2015年12月31日木曜日

2016年元旦礼拝案内

元旦礼拝

2016年1月1日(金) 午前10時30分

朗読箇所 コロサイ人への手紙 3:1-17
説 教 題 「いつも感謝していなさい」
説 教 者 小嶋崇 牧師

    いつも感謝していなさい
            コロサイ人への手紙3:15(新共同訳)

※1月3日(日)の主日(日曜日)礼拝はお休みとなります。

2015年12月26日土曜日

オウム真理教関連記事の引越し

3年くらい前から「オウム真理教」に関連していろいろ記事を書いてきました。

4回目くらいからは「オウム真理教ノート」として連載しました。

数えてみたら「ノート」は10回、その他も合わせると14本くらいの記事を書きました。

こちらの『大和郷にある教会』ブログでは殆ど紹介することもしませんでしたが、少し前から

宗教と社会 小ロキアム@巣鴨

にそのテーマに合わせた記事をポツポツ書いています。

今年後半になって少しペースが上がってきています。

少しずつ「宗教と社会」という広いテーマの中で、もう少し絞れたトピックが登場し始めました。

その最も大きなものは「イスラーム」に関連してくるものです。

さらに「終末思想」と組み合わさったイスラーム過激派の問題に関心が向かい始めています。

「終末思想」と「過激派」が合わさった、という点で「イスラーム国」とオウム真理教の相似性が見えてきたかな、と思い今回「オウム真理教関連記事」を、こちらのサイトに整理まとめました。

よろしければ、オウム真理教について


やその他の記事もお読みください。


 

2015年12月19日土曜日

明日の礼拝 お休み の案内

待降節第四主日

2015年12月20日

巣鴨聖泉キリスト教会での礼拝はありません

12月24日(木) 夕7時~
キャンドルライト礼拝


が年内最終集会となります。

12月27日の礼拝もお休みとなります。

2016年1月1日(金)の元旦礼拝がスタートとなります。
時間は通常と同じ、10時30分~


以上年末年始の主日礼拝は不規則となりますのでご了承ください。

巣鴨聖泉キリスト教会
牧師 小嶋崇

2015年12月14日月曜日

(5)ドナルド・トランプと福音派キリスト教(続2)

ドナルド・トランプの名前はまだまだ日本では知られていないのではないかと思う。
と書いてこのトランプ連載を始めた。

確かに8月の時点ではそれほど日本のメディアには露出していなかったように記憶している。

しかし
どうやらトランプ氏の選挙戦は予想より長続きしそうなので、このシリーズはまだ続けられるかもしれません。

連載2回目を書いたときには、共和党候補者の先頭を走りながら、当初短命と思われたトランプ候補の支持率が以前下がらない予感がして、連載を続けると締めくくった。

それから三ヶ月。トランプ候補がここまでしぶとく先頭を維持することは余り考えていなかった。

大分連載をサボっていたが、お約束通り連載3回目を書くことにする。


《アトランティック》誌のルース・グラハムの記事(2015年10月28日)では、福音派といっても、信徒たちと牧師など教会指導者たちとではトランプ候補に対する評価に開きがあることを指摘する。

例としてベイラー大歴史学教授のトマス・キッドや、南部バプテスト連盟指導者のラッセル・ムーアらトランプ候補に否定的評価を下す福音派指導者の名を挙げている。


今度は《宗教と政治》誌のエミリー・ジョンソン(テネシー大宗教史教授)の記事(2015年12月8日)では、ノックスビルのコンベンションホールでの集会の様子をレポートしている。

エミリーの印象では、保守派/福音派キリスト者のトランプ候補支持が依然高止まりしている理由は、トランプの信仰とか宗教的背景ではなく(むしろ乖離している)、保守派/福音派キリスト者の抱く「アメリカとキリスト教の同一性」が危機に瀕しており、その問題に一番アッピールする候補がたまたまトランプであること、そして何よりもトランプ自身が、今まで非政治的でさえあった今回の支持者たちのように「政治の素人」である点がアッピールしているのではないかと指摘する。
Like Nixon, Trump uses vague references to moral decline and American patriotism to cast a wide net, to appeal to a broad swath of conservatives who feel alienated from the machinations of Washington bureaucrats, but who can hear their grievances reflected in Trump’s “Make America Great Again” sloganeering.
最後に《ワシントン・ポスト》誌のサラ・ベイリー記者の記事(2015年12月10日)では、福音派指導者たちがトランプ氏以外の有力候補を擁立する動きを紹介している。

ジェームズ・ドブソン氏とのインタヴューによると、最初に予備選が行われるアイオワ州での世論調査ではテッド・クルーズ上院議員が支持を集めているが、福音派も彼に絞ってきている様子だとのこと。
(CNNの日本語翻訳記事でも紹介されている。)



といったところです。

(※さてお約束は出来ませんが、これで連載終了とはまだならないのではないかと思います。)

2015年12月12日土曜日

明日の礼拝案内

待降節第三主日
クリスマス礼拝

2015年12月13日(日) 午前10時30分

朗読箇所 ルカの福音書 2:1-20
説 教 題 「これらのことを心に納めて」
説 教 者 小嶋崇 牧師


待降節を迎えて(2)
マリア、羊飼い、ルカ、物語のリレーを想う

2015年12月10日木曜日

(5)現代の英語圏神学者③、ディヴィッド・ガシー

このシリーズ、スタンレー・ハウアーワスに続いて、二回目にクリスチャン・ワイマン取り上げてから数ヶ月が過ぎました。

[ 2016/5/26追記 があります。スクロール・ダウンしてください。]

日本ではほぼ無名でもそれなりにネーム・バリューのある方は沢山いるわけですが、あえて「福音派」の中で、油が乗っているような方を早めに取り上げようと思い、このたびの選択になりました。

ディヴィッド・ガシー(David P Gushee

は、現在マーサー大学「神学と公共」研究所所長でキリスト教倫理学教授です。
キリスト教倫理学の諸問題やテーマを扱った著書も20冊ほどあるようです。

最近の動向としては、LGBTQ問題に対して福音派としては進歩的なスタンスをいち早く鮮明にしました。

またブッシュ政権下での「拷問」に対しても福音派として最初に抗議の声をあげ5 Reasons Torture Is Always Wrong、クリスチャニティ・トゥデー誌、2006年2月)、その後も人権関連の諸問題と取り組んでいます。

また、北米聖書学会(SBL)と同時開催される全米最大の北米宗教学者・神学者団体、アメリカ宗教学会(American Academy of Religion)で今年副理事長に選出され、福音派の背景を持つ指導者として重要な立場にいます。

と言ったところは、この記事を書くためにネットでちゃちゃと調べた感じてすが、彼を最初に「レーダー」に感知したのは以下の動画でした。

ホィートン大学の神学会義(毎年開かれる)で、2013年は「キリスト者の政治行動(ポリティカル・ウィットネス)」がテーマで、ガシーもハウアーワスやマーク・ノルらとともに講演者として選ばれました。



この講演の冒頭で、プロテスタント福音派が「社会倫理」を議論する土台となる(権威ある)神学的伝統(教説や理論)がないことを指摘している。(カトリックの社会教説やプロテスタント・エキュメニカル陣営と比較して)

いわばちょっとした「キリスト教社会倫理・概論というか入門」となっている。(なかなか手際がよい)

とにかくこの動画でなかなか感銘を受けたのでした。

というわけでこの動画を入口に、ガシーが福音派として「社会倫理」「政治倫理」をどう構築しているのか、というのがちょっとした関心です。


2016/5/26追記
 ガシーの邦訳書の類はないだろうと高をくくっていたらありました。
 グレン・H・スタッセン/デービット・P・ガッシー『イエスの平和を生きる -激動の時代に読む山上の説教-』(出版社: 東京ミッション研究所)・・・教文館の方のリンク。
 

原書はKingdom Ethics: Following Jesus in Contemporary Contextみたいですね。

2015年12月6日日曜日

(4)牧師は神学者か 3

シリーズ3回目となります。

牧師について日頃いろいろ考えていることに触れてくる記事があったので、その記事を紹介しながら何本かまとめていこうと思う。
1では、ヴァンフーザーの『牧師は公衆神学者』テーゼを紹介しました。(正)
2では、アンドリュー・ウィルソンの「両立は困難」という主張を紹介しました。(反)
(3)では、ディヴィッド・フィッチの「機能的神学者」論を紹介します。(合)

ディヴィッドのこの議論への入り方は、(2)に対する反論であるとともに、(1)の修正版ということになると思います。

 ※前置きとして、現在の博士号保持者の就職状況が非常に厳しいことを指摘しています。

将来牧師となる人がやるべきドクター・レベルの研究は教会のミニストリー(わざ)と機能的に繋がっているものであるべきだ、と主張します。
(「機能的」神学者は、イタリアのマルクス主義者アントニオ・グラムシのコンセプトから借用しているものです。)

ここには「神学」的反省作業(リフレクション)がミニストリーの「現場」から離れてはいけない、むしろ「現場」に繋がって生起する反省がそのままミニストリーにフィードバックされる、という循環効果が見られているようです。


ディヴィドは(ジーザス・クリード・ブログの、そして『福音の再発見』著者の)スコット・マクナイトともにノーザン神学校で教えているのですが、このたび新しく「ドクター・オブ・ミニストリー」を開設するに際し、その理念や目的をまとめているのですが、言っちゃ悪いですが、このプログラムの宣伝に記事を書いてる面がありますね。

同時に、マクナイトだけでなく、カルヴィン系以外(ウェスレアン、非カルヴィン系バプテスト、アナバプテスト、など)の神学的指導者のコーリションであるMissio Allianceの問題意識や戦略を反映しているようです。

それは、大雑把に言ってきたアメリカはクリステンダムを脱したことを自覚して、宣教のヴィジョン再構成すべきだ、という主張です。

この認識に従って牧師のミニストリーへの準備や訓練に相応しい再構成、さらに「牧師神学者」として機能するための学際的アプローチや発信環境整備に言及しています。

なかなか刺激的アイデアが盛られていますが、まだ十分練られているとはなってないのでは、感じますが・・・。

しかし、この論考は非キリスト教国で、ポストモダン情況を迎えている日本の「神学的文脈化」を考える上で参考点が多いと思われます。

関心ある方は是非お読みください。


2015年12月5日土曜日

明日の礼拝案内

待降節第二主日礼拝

2015年12月6日(日) 午前10時30分

朗読箇所 マタイの福音書 2:1-11
説 教 題 「真の宝キリスト」
説 教 者 小嶋崇 牧師

2015年12月2日水曜日

今日のツイート 2015/12/02

これしかないでしょ。
何しろ地元だし。

ちなみにこのニュースが出るまで蔦に関する英語のツイートはほぼこれだけ。
ちなみにBBCニュースの記事。