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2018年2月15日木曜日

今日のツイート 2018/2/15

またもや学校での発砲事件で多数の死者(17人)が出た。(フロリダ州)

このガーディアン誌の報道写真の女性の額には灰で十字のマークがしてあるのが分かる。

余りにも次々、しかも学校で起こる銃乱射事件に、人々の反応は悲嘆を通り越して「もういい加減にしろ」という怒りの反応が多い。


怒りの矛先は銃規制法案をブロックする全米ライフル教会(NRA)へ 。



これだけ頻繁に銃乱射事件が起こっても、銃規制に動かない(動けない)現状に対する怒りの沸点はその度ピークに達するが、銃乱射事件の頻度と銃による死者数とが他国と比較して異常に高いのを強調するツイートにも次第に不快を感じ始めているツイートも散見される。


2014年3月11日火曜日

レント追記

レントに入って7日目。

一応プログラムを辛うじて追っかけている。
(1日2日ビハインドになるけど。)

ところで
当教会では受難週の集会はなく、そういう意味ではキリスト教暦、教会暦に従った教会生活というのは余りない、非典礼的伝統の方である。
いや非典礼的伝統というのは正確ではないな、要するに歴史が浅いのだ。
そういうハイ・チャーチな文化が薄いと言おうか。
確かにメソジストの背景はあるのですが、リバイバリズムの影響の方が濃いわけですね。きっと。
と書いたが、たまたま目にしたサイトに、初期メソジストはレントを特に守ったわけではないことが書いてあった。(リンク)

それによるとジョン・ウェスレーがアメリカのメソジストたちに残した「祈祷書・典礼書」にはレントの項目はなかったのだと。

聖公会祈祷書の主日毎の聖書箇所と祈祷文はそのままにしたが、主日の呼び方を変えたのだという。
例えばレントの最初の主日は「降誕節後第十一主日」とし、以降レント第5主日までは、「降誕節後第○○主日」と呼んだそうだ。
灰の水曜日も、聖木曜日も除外されたのだ。

なぜそうしたのか?

かすかに「適当な目的がないから」とだけ説明されていたのだ。

この記事を書いた人の推量では、要するに当時の(英国)メソジストたちは、レントのような教会暦で実践されるような事柄を、彼らの組会やソサエティーへ集会を通して十二分に実践していたからだ、と見る。

要するに二重になってしまうと言うことだ。

しかし今となっては初期メソジストたちが実践したような組会やソサエティーはなくなってしまった。
だから教会暦の伝統に従って灰の水曜日、レント、聖木曜日、グッド・フライデー、と守る需要が出てきたのだ。

うーん、少しなるほどと思った。



※この記事を書こうと思っているうちに、昨晩になってスェーデンのペンテコステ系メガチャーチの牧師がカトリックに改宗、と言うニュースが飛び込んできました。リンク①、リンク②

どうもプロテスタントの新興教会は伝統が持つ安定や安心感に惹かれるようですね。


2014年3月5日水曜日

レント デイ1 灰の水曜日

当教会では受難週の集会はなく、そういう意味ではキリスト教暦、教会暦に従った教会生活というのは余りない、非典礼的伝統の方である。

いや非典礼的伝統というのは正確ではないな、要するに歴史が浅いのだ。
そういうハイ・チャーチな文化が薄いと言おうか。

確かにメソジストの背景はあるのですが、リバイバリズムの影響の方が濃いわけですね。きっと。

N.T.ライトを読むようになって、彼の聖書学や神学だけでなく、アングリカン(英国国教会)の影響も少しずつ感じるようになって来ました。

多分そんなこともあって今年初めて「レント」なるものと意識的に取り組むことにしました。

いえいえ何を制限する(断つ)か、なんてことはまだなのです。

人によってはチョコレートとか、コーヒーとか、何か嗜好品を一つ40日間「我慢する」のをよく聞きますが。

今のところは「取り組む」と言うの半分、野次馬根性半分です。

それでネットで「レント参加プログラム」を少し探して見ました。

一つはこれです。レント体験(英語サイトです)

これは自分で(幾つか簡単な質問に答えることによって)プログラム内容をカスタマイズできます。

次はこれです。レント・プロジェクト
北米カリフォルニア州にあるバイオラ大学提供です。

昨年も待降節プロジェクトがあり、音楽や絵画など視聴覚を取り入れた想像力に訴えるものでしたが、このレント・プロジェクトも期待できます。

次はサイドバーにある、以前「英語圏ブログ紹介」でも取上げた、Per Crucem ad Lucem で紹介されていた記事でしょうか。
灰の水曜日を思う



皆さんも良かったらどうぞ。