った材はその他にもあるけどこの辺でやめておこう。
教会の隣に一戸建て平屋の工房を持っています。
端っこの方とは言え「高級住宅街」と言われる大和郷に、約20畳位の床面積の工房です。
贅沢な話です。(顰蹙をかいそうです。)
今日頼まれている壁面棚(システム収納のような家具の組み合わせ)の打ち合わせがありました。
実は頼まれたのはもう一年以上も前。
「(完成は)いつでもいいから」と言うことなので引き受けたのですが、ずーっと放っぽりぱなでした。
先日「牧師という職業」でうつの話題が出ましたが、筆者もここ2年ほど軽いうつ症状で、なかなか余計な仕事をやる気力が出てこない感じでした。
それでもようやく腰を挙げてデザインをまとめ材料を切り出そう、と言うところまで来たわけでした。
今の状態になる前は結構木工に時間を割いていました。
鉋や鑿で木と戯れている時は本当に時間を忘れるほど夢中になっていたものです。
筆者の木工は手工具で仕上げる時間のかかる作業で、工作のプロセスを楽しむ、その意味ではいい趣味です。
いい仕事をするためには切れる刃物が必要です。
そのために必須なのが刃を砥ぐ作業です。
これがまた没頭してしまうのです。一時間や二時間平気で砥いでいました。
今はなかなかそこまで行きませんが復調してきたらまた没頭するほど木工にはまりたいと思っています。
そう言えば、「ブログ仲間」と呼んでもいいのか、何回か紹介したことのある「はちことぼぼるの日記」のはちこさんが日本に来られた時、筆者のところにも寄られて工房を写真に収めていきました。(フェイスブックの方に載せてあります。)
そう言えば今日筆者の教会が属するグループの他の教会の方から「端材送るよー」と電話がかかってきましたっけ。
うまく行ったらその材料で、9月18日にやる「オープン・チャーチ・カフェ」の時道端に出店する作品を何か作れるかもしれないな。
では最後に木のクイズ。皆さんは次に挙げる樹種をどの位知っていますか。
欅、檜、杉、楡、エンジュ、白樫、赤樫、タモ、楢、桂、栗、桜、胡桃、スプルース、シナ、ネズコ、唐松、ポプラ、黒檀、チーク、花梨、紫檀、楓、ヤマナラシ、松、ブラック・ウォールナット、ヒッコリー、米杉、青森ヒバ、米ヒバ、ピーラー(米松)、・・・まあまだ使った材はその他にもあるけどこの辺でやめておこう。
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