朗読箇所 ヨハネの福音書 11:25
※8月以降中止していた会堂での礼拝を9月19日から再開しました。参加する方はマスク着用をお願いします。
巣鴨聖泉キリスト教会(日本聖泉キリスト教会連合)創立1965年。 大和郷の一角にある緑と花に囲まれた教会、隣には牧師の木工房。 静かに賛美と聖書の学び、そんな礼拝の時をお過ごしください。
※8月以降中止していた会堂での礼拝を9月19日から再開しました。参加する方はマスク着用をお願いします。
※8月以降中止していた会堂での礼拝を再開します。参加する方はマスク着用をお願いします。
※「緊急事態宣言」中もあり、9月12日の会堂での礼拝を中止します。
2021年9月12日
自宅礼拝ガイド
賛 美 主よわが主よ 567番
※YouTube動画を利用できる方は、以下のリンクで「主よわが主よ(歌詞表示あり)」の演奏をご利用ください。
https://www.youtube.com/watch?v=WMQ67Vrk_Fo
聖書交読 詩篇66:10-15
使徒信条 (賛美歌の表紙裏)
聖書朗読 ヨハネ第一の手紙 3:16-18
イエスは、わたしたちのために、命を捨ててくださいました。
そのことによって、わたしたちは愛を知りました。
だから、わたしたちも兄弟のために命を捨てるべきです。
世の富を持ちながら、兄弟が必要な物に事欠くのを見て同情しない者があれば、
どうして神の愛がそのような者の内にとどまるでしょう。
子たちよ、言葉や口先だけではなく、行いをもって誠実に愛し合おう。
(Ⅰヨハネ 3:16-18、新共同訳)
静思祷告
黙 想 「愛のイニシャティブ」
主の祈り (賛美歌の表紙裏)
【解説】
今年は「9.11(米国同時多発テロ)」から20年。米国のアフガン軍事支援も終わり、タリバン政権が成立したようです。
9.11に端を発したテロ征伐は、多様な犠牲を支払ったにもかかわらず、徒労に終わった感があります。
アフガニスタンといえば日本人には中村哲さんのことが思い浮かびます。危険を冒してさまざまな民間支援を繰り広げました。
私たちの人間関係は様々な次元で「贈り物」や「好意」や「配慮」を駆使して良好な関係を築こうとします。
しかしよく見てみるとそれらは自分への「利益誘導」を計算に入れたものではないでしょうか。
打算を排した「無私」の好意は、やはり「自分の利益」を超えたところから出てくるものではないでしょうか。
キリスト教ではそれを「愛」と言い、キリストの犠牲にその具体的姿を見ます。
自己中心になりがちな私たちが、はたして、自分への「利益誘導」を超えた「愛」に生きるなんてことができるのでしょうか。
ヨハネは「できる」というより、そのように「生きるべきだ」と勧めています。
そのカギとなるのは、やはり私たち自身がどれだけ愛されたか、愛されているかを自覚できるかにかかっているのではないでしょうか。
※「緊急事態宣言」中もあり、9月5日の会堂での礼拝を中止します。
2021年9月5日(日)
自宅礼拝ガイド
賛 美 主のことばの光のうち 527番
※YouTube動画を利用できる方は、以下のリンクで「主のことばの光のうち(歌詞表示なし)」のピアノ伴奏をご利用ください。
https://www.youtube.com/watch?v=i6Qj1ynNnJI
聖書交読 詩篇66:5-9
使徒信条 (賛美歌の表紙裏)
聖書朗読 ヨハネの福音書 8:12
イエスは再び言われた。
「わたしは世の光である。
わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、
命の光を持つ。」
(ヨハネ 8:12、新共同訳)
静思祷告
黙 想 「暗闇の中を歩かない」
主の祈り (賛美歌の表紙裏)
【解説】
新型コロナ・ウィルスは英語で、COVID-19といいます。
19はこのウィルスが発生した2019年を指します。
身近で騒がれ出したのは2020年の2月初め頃でしたか、あのダイアモンド・プリンセス号での集団感染からです。
あれからもう1年半が経過しましたが、依然としてパンデミックの収束は見えません。
コロナに関しては、私たちは何か出口の見えない暗いトンネルの中にいるような気がします。
私たちの人生は、標識のない道を歩くように、先行きが見えないことが色々あります。
それでも、手探りしながら、道なき道を進んでいかなければなりません。
ヨハネ福音書には、「イエス様の自己紹介」がいくつもあります。
そのうちの一つが、「私は世の光」です。
どんな意味でしょう。
人生の「道案内」のようなものでしょうか。
それもあるでしょう。
でもきっとそれ以上だと思います。
イエス様は私たちと「一緒に住んでくださる」「一緒に歩んでくださる」ということではないでしょうか。
私たちが「暗闇の中を歩かない」でもいいように、私たちは、イエス様を信頼してついていくのです。
主のことばのひかりのうち ゆくもののこころに
主はしたしくやどりたまう ただきみにまかせよ
まかせてしたがいなば 主はながみちをしゅくしたまわん
※「緊急事態宣言」中もあり、8月29日の会堂での礼拝を中止します。
2021年8月29日(日)
自宅礼拝ガイド
賛 美 ハレルハレルハレルヤ 子供讃美歌 48番
(1)ハレルハレルハレルハレルヤ しゅをほめよう
ハレルハレルハレルハレルヤ しゅをほめよう
しゅをほめよう ハレルヤ しゅをほめよう ハレルヤ
しゅをほめよう ハレルヤ しゅをほめよう
(2)ハレルハレルハレルハレルヤ さんびしよう
ハレルハレルハレルハレルヤ さんびしよう
さんびしよう ハレルヤ さんびしよう ハレルヤ
さんびしよう ハレルヤ さんびしよう
※YouTube動画を利用できる方は、以下のリンクで「ハレルハレルハレルヤ(歌詞表示なし)」の演奏をご利用ください。
https://www.youtube.com/watch?v=8mkNrJqx-i8
聖書交読 詩篇66:1-4
使徒信条 (賛美歌の表紙裏)
聖書朗読 エペソ人への手紙 5:19
詩編と賛歌と霊的な歌によって語り合い、
主に向かって心からほめ歌いなさい。
(エペソ 5:19、新共同訳)
静思祷告
黙 想 「主をほめたたえる」
主の祈り (賛美歌の表紙裏)
【解説】
コロナ禍の中、明るいニュースも少なく、私たちの生活はついつい不平やつぶやきが多くなりがちです。
あー、うまくいかない、
あれもしておかなくてはならない、
ここが調子が悪い、
あそこが壊れたので修理を呼ばなくてはならない、……
せっかく神様への信仰を教えられているのに、現実の課題に心を占領されて、気が付けば賛美や感謝を忘れていないでしょうか。
こういうときこそ「こどもさんびか」の歌詞を思い出しながら基本に帰りましょう。
神様が何かとっても素晴らしいことをしてくれたから…だから神様をほめたたえるのでしょうか。
そういう感謝と賛美も確かに素晴らしいですね。
でも特に何かがなくても、いやむしろ困難や不具合に取り囲まれたとき、私たちは基本に帰りましょう。
ハレルヤは、ハレル(賛美する)+ヤ(主の御名)、です。
賛美の基本は、ハレルヤです。
旧約聖書の詩篇からの基本です。
主を見上げ、主の御名を賛美することで心に力をいただきましょう。
※「緊急事態宣言」中もあり、8月22日の会堂での礼拝を中止します。
2021年8月22日(日)
自宅礼拝ガイド
賛 美 うつりゆくときのまも 619番
※YouTube動画を利用できる方は、以下のリンクで「移りゆく時の間も(歌詞表示あり)」の演奏をご利用ください。
https://www.youtube.com/watch?v=skLcSlIfQSU
聖書交読 詩篇64:7-10
使徒信条 (賛美歌の表紙裏)
聖書朗読 使徒の働き 18:5-11
ある夜のこと、主は幻の中でパウロにこう言われた。
「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。
わたしがあなたと共にいる。
だから、あなたを襲って危害を加える者はない。
この町には、わたしの民が大勢いるからだ。」
(使徒の働き 18:9-10、新共同訳)
静思祷告
黙 想 「恐れるな」
主の祈り (賛美歌の表紙裏)
【解説】
新型コロナ感染拡大が始まって以来、政府から発せられる「安心」「安全」という言葉を何回耳にしたことでしょう。
緊急事態・非常事態のときにこそ、指導者から発っせられる言葉の重みの大切さを思います。
パウロの置かれた状況も人間的には不安定で不穏な状況でした。
その中でパウロは人からの励ましの言葉ではなく、(幻の中で)神からの励ましの言葉を聞きました。
恐れるな。
語り続けよ。
黙っているな。
わたしがあなたと共にいる。
だから、あなたを襲って危害を加える者はない。
私たちが不安に取り囲まれるとき、周りに励ましてくれる家族や友人・知人がいることは大切なことで得難いことです。
しかしもっと大切なのは私たちの心の奥深くに、神様からの励ましの言葉・約束を聞くことです。
恐れるな。
わたしがあなたと共にいる。
あなたを襲って危害を加える者はない。
大変な状況の中ですが、心を静めて、神様からの語り掛けを聞きましょう。
神様からの励ましの言葉に、耳を澄ませてみましょう。
※「緊急事態宣言」中もあり、8月15日の会堂での礼拝を中止します。
自宅礼拝ガイド
2021年8月15日(日)
賛 美 暗き谷間をたどる時も 372番
※YouTube動画を利用できる方は、以下のリンクで「暗き谷間をたどるときも(歌詞表示あり)」の演奏をご利用ください。
https://www.youtube.com/watch?v=uZLTierhI9M
聖書交読 詩篇64:1-6
使徒信条 (賛美歌の表紙裏)
聖書朗読 エペソ人への手紙 4:3
コロサイ人への手紙 3:15
平和のきずなで結ばれて、
霊による一致を保つように努めなさい。
(エペソ 4:3、新共同訳)
また、キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。
この平和にあずからせるために、
あなたがたは招かれて一つの体とされたのです。
(コロサイ 3:15、新共同訳)
静思祷告
黙 想 「綻びを繕う」
主の祈り (賛美歌の表紙裏)
【解説】
特に東北大震災の時でしたか、「きずな(絆)」ということがよく言われました。
被災した者たち同士もそうですが、被災しなかった人たちも、近くから遠くから様々ボランティアとして被災地に出かけて行きました。
普段は眠ってしまっている「助け合い」の心が人々の間で目を覚ましたのではないでしょうか。
ある牧師の方が東北の被災地に定住して支援の働きをしています。たまたまその方の話の中で聞いたことですが、(クリスチャン/牧師として)できる支援の働きは、被災者たちの間で「きずな」を作ることではないかな、と。
長い復興の過程の中で、被災者たちは疲弊し、失望し、地域のコミュニティの「きずな」が綻ぶような場面に遭遇するそうです。その時に「間に入って」それらの綻びを繕うような役割があるんじゃんないか、と思ったそうです。
平和への貢献、平和の作り方は様々あると思いますが、人間関係の綻びを繕うのも、その一つではないかと思います。
キリスト者は「(キリストのからだの)一員/一部」として、普段から「同じからだの肢々」を配慮するよう要請されています。そのような平和/和解/一致のために、キリストはその身をささげられたからです。
同じからだに繋がっている肢同士、ともに痛み共に喜ぶような関係に入れられているからです。
キリスト者が遣わされている「世界」が苦しみ悩む時、私たちはやはり「きずな」を思います。「世界」に対するキリストの思いを、私たちキリスト者も分かち合えるようになりたいと思います。
困難の中ですが、今週も、主にあって助けを得て進んで行きたいと思います。