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2016年7月29日金曜日

今日のツイート 2016/7/29

数日来この事件(相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」殺傷事件)についていろいろ考えていたところだ。



連ツイの最後三つだけを紹介したので、文脈を補足すると、この記事に対する批判の必要を感じてのものであることが連ツイの初めに断られている。

筆者の方の「いろいろ」の一つは、事件の重大さ・深刻さを鑑みて速やかに表明されるべき(であった)「アラーム(覚醒)」が明瞭に出なかった、ということ。

事件を起こした個人の特殊状況その他を考慮に入れても、今回の事件が「人間の尊厳」に対する挑戦であることは免れないだろうからだ。

しかしその面に関しての「アラーム(覚醒)」は海外のメディアの方が速かったように思う。

フェイスブックではある「ドイツ在住日本人」女性の方の投稿がこの面に注意を向けるようアッピールしていた(と記憶する)。


かつて『酒鬼薔薇事件』のときであったか、「なぜ人を殺してはいけないのか」に「どのように答えたらいいのか」という問いが立てられた。

学校その他で「いじめ」によっていのちがなくなると「かけがえのないいのちを大切にしましょう」と繰り返される道徳訓のひ弱さ。

直接には繋がりはないが、「いのち」や「人間の尊厳」を根底で支える教えを道徳的権威とともに言明することが躊躇われる何か、が背景の一つのように思われるのだ。

あるノーベル賞作家が、その理由を「人間として守るべき暗黙の了解」のような道徳的価値観(大前提)を「口にしなければならないことへの恥ずかしさ」のようなものを表現していたように思う。

(道徳的であるべき)「人間はそこまで退化してしまったのか」、「そのような悪びれもせず人のいのちを奪うことの出来るような人間を社会は生み出してしまったのか」という改悛に沈んだまま沈黙してしまいたくなる敗北感・・・のような。

そんなムードが感じられた。

今回の事件に際して人々の心の中にある「道徳感度計」が何度を表示するか、「道徳針(モーラル・コンパス)」が何を指すか、はまだまだ見守る必要があるのだろう。



2016年1月11日月曜日

今日のツイート 2016/1/11

今日はいわゆる「連ツイ」というのを。

で(最初の以外は)「埋め込み」ではなく引用で。

私は1990年からドイツに住んでいるが、過去25年間に日本で今ほど欧州が注目されたことは、一度もなかった。これらの事件の余韻はまださめておらず、2016年にも長い影を落とす。

*イスラム・テロとの戦い
  最も大きな影は、イスラム過激派の脅威が欧州の街角に到達したことだ。残念だが新春の欧州は、テロと戦争の暗雲に覆われている。

2015年11月19日木曜日

今日のツイート 2015/9/17

もう2ヶ月前になるわけですが、アップしていなかったのを今頃・・・。

でも依然として「旬」であるとは・・・。悲しいことだが。



怪しい人物、テロリストは誰だ。


2015年11月15日日曜日

今日のツイート 2015/11/15

地はテロの暴力で満ちている(か)・・・

2015年が異常な年だった、ことになるのか分からないが、少なくともヨーロッパにいるとそう実感されるのかな、という想像力は働く。

フランス・パリ市で言えば2度の衝撃的なテロ事件だが、移民がもたらす政治・社会の構造的な問題が深まっている背景があるのだろう。

しかし、テロに代表される暴力の横行は、ボコ・ハラム等のアフリカ、そしてその他中近東、地中海年でも頻発していた。

(世界のどこかで)爆発で何人、何十人死亡・・・はツィッターのTLでは少しいい過ぎかもしれないが、日常的なつぶやきであったように思う。

この流れもあってか、ある方が今年4月に起こったケニアの大学でのテロ事件(147名死亡)をツイートした。(後「過去」のものであるのに気がつき削除した。)

パリのようにヨーロッパの主要都市で起これば耳目を集めるが、世界を見渡せば結構起こっているのに関心が浅いだけ、ということを指摘したかったのであろう。


2015年8月8日土曜日

(3)オウム真理教ノート 2015/8/8

先日知人から原稿を頼まれた。その方が編集する同人誌だ。

しかもオウム真理教絡みで。

ご丁寧にオウム真理教についての新聞切り抜きも幾つかいただいた。

というわけで今夏は少し考えをまとめる時間が必要になるかもしれない。


前回のオウム真理教ノートは5月初めだった。

まだ3ヶ月しか経っていないが何か1年も前のように感じられる。

やはりこの間憲法と集団自衛権行使の問題がありそちらに注意を取られたからだろう。


少し時間は遡るが、ハッフィンポストにオウム真理教事件から20年、学ぶべきだった「普遍性」とは 森達也さんに聞くという記事が掲載された。

フェイスブックで友達の一人がその記事を「シェア」していたので次のようにコメントした。
□□さんも「オウム真理教」をウォッチしているのですか。
コメントしてもらうとどんな「ウォッチ」をしているか分かるんだけどな。
そして筆者としてはこの記事の要点として二つがあるのではないか、と以下のようにコメントした。
森達也が指摘する2大ポイント:
①宗教組織としてオウム真理教がサリン事件を起こした内在的メカニズム
②サリン事件が引き起こした「日本社会の集団化」の内在的メカニズム
二つの点ともそれほど議論も解明も進んでいないではないか、と言う問いかけに対して、マイノリティー宗教集団ニッポンキリスト教はどう答えるのでしょうかね・・・。
どうでしょう。
□□さんの反応は以下のようなものであった。
私はオウムについてはほとんど知らないのですが、前に奉仕した教会の目の前に□□□□の青年信者のホーム(秘密の共同住居)があり、また八王子駅前での正体を隠した違法伝道が酷かったので、□□□□と闘うことになってしまいました。その関係で異端やカルト問題には少し気を配っている程度です。
ところで小嶋先生は、ニッポンキリスト教、と書かれていますが、この言葉には何か考えが含まれているのでしょうか?日本のキリスト教界、とか日本のキリスト教会、ではなく、ニッポンキリスト教。
続けて引用すると、筆者の応答は以下のようであった。
「ニッポン」は意味ありげに聞こえますね。
確かに幾分意味は込めました。

まだブログ等に書く段階ではないですが、一つは山本七平が使った「日本教」との関連で。

もう一つは山本/丸山真男/そして最近関連付けて書いている池田信夫・・・が問題にしている「空気の思想」辺りですね。

「空気の思想」辺のことは、森達也が指摘している「集団化」と重なる現象でしょう。

オウムのように「トンガッタ」ことをやる宗教団体に対する異質観が本来マイノリティー宗教が持つ社会的役割なわけだけど、「マジョリティー志向のキリスト教」の問題が「ニッポンキリスト教」に繋がると思いますね。

その程度のイミシン状態にしておきます。ご容赦。

とまあ、森達也が「オウム真理教未解決」として提起した「二つの問題」に対する糸口みたいなものを暗示しただけに終わった。

「二つの問題」のうち「①宗教組織としてオウム真理教がサリン事件を起こした内在的メカニズム」はこれまでオウム真理教ノートが追っかけてきたことだ。

しかし「②サリン事件が引き起こした『日本社会の集団化』の内在的メカニズム」に関しては、まだそれほど考え来ていない。

森は同記事で次のような警鐘を鳴らしている。
事件後、各地でオウム信者の転入拒否がありました。あのときこの国の戦後デモクラシーが試されたような気がします。オウム信者の住民票不受理は明らかに憲法違反。行政も当然それはわかっている。でも住民たちは不安を訴える。「受理しないでくれ」と多数派が言ってきたときにどうすればいいか。結局は多数に流されるわけだけど、言い換えればその程度のデモクラシーしか僕たちは獲得できていなかった。そういう意味ではまぎれもなく、オウムは戦後初めて登場した「公共敵」ですね。心ゆくまで思う存分戦える敵。その存在を前にデモクラシーが膝をついた。オウムだからとの理由で。でも例外は絶対に前提になるんです。
オウム真理教自体も問題だが、そのオウムを「公共敵」として排除するに当たり「憲法違反」も許容されるような「空気が支配する日本社会」はさらに問題だ、ということであろう。

いずれにしてもこの辺のことをこの夏の宿題にして、依頼された原稿に繋げていこうと思う。

2015年5月3日日曜日

(3)オウム真理教ノート 2015/5/3

前回、オウム真理教ノート 2015/3/3からちょうど二ヶ月となる。

『地下鉄サリン事件から20年』も過ぎた。

前回の記事で出さなかったが、この間テレビとかネット雑誌のようなものとか、とにかくオウム真理教関係はよく目にするので、なるべく視る/読むようにしている。


先ずは、伊東乾の『サイレント・ネイビー:地下鉄に乗った同級生』

 さすがに内容の殆どは忘れてしまったが、貴重なポイントとしてオウムと第二次大戦との並行・関連が幾つか挙げられていた。

 例えば、オウムはイニシエーションにドラッグを使用していたと言うことだが、第二次大戦の特攻戦士に(死の恐怖を緩和するための)ドラッグが用いられていた、というようなこと。

 マインド・コントロールや総動員態勢、のような点も「オウムと第二次大戦」の並行として挙げられていたと思う。

 その他、クンダリニーに関してだったか、
オウム(麻原)は「身体性」と「霊性」の繋がりを巧みに用いてマインド・コントロールしたが、ちょっとでも「神経系統」から来る「身体性現象」への科学的知見や検証姿勢があれば、そうやすやすとは引っかからなかったのではないか
の様なことを書いていて、以前書いたが、加藤周一のオウム真理教への視点として《科学/理性》対《宗教体験》、と対置していたことを思い出した。

 ※ところで、この本を著作する動機として、サリン実行犯の一人豊田亨が伊東の友人であったことは覚えておかなければならない。そして、タイトルが暗示する「事件に関する黙秘」が卑怯なものではなく、豊田自身の鋭い自覚から来る責任の取り方ではあっても、真相が明らかにされないことで、結局は歴史の間違いが繰り返されてしまうのならば、残念なことである、と指摘していた。 


 次は、宗形真紀子『二十歳からの20年間:“オウムの青春”の魔境を越えて』

 元オウム信者の手記、という事で既に書いた《高橋》や《野田》の本と共通する。

 宗形の回顧で一番面白く読んだのは、オウム真理教に引き込まれる宗教性として挙げていた「霊的感覚」と、それに対する答えを提供してくれない「青年時までの生育環境」とのギャップについて。

 宗教に関する教育環境は個人差が激しい、とは言えるが、やはり日本における「宗教教育環境の不足」は戦後の反動という面があるのではないだろうか。

 自民党政権下、「道徳教育」や「愛国心」的教育の導入を推進しようとするが、なかなか難しい。オウム真理教の問題は、そのような「霊性的空白」を衝くカルト問題とも関わっているであろう。

 もう一つ宗形の手記の面白いところは、教団内での修行による階層上昇と自己肯定(感)との関わりを、割合丹念に叙述していることだろうか。

 それによって「マインド・コントロールの被害者」として自己把握するだけでなく、宗教による自己肯定という能動的な側面にも光を当てている。


以上は「2015/3/3」以前に読んでいた本。

これ以降は「3.20」近辺のこともあり、テレビ番組の特集などを視た。

 『オウム20年目の真実~暴走の原点と幻の核武装計画』(テレビ朝日、ここ

 多少期待感を持って見たのだが、残念な内容。

 一応頑張って追跡し続けていますよ、とアッピールしたいのだろうが、それはどちらかと言うと「清田記者」個人、という感じが強い。

 synodos】高橋克也被告裁判・証言草稿──地下鉄サリン事件20年に際して/大田俊寛

 「オウム真理教ノート」には度々登場いただく、今やオウムに関する宗教学者としては代表的コメンテーターの大田先生の文章だ。

 一貫して「思想史」的アプローチからのまとめ、と宗教学者としての反省、という二本柱になっている。

 オウムの全体像を概観するには一番入りやすいし説得力がある。

 しかし、サリン事件は「なぜ」、そして「どのように」起こったのか、という問いに答えるには何か迫力に欠ける観は否めないだろう。

 鎌田東二『「呪い」を解く』は思いの外面白かった。

 その一端は鎌田氏自身の宗教実践者としての洞察によっていると思う。

 普通「客観性」とは「宗教的体験」と言う主観の外側にいることによって確保されると思われるわけだが、しかしそれは「門外漢」という面も負わされることになる。

 「宗教的実践」経験のない観察者に対して、それを持つ観察者は自己の経験からある程度類推する視点を持っている、ということは鎌田氏に関して言うと有利と思われる。

 さらに「呪い」の考察や、鈴木大拙の「日本の霊性」との比較、など筆者が今までお目にかからなかった論考を盛り込んでいて色々参考になることが多かった。



・・・と、今回はここまでといたしましょう。

  

2014年4月13日日曜日

(5)オウム真理教ノート 2014/4/13

先日書いたものの続きになります。

《高橋のケース》
 前回取上げた「野田成人の入信パターン」がどちらかと言うと平凡なタイプであるのに対し、高橋のケースはそれなりに独特なものがあると思う。

 高橋の高橋英利『オウムからの帰還』によると、高橋は1967年東京立川市に生まれ、公団住宅で育った。

 まだ小学校にあがる前、彼は「自分が住む世界」の拡がりを確認すべくある冒険を試みる。

 それは彼の住む団地内に建てられた「同じように建てられた公団の建物」についているナンバーを「1~24、25、」と一つずつ確かめて行く、というものだった。

 19棟まで確認が進んだ時、そこで建物の棟数表示は順番通りではなくなった。ナンバー19棟の後がスポっと抜けてしまっていることを発見した。

 ここで高橋少年は意を決して同じ団地を出て、その外に「第20棟」を探しに行く冒険を試みた。

 自転車で数キロも走ったらしいが、そこに「忽然と自分の団地と同じ建物があらわれた」。

 最初は「これで続きの建物が探せる」と思った高橋少年だったが、目にするのは既に数え終った「7」「8」・・・だ。

 どうして同じ番号の建物があらわれるのか・・・。
 自分はもうかなりの距離を来た筈だ。
 じゃあれだけ走って結局自分の住む団地に逆戻りしたのか・・・。

 辺りは暗くなりかけていた。
 高橋少年はパニックに襲われていた。
 少し観察すると幾つか自分の団地とは異なるところがあった。

 しかし高橋少年は既にかなり心細くなっていたので、「この団地は自分の団地だ」、と信じたくて仕方がなくなっていた。

 そうして自分の団地の番号と同じ階の同じ番号の部屋まできた。
 ドアを開ければそこには見慣れたお母さんの顔が待っているはずだ。
 ドアをノックして出てきたのは・・・(残念ながら、やはり)違う人だった。

 と言うエピソードを紹介している。

 この《原体験(と、筆者が呼ぶ)》とオウムでの体験とを照合して分析しているわけではないが、自分のオウム体験を検証する為に書かれた手記の冒頭に掲げられたこの体験は、高橋にとってかなり大きな意味を持つものであったに違いない。

 この辺が野田とは大きく異なる点だと思う。

 どう言うことかと言うと、(宗教社会学をかじった者のざっくりした感想で恐縮だが)、野田の場合オウム入信のきっかけとなった「大学入学後の挫折体験」まで、自己の世界観をかなり根底から揺さぶられるような体験がなかったように見えることだ。

 彼は人並みに「良い学校、良い成績」路線を破綻なくなぞっていたのだろう、と想像する。

 それが東大に入って「『ガロア理論』を自分よりはるかに若い年齢で打ちたてた頭のいいやつがいる」ことを発見して打ちのめされ「自分の限界」を思い知らされる。

 しかしここまでは、従来の価値観に従って、「世間」での(相対的優劣で判定する)「自分の立ち位置」を確認しただけでしかない。

 ただこれをきっかけに「何か別の価値観、意味」を探す方向にさ迷い始める。
 「人生の揺らぎ」の局面に入り込んで、自分を支える何かを「精神的な世界」方面で物色し始めたわけだ。

(※最早一記事としては長くなってしまった。野田、高橋の本は今日中に図書館に返却しなければならない。残念ながら一旦ここで文章を止め、結論めいたことは次回に延期することと相成ります。失礼!


2014年4月6日日曜日

(3)オウム真理教ノート 2014/4/6

オウム真理教について書き始めたのは、一つのテレビドキュメンタリー番組と、一人の宗教学者が提出したオウム真理教の「近代」思想史的位置づけに関する本の出版に拠るところが大きい。

それを書いた記事、オウム真理教への一視点、は2012年6月初旬だからそろそろ2年になろうとしている。
その後「オウム真理教ノート」として、特に2012年7月、8月、何本か書いた。

どちらにしても「オウム真理教」の《ラベル》で見ると、これまで9本の記事を書いたことになる。

一応それら9本の記事に目を通してみたのだが、オウム真理教がテロ事件を起こす内的意味連関、あるいは構図を一定程度説得力を持って提示できているのは小説家、しかも『物語り』を意識的に掘り下げて掬い取ってきて小説化する手法を取る、村上春樹ではないかと思う。


しかし筆者が「オウム真理教」について総括するのは時期尚早だと思っている。

と言うのも、オウム真理教ノート 2012/7/30で事件に関わった中心人物の一人、林郁夫の手記が示唆するように、やはり外側からの観察や、インタヴューだけでは十分分からない、当事者の動機や、複雑な意識が、それぞれにあるからだ。

「それぞれに」と言うのは、事件後サリン事件に直接には関わらず、そのため逮捕されず教団に暫く残った者たちが手記を出版しているのだが、それを読むと「オウム真理教」への関わり方がやはり「それぞれ」と思えるからだ。

今読んでいるのは次の二人の手記だ。

野田成人(なるひと)『革命か戦争か』


高橋英利『オウムからの帰還』


一回では済まないと思うが、先ず二人がどのようにして教団に引き寄せられたか見てみよう。

《野田のケース》
 野田は所謂ガリ勉で東大に入ったが、自分の能力に限界を覚え、「挫折し」「自殺を意識する」ことで「精神世界」に関心を持つようになったと言う。
 そうして書店の精神世界コーナーを物色しているうちに、麻原の『超能力秘密の開発法』という本に出会います。そこに記されていた『輪廻からの解脱』と言う概念は、ある意味衝撃的でした。それは自分が今生きていることの意味合いを、正面から問い直すものでもありました。そこですぐに私は麻原のヨーガ道場に連絡を取り、入信したのです。 (20ページ)
そしてあるセミナーで初めて麻原から直に話を聞くことになる。
 「ハルマゲドンと言うのは必ず起きるよ。99年に始まり、01年から03年の間にが使われる。そうなったらどうする?君たちは修行しているから、解脱して、ピカッと光った瞬間にクリアライトに入ればそれでいいよ。でも、修行していない君たちの家族や友達はどうなるんだ苦しむよね。それでいいのか君たちは。このことはインドの聖者たちはみんな知っているよ。でも彼らは諦めている。私は諦めないよ。ハルマゲドンを何とかして、食い止めようと考えているから君たちにも協力して欲しいね。」
 この説法には私は深く感動を覚えました。というよりもこれまでの自分といったら、己のことしか考えずに生きてきた。そのことが非常にエゴイスティックで、恥ずかしく感じられもしたのです。何か自分の生きている意味合いと言うか、託された使命というものに気付かされる大きな衝撃でありました。(21ページ)
キリスト者二世代目(父方)/三世代目(母方)として育った筆者にとって、このような野田氏の宗教的『ウブさ』『無垢さ』はある意味分からないでもない。(そのことを書けば長くなるので省略するが。)

 と同時に未成熟ではあっても、既に青少年期から宗教団体の影のような出来事(筆者の属する団体はある事件がきっかけで旧教団を離脱した)を通った者として、野田氏が余りにも『無防備』であった、と言う印象は拭えない。

 いくら高邁な理想を持って行動していても、そこにはさまざまな影がある。そのような「リアル」を多少なりとも経験した者には、「宗教がかったこと」だけ言われても、それを裏打ちするものがなければ、簡単には鵜呑みにしない。

 話は飛ぶが、ハルマゲドンに関連して言えば、根本主義的なキリスト者は教派の違いは様々だろうが、『空中携挙(ラプチャー)』を何らかの形で意識している。筆者が一年間過ごした米国バイブル・ベルトにある聖書学校の生徒たちは、『空中携挙(ラプチャー)』をジョークにすることも出来た。

 つまりハルマゲドンや『空中携挙(ラプチャー)』のような「聖書的終末の事柄」がどの程度にリアルかと言う問題に対しては、彼らなりに「一定の距離」を持てていたと思う。

 筆者はと言うと『空中携挙(ラプチャー)』のようなシナリオにはとてもお付き合いできない、と言うことで「終末」を封印していた。(文字通りには受け止めることは出来ない。しかしどう解釈していいか見当も付かない。だから触れないで置く。と言うスタンスだった。)

 しかし野田氏が書いているように麻原が語ったとすると、彼はキリスト教終末論、何だかよく分からないオカルト思想のようなもの、要するに極めて雑多な要素をいい加減な塩梅で接合した、常識的には「よく分からないシナリオ」を丸呑みし、極めて幼稚な麻原の予言を殆んど無批判的に受け入れた、ということになるだろう。なぜか。

 筆者の考えでは、要素は二つある。

 一つは「核戦争のリアリティー」は空想ではないと言うこと。(北米でなぜ「レフト・ビハインド」シリーズがシリーズトータルで6,500万部以上も売れたか、と言うことの背景も終末的なシナリオが、核戦争のようなリアリティーによって支えられていたから、と言う事があると思う。潜在的な恐れはリアルの世界で可能性があった。)

 もう一つは「自分の利己性」に気付き、「恥ずかしく」思った、と言うところにあるだろう。キリスト教用語では「罪」の意識の素朴なカタチと言える。

 このような初体験は現代青年が住む「宗教が人工的に殺菌除去された環境」では、殆んど「啓示的なもの」として体験されるのではないかと思う。

 もちろん「聖」と「俗」はそれほどはっきりと「サブカルチャー」と「メインカルチャー」とで棲み分けられているわけではない。
 ただ現代の世俗社会ではダイナミックな「宗教」は多分に隠される傾向、「私的空間に限定」される傾向にあり、「公共圏」から除外されることによって「一般的な話題」として共有されないために、自己が得た「宗教体験」の信憑性や正当性をチェックする機会に乏しい。

 「前田敦子は○○○○を超えた」の著者の宗教体験も、筆者から見ると「宗教が人工的に殺菌除去された環境」で育ったゆえの麻疹のようなものであり、要するに免疫がなかったのであろう。
 前田敦子の利他性が、殆んど「啓示的なもの」として体験されたのも、そのような背景の故ではないか、と思っている。

 では長くなったので、残りは次回に。


2011年7月25日月曜日

ノルウェー銃乱射事件

この国で、こんな事件が・・・。

衝撃だった。
福祉が充実し、比較的裕福で安定した社会。
それがノルウェーを含めた北欧三国のイメージだった。

アンネシュ・ブレイビク容疑者(32)については色々な報道がなされていて、ある程度この人物の輪郭は掴めるようである。しかし、政府庁舎爆撃とウトヤ島での銃乱射と言う政治テロと見える行動の背景はまだまだこれからではないか。

報道によるとブレイビク容疑者は保守的キリスト者であるという。
しかしノルウェー労働党政府の移民政策や反イスラム主義に対するテロとしては単なる保守キリスト教を背景と見るのは早計ではないか。


YouTubeで流されたと言う反イスラム主義の、Knights Templar 2083としての主張や、戦争ゲームなどを好んでいたとの情報を合わせると、何やら子供じみた大げさなドラマ仕立ての主役であるかのように振舞ったように見える。

目下の関心は法廷でのやり取りを公開するかどうかにある。と言うのも容疑者自身が自分の行動の背景を説明したいと言っており、もし公開すればテロリストに自己のイデオロギーを宣伝する機会を与えることになるからだ。

BBCによると
His lawyer, Geir Lippestad, told Norwegian media on Sunday: "He thought it was gruesome having to commit these acts, but in his head, they were necessary.
"He wished to attack society and the structure of society."
つまり彼の頭の中では今回のテロは残虐であるが必要だとの確信に基づく蛮行であったわけだ。殺戮についての計画も念の入ったものであっただけでなく、それを正当化するイデオロギー強化にもかなり時間をかけた様子である。

非道な暴力を冷血とか人の血が通っていないとか言うが、少なくとも普通の人間の感覚や感情が彼には全く備わっていなかったのだろうか。
それとも自分のイデオロギーの正しさに余りにも自己陶酔してしまって、殺戮行為を犯すと言う感覚が麻痺してしまったのだろうか。

彼の爆破行為や銃乱射に何かシュールでバーチャルな感覚がつきまとう。
テレビゲームで大量殺戮を日常的にやっている姿が重なってしまう。
現実とバーチャルが実際の世界で摩り替わってしまったのだとすれば、何と短絡的なテロ行為だったのではなかろうか。

従来のテロ行為は、軍事的に圧倒的劣勢に立つ者が起こす自爆的なもの、と言う構図があった。
先進国で今回起こったテロ行為はそれとは異質なものだと思う。
日本では数年前に秋葉原事件があったが、政治的メッセージが込められていなかったにせよ、現代の孤独と不満を暴力によって発散する構造には何か通底するものを感じる。

これだけの人の命をまるでゲームをするかのように手玉に取った容疑者の行動には言い知れぬ恐れとともに、悪の非道性を越え、人倫の規範の枠の外で行われた、無機質な一種の表現主義を見るような気がする。