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2017年1月5日木曜日

(2)第6回 日本伝道会議(紀行)1

もう昨年になってしまいましたが、9月27日~30日、神戸で開催された第6回日本伝道会議(JCE6)に出席しました。

今回が初めての「日本伝道会議」でした。

この会議に出ようと思いたったのは、「N.T.ライトの義認論」をめぐって神学ディベートが「分科会」の一つとして取り上げられるのを聞いたからでした。

しかもその分科会での発表というお鉢が回ってきたため、という責任半分の参加理由でした。

会議には29日まで出席して帰ってきました。


帰ってから「報告」を書こうと思っていたのですが、結局年を越してしまいました。


今頃になって書くのは少ししんどいですが、あれこれ思い出しながら(先ずは)紀行文的にまとめて行こうと思います。


《1日目のできごと》

伝道会議は27日からでしたが、前日の26日に開催地神戸に入りました。


神戸は3年前にも行ったのですが、せっかくだから一日でも、と観光を試みようと思ったわけです。

午前中のフライトで羽田を発ち、神戸空港からポートライナーで三宮に移動して先ずは腹ごしらえ。

事前に調べておいた「神戸牛が安く食べられる」お店に行きました。



ロイン三宮店のミニステーキ定食です。
肉の厚みを二種にしてバリエーションを楽しめるようにしています。

ランチの後は腹ごなし。
新幹線『新神戸駅』の下を通り抜けて「布引の滝」へ。

道を聞いた地元のおじいさんが滝へ行くというので、途中パラパラとおしゃべりをしながら一緒に歩いて行きました。

当たり前でしょうが、神戸を誇りにしている方で、(東京に比べて神戸が)如何に住み良い街か・・・と話し掛けられるので7割方相槌を打っていました。


ここで一休みした後道を戻り神戸の町に戻らず山腹を横切って北野に出るコースを行きました。



北野ではお金のかかる観光は何もせず、ただ適当に歩き回り広場のような公園で観光客を眺めていました。


北野の街を降りて行くとカトリックの教会があったので、中に入り一瞬静まりの時を持ちました。


それから元町にある宿に入り、夕方になって夕食のため外出して元町辺で探したのですが適当なところが見つからず、家族亭でカレー蕎麦を注文しました。外れでした。


これだけでは少しお腹が満ちないので、宿の近くにあった肉屋のコロッケを買って食べました。


(次回に続く)











2015年10月25日日曜日

(1)教役者リトリートの帰路

3年に1回の聖泉連合の教役者リトリート、前回は那須高原だったが、今回は(北)軽井沢となった。

リトリートの報告は既に「聖泉490号」と連合サイトで終えているので、ここでは筆者の帰路、「小海線沿線、車窓風景」の旅の報告をば。


あー(しかし)もう一ヶ月以上も経ってしまった。思いだせるかなー・・・。


リトリートは朝食後、現地解散し、筆者は愛知県へ帰るA牧師夫婦の車に便乗させてもらい小諸まで。

まずは腹ごしらえ。懐古園の前にある草笛へ。


もりそば650円を100円プラスした。
かるく二人前になった。
これだけ食べれば文句ない。

次は懐古園。




中に入らず、門に使用されている木材をただしげしげし見つめる。

線路を渡り小諸市内をそぞろ歩き。





すると何か見晴らしのいいところに来た。




どうも地域の伝統保存会みたいな場所らしく、その日は何か催しがあり、誘われたのだが時間もないのでお暇。






両側を山に挟まれた小諸の町は気分が爽快。いい街だ。

さていよいよ今回のメイン、小海線の電車に乗る。








むかしむかし、米国留学時代の友人(日本人)と山歩きを始めたとき、日光の次に目指したのが八ヶ岳。


新宿から夜行で小淵沢まで、そして小海線に乗り換えて清里。
美し森を通って八ヶ岳へ登るはずだったけど・・・。
雨で山道に生い茂る笹から水分たっぷりいただき、どんどん辛くなっていきました。
標高千六だったか八百メートル付近でついに断念。同じ道を戻ってきてしまいました。


今回はその小海線を逆方向からくだる旅。

八ヶ岳登山を過去し懐かしみながら、車窓の風景を楽しみました。(写真には殆ど山はありませんが。)




2015年5月12日火曜日

(1)小嶋家のルーツを探るー1

父、彬夫が先週ふと「深川清澄」のことを口にした。

たまーに口にすることはあるのだが、

そして以前何年か前に「深川清澄」の地を訪ねて来たことは言っていたのだが。

さすがに今年87歳になって、一人で出かけるのもなんだし、子供に伝えておきたいこともあったのだろうと考え、同行と言うか、「連れて行く」ことにしました。


「深川清澄」とは、東京都江東区清澄のことで、筆者にとっては曾祖父さんとなる「小嶋亀松」の始めた「小嶋商店」があった場所のことなのです。

長く東京にいながら、そして「本籍地」であったにもかかわらず、筆者は今まで一度も行った事がありませんでした。

それで急遽、天気も良さそうなので、「深川清澄へ、小嶋家のルーツを探る小旅行」を計画しました。5月11日。


目的は三つ。
 (1)小嶋商店跡を確認すること
 (2)深川めしを食べること
 (3)ブルーボトル・コーヒーを飲むこと


(1)小嶋商店跡
 都営新宿線森下駅を降りて(出口を出たら潮風の匂いがプーンと)、隅田川方向に歩き始め、左折して「万年橋」を目指しました。


 この辺は「松尾芭蕉」ゆかりの地で、「芭蕉記念館」や「芭蕉稲荷神社」などがありました。

 小嶋商店は、茨城の鹿島(現稲敷郡)出身の亀松が、親戚の醸造元の醤油を関東一円に販売するのを目指して興されたのだそうです。

 その頃は商品流通は船だったらしく、それで川っぺりに店を構えたそうです。


 店があった「万年橋」の向こう側には、地図で有名な「昭文社」があります。


 さて店があったのは現在「㈱国際空輸」社屋が建っている場所で、「清澄一丁目8-4」となります。


 当時は二階建ての店と倉庫が三つ、このくらいの土地にあったそうです。(この写真はグーグル・アース提供)

 父の話を総合すると、はっきりとした時期は分からないそうですが(明治の終わりか大正の初めくらい?)、茨城の同郷の親戚で臼田と言う方が醤油を製造し、亀松が東京で醤油問屋を開いてそれを売る、ということになったそうです。

 その頃はまだ全国区の醤油はなかったそうで、千葉の野田のキッコーマンやヤマサなどが関東一円に手広く売っていたそうですが、後発の臼田・小嶋連合軍の「万代(登録商標)醤油」もそれらを追っかけて、ピークには一度位売り上げトップになったこともあったんだとか・・・。

 その後関東大震災があって、店は二代目(筆者にとっては祖父にあたる)八郎が切り盛りしたのだとか。

 この八郎爺さんは、アタラシモノ好きで小嶋商店とどう繋がるのか分かりませんが、ここからほんの少し離れたところに、当時では(江東区付近では?)初となる水洗便所の付いた文化住宅(アパート)のようなものを三軒建てたそうです。

 一階はそれぞれ食堂、乾物屋、床屋で住人の便を図ったそうな。

 ところがこちらは近くと言っても探しあぐねて、ぐるぐるぐるぐる。


 おかげで北の湖部屋のお相撲さんを入れた写真をパチリ。

 しょうがないので近所の人に聞いたところ、ほんの少し前に、それまで住んでいた小嶋商店の元番頭さんの家族が引越され、引き払った後は更地になったのだとか。

  
 帰ってからグーグルアースで確認したら、以前の建物が写っていました。


 と言うわけで、約一時間ほどで最初の目的である旧小嶋商店跡と、文化住宅跡を確認することができました。

 ※㈱国際空輸ビルで清掃していたおじさん、跡地のことは区役所にある昔の地図で照合できることを教えてくださりありがとうございました。

 ※旧小嶋商店跡の向かいの家の方、戦後の変遷の様子を教えてくださりありがとうございました。


 次回は、(2)深川めしと、(3)ブルーボトル・コーヒーについて書きます。

2013年8月20日火曜日

神戸・小豆島・高松旅行④(完)

今回の旅行もこの日が最後。

2013年8月13日(火)

先ずは旭屋旅館の朝食。
純和風。


取り立てて言うほどの内容ではないが、一応家庭的な味付けで、普通に朝ごはん食べている感覚に近い。
調子に乗ってご飯は三杯、味噌汁もお代わりしました。たくあん以外は完食。
(とにかくこの日は色々足で稼ぐ移動を考えていたのでエネルギー溜め込んでおこうと・・・。)

チェックアウトの時、ありがたいことに凍らせたペットポトル緑茶をタオルに巻いて持たせてくれました。(これが大いに助かりました。)

旅館のすぐ近くのフェリー乗り場から、高松へ(小豆島急行フェリー) 


1時間ほどで高松港に到着。

先ずは観光資料をゲットするためにマリンタワーにある観光センターへ。
地図と高松空港行きリムジンの時刻表。



マリンタワー29階から見る高松市。 

今回の旅行の目標は「うどんを食す」ことなので時間を見計らって「うどんバカ一代」を目指す。


琴電と呼ばれるかなりローカル風な電車に乗る。始発駅は高松築港(ちっこう)、下車駅は花園。
築港駅に行く途中に高松城跡の玉藻公園を通過。) 



花園は無人駅でしょうがないので近くの(開店前の)八百屋のおばあさんに「うどんバカ一代」までの道順を聞くが、かなりアバウトな説明に「まっ適当に行きゃ分かる」って感じで歩き出したのだが・・・。



結局何回も途中で聞き直して30分くらいかけて要約12時少し前に到着する。
案の定行列だ。
炎天下30分くらい待つ。



とにかく待っている人が多いので、お客は殆んどベルトコンベヤーに乗せられた「順番」並み。
「次の方ーご注文はー」に、余り考える暇もなく、「釜揚げ中」、そして鰯のてんぷら。

グラスと湯のみ二つ取ったが、自動のサーバーはどれがどれだか良く分からず、氷を入れて熱いお茶を注ぐちぐはぐ。
しかしこれがないと大変な位「汁が醤油辛い」のであった。

店を出て近くの公園で一休み。
食べて安心したので、地図とスマホを使って現在位置を確かめようとするが、何か分かりにくい。
次に目指すのは「うどんバカ一代の近くだ」と聞いていた、日本キリスト改革派高松教会。




松田基教(もとのり)牧師とは、ツイッター(@moto_matsu)で何度か行き来があったくらいだが、ご挨拶して行こうかと立ち寄った。




アポなしの突撃訪問だったが、教会の内部(屋上まで)も色々案内してくれた。
こちらが何の脈絡もなくあれこれ質問するのに文句も言わず、1時間ほど相手をしてくれて、松田牧師は次に行く栗東(りっとう)公園の道順を教えてくださり送り出された。

この日の前高松は連日38度越え、と言うことだったらしいが、この日も日中はかなり暑く、歩き回る身に段々疲れが・・・。
それを癒してくれたのがあの凍った緑茶。冷たい緑茶の上手さ、格別。




栗東公園に入って先ず目指したのは休憩所。
誰もいない館内の奥まったところでほぼ1時間、何もせずじっと休憩。

やっと元気が戻ったところで公園の1/4くらいをさーっと周遊してリムジン発着所のあるJR高松駅を徒歩で目指す。

途中で軽い夕食をと思い、名物と聞いていた鳥のモモ焼きを食べようと地元の人に尋ねて見ると、ご親切に有名店の「一鶴」をスマホで色々検索してくれて教えてくれたのだが・・・。
5時前と言うのに既に順番待ち。

バスの時間から逆算すると無理かな、と言うことで方針転換。
とにかく軽い夕食を食べられる場所を探すが結構見つからない。


ジュース屋さんのお兄さんにまたまた親切に教えていただいた喫茶店「皇帝」で焼きサバ定食を。ようやく汗が少し引いて店を出ると、同じビルの1階にうどん屋さんがあるではないか。


軽く、のつもりがお腹一杯になってしまった。
(注文はざる小なのに麺の量たっぷり。一応完食しましたけど。) 

この旅行の「うどんを食す」方はこれで完了、と言うことで安心したのか、この後がいけなかった。
店を出て右に行くべきところを勘違いして左に行ってしまった。
行けども行けども駅付近の場所の様子は現れず、むしろ寂れた住宅街の雰囲気が増してきた。

高松は道を聞くと親切な人ばかり・・・と言うことで早めに近くにいた人に聞いたら、案外駅までは遠くなかった。
それでも早歩きで20分位、汗かきかき何とか発着所についてまもなくバスが。
ぎりぎりセーフでした。




バスの車窓からは雲間に落日が。

後はスムース。10時前には帰宅できました。


さて「うどんを食す」の講評を最後に。
①丸亀製麺(神戸・三ノ宮付近?)
②三太郎(小豆島・草壁港)
③うどんバカ一代(高松・多賀町)
④こんぴらや兵庫町店(高松)
と食したわけだが、②がダントツでうまい。
あとはそれぞれよいところもあるが、麺が固すぎたり、ツユが辛すぎたり、店員の応対や、いろいろマイナス点がある。

三太郎は行列待ちだったが、一旦店内に入れば、応対はのんびり、注文を急かされるわけでもなく、お店側もマイペースでおいしいうどんを作り、出そうとしていたようだった。

東京(江戸)だと日本そばの名店に行けば、出汁(蕎麦の汁)の味がこくがあって旨い、と言うか深い。
三太郎の出汁の味はそこまでではないが、十分飲み干すほどの味だった。
うどんはと言うと、やはり適当な弾力(固すぎない)とツルンとした麺の表面、食感のコンビネーションがよろしかった。

以上4回に渡った旅行記、完。

2013年8月18日日曜日

神戸・小豆島・高松旅行③

まだ1週間前のことなのに・・・。

記憶はどんどん薄れて行く。
時間との競争だ。

2013年8月12日(月)

先ずは朝ごはん。
セルフサーブ式の結構狭いスペース。


お結びが二つ。昆布佃煮とツナマヨ。
いつもと違うのは牛乳がないこと。

姫路駅前からバスに乗って姫路港へ。
小豆島へは1時間40分の船旅。



お盆休みで田舎に帰る人が多いのか、とにかく何種類かの関西弁らしい言葉が行き来する。
余り聞いても分からない感じなので、本を読んでいても気にならない。
BGMですな。

小豆島・福田港に着くと、次に目指すのは草壁港。
ここにある三太郎うどんは教会のメンバーに教えていただいたお店。


炎天下待つこと約30分。
暑いのでざるうどん・・・となるところだが、一考して熱いかけうどんに。


きつねうどん大を注文して程なくやってきました。
油揚げは結構甘め。それからどう言うわけか卵焼きが乗っている。

既にトッピングされているカイワレとは別に、小皿の上には青ねぎとおろした生姜。

結局スープも何も全部食べました。完食。

この後が時間潰しの時。
バスがない。

フェリーの待合所でスマホやったり、トイレ行ったり、テレビ見たり・・・
陳列されているお土産品の中からB級グルメ程度のあげせんを200円でゲット。

ぽりぽりかじりながら待つことさらにうん十分。
ようやくバスの時間が来たのでバス停へ。

やはり本数の少ないバスを待つ観光客があっちこっちから集まってきていた。
小豆島オリーブバスの中は結構な人数。


途中こんなものが見えました。
多分瀬戸内国際アートなんたらかんたらの作品だと思います。

今夜のお宿、旭屋旅館には4時過ぎ到着。
早速お風呂で一汗流しました。独占。


右側から説明すると、そうめん、真ん中手前の小鉢が蛸わさ、左の小鉢がもずく、お造りは甘エビ、イカ、かんぱち、など。煮物はめばる。その他茶碗蒸しや蛸飯、白いご飯。
これもほぼ完食。


こんな部屋で夜はまたまたテレビを見ながらグダグダやっていました。
(これは朝撮った写真です。)

トイレも洗面も共同という少し古くさい宿でしたが、食事の時のお給仕や声かけは細やかで親しみやすく、気兼ねなく過ごせる、筆者のような一人旅にはぴったりでした。

(次回に続く)