2011年12月31日土曜日

明日の礼拝案内

1月1日 午前10時30分

元旦主日礼拝

朗読箇所 ガラテヤ人への手紙 5:1-15
説教箇所 ガラテヤ人への手紙 5:13
説 教 題  「愛に基礎を置く」
説 教 者 小嶋崇牧師

2012年度 教会標語聖句
愛によって互いに仕えなさい

※神への礼拝を通して、心新たに新年をスタートしましょう。

2011年12月30日金曜日

ブログは「縦穴を掘る」

年の暮れ、何とかブログもここまでやってこれた。

ブログ開設一年半が経った。

振り返ってみるとこのブログ余り一貫性がない。
一記事に書く量もそれほど多くない。
書くネタに頭をひねることもしばしば。
記事投稿頻度も年末に向かって減る傾向にある。

来年はどうなるだろう。

さて筆者の場合ツイッターとブログをほぼ同時にスタートしたのだが、一年半経ってみて筆者はブログ重視派であることが明らかになってきたように思う。
「気軽につぶやく」のは苦手のようだ。

ここ数年「内田樹」の名前をよく耳にするようになった。
今年になってツイッターでフォローするようになった。
つい最近「内田樹の研究室」と言う彼のブログに『ツイッターとブログの違いについて』と言う記事を書いている。
そこでこんなことを言っている。
Twitterには「つぶやき」を、ブログには「演説」を、というふうになんとなく使い分けをしてきたが、二年ほどやってわかったことは、Twitterに書き付けたアイディアもそのあとブログにまとめておかないと、再利用がむずかしいということである。
Twitterは多くの場合携帯で打ち込んでいるが、これはアイディアの尻尾をつかまえることはできるが、それを展開することができない。
指が思考に追いつかないからである。
だから、Twitterは水平方向に「ずれて」ゆくのには向いているが、縦穴を掘ることには向いていない。
そんな気がする。
ブログは「縦穴を掘る」のに向いている。
「縦穴を掘る」というのは、同じ文章を繰り返し読みながら、同じような文章を繰り返し書きながら「螺旋状」にだんだん深度を稼いでゆく作業である。
 「なるほど」、とも思ったが「待てよ」とも思った。
自分のブログ記事は「縦穴を掘る」と言うには余りに浅い、と言うか淡白な文章が多いように思う。

今年振り返ってみて、一ブログ記事ではないが、あるテーマを追跡したり(例えば東日本大震災と原発関連記事)、シリーズ(『教会における聖書の解釈』①~⑥)で取り組んだブログ記事はないわけではないが、殆んど単発で終わった。

話題を変えて(特にプロテスタントの)牧師にとって大切な役割の一つである「説教」を考えてみると、この「縦穴を掘る」あるいは「繰り返し書きながら『螺旋状』にだんだん深度を稼いでゆく作業」は結構よく当てはまるのではないかと思う。

と書いて反省するのであるが、ブログに限らず筆者の最近の説教もやはり淡白傾向にあるのではないかと・・・。

さて新年を迎えいくらかでも「掘り下げ」「深度を稼ぐ」ブログ記事や説教をと願うものである。

年末所感終わり。

2011年12月27日火曜日

マコト・フジムラ『四福音書挿絵』展

タイトルの付け方が『四福音書挿絵』展でいいのかどうか。
開催している日本橋高島屋は「マコト・フジムラ展ーホーリーゴスペルズー<日本画>」と広告しているが・・・。

今こう書いている時間から間もなく展示は終了するから、この記事を投稿しても読者が足を運ぶことがないのは残念である。

既にこの展覧会のことは聖書2題と聖書2題追記で書いているので参考にしていただきたい。


さて実際に筆者が行って来て見た感想である。

26日の午前中に行ったのだが、25日の翌日と言うこともあったのか展示会場はがらんがらんであった。
余り人混みは好きではないし、絵の展覧会に行くと言うこともめったにないので、このような状況はまさに『お一人様用展覧会』で千載一遇のチャンスであった。

入り口左側には皮装丁とキャンバス布装丁のサンプルが置いてあったが、既に両方ともSold Outになっていた。
ぱらぱらとページをめくってみたら意外にあちこちにスケッチ的な絵や描写が配されていて字と絵の空間配置が面白い。

その次には長ーいテーブルの上に四福音書各章の冒頭の言葉の第一文字目のアルファベットを絵にしたものが横に長く並べられている。
それはAであったり、Oであったり、Kであったり、様々である。
四福音書全部で89章になるわけだからかなり同じ文字がダブるわけだが、見た感じ同じ文字でも印象は結構異なる。

一つの絵のサイズは20センチ四方位だろうか、キャンパスから溢れる位の文字と色彩背景である。
マコト・フジムラの画風は(専門家ではないのでいい加減なことしか言えないが)日本画を背景にしたモダンアートだと見える。
単なる抽象画ではなく、色彩をベースにしたスペース・ファンタジーとも言うべき世界を作っている。

これら89枚の絵は殆んどそう言う絵なのだが、与件によりアルファベット文字だけは認識されなければならない。
それらの文字は薄い金箔の線で描かれることもあれば、殆んど線とは認識されない太い筆で絵の具をびしゃっと殴りつけたような形象の組み合わせもある。

89枚もアルファベットを中心にしたテーマの絵となるとどうしても似た感じと言うか同じアイデアやデザインの流用みたいなものが出てきても良さそうだが、筆者の見る限り一枚一枚が絵のデザインとして独立している。

日本画・水墨画では余白と言うものが重要な絵の構成要素であるが、これら89枚の中に色のない余白が用いられていたのはほんの一枚か二枚であったろう。
既に書いた「太い筆で絵の具をびしゃっと殴りつけたような形象」のNだけではなかったか・・・。

次に中型サイズの絵が何枚か壁にかけられていたと記憶するが、入り口右側に掲げられた四福音書それぞれを象徴するテーマの大きな絵四枚の印象に消されてしまったようなのでこれらの中型絵についての感想はあきらめる。

さて四福音書をそれぞれ象徴する大判サイズの絵は大きさが縦横それぞれ1.5メートル位はあろうか、縦長だがこちら絵の号数とかそういうことは良く分からないので大きさについては勘弁願おう。
テーマとなっているのはマタイから順に言うと「野の百合(Consider the Lilies)」、マルコが「燃え上がる炎(Water Flames)」、ルカが「放蕩なる神(The Prodigal God)」、ヨハネが「初めに(In the Beginning)」である。

ぱっと見一番分かりやすいのはマタイ。
うっすらと百合の花が白っぽい水色の背景から浮き上がっている。

マルコも分かりやすいが、炎の赤の鮮烈さが何を指すのか・・・。

ルカは15章の「放蕩息子(The Prodigal Son)」をもじった題名になっている。
印象としては地平線を境に地上と空とが白絵の具で描写された形象で覆われ「和解」をイメージさせる。
興味深いのは近寄ってみると細い線で金箔文字(文章になっているようだ)が沢山何行にも渡って書かれていることだ。

ヨハネはタイトルからも想像できるが、筆者の目にはビッグ・バンの宇宙空間を連想させた。
四枚の中では一番重量を感じさせる色彩であり、荘厳さを醸し出している。

他の三枚は意外と軽やかで透明感を感じさせ、スペースの広がりや伸びやかさを感じさせる。
ただマルコの炎はちょっと違う感じだが。
むしろモーセが荒野で神の顕現に出合ったと言う「燃える柴」を連想させる。

とまあ、何ともグータラな感想記だが、何せアートに触れる機会の少ない素人なので頓珍漢な部分が殆んどだろうが適当に読み流して頂きたい。

最後に読者のために筆者の見た絵をネットで観覧できるサイトを紹介して終わりにする。
Dillon Gallery, Makoto Fujimura "The Four Holy Gospels"

2011年12月26日月曜日

もろびとこぞりて 追記

まだ「英語圏ブログ紹介」シリーズで取り上げていませんが(そのうち取り上げようと思っていたのですが)、
Storied TheologyブログのJ. R. Daniel Kirk(ダニエル・カーク)さんが筆者と同日(きのう)

"Joy to the World"
と言う記事を投稿しました。

内容的にも大分重なるところがあります。(偶然です。)

いいや、偶然ではないな。
と言うのも、カークさん(フラー神学校、北カリフォルニア地域、メンロー・パーク市を拠点にする新約学助教授)はN.T.ライト教授の影響を多分に受けているから。

良かったらどうぞお読みください。

2011年12月25日日曜日

もろびとこぞりて

日本のキリスト教会で歌っている賛美歌は殆んどが欧米の作者のものを訳したものだ。
もちろんクリスマスの賛美歌もそうだ。

先日たまたまツイートで目に留まったのが
And Heaven and Nature Sing
と言う歌詞が入っている賛美歌「もろびとこぞりて」だ。

へー改めて考えてみるとクリスマス、御子の受肉を祝うのに「天も地も歌え」とはなかなか似合っているではないか・・・。
と、その時はそのままで止まってしまったのだが、段々クリスマス・イブの「お話」を準備しているうちに、この賛美歌が気になり、それとなくネットを使って調べ始めた。
日本語の「もろびとこぞりて」ではなく、英語の、Joy To The World、で調べ始めたのだった。

ところで筆者の教会で使用している讃美歌集、「インマヌエル賛美歌」では「もろびとこぞりて」は以下のような節と歌詞になっている。
①もろびとこぞりて むかえまつれ  ひさしくまちにし
主はきませり 主はきませり 主は主はきませり
②くろがねのとびら うちくだきて とりこをはなてる
主はきませり 主はきませり 主は主はきませり
③とこやみの世をば てらしたもう  あまつみひかりの
主はきませり 主はきませり 主は主はきませり
④しぼめるこころの はなをさかせ めぐみのつゆおく
主はきませり 主はきませり 主は主はきませり
⑤あまつかみの子と いつきむかえ すくいのぬしとぞ
ほめたたえよ ほめたたえよ ほめほめたたえよ
ところがJoy To The Worldの歌詞はと言うと、
Joy to the World , the Lord is come!
Let earth receive her King;
Let every heart prepare Him room,
And Heaven and nature sing,
And Heaven and nature sing,
And Heaven, and Heaven, and nature sing.

Joy to the World, the Savior reigns!
Let men their songs employ;
While fields and floods, rocks, hills and plains
Repeat the sounding joy,
Repeat the sounding joy,
Repeat, repeat, the sounding joy.

No more let sins and sorrows grow,
Nor thorns infest the ground;
He comes to make His blessings flow
Far as the curse is found,
Far as the curse is found,
Far as, far as, the curse is found.

He rules the world with truth and grace,
And makes the nations prove
The glories of His righteousness,
And wonders of His love,
And wonders of His love,
And wonders, wonders, of His love.
あれっ、節数も歌詞の意も違うじゃないか・・・。
よく見れば「もろびとこぞりて」の原詩は、Hark, the Glad Sound!となっているではないか。
Joy To The Worldを原詩とする日本語賛美歌は「たみみなよろこべ」となっていて、すぐ隣にあるではないか。
なーんだクリスマスというといつも「もろびとこぞりて」を歌っているので、Joy To The Worldの訳詩だと勘違いしていたわけだ。

と言うわけでネットでJoy To The Worldをリサーチしてみると結構面白いことが分かった。
先ず著名な讃美歌作者、アイザック・ワッツのこの賛美歌はもともとクリスマス賛美歌ではなかったのだ。
彼は詩篇を題材にした讃美歌集を作ったのだが、そのうちこのJoy To The Worldだけが、それも歌詞の半分だけが辛うじて忘却から免れたのだと言う。

背景となっている詩篇は98篇。特に後半部分が歌詞に反映している。
全地よ、主に向かって喜びの叫びをあげよ。歓声をあげ、喜び歌い、ほめ歌え。
琴に合わせてほめ歌え
琴に合わせ、楽の音に合わせて。
ラッパを吹き、角笛を響かせて
王なる主の御前に喜びの叫びをあげよ。
とどろけ、海とそこに満ちるもの
世界とそこに住むものよ。
潮よ、手を打ち鳴らし
山々よ、共に喜び歌え
主を迎えて。主は来られる、地を裁くために。主は世界を正しく裁き
諸国の民を公平に裁かれる。
ワッツはこの賛美歌を「初臨のキリスト」ではなく「再臨のキリスト」にフォーカスして作ったのだと言う。
思えばこの賛美歌にはクリスマスのエピソードとなるマリヤとヨセフや、天使の賛美(グロリヤ・イン・エクシェルシス・デオ)、羊飼いや東の博士などは登場しない。

しかしヨハネ福音書序のロゴス論にあるような創造主と共におられた御子イエス・キリストが被造世界に「来たり・宿る」と言うクリスマスの意義をよく表していると思う。
受肉の出来事ゆえに被造世界全体が賛美へと招かれるのだ。
まさにHeaven and Nature Singだ。

そして3節、4節の歌詞も重要だ。
罪と死の呪いの呪縛に繋がれている被造世界が再臨のキリストの時、ついにその枷から完全に解放される希望を歌っている。
神のキリストによる愛と正義と真理の統治が完成するのだ。

クリスマスは初臨のキリスト、受肉の出来事を祝うが、キリスト者は再臨のキリストにおいて完成する新天新地を展望しながらクリスマスの賛美歌を歌うのだ。
被造世界は既にキリストにある新創造に与っているが、しかし未だ完成までの産みの苦しみの中に置かれている。
そのうめきと共に人類と被造世界全体の回復・癒しを予感しながら希望に溢れて私たちは賛美するのだ。

(※讃美歌の背景については英語ウィキ記事ここ、やここを参照。)

2011年12月23日金曜日

明日の礼拝案内

12月24日(土) 夕7時

クリスマス・イブ
キャンドル・ライト礼拝

ろうそくの火を燈しながら、賛美歌と聖書で進行する礼拝です。
どなたでもお加わりください。
きっと味わい深いクリスマス・イブになることでしょう。

※礼拝後には茶菓の用意があります。時間のある方はごゆっくり歓談の時をお過ごしください。
※翌日、25日は日曜日ですが、礼拝はありません。

2011年12月18日日曜日

トラウマ、って言ってしまったけど

今日クリスマス礼拝の後のこと、ある方とお話をしていてたまたま筆者の小学生時代の体験を語ることになった。
そのことを「トラウマ」と表現してしまったのだが、今になってトラウマという表現を軽く使い過ぎてしまったと今思い直している。

その体験とはこう言うものである。
(予め注意しておくが自慢話をしようというのではない。ただそういう流れの話ということで聞いてもらいたい。)

小学一年生の時の事であった。
学芸会の出し物で「さるかに合戦」の劇をやることになった。
最初に(幕が開く前に)劇の紹介をする生徒を選ぶことになったのだが、そのためにオーディションが持たれた。
用意された文章を先生の前で読み上げるのだが、どう言う訳か筆者が選ばれた。
恐らく声の大きさや、恥ずかしがらないで出来る度胸の良さとか、そんなことが要素になったのだと思う。

こう言うのもなんだが筆者は天真爛漫な方で、人前で一人で何かをやる、と言うことに殆んど自意識とか恥ずかしさとか(当時は)持ち合わせていなかったようだ。
練習でも、本番でもあがったり心配になったりと言うことが微塵も感じられなかった。

まっ大事なのは本番でのことなのだが、学芸会当日体育館一杯の生徒と親たちの前で「堂々と」「朗々と」、つまり余りにも見事にやってのけたようなのである。
本人はそのことを殆んど自覚していない。
自分が何かを見事にやったと言う自覚はなかったのである。

大分後になって親や姉妹から「あの時の劇の紹介が如何に聴衆の度肝を抜くほどのものであったか」を話してもらっても、いかんせん自分の中では「ふーん」と言う記憶しかないわけである。

ところで問題はその余りの自分の無自覚さである。
学芸会が終わって間もなくのことであったと思うが、たまたまお便所で用を足していると、自分の横で用を足していた身も知らない上級生(多分五六年生位であったろう)から、「あー、お前、あのサルと蟹は・・・やっただろう」と声をかけられた。
このことで筆者ははたと自分は「他人にインパクトを与えるようなことをやってしまった」と言う、何と言うか「しまった」と言うネガティブな印象を持つことになったわけである。
「へえー、上級生が一年坊主の俺のことを覚えていて声をかけてくるほど俺は大したことをやったのか・・・。えへん。」とは真逆の感情的反応を持ってしまったのである。
これが筆者の心にぐさりと刺さり、「もう二度とこのようなことはやるまい」みたいな覚悟を持ってしまったのである。

実際その後は劇とか人前で何かをやることには拒否反応を持つようになった。
多分大学生になる頃まで続いたのではないかと思う。

さて長いイントロになってしまったが、この体験を「苦い思い出」くらいに言っとけばよかったものを、咄嗟に「トラウマになっていて」と言ってしまった。
普段ことあるごとに教会員(筆者より少し年齢が上の方々)とは、「最近の子どもたちはいじめや何やらで傷つき易くなっているのじゃないかねー。
昔(自分たち)はもうちょっと喧嘩やいじめがあっても年長者が諌めたり仲を取り繕ったりして、心に傷がつくなんてことにならなかったように思うんだけどねー・・・。と話していた。
そんな時「トラウマ」なんて言葉でなんでもかんでも子供たちの心の傷の体験を表現するのはちょっとどうかねー。ちょっと過保護すぎやしないかなー。などと話していたのだった。

トラウマとは「心的外傷」とも呼ばれ、簡単に克服できない体験のことを指す、と説明されている。
かなり重症なケースに使われるべき言葉ではないかと思う。
筆者の体験など「トラウマ」などと言うにはおこがましい、誰にでも一つや二つあるような身近なものであった。それなのに今日の会話で、つい「トラウマ」と言う語を使ってしまったことは不用意だった。

今年は東日本大震災があった。
まさに「トラウマ」のような体験をした子どもたちや大人たちが多くいるに違いない。
そのような方々の体験を表す言葉を自らが軽々しく使ってしまったことを恥ずかしく思う。