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2017年8月11日金曜日

(3)藤本満『聖書信仰』ノート、10

お待たせしました。(このシリーズまだ頓挫していません。笑)

前回が5月18日のアップですからかろうじてまだ 三ヶ月経っていませんね。

さてこの7章は6章の「ファンダメンタリズム」と8章の「新福音主義」へと飛ぶ前に日本での聖書信仰の受容を「戦前」という枠で紹介します。
 
7章 「戦前日本における聖書信仰」(109-122)
 

代表的な人物に即して、それらの人の神学教育(大抵は米国留学)背景と「聖書観」とを紹介しています。

個人的には筆者の属するグループ(ホーリネス系教会)の「生きた歴史」を語り聞かせられたこともあり(と言っても四方山話みたいな周辺的なことが多いと思います。※)、ある程度のことは知っていますが、このようにある程度整理されていると簡単な紹介ながら助けになります。
※特に「澤村五郎」について。実は戦後すぐ「献身を決めた」父が入学を予定していたのが、澤村五郎校長の関西聖書神学校だったと聞いています。
さて「三人(岡田稔、中田重治、澤村五郎)の聖書信仰の特徴」をまとめている箇所を引用抜粋してみます。 
岡田は当時を振り返って、高倉徳太郎の『福音的基督教』が広く行きわたっていたので、「福音主義」という用語よりも、「聖書信仰」のほうが、聖書に対する自分たちの立場を明確にする ことができたと述懐している。(111)
※筆者はこの引用部分から後者二者のように「信仰生活の実際」における聖書信仰というよりも、「聖書論」としての聖書信仰に自覚的であった、強調があった・・・という印象を受けました。
[中田] この聖書信仰はプリンストン神学的なものではない。むしろ、十八世紀の信仰復興運動を彷彿とさせるような聖書信仰である。神の言葉への信頼、野の草のような人間の知恵や言葉を論じるに足りないものとし、無から有を創造し、罪人に救いを与え、新創造をもたらす神の言葉、すなわち聖書に絶対的信頼を傾ける聖書信仰であった。そして、ムーディーを取り巻くリバイバリズムと米国ホーリネス運動から受け継ぎ、さらにはディスペンセーション主義の再臨観に染まった聖書信仰 であった。(115)
このように澤村の説く聖書信仰は、十八世紀の敬虔主義的・信仰復興運動的な流れにある。しかも彼の聖書理解にはディスペンセーション主義的色彩はなく、徹底して御言葉と聖霊の関係が強調 され、聖書は信仰をもって聞く者の生涯を聖霊が改革していく恵みの手段である。(116-7)
これらの記述を簡単に比較すると、
 岡田・・・P(プリンストン神学)
 中田・・・R(リバイバリズム)+H(ホーリネス運動)+D(ディスペンセーション主義)
 澤村・・・R(リバイバリズム)+S(聖霊)
となる。

もちろんニュアンスを捨象しているので、これだけでは何の比較かということになるだろうが、たとえば6章で取り上げられた「ファンダメンタリズム運動」での「二つの流れの融合」と描写された「P(プリンストン神学)」と「D(ディスペンセーション主義)」を当てはめてみると・・・

潮流的には中田重治が恐らく最も米国根本主義を反映しているが、岡田と澤村に関してはやや部分的、ということが指摘されうるのかもしれない。

藤本氏の『聖書信仰』のテーマの一つが「多様性」の発見にあるとすると、このような背景の違いからくる「(聖書信仰の)ニュアンスの違い」がやはり大事な点なのではなかろうか・・・。

ディスペンセーション主義の再臨観」の前者は受け継がなかったが、後者は受け継いだ、ということになるのだろうか・・・。


(次回へ続く??? 一応まだ続くかもしれません。)  

2017年5月6日土曜日

(3)救いについての「教理」

昨年9月、第6回日本伝道会議での「N.T.ライトの義認論」の事後報告もまだ終わってないのですが・・・

この3月『Salvation By Allegiance Alone(救いはアリージャンスによってのみ)』、という「宗教改革三大原理」の一つである「信仰義認」の「信仰(ピスティス)」解釈を巡って書かれた挑戦的な本が出版されました。

Salvation By Allegiance Alone、とは、「救いとは、信仰により、恵みによってのみ(Salvation By Grace through Faith Alone)」という公式的言い回しをもじって付けられた本のタイトルなわけです。


この『Salvation By Allegiance Alone』という本に関しては、既に幾つかのブログなどで取り上げられ紹介されています。(このことについては、N.T.ライト読書会ブログで扱っていく予定です。)


さて、この投稿では「救いの教理」をどう取り扱うか、という問題について「初歩的」なことを書いてみたいと思います。

初歩的といってもここでいう「初歩的」とは、宗教改革の伝統に立つプロテスタント教会の中では初歩的と考えられている「人が救われるのは、自分がする良い行いの功徳によるのではなく、神の一方的な恵みによってであり、ただそれを信ずることでいただけるのである。」という救いの基本的な理解 に関わることなので「初歩的」としました。

以下に「救いについての『教理』」を考えるためのテストケース を一つ紹介したいと思います。

これは「実際にあった」こととしてある場所で報告されたものです。
投稿者の許可を得て使用させていただく文章であることを予めお断りしておきます。


私は、26年ぐらい前にパプア・ニューギニアの奥地に伝道に行きました。そこでマーティンという男性と出会ったのですが、彼は、重病にかかり、骨と皮だけになり、もう立つことも座ることもできず、ただ、死ぬのを待っていました。

彼は、それまでキリストについて聞いたこともなく、教会に行く人間を軽蔑していました。しかし、私は、彼のそばに行って、イザヤ書40章の最後の部分をピジン語で読み、次のように言いました。
「昔、イスラエルという国に来られたイエス・キリストは、良い業を行い、多くの人を助けたけれど、人に理解されず、殺された。しかし、蘇って今も生きている。あなたがイエスの名を呼べば、イエスは必ずあなたのところに来て、あなたを救う。」
そして彼の体を抱きかかえるようにして祈り、彼にイエスの名を呼ぶように促すと、彼もイエスの名を呼びました。そして、私に言いました。「私は、私自身をイエスに差し出した。私は、イエスが私を救うことを信じる」と。

彼は祈りました。Bigpela hamamas Bigpela hamamas. Tankyu tru Jesus=Great joy! Great Joy! Thank you very much, Jesus.

彼は、立てなかった足で立ち上がり、家の周りにいた野次馬に向かって言いました。Jesus Krais emi stap laip=Jesus Christ is alive

彼は、その3日後に天に帰りましたが、その直前まで家族や訪れてくる人たちにイエスを信じるように語り続けました。その姿は多くの村人に衝撃を与え、イエスを求めて多くの人がやってくるようになったのです。

オーストラリアに帰って、ある保守的福音派教会でこのことを話した時、次のように言われました。「あなたは、イエスの十字架の代罰をその人に伝えなかったし、その人はイエスの代罰を信じたわけではないから、彼は救われていない。地獄に行ったと考えるのが妥当だ。」

日本に帰国してからも同じように言われたことがあります。(強調は筆者)
さて、はたしてこのマーティンという方が「救われた」のかどうか・・・どちらなのでしょうか、という初期設定で「救いについての『教理』」を考えてみたいと思います。

この方(投稿者)がマーティンを「伝道」したやり方を、「救われるためのステップ」としてまとめると次のようになると思います。
 (1)イザヤ書40章の・・・読み
 (2)イエス・キリスト(がどういう方かを福音書のアウトライン要約でまとめ)
 (3)「救われる」ためにイエスの名を呼ぶことを示し
 (4)マーティンを信仰の応答に祈りで導いた

これに対し「(マーティンは)救われていない(だから地獄へ行った)」と判断した人の根拠は
 (1)イエスの十字架の死が(マーティンの罪の)代償であることを示さなかった
 (2)マーティンの信仰はこの「代償死(の教理)」に基づいたものではなかった
ということになります。

ここで一つ背景を明かします。

2016年10月に「第5回N.T.ライト・セミナー」を開催したのですが、テーマである《福音理解をめぐって》で以下のような質問をパネラーにしました。
 余り説明していることが出来ない限られた状況、危機的状況にある人に、ズバッと福音を伝えなければならない。どうしますか。
マーティンのケースはちょうどそんな具体例ではないかと思います。

信仰の《対象》と《応答》をどこに絞って福音を語るか、提示するか・・・という問題を討論するために敢えて「極限状況での福音伝達・提示」を問うてみたのです。

マーティンの場合、個人伝道した方(投稿者)は
 (1)福音の提示は・・・かなり省略し(アウトライン程度)
 (2)福音への応答 を・・・イエスの名を呼ぶに絞りました。

これと比較すると批判した方は
 (1)福音の提示は・・・「イエスの十字架の死」に重きを置き、
 (2)福音への応答 を・・・「イエスの十字架死が代償であった」と信ずることに絞りました。

※簡潔なレポートなので「細かいニュアンスの問題」は省略して論じています。

一体「人を救う」のは何によるのか、というのがこのレポートが問いかけるものです。

二つの問題をそれぞれ独立させて論じることが出来ると思います。
 (1)提示される福音の核心は何か?
 (2)提示された福音に対して応答する「信仰の対象」は何か?

これを以下のように比較点を強調してまとめてみます。
 (1)福音の核心は、
  (A)イエスの十字架の死なのか、
  (B)(イスラエルのメシアとして宣教し、十字架刑に処せられたが三日目によみがえらされた)イエスその人なのか。

 (2)信仰の対象は、
  (A)「イエスの十字架の死が罪人を救う代償であった」という教理なのか、
  (B)(十字架にかかって死なれたが今や復活して天におられる)主イエス・キリストなのか。

筆者がこの問いを解くのに大事だと思っているのは・・・
 (1)「福音」とは何か、という問いが基本的なものであり、
 (2)その「福音」に応答するにあたっての、
  (A)福音の「提示」の仕方や、
  (B)提示された福音に応答する時の「信仰」のあり方は、
  「『福音』とは何か」という「福音の核心」の理解に従属する
 というものです。

今回は「問題提起」だけにとどめます。

しばらくは、N.T.ライト読書会ブログでの『Salvation By Allegiance Alone(救いはアリージャンスによってのみ)』を書評したブログ記事を紹介することで、「問題の所在」や「神学的整理の仕方」を探ってみたいと思います。

2017年3月6日月曜日

(1)あなたは「神学者」ですか?

(警告: これはかる~い読み物です。)

あるいは「あなたも神学してますか?」と言い換えてもいい。

でも誤解を避けるために・・・

 (1)「なぜこうなのか」と物事の由来や因果関係を考える時に「神」ファクターを(ある程度)当たり前のように入れて考える(意識する)

 (2)上記の思考習慣を職業的に専門的に行っている

と整理すると、(2)が「神学者」と呼ばれる人たちで、(1)がその他多くの方々、となるのではないか。

(1)は拡大解釈すれば特に「信仰」や「宗教」を持たない方も、時と場合によっては「神学している」ことになると思う。

(1)のタイプの方々の「神学的思考」は生活の隅々で発生したりもするが、時間をかけて工夫して考える(省察する)までに至らないので未発達・未整理のままということが多々あろう。

これに対して(2)のタイプの方々は様々な方面から浮上してきた「神学的問い」をその方々が属する伝統に蓄積された文書類を参照しながらそれらの問いを深め、関心を持つ方々にその成果を問う・・・ことを生業としていることが多い。
※英語の方の表現で、「神学者は(生きている人よりも)(神学書を残した)死んだ人々と仲良くしている人たちだ。」のような言われ方がある。

これ以外、つまり(1)でも(2)でもない方々は差し詰め「世俗主義」下の温室育ちで、意図的にそうしているのではなく、たまたま「神」ファクターが全く選択肢にない人々、ということになろうか・・・。
※そのような方が実際にいることを電話カウンセリングで知りました。

2017年2月24日金曜日

(3)藤本満『聖書信仰』ノート、8

また前回から大分間が空いてしまいました。

実は先日『聖書信仰と諸問題』を購入しました。

この書はいま解説している『聖書信仰』をかなり意識して出版された本です。

今後の解説は、表立って言及はしないと思いますが、多少なりともこの『聖書信仰と諸問題』を意識して書き進めることになるかと思います。


さて 、今回扱う6章「ファンダメンタリズム」は脚注も入れると20ページあり、少し長いので2回に分けようと思います。

6章 「ファンダメンタリズム」(88-108) 
 A 「英米ー明らかに異なる二つの流れ」(88-94)

イントロに
・・・1920年代、保守的な神学者たちが宣言した「五つのファンダメンタル」となった。後の十二冊からなるトラクトシリーズ『ファンダメンタルズ』は、篤志家の協力を得て、無料で全世界に三百万部供給されたが、自由主義に対抗するファンダメンタリズムの基本的な教えを説明している。(88ページ)
とあるのですが、恐らく名前としてはその存在を知っている人でも、「現物」を所有していたり、見たことのある人は少ないかもしれません。(ネットには画像がありますが・・・。)


実はこの『ファンダメンタルズ』のⅦとⅧは筆者が(確か)このことと縁の深い某神学校の古本市で入手したものです。(一冊が25セントでした。)

ついでに目次のところをスキャンしたものをお見せします。



前々から「自慢したかった」のですが機会がなかった。(一体何の自慢になるのだ、と言われそうですがやはり「歴史」を証言するハードな証拠をもっていることはそれなりに・・・。)

さて、英米での違いを浮き彫りにする「証言」として、ジェームズ・オアが紹介されています。(90ページ)
神の啓示の書物としての聖書を守ろうとして「微細なデータに至るまで聖書には『誤りがない』と実証しなければ、啓示宗教への信頼全体が崩れてしまうとまで主張するのは、きわめて自殺的な行為である。」
と引用しています。

脚注によると、この引用は『啓示と霊感(Revelation and Inspiration)』(1910年)からだそうです。(リンクはオアーの著作の全文、フリーです。)

以下は周辺も含めた原文の引用ですが、オアの議論は「霊感の教理」は「啓示の事実・真実」に基づくのでありその逆ではない、というものです。

もしそれを逆転させて、しかも「無誤論」のような形で「キリスト教の真理性」を主張・証明しようとするならば、もしそれが実証されない時、「無誤論」とともに「キリスト教の真理性」の主張まで崩壊してしまう、という危惧に聞こえます。

オアが「the right method」に対して「The older method」と呼んでいる「霊感を先に論証することで啓示を証明する」アプローチのいわば名残のようなものとして「無誤論」が紹介されています。

そしてこの「the right method」を取るならば「無誤論」を必要としないことを「福音書」のケースに即して語っています。

福音書記者がたとい「霊感」されたとしなくても、彼らが記述した「人物」が、確かに「超自然的主張」をしそれが言葉と行いによって確かめられた「人物」として記録されているならば、(私たちは)福音書を通してその「人物」を信じることが出来るし、その方が「霊感された福音書を先ず信じた上でその人物を信じる」よりもはるかに無理がない。


「無誤な聖書」を主張していたホッジやウォーフィールドでさえ、「新約聖書」という「啓示の記録」より「イエス・キリストの啓示の事実」の方が先に存在し、そして仮に神が「完璧に無誤な啓示の記録」を与えなかったとしても、啓示の事実に基づくキリスト教は、そのような霊感された書物の存在に左右されずに成立したはずだ、と脚注[1]で言及しています。
I. Revelation and Inspiration — Their Relations.

1. It will have been seen that it is sought in the preceding pages to approach the subject of inspiration through that of revelation. This seems the right method to pursue. The doctrine of inspiration grows out of that of revelation, and can only be made intelligible through the latter. The older method was to prove first the inspiration (by historical evidence, miracles, claims of writers), then through that establish the revelation. This view still finds an echo in the note sometimes heard — ' If the inspiration of the Bible (commonly some theory of inspiration) be given up, what have we left to hold by ? ' It is urged, e.g., that unless we can demonstrate what is called the ' inerrancy' of the Biblical record, down even to its minutest details, the whole edifice of belief in revealed religion falls to the ground. This, on the face of it, is a most suicidal position for any defender of revelation to take up. It is certainly a much easier matter to prove the reality of a divine revelation in the history of Israel, or in Christ, than it is to prove the inerrant inspiration of every part of the record through which that revelation has come to us.

Grant the Gospels to be only ordinary historical documents — trustworthy records of the life of Christ, apart from any special inspiration in their authors — we should still, one may contend, be shut up as much as ever to the belief that the Person whose words and works they narrate was One who made super-human claims, and whose character, words, and deeds attested the truth of these claims. [1] It is assuredly easier to believe that Jesus spoke and acted in the way the Gospels declare Him to have done, than to prove that Mark and Luke possessed an exceptional inspiration in the composition of their writings — though, as has been already stated, there is the best reason for believing that they did.

[1] This has often been put as strongly as it can be by the stoutest defenders of the infallibility of Scripture. Cf., e.g., Bannerman, Inspiration: the Infallible Truth and Divine Authority of the Holy Scriptures, pp, 18 ff. Drs. Hodge and Warfield, arguing for an 'errorless Scripture,' write: 'Nor should we ever allow it to be believed that the truth of Christianity depends upon any doctrine of inspiration whatever. Revelation came in large part before the record of it, and the Christian Church before the New Testament Scriptures. Inspiration can have no meaning if Christianity is not true, but Christianity would be true and divine, and being so, would stand, even if God had not been pleased to give us, in addition to his revelation of saving truth, an infallible record of that revelation absolutely errorless by means of inspiration' (Presby. R$v. t April 1881, p. 227).
藤本氏は他にも「英米二つの流れ」の由来や背景を指摘していますが、やはりこの辺を丹念に検証しながら、聖書の性格や意義・役割を考えて行く必要があるのではないか、と思わされた次第です。

(次回へ)

2016年12月28日水曜日

(3)藤本満『聖書信仰』ノート、7

久し振りの今回は・・・

「5 理性の時代の聖書信仰」(74-85ページ) 、となります。


 本書は時代の進行に沿って概観されています。

 前章4章は「プリンストン神学の時代」でした。大体19世紀後半です。

 一章先を見ると、6章は「ファンダメンタリズム論争」を扱います。1920年代です。

 この時代的移行の前に17世紀のデカルトから発する「基礎づけ主義(「我思う故に我あり」で有名ですがこのリンク先の説明も参考になるかも)」やスコットランド常識哲学という保守的聖書論に影響を与えた「哲学的前提」を5章で扱っているわけです。
※ この辺の事情を保守派・福音派(アブラハムやグレンツなど)が自己批判的に分析できるようになったのが「ここ20-30年の動き」ということなのだろうと思います。


 「プリンストン神学の聖書観の背後にある哲学的前提、あるいは思想的潮流」

 (A)基礎づけ主義
 十九世紀を振り返ると、リベラル神学も保守主義も同じようにこうした「基礎づけ」 的認識論の上に成り立っていたことが分かる。リベラル神学は、当初、教会が作り上げた神学という建物を一旦脇にどけて、近代聖書学を土台としたキリスト教真理を再構築しようとする。・・・保守主義は、デカルト的土台を無誤であると信じる聖書に求めた。(75ページ)
 (B)スコットランド常識哲学と理性主義

 こうして、本来カルヴァンによる、「聖書が神の言葉であることは、聖霊が信仰者の心の中に与える証しによる」という神秘的・心的・主観的側面は影を潜め、聖書の無誤性が客観的事実であることを論証するという理性的側面の強調へと聖書信仰が方向を転じたことになる。(78ページ)
[脚注] 宇田も同様に論じる。本来の改革派の神学は、聖書の無謬性を信仰者が聖霊の内的証しによって悟るものと考えてきた。ところが、スコットランド常識哲学の影響により、聖霊の内的証明は「あらゆる外的な証拠をとおして」人々のうちに確信を与える、という証拠の積み上げによる確信へと変化した、と。



 以上19世紀後半に展開されたプリンストン神学 を支えた「哲学的前提」が聖書解釈を理性主義的な方向に導いた、という部分を引用してみました。

この章の部分を読んで記事にしようと書き始めて大分時間が経ちました。色々逡巡しました。一つの理由は「詳論がないことに関してコメントを書くのは難しい」ということです。

しかし、著者の見識を差し置いて、「プリンストン神学」周辺のことをパパッとネットで検索して得た「インスタント知見」で何か書くこともまた難しい。

ということで以下の二つのポイント(と、一つの蛇足)にまとめてみました。

(1)スコットランド常識哲学の評価の仕方
 
 啓蒙主義をどう捉えるかどう評価するか、という問題は依然として「いまの問題」であると思います。

 プリンストンにこの新風を吹き込んだジョン・ウィザスプーン、根付かせたA・アレキサンダー、受け継いだC・ホッジ・・・の全体の流れを文脈として評価することが大事なように思います。

 啓蒙主義のネガティブ・サイドを代表するデカルトやD・ヒュームに対抗した形で出たと思われるスコットランド哲学は、プリンストン神学にとって「特別啓示」にも「一般啓示」にも、どちらにも楽観的な認識論的態度を提供するものとして(ネガティブな認識論より)ベターな選択であった、と考えることも出来るかと思います。

(2)理性主義のポジティビスティックな性格の捉え方

 19世紀初頭において「科学に対する楽観的態度」が支配的であり、そのような空気をプリンストン神学の基礎を築いた方たちも吸っていたとしても、それ自体では「科学的な態度に対する自信過剰」にはならないと思います。

 2011年に出されたC・ホッジの伝記の「序」やその紹介記事などをかいつまんで読んでみると、プリンストン神学の祖はどうも「新しい空気」に敏感でありながら、しかしカルヴィニズムの伝統を重んじることにも意識が強い人であり、その中にはカルヴィン来の「堕落した理性に対する顧慮」と「神の言葉」である聖書に対する先見的な主張依然強かった印象が強い。(この記事などほんの少し参照しました。)

 かつてボンヘッファーがバルト神学を「聖書啓示のポジティビズム(revelational positivism)」と呼んだらしいが(E・ベートゲ)、それと比較すると神学的洗練はないかもしれないが、根本主義の「聖書啓示のポジティビズム」に繋がるものがプリンストン神学の聖書観にあったとしても、それがよりポジティビスティックな性格を帯びるのは、やはりリベラリズムとの敵対的対決を経過してのことではないか、と勘ぐる次第。

《蛇足》
 より平均的(大衆的)アメリカ・キリスト教に対するスコットランド常識哲学(楽観的科学主義のような傾向)の影響も同時に押さえておくのも大切ではないか。

 19世紀、アレキサンダー・キャンベル(1788-1866)が祖の一人とされる「キリストの教会」の伝統として語られる「救いの計画(The Plan of Salvation)」にもこの理性主義的傾向は見られるのではないか、と既に指摘しました。

 さらにこのような回復運動がより「大衆的キリスト教」性格を帯び、(思弁的神学を嫌って)反知性主義的力学も加わって、「聖書記述を事実」としてそのまま受け取っていく「聖書解釈原則」の方向に働いたことも、その後の根本主義の背景として考えられるのではないか、と愚考します。


2016年10月14日金曜日

(3)翻訳聖書について考える

 主宰する「ライト読書会」 のうちフェイスブック読書会の方が先ごろ(2016年8月)『クリスチャンであるとは』を読了した。

『結び』の部分に聖書について書いてある。
 最初に考慮すべき本質的なことの一つは、現代の聖書翻訳の良いものを手に入れることである。
 しかしともかくも大切なことは、現代の訳を手にして読み始めることである。
それで以下のような《質問》をした。
 皆さんが(持っているだけでなく)よく用いている(読んでいる)現代訳はどれですか?(リストになければ追加してください。)
一番多かったのは『新改訳』、以下『新共同訳』『口語訳』と続く。結局英訳も含めて10をはるかに越える聖書が挙げられた。

 中には「個人訳」とか「文語訳」とか現代訳の範疇に入るのか疑問符の付くものもあったが・・・。


 そんな折、海の向こうで ESV (The English Standard Version) の出版元であるクロスウェイ社が今後改訂を行わない、と発表した。(つまり不朽訳みたいな?)

 後から説明するが、この方針はまもなく撤回され、大見得切って「不朽訳宣言」したページも削除された模様(クリスチャニティー・トゥデー誌関連記事)である。(「不朽」とは筆者が幾分皮肉を込めた修飾表現ですので誤解なきようお願いします。)

 と云うわけで、この方針にいち早く反応し、抗議したスコット・マクナイトのブログ記事から件の「不朽訳宣言」を転載しておく。
Beginning in the summer of 2016, the text of the ESV Bible will remain unchanged in all future editions printed and published by Crossway—in much the same way that the King James Version (KJV) has remained unchanged ever since the final KJV text was established almost 250 years ago (in 1769). This decision was made unanimously by the Crossway Board of Directors and the ESV Translation Oversight Committee. All future Crossway editions of the ESV, therefore, will contain the Permanent Text of the ESV Bible—unchanged throughout the life of the copyright, in perpetuity.
The creation of the ESV Permanent Text represents the culmination of more than seventeen years of comprehensive work by the Translation Oversight Committee, as authorized and initiated by the Crossway Board in 1998. ... The decision now to create the Permanent Text of the ESV was made with equally great care—so that people who love the ESV Bible can have full confidence in the ESV, knowing that it will continue to be published as is, without being changed, for the rest of their lives, and for generations to come.
 朝令暮改ではないが、この宣言後まもなくクロスウェイ社は「不朽訳」宣言は間違いであったとして方針を撤回(クリスチャニティー・トゥデー、2016年9月28日)した。

 
 あーやれやれである。

 聖書についても、翻訳についても、筆者のような素人はうっかり「微妙なこと」に関して発言することはやめたほうがいいわけだが、ちょうど『クリスチャンであるとは』の結びで取り上げられた現代の聖書翻訳の良いものということの関連でちょっとだけ・・・。

 (1)翻訳の底本となる本文研究でさえまだまだ改訂が止まったわけでもないのに、「不朽訳」はおかしいでしょう。
 (2)(ライトも度々指摘するが)「言葉(language)も変わるし、意味も変わる」から世代が変われば新しい聖書翻訳が必要になる、でしょうね。

 翻訳聖書を「不変の聖書」みたいに勘違いするような扱いはやめたほうがいいと思う。

 現代英訳聖書の一つに過ぎないものに、「全幅の信頼」を寄せるようなことは控えた方がよろしいと思う。(それはいわゆる「聖書信仰」とは別の次元のことだろうと愚考する。)

 蛇足・・・スコットマクナイトの記事に「翻訳問題の背景となる北米のジェンダーに関する『文化戦争』事情」があるらしいことが分かります。

2016年8月31日水曜日

(3)藤本満『聖書信仰』ノート、6

「4 十九世紀とプリンストン神学」(59-72ページ)

プリンストン神学に入る前にイントロ的に扱っている「教義神学から独立させる」聖書神学のことについてちょっと。

「1787年、ヨハン・ガーブラー・・・」と言及されている部分ですが、この「神学と聖書学」の分離が端緒となって「聖書無誤」のような神学的前提を排除した実証的な歴史学としての聖書理解のスタイルが定着していった、とあります。

つまり「プリンストン神学」が「聖書無誤」の前提で神学構築される背景としてこの「神学と聖書学の分離」のような動きがあったということでしょうね。

 プリンストン神学について第一世代(C・ホッジ)と第二世代(A・ホッジとウォーフィールド)で「聖書の啓示性と真理性」についての信頼が楽観的から次第に(脅威に対する)防衛的へと変化して行く過程を要約しているようです。

(1)楽観的理性主義

 神の啓示は「言葉」を客観的媒体として「知性」に伝達され、魂全体に作用する。

 「真理は感情の中には与えられず、知性によって発見され解明される。・・・」

 「そのような啓示の真理は、科学の世界同様に検証され、確実に認識できるという。こうして聖書の預言や歴史的データをさかんに検証し、その真理性を証明し、その上に神学を構築しようとする試みを積み上げていった。」(チャールズ・ホッジ)

 「聖書は神の言葉を記しているのではなく、それ自体が神の言葉である。したがって、すべての要素や言明は絶対的に無誤であり、私たちはそれを信じ、それに従うことが求められている。」(A・A・ホッジ、B・ウォーフィールド) 

(2) 脅威に対抗するア・プリオリな無誤論

 「しかし、ここに来て進化論的世界観やドイツの高等批評学が聖書を解体分析していく中、彼らはトゥレティーニなどの逐語霊感説よりも綿密に、またそれを超えた無誤論を考え出して行く。」

 「このような危機感は、十七世紀には存在しなかった。また一世代前のチャールズ・ホッジよりも、息子A・A・ホッジとウォーフィールドが、より強烈に実感していたものである。」

 「ところが、リベラリズムの脅威をより強く意識した次の世代のウォーフィールドは、矛盾を矛盾として認めようとはせず、・・・、解釈困難な箇所はそのままにして、すべてが真理であるとみなされるべきである、と主張する。言うならば、 ア・プリオリな真理はア・プリオリなままで信ずるべきであるとして、無誤性を完璧に守ろうとしたのである。」

 「こうして十九世紀末から自由主義の圧力が増大していく中で、聖書の無誤論は、聖書批評学への道を閉ざし、保守派の防波堤として重んじられた。」

 「言い方をかえると、この時代のプリンストン神学において、聖書信仰はキリストや十字架に並ぶような信仰箇条になってしまった。福音主義の組織神学の書物があれば、聖書、神、キリスト・・・・・・の順に記されるようになる。」 
以上、(1)と(2)で目立ったポイントを引用列挙したが、筆者として要約すると次の二点が重要化と思う。

 (一)聖書の啓示に対する科学並みの「客観性」の要求

 それによって打撃を蒙ったのは「聖書テクスト」との「正直な距離感」ではなかろうか。

 「言葉=データ」というナイーブな実証主義的態度が、本来「聖書テクスト註解」を基礎にすべき神学を席巻しまった感がある。

 (二)聖書批評学アレルギー

 これは現在まで続くmalaise であるが、そして筆者の乏しい理解でもこのように言っていいと思うが、宗教改革者は基本的にその時代の聖書批評学者であり、歴史的文書としての聖書テクストの側面を忘れなかったと思う。(聖書を原語から翻訳したり、原語で註解するということは「聖書テクスト」との「正直な距離感」を常に保持することだと理解する。)

 プリンストン神学にとっての聖書テクストの解釈困難な箇所の意義と、宗教改革者たちにとってのそれとは大分違ったものになっている、といっていいだろう。(ノート、3の「(テクストの)明瞭性(パーピスキュイティー)」問題参照)   
  
(次回に続く)

2016年8月2日火曜日

(3)藤本満『聖書信仰』ノート、5

「3 敬虔主義と信仰復興運動」(45-57ページ)

今回の部分は筆者にとっては自派(ホーリネス・メソジスト)と深い関わりがある時期なので、前回とは逆にかなりファミリアリティーがあり読んでいてもほとんど違和感はない。

(1)敬虔主義

(本書では先に福音主義・ウェスレーが紹介されているが)17世紀の「プロテスタント正統主義」との関係で次のように説明されている。
ドイツ敬虔主義の父と言われるシュペーナーは、プロテスタント信条・信仰告白に対抗して、あらためて聖書を掲げた。聖書は、教理・教条の源ではなく、信仰者の霊性と生活の源となるべきである。教条主義の中で、神の御言葉は聖霊と信仰体験から離れて、知性のために読まれるようになり、御言葉の生ける力が失われていったという。(52)
ここから引き出される「対立図式」は以下のようになる。
「信条・信仰告白」対「聖書(のテクストそのもの)」
(聖書の主たる目的)「教理・教条の源」対「霊性と生活の源」
(聖書の読まれ方)「知性的」対「ハート」
(2)福音主義・ウェスレー

 ここでの注目点はウェスレーの福音的回心体験にみられる(頭の知に対して)「心の知」、そしてそれは「個人的に体験される」ものとしての(聖書の)福音のメッセージである。

(3)信仰復興運動

 ここでの注目点は(制度的)教会の内外に「個人的に体験される福音」を語る情熱とそれを支える革新的手段(パンフレット大量印刷・大衆伝道)の採用である。

 そしてそのバックストーリーとしての制度的教会の時代に対する硬直性であろう。教派信条はこちらに整理される。


(感想)
17世紀から18世紀へと西洋キリスト教が、社会の変化に対応して起こした「一つの進展」として「敬虔主義・信仰復興運動」は捉えられるのではないか。

上記に掲げた「対立の図式」で二分された要素は必ずしも二者択一であった必要はなく、却って相互補完的な関係と捉えられるかもしれない。


以上かなり宙ぶらりん状態のまとめで今回は終わることにする。


(次回に続く)

2016年7月14日木曜日

(3)藤本満『聖書信仰』ノート、4

「2 17世紀プロテスタント正統主義」(33-44ページ)

今回の部分は筆者にとってはかなり未知な部分で、16世紀の「宗教改革」とある程度のファミリアリティーがある「18世紀(初期信仰復興運動)」 (次章の区分で扱われる)の間に横たわる「知の空白」大陸である。

だから余り危なっかしいことは言わない方がいいのだが・・・。
 
『逐語霊感』と『十全霊感』
 「十全」とは、霊感が部分ではなく、聖書全体に及んでおり、したがって、救いや信仰のことだけでなく、歴史や科学の領域にも及んでいるという考え方である。「言語(逐語)」とは、霊感が思想だけでなく、一つ一つの言葉にも及んでおり、したがって、霊感が言葉と結びついていると考える。 

逐語霊感・・・聖書の記者による「言葉の選択」にまで及ぶ
十全霊感・・・救いや信仰のことだけでなく、歴史や科学の領域にも及んでいる

先ずもって「逐語」と「十全」の違いがピンと来ない。

論理的順番で言うと、①十全霊感があり、それをさらに強化するために、②逐語霊感にまで進めた、と説明されると納得行くが・・・。

つまりこう言う風に「意味(思想)」と「言語構造(語・フレーズ)」の関係を捉える場合である。

 「意味(思想)」を建物の2階部分、「言語構造(語・フレーズ)」を建物の1階部分にたとえ、下部構造が上部構造を規定する、と理解した場合のことである。

しかしその辺のところはさっぱり分からないので、目下はそれなりに「当時の霊感論が時代精神(合理主義、ロマン主義)にある程度影響されて形成された」ものであり、しかしそのような霊感論として形成される論理的必然性は「聖書の権威」を「(人によって)書かれた言葉であるが、真理の直接啓示」として弁護・保証するため、二重三重に論理武装する必要を覚えたから、と仮定しておこう。

17世紀は筆者にとって「知の空白」大陸と書いたが、妄想的仮説を乱発しそうなのでもうやめておこう。

宗教改革後のプロテスタント・スコラ主義が歴史的にどう発展したのかは、今後のより実証的な歴史研究を探すこととしよう。結構面白そうだ。

あるいは時代背景として興隆しつつある「合理主義(rationalism)」との関係が「思想史的」に追跡されると面白いかもしれない。

(次回に続く)

注:「改革派の正統主義」と云う文章が見つかりました。参考になるかもしれません。

2016年7月2日土曜日

(3)藤本満『聖書信仰』ノート、3

「1 宗教改革」(24-31ページ)

『福音』と『体験』と『聖書』
 この福音の個人的体験は、信仰義認にとどまらない。宗教改革者たちはいずれも、キリスト者としてどのように生きるべきかを、ローマ教皇の教えでも教会の伝統によるのでもなく、サクラメントの秘儀の中においてでもなく、聖書から直接に学んでいった。
 ・・・こうして聖書は、キリストの福音を体験し、福音に生きるための神の言葉としてとらえられていく。
筆者はウェスレアン・アルミニアン(注1)の流れに育ったので「福音とは体験するものだ」式なレールの上で育った。

 恐らく「体験主義キリスト教(そうこの段階で呼んでよければ)」のルーツは、宗教改革者の時代の後、いわゆる正統主義の強調(どちらかというと正しい教理に対する知的承認を信仰の優先事項とした)に対して「敬虔の生活を力動させる心」を強調した敬虔主義の流れがより明瞭なものではないかと思う。

 敬虔主義の聖書に対するアプローチは(正統主義が聖書を教理の源泉とするのに対し)、「キリスト者としての成長」や「敬虔の生活(デボーショナルも含む)」の「霊的糧」という面が強くなったのではないかと思う。

 この流れで後々重要になってくるのは「福音体験」にしろ、「キリスト者の成長」にしろ、「個人的」「主観的」ものの見方が中心になってくる傾向だ。

 上記引用での強調部分は、
 (1)権威の問題・・・教皇・教会の伝統
 (2)「恵の手段」・・・サクラメント
に相当するわけだが、ルター個人の経験が端的に物語るように「個人の信仰・良心」対「制度的教会の権威」の図式になったことにより、宗教改革諸派は「反・ヒエラルキーな権威・権力」を志向することになり、「職制」や「聖典」の問題を制度的な(より外面的な)教会の問題と認識するようになって行ったと思われる。

 「キリスト者の成長」にしろ、「教会の形成・構成原則」にしろ、「聖書解釈に対するアプローチ」にしろ、「伝道方法や対象」にしろ、個人が物事を動かす基準に移行して行くのは、ある意味カトリック教会に対する反動としての面もあることは否めないだろう。(注2)

聖書の言葉の明瞭性の根拠は?
 さらにブロミリーは、宗教改革者たちの聖書観には、神のメッセージが人間的なものの中で、・・・つまり彼らは、聖書の大部分は明瞭でわかりやすい言葉であり、それはドイツ語にも英語にも、また日本語にも翻訳し得ると考えた。
こちらの引用に関連する問題は、宗教改革の「聖書のみ(sola scriptura)」 原則が、実際上機能するために必要な「聖書解釈上」の要件である「聖書テクストの意味の明瞭性(plain sense, clarity, perpiscuity)」に関わるだろう。

 この問題についてはいずれもう少し取り扱うことにもなるだろうが、どう控え目に言っても「一筋縄では行かない」ものだといっていいだろう。

 (実際上、この問題は聖書を奉じ且つ読むクリスチャン誰もが多かれ少なかれ感じているだろうと思う。「誰もが聖書を読める」幸いな状況は、誰もが聖書のテクストの意味を巡って対立したり論争したりできる状況をも発生させる。そしてプロテスタントの場合それらを調停する手段は制度的・機構的に弱いと見られても致し方ないだろう。もちろん民主的なルールに希望を持っているわけであるが。)


(次回に続く)


注1・・・「ウェスレアン・アルミニアン」とも「アルミニアン・ウェスレアン」ともいう。両方の言い方があって、多分多少のニュアンスの違いがあるだろう。

注2・・・スコット・マクナイト『福音の再発見』1章に短く書かれている(17-8ページくらい)、バプテスト信者であったスコットの自伝的エピソードを参考にしてみてください。バプテストはある面「個人原理」を徹底し、また「聖書」以外に「信条」や「神学」は無用・・・みたいな方に行ったようです。

2016年6月26日日曜日

(3)藤本満『聖書信仰』ノート、2

「はじめに」(12-21ページ)

『福音派』か『福音主義』か
 そこで本書において、私は「福音派」という二十世紀の枠付けの強い、あたかもそういう教派が存在するかのような呼び方をなるべく避けようと思う。二十世紀のエヴァンジエリカリズムを「福音伝道主義」と的確に訳しているケースもあるが、本書では「福音主義」を多用する。そのとき、宗教改革がベースにあることも心するが、筆者はむしろベビントンのように十八世紀から現代に至る、教派を超えた霊的流れを意識していると、鷹揚にとらえていただきたい。(14ページ)
おそらく二刷目以降で既に改まっていると思うが、「日本の福音主義が南アフリカのオランダ改革派教会のデイヴィッド・ボッシュ・・・」(274ページ)の「福音主義」はこの文章の主語としては、「福音主義者」か「福音派」とあるべきところを「福音主義」としたところに、最初の段階で用語の選択に逡巡した影響が出ているのかもしれない。

 12ページの最初で、「福音主義(エヴァンジェリカリズム)、福音派(エヴァンジェリカルズ)とは、キリスト教のどのような考え方やどのグループを指すのであろうか。」とあるように
Evangelicalism・・・福音主義・・・考え方
Evangelicals ・・・福音派・・・グループ
と使い分けはなされているので、問題は「福音主義を標榜するグループや個人」に対応する用語として「福音派」を使うのに気が進まなかった、ということになるのだろう。

理由は(おそらく)、「福音派」があたかも「一つの教派」であるかのように思われたり、(あるいは)このグループが「一枚岩」的のように取られたりするのに対し、そうではなく「福音派」は多様な幅を持っていることを示したかったから・・・ということになるのだろう。


初っ端から細かな話で申し訳なかったが、用語の整理に関してちょっと気になったことをコメントしてみた。

本書が「聖書信仰」を主題とし、その「・・・福音主義の聖書理解を歴史的な流れにそって検証する・・・」(16ページ)とあるので、「宗教改革」から派生する諸グループ・運動を「福音主義」という同一用語でより広く捉えよう(捉えたい)とする試みとして理解し、共鳴・共感したいと思う。

(次回に続く)

2016年6月22日水曜日

(3)藤本満『聖書信仰』ノート、1

このブログでは時折「福音主義」や「聖書・聖書解釈」などについて書いている。

いわゆる「福音派(evangelicals)」にとって聖書がかなり重要であり、特に宗教改革以降のグループの信仰箇条等の形成において一段とその「権威性」が増した傾きがあり、その功罪・副産物様々を含めて今日に至っている。

ジェンダー・イシューズ(性差問題) でも触れたが、「聖書の権威」を高調し、あらゆる「真理問題」を聖書を基にして(ニュアンスの幅はいろいろありますが)解決したい、そう福音派の方々が思うならば(別に筆者はそうではないと言っていません。まがりなりにも筆者が属する教会連合は日本福音同盟のメンバーですし、筆者自身も日本福音主義神学会のメンバーです。)、「聖書信仰」の原則を有効に、建設的に、活かして行くには以下の三つ(三つ目はちょっと高望み過ぎかもしれませんが・・・)がかなり必須条件となるように思います。

 (1)全般的聖書リタラシーの向上

 (2)解釈論的視野の訓練

 (3)討論におけるリアリスティックな達成目標設定

 今ここでは一つ一つのポイントについて解説しませんが、少なくとも教会指導者・神学者の方々で、「聖書を権威的に使用する」必要のある方々はかなり自覚的にこれらの条件を理解して運用して行かないと、「『聖書信仰』の将来には(今までに勝るとも劣らない?)途方もない困難が待ち構えている」ように個人的には案じています。


 さて前置きはそこまでにして、今回は藤本満『聖書信仰』を取り上げた動機・理由・背景に関わることを書いてみます。

 実は「あとがき」にもありますが、本書の背景に多少なりとも筆者が関わっている、そう言うことが一点。(その縁で本書を贈呈して頂きました。ということは「書評」ででもお返しできればいいかな、とも思ったわけです。)

 幾つか書評やブログ記事(これ、や、これ、や、これ) もあるが、まだまだ取り上げられてもいいように思うのです。

 というのも本書は「聖書信仰」を題材にしていますが、それを巡っての神学史の概説的な面があり、言及される神学者や著作が多い上、その大多数は訳されていないと思われます。

 筆者のようにある程度英語圏で神学教育を受けた者にとっては「スタンダード」的なものが散見されるとはいえ、それ以外にかなり多くの専門書があります。

 インデックスでも作ってみれば明白と思いますが、一般読者が「名前だけでも知っている」というものさえかなり少数ではないかと想像します。

 もっと割り切った言い方をすれば、「書評」を書くにはちょっと面倒なほどサブ・トピックが多い、と感じます。(何しろ章数が多い。)

 ※しかし、まず「概略」を一挙にまとめたことで、今後「参照」的な用い方には便利だと思います。

ということで、筆者が採用する方法は、

 (1)一章ずつ(目安)内容に目を通し、その中から目に付いた「トピック」「人」「著作」等を取り上げ、(全く個人的な関心から)好きなことをコメントする。

 (2)上記のように選択した事項の中で、筆者が補足できるような情報があれば提供する。
 
 (3)最初に書いた、三つの必須条件に関することに繋げてコメントしてみたりする。

 以上極めて我侭で、行き当たりばったりの「道草ノート」になるとは思いますが、やってみたいと思います。

2016年5月29日日曜日

(3)アリスター・マクグラスのユーモア

本来なら「英語圏神学者」シリーズで取り上げてもいいはずですが、何しろ日本では翻訳書も多いしわざわざ紹介するまでもないと思い、こんなタイトルの記事になりました。

Why Reason Isn't Enough: The "Big Picture" of Faith   (動画)

(1)自身の洗礼について(0分30秒過ぎ辺りから)

  マクグラスが招かれて講演している神学校(※1)がバプテスト派なのを受けて、
「私はアングリカンですが、実は幼児洗礼で浸礼(total immersion)を授けられたのです。それはいわば事故でそうなってしまったのですが、長い話を簡単に言うと、主任司祭の方がパーキンソン氏病で、私を落っことしてしまったんですね。・・・」

(この画像はマクグラス講演とは関係がありません。)


(2)子どもの頃、既に Father Christmas は実在の人ではないと知っていたが・・・(12分30秒過ぎ辺りから)

 無神論者リチャード・ドーキンスが「宗教は幼児時代のもの」という批判に絡めて、
 リチャード・ドーキンスは「歯の妖精(tooth fairy ※2)とか、ファーザー・クリスマスとかそんなものは幼児の頃の信仰で、大人になったらそんなものはもう信じないでしょ。宗教は、神とはそんなものです。」というが・・・。
 ところで私自身のことを語りましょう。私は既に四歳頃にはファーザー・クリスマスなんていないと知っていました。でも親にはそんなこといいませんでした。なぜかって、それには恩典(fringe benefits)が伴っていたからです。


※1 George TRUETT SEMINARY (ベイラー大学)

※2




あっ、もちろんユーモアの部分だけでなく、講演も全部見てくださいね。

2014年11月9日日曜日

(3)キリスト者の短歌

丸っきり柄でもないことを・・・。

たまたまこのツイートが目に入った。

佐野豊子さんと言う歌人は(当然ながら)存じません。

ググって見ましたらプログをやっておられました。
佐野豊子の短歌

プロフィールにはこうあります。
わたしのルーツは沖縄ですが、台湾でうまれ、東京の府中で育ちました。
祖母、両親の影響がつよく、沖縄舞踊、短歌、クリスチャンと3つの草鞋をはいています。
「汎神的土俗」と「一神教」が混ぜこぜのようですが、すべての背後にあるキリストの愛をみつめています。
「汎神的土俗」と「一神教」が混ぜこぜ・・・と言うところに興味を惹かれました。

過去(アーカイブ)ちょっと見させていただきました。

冒頭の句でシリアスな句を予想してましたが、そう言うのは少なかった。

何となく目に留まったのは以下。

還暦もすぎてようやく折り返す神のまにまに捨て舟の見ゆ

日高屋はおひいとりさまが多すぎておふたりさまのテーブルにざす


今日はネットサーフィング。遊んでみました。

2014年9月20日土曜日

(3)加藤周一記念講演会

加藤周一記念講演会なるものに行って来た。
(フランス文化講演シリーズ第280回)
第5回加藤周一記念講演会
「私の知っていた加藤周一さん」
水村美苗(作家)
日時:2014年09月19日(金曜) 18:00
会場:日仏会館ホール - 渋谷区恵比寿3丁目
 
開始30分前には会場に着いたが、もう20-30人くらいの人がホールで待っていた。
事前予約だが、なんでも「120名」定員のところ応募が多く180名くらいを見込んでいるとの係りの人の言。
 
日仏会館は初めてだったが、近づいていくと何やら少し変な建物のように感じられた。
 
それはどうでもいいとして、会場となる1階のホールは別に何の変哲もないが却ってそれが良かった。割合くつろげる感じ。(建物の外観は余り感心しないが、内側はいい感じだ。)
 
予想通り中高年が多かった。
定員オーバーなのは加藤周一のこともあるが、講演者の水村さんが割合知名度が高いこともあるのと、女性と言うこともあるかもしれない。
 
事前に朝日新聞で最近(8/11~)連載された『人生の贈りもの』のプリントコピーがイントロ代わりに配られた。
 
講演者の水村さんも「私の知っていた加藤周一」を余りまとまりなく、断片を寄せ集めて綴るような話だったが、この報告もそれに準じる。
 
 
加藤周一の人となり
 
1. やはり第一に言及されるのは加藤の「知性」。
2. ユーモア
3. 品性
 
確かもう一つあったが、とにかく加藤が人間として第一級、上等な人間であった、と言うことをエピソードを色々交えとつとつと語った。

水村さんが親しくなったのが加藤であったため、日本の知識人を測る標準を加藤にして、その後日本に帰国してから知った日本の知識人、文士たちとの落差にえらく戸惑ったとのこと。
 
水村さんを挟んだ加藤との人的交流では、水村の夫岩井克人、矢島翠、丸山真男、辻邦夫、磯崎新、らの名前があがった。
 
講演は50分ほどで終わり、フロアーからの質問となった。
 
質問は割合活発だったが、その中で信仰・宗教・キリスト教に絡むものをメモしておく。(質問は加藤だけでなく、講演者についてもオーケーとのことだったので、ほぼ半々くらいの割合になった。)
 
①加藤の死直前のカトリック洗礼
 質問者が自分の周りの人たち多くが「えっ」と思い不可解に思ったので加藤と親しかった水村さんが何か事情を知っているか聞いてみたかったとのこと。
 
 水村さんも驚いたと言うし、(初耳だったが加藤の知人らしい)石黒ひでも驚いたと言う。つまり多くの加藤を知る人が驚いたと言う。
 葬式はごく内輪の者達でなされたと言うが、知人たちはこのことをマスコミには伏せておいた方が懸命ではないか、と取り沙汰したらしい。
 
 どうやら経緯から言うと、晩年加藤がかなり意思表示が難しくなったような段階で加藤の家族の者達の意向が主導的となってカトリック洗礼へと物事が進んだらしい。
 
 その辺を反省した矢島翠が、暫く後、加藤の遺骨をあるお寺に分骨したとのこと。
 
②水村自身のキリスト教との接点
 (水村は12歳までは日本、その後海外に住んだ。)小さい頃は学校がミッションスクールだったり、教会学校に通ったりして、それなりに聖書の教えやキリスト教に親しんでいた。
 
 しかしその後青年期で出会ったり、触れたキリスト教は作家仲間たちの殆どがユダヤ人であったりもしたせいで、かなり日本の人たちが知っているキリスト教とは異なるものであった。(説明しにくいみたい。)
 
 
 散会のあと持参した「日本語が亡びるとき」にサインをしてもらった。 
 

 

2014年5月21日水曜日

(4)洗礼後講座

今年のイースター(4月20日)に洗礼を受けたYさん。


教会に出席し始めたのは2012年。

最初は色々あってまばらな出席だったが、昨年からはほぼ毎週出席なさっていた。

昨年12月になって、通い出した時から心には決めていたそうだが、洗礼を申し出られた。

そして《洗礼準備講座》が始まった。

洗礼準備に入る前に、ほぼ毎週のように《入信講座》を取っておられた。

さて、洗礼を受けて一段落となったが、その後も終日午前中の学びを継続したい、と言うことで始めたのが《洗礼後講座》だった。

「テキストに何かいいのないかな」と思って考えていたが、スコット・マクナイト『福音の再発見』がいいかなと思って、
第8章「ペテロの福音」
から学び始めている。

今日は159-161ページをカバーした。

問い:「第一世代の福音説教」(159ページ)とありますが、では「第二世代(以降)」との違いは何だと思いますか?

マクナイトは基本的には新約聖書学者で、この本で『信仰の規準(レギュラ・フィデ)』を「キリスト教史」で扱う時はやはりアマチュアの感じになる。

それでマクナイトが、現在の「西洋大衆キリスト教福音派」が「救い派」になってしまったと言う時、その分析は新約聖書学的知見から出発して、(アマチュアである)教理史・キリスト教史を振り返っているわけだ。

その辺の事情を説明しながら上記の問いを梃子にして、ルカ福音書序文、使徒の働き1章(マッテヤの選出)の記事を読んでみた。
わたしたちの間で実現した事柄について、最初から目撃して御言葉のために働いた人々がわたしたちに伝えたとおりに・・・

そこで、主イエスがわたしたちと共に生活されていた間、つまり、ヨハネの洗礼のときから始まって、わたしたちを離れて天に上げられた日まで、いつも一緒にいた者の中からだれか一人が、わたしたちに加わって、主の復活の証人に・・・
「第一世代」とは、すなわちイエスの弟子たち=使徒たちであり、彼らは「イエスの宣教と受難と復活の証人」であったわけだ。

「第二世代(以降)」とは、イエスの目撃者証人である「第一世代」から福音を「伝承された」者たちである。
最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。(Ⅰコリント15章3節)
パウロの場合、「主の復活の証人」と言うことでは「第一世代」になるが、イエスの宣教と受難の伝承に関しては「第二世代」となる特殊なケースだ、と言うことも付言した。


そんな風にして学びを進めている。

2013年6月12日水曜日

福音派のパラダイム・シフト①

福音派に今大きな変化が起こりつつある。

その中心的なものが、「回心体験」の変革である。

従来の「回心体験」の枠組みであった「リバイバリズム(信仰覚醒運動)」が過去のものとなりつつある。

と、ちょっとショッキングに聞こえるかもしれない内容の文章が「回心と贖い」と題して、リージェント・カレッジの非常勤講師、ゴードン・T・スミスによってThe Oxford Handbook of Evangelical Theologyに寄稿されている。

ちょっと買おうかなと思ったが、辞典やハンドブックの類はもう希少になっている書棚スペースのことを考えても、本の価格を考えてもなかなか手が出ない。

幸いスミスの論文の抜粋が、クリスチャニティー・トゥデー誌で紹介されている。
The New Conversion: Why We 'Become Christians' Differently Today 

ここのところやかましく宣伝しているスコット・マクナイト「福音の再発見」の提示する「救いの文化」の問題はまさにこのパラダイム・シフトの渦中にある「従来型回心」を指している。

のらくら者の日記さんが『黒船到来か?!』 と暗示しているのは、このパラダイム・シフトが指示している現象とほぼ軌をいつにしていることと思われる。

クリスチャニティー・トゥデー誌を読んで頂ければ余り説明も必要ないかもしれないが、スミスの記事がまとめている内容はいくらか大風呂敷な風も無きにしも非ずなので、筆者の出来る範囲でフォローしながら、やがて日本にも打ち寄せてくるかもしれない大波の影響を幾分かでも和らげる意図でこの記事を要約・抄訳していこうと思う。

①福音派の「回心/贖い(redemption)」体験は、リバイバリズム(信仰覚醒運動)の言語では最早記述できないほど中身の異なるものになってきた。

現在北米を中心に、しかし世界大で起こりつつある「回心」体験の変化はとても単一の用語では収まりきらない大変革、パラダイム・シフトだ、とスミスは指摘する。
しかし何が「最早過去のものとなる」かは明確に指摘できる。それはリバイバリズム(信仰覚醒運動)だ。

②リバイバリズムとは何か
リバイバリズムは歴史的には17世紀のピューリタンや18世紀の信仰覚醒運動を淵源とする。しかしよりはっきりと現れてきたのは19世紀で、20世紀に入り北米の保守派の間で定式化し、パラチャーチ/宣教団体を通してさらに世界的に拡大して行った。

福音派にとってすぐ前の世代まで、「回心」と言えば「リバイバル(集会)」での救いの体験を指していたのである。
礼拝も、伝道も、霊的形成も、すべてリバイバリズムが使う言葉で表現されてきた。

福音派と言ってもバプテスト、ペンテコスタル、メノナイト、きよめ派等様々であるが、回心体験を語る言葉は驚くほど共通している。それがリバイバリズムで一括りにできるということだ。
その特徴は回心を「点の体験」つまり「私はいつどこで救われました」という形で表現できるものとしていることであり、 大抵「罪人の祈り」を祈った時が回心体験とされるのである。

回心体験の中心は「死後の(永遠の)いのち」であり、「死んだら天国に行く」のが救いと考えられた。この世は伝道のため以外には殆んど意味がなく、もっぱら未信者を天国に入らせるのが教会の使命であり、そのような伝道が重んじられた。

さらにこの回心体験は教会外(クルセード集会とか個人伝道とか)で起こるもので、救われたら「是非教会につながってください」と勧められる有様であった。

伝道方法に用いられたのは「霊的法則」とか「霊的原理」のような形式化されたテクニックで、その順番に従ってそして最後に祈りをすればクリスチャンとなったわけである。

「洗礼」はあくまで回心後のもので、 オプショナルな位置づけであった。個人的、霊的体験や訓練が重要視された。聖礼典・典礼に対して懐疑的な態度がそのまま現れた福音派の傾向とも言える。

教会の働きは回心者の獲得、如何により多くの回心者を得るか・・・に注力され、あらゆる手段がそのことのために動員された。
だから回心者数の数的増加が成功の指標となった。

回心体験は瞬時的なものとされたから、「弟子となる」こととは区別され、それはあくまで回心後のこととされた。だから「回心者」を(次に)「弟子」とする、と表現した。
「伝道」と「弟子作り」は分離され、「霊的形成」もまた別のこととされた。

(次回に続く)


2012年8月6日月曜日

ピスティス・クリストゥー

パウロ研究においては有名な釈義的問題の一つが、ローマ人への手紙やガラテヤ人への手紙などに出てくる「ピスティス(信仰)・クリストゥー(キリスト」)だ。

今年の注目すべき神学会議であった、セント・アンドリュース大学でのパウロのガラテヤ人への手紙とキリスト教神学(2012年7月10-13日)でも、リチャード・ヘイズとジョン・バークレーの間で議論があったことをティム・ゴンビスがブログで紹介している。

リチャード・ヘイズと言えば、The Faith of Jesus Christでこの「ピスティス・クリストゥー」論争をもう一度パウロ研究の中心に持ってきた学者だが、そのタイトルが示すように「ピスティス(信仰)・クリストゥー(キリスト」を「キリストの信仰」と伝統的に『目的所有格』で訳されていたのに対し『主格』を主張した。

以降「ピスティス・クリストゥー」を主格に取る研究者達が大勢を占めているようだ。

読者の方でまだこの議論について聞き及んでいない方には『目的所有格』で訳されるのと『主格』で訳されるのにどれだけの違いがあるのかまだピンと来ないかもしれない。

ガラテヤ2章16節を例に取ってみよう。
けれども、人は律法の実行ではなく、ただイエス・キリストへの信仰によって義とされると知って、わたしたちもキリスト・イエスを信じました。これは、律法 の実行ではなく、キリストへの信仰によって義としていただくためでした。なぜなら、律法の実行によっては、だれ一人として義とされないからです。(新共同訳)
「キリストへの信仰」と訳されているのが「ピスティス・クリストゥー」なわけだが(実際にはこの箇所ではピステオウス)、信仰の対象(目的格)としてキリスト、と訳されているのが分かる。
所謂宗教改革の神学原則である『信仰義認』に関わってくるので解釈上重要な意味を持ってくるわけである。

しかし主格に訳すとどうなるのか。
「キリストの信仰」によって私たちは義とされる、となるわけである。私たちの主観的(決断的)信仰がポイントなのではなく、キリストご自身の「信仰」が私たちに義をもたらす、と言う理解に変化する。

では「キリストの信仰」とは何か。
主に英語圏の研究者たちが議論をやっているので、英語の表現を用いれば、the faithfulness of Christ、と訳されることが多い。

少し意訳すれば、
キリストがみ父の御心に(十字架の死にまで)忠実に従ったその信仰の故に、人は義とされるのだ。
と言う理解になるわけです。

日本語の公用語聖書では「ピスティス・クリストゥー」を主格に解釈するものはまだないですが、2016年には新共同訳も新改訳も新しく改定される予定ですが、あるいは従来の『目的所有格』解釈に対して『主格』解釈が採用されるかもしれません。

でも公用語聖書ですから多くの人が親しんできた『信仰義認』の理解を大きく変えることになる翻訳は避けられるかもしれません。
「注記」ぐらいでとどめられるかもしれません。


2012年7月15日日曜日

加藤周一のカトリック洗礼

今回加藤周一のカトリック洗礼について書くのはたまたまである。

読者の方はお気付きのように最近筆者の関心が集中しているのはオウム真理教についてである。
先ずは安上がりな資料集めとして豊島区の図書館に所蔵してあるオウム真理教関連の書物を探索していた。

その中に鷲巣力編集の「加藤周一自選集第十巻(1999-2008)」(岩波書店、2010年)があり、『オウム真理教遠聞』(1999年)と『「オウム」と科学技術者』(2004年)の二つの短い論考が収められていたのである。

わざわざこれらの二つの文章のために、とも思ったが加藤周一の著作に長らく親しんできた縁もあり借りてくることにした。

ところが巻末に編集の鷲巣力がかなりのページ数を割いて加藤周一のカトリック洗礼に関する経緯と推察を書いているのを読み、改めて加藤がなぜカトリックの洗礼を受けたのか、と言うことを考えてみたいと思ったのである。

筆者は既に「洗礼について」で加藤の洗礼について思い巡らしたことを短く書いた。
こんなことを考えていて、2008年12月に亡くなった加藤周一が、生前死の数ヶ月前にカトリックの洗礼を受けていたことを思い出した。

加藤周一の書いたものからは、およそ想像もつかないことだったが、確かに洗礼を受けたと言う事実から推察するに、老境の思想の変化があったのかも知れない、と考えたりもした。

思想的整合性の点からは、加藤は不可知論で徹底していたのではなかったか。

しかし誰にでも「信仰の飛躍」の機会はいつ訪れるか分からない。
加藤にもそう言う時が訪れたのかもしれない、とも考えてみた。
これを書いた当時はただ想像するだけで推量する資料が殆んどなかった(ちゃんと探したわけではなかった)。

今回鷲巣が書いた文章の中にこういうくだりがある。
2008年8月14日、夜遅くに加藤から私(鷲巣)あてに電話が入り、おおよそ次のようなことを述べた。「宇宙には果てがあり、その先がどうなっているかはだれにも分からない。神はいるかもしれないし、いないかもしれない。私は無宗教者であるが、妥協主義でもあるし、懐疑主義でもあるし、相対主義でもある。母はカトリックだったし、妹もカトリックである。葬儀は死んだ人のためのものではなく、生きている人のためのものである。(私が無宗教ではーー引用者補足)妹たちも困るだろうから、カトリックでいいと思う。私はもう「幽霊」なんです。でも化けて出たりはしませんよ。」(488-489ページ)
これをうけて鷲巣は次のように綴る。
加藤は「死」を覚悟した。そしてカトリックに入信する意思とその理由を明らかにした、と私(鷲巣)は受けとめた。上野毛教会に入信の意思を伝え、8月19日に加藤は受洗した。 (489ページ)
ところでなぜ加藤がカトリックの洗礼を受けたのかについての鷲巣の推察は以下のようになっている。
あえて批判を恐れずに述べる。加藤の思考に沿えば、帰依するのは必ずしもカトリックでなくても良かったに違いない。論理的斉合性を持ち、超越性を指向し、「ギャップを埋める」ものであれば、カトリックであろうと、浄土教であろうと、よかったのだ。複数の選択肢からカトリックを選んだ理由は、母も妹もカトリックであると言う条件である。「妹も困るだろう」と妹のことを心配した結果だと思われる。つまりは「家族愛」を考慮したのである。 (492ページ)
さて筆者が感じたことを述べるが、鷲巣のところにかかってきた電話で加藤が述べた内容の要約に従えば、やはりカトリック洗礼の一番の契機は「死期が迫ったこと、即ち葬儀をどうするか」と言うことに尽きるのではないだろうか。

加藤自体の思想にはどうやらさしたる変化は見られない。
不可知論であり、不可知なものに対して、特に宗教に関して基本的にどの宗教も取らない。
無宗教者。
しかしそれゆえ「神の存在」(死期に及んでは死後のいのち)に関しては「妥協主義」の態度も、「懐疑主義」の態度も、「相対主義」の態度も取れる。

鷲巣に対してそのような自己の精神性(の不変)を説明した上で、あえて死(葬儀)への準備として「宗教」の選択を語る。
「葬儀は死んだ人のためのものではなく、生きている人のためのものである。妹たちも困るだろうから、カトリックでいい」

カトリックの「選択」は加藤が「様々な宗教の選択肢」を考えたからではないだろう。
葬儀を営む家族(妹)を配慮した結果なのだ。

筆者としては加藤にもう少し積極的な洗礼への契機が、信仰の内在的な動機が、あったらばと思うのだが、どうやら事情は違っていた。

加藤の洗礼の申し出を受け入れたカトリック教会側との間にどんな会話があったかは知らない。
しかし受洗5日前の電話の内容からは、加藤の態度は決まっていた。
受洗にあたってのカテキズム(があったはずだろう)に対して加藤は相対的な姿勢を変えたとは思えない。

8月19日の洗礼に当たっての加藤の「信仰」は少なくとも「回心」ではなかっただろう。

2012年2月1日水曜日

信仰の継承

「信仰の継承」とは筆者の属する教会グループでは盛んに言われていた言葉で、ある意味自分たちのグループの「十八番」かと思っていたらさにあらず。日本の主にプロテスタント諸教会でも盛んに言われている課題のようである。

最近ツイッターでフォローしている「シノドス・ジャーナル」と言う主に若手の言論を看板にしている(らしい)ネットジャーナルに

『信仰はどのように継承されるかー創価学会にみる次世代育成』 猪瀬優里 


という本の紹介を兼ねた短い文章が載っていた。

ちょっと筆者が関心を持った部分を抜粋してみる。
本書の目的は、親から子へ、先行世代から後継世代へと教団の価値観、組織の行動様式が、そのときどきの社会状況に応じて再編されながら受け継がれていくプロセスをみることである。

あるときエホバの証人の親に育てられたが、親の信仰に疑問を抱いて離れた経験を持つ人びとに出会った。彼らの抱える事情は一人ひとり違っているが、親と教団から受けた影響に少なからず苦しみ、それをなんとかして乗り越えようとしていた。

元エホバの証人との出会いで、子どもは親の信仰を素直に受け継ぐわけではないという視点が明確になってきた。

今後は、既成仏教やキリスト教を含めた他教団の信仰継承・次世代育成のプロセスに関する知見を得たうえで、信仰の継承・次世代育成戦略という観点からの複数教団の比較を試みてみたいと考えている。
猪瀬さんはまだ若い「宗教社会学者」さんのようである。
フィールドワークとして創価学会を選んだがご自分は「信仰」については「無宗教」の様子。
信仰共同体の中にある方々が至上命題の一つのようにしているテーマを「客観的」にどう捌いて行かれるのか、今後の研究が楽しみである。

さて本著を読んだわけではないが、筆者のこのような「宗教社会学」的なフィールドワークを目にしての率直な感想は、「なるほど『信仰の継承』とは新興宗教団体の課題なのだ」と言うことである。

大雑把な比較で申し訳ないが、例えば中世カトリックにおいては社会共同体と信仰共同体は同心円で重なり、「ゆりかごから墓場まで」何十世代にも渡って信仰は受け継がれたのである。
そもそも「信仰の継承」と言うことは自覚されなかったろう。
それほど自然に受け継がれて行ったのではなかったか。

しかし日本におけるキリスト教、特にプロテスタントはそのような社会的・文化的背景を持っていない。こう言っては他のキリスト者の方々から睨まれそうだが、所詮日本におけるプロテスタント教会は「新興宗教」の一つに過ぎないのである。(現下その新興宗教性が様々な牧師不祥事問題や教会のカルト化問題の背景としてあることは否めないだろう。)

もちろん信仰とは個人的なものであり、特定の宗教団体に入るか否かはその個人の任意で為されると言う了解のもとで「信仰の継承」の問題があることは、猪瀬さんが「宗教社会学理論のなかでは、宗教選択の説明に関して、合理的選択理論が一定の影響力を持ってきた。」と言っている通りである。
「信仰の継承」問題は「信教自由・宗教選択の自由」と言う近代の前提と不可分である。

しかしそのような近代合理性がキリスト教にしても創価学会にしても十分意識されているか、と言うと実態はそのような近代的性格とはかけ離れたところに「信仰の継承」の問題がしばしば存在しているのではないか。

筆者の身近な例を取って見てもそう思われる。
例えば筆者の祖父は単に自分の子供たち、孫たちをキリスト者として生育するだけでなく、牧師・伝道者として献身することを自身の切実な信仰の課題とした。
幸か不幸か非常に宗教的な空気の濃厚な中で育った筆者は牧師になって壁にぶち当たるまでそのプレッシャーを十分自覚することはなかった。
それまでは献身という「選択」をそのような宗教的陶酔感の中で自然に受け入れてきたのであった。もちろん子供たちの中には大変な葛藤の末献身した者もいたが・・・。

さて「信仰の継承」が単に「親から子へ、先行世代から後継世代へと教団の価値観、組織の行動様式が、そのときどきの社会状況に応じて再編されながら受け継がれていくプロセス」として問われるならばそれは「宗教」と言う文化の一様式の伝統パターンを見ることで終わるのではないか。

しかし宗教団体の中に生きている者達には単に「自分たちの教団の価値観、組織の行動様式」が伝承されて行く事だけが問題なのではなく、そもそも自分たちが伝承された「信仰」を批判的に捉えた上での「信仰の継承」でなければそれは単なる伝統主義に過ぎなくなってしまい、次世代の「信仰の継承」も単なる宗教的サブカルチャーの通過儀礼に過ぎなくなってしまうのではないか、との問題意識を筆者は感じている。