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2018年4月8日日曜日

(3)イクサス・フェスティバル、ラリー・ノーマン、マイク・ペンス

最近ブログを更新する機会が減っている。

時間つぶしの記事でも書いておこう。(としたためてはみたものの未だにアップしていない。)

アズベリー神学校時代(1978-1981)のことになる。

学校のあったケンタッキー州ウィルモアという小さな町の近くに「キャンプ・グラウンド」と云う場所がある。

知っている人は知っている19世紀「信仰復興運動(リヴァイヴァル運動)」華やかなりし頃、野外の天幕集会に大勢の人が集ってキリスト教の説教が延々と行われた。

その野外集会(あるいは天幕集会)のことを「キャンプ・ミーティング」というのだがその場所を「キャンプ・グラウンド」と呼んでいた。

アズベリー神学校の新約学(主にギリシャ語釈義)の教授でボブ・ライオン教授という人がいた。(この記事でも少し紹介した。)

彼は教授陣の中で多少異彩を放っていた。(そう言う教授は他にも結構何人もいたが・・・。)

異彩の放ち方は様々だがライオン教授の場合はクラス外でも若者(というか神学生)たちと一緒にいるのが好きで、さらにそれらの何人かの神学生たちとは「インナーサークル」を作り親密な弟子訓練みたいなことをやっていた記憶がある。

1970年代に入ってだったと記憶するが、ウッドストック・フェスティバルの影響力に感銘を受けてキリスト教でも似たような音楽フェスティバルができないか、とライオン教授の発案で始まったのがイクサス・ミュージック・フェスティバルだった。

アズベリー神学校やアズベリー大学の学生たちは「奉仕者」として登録すればただで参加できた。筆者は3年間のうち少なくとも2回くらいは「奉仕者」として参加したと思う。多分そのうち1回はカウンセラーをやったような記憶がある。

(主に)クリスチャン・ロックバンドの演奏の合間に伝道メッセージや聖書講演がなされ、質問やカウンセリングを受けたい者はいつでもステージの近くの場所でQ&Aやカウンセリングを受けられるようになっていた。

開催時期は毎年5月頃だったと記憶しているが、実は後から知ることになったのだが、アズベリー神学校に入学した1978年のイクサス・ミュージック・フェスティバルは二つのこと(二人の人物)で非常に記憶に残るものとなったのだった。

(1)ラリー・ノーマンのレガシー

一つ目はクリスチャン・ロックの草分けと云うか、比較して言えばボブ・ディランのような伝説的ミュージシャンが出演していた。

彼の名前はラリー・ノーマン。残念ながら2008年2月24日60歳の若さでなくなった。(追悼記事、クリスチャニティー・トゥデーニューヨーク・タイムズ

ところで、1978年5月のイクサスは、筆者はまだケンタッキーの山の中(バイブル・カレッジ)にいて参加できなかったわけだ。

まー参加したとしても、まだラリー・ノーマンも含めてコンテンポラリー・クリスチャン・ミュージックについては殆ど何も知らなかったわけだから、どーってことなかっただろうが・・・。

ユーチューブには1978年のはないが、1984年のがあるので(↓)、それを置いておきます。





(2)マイク・ペンス米国副大統領

もう一人“ニアミス”したのは、現米国副大統領のマイク・ペンスだ。

ペンスについては日本でも「福音派クリスチャン」としてかなり報道されているが、彼はもともと有力なカトリックの家で育った。しかし大学時代にはしばらく信仰から遠のいていたのだが、大学の友人の感化でクリスチャンになった。

しかしまだ“本物”のクリスチャンとなっていないことを自覚し、決心の機会を覚えていたときある伝道集会に参加し、そこで回心したのだった。

その伝道集会と云うのが「1978年のイクサス・フェスティバル」であった。

当時のことをこの新聞記事がまとめている。
VP Mike Pence shares why choosing Christ changed his life
And it was a few weeks later, I went to a, what was a great contemporary Christian music festival in Wilmore, Kentucky called Ichthus in 1978, and I heard lots of great singing, just like I heard this morning, and I heard lots of wonderful preaching.
And Saturday night sitting in a light rain I walked down, and not, ya know, not out of anything other than my heart really finally broke, with a deep realization what had happened on the cross, in some infinitesimal way, had happened for me, and I gave my life, and made a personal decision to trust Jesus Christ as my Savior”.
どうも「ラリー・ノーマン」の名前は出ていないので、それが目当てではなかったようだ。


《追記》

実はラリー・ノーマンについては今年3月伝記が出版されたばかりだ。

By Gregory Thornbury

著者のグレッグ・ソーンベリーはこれまた異彩を放っている人で、ラリー・ノーマンの伝記を書いているだけでなく、1950年代米保守派キリスト教を「ファンダメンタリズム」から「福音派」へと舵を切るのに多大な影響を発揮したカール・F・H・ヘンリーについても著書がある。



今では福音派の中でもカール・ヘンリーの神学的遺産の“限界”をいう人が多い中で、彼のような若手の中からヘンリーを“再発見”する人が出てきているのが興味深い感じがするのだ。




2016年2月15日月曜日

(4)神学遍歴⑭

「マイ・コンプ」の続きをば。

しかし全部はいかに何でもやり過ぎと思うので

(1) マックス・ヴェーバーの歴史的比較宗教学アプローチ、と
(2) American Nationalism, 1880-1945 の文献リスト
を紹介して終わりにします。

(1) マックス・ヴェーバーの歴史的比較宗教学アプローチ
    1. Weber's comparative method has sometimes been accused of being inappropriate for Asian cultural settings. Has Bellah's Tokugawa Religion disproved this assertion?
    2. Has the modern development of religion in Asia since the time of Weber discredited his approach or reaffirmed it?
    3. Using Weber's classic attempt to compare the religions of India, China and that of Protestantism show how these studies illustrate a historical-comparative method. Mention what you find as the strongest point in Weber's analyses and what you find as weakest methodologically.
    4. How useful do you think Weber's "historical-comparative method" is for studies across cultures in the contemporary world? State what you consider to be the major adverse criticisms and positive evaluations of Weber, in each case identifying the view with one or more particular thinkers.
    5. Contrast the method of Jurgen Habermas as a historical-comparative method to explain the rationalization of modern society with that of: 1) Max Weber and 2) Michel Fouchault.
    6. At one point, R. H. Tawney accused Weber of substituting "theological determinism" for "economic determinism." Comment on the meaning of Tawney's charge. Provide a careful discussion of the extent to which you think there is validity to this criticism of Weber.
これらの質問の中から3、6、5、1を選びこの順番で答えていったわけである。

博士課程に入って何(誰)を一番読んだかって言えばマックス・ヴェーバーではないだろうか。べラーにしても、ハーバーマスにしても、ヴェーバーの「合理主義テーゼ(あるいは「問題群」ともいう)」はそれぞれの基本的問題意識として専門(ベラーは社会学、ハーバーマスは哲学)に取り組むときの「大きな射程」となっていたのではないかと思う。

余談だが、この段階では名前が出てこないが、当時もしチャールズ・テイラーの「世俗化テーゼ(問題群)」が出ていたら、きっと中心に取り上げたのではないかと思う。

(2) American Nationalism, 1880-1945 の文献リスト
   Alexander, Charles C. Nationalism in American Thought, 1930-1945. Chicago: Rand McNally, 1969.
   Arieli, Yehoshua. Individualism and Nationalism in American Ideology. Cambridge, Mass.; Harvard University Press, 1964.
   Burns, Edward McNall. The American Idea of Mission. New Brunswick, New Jersey: Rutgers University Press, 1957.
   Eastman, Fred. "Your Flag and My Flag, A Responsive Reading for National Holidays." Christian Century 48 (May 13, 1931): 651-2.
   Gabriel, Ralph Henry. The Course of American Democratic Thought. New York: Ronald Press, 1940.
   Handlin, Oscar. Race and Nationality in American Life. Boston: Little, Brown, 1957; reprint ed. Garden City, New York: Doubleday, Anchor Books, 1957.
   Hayes, Carlton J. H. Essays on Nationalism. New York: The Macmillan Co., 1926.
   Higham, John. Strangers in the Land. New Brunswick, New Jersey: Rutgers University Press, 1955; reprint ed. New York: Atheneum, 1969.
   Kohn, Hans. American Nationalism. New York: Collier Books, 1961.
   Manwaring, David Roger. Render Unto Caesar. Chicago: University of Chicago Press, 1962.
   May, Henry F. The End of American Innocence. New York: Alfred A. Knopf, 1959; reprint ed. Chicago: Quadrangle Books, Inc., 1964.
   Merk, Frederick. Manifest Destiny and Mission in American History. New York: Vintage Books, 1963.
   Niebuhr, H. Richard. The Kingdom of God in America. New York: Harper & Row, 1937.
   Noble, David W. Historians Against History. Minneapolis: University of Minesota Press, 1965.
   Nye, Russel B. This Almost Chosen People. East Lansing, Michigan: Michigan State University Press, 1966.
   Schlesinger, Arthur M. A Critical Period in American Religion, 1875-1900. Philadelphia: Fortress Press, 1967.
   Stokes, Aronson Phelps, and Pfeffer, Leo., eds. Church and State in the United States. New York: Harper & Row, 1964. PP.120-1 and 124-5.
   Takaki, Ronald T. Iron Cages. New York: Alfred A. Knopf, 1979.
   Tuveson, Ernest Lee. Redeemer Nation. Chicago: University of Chicago Press, 1968.
   Weinberg, Albert K. Manifest Destiny. Gloucester, Mass.: Peter Smith, 1958.
このペーパーは実際には「アメリカのナショナリズム」についての歴史的研究ではなく、ナショナリズムが全体主義国家を形成する兆候を見定めようとした試論的なものであった。

この段階では近現代アメリカ史の知識が少なすぎて、文献リストを見ても一貫性がないというか、絞れてないなーという印象を受けると思う。

米国ではちょうど大統領候補指名予備選の最中で、移民問題がクローズアップしているが、異なる時代に異なる人種や宗教をもとにした排斥運動が繰り返されてきた歴史があるので、この文献リストの中の John Higham のものなどはまだ現役で読めるものだと思う。

2016年1月20日水曜日

(4)神学遍歴⑬

GTU (Graduate Theological Union) のことについて書くのがこれで4回目だろうか。

もはや時系列で繋ぐのもままならぬほど間隔の空いた投稿となってきた。

いきなりかどうか分からないが、今回はComprehensive Examinations(通称「コンプ」と呼んでいる)という、博士課程での第一関門について書く。(一回では終わらないかもしれないが)

解説は後にして「マイ・コンプ」を掲げてしまおう。 
I. Theories on the Symbolic Dimension of Social Reality: A written examination investigating recent theories on symbols and their relation to society.
II. Max Weber's Historical-Comparative Method: A written examination covering selected writings of his sociology of religion and its applications and critiques by more contemporary authors.

III. American Nationalism, 1880-1945: A major paper focusing the general historical-cultural background of a symbolism of "redeemer nation'' and its role in the period, 1880-1945.

IV. Japanese Nationalism, 1890-1945: A major paper investigating the formation of the political ideology of Tennosei called Kokutai ("national constitution") in relation to the political and intellectual conditions of the period (1890-1945) in which it was being shaped.

V. The Problem of the Modern State: Contemporary Approaches of Protestant Theology and Political Philosophy. A written examination on several major Protestant theologians' and political philosophers' reflections on selected issues of the modern state, especially totalitarianism.

筆者の場合は5つのうち4つが集中領域である「宗教社会学」関連、残る一つが選択領域となった「社会倫理」を試験するわけである。

この段階では博士論文の先行思索として論文の主題となりそうな分野やサブ・トピックを選んで論文試験とするのが普通だ。

I. Theories on the Symbolic Dimension of Social Reality

はプリンストン神学校でギブソン・ウィンター教授から学んできたアプローチである「社会的現実」を象徴解釈から接近するための理論的基礎構築に資するもので、結果的にはかなりエクレクティックな文献選別になったように思う。

試験のやり方は提出した文献リストに従って読み込んで準備しておき、試験日に試験委員会が作成した質問の中から適当なものを選択して解答する。

試験時間はもう忘れてしまったが3-4時間くらいであったと思う。

その場で鉛筆で書いたものを後日タイプして提出する。

それで、「試験委員会」について説明しておくと、自分のコンプ委員会を適切な教授を選んで依頼するわけである。

GTUの場合はPH.Dの場合は通常5人の委員のうち、最低一人はカリフォルニア大バークリー校の教授が入っていなければならない。

筆者の場合は日本の明治期がテーマに入っているので、思想史が専門のアーウィン・シャイナー( Irwin Scheiner)教授にお願いした。

シャイナー教授は多少神経質な感じの方で、あまり親しみやすい方ではなかったが、引き受けることに関しては別に逡巡もなかったと記憶している。

さてどんな質問が出され、どれを選んで解答したかだけ紹介しておこう。
(※質問はGTUの3人が二つずつ提出した
CHOOSE 4 questions to answer from the following:
1. Considering the variety of theoretical positions covered in your bibliography regarding
the symbolic dimension of culture, which two positions are, in your opinion, most
different from one another?  Can they in any way be reconciled?

2. The theoretical significance of praxis is usually traced to the influence of Marx. What
other historical and theoretical roots does it have?

3. Jurgen Habermas distinguishes between systemic and life-world aspects of societies.
How do these differ as symbolic realities? What does the "colonization of the life-world by economic and political administrative system say about the "independent" power of
symbolic resistance in the modern world?

4. Durkheim refers to society as one-vast network of symbols. What did he mean by this?
Contrast his view of collective representations with Weber's understanding of society.

5. Clifford Geertz has written: "a religion is (1) a system of symbols which acts to (2)
establish powerful, persuasive and long-lasting moods and motivations in men by (3)
formulating conceptions of a general order of existence and (4) clothing these
conceptions with such an aura of factuality that (5) the moods and motivations seem
uniquely realistic."
    a. Discuss the understanding of "symbol" Geertz is using and contrast Geertz's
view with that some other thinker.
    b. How, in Geertz's perspective, is religion related to social reality?
    c. Comment critically on the way Geertz relates religion, symbol, and social
reality from 1) a Marxist perspective (Habermas or some other) and 2) from a Christian
perspective (Niebuhr or Tillich).

6. Write brife essay on the contributions of the thought of Alfred Schutz to the Jurgen
Habermas of The Theory of Communicative Action.
筆者が選んだのは、1,2,3,5だった。

(答案は全ワード数3000弱程度。なかなかタフな試験だったと記憶している。)

(続く)

2015年5月6日水曜日

(4)神学遍歴⑫

さてさて、最近このブログの更新ペースが急進しているが、あくまでたまたまです。

すぐペースダウンするでしょう。


前回神学遍歴の記事を書いたのは、1年以上も前のこと。大分時が経ってしまいました。

Graduate Theological Union 時代のこれが3回目の記事になるようです。


(1)宗教社会学

 既に『神学遍歴⑩』でも書いたが、筆者が入ったのは「第IV領域」と呼ばれる、《社会倫理》と《社会理論》を専門とする分野だった。

 前回は「社会倫理」部門のコアコースである「西方教会社会倫理教説史」を紹介した。

 もう一つの部門「社会理論」は、主に「宗教社会学」入門のような形で入って行くものだった。

 現在は宗教社会学というと、社会学の“一分野”とみなされることが殆どだと思う。

 しかし社会学の祖として挙げられる3人、カール・マルクス、エミール・デュルケーム、そしてマックス・ヴェーバーは(マルクスを除いて)いずれも「社会の中心に宗教をおいて」社会の近代化を分析した。

 つまりデュルケームやヴェーバーにとっては、宗教社会学が社会理論の中核にあった、といえる。


 1980年代前半当時、神学校で「宗教社会学入門」コースに使われたテキストを紹介しておこう。

 教授はイエズス会士で、加大バークリー校のべラー教授の下で博士をやった人であった。

 記憶に残っているテキストは、
  ・Gregory Baum, Religion and Alienation: A Theological Reading of Sociology.
  ・David Martin, A General Theory of Secularization
  ・Andrew Greeley, Unsecular Man: The Persistence of Religion.

あたりかな。

(2) 学術会議(アカデミック)的なこと

 博士課程の学生は学業だけやっていればいい、だけではないことを間もなく知った。

 前回も、「第IV領域」のコア文献確定作業について書いた。

 教授も学生も一緒になって、「自分たちの専門領域の性格と範囲」を、「誰の」「どの文献」を重要とするかを検討しながら、形作る作業をしていたわけだ。

 その他の事案としてよく覚えているのは、博士課程の入学志願者選定作業だ。

 それは教授の専権事項、と思いきや、志願者の履歴・実績・希望等を、学生も教授たちと一緒に討論するのだ。

 もちろん最終選定には学生は関与しないが、色々意見は求められた。

 たまたまその年(筆者が入学してから2年目か3年目)は、候補者の中に日本人学生が入っていたが、TOEFLのスコアが少し低く、学業が成り立つかどうか、意見を求められた。

 一人の人の将来に関わることなので、緊張して意見を述べたことを思い出す。(その後日本人の学生はなかったので、もしかしたらだめだったのかもしれない。)


宗教社会学関連、という事で思い出したことを書いておこう。

鹿児島ナザレン教会の久保木牧師が

ジョン・ポール・レデラック著『敵対から共生へ』を読んで、紛争に向き合う勇気をいただきました..
という記事で以下のようなことを書いていた。
conflict(紛争、対立)がギフトであり、平和へのプロセスとして扱っている
良書です。

訳文がわかりにくい、ということを書いたのですが、
具体的にいうと、こんな文章です。
現状把握への記述的(descriptive)営みの中で、変革に気づ かせてくれるのは、私たち個々人は悪い意味でも良い意味でも、衝突によって影響を受けるということです。衝突は、私たちの肉体的な健康、自己の尊厳、感情 の安定、正しい洞察、全人的霊性の統合に影響を与えるのです。

処方的(prescriptive)視点で捉えるなら、変革とは、慎重に計画された干渉であり、それによって社会的紛争の破壊的な影響は最小限に抑えられ、個人の肉体、感情、霊的レベルで、成長する可能性が最大限に広げられます。
(ジョン・ポール・レデラック著「敵対から共生へ」23頁)
というものです。

以前この記事を読んだ時、記憶に残って、そのうち何か書こうかな・・・と思ったのは「記述的(descriptive)」と「処方的(prescriptive)」との違いと関連についてでした。

おおよそのことは類推がつきましたが、だからと言って言葉/概念の説明だけではイマイチ分からないだろーな、と思ったのでした。

今回「宗教社会学」について書いたことで、この「記述的(descriptive)」と「処方的(prescriptive)」のことを改めて思い出しました。

それは社会学(宗教社会学も含む)と言うものが辿った歴史と関連付けて、少し比喩的にですが、説明できるものではないかと・・・。

経済学もそうですが、社会学は道徳哲学から分岐独立した学問です。
※プラトンの『国家』やアリストテレスの『ニコマコス倫理学』 が社会学の(古典)テキストとして読まれているかどうかで、その社会学の「被写界深度」も測れよう、というもんです。

その後自然科学との対比で、「科学」としての自立性・自律性を獲得するために、《記述的性格》と《予測可能性》と言う科学と呼ばれるに相応しい二つの性格を追求します。

まあここで話題にした《記述的》と言うことが出てくるわけですが・・・。

科学的なステータスを獲得するには「客観性」を証明しなければならない。

そのために「(主観的とされる)価値判断を入り込ませない」と言う原則を方法論的に確立しなければならない。

そのようにして、社会学的事象を「(因果関係で説明できる)法則的な関連」で叙述することを目指したわけですね。

言わば自然科学に似せて、社会学の観察対象を客観的に「記述」できる事象とみなしたわけです。


ここまで書いて、かなり「脱線」したように思います。
(風呂敷を広げすぎたので中断。 )

要するに「記述的(descriptive)」と「処方的(prescriptive)」と言う違いは、ある事象・対象への「対応の2モード」だ、と言うことを社会学を例にして説明しようと思ったのです。

「記述的」・・・とは「観察モード」であり、観察した事象を(できるだけ客観的に、あるがままに)記述する方の対応の仕方です。

「処方的」・・・とは「介入モード」であり、観察した事象を一定方向に「変化させる」ための助言・指示をする時の対応の仕方です。

社会学では「処方的」の代わりに「規範的(normative)」とよく言いますが、健全な社会のあり方を「基準」として持っていることによって、社会を観察し、様々な社会問題を「症例」に分類・整理して「診断」し、それへの対応策を「処方」する・・・とかなり強引に「病理学的」社会学の機能をたとえると、そう言うイメージになります。


さて、レデラックの本ですが、筆者はこの本読んでもいないし、持ってもいないので、それ以上のことを言うにはちょっと憚られると思ったので、ネットで見てみたら、本の要約を掲げたサイトが見つかりました。

一通り目を通してみたのですが、どうも「関係対立診断及び処方(conflict management)」とも言うべき、「知識とスキル」が「対立」と言う実際局面に集中して寄せ集められた「現代的専門家」然としていますね。

レデラックはさらに、そのようなまだ発展途上の「知識とスキル」の集合体に、メノナイトの「平和の神学と実践」を繋げて、独自に理論展開しているようです。

このサイトに要約されていることは、殆ど「概念的な理論構築」に終始しています。

その真価は「個別具体ケース」に適用されて判断され、さらに理論にフィードバックされて精度向上を増すべきものと見えます。

先ほどの久保木牧師の引用の原文は
From a descriptive perspective, transformation suggests that individuals are affected by conflict in both negative and positive ways.
For example, conflict affects our physical well-being, self-esteem, emotional stability, capacity to perceive accurately, and spiritual integrity.

Prescriptively, (i.e., relating to what one should do) transformation represents deliberate intervention to minimize the destructive effects of social conflict and maximize its potential for individual growth at physical, emotional, and spiritual levels.
となっていますが、これは「対立」が関わる「状況」の『パーソナル』な側面についての説明で、以下『関係的』『構造的』『文化的』側面が挙げられ、それらの側面について一つ一つ、「記述的(descriptive)」と「処方的(prescriptive)」の両方からコメントされています。

「対立」 を単に「管理する(マネージメント)」のではなく、「変革する(トランスフォーム)」視点から捉えるのは、メノナイトの平和構築神学からは真っ当なものだとは思うのです。

このサイトでは「聖書的」「神学的」洞察からくるものは殆ど明示されていないようです。

もし(例えば)牧師が「変革的なヴィジョン」としてこのような「実践的な理論」を援用するのであれば、やはりキリスト教的、神学的「人間論」そして「教会論」としっかり繋いで行く必要はあるように思います。

そうしないと、何が「ミニマイズ」すべき「社会的対立から来る破壊的影響」なのか、あるいは何が「マキシマイズ」すべき「個人的成長への潜在的要素」なのか、判断が明瞭にならないのではないでしょうか。
次のことを指示するにあたって、わたしはあなたがたをほめるわけにはいきません。あなたがたの集まりが、良い結果よりは、むしろ悪い結果を招いているからです。

まず第一に、あなたがたが教会で集まる際、お互いの間に仲間割れがあると聞いています。わたしもある程度そういうことがあろうかと思います。

あなたがたの間で、だれが適格者かはっきりするためには、仲間争いも避けられないかもしれません。

それでは、一緒に集まっても、主の晩餐を食べることにならないのです。
(以上、新約聖書・コリント人への手紙第一、11章17節~20節、新共同訳。強調は筆者。)


2015年4月13日月曜日

(5)現代の英語圏神学者①、スタンレー・ハウアーワス余録・続(完)

思わぬ展開で、『余録』とその『続編』と言うおまけが付いてしまった。

余り関心のない読者にはマニアックな話題かもしれないがご容赦を。


今回、完結編ではハウアーワスとヨーダーの関係を取り上げる。

現在中断しているのだが、3年ほど前から出席している「ヨーダー読書会」を通して、The Politics of Jesus、を始め何冊かヨーダーの本を読んでいる。

ヨーダーについては、そう言うわけで、「進行中の人物」でもあり、また「(既に故人であるが)渦中の人物」でもあるので、この記事であまりあれこれ書くことは控えたい。

今回はただハウアーワスとの繋がりで浮上する幾つかの「点と線」について・・・。


ご存知のように、ハウアーワスはヨーダーとともに平和主義者であり、ハウアーワス自身は合同メソジストのメンバーでありつつ、神学的スタンスはメノナイトの伝統から影響を受けている。

ハウアーワスの平和主義神学に最も大きい影響を与えているのがジョン・ハワード・ヨーダーと言って差し支えないと思う。

・・・以上は「点」について。


20世紀の北米「神学と倫理」シーンにおいて、一個人が「平和主義者」であるか、それとも「義戦(正戦)論」に立つ、あるいは「現実主義」に立つ「戦争容認者」であるかは到底「イデオロギーを巡る対立的立場」で済まされる話ではない。

以下に紹介するハウアーワスの師匠(メンター)であった「ポール・ラムゼイ誕生100年記念」パネル・ディスカッション動画にある通り、多くの者たちは「平和主義者」として青年期を過ぎた後「現実主義者」に転向する(せざるを得ない)、と言う曲折を歩んでいる。


※3人のパネラーが、最初、三者三様の「ラムゼイ回顧」をするが、ハウアーワスがラムゼイ若かりし頃の「平和主義」シンパのエピソードを語っている。
 次に「平和主義者」だったジェフリー・スタウトが、イェール大神学部時代にラムゼイの本を読んで自身の平和主義理論武装を「ぶっ壊された」エピソードを紹介している。
※このスタウトの回想スピーチには、アカデミックな世界の人間模様についてかなり赤裸々で感情的なエピソードが含まれていて、幾らか内部事情を知っている者にとっては思わず「胸キュン」となる。筆者が見てきたユーチューブ動画の中でも「ベスト5」に入る内容豊かな一本。秘蔵版だ。

このスタウトの回想後、ハウアーワスが補足を継いでいる部分(35分40秒過ぎ)にヨーダー絡みのものが入っている。

ヨーダーが「キリスト教倫理学会」会長を務めていた時(1987-88)、晩餐会で「To Serve God and Rule the World」と題した(黙示録からの)会長スピーチをした。

ポール・ラムゼイが一緒に席についていたハウアーワス夫妻に、That man was hiding his light under a bushel. と評するコメントをした。

義戦論者で学会の重鎮であり、もう死期も近づいていたラムゼイが平和主義者ヨーダーへの賞賛の言葉として語ったこのコメントが、ハウアーワスには格別思い出深いものだったわけだ。

※ポール・ラムゼイ(Paul Ramsey)については神学遍歴⑨をご参照ください。
ちなみにそこで言及した「・・・デューク大学に寄贈された『ポール・ラムゼイ・コレクション』・・・」について、この動画でハウアーワスがその消息を紹介している。何とプリンストン大学も神学校も寄贈に応じなかったのでデューク大が頂いちゃった、とのことだ。へえー、そんなもんか・・・である。


議論を待つまでもなく、ヨーダーの神学的遺産はやはりThe Politics of Jesusなのだろう。以下にそのテーゼが要約されているように、イエスの倫理と教会論が一体となったキリスト教倫理へのアプローチは当時はユニークで画期的なものであったと言えよう。
His thesis, simply put but thoroughly and eloquently argued, was that Christian ethics begins not by finding ways to set aside the radicalness of Jesus' ethics, but rather by finding ways in community to take those ethics seriously. In other words, the church is to bear the message of the gospel by being that message.... (Mark Nation, John Howard Yoder: Mennonite Patience, Evangelical Witness, Catholic Convictions, p.25. からの引用。元はDavid Weiss, "In Memory of John Yoder...")
ヨーダーのインパクトは最近邦訳されたリチャード・B・ヘイズ『新約聖書のモラル・ヴィジョン』の


第3章「キリスト教倫理に対する史的イエスの意義」などでも取り上げられていますが、N.T.ライトとの関わりについては以下のように述べています。
 第3点ですが、ライトの研究にとって、イエスの関心を現実の世界史の中につなぎ止めることは本質的に重要です。ライトによれば、イエスが思い描いていた未来は、この世界から遊離した天国における彼岸的運命ではありません。それは、イスラエルの民の、この地上で継続する生における具体的な政治的未来なのです。
 その他の点でもそうですが、この点においてライトの構想は、ジョン・ハワード・ヨーダーが『イエスの政治』で描いた描写と深く結びついているように思われます。興味深いことにライトは、ヨーダーについて特に論じているわけでも、彼と対話しているわけでもないようです。(106ページ)
さてヘイズのこの観察にコメントするというよりも、ライトとヨーダーのアプローチに関する大雑把な印象として思うことなのだが・・・。

 ご存知のようにヨーダーはカール・バルトのもとで博士をやったのだが、ヨーダーにとっての「倫理」は教義学と倫理学のような関係(バルト)と言うより、もっとイエスの生とその延長と言うアナバプティスト神学的伝統に基づくものだったのではないか。

 その点においてライトの史的イエスの探求が歴史的・神学的・教会実践的総合の中で提示するあり方と、より近い相貌を帯びたのではないかと思う。

 最後にウォルター・ブルッゲマンとの絡みについても一言。

 ブルッゲマンが『預言者』から取り出そうとしている「モデル」は、「教会の文化幽閉」問題に対する批判であり、カウンター・カルチャー志向であったのではなかろうか。

 彼の場合は旧約聖書学者であったため『預言者』が最も有効なモデルとして提示されたのだが、ヨーダーの場合は『イエス(の政治)』の方が当然より高位のモデルとして位置づけられるだろう。
 
 (蛇足だが、ライトの場合は最早『イエスの政治』はモデルではなく、神の国宣教の終末的実現と、聖霊に推進された使徒・教会の遂行となるわけだろう。)


※長くなりました。これにて完。ようやく「二人目の神学者」を物色できます。

2015年4月6日月曜日

(4)34年ぶりの再会

昨日のイースター礼拝のこと。

急なことであったが、アズベリー神学校で一緒だったSE夫妻が出席された。


何でも2週間ほどの「第2のハネームーン旅行」だそうな。

しかし驚いたのは長い間コンタクトがなくとも筆者の名前を覚えていたこと。

(何しろこちらはなかなか名前を覚えていない方なので、Sの名は何とか覚えていたが、姓は記憶があいまいであった。)


Sはどちらかと言うと「やんちゃ」の感じで、勉強よりもテニスとか色々活発に動き回るのが好きで、とてもアカデミックなタイプには見えなかった。



が、その後は教師/研究者(キリスト教青少年教育・伝道)の道に進み、英国、ニュージーランド、シンガポールなど国際的な生活をしている。

礼拝後の雑談ではまもなく、今関心持っている「神学的」話題となり、James K. A. Smithについて共に関心を持っていることが分かった。


Sの関心領域はLiturgical Theologyとのことだが、社会学や文化人類学にも関心があり、Christian Smithにも結構関心があることが分かった。
(クリスチャン・スミスの『ビブリシズム』については当ブログでも何度か取り上げた。)

筆者の知らない情報として「メモメモ」したのは、スタンフォード大文化人類学教授Tanya M. LuhrmannのWhen God Talks Backと言う本だ。

どうも・・・
世俗化・世俗主義の現代にあって、「神と会話ができる」霊性とはありか、
と言うことを福音主義キリスト者(ヴィンヤード・グループ)の中に入って調査した結果を本にしたものらしい。

と言うことでこの本のテーマが最近の関心に共振して、少しリサーチしているところである。

なかなか刺激的な「再開」の機会となった。


※「34ぶりの再会」は、2年前、別のアズベリー神学校時代の友人との再会を真似した安直なタイトルとなった。

(5)現代の英語圏神学者①、スタンレー・ハウアーワス余録

このシリーズのトップバッターに「スタンレー・ハウアーワス」を選んだら、MH氏から以下のようなコメントとリクエストをいただいた。
ハウアーワス教授とペアで語られることが多いヨーダー先生、また、ハウアーワス教授・ヨーダー・ブルッゲマンの3しゃにかんするTaka牧師の整理が聞きたかったりして。

と言うことでどこまでできるかやってみましょう。

先ずは情報の少ない「ウォルター・ブルッゲマン(あるいはブリュッゲマン)」から・・・。


「ウォルター・ブルッゲマン」で記憶の糸を辿ると、アズベリー神学校時代のレイマン(Fred. D. Layman)教授の「聖書神学」クラス付近の記憶領域に入る。

神学遍歴⑤で『中間時代の神学』クラスについて書いたが、教授の名前は書いていなかった。
恐らくその時点でも忘れていたのだろう。

今回この件で名前を思い出そうとして一苦労した。レイマンを最初Lehmanで検索したのだが辿りつかなかった。

しょうがないので「こう言う機会だから、旧い講義ノートでも探してみてみよう」とあっちこっちひっくり返したら、何とか見つかりました。

『中間時代の神学』で書いたように、その頃の記憶では何と言っても「James Muilenburg」の印象が強かったようです。

(と、この時点ではまだ繋がっていないのですが、実はJames Muilenburgはウォルター・ブルッゲマンの師匠なのです。後ほど紹介。)

BT605: OT Theologyクラスでは、レイマン教授が指定した専門雑誌等論文から選んで、「梗概(シノプシス)」を書く、と言う課題があり筆者が選んだ中に、ブルッゲマンもマイレンバーグも見つかりました。
Walter Brueggemann, "The Kerygma of Deuteronomic Historian." Interpretation, vol. 22, no. 4, pp.387-402.
James Muilenberg, "Imago Dei." The Review of Religion, vol. 2, no. 4, pp.392-406.


さて、アズベリー時代に筆者はウォルター・ブルッゲマンをどう評価していたのか・・・。

簡単ですが、「まだレーダーの外の方」だったように思います。

かと言って無視していたわけではありません。
恐らくこの時期にThe Prophetic Imagination (1978年のペーパーバック初版)を購入していますから、それなりにその後の活躍を予感していたのかもしれません。

ヨーダーのThe Politics of Jesus (1979年のペーパーバック第6版)もこの頃買ったと思われますが、ヨーダーの方が「どう整理していいのか困る」と言う点では一枚上手だったと思います。



※せっかくですので、お世話になったレイマン教授のネットから入手可能な論文を紹介しておきます。


ウォルター・ブルッゲマンはNYのユニオン神学校で神学博士を修めますが、その指導にあたったのがジェームズ・マイレンバーグ教授でした。

なかなかの名物教授だったようで、アメリカの最も著名なキリスト者著作家の一人、フレデリック・ビークナー(Frederick Buechner)が「満杯の教室でまるで旧約聖書の世界がそこに出現したかのように“演じる”マイレンバーグ教授がいた」頃のことを回想しています。


※(興味のある方に)ブルッゲマンがビークナーをインタヴューしている動画


どうやらヨーダーのことを続けて書くには長い記事になってしまいましたので、「続編」で取り上げることにいたします。

2014年9月10日水曜日

(3)アーミッシュの納屋

米国遊学時代、ケンタッキー州にいた時、近くにシェーカー村があった。
残念ながら訪ねる機会はなかった。

帰国してひょんなことから木工を始め、家具を作るようになって、シェーカー家具を知ることになり、「そう言えばシェーカー村が近くにあったんだ」と懐かしく思った。

多少キリスト教史を学ぶ中で、宗教改革以降の急進的(あるいは)より原初的な(新約聖書に観られるような、と言う意味も含む)キリスト者共同体が北米のあちこちに現存していることを知った。

シェーカー・コミュニティーはそんな中の一つだ。

もう一つ有名なのはアーミッシュだ。

ハリソン・フォード演ずる『刑事ジョン・ブック 目撃者』にもアーミッシュが出てくる。

18-19世紀では(大型)納屋を建てるのは村人総出のイベントだった。
しかしその伝統はもはや過去のものとなり、今ではアーミッシュたちくらいだと言う。

そう言えば日本でも、大きな民家の茅葺は似たようなものだ。

たまたまオハイオ州にあるアーミッシュ村の納屋造りを収めた動画があった。
10時間かかったそうだが、3分半にまとめてある。

2014年7月6日日曜日

(5)亡命知識人・続

亡命知識人と題して読書感想らしき、メモらしきものを書いた。
それの続き。

前回話題にした
①フランクフルト学派
②ポール・ティーリッヒ
③ハンナ・アーレント
を取り上げている「ウニベルシタス」とはそもそもなんぞや、であった。

別に初耳だったわけではないが、こうして連続借りてみるまで余り気にしなかった。

ウニベルシタスってuniversityのことか・・・。
と言うところからもうずっこけである。

しかし法政大学出版局の編集者ってどういうんだろう。

もう1000点もの叢書を発行してきたと言うが、どのようなクライテリアで選んでいるのだろう。

少しスケールは違うが、米国遊学時代、バークリーの古本屋街で、Harper_Torchbooksを見つけてはよく買っていたが、そのラインナップに少し似ている感じもある。

しかしウニベルシタス叢書は値段が違いすぎるが・・・。

明日には図書館に返却しなければならない、アーレント=マッカーシー往復書簡


を読んでいて何箇所か面白いところがあった。

「真理」は思考の最後に出てくる結果だと信ずるのは大きな誤りです。それどころか、真理は常に思考の始まりであり、思考は常に結果のないものです。そこが「哲学」と科学の違うところです、科学には結果があり、哲学にはない。思索は真理の経験がいわば胸にぐさっときたときに始まります。哲学者とそうでない人の違うところは、哲学者はつかんだ真理を放さないということであり、彼らだけが真理をつかむということではないのです。(中略)真理は、言いかえると、思考の「中」にはなく、カントの言葉を借りれば、思考の可能性のための条件なのです。それは始まりでありアプリオリです。(82-3ページ) 
後そうですね、この本読んでて少し面白いのはマッカーシズムが吹き荒れた頃とその後のアメリカ知識人の様子が少し肌で感じられるような点と、それからどちらにしても若い国アメリカの知識人はヨーロッパを古典とする点かな。

それからこれはマイナーポイントだけれど、アレントのテオドール・アドルノ観が窺えるコメントがちょっと。(アドルノの父方のイタリア人姓を名乗ることで、ユダヤ出自を隠すようなところをアレントは由としなかったようだ。)



2014年6月24日火曜日

(5)現代哲学入門、現象学

母校でもある、The Graduate Theological Unionの加盟校であるドミニカン神学哲学校が主催する

What Has Athens to Do with Jerusalem?
Dialogue between Philosophy and Theology in the 21st Century

が、2014年7月16-20日まで開かれるそうである。(ここ参照

地元のカリフォルニア大学バークリー校のジョン・サール教授もパネリストに名を連ねている。

釣られて、サール教授のウェブサイトをクリックしてみた。

カリキュラム・ヴィテは積年の業績で満載、壮観である。

それから論文(Articles)のページに行って、何か読みやすくて面白そうなものはないか物色してみた。

The Phenomenological Illusionを読み出してみたのだが、ご専門ではない「現象学」について講演を引き受け、それで試みたのが「現象学」(フッサール、ハイデガー、マーロ・ポンティー)を受け継ぐ哲学者たちの「奇妙な学問構築的態度」に対する批判のようである。

それを、the Phenomenological Illusion、と呼んだわけだ。

(どうも読み進むと同じバークリー校のヒューバート・ドレイファス教授が出てくるので、結構彼を標的にしているのかもしれない。
ちなみにドレイファス教授のレクチャーには出た覚えがある。)

イントロの後、Ⅰ. The Current Situation in Philosophyという流れになり、「(人間)意識」を哲学する土俵が、原子物理学、進化論的生物学、脳科学、の進展によって極めて厳しいものになっていることが指摘される。
How do we account for our conceptions of ourselves as a certain sort of human being in a universe that we know consists entirely of physical particles in fields of force.

More precisely: Given that any sort of Cartesianism or other form of metaphysical dualism is out of the question, how do we give an account of ourselves as conscious, intentionalistic, rational, speech-act performing, ethical, free-will possessing, political and social animals in a world that consists entirely of mindless, meaningless brute physical particles.

筆者にはこれだけでも十分である。

確かに物質ベースの「リアリティー」がこれだけ分厚く・詳細にマップ・アウトされてくると、心理を含めた精神活動と言うものの独自性・独立性を領域確保するだけでも一仕事のような感じになってくる。

まっ、でも物質決定主義にそうやすやすと還元できないだろうな、という気もするが。

しかしだからと言って心理を含めた精神活動が「どのようなリアリティー」なのか、ベースとなる物質的リアリティー全体に組み込むためにはどうするかは、サール教授がドレイファス教授を槍玉に挙げているように、従来のデカルト的二元論(精神と身体)を越える「第三の存在」提唱のような議論では間に合わない、と言う指摘はその通りだと思う。

「科学と信仰」もまだまだ接近が必要だろうし、「科学と哲学(現象学)」もまたそうなのだ。


以上午後の遊び終了。

2014年6月22日日曜日

(5)亡命知識人

この話題は宗教と社会 小ロキアム@巣鴨に書いた方がいいのかもしれないが・・・。

話題にするのは
①フランクフルト学派
②ポール・ティーリッヒ
③ハンナ・アーレント

順番から言うとポール・ティーリッヒが最初だが、と言うのもアズベリー神学校やプリンストン神学校にいた時はティーリッヒは殆ど読んでいなかった。

Graduate Theological Unionに来てポール・ティーリッヒに関心を持つようになったのは、ロバート・ベラーが彼から影響を受けている、と聞いたことがあるからかもしれない。

しかし宗教社会学の古典の一人である「マックス・ヴェーバー」を読み出してまもなく、「フランクフルト学派」について知るようになり、特にMartin Jay, The Dialectical Imagination: A History of Frankfurt School and the Institute of Social Research, 1923-1950で関心を持つようになった。

そこで確かポール・ティーリッヒに言及があり、「あれっ、神学者のティーリッヒとフランクフルト学派に何かしら繋がりがあるんだ」と記憶に留めたものの、その後その繋がりについては何も調べることはなかった。

そうしたら日本語で「ティーリッヒとフランクフルト学派


と言うそのものずばりの本が出ているではないか。

ネットで調べると、深井智朗という最近よく耳にする神学者によるものらしい(でも「監修」とある)、と言うことがわかった。

で、図書館から借りて読んでみたのだが、一応少し分かったので重宝した。

そうしたら今度は「ティーリッヒとアレント繋がり」があると言うではないか。

と言うことで、これまた先日図書館から借りてきて読んだ。

悩める神学者ティーリッヒと、それを個人的によく知るハンナ・アーレントの取り合わせは「へー、そうなんだ」である。

筆者が現在出席する某神学者の読書会でも、著作となる神学書の内容と著者の人生における道徳問題とを、どのように斟酌するかと言う課題が読者側に求められるので、ティーリッヒにおいても同様関心を持った。

著者の深井は以下のようなコメントを残している。
 この二つのティリッヒ像[筆者注、精神分析と神学を結び付けた著作家像と、性的倒錯傾向者像]のどちらかに過度に傾くティリッヒ理解はいずれも誤りであろう。両者の統合がティリッヒだからである。それゆえに、今後もしまだ誰もなしえていないティリッヒの思想を総合的に、また全体的に解釈するという難行を誰かがなしうるとすれば、それは具体的には、この思想家自身の統合や体系化への熱情を上回る情熱をもって思想と生活とを統合的に結び付けたティリッヒ像を提示する、ということであるに違いない。
 実はハンナ・アーレントはそういうティリッヒを比較的若い頃から晩年にいたるまで、ひとりの人間として受け入れ、交際することができた数少ない友人のひとりであり、これまであまり注目されてこなかったが、ティリッヒにおける思想と生涯とのけっして引き裂くことのできないあの結びつきを知っている重要な証人のひとりなのである。(147ページ)
さて「思想と生活」「思想と生涯」と言うような『結び付き』は、その神学者なり思想家が「自伝的言及」を著作に入れるか、彼らの伝記作家が然るべく著作と背景とを照合して全体像を提示する仕事であり、特に「あの結び付き」とクローズアップして「思想史専門家」の「情熱的仕事」にするほどのものなのか・・・がまだよく分からないのだが。
 これはティーリッヒの場合に良く当てはまる、と言うことなのか。多分そう言う意味なのだろう。
 (しかしティーリッヒの著作と言うのはそれほど複雑で隠れたニュアンスのあるものなのか。神学者が読むより精神分析家が読み解く方がいいのか・・・。)


※タイトルの「亡命知識人」について説明していなかった。ご存知のように、①フランクフルト学派、②ポール・ティーリッヒ、③ハンナ・アーレント、らは皆ナチスドイツの時代にアメリカに亡命してきた方々で、ティーリッヒを除けばユダヤ人であった。


2014年6月16日月曜日

(5)ジョージ・スタイナーと由良君美

 先日、粉河哲夫について投稿した。

 その時「検索していて」出遭ったのが、文学批評を専門にしているらしいqfwfqの水に流してというブログ。

 そのブログのスタイナーの続き、あるいは由良君美と山口昌男(2012年6月23日)と言う記事に粉河がコメントを寄せている。
・・・スタイナーの加藤批判は、ある意味で岩波・朝日文化人の硬直さを鋭く指摘しており、論争を仕掛けることになった由良さんは、このときばかりは、してやったりという顔そしていました。・・・
これに対してブログ主(服部と言う方なのか)はこう切り返す。
・・・やっぱりね、由良君美も人がわるい。スタイナーこそ、いい迷惑でしたね。・・・
筆者がR大学で「ひたすら勉強しない」努力を傾けていた時、後に彼方米国遊学中に勉学・研究のため関心を持つことになる加藤周一等「日本の現代知識人」の思想状況を垣間見せる、「スタイナーと加藤周一の口論」構図は以下のように描写されている。
 ときは1974年、パリ五月革命後の急速に沈滞してゆく西欧の反体制運動の気運のなかで、コミュニスムの理想はいかに実現可能かをめぐって、ふたりは鋭く対立した。スタイナーのペシミスムにたいする加藤周一のオプティミスム。むろん、加藤周一のオプティミスムは、「英知においてはペシミスト、だが、意志においてはオプティミストたれ」とグラムシのいう「意志としてのオプティミスム」である。
先のコメントによると、どうやらこの「口論」を演出したらしい由良君美なる人物に関心をそそられた。

 ネット検索して見ると、粉河哲夫ほどではないが、 由良君美も至って「マイナー」な存在に見える。しかしやはり「加藤・スタイナー」が日本で公開討論するのを仕掛けた人物としてもっと知りたい。

 と言うことで昨日図書館から借りてきたのが、四方田犬彦「先生とわたし」 だ。先生とはもちろん四方田にとっての先生であった由良君美のこと。

 いやー、なかなか面白い。筆者が不勉強を通しているほぼ同時期に、非常な知的興奮を覚えていた人たちがいたのだ。

 しかしそれは「東大」であったからではなく、多分にこの東大にあっては異色の「教養人」、由良君美に負っているのが読んでいて伝わってくる。

 四方田が研究の進路を「宗教学」(その頃東大では柳川啓一教授が面白かったらしい)の方に取ろうとしていたのを由良は推したのだと言う。

 また由良は四方田たち学生にエリアーデを読ませていたらしいし、四方田には個人的に北畠親房の「神皇正統記」を「隠れた」比較神話学のテキストとして紹介したとのこと。


 と、ここまで書いてきてタイトルに挙げた「ジョージ・スタイナー」についてはまだ何も書いていないのに気付いた。

 スタイナーを最初に耳にしたのは何時だったか。すくなくとも「ちゃんと知った」のは、プリンストン神学校でのダニエル・ジェンキンス教授の「神学と言語」みたいなタイトルの講座だった記憶している。

 その講座ではテキストの一つに使われたのが、Gerhard Ebeling, Introduction to a Theological Theory of Language、だったが、副読本に挙げられていたのがGerge Steiner, After Babel: Aspects of Language and Translation、だった。

 ジェンキンス教授は英国の親バルト神学者で、この時は客員で教えていたのだ。(ベン・マイヤースのこの記事が少し参考になるか・・・。)

 何はともあれ、ペーパーバックの大著に見えたスタイナーの『アフター・バベル』にはかなり気圧された感じで、結局手をつけていない。


 しかし「先生とわたし」と入れ替えに返却した『知の○○○○○○○』(ヒント、○はすべてカタカナ)は期待とは逆につまらなかった。

 日本の人文系の若手たちが思想史から中世・ルネサンス期を見直す論文を書いているのだが、「パトスがない」、というか一様に「のっぺり」していて気味が悪い感じがした。仕掛け人(らしくある)のH・Hは一体何をどうしたいのだろう・・・と思ったのだった。

[追記]
Daniel Thomas Jenkins (1914–2002)については、Oxford Dictionary of National Biographyの項を参照。 上記「客員」と書いたが正確には「3年間契約」での教授職だったらしい。

2014年6月14日土曜日

(2)分かるようで分からない聖書入門、2

 前回は「神学校に入る前の予備的訓練」として、「旧新約聖書全巻を各章毎に要約する」と言う課題についての思い出を書きました。

 今回もちょっとそれに引きずられて書きます。

 C.I.E.

 さて何の略だと思いますか。

 ヒント:聖書解釈の原則とも言えることの一つです。(その意味では聖書に限りません。読解力一般に通じる話です。)

 Context Is Everything.

 これは新約聖書(ギリシャ語)釈義の先生が口を酸っぱくして言っていたことです。
 それで今まで覚えていました。

 簡単に説明すると、自分の母語の場合は、読んでるものの中によほど難しい語彙がない限り、辞書を引くこともなく読んでしまいます。

 実はこれって「CIE」で読んでいるんです。

 しかし一旦ギリシャ語のように「自分にとって母語ではない、外国語」の文章を読む時には俄然「辞書に頼」ってしまうわけです。

 そうすると一つ一つの「語」に、どの「意味」が適当かを対応させようとするわけです。

 でもそれってかなりいい加減になりますよね。

 例えば、Context is everything. と言う文章の三つの語をすべて知らないとして、Contextから順番にその意味を調べて行くとします。

 すると辞書と言うのは、Contextと言う一つの語に対して、今までの使用例を整理して幾つもの「意味」を羅列します。

 読者はその中から適当に「意味が合いそう」なものを拾ってきて元の文章にはめ込んでみて、意味が整うか様子を見るわけです。

 でもそんなことをしていたら、次の語の意味を調べて行くうちに、どんどん選択肢が変化して行くことにもなりかねませんよね。

 暫く行ってはご破算。最初からやり直し。・・・が繰り返されるような悲惨なこともありえます。 

 こう言う「マイクロ・マネージメント的な文章釈義」に対する批判的なアプローチとして、C.I.E.はあると思うのです。

 一語一語の意味が文章全体の意味を構成(決定)するのではなく、文章全体の意味は、一語一語の意味を構成要素として成り立っている。

 言ってみれば、そんな感じですかね。微妙ですが・・・。

 C.I.E.で大切なのは「意味のユニット」をどう捉えるか、と言うことだと思います。

 一語一語が「一つの意味を持ったブロック」として、それらのブロックを様々に組み合わせて家全体が建て上げられるようなイメージに対して、

 「意味を持つブロック」とはもっと大きな集合体を「単位(ユニット)」として想定されるべきで、一つのフレーズや文章などがそれ自体で完結した意味の「単位(ユニット)」として想定されるべきではない、と言う主張を持つアプローチとでも言いましょうか・・・。

 ですから、C.I.E.が目指すのは「ロマ書」とか最低でも一つの文書であり、さらに聖書解釈での広い「文脈」で言えば、当然「聖書」全体と言うことになります。

 但し、それは前回書いた「正典聖書」と言うこととは意味が少し異なります。

 聖書解釈において「ヘブル語辞典」や「ギリシャ語辞典」を使うということは、他の中近東緒語、ギリシャ古典等、文明的に広い意味の「文脈」にあることを自覚して用いるわけですから。

 ここで幾つか蛇足を付けたい所ですが、長くなるので付けたかったトピックを挙げるにとどめます。

 1.ボンヘッファー『共に生きる生活』2章に「聖書を読む(朗読する)」があります。

 2. CIEを教えてくれた「新約聖書(ギリシャ語)釈義の先生」とは、アズベリー神学校の故ボブ・ライオン師です。

 3.例えばパウロのロマ書を理解しようとする時、パウロ書簡だけでなく、聖書全体を越えて、「第二神殿期ユダヤ教」の文脈がとても重要になります。

 (日本福音主義神学会・東部部会の研究発表会の主題がまさにそれです。6/16、月曜日、午後2時から。御茶ノ水クリスチャンセンター、8階チャペルにて。入場無料。)

2014年5月11日日曜日

(5)トマス・C・レーマー教授講演会・補遺

先日の記事「トマス・C・レーマー教授講演会」を途中退席して何をしたのか・・・。

早い話がもうお昼だったので昼食です。

が、ICUの千葉眞教授と一緒。

千葉さんとはプリンストン神学校で一年一緒だった。

今回はついでではないのだが「久しぶりの再会」 とあいなった。

かつて千葉さんからはジョージ・B・ケアード「新約聖書神学」(ここ参照)を贈られて痛く開眼したのだが、久しぶりに会うのを良い機会に、「なぜこの本をくれたのか」聞きたかったのだ。

「いやー、ケアードは僕がオックスフォードいた時のメンターだったんだよ。ゼミや祈り会や色々お世話になって・・・」
「えー、そうだったの!」

故ケアード教授はN.T.ライト教授の博士論文指導教官(途中で亡くなったのだが)、そのライトは千葉さんと年もそう違わないのでもしやと思って聞いてみたが、ライトとはぜんぜんクロスしなかったそうだ。

多分数年開きがあったのだろう。


許された時間は約90分。瞬く間に過ぎた。

最後はオフィスへ。

しばらくぶりに見るオフィスは「本の山」。

早速レッドカードを出させていただいた。

帰りはお土産の本や最近千葉さんが書いた論文のコピーなど沢山いただいた。


下の本「未完の革命としての平和憲法」は会う前に地慣らしということで図書館で借りた本です。

ルカによる福音書」はオックスフォード時代からの千葉さんの親友、故藤崎修氏翻訳になるもの(教文館、2001年)。

二十一世紀と福音信仰」は論文集。千葉さんの「救いの証」から始まる主に神学的な著作。

暫く会わない間に色々あったらしいが、そこはお互い様。

今後はもっと会う機会を増やそう。

2014年4月16日水曜日

(5)主に神学ブログ⑦

 こちらのシリーズも大分更新が停滞している。

 今回紹介するのは今最も旬な話題を取上げ、それを「サタイアー」を効かせた小説の形で表現し、しかも矛先を「キリスト教会の牧師養成問題」としてパロディー化すると言う、結構念の入った記事を発表し終ったところのブログである。

 伊那谷牧師の雑考は、日本同盟キリスト教団伊那聖書教会の大杉至牧師のブログ。

 大杉牧師とはツイッターで相互フォローしているが、自教会と教団の仕事でお忙しいのか、余りツイートにもお目にかからないし、ブログの方も(ちゃんと定期的に巡回しているわけではないが)それほど更新がなかったように記憶する。

 それなのに2014年4月、一挙にブレークしましたね。

 小説 冲方晴男(うぶかたはるお)牧師 1

 実は少し遅れて読ませていただいたのですが、改めて大杉牧師が「生命科学研究者」として仕事をしておられたことを再確認させられました。

 たまたまと言うわけではないですが、今回のオボカタ事件に関し人並み位の興味しかなかったのですが、伊那谷牧師の次の記事で眠っていたものを少し覚醒させて頂きました。

 問うべきこと

 筆者のアズベリー神学校時代の話、神学遍歴⑥、でも書いたように、「キリスト教倫理」のクラスで遺伝子操作技術(リコンビナントDNA)について小論文を書いたのですが、その後いわゆる「生命科学倫理(bioethics)」については休眠したままになっていました。

 今回の伊那谷牧師の記事で少し目が覚めた感があり、以下のようなコメントを書かせていただきました。
 多分初コメントとなると思いますが、一言。
 ご指摘の通り様々なレベルでの問題を内包していることはある程度分かります。(生命科学者や、牧師や、様々な立場で、この問題が孕む哲学的・神学的・倫理的含意を類推できる範囲は異なりますが。)
 一般に先端科学は倫理的問題(それが問題として構成されるにはそれなりの哲学的・神学的掘り下げが必要になりますが)を解決してから次に進むと言う手順を待ってはいられないと思います。
(その時々の大枠は作られますが、それは絶えずそのような実験が可能になったり、実施されたりしてから後になってしまいます。)
  やはり「科学者」と「哲学・神学・倫理学者」との不断の対話、情報交換、さらには受益者となる「パブリック」との間の橋渡しをする役割(の人たち、やはり 一種の専門家)が確立して行かないと、今回のような「周辺的な話題」が先行して報道され、問題の核心にまで立ち入らないまま問題が雲散霧消、と言うことに なる恐れは十分あるのだと思います。
現在の生命科学の技術についてはおよそ門外漢となっている筆者が下手なことを言うことは出来ない。今の段階では筆者は「パブリック」の一人、マスメディアに煽られる一人に過ぎないのである。

 しかし、今日理研の笹井会見が行われている時、イトケンさんのツイートではっとさせられた。

 このSTAP細胞技術が生命倫理問題にどの程度関わっているのか、上のコメントではただ漠然と感じていたものが、このツイートで「至近距離に来ているかも」との予感がしたわけである。

 筆者の印象ではメディアは実験過程や結果についての様々な疑惑については識者のコメントを求めているが、この細胞生成技術の生命倫理的側面については殆んど追跡していないように思い、早速

 stem cell research obokata ethical question
でググってみた。

 今のところ目ぼしいのはこれだけか・・・。
 Why Easy Stem Cells Raise Hard Ethical Questions

Yet these cells have a troubling potential. One of the surprising features of these cells, which Obokata has called “stimulus-triggered acquisition of pluripotency” cells, or STAP cells, is that they are not only able to develop into all embryonic tissue types—they can also contribute to the development of a placenta. Neither embryonic stem cells nor iPS cells can develop into placental tissue. In fact, this has often been seen as a defining difference between embryonic stem cells and actual embryos: embryonic stem cells cannot, on their own, develop into adult organisms the way an actual embryo can, in part because they cannot grow the extra-embryonic placental tissues needed for fetal development in the womb. If STAP cells can indeed support fetal development, clusters of these cells may actually be embryos. If so, the creation of these cells would be tantamount to human cloning.

But the wide range of developmental potential these cells have does not necessarily make them embryos. There’s an old motto in biology, attributed to the great seventeenth-century anatomist William Harvey: “omne vivum ex ovo,” or “all life from eggs.” In the animal kingdom, this doctrine still holds true; embryos are fertilized egg cells, and the egg cell provides a great deal of material necessary for the embryo’s early development. Just because an adult cell has been “reprogrammed” to a state of developmental immaturity that allows it to branch off into any of the different cell lineages, that does not mean that it will be able to undergo the highly coordinated development of an embryo on its own, or even together with other such reprogrammed cells.

We should still take the possibility seriously, however, that this new method of reprogramming might make embryos. Rumors are already circulating that scientists have attempted this in mice. According to a story in the New Scientist, one of the co-authors of the study, Charles Vacanti, said that he asked an unnamed collaborator to transfer a spherical cluster of STAP cells to a mouse. Vacanti reports that the cells began to develop as a fetus, but that halfway through the pregnancy, the fetus stopped developing normally. According to Vacanti, “There was some sort of glitch—which is probably a good thing due to the ethical issues that would occur if we were able to create a live clone.” But if it is true that these cells are able to develop as embryos, then the fact they develop defectively is not reassuring. Okotaba, for her part, said that her team was interested in regenerative medicine, not human cloning.
昨年5月、既にクローニング技術で人のES細胞形成が成功している(らしい)ことがネーチャー誌に報じられている。


 はてさて現在クローニング技術でES細胞などを作っている研究者たちは「冒険家(ヴァカンテイー)」な面を持っているかも・・・だったり、「先生には内緒でクローンマウスをつくってい」た、理研の若山研究員の話を聞くと、倫理的な資質に???が感じられ、少し恐いシナリオもあり得るのかな、と思ってしまうのであった。

 とにかくキャッチアップ(する気があるかは分からないのだが)が大変そうだ。

2014年2月11日火曜日

(3)神学遍歴⑪

さてGTU時代のことを話し始めたのだ。

ところでGTUと言う余り名前を聞かない学校のことを紹介しているブログがあったので紹介しておこう。
アメリカ神学校留学ガイドブログ・GTU編

筆者の指導教官となった方を敢えて名前を出さずに書き進めよう。
(別に恨みはないのだが、多少不満は感じていたし、今でも余り良い思い出とは言えない。)

彼はカリフォルニア大学バークリー校の社会学で、(多分ロバート・ベラーの指導で)博士を取った。
インド地域研究と「宗教と暴力」をテーマに業績を上げて今はかなり有名になっている。
9.11以降、メディアでコメンテーターとしてもよく出てくる人だ。

今ははっきり覚えていないのだが、その頃(1982年)はGTUのオフィスはまだ小さな建物の中にあり、彼のオフィスはその屋根裏のような階にあったように思う。

とにかく忙しい人で、盛んに動き回っていた。
GTUの先生と言うより、バークリー校で教えている方が多かったかもしれない。
何しろリベラルな大学だから、彼はなかなか生徒たちに人気があった。

そんなことでこちらはなかなか遠慮してコースワークへの指導や相談などを持ち出すのが段々億劫になった。

彼がGTUで教えていたコースで記憶に残るのは、「比較宗教倫理学」と「ガンジー」のクラスだった。
前者は教科書はプリントアウトで、今は手元に残っていない。

後者のクラスで使った教科書(しかしちゃんと読めなかった)で、ジョアン・ボンデュラントのガンジーの政治哲学(権力との対立に関する実践理論)を扱った、Conquest of Violence: The Gandhian Philosophy of Conflict がある。

邦訳はされていないようだが、所謂ガンジーの取った「非暴力抵抗」をサッチャグラハ(真理把握)の視点から分析したものである。

その中で「犠牲の要素」がサチャグラハの実践として指摘されている。
理性的な議論では相手に通じない時、コンフロンテーションにおいて受苦を選択することになる。
それ(一種のショック)によって相手の視点を変え、抗議する側の道義に気づかせる役割を果たす、と分析されている。

昨年国会議事堂周辺を「特定秘密保護法」成立反対をするデモ隊を「テロリスト」呼ばわりした方がいるが、この辺の「抗議活動」における「暴力」あるいは「犠牲」の解釈は結構近いものがあるのかもしれない。

もちろん物理的な暴力を行使するのは主に権力側だが、自爆テロのようなケースや、チベット僧侶の焼死自殺による抗議は、犠牲と(自分の肉体への)暴力との二面があるのではないかと思う。

都知事選が低投票率に終わり、議会制民主主義の停滞を感ずる中、ガンジーのような非暴力抵抗によるコンフロンテーションによって「真理」を把握する、と言う実践は示唆があるだろうか、少し思いを寄せる機会になった。


2014年1月23日木曜日

(4)神学遍歴⑩

たまに書いている「神学遍歴」であるが、暫く更新していないので、どこまで書いたやら・・・と繋ぐのに一苦労。

どうやらプリンストン神学校時代が終わって、GTUに入るところだ。

簡単な経緯は
先生の横顔(4)
先生の横顔(5)
で書いたが、いささか簡単すぎたようだ。

そもそも日本においてはGraduate Theological Unionと言っても知名度がないのでお話にならないかもしれないが、何と言ってもその魅力は同地域にある(当時)9の神学校(しかもカトリックもプロテスタントも合わせた)の集合体(コンソーシアム)というものだ。

それにプラス、Ph.Dはカリフォルニア大学バークリー校との提携によるプログラムとして運営されていたことだ。

GTU博士課程の学生は、一応所属校を決めることになっていたので、筆者はPacific School of Religionに籍を置いた。

今では大分こじんまりとしてしまったが、当時はまだ活躍していた(名の売れた)教授が複数いたのだが・・・。

ところで当時博士課程は8つの領域に分かれていて、それぞれの分野でPh.Dを出していたのだが、筆者はそのうちArea IVと呼ばれる、社会理論(と言っても内容的には宗教社会学が中心だが)と社会倫理の部門に入った。

マスターとの違いは、ドクターの学生は、半分は学生の身分だが、もう半分は部門のアカデミックな内容に積極的に関わることが求められていたことだった。

例えば、その頃の重大関心事は、Area IVの学問を束ねるような重要文献を確定する作業をしていた。
所謂何が古典的学術書で、何が必読書なのかを検討するわけだ。

筆者が入学した頃はこの重要文献確定作業の半ばのような状態だった。

その作業と関わるのが、コア・コースと呼ばれる「社会倫理」のセミナーだ。
キリスト教社会倫理(倫理学教説とも呼べるし、広くキリスト教社会・政治思想史とも呼べる内容)を歴史的に概観し、重要人物の著作を重点的に読破する、そう言う様なコースだ。

教員は二人いて、前期と後期と合わせて1年(だったか2年だったか)みっちりやるわけだ。

一人はDr. Drew Christiansen, S.J.
Jesuit School of Theology at Berkely (JSTB) であったが、現在はサンタクララ大学
と合併したようだ。

当時は助教くらいだったか、確かイェールで博士をやった人だったように記憶している。

もう一人は、こっちはちゃんと名前を覚えている、マーサ・ストーツ。確かまだシカゴ大学の博士課程で論文を書いているくらいではなかったか。

このコースは古典をみっちり読まされるので、留学生にはちときつかった。
アウグスチヌス、アクィナス、ダンテ、その前にはプラトンやアリストテレスも読んだろうか。

現在は二人とも大分出世したようだ。

ドルー・クリスチャンセンは、国際的な活躍もし、2014年にはジョージタウン大学に迎えられるようだ。
クリスチャンセン近況1
クリスチャンセン近況2
マーサ・ストーツ近況 


2013年10月6日日曜日

32年ぶりの再会

少し時間が経ってしまったがまあいいか。

先日アズベリー神学校時代の友人が某国から訪ねて来た。
実に筆者が卒業してからだから、32年ぶりの再会だ。

彼とは年齢は1歳しか違わない。
しかし再会した時の彼の驚きは大きかった。
筆者が32年間でその風貌が大きく変わったのだった。
(細かいことは言わない。知ってる人は良く分かっていること。)






彼の方は髪の量は変わらず、白髪にもなっていない。
筆者と比べて外見も中身も若々しい。(かなり「負けた」感。)

2年遅れてアズベリー神学校にやって来た彼は、その年やって来た外国人留学生10人くらいの一人だった。
筆者はその年最終学年生で、留学生のための組織『コスモポリタン・クラブ』のプレジデントだった。
別に人徳とかリーダーシップがあってなったわけではなく、単にその年の留学生3人のうち独身は筆者一人で、コスモポリタン・クラブに良くお世話になっていただけのことである。

彼が入学する年までと言えば、留学生はせいぜい2~3人新しく入ってくる程度であったから、コスモポリタン・クラブの活動と言っても、非常にこじんまりとしたものだった。

それが彼が入ってきた年は一挙に10人越え・・・コスモポリタン・クラブのプレジデントとしては大きなチャレンジであった。

アジア、アフリカ、中南米からやって来る彼らができるだけスムースに学生生活を過ごせるように「ウェルカム・パーティー」を兼ねたちょっとした「オリエンテーション・プログラム」まで企画したものだった。

筆者はアズベリー神学校卒業後しばらく(かなり長く)遊学したのだが、彼の方は国に戻り、今では某教団最大会員数の教会の主任牧師となっている。

その彼が筆者に会いに来るというだけでなく、他の一行(家族・親族)5人も含めて「教会見学」にやってきたわけだから面白い話である。





彼はアズベリー神学校時代の学友たちの写真を端末に納めていて、見せてくれたが、彼らの当時の記憶やその後の消息なども筆者などよりはるかに細かく覚えていて驚いた。

僅か1時間ほどの滞在だったが旧交を温めることができ嬉しかった。

2013年9月8日日曜日

(4)神学遍歴⑨

プリンストン神学校時代で忘れてならないのは、神学校の方だけではなく、プリンストン大学での聴講だった。


(上の文章は神学遍歴⑧のイントロと同じもの。)


前回は
もう一人のプリンストン大学の名教授の一人、ポール・ラムゼイ教授のことは次回に回します。
(て言うか、正直言うと、一度に名教授二人について書くのは大変だからです。笑)
で終わったので、その ポール・ラムゼイ教授について。

彼についてググッても、「現代的実存と倫理 (1970年)と言う邦訳書がヒットするだけで、ウィキ記事もないようだ。

では何か書くことに意義もありそうだ。






Paul Ramsey (December 10, 1913 – February 29, 1988)は著名なキリスト教倫理学者であり、H・リチャード・ニーバーの弟子の一人でもある。

筆者がプリンストン神学校に在籍したのは、1981-2年なので、彼のクラスを聴講した時はもう引退間近の頃であったかもしれない。

クラスの名前は忘れたが、かなり大教室のような記憶がある。
多分アンダー・グラジュエートだったのだろう。

探せば当時の講義録がどこかに残っているはずだが、面倒くさいので、記憶に残っていることだけを書く。

多分プリンストンに来る前から、彼の名前は知っていたはずだ。
ただどのようにして彼のクラスの聴講許可を取ったのかは覚えていない。
チャールズ・ウェスト教授(この記事参照)のTA(ティーチング・アシスタント)の一人が仲介してくれたのかもしれない。

ラムゼイはキリスト教倫理学の教科書としてもよく使われる、Basic Christian Ethics、「義戦論」や「生命倫理」、などで有名だが、なぜかこのクラスの熱っぽく語っていたのは、ジョナサン・エドワーズだった。


The Nature of True Virtue
Love, the Sum of All Virtue

辺りから講義をしていたのであろう。

とにかくエドワーズを絶賛していたように思う。

残念ながら当時の筆者には「ジョナサン・エドワーズ? 誰それ?」、と言う感じで、余り印象には残らなかったのだが・・・。

そんなことも合わせてこの追悼記事が参考になるだろう。

デューク大学に寄贈された「ポール・ラムゼイ・コレクション」の書簡の中には、
Roland Herbert Bainton,
Emil Brunner,
Daniel Callahan,
James M. Gustafson,
Richard A. McCormick,
Rollo May,
H. Richard Niebuhr,
Reinhold Niebuhr,
等の他に
Richard M. Nixon,
Eunice Kennedy Shriver,
Sargent Shriver
等の名前もある。(リンク) 

2013年8月1日木曜日

ロバート・N・ベラー(1927-2013)

突然だが、ベラーさんがご逝去されたと言う報がツィッターTLから入り込んだ。

ロバート・N・ベラーは、筆者がGraduate Theological Union (Berkeley, CA)時代に少しお世話になったカリフォルニア大学バークレー校の社会学教授で、アメリカを代表する社会学者と言ってもいい人だろう。

とにかく今は纏まったことを書くことは出来ない。
突然の報に少し驚いている。

一応先ずはそのツイッターがリンクしているこの記事から読んでいただければよろしいかと。

筆者はGTUでは「社会倫理/宗教社会学」領域で博士課程の学びをした。

博士論文(完成しなかった)はベラーの『市民宗教』概念を用いた日本の天皇制分析、また『アメリカ市民宗教』との比較研究になるはずのものだった。
それでベラー教授に博士論文コミッティーに入っていただいた経緯がある。


このビデオでも女性のインタヴュアーが『大統領のレトリック』と言って質問している概念(12分過ぎ辺り)が『市民宗教(civil religion)』のことだが、それにベラーが懐かしそうに答えている。

後はThe Immanent Frameのこのページが参考になるだろう。

ネットで読めるベラーの論文が集められているのがこのサイトだ。

今はこんなところだ。

R.I.P. Dr. Bellah!