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2018年8月14日火曜日

(3)パウロと“ユダヤ教”

2017年に新改訳聖書の新しい訳が出版された。
筆者が購入したのはそれより大分遅れて今年の7月だった。
それ以降「聖書通読」の時にはこの新改訳2017を使っている。

訳文にはかなり大幅な改訂がほどこされた(ような)ことを聞いていたので(かえって)期待して読んでいるのだが、「これは!」と思う箇所は(残念ながら)あまりない。

さて今朝の通読箇所でガラテヤ1章を読んだ。
新鮮に目に入ったのは13、14節だった。
1:13 ユダヤ教のうちにあった、かつての私の生き方を、あなたがたはすでに聞いています。私は激しく神の教会を迫害し、それを滅ぼそうとしました。
1:14 また私は、自分の同胞で同じ世代の多くの人に比べ、はるかにユダヤ教に進んでおり、先祖の伝承に人一倍熱心でした。(新改訳2017)
1:13 以前ユダヤ教徒であったころの私の行動は、あなたがたがすでに聞いているところです。私は激しく神の教会を迫害し、これを滅ぼそうとしました。
1:14 また私は、自分と同族で同年輩の多くの者たちに比べ、はるかにユダヤ教に進んでおり、先祖からの伝承に人一倍熱心でした。(新改訳)
何が新鮮だったか、と云うと引用で強調したように「ユダヤ教」という語が用いられていることだった。
それで旧を見てみると「ユダヤ教徒」とはあるが基本的には変わっていない。

つまり自分の方の受け取り方に従来とは違うものがあったことに気がついた。

端的に言えば、「えっ当時『ユダヤ教』という呼び名が通用するほど一つの宗教としてのまとまり・個別の輪郭を持っていたっけ・・・」という疑問であった。

つまり、使徒パウロの「回心前」と「回心後」の違いを、「パウロとユダヤ教」の関係で表すとどうなるか、と云う問題でもある。

図式化すると大体3通りになる。
(1)回心前=ユダヤ教、回心後=キリスト教
(2)回心前=ユダヤ教、回心後=キリスト教、とユダヤ教
(3)回心前=ユダヤ教、回心後=ユダヤ教、とキリスト教

これでは細かなニュアンスが表せないが、要するに回心後のパウロにとってユダヤ教はどうなっていたのか、という問いである。

「キリストにある」素晴らしさのゆえに、ユダヤ教を誇りに思っていたことはすべて無価値となり、律法も含めて否定したのか・・・。

キリスト者となった後も、自身はユダヤ人として行動したが、異邦人キリスト者にはユダヤ教は必要ないと教えたのか・・・。

そんなパウロ自身の「アイデンティティ」にも関わる問題であり、当然ガラテヤ書やロマ書の理解に大きな影響を及ぼす問いでもある。

英語では、最近 Paul Within Judaism という視点が大分取り上げられるようになってきた。簡単に言うと、パウロは回心後もユダヤ教から出ていない、という見方だ。

興味深いので新改訳2017だけでなく、N.T.ライトの個人訳新約聖書であるKNT(Kingdom New Testament)の訳文を引用しておこう。
13 You heard, didn’t you, the way I behaved when I was still within ‘Judaism’. I persecuted the church of God violently, and ravaged it. 14 I advanced in Judaism beyond many of my own age and people; I was extremely zealous for my ancestral traditions.
[2018/8/14 追加]
※N.T.ライト読書会ブログに「Paul within Judaism」をアップしました。
この記事で書いたことのアカデミック版のようなものです。ほぼすべて英語ですが、ネットで読める関連記事を色々紹介しています。

《関連記事》

(4)宗教改革を越えて 最近の読書に見る流れ(続き2)


2017年8月30日水曜日

(4)宗教改革を越えて 最近の読書に見る流れ(続き2)

宗教改革を越えて、ぼんやりと意識していた地平は「古代教父時代」だったわけですが、その地平はあまり深堀せず次に向かったのが「第二神殿期ユダヤ教」の地平でした。

第二神殿期ユダヤ教については筆者の見えている範囲でちょこちょこと書いたことはあるが、一番まとまっては第二神殿期ユダヤ教 ということになるみたいだ。

前回はこの中で最近(と言っても日本で、しかも保守的なキリスト者の中でということになるが)話題となってきたNew Perspective on Paulについて書いた。

「最近の読書に見る流れ」というタイトルで書いているので、具体的に本を取り上げていこう。

(3) Oskar Skarsaune, Reidar Hvalvik 編著、JEWISH BELIEVERS IN JESUS: THE EARLY CENTURIES (2007)
(4)ダニエル・ボヤーリン『ユダヤ教の福音書: ユダヤ教の枠内のキリストの物語 (2013)
(5)Amy Jill-Levine and Marc Z. Brettler eds., The Jewish Annotated New Testament (2011)



(3)についてはこの記事この記事で少し紹介した。

今回紹介するにあたっての関心事は、初期「キリスト教」と「ユダヤ教」との関係、そして「ユダヤ人キリスト者(民族的にはユダヤ人だがイエスをメシアと信じた者たち)」の歴史だ。

新約聖書時代はキリスト者、特に指導者は総じてユダヤ人であり、パウロの伝道を見ても地中海都市にあったユダヤ人会堂が舞台となっていた。

ざっくり言えばキリスト教はユダヤ教の一派であり、数世紀かかって二つは「分離(the parting of the ways)」したのだ。

原始キリスト教会の「ユダヤ教とキリスト教の関係」そしてある時から「二つが袂を分かった(the parting of the ways)」ことについては、最初にそれとして関心を持ったのは、Graham N. Stanton, A Gospel for a New People: Studies in Matthew を読んだ時だった。

スタントンはこの本の「パート2」でマタイ福音書(マタイ教団)の背景としてユダヤ人会堂からの分離問題を取り上げているのだが、この「分離」がほぼ一世紀中には終了している風な印象を抱いた。

しかしスカルサウネ編論文集を読むと場所にもよるが、その後数世紀に渡って関係が続いたと言うことを知った。

それまでキリスト教会は異邦人世界に浸透するに従い、ユダヤ人信者の存在もユダヤ教の影響も急速に衰退した・・・というイメージだったので、大幅にではないが、二つのグループの相互交渉・影響が数世紀続いたと言うことを知って何かほっとした感じだった。

(4)とボヤーリンについては既に紹介している。(この本は購入してではなく図書館で借りて読んだ。)

そしてその本の中の議論が使われている動画を「マルコ7章16節」問題として数回にわたって連載した。


ある意味この辺から「キリスト教」と「ユダヤ教」の境目が段々と微妙に映るようになって来た気がする。そしてユダヤ人(学者)が福音書に接する時の距離感の近さに対して、(現代の)異邦人学者の距離感の遠さに対する自覚のなさ、みたいなことを思ったりした。


(5)は前々から気になっていてずーっと「ウィッシュ・リスト」に入ったままだったが、「この流れ」が強まってきてついに最近購入した。

編著者の一人、エイミー-ジル・レヴィンについてはここで簡単に紹介している。(発音はレヴァインではなくレヴィンが近い。)

新約聖書についてユダヤ人の学者たちが多数集って「註解」や「関連論文」を執筆すると言うことは(本人たちの弁によれば)画期的なことだという。本当に最近になってから可能になったプロジェクトで、30年くらい前だったら想像も出来なかった、とこのポッドキャストで述懐している。

エイミー-ジル自身、メソジスト系のヴァンダービルト大神学部の教授を務めていて、「時代の変化」を表しているのだが、近年の「史的イエス」研究や「パウロ研究」でのユダヤ人学者たちの貢献はどんどん増えてきており、(いい意味で)刺激を与えているように思う。


いまの所は「へーそんなもんか」でやり過ごしているが、これらのユダヤ人学者たちが「新約聖書文書は(ある意味)ユダヤ教文書でもある」として研究を積み上げてくると、ちょっと意外な展開が将来起こってくるのではないか、とも感じている。


《次回予告》
いよいよ昨年から今年に入って読んできた3冊を紹介する(うち1冊はまだ読んでいる)。
これを書いておかないと「義認論ノート」の終わりの方に書くことがピンボケになるかも知れないので、それでこう言う形で書いて置くことになったわけだ。

2017年8月25日金曜日

(4)宗教改革を越えて 最近の読書に見る流れ

英語のタイトルにすれば、Horizon(s) Beyond the Reformation 、とでもなるだろうか・・・。

今年は宗教改革500周年でこの1~2年いろいろな関連で宗教改革を改めて考える機会があった。

礼拝説教でもいつもの年より余計に取り上げている。

しかし(ここで標題に戻っていくのだが)ここ1~2年(プラスさらに1~2年)の購入図書の中で目立ってきているのは、宗教改革に戻るよりもその先の事柄ではないかと思っている。

「宗教改革に戻るよりもその先の事柄」ってなんかあまりよく分からないなー。

確かに。

つまりこう言うことではないかと思っている。

昨年は日本伝道会議の分科会で「N.T.ライトの義認論」と取り組んだ。

「(信仰)義認」は宗教改革の基本原理であり、宗教改革を記念するとなると「信仰義認」の再確認・・・ということが大切なことなのだろう。

しかし、昨年の会議でも一緒に話題となった「NPP(パウロ神学への新視点)」が一つの例だが、500年前の「原理」を再確認するとは「一世紀に生きたユダヤ人パウロの『意味の地平(horizon)』」にまで遡らなければならない、ということではないか。

21世紀の地点に立って500年前を見るとき、ルターやカルヴィンなど宗教改革者の生きた時代は(あまり深入りしなければ、そして焦点を500年前に合わせるだけであったら)独立峰に見えてしまうかもしれない。

しかし少し立ち入って調べて行くと独立峰に見えたものが周辺に幾つものピークを持つ結構入り組んだ山容に見えてこないだろうか。

パウロが使った「義認」という言葉(関連語)も、宗教改革の伝統に基づいて構築された「義認論」の景色から目を「一世紀ユダヤ教の諸相」に焦点を合わせると、「行為義認vs信仰義認」の対立というそれまで一本に見えていた山の稜線 が、背景にある山容の複数の稜線と実は重なって一本に見えていた のだということに気づく。と、そういうことがあるのではないか。

そういったような「対象との距離の取り方や背景との遠近による見え方の違い」を「地平(ホライゾン)」にたとえてみたのだ。

そして「対象に近づいていくと、(その背景の)地平も変化する」ということだ。(この辺のことはもっと具体的に説明して行く必要があるだろうが・・・。)



さて前置きはその辺にして最近(購入した本の)読書で変化してきた「地平」を紹介してみよう。

(1)Robert E. Webber, COMMON ROOTS



上のものが初版で、まだ米国留学早々の頃に出版されたのを購入していたが、読む機会がなかった。

帰国後牧師となり、周辺で「福音主義の霊的枯渇」みたいなことが囁かれ始め、ヘンリー・ナウエンなどが読まれるようになってロバート・ウェーバーの「宗教改革前、教父時代への遺産への意識」みたいなものが少しずつ「いつか読まないとなー」になっていた。

しかし結局読むことになったのは、下の方のデーヴィッド・ネフの序言が付いた改装版を廉価で見つけ購入したからだった。

ネフの序言にはウェーバーがこのような教父時代への「Uターン」をするきっかけがまさに自分自身の「福音派としての霊的枯渇の自覚」からだったことが綴られている。

『コモン・ルーツ』には巻末付録に「シカゴ・コール」(1977年)があるが、翌1978年の(聖書の無誤に関する)「シカゴ声明」との関連とズレが微妙にネフによって指摘されています。(ちなみにウェーバーがこの本を出版後まもなくあのハロルド・リンゼルを義理の父とする、というのも一種の皮肉ですかね)
  Here is something very important. Harold Lindsell, an iconic figure of the midcentury evangelical movement  who was to become Webber's father-in-law shortly after the publication of Common Roots, saw the content of the Chicago Call (which formed the backbone of this book's theological reflection) as a defense against the subjectivism of liberal theology. That was the battle that he, Carl F. H. Henry, and others among the charter members of the Fuller Seminary faculty had fought. By contrast, Webber saw the content of the Chicago Call as a way of renewing and reawakening people to the Spirit amid the objectivism of evangelical rationalism. (p.11)

(2)William Abraham, 他編著、Canonical Theism: A Proposal for Theology & the Church


こちらは購入したのは数年前だが、同著者の「正典」と「認識論(エピステモロジー)」の関係を説いた、William J. Abraham, Canon and Criterion in Christian Theology: From the Fathers to Feminismこの本の紹介記事)を読んでいたので迷わず購入した。

こちらはウェバーとはアプローチが多少異なるが、福音派神学と実践の限界を見通した上でその前(宗教改革前)のカトリックの教父たちの構築した聖書に限らない「正典的」遺産に注目している。(キャノンとはリストのこと。正典聖書のリスト以外にも、聖徒たちを建徳し、救いの恵に保持する様々なリストがある。)


(どうやら一回では終わりそうにない。継続とする。)

2017年8月21日月曜日

(5)義認論ノート、5

義認と教会論: 一世紀のキリスト教会においては

「義認」を救済論との関連で論ずるのを不思議がる人はいないと思いますが、さて教会論との関連 だとどうでしょう・・・。

ということでそもそもの発端である「N.T.ライトの義認論」にまた戻ってみます。


ライトの立場を支持する筆者のテーゼは: パウロの義認の教えは「救済論」と「教会論」(と、ライトは理解している)、というものでした。

用いた資料義認論ノート、3で紹介したマクゴワン論文と同じ論文集『Justification In Perspective』にライトが書いたNew Perspectives on Paul から引用した特に次のパラグラフです。
このサブセクションの主要論点の第一は、これら二つのこと(罪の赦しを与えられた罪びとを正しいと宣告し、そして、多民族による一つの家族の一員であるこ とを宣告する)はパウロの脳裏では緊密に連携している、ということである。さらに言えば、後者の論点(家族への所属)がロマ書3章やガラテヤ3章ではとて も重要であると主張することが、前者の論点(神の法廷で義と宣言された者の一人とされる)の重要性を軽減するものではない、ということである。

このポイント(契約神学が下敷きになっている)は多少見えにくいが決定的に重要である。すなわち、神がアブラハムと契約を結んだのは、[旧約]聖書の大枠 から言っても、パウロにおいても、アダム来の「罪」とその影響を除去し、良き創造のわざそのものとして完成に導くためである。かくして、神が罪の赦しを宣 言し、また契約の民の一員と宣言することは、詰まる所、二つ別々の事柄ではないのである。
恐らく「厳密に言えば(義認の釈義的許容範囲内に限定すれば)」義認は「罪人を(キリスト・イエスのゆえに)義しい」と赦免する宣言であり、一世紀以降の異邦人キリスト者がマジョリティーとなっていく教会のコンテクストでは第一義的には救済論的に扱われるのが自然になったのだと思います。
 
しかしライトが主張し、指摘しているのは一世紀の教会において、アブラハム契約の祝福を約束された「神の民」はユダヤ人だけでなく、異邦人も含まれており、「アブラハム契約」の視点からそれまでは「ユダヤ人(イスラエル民族)」と「異邦人(諸民族)」という二つの異なる契約関係にある者たちが「キリスト・イエスにあるという原則」において同じ一つの民になる、ということなのです。
 
この契約関係的に「イスラエル民族と諸民族」という二つに分かれていたものが「メシア共同体(メシアのからだ)」を通して一つになったのはいかなる根拠・いかなる原理によるのか・・・を説明するために取られたのが、「律法の行い」ではなく「(福音に対する)信仰」の原理において、という議論であったということです。
 
引用したライトの論文では、この義認に関する「契約関係における民族間の問題」が前面にあることをロマ書3章の次の箇所を指摘してさらに続けて訴えています。
それとも、神はユダヤ人だけの神でしょうか。異邦人の神でもないのですか。そうです。異邦人の神でもあります。
実に、神は唯一だからです。この神は、割礼のある者を信仰のゆえに義とし、割礼のない者をも信仰によって義としてくださるのです。(ローマ3:29-30、新共同訳)
 
しかし、長い間(約1800年くらい?)キリスト教会からこの「一世紀における二つの民を繋ぐ」問題が消えていました。そのためパウロがロマ書やガラテヤ書で主張した「(信仰による)義認」をこの「民族の契約関係調整」の視点から具体的に考察する機会がありませんでした。
 
「キリスト・イエスにおいて更新された契約」に入る(言わば)長子の権利を主張する(できる?)人々(ユダヤ人) が長い間出てこなかった、とも言えます。
この約束は、あなたがたにも、あなたがたの子供にも、遠くにいるすべての人にも、つまり、わたしたちの神である主が招いてくださる者ならだれにでも、与えられているものなのです。」(使徒2:39、新共同訳)
あなたがたは預言者の子孫であり、神があなたがたの先祖と結ばれた契約の子です。『地上のすべての民族は、あなたから生まれる者によって祝福を受ける』と、神はアブラハムに言われました。それで、神は御自分の僕を立て、まず、あなたがたのもとに遣わしてくださったのです。それは、あなたがた一人一人を悪から離れさせ、その祝福にあずからせるためでした。」 (使徒3:25-26、新共同訳)
そこで、パウロとバルナバは勇敢に語った。「神の言葉は、まずあなたがたに語られるはずでした。だがあなたがたはそれを拒み、自分自身を永遠の命を得るに値しない者にしている。見なさい、わたしたちは異邦人の方に行く。(使徒13:46、新共同訳)
「義認」の教義的理解にとっても最重要であったこの「一世紀の教会における民族関係問題」という歴史的文脈が視界から遠ざかった後は、教会論は次第に義認論の表舞台から退場していったように見受けられます。
 
宗教改革になって救済論が神学的議論の主役を演じるようになると、義認論はもっぱら救済論との関係で論じられるようになり、宗教改革の第二・第三世代以降(プロテスタント正統主義の時代)は、教会論の弱体化も手伝って、もっぱら「個人の救いの体験」(「救いの順序」)における諸懸案(義認と新生、信仰と新生、義認と聖化、など)との関連で論じられるようになったようです。

 
今後の展望
 
「義認」と教会論の関連をさらに論じて行くにあたり、二つの重要な関心事項があります。
 
(1)教会員の資格問題
 中世カトリック教会や宗教改革後の国教会のような「国家社会と教会」が同心円のような関係にあったいわゆる「クリステンダム(キリスト教文明)」の条件の下での「義認と教会」を考察する必要があります。
 
(2)(聖礼典、特に)洗礼と教会員資格問題
 宗教改革以降、聖礼典に与ったような“外面的”な教会員の教会ではなく、救いの体験を持った「聖徒たちの教会」へと改革を推し進めて行く中で「義認と教会」の関係を見て行く必要があります。
 
(3)教会史の流れ
 
 これらの関心事項を以下のような教会史の流れと関連させながら概観して行きたいと思います。
 
一世紀の教会では、ロマ書やガラテヤ書で論じられたように、「義認」はイスラエル民族と異邦人諸民族がどのような原理原則で「一つの神の民」となるか、という問題でした。
 
しかし、二世紀以降、さらにキリスト教がローマの国教なると、ノミナルなクリスチャンと聖徒らしいクリスチャンとごっちゃになったような教会をどうしたらいいか、という方向に「教会員問題」は向かいます。
「教会らしい教会」をと改革運動が進む中で宗教改革が起こります。
しかし、国教会的なシステムでは「聖徒だけの教会」は難しく、再洗礼派のような急進的な改革は一部に限られます。
 
英国国教会から逃れ、新大陸に移ったピューリタンたちが改革路線を進めますが、この時「教会員」を「救いの体験」を証しすることが出来る者に限定する制度が定着していきます。
この流れは「リバイバリズム」運動とも重なって、個人の救いの体験を重視することにより、組織的・制度的教会を軽視しする流れが強まります。
すなわち「パイエティズム・信仰復興運動」の背景を持つ福音派の「教会論」が後退して行きます。
 
このような流れの中で「洗礼」と「義認」の密接な繋がりが見えなくなり、教会の実践において「回心」と「洗礼」が分離していきます。
 
大雑把に言えば・・・中世のカトリック教会的教会形成原理から、宗教改革原理を徹底した自由教会形成原理へと移行して行く中で「義認」の意味・位置が変化して行くことを辿ってみたいと思います。
 
いわば「義認」の「教会論的文脈の変化」を「マクロな(=大風呂敷な)視点」から追跡した雑多な思いつきの寄せ集めに過ぎないですが、例証・傍証取り混ぜながら述べて行きたいと思います。



2017年4月26日水曜日

(5)ペテロの役割

ほとんど毎日のように、昼食後1時間程度の散歩に出る。

たいてい散歩のお供となるのが「音声ファイル(mp3)」だ。

音楽ではなく、様々な講演を歩きながら聴く。

ジャンルはある程度限られていて、多分一番多いのは聖書学、特に新約聖書学の講演だ。


今日はベイラー大学(アメリカ、テキサス州)に招かれて講演した、マーカス・ボックミュール教授


という題の講演だ。(聴きたい方は→音声ファイル

これを聴いたわけだが思いのほか面白かったので記事にしてアップすることにした。

ペテロが「イエス伝承」と「パウロ伝承」を繋ぐ役割を持っていたのではないか、ということを4人の高名な研究者(エド・サンダース、ジェームズ・ダン、ドミニク・クロッサン、N.T.ライト)の多大な研究の中からペテロのこの可能性を割り出すための資料を取り出し、それを評価する・・・という内容の講演だ。

個人的な印象を言うと、
新約聖書研究というと幾つかの独立峰的研究課題(ヨハネ文書、黙示録、ヘブル書、など)を除くと、大半は(キリスト教の成立の二大貢献者と目される)「イエス研究」と「パウロ研究」になり、いわばこの二つがメジャー・トピックのようになっている。 

だからボックミュールのこの二大人物を橋渡す役割を果たしたと思われる「ペテロ研究」は、半分メジャーで面白いのではないか・・・などと思った次第。

さて、英語を「聴く」のはダメな方は、この講演の内容が出版された本の1章として納められている。


Markus Bockmuehl,The Remembered Peter: In Ancient Reception and Modern Debate.
(WUNT I 262; Tübingen: Mohr-Siebeck, 2010). 
 
ちょっと専門的な内容なのでなんだが、ざっと概観するだけなら、二つの書評を参考にすると良いのではないか。
 
(1)簡単な方の書評(セメリオス所収) 
 
(2)かなり本格的な書評(このうちの[6]がこの講演に該当するもの)

2016年7月7日木曜日

(5)「イエスの妻」断片、偽造ほぼ判明

一度だけ「イエスの妻」パピルス断片について記事をアップした。

遠からず収束するのではないかと云う観測を立てておいた。

当然「偽造」という線で。

しかしことはなかなか収束しなかった。

パピルス断片や使用インクが「年代もの」ということが専門的検査の結果得られたからだ。

しかし当初から、コプト語の文法や字体については専門家たちは「偽造」の心証を強くしていた。


このように(パピルス・インクの)物理的な信憑性と、(文法・字体の)内容的疑いという反発する二つの面から「決定的なこと」を出せずに時間が過ぎていった。

しかし後から紹介する、The Atlantic誌のアリエル・サバー記者が、このパピルス断片の「来歴・入手経路(provenance)」の面から徹底な調査を行った結果、とんでもないストーリーが浮上することになった。

The Unbelievable Tale of Jesus Wife

残念ながら英語をよく読める人でも、この長文の、入り組んだ「ディテクティプ・ストーリー(推理小説のようなストーリー展開)」をじっくり読むのは大変だと思う。

しかし見返りは大きいと思う。

何しろ登場人物を取り巻く「道具立て」が殆どハリウッド映画並だ。

少しだけ紹介しても、

 (1)ウォルター・フリッツ(断片をカレン・キング教授に持ち込んだ人物で、状況から見てこの人物が今回のドラマを仕組んだ張本人と推定される。)は、旧東ドイツ出身で、コプト語研究でキャリアを得ようとしたらしい。

 (2)しかし上手く行かず、一時シュタージ(旧東ドイツ秘密警察)本部跡に立てられた歴史博物館に勤め(そこに収納されていた物品が幾つも盗難に遭い、その責任を取って辞職、みたいな)

 (3)米国に拠点を置いて、(ポルノを売り物にしたウェブサイト・サービスを運営していた)妻と、「ダヴィンチ・コード」を下敷きにしたような・・・

 (4)キング教授がヴァチカンで初めて断片のことを「イエスの妻」断片と命名して発表するより3週間も前に、その名前でドメイン(www.gospelofjesuswife.com)を獲得し・・・

 以上はほんの少しだけしか紹介できていないが、そして記事が出てから3週間以上も経ち、幾らか記憶も鈍ったので多少詳細な部分では正確ではないかもしれないが、とにかく最後の「あっというエンディング」まで驚きの連続と目くるめくような展開であきれるほどのストーリーだ。


で、筆者が情報収集している範囲(新約聖書学者でネットで盛んに情報提供していたような方々)では、この記事を受けてほぼ大勢は定まったとの見解で満ちている。

幾つか代表的なものを紹介しておく。

 (1)マーク・グッドエイカー、イエスの妻福音書・最終章
  関連するメディア記事(ボストン・グローブ、等)や偽造問題を追跡してきた研究者たちのブログ記事のリンクがまとめられている。

 (2)アリン・スチューさん(コプト語/パピルスの専門研究家みたいだ)のフェイスブック・ページ
  断片がメディアに登場した初期から「偽造」をほぼ確信していたらしいが、「2016年6月17日」のエントリーに、仲間たちの「おめでとう」のようなコメントが並んでいる。

(※フェイスブックの性格上、リンクを貼るのを控えました。ブログの方には関連記事の投稿がないところを見ると、専門家としての発言は本人的には時期尚早ということかもしれません。)

[2016/07/17追記]
 (3) 「ローグ・クラシシズム」ブログの2016年6月24日の記事
 (ウォルター・フリッツにまんまと嵌められてしまった)カレン・キング教授(ハーヴァード大神学部)に多少の落ち度はあったとは言え、学者としては十分情報公開や慎重な審査のもとに発表を進めたとして弁護している。

 この記事のご苦労さんなところは、アトランティック誌記事を時系列にまとめて「流れ」を見やすくしていること。何しろいろいろな思惑で動いているわけだからそれを時系列で追ってみないとポイントがはっきりしないことが多々ある。

 (4)「ジーザス・ブログ」(英語圏神学ブログ、16 で紹介)のアンソニー・ルダンが総括的な記事を書いている。
Now that there is no longer any reasonable reason to argue for the fragment's authenticity, let us devote a bit more time for some self-reflection, shall we? I promise to make this post extra lengthy for your navel-gazing pleasure.
(最早件のパピルス断片の真正性を支持する理由が全くなくなったところで、反省すべきことを探し出して、一体全体何でこんなことになってしまったのか“自分のへそをじっくり見つめるように”振り返ってみようではないか。)
アンソニーはユナイテッド神学校(オハイオ州にある合同メソジスト認可校)の新約学教授で、史的イエス/福音書研究領域で「聖書記者の記憶」に光を当てて福音書記述を研究する比較的新しい研究手法をリードしている一人です。(あのリチャード・ボウカムの目撃者証言の手法とも多分に重なります。)
 
 彼が最後に書いているポイント―― 今やSNSは研究者間の意見交換等、研究発表に不可欠なものになってきた ―― は今回の事件がまさに証明していることなのだと思う。

 ということは研究者たちがブログ等に発表するプロセスに筆者のような素人も含めたパブリックが(多分に野次馬としてだが)参加できる時代になってきた、ということだろう。

 いや、それにしても今回の「イエスの妻(福音書)」断片事件は面白いものであった。



 

2015年5月25日月曜日

(3)昨日の説教からーペンテコストと異言

昨日、5月24日は、今年のペンテコストでした。

(※昨今の多文化主義のマナーで言うとシャブゥオトも。)

朗読箇所: 使徒の働き2:1-13
説教題:「御霊が話させてくださるとおりに」
アウトライン:
 I. 天が開け、家の扉が開かれ、口を開く
 II. 言語と文化の壁
 III. 証人と証言
注目聖句:

 すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。(使徒言行録2:4、新共同訳)

 They were all filled with the holy spirit, and began to speak in other languages, as the spirit gave them the words to say. (KNT)

といった概要なのですが、礼拝後の会話でこんな感想を聞くことができました。
ペンテコステの出来事で「tongues」とあるのを、今までずーっと(ペンテコステ系の方々の言う)異言だと思っていました。
でも「外国語」、(離散のユダヤ人たちにとっての)「母国語」だったんですね。
この感想、つまりペンテコステ/カリスマ系の特徴とされる「異言体験」については実はそれほど意識していなかったので少し不意をつかれた気がした。

それで少し会話をした。

共に「異言体験」を持っていない同士なので、そもそもペンテコステ/カリスマ系の方々が主張する「異言体験」と、ペンテコステの出来事とが、どう密接に関わるかどうかはさておいて以下の二点を確認した。

(1)ペンテコストの日に弟子たちがしゃべった言語は、その日五旬節に集まっていた離散のユダヤ人たちにとっては「母国語」であり、弟子たちにとっては「外国語」であった。どちらにしても「分かる言葉」であって(「異言体験」を持たない者が想像する)「意味の分からない音の羅列」としてのイゲンではなかった。

(2) 新約聖書(特に使徒の働きとコリント第一)の視点から言うと「異言」は否定すべきではないが、(集会の意味で)教会においては「秩序」と「理解」に従う賜物である。

筆者の中では一応整理が付いていることなのだが、結構長い信仰暦のある方が今頃になって「開眼」したかのように話されたことで、改めて聖書を読む時の「規制枠」(既成枠といってもいい)の問題を思った。


ついでに付言すると、この日はメソジスト運動の始祖ジョン・ウェスレーがアルダスゲート街集会で「福音的回心」体験をした日でした。

説教では、キリスト者としての信仰が他のキリスト者によって信仰が補強されることを通して「証人」として整えられる生きた例として
 (1)アポロ
 (2)ジョン・ウェスレー
を取り上げました。

アポロは信徒伝道者プリスキラとアクラによって(使徒18章24節以降)、ジョン・ウェスレーは「モラヴィア派」と「ルター」によって、それまでの信仰が補強され、その後の伝道に結実しました。


今朝、以上のことを受けて、「聖霊のバプテスマと異言」と言うテーマで少し思索を始めたところです。



2015年4月24日金曜日

(2)巣鴨聖泉キリスト教会創立50周年、2



今年、5月5日が来ると、巣鴨聖泉キリスト教会は創立50周年となります。
半世紀です。

30周年を迎えた時、創立以来の歴史を十年毎に区切って回顧したことがありました。

「伝道」「教育」「交わり」だったかな。

使徒行伝で原始教会の様態を表わしたギリシャ語の「ケーリュグマ」「ディダケー」「ディアコニア」にあやかってのことでした。

9月には「創立50周年感謝記念礼拝」を持つ予定なのですが、その時に合わせて巣鴨教会の『略史』をまとめようと思っています。

そんなわけで「30周年」以降の「二つの十年」をどのようなタイトルで括るか色々検討しているところです。

そんなこともあって、「回顧」と言う作業をぼちぼちしているわけですが、礼拝での学びにもこれを持ち込んでみました。

しかし、巣鴨教会という一地域教会の半世紀を振り返るのではなく、その前史となる歴史を、原点(起点)である『一世紀』まで遡っていく回顧をしたい、と考えています。

 第二次大戦後のキリスト教、
 20世紀初頭のホーリネス運動、
 19世紀の信仰復興運動(リバイバリズム)、
 18世紀メソジスト運動、
 16世紀宗教改革、
・・・といった具合です。

そして、イエスの初代弟子たち、ペンテコステまで遡ることで、簡便ながら「全教会史のアウトライン」に近いものを提示し、それを参照しながら、巣鴨教会が「どこから来て」「どこに行くのか」を探ってみたいと思っています。

はー、かなり遠大な学びだ。

かなり無茶な感じはしないでもないが・・・。


既に2回の学びを終えました。


日本のホーリネス運動史(1900-)を軸に
・・・(1)第二次大戦戦後から今日まで(IGM/蔦田二雄)

・・・(2)中田重治の遺産
 
毎回どっさりお勉強しなくてはなりません。

説教に繋げるのは大変です。

でも(余計なことも含めて)色々準備の段階で学べることは感謝です。

2014年6月20日金曜日

(4)雑想 2014/06/20



実は、(4)「『パウロ研究』の新しい視点」の整理、と言うタイトルで用意していたのだが、どうにも余りまとまりがよくないので、『雑想』で投稿することにする。

 今週月曜日に行われた、「『パウロ研究』の新しい視点」をテーマにした講演会の様子を簡単に紹介したまま更新が滞っている。

 実はこの講演会の前後から少し「自分なりのまとめ」の取っ掛かりみたいなものをこちょこちょ始めたのだが、少し風呂敷を広げすぎて今のところ収拾が付かない状態。

 せめて「覚書」程度でもいいから書き残す、と言うことで・・・。


 恐らくこの「ニュー・パースペクティブ・オン・パウロ」議論については、日本においても研究書や論文がこれから出されていくだろうが(そんな反響の一端を既に耳にしている)、それが「今後どんどん続く」とは個人的にはどうも思われない。

 まっそんな観測はどうでもいいが、念のため一応の整理を「新約聖書学者ではない、一素人」の視点からに過ぎないが、書き残しておこうと思う。

 ①用語の整理
 今後ずっとこの「語用法」で一貫できるか自信はないが、現時点ではNPPとか「ニュー・パースペクティブ・オン・パウロ」としている用語を、
「『パウロ研究』の新しい視点」で置き換えようと思う。

 これは先日の研究会で発表された伊藤明生(東京基督教大学)教授が採用したものである。伊藤教授はライト読書会の方で、発表の骨子を

いわゆるNPP「『パウロ研究』に関する新しい視点」とは、特別の神学的立場のことではなく、サンダース以降の新しい、1世紀のユダヤ教理解に基づく「パウロ研究」のことである。

とアナウンスされていた。そのことに関し同教授と少しやり取りしたのだが・・・。

 しかし忘れてならないのは、日本では既に「パウロ研究の新しい視点」と言う訳語が、ジェームズ・D.G.ダン『新約学の新しい視点』(山田耕太訳、すぐ書房、1986年)、と言う本で使われていた、と言うことだ。
 (この本の書誌学的なことについては、「のらくら者の日記」さんの
この記事参照
 
 
 「パウロ研究の新しい視点」は、ジミー・ダンの、the New Perspective on Paul、と言う論文に対する訳語としてはそれでいいと思うが、そのままでは今後問題も出てくるのではないか。

 やはり、NPPの訳語を統一する必要があるのではないか、と言う素人観測で述べておく。

 今やNPPで総称されるが、それはかなり色んな議論が混じっていて、あっちこっちに飛び火などして色々異なる文脈が出来ているように見えるのだ。
 (試しにSociety of Biblical Literature、の過去10回の学会プログラムをthe New Perspective on Paulで検索なされるとよい。)

 だからもし(たとえば)「義認論」の問題としてNPP議論に入っていくと、伊藤教授が暗に示唆しているように「特別の神学的立場」に関わる議論だと短絡しかねないのではなかろうか。
 (と言っても改めて全容を見渡すほど知りもしないので、あくまでも印象的な言に過ぎないのだが・・・。)

 「パウロ研究の新しい視点」論文を書いたジミー・ダンの『律法の行い』解釈も、それがどう言う意味で核心的な問題なのか、も再考する必要があるのではないか。
 
 (かと言って、ダンの論文を読んで見なければこれもやはり憶測で終わるだろう。つまり筆者のように「NPP議論」の推移だけを見て来た者は、サンダースやダンは実際には読んでいない。ただNPP論客の一人とされてきたN.T.ライトを通して間接的にサンダースやダンの議論の筋立てを垣間見たような気になっているだけの話だが。)

 既にご紹介したが、「NPP議論入門」としては、The Paul Pageの『
イントロ』辺りから入るのが近道ではなかろうか。

 ダンの「パウロ研究の新しい視点」論文のリンクも貼られているが、今は切れている。現在はマーク・グッドエイカーのNT Pageから入手できる

 
 さて、そんなことを手始めに、いよいよ「用語の整理」について。

 NPP、あるいは「ニュー・パースペクティブ・オン・パウロ」は、どう訳されるべきか。

 「パウロ研究の新しい視点」だと、既にダン論文に対応してしまっているし、そもそもこれでは一枚岩的議論の印象を与えかねない。それを避けるために別の鍵括弧をプラスした。
「『パウロ研究』の新しい視点」
 このように『パウロ研究』を括弧で括ると、「パウロ研究」が新約聖書学の一分野であることが何となく伝わってくる。それによってNPPはこの分野における一つの貢献であると言う見方ができる。

 だとすると、「パウロ研究」と言う歴史と伝統を持った研究領域にもたらされた「新しい視点」が、サンダースの研究であり、ダンの論文(ロマ書注解)である、と言う構図が理解される。

 なぜこのような面倒くさい説明を試みているかと言うと、「パウロ研究」にとっては背景に過ぎなかった「ユダヤ教」の比重が幾つかの要素により大分変容しつつあるように見えるからだ。(そのことについてはまた別の機会に。)


 とまあ、かなり近視眼的というか、ドン・キホーテ風な切り口になったが、少しでも「現在」の状況に接近しようとの意図で乱暴なことを言っているので、大目に見てやってください。

2014年6月9日月曜日

(2)分かるようで分からない聖書入門、1

 突然「一つの聖書入門」シリーズを始めることにします。

 守備範囲は以下の如く。
①キリスト者
②「ヘブル語聖書」も含めた「キリスト教聖書」に関心ある方
③「世界文学」として『聖書』に関心ある方

 つまりはどんな形にせよ、 「キリスト教聖書」を手にとって読まれる方を対象にした、適当に広く、時々深い「聖書読者入門」と言うことでよろしくお願いします。

 「聖書の専門家でもなく、たかが一牧師の分際で、なぜ入門の手ほどきが出来るのよ?」と言う声が聞こえてきそうです。

 確かに一牧師は「聖書の専門家」と言うにはおこがましい。
 あくまでも一牧師として、実際に人に教えて来た者としての実験的、実際的『入門』と言うことでご了解いただければ・・・。

 あのー、それから断っておきますが筆者の「入門」は親切ではありません。

 入門的な事柄を網羅しません。

 あくまでも筆者の独断と偏見による「これは知っておいていいよ」と言う程度のものであります。

 で、取り扱う事柄には大分バラつきがあることを前もって予告しておきます。

 引用したりする場合は、日本聖書協会の『新共同訳聖書』を標準とします。(必ずしもこの訳の方が良いと言う意味ではありません。)


 以上前置きはそこまでにして・・・。

 では先ずごく簡単な殆ど誰でも知っていること。
3×9=27
※もし「なぜ数式から始まるのか?」、と思われた方がいましたら、こんな聖書入門をやった甲斐があったというものです。

 キリスト教聖書にとっては、「新約聖書」とともに「旧約聖書」と呼ばれる「ヘブル語聖書」を合わせて一つの聖書とする立場からは、この数式は「聖書の中には幾つ本があるの」かを覚える昔から使われてきた一種のあんちょこなのです。

旧約聖書は全部で39書
新約聖書は全部で27書
新旧合わせて全部で66書

となるわけでございます。

 これでお分かりでしょう、3×9=27は聖書にある本の数を新旧と分けて暗記するためのものであることが。

 これで終わると「なんと簡単な聖書入門。読むだけ無駄。」と思われるかもしれません。
 別にそれでも構いませんが、少しだけ尾ひれをつけて第1回目を閉じることにしましょう。

 正典聖書(ここでのポイントは「典」ではありませんのであしからず。)

 正典(カノン)とは「リスト・目録」のことを言います。

 つまり教会が信徒を教導するのに適した権威ある「聖書の本」はどれとどれか、と言う正典を定める過程を経て、現在のようにプロテスタントですと全66巻となった・・・と言うことなのです。

 ちなみにカトリック教会では全73巻と7つ多いのですが・・・。

 ところでこんな数覚えて何の役に立つの、と言う疑問を持たれた方の為に。

 正直別に試験があってそのために覚える・・・みたいな必要はないから「関係ない」とも言えそうなのですが、やはり膨大な聖書を「イメージしておく」ために便利だと思うんです。

 まっPCのハードディスクにデータを入れる時に「仕分け」される時のシステムみたいなものに似ている感じとでも言いましょうか。

 「あっ、あのデータはどこにあったっけ」みたいな検索が必要な時、頭の中に66巻の「書名」とか「章数」が入力されていると、後々整理が楽なのですよ。

 と言うわけで最初は余り気が進まないかもしれませんが、適当に覚えて行って下さい。きっと役に立ちます。

 ところで、余談ですが、筆者が北米の神学校に入学する直前の夏休み、学校の方から「入学前の準備」として聖書全巻、「各章毎の要約」を書いておくように、と言う指示がありました。

 全部で何章ある?

 例えばグーグルで「聖書全体で何章」で検索しても答えがありそうなページは見当たりません。

 英語で、How many chapters in the Bible?ってググると、すぐ出てきます。

 で、自分で計算しないで(暗記していないので)そちらからの情報をお借りして記しますと、

 旧約聖書・・・全929
 新約聖書・・・全260
 合計・・・1,189章、となります。

 へー、一夏で1,189章分の要約を書いたんだあの時・・・。