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2026年2月4日水曜日

ある読書会でのこと(覚書)

先日あった牧師たちのZOOM読書会でのことを記しておく。

取り上げられた本は牧師による説教集のようだ。
「ようだ」というのは、筆者はオブザーバーのような参加なので購入もしていなく読んでもいないので。当日は用意された発表者の感想なような文章を事前に読んで参加するだけ。いわば気楽な立場。

イエスの復活の記事(ヨハネ福音書20:24-29)からの説教だが、次のような部分がある。(引用はこの発表者のものではなく、ネットにある書評から。)

もう一つのショックは「傷によって共に生きる」(本書24頁以下)の中で語られている「傷」に対する捉え方である。聖書個所はイエスが疑い深いトマスに現れ、ご自身の傷口を示した個所である。この個所から北口牧師は語る。
「わたしたち誰もが傷を負っているのです。そしてその傷は、よみがえられたイエスに傷が残っているように、癒えても残りつづけます。誰もが生きる中で傷を負い、残る傷がある点で、わたしたちは兄弟姉妹であり、家族であります。」(30頁)。「キリストが傷を残してよみがえられたのは、それぞれに傷を持つわたしたちを『傷によって共に生きる』という生き方に招くためだったのではないでしょうか。わたしたちには傷があります。なら、その傷によって共に生きることはできないのでしょうか。傷によって傷付け合うのではなく、それに対して思いやりをもって、愛し合うことはできないのでしょうか。決してそうではないと信じています。」(31頁)とある。

この部分もそうだが説教集のタイトルにもある「傷」ということに一番の焦点が当たっていることが分かる。

さて、他の牧師たちが一通り感想を述べた後、筆者もコメントを求められた。
実はそうは言わなかったがこの著書についてはある程度耳にしていた。著者のこともそれなりに耳にしていたので本の内容も推察していた。

発表者の感想に次のような一文があった。

著者は自分の弱さを徹底的にさらけ出して語っている。それがこの書の魅力だが、わたしの○○年の牧師としての歩みは、あまり自分のことを語らなかったように思う。聖書が何を語ろうとしているのか、それを今生きているわたしたちはどのように受け止め、生きていけば良いのかを語ってきた。

この「自分の弱さを徹底的にさらけ出して語っている」という部分に自分(発表者)とは対照的な説教アプローチであることを感じ取っていた。

筆者のコメントは、まずこの点についてのものだった。
つまり「自分を語る」という点。

筆者が見るところ、この「自分を語る」傾向は神学にも出てきているように思う。何かを客観的に語るだけでは説得力がないように感じられ、自伝的なエピソードも交えて語ることで、信憑性が増すように思う傾向である。
英語で言えば「lived experience」。要は体験された真理が真正性の証明と受け取られるような傾向である。

近・現代の聖書解釈の流れにおいても、解放の神学やフェミニスト神学のように、解釈者自身の体験をテキストに持ち込むようなアプローチが有力になっているが、その背景には「真正な自身(authentic self)」を追い求める思想的背景(その時には用いなかったが大雑把に言えばロマンティシズム的背景、現代では「expressive individualism」文化)があるのではないか、とコメントした。

次に筆者がコメントしたのは「イエスの復活」について。

この説教においてイエスの復活は全体として後景に退き、ただ復活のキリストの「傷跡」が抽出され、説教者自身の「傷」と結びつけられ、それがメッセージとなって聴衆も抱えているだろう「傷」体験と響き合うよう語られている。そのような印象を持った。

それでコメントで指摘したのは次の2点だった。

(1)身体的復活
 ヨハネの「イエスの復活」の記述で「傷跡」が持つ意義は、まず「復活のからだの身体性」にあるだろうということ。
(2)復活前と復活後の身体の連続性
 さらに「傷跡」はコリントⅠ15章(35節以降)で「復活の体はどのような体で来るのか」と議論されているように、復活前と後の身体には「連続性」があることの示唆になるだろうということ。(またその傷跡が単なる生前の生きた証のようなものではなく、「十字架刑の傷」であることも安易な感傷的共鳴を退けるのではないだろうか。)

以上覚書として書いたことはまだ思いつきにすぎず、深められる必要があることは言うまでもない。


2017年2月20日月曜日

(5)『スキャンダル・オブ・ザ・エヴァンジェリカル・マインド』の今

米国福音派はトランプ大統領の隆盛と共にもはや「キリスト教原理主義」とほぼ重なって見えるようになってきている観がある。

実際はもっと複雑な内部事情があると思うのだが、恐らく「外の人」にそれを説明することはかなり困難になって来ているかもしれない。

そんな兆候の一つともされかねないのが小論壇誌『ブックス&カルチャー』の閉巻だ。
このツイートによれば「大衆福音主義迎合タイプの映画は続編を出すが、一級の(小)論壇誌は廃刊に追い込まれる。」、ということになるのだろう。

実はツイッターを始めて間もなく、この『ブックス&カルチャー』のツイッター・アカウントをフォローしてきた。

しかし、やりくりが大変そうなのが伝わっていた。

ツイートの数がかなり減って行った。

そして2016年を最後に「店を畳んだ」。

そういった事どもを思い返したのは、このツイートだ。

(順番から言えば最初にこのツイートを掲げるべきなのだが・・・。)

いやー、この記事本当面白かった。

こんなツイートもしたくらい・・・。

この記事の中で、ジョン・シュマルツバウアーが、『ブックス&カルチャー』を編集に携わってきたジョン・ウィルソンが(標題に使った)マーク・ノルのThe Scandal of the Evangelical Mind (1995年)に言及している部分を紹介している。

Like many little magazines, Books & Culture was a response to a problem. As Wilson remarked in a recent podcast, "It was not accidental that The Scandal of the Evangelical Mind came out in '94 and the first issue of B&C in '95." Lamenting the persistence of anti-intellectualism within American evangelicalism, Scandal was an "epistle from a wounded lover," articulating Mark Noll's "hope that we American evangelicals might yet worship God with our minds."
どうやら『米国福音主義の知的生活・文化』は退潮傾向にあるといわねばならないのだろう。
 

2017年2月8日水曜日

今日のツイート 2017/2/8

セオロジカル・ディファレンシズ・・・神学的見解の相違から解雇される、ということだが、
確かに出版社の雇用条件には社の神学的立場に同意することを求め、更にそれを毎年更新するという条件がウェッブサイトに掲げられてはいるが。

Hiring Considerations

The status of InterVarsity Christian Fellowship/USA as an equal opportunity employer does not prevent the organization from hiring staff based on their religious beliefs so that all staff share the same religious commitment.
Pursuant to the Civil Rights Act of 1964, Section 702 (42 U.S.C. 2000e 1(a)), InterVarsity Christian Fellowship/USA has the right to, and does, hire only candidates who agree with InterVarsity's Statement of Agreement: Purpose and Doctrinal Basis.

The Hiring Process

If you are hired, each year you will be asked to re-affirm and sign InterVarsity's Statement of Agreement.

確かに彼の神学的立場はいわゆる福音派のものとは異なっているとは言えるのだろう。恐らく問題はその相違をどの程度厳密に規定して雇用条件として運用するかではなかろうか。



というのも編集者が余りにも雇用者の神学的立場に合致することだけを戦々恐々やっていたら必要な冒険もできないだろうと思うからだ。


福音派の場合「神学的見解の相違」で神学校の教師が解雇される等の事件は度々起こるが、その度にこのようなコントロールの実質的意義はなんだろうか、と考えさせられるのだ。

2015年11月3日火曜日

(5)追悼: シェルドン・S・ウォリン (1922-2015)

※表記を「ウォーリン」としていたのを「ウォリン」と直しました。(2016年1月29日)

まだネットでは(日本語での)追悼記事も多少詳しい訃報も見当たらないので・・・。

まあ追悼と言っても一種のミーハー的レベルでのことですが・・・。

名誉教授として引退したプリンストン大学に訃報・追悼記事がありますので、一部要約して紹介しておきます。

Political theorist Sheldon Wolin dies at 93
 

民主主義が権力と国家にどう絡むかについて思索した政治理論家シェルドン・ウォリンがオレゴン州セーラムで亡くなった。享年93歳。
 
プリンストン大学で政治学の名誉教授だったウォリンは、1960年に出された『政治とヴィジョン』 で政治理論研究の大切さを再認識させ、その後の著作でより広範な人々に政治理論への関心を広げた。1972年からプリンストン大学となり、1987年から名誉教授となった。

(ウォリンのもとで薫陶を受けたコーネル・ウェストのことば)
"Sheldon Wolin was the greatest political theorist of democracy of our time. His scholarship was impeccable, and his golden heart was undeniable. I was blessed to have him as my thesis adviser, my mentor, my colleague and my democratic comrade in arms."

1922年シカゴに生まれたウォリンはオバーリン大学で学士を、ハーヴァード大学で博士号を受けた。プリンストン大学以外でも、オバーリン大、カリフォルニア大バークレー校、同サンタクルツ校、同ロスアンゼルス校、コーネル大、及びオックスフォード大でも教える。

ウォリンの研究関心の対象は主に合衆国の民主主義、特に国家の政治機構や制度とは区別したもの。

(中略)

1985年に『政治とヴィジョン』で「ベンジャミン・E・リピンコットアメリカ政治学会協会賞」受賞。


政治とヴィジョン』は、デイナ・ヴィラ、ノートルダム大政治学教授によれば、第二次大戦後の「イデオロギーの終焉」が学界の基準になり、政治理論がほぼ死滅したと広く思われていたときに出版された。
ウォリンはこの本で当時の常識を打ち破り、西洋政治思想正典と看做されるものの幅を再解釈して広げ、歴史に対し鋭い関心を有したアイゼア・バーリンやハンナ・アーレントなどと並び称せられるようになった。

(以下略)


ところで、この記事のために少し検索していたら、既に「英語圏神学者」で最初に紹介したスタンレー・ハウアーワス
 『大学のあり方──諸学の知と神の知』アマゾン日本)の第10章で
 「民主主義の時代──ヨーダーとウォリンから学んだ教え」


となっているそうである。(紹介はこちら

なるほど細かい年代までは調べていないが、ハウアーワスがプリンストン時代ラムゼー教授のもとで勉学していたときにウォリン教授からも学んでいたのかもしれない。(一つの発見。得した。)


※ウォリンについては「米国留学時代」の思い出として個人的な観察・印象をこことそして加藤周一と合わせてここにも少し書いておきました。参考まで。

[追記]
※その後(たまたま今日、2016年1月29日)、朝日新聞にICUの千葉眞氏の追悼記事が掲載されているのを発見した。

2015年3月30日月曜日

(4)「若手論客」とか「新世代」について②

で予告していたが、そのままになっていた。

『坂口恭平』とはどういう人物か、とは余り良い質問ではない。

『坂口恭平』はちょっとしたフェノメノン、と言う感じなのだ。私見では。

だから多分に評価は情況的だし、過度的だ。

『坂口恭平』が最初に筆者の視界に入ったのは1年以上前ではなかったか。


坂口恭平躁鬱日記』が出て、その本の評判が筆者のツイッターTLにたまたま出たのを目にして、
坂口恭平@zhtsssをフォロー開始したのではなかったか。
 
最初の印象は、「がんばってんなー、この人」くらいなものであった。

気にはなっていたが別にそれ以上の関心は持たなかったが、つい最近になって『モバイルハウスの作り方』(0yenhouseウェブサイト参照)を読んで俄然面白く思った。

彼はやはり一種の「天才」なのだと思う。

でも躁鬱を抱えてちょっとアブナカしい、綱渡り的人生を送っている。

発言のあちこちにそのことは出てくる。

先日ジャーマンウィングス機の事故があったが、副操縦士の自殺の巻き添えにされたと言うことらしい。

言わばその逆をこの人は果敢にやろうとしているように映る。

革命だの、いのちの電話だの、総理大臣だの、・・・普通の人がやるとちょっと過激すぎることも、この人がやると何か分かるような気がする。

個人的にはこの人の「ラディカル」さが面白い。

思想がラジカルとか、そう言う話ではない。

もっと原始的な感性みたいなものだ。

例えば「土」に対する近さとか(「ダンゴ虫」に対するシンパシー)・・・

視野とか(建築家のパースペクティブを越えて、アボリジニの脳を想像させるような)・・・

いわゆる常識で納まらない思考と言うか、行動的知の探求というか・・・


まっそんなところです。

だから「論客」みたいなメディアに好都合な枠に入れてない方がいいと思います。


2014年10月16日木曜日

(5)福音と多層文化

「福音と文化」と言う範疇でも様々議論があると思う。

しかしこれはメモ程度の文章なので、ただそのような思索のジャンルに入るものとだけ言っておこう。

※神学的考察として少し名前や著作を挙げれば、
①H・リチャード・ニーバー「キリストと文化」、
②ポール・ティーリッヒ「文化の神学」(Theology of Culture)、
などがあるかな・・・。


もちろん、どの文化(歴史や言語、思想的伝統)で神学するか、と言うことの自覚的反省そのものも「文化の神学」となるのだろうが。

「福音と文化」は日本の福音主義神学では、日本福音主義神学会創設当時ある程度関心の高いテーマであったような記憶がある。(学会誌のバックナンバーで論文タイトルをご覧ください。)
但し、当然ながらそれは「伝道の対象としての日本文化」と言う設定が色濃く出ていて、自省的な方向のものは少ないように思うが。

このブログではまだ「福音と文化」と言うテーマで「日本の文化」の問題について書いたことは余りない。

しかし、「福音主義」という事では主に北米の事情を「社会や文化の文脈」で書いたことは何回もある。

そんな中で「文化の多層性」を睨みながら書いた文章があった。
福音主義キリスト教と文化

ここで用いた「文化の多層性」の整理は、
①メイン・カルチャー(言語や国民的価値観のようなもの)
②宗教文化(プロテスタンティズムは北米でのメインな宗教文化)
③「福音主義」や「バイブル・ベルト」という宗教でのサブカルチャー
④人種的背景の違いから来るサブカルチャー(スン・チャー・ラーの韓国系福音主義キリスト教)
のようなものであった。

※先日「いのフェス」で起こったことも、もっと仔細な「文化の多層性」衝突問題として分析するのも、あるいは興味深いかもしれない。

とにかく、このメモ的文章で言わんとしているのは、単に「福音と文化」ではなく、もっと細かい「文化」を捉えて行く必要があるのではないか、と言うことだと思う。


※そう言えば、のらくら者の日記の記事はそのような「細かい文化」の問題ではなく、「文化の古層」「行動様式に表れる潜在的なもの」への実践倫理的問題提起だったように思う。
「空気」と、(丸山眞男が指摘した)日本人の「古層」とには深い関係がある。キリスト教会にとって、福音(メロディー・旋律)も、「古層」(執拗低音)の 問題に取り組まなければ、和音の色彩はすべて変質してしまう。クリスチャンも本書を熟読して考えてもらえればと願う。
もっと掘り下げて欲しいのだが・・・。

「日本文化を基底としている、日本文化に規定されている、キリスト者」と言う自省的分析視点を持ちつつ、「日本文化」を宣教の文脈に置かないと、と言うことでしょうね。

2014年7月6日日曜日

(5)亡命知識人・続

亡命知識人と題して読書感想らしき、メモらしきものを書いた。
それの続き。

前回話題にした
①フランクフルト学派
②ポール・ティーリッヒ
③ハンナ・アーレント
を取り上げている「ウニベルシタス」とはそもそもなんぞや、であった。

別に初耳だったわけではないが、こうして連続借りてみるまで余り気にしなかった。

ウニベルシタスってuniversityのことか・・・。
と言うところからもうずっこけである。

しかし法政大学出版局の編集者ってどういうんだろう。

もう1000点もの叢書を発行してきたと言うが、どのようなクライテリアで選んでいるのだろう。

少しスケールは違うが、米国遊学時代、バークリーの古本屋街で、Harper_Torchbooksを見つけてはよく買っていたが、そのラインナップに少し似ている感じもある。

しかしウニベルシタス叢書は値段が違いすぎるが・・・。

明日には図書館に返却しなければならない、アーレント=マッカーシー往復書簡


を読んでいて何箇所か面白いところがあった。

「真理」は思考の最後に出てくる結果だと信ずるのは大きな誤りです。それどころか、真理は常に思考の始まりであり、思考は常に結果のないものです。そこが「哲学」と科学の違うところです、科学には結果があり、哲学にはない。思索は真理の経験がいわば胸にぐさっときたときに始まります。哲学者とそうでない人の違うところは、哲学者はつかんだ真理を放さないということであり、彼らだけが真理をつかむということではないのです。(中略)真理は、言いかえると、思考の「中」にはなく、カントの言葉を借りれば、思考の可能性のための条件なのです。それは始まりでありアプリオリです。(82-3ページ) 
後そうですね、この本読んでて少し面白いのはマッカーシズムが吹き荒れた頃とその後のアメリカ知識人の様子が少し肌で感じられるような点と、それからどちらにしても若い国アメリカの知識人はヨーロッパを古典とする点かな。

それからこれはマイナーポイントだけれど、アレントのテオドール・アドルノ観が窺えるコメントがちょっと。(アドルノの父方のイタリア人姓を名乗ることで、ユダヤ出自を隠すようなところをアレントは由としなかったようだ。)



2014年6月22日日曜日

(5)亡命知識人

この話題は宗教と社会 小ロキアム@巣鴨に書いた方がいいのかもしれないが・・・。

話題にするのは
①フランクフルト学派
②ポール・ティーリッヒ
③ハンナ・アーレント

順番から言うとポール・ティーリッヒが最初だが、と言うのもアズベリー神学校やプリンストン神学校にいた時はティーリッヒは殆ど読んでいなかった。

Graduate Theological Unionに来てポール・ティーリッヒに関心を持つようになったのは、ロバート・ベラーが彼から影響を受けている、と聞いたことがあるからかもしれない。

しかし宗教社会学の古典の一人である「マックス・ヴェーバー」を読み出してまもなく、「フランクフルト学派」について知るようになり、特にMartin Jay, The Dialectical Imagination: A History of Frankfurt School and the Institute of Social Research, 1923-1950で関心を持つようになった。

そこで確かポール・ティーリッヒに言及があり、「あれっ、神学者のティーリッヒとフランクフルト学派に何かしら繋がりがあるんだ」と記憶に留めたものの、その後その繋がりについては何も調べることはなかった。

そうしたら日本語で「ティーリッヒとフランクフルト学派


と言うそのものずばりの本が出ているではないか。

ネットで調べると、深井智朗という最近よく耳にする神学者によるものらしい(でも「監修」とある)、と言うことがわかった。

で、図書館から借りて読んでみたのだが、一応少し分かったので重宝した。

そうしたら今度は「ティーリッヒとアレント繋がり」があると言うではないか。

と言うことで、これまた先日図書館から借りてきて読んだ。

悩める神学者ティーリッヒと、それを個人的によく知るハンナ・アーレントの取り合わせは「へー、そうなんだ」である。

筆者が現在出席する某神学者の読書会でも、著作となる神学書の内容と著者の人生における道徳問題とを、どのように斟酌するかと言う課題が読者側に求められるので、ティーリッヒにおいても同様関心を持った。

著者の深井は以下のようなコメントを残している。
 この二つのティリッヒ像[筆者注、精神分析と神学を結び付けた著作家像と、性的倒錯傾向者像]のどちらかに過度に傾くティリッヒ理解はいずれも誤りであろう。両者の統合がティリッヒだからである。それゆえに、今後もしまだ誰もなしえていないティリッヒの思想を総合的に、また全体的に解釈するという難行を誰かがなしうるとすれば、それは具体的には、この思想家自身の統合や体系化への熱情を上回る情熱をもって思想と生活とを統合的に結び付けたティリッヒ像を提示する、ということであるに違いない。
 実はハンナ・アーレントはそういうティリッヒを比較的若い頃から晩年にいたるまで、ひとりの人間として受け入れ、交際することができた数少ない友人のひとりであり、これまであまり注目されてこなかったが、ティリッヒにおける思想と生涯とのけっして引き裂くことのできないあの結びつきを知っている重要な証人のひとりなのである。(147ページ)
さて「思想と生活」「思想と生涯」と言うような『結び付き』は、その神学者なり思想家が「自伝的言及」を著作に入れるか、彼らの伝記作家が然るべく著作と背景とを照合して全体像を提示する仕事であり、特に「あの結び付き」とクローズアップして「思想史専門家」の「情熱的仕事」にするほどのものなのか・・・がまだよく分からないのだが。
 これはティーリッヒの場合に良く当てはまる、と言うことなのか。多分そう言う意味なのだろう。
 (しかしティーリッヒの著作と言うのはそれほど複雑で隠れたニュアンスのあるものなのか。神学者が読むより精神分析家が読み解く方がいいのか・・・。)


※タイトルの「亡命知識人」について説明していなかった。ご存知のように、①フランクフルト学派、②ポール・ティーリッヒ、③ハンナ・アーレント、らは皆ナチスドイツの時代にアメリカに亡命してきた方々で、ティーリッヒを除けばユダヤ人であった。


2014年6月16日月曜日

(5)ジョージ・スタイナーと由良君美

 先日、粉河哲夫について投稿した。

 その時「検索していて」出遭ったのが、文学批評を専門にしているらしいqfwfqの水に流してというブログ。

 そのブログのスタイナーの続き、あるいは由良君美と山口昌男(2012年6月23日)と言う記事に粉河がコメントを寄せている。
・・・スタイナーの加藤批判は、ある意味で岩波・朝日文化人の硬直さを鋭く指摘しており、論争を仕掛けることになった由良さんは、このときばかりは、してやったりという顔そしていました。・・・
これに対してブログ主(服部と言う方なのか)はこう切り返す。
・・・やっぱりね、由良君美も人がわるい。スタイナーこそ、いい迷惑でしたね。・・・
筆者がR大学で「ひたすら勉強しない」努力を傾けていた時、後に彼方米国遊学中に勉学・研究のため関心を持つことになる加藤周一等「日本の現代知識人」の思想状況を垣間見せる、「スタイナーと加藤周一の口論」構図は以下のように描写されている。
 ときは1974年、パリ五月革命後の急速に沈滞してゆく西欧の反体制運動の気運のなかで、コミュニスムの理想はいかに実現可能かをめぐって、ふたりは鋭く対立した。スタイナーのペシミスムにたいする加藤周一のオプティミスム。むろん、加藤周一のオプティミスムは、「英知においてはペシミスト、だが、意志においてはオプティミストたれ」とグラムシのいう「意志としてのオプティミスム」である。
先のコメントによると、どうやらこの「口論」を演出したらしい由良君美なる人物に関心をそそられた。

 ネット検索して見ると、粉河哲夫ほどではないが、 由良君美も至って「マイナー」な存在に見える。しかしやはり「加藤・スタイナー」が日本で公開討論するのを仕掛けた人物としてもっと知りたい。

 と言うことで昨日図書館から借りてきたのが、四方田犬彦「先生とわたし」 だ。先生とはもちろん四方田にとっての先生であった由良君美のこと。

 いやー、なかなか面白い。筆者が不勉強を通しているほぼ同時期に、非常な知的興奮を覚えていた人たちがいたのだ。

 しかしそれは「東大」であったからではなく、多分にこの東大にあっては異色の「教養人」、由良君美に負っているのが読んでいて伝わってくる。

 四方田が研究の進路を「宗教学」(その頃東大では柳川啓一教授が面白かったらしい)の方に取ろうとしていたのを由良は推したのだと言う。

 また由良は四方田たち学生にエリアーデを読ませていたらしいし、四方田には個人的に北畠親房の「神皇正統記」を「隠れた」比較神話学のテキストとして紹介したとのこと。


 と、ここまで書いてきてタイトルに挙げた「ジョージ・スタイナー」についてはまだ何も書いていないのに気付いた。

 スタイナーを最初に耳にしたのは何時だったか。すくなくとも「ちゃんと知った」のは、プリンストン神学校でのダニエル・ジェンキンス教授の「神学と言語」みたいなタイトルの講座だった記憶している。

 その講座ではテキストの一つに使われたのが、Gerhard Ebeling, Introduction to a Theological Theory of Language、だったが、副読本に挙げられていたのがGerge Steiner, After Babel: Aspects of Language and Translation、だった。

 ジェンキンス教授は英国の親バルト神学者で、この時は客員で教えていたのだ。(ベン・マイヤースのこの記事が少し参考になるか・・・。)

 何はともあれ、ペーパーバックの大著に見えたスタイナーの『アフター・バベル』にはかなり気圧された感じで、結局手をつけていない。


 しかし「先生とわたし」と入れ替えに返却した『知の○○○○○○○』(ヒント、○はすべてカタカナ)は期待とは逆につまらなかった。

 日本の人文系の若手たちが思想史から中世・ルネサンス期を見直す論文を書いているのだが、「パトスがない」、というか一様に「のっぺり」していて気味が悪い感じがした。仕掛け人(らしくある)のH・Hは一体何をどうしたいのだろう・・・と思ったのだった。

[追記]
Daniel Thomas Jenkins (1914–2002)については、Oxford Dictionary of National Biographyの項を参照。 上記「客員」と書いたが正確には「3年間契約」での教授職だったらしい。

2014年6月4日水曜日

(5)粉河哲夫とFUKUSHIMA-DAIICHI

今日、たまたま、「粉河哲夫」の名前を思い出した。

何でか分からない。ただふっと思い出した。
夕食後にネット検索でもするか、と思っていた。

(これから書くことはまだネット検索前のこと。)

大学生の頃だったか(1970年代後半)、それとも遊学終わって帰国直後の頃だったか(1990年辺り)、 その位はっきりしない記憶。

ただ本を1-2冊買って読んだことは覚えているような。
少し左翼がかった思想から「メディア」の問題を捉えていたような、そんな前衛的言論人だった。

(ここからはネット検索後。)

何と!
あれほど一時期にせよメディアに持ち上げられた
(と自分には少なくとも見えていた)論客が・・・。

検索で引っかかったのは僅か2ページ、10件余りに過ぎない。

文京区の図書館にも、豊島区の図書館にも、蔵書されていない。

一体どうなってるのか。
(陰謀論の誘惑を断ち切って、そのことについては何も書かない。)

とにかく、一つだけ

粉河哲夫の「シネマトーク」


だけは存続している。

どちらにしても「ネットに何かあった」のを発見して、不思議なような懐かしいような、ちょっと言いにくい。


映画評が主のウェッブサイトなのだろうが、こちらは余り関心がないので、最近タイトルだけは何とか気になったくらいのハンガーゲームの映画評を読む。

それからトップページを見渡して気になった

福島原発事故関連

を読む。

3.11以前の1本も含め、3.11からほぼ毎日更新されたブログ記事だ。
3月31日まで更新された後中断された。

改めて事故を時系列的に読むとマスメディア情報ダダ漏れに抗して独自な視点や批判を展開しているのを面白く読んだ。

昔読んだ「粉河哲夫」がまだいるのだな、と感じた。

それに暫く時間がかかったが、もう一本映画評を読んでみようと思った。

で、ハンナ・アーレントにした。

なるほどそこまで評するか、という薀蓄も垣間見ることが出来たので収穫だ。

日中ふと思い出した人物について、こんなに時間をかけてネットで調べてていのか・・・。
時間の無駄!、と思わないこともないが、でも一応調べてみて「余りにも無い」ことを知ることが出来、何かしら理由があるのだろうな、と推理したりする遊び時間が持てて、良かったことにしよう。

※図書館でハンナ・アーレント関連本を予約した。

2014年5月27日火曜日

(3)ことば/コトバ考:聖書と文学 3

今回3回目となります。

ご案内してきた「ヨナ書の表現よみ」と言う催しが、間近になりました。
※まだお席あります。今すぐ、予約どうぞ!!!(詳細は上のリンクをクリック!!!)

2014年5月30日(金)、午後2~3時半
巣鴨聖泉キリスト教会
今回は「表現よみ」をしてくださる、ゲストの渡辺知明さんへのインタヴュー記事です。

*  *  *  *  *  *  *  *

(1)渡辺さんがよく「表現よみ」している文学作品と比較して、『ヨナ物語り』は何か共通しているものがありますか。
(2)あるいは「違和感」はありましたか。あったとしたらどんなところでしょう。
――もちろん文学としての共通性はありますが、表現よみはおもに小説を読みます。ヨナの物語は、物語ですので寓話のような傾向があります。違和感というよりも、このあたりが基本的なちがいでしょう。

(3)渡辺さんは作品を声に出して「表現」することを「表現よみ」と呼ばれていると思うのですが、その際「解釈」が様々な形で反映されると思います。
「ヨナ物語り」を「表現よみ」するに当たって特に工夫した箇所などありましたか。
――物語の場合には、小説とは違って、人物の「内言(内面の言葉)」の表現があまりありません。ですからリアルに読むためには、人物の感情に「はいる→なりきる→のりうつる」という表現の工夫が必要だと思います。
(4)ヨナ書では、ヨナの預言と呼べるようなものは3章4節の「あと四十日すれば、ニネベの都は滅びる。」くらいで殆どありません。
だからヨナ物語り、などとよく呼ばれるのだと思いますが、現代社会で「預言」と言ってもぴんと来ませんね。
むしろ大川隆法のような怪しげなものになってしまいます。

現代では人々が「はっ」と我に帰って生き方の方向を大きく変えるような警句とはどんな形で「来る」のでしょうか。

私が昔好んで聞いたサイモンとガーファンクルの歌に「預言者のことばは地下鉄(駅)の壁に書いてある(サウンド・オブ・サイレンス)」と言う歌詞がありましたが・・・。
――キリスト教においては「預言」が神からの指令のような意味を持つのでしょうか? 現代においては自らの意思による自主的な行動になるような気がします。そのための前提になるのが、真実の認識と情報の開示なのでしょうが、マスコミによる秘密がそれを妨げているような気がします。
(5)「表現よみ」はパブリックな場でのスピーチやシュプレヒコールのようなものにはどんな意見を持つでしょうか。

「特定秘密法案反対」と賛成できるものであっても大抵一本調子で絶叫タイプで、「表現」としてかなり稚拙、非洗練ではないかと思うのですが。

またヘイトスピーチも、そして政治の場での「発言」も、しばしば絶叫・罵声・罵倒・怒声になってしまうのはどう思われますか。

政治の場、パブリックな場での「表現よみ」の適用は何かありますか。
――表現よみの基本は「オーラルインタープリテーション」だと考えています。つまり、ことばを理解するための自分にとっての表現です。表現を目指すことによって理解が深まるという考え方です。
ですから、他者に向けた言葉の表現においても、自らの認識やモラルが問われるのだと思います。
(6)今回「文語訳」で「表現よみ」なさることにしたのはどんな意図でしょうか。現代語訳では不足があると思われますか。
――「文体そのものがは思想のかたちである」という考えが前提です。現代語訳と文語訳では、厳密に言うと思想がちがのだと考えています。それは情報伝達のレベルではなく文学思想の微妙なところです。
(7)文学作品を「表現よみ」なさる場合もそうだと思うのですが、その作品がどのような視点(誰の視点、主人公の視点、第三者の視点、一人称、三人称、などなど)で語られているか、と言うのを意識することが大事だと思うのですが、ヨナ物語りはどうだったでしょう。
――聖書というものの語り手の立場を考えました。ある意味で「説教」ということになります。日本の文学で言うなら、芥川龍之介「蜘蛛の糸」などは典型的なものです。次に問題になるのが、作品構成における聞き手の設定です。だれがだれに向かって語るのかということが、いわゆる「視点」の立体化になると思います。
(8)今まで「表現よみ」なさった作品の中には、ヨナ物語りのように「一定のメッセージ、教訓、道徳訓」のようなものを内包するものがありましたか。
――作品の教訓というよりも、関連する作品をいくつか思い浮かべました。
太宰治「人魚の海(新釈諸国噺)」での船が荒れる場面。
丸山健二『白鯨物語』(2013眞人堂)にヨナの物語の引用があります。もともと「白鯨」に書かれているものでしょう。
また、中島敦「文字禍」は、アッシリアやニネベを舞台にした話です。
*  *  *  *  *  *  *  * 

④で、「キリスト教においては「預言」が神からの指令のような意味を持つのでしょうか?」、とありましたので簡単ながら・・・。
「預言」はどちらかと言うと旧約聖書で主要なものです。新約聖書(キリスト教)はその「預言」が成就した、と言うところにポイントがあります。

「預言」は、予言のこともありますし、指令のようなこともありますが、そのような具体的内容に関わらず、起源が神の言葉である、と言うことがポイントだと思います。

ですので「預言」、つまり「神の言葉」を預けられた預言者は、自分の好きなようにその言葉を改変することが出来ませんし、また都合が悪いので言わないでおくと言う選択肢もありません。
彼は「預言」せざるを得ないのです。たとえその内容が聞く民に怒りを引き起こし、預言者を殺そうとするような厳しい警告のような性格のものであっても。
丸山健二『白鯨物語』(2013眞人堂)・・・と言うご指摘は日本現代文学に全く疎い筆者にはありがたいものです。
当初「ヨナ書」を題材にした日本現代文学は、丸谷才一の『エホバの顔を避けて』しか見当たりませんでした。(一応読みました。)

確かにメルヴィル『白鯨』はヨナ物語の引用どころか、重要なモチーフになっています。
それもこれもヨナを飲み込んだ魚が鯨と想定されているからですが。

メルヴィルは北米東部地方の捕鯨船の船乗りたちの逸話などを集めて物語を作ったようですが、その中には、
「鯨の胃液でヨナは生き延びれなかったはずだ。」
「地中海で鯨に飲み込まれたとして、イラク付近で吐き出されるまでには三日以上かかったはずだ。」
「鯨の回遊路としては喜望峰を回ってインド洋に入る方が自然だ。 (その場合さらに日数がかかったはずだ。)」
と言ったようなヨナ書を史実に基づいた物語として読んだ場合の難点が物語の中で議論されているのだそうです。

また船に乗り込んだマップル神父がヨナ物語りを聴衆に回想させながら、ヨナが鯨に飲み込まれる前の様子を、詩篇18篇を引用して描写しているくだりがあるそうです。
ほむべき方、主をわたしは呼び求め/敵から救われる。
死の縄がからみつき/奈落の激流がわたしをおののかせ
陰府の縄がめぐり/死の網が仕掛けられている。
苦難の中から主を呼び求め/わたしの神に向かって叫ぶと/その声は神殿に響き/叫びは御前に至り、御耳に届く。(詩篇18篇4-7節、新共同訳)
※以上は、Moby-Dick Summaryウェブサイトの「各章要約」を参照。

以上、渡辺さん、『インタヴュー質問』への回答ご協力ありがとうございました。
当日の「表現よみ」と対論のお相手もよろしくお願いします。

2014年5月13日火曜日

(4)神学と宗教学

テーマから言うと、現在構築中の
宗教と社会 小ロキウム@巣鴨 
に掲載する方が相応しいのかもしれないが、簡単なメモ程度なのでこちらに。

先日は「最近購入した本(英書)」を紹介した。

また先日(文京区)図書館からも何冊か借りてきていた。
読む本が多くて大変だ。

この記事タイトルの順で紹介すると『神学』からになるが、
深井智朗『思想としての編集者』
から始めよう。

筆者は日本語の神学書やキリスト教書は余り買わない、とよく口にするが、それでも何度か周りの人や何かから「誰それがどうの・・・」と聞いたりする名前は一応覚えておくことにしている。

「深井智朗」の名を初めて聞いたのは数年前になるかもしれない。
最近『ティリッヒとフランクフルト学派』 と言うちょっと気になる関係についての叢書をまとめられたそうで、また「深井智朗」の名が浮上したわけである。

彼について書き進める前に、今度は『宗教学』。

「大田俊寛」と言う割合若い宗教学者のことはこのブログでも度々言及してきた。
オウム真理教の精神史ーロマン主義・全体主義・原理主義
を著し、最近のオウム真理教の動向についてメディアから度々コメントを求められる存在になってきた。

こちらは教義や修行内容やそう言う表面や外面から見た場合「様々な宗教や思想の折衷・混淆」に見える如何にも胡散臭いオウム真理教が、思想史的に射程を長くして捉えると、「近代の申し子」の様相を呈する、と言う分析をした本だ。

なぜこの二つを「神学と宗教学」と題して取り上げたかと言うと、たまたまこの二つを読んでいて「共通点」とまではいかずとも、「近代における精神史」的側面で幾らか重なる部分があるな、と思い、それを忘れないうちにメモしておこうと思ったからである。

今無理に二つを連関させようとすると「こじつけ」となる危険があるので、トピックとしてだけ挙げておく。

方法論としては深井は「思想史」にさらに「出版と言う近代の知識・思想社会制度史」を加えて重厚さを持たせている。
大田の方はより思想史的なまとめだ。

カール・マンハイムが祖とされる『知識社会学』や、それを遡り、「近代社会理論」草創期の古典である『宗教生活の原初形態』を書いたエミール・デュルケームについてもちょっと書いてみたいところだが、そちらは宗教と社会 小ロキウム@巣鴨に譲ることにしよう。(と言ってもすぐ書くかどうかは不明だが。)

2014年2月15日土曜日

(3)長谷川三千子と現御神

NHK経営委員の一人、埼玉大学名誉教授・長谷川三千子氏の文章が物議をかもしている。

以下そのターゲットとなった小論文(英国ガーディアン紙はエッセイと訳している)を引用してみる。

神にささげるお供へもののほとんどすべては、人間がもらつても嬉(うれ)しいものばかりである。上等の御神酒(おみき)は言ふに及ばず、海山の幸や お菓子の類……。或(あ)るとき神社の奉納のお祭りをごく真近(まぢか)で拝見する機会があつたとき、ちやうどお昼を食べそこねて空腹で、目の前を運ばれゆくお供物に思はず腹が鳴つて恥ずかしかつた記憶がある。あゝ、さぞや神さまも美味(おい)しく召上るだらうなあ、と思つたものである。
 しかしにささげることはできても、人間に供することは決してできないものがある。自らの命である。よく陳腐な口説き文句に「君のためには命をさ さげる」などといふセリフがあるが、言ふ者も聞く者も、そんなセリフを文字通りに信じはしない。もしも本当にさう言つて、女の前で割腹自殺する男がゐたら、(よほどの毒婦でないかぎり)喜ぶ女はゐないであらう。下手をしたら、精神的打撃をかうむつたと言つて遺族に賠償を請求するかも知れない。人間は、人の死をささげられても、受け取ることができないのである。
 人間が自らの死をささげることができるのは、に対してのみである。そして、もしもそれが本当に正しくささげられれば、それ以上の奉納はありえない。それは絶対の祭りとも言ふべきものである。
神道における供物は「神」にとっても、「人間」にとっても、(おいしい)嬉しいものである、と始められている。

 供え物(犠牲)は多くの宗教に共通するものであり、恐らくその意味合いは様々であろう。

 長谷川氏は神道祭儀の一般論を「導入」部分で述べながら、すぐに「人間が自らの死をささげる」と言うおよそ特殊な犠牲的行為を「神に対してのみ」ささげられるものと限定する。

 先日も線路で動けなくなったお年寄りを助けようとして自らの命を落とした女性のことが多くの人に感動を与えた。

 本人は「自らの死をささげる」意図はなかったであろうが、概ね「(結果的に)死に至る」ような自己犠牲は人道的な倫理観、価値観の上になされるものである。

 その場合「死」は目的ではなく、他の人の命なり、何なりを助けたり守ったりするために起こることであって、それを「犠牲」と見るのは人々がそこに何か人間精神の崇高なものを見るからであろう。

 それを「宗教的」な次元で捉えることも可能かも知れないが、一般的には極度の利他的行為とみなすのが妥当であろう。

 重要なことは、長谷川氏がどうやらそのような(人道的な)人間の犠牲的行為とは次元を異にする自死が「神」だけにささげられる特殊行為としてある、と言うことを主張していることである。

 そしてそのような行為は「奉納」、「絶対の祭り」、と言う宗教的(神道的?)言辞によって修飾されることによって異次元化されているように読める。

 野村秋介氏が二十年前、朝日新聞東京本社で自裁をとげたとき、彼は決して朝日新聞のために死んだりしたのではなかつた。彼らほど、人の死を受け取る資格に欠けた人々はゐない。人間が自らの命をもつてと対話することができるなどといふことを露ほども信じてゐない連中の目の前で、野村秋介はにその死をささげたのである。
 「すめらみこと いやさか」と彼が三回唱えたとき、彼がそこに呼び出したのは、日本の神々の遠い子孫であられると同時に、自らも現御神(あきつみかみ)であられる天皇陛下であつた。そしてそのとき、たとへその一瞬のことではあれ、わが国の今上陛下は(「人間宣言」が何と言はうと、日本国憲法が何と言はうと)ふたたび現御神となられたのである。
 野村秋介氏の死を追悼することの意味はそこにある。と私は思ふ。そして、それ以外のところにはない、と思つてゐる。
(仮名遣いは原文のまま)引用元
かように、この文章は「野村秋介氏の死を追悼する」ために書かれたものであることが分かる。
 
 しかしここに表されている「野村秋介氏の死」の意義は、長谷川氏による「神学」的解釈に昇華させられている、と捉えても概ね間違いではあるまい。

 このような長谷川氏の「天皇観」が戦後否定されたことへの怨念さえ透けて見えてくるように感じるのは筆者だけであろうか。

 特に朝日新聞を評して
・・・彼(野村秋介)は決して朝日新聞のために死んだりしたのではなかつた。彼らほど、人の死を受け取る資格に欠けた人々はゐない。人間が自らの命をもつて神と対話することができるなどといふことを露ほども信じてゐない連中・・・
と言っているが、ここに「導入」部分において「神」と「人間」に区別した意図が、レトリカルなものであるのが見て取れる。

 朝日新聞ではなかったら、それとは別に「人の死を受け取る資格」がある個人やグループがいたりするのだろうか。長谷川氏にはそれは(今上)天皇陛下をおいて他にはないのだと推測するが。

 「野村秋介事件」の詳細を筆者は知らないが、長谷川氏は「野村秋介の自殺」を(朝日新聞社に対する捨て身の抗議ではなく)「絶対の祭り」と言う神学的意味に方向変換したいのだ、と言う事は伝わってくる。
 (清らかで崇高な『神』へのささげものだった野村の死は、断じて朝日新聞などという『野蛮』な連中に対してなされたものでははない。その汚名を挽回し、その死を浄化したい・・・と言う思惑であろうか。)

 いずれにしても、第二次大戦までの「国家神道」で位置づけられた絶対的天皇崇拝を髣髴とさせるこの文章が、NHKと言う公共放送の経営委員によって発せられたと言うことは意義深いことだと思う。

 長谷川氏が
わが国の今上陛下は(「人間宣言」が何と言はうと、日本国憲法が何と言はうと)ふたたび現御神となられた
と大胆にも自己の「神学」を論理的に立脚するため、憲法を無視するような物言いをした時点で、「公共放送」の重要職につく資格が大いに問われることは当然であろう。

 このような思想を公言する人物を経営委員に推した首相の責任もまた、いやより重いと言うべきだろう。

 また菅官房長官が「表現の自由」などという理由でその発言の是非を問わない姿勢も大いに問題だ。

 「小川榮太郎」と言う文芸評論家が『靖国の神学・私論 ~安倍総理の参拝が意味するもの~』()と言う文章を書いているが、
 客観的に見るならば、歴史過程におけるすべての戦争は、正しいのでも悪いのでもない、ただ端的な戦争である。すべての戦争は「普通の戦争」なのだと言つてもよい。

 しかし、その「普通の戦争」のただなかに、或る「絶対的なもの」がたちあらはれてくることがある。それは、おそらく世界の歴史を見わたしても、めつたにあることではない。また、それは、そこに居合はせたすべての人に見えるものでもない。むしろ、ほんの少数の人の目にしか映らないと言へるかも知れない。けれども、それは何らかの形で、その同時代の人々、あるいはその後の人々にまで感知されうるものであつて、大東亜戦争のうちには、確かに、さうした「絶対的なもの」が含まれてゐたのである。(長谷川三千子『神やぶれたまはず 昭和20年8月15日正午』29頁)
と、どうやら「長谷川神学」を援用しているようである。

 長谷川氏にしても、小川氏にしても、「絶対的なもの」とはつまるところ何を指すのであろうか。

 天皇か、それとも天皇を「絶対的なもの」と一時的にもせよ日本国臣民が「感じた」ことか。

 どうも平時では感じることが出来ない「天皇=現御神」が、第二次大戦中や「野村秋介事件」を通して特別に啓示された出来事であった、と見定めたいらしい。


 となると、「天皇=現御遠」が発現するためには「絶対の祭り」を要請することになるのではないだろうか。その最も「華々しい」ものは戦争、あるいはそれに準ずるような「お国のための殉死」になるのではないか。
 
 そんな危惧を覚える文章である。  

 どうやら安倍総理の「戦後レジームからの脱却」とは、崇高な自己犠牲によって「絶対的なもの」を作り出すような仕掛けを「作り直す」狙いがあるのではなかろうか。(考え過ぎであってくれればいいのだが。)

 少なくとも長谷川氏の方からはそのように見えているのだろう。(詳しくは《おまけ》を参照。)

《おまけ》
 長谷川氏が「安倍応援団」の一員として「戦後レジームの脱却」を掲げ、「日本を取り戻す」安倍氏の狙いが「大事業」であることを嬉々として語る動画。


2014年2月9日日曜日

(4)スラヴォイ・ジジェク

最近少しずつ耳にするようになったスラヴォイ・ジジェク。

今日は図書館で彼の「ポストモダンの共産主義」を借りてきて読み出した。

初めて彼の名前を耳にしたのは数年前だろうか。
一応「面白そうだな」と思ったがそのままにしておいた。

先日アップした政治神学を書いている時にも何度もジジェクの名前に出くわした。
そろそろ読み時か、と思い借りてきたわけだ。

そんな流れでユーチューブを探していたら、こんなのがあった。



面白かったので思わず2本とも見てしまった。

一緒にいるのは、ウィキリークスのジュリアン・アサンジ、司会しているのはエイミー・グッドマン。

昨年特定秘密保護法が通過した背景にはデジタル社会における情報漏洩があるわけだが、情報公開を巡る政治権力、企業、マスメディアとの駆け引きが紹介されていてそれも面白い。

中でジジェクはユダヤ・キリスト教の遺産としての私的空間における思索の自由(神学すること)、みたいなことに言及していたが、あるいは佐藤優の同志社大学神学部で「・・・虚学であるが故に、危機的な状況で人間の役に立つ神学という不思議な知・・・」と説明していることと通底するところがあるかもしれない。

その他、京都大学の芦名教授のキリスト教学(特殊講義)でも取上げられている。

ジジェクの神学思想の特徴については、ベン・マイヤースの「信仰と神学」ブログで少し紹介されている。(リンク




2011年12月6日火曜日

北川東子と教養

ツィッターでフォローしている、山脇直司東京大学教授(@naoshiy)の以下のツイートに何か目が留まった。
今日は長らく闘病生活をされておられた駒場の尊敬する同僚の訃報に接し、ずっと落ち込んでいました。心より先生のご冥福をお祈り申し上げます。Wikipedia
リンクを辿ると同僚の方とは北川東子氏のことだった。
全然聞いたことのない名前だった。(東大教授で名前を知らない人が殆んどであるからそれ自体は何の不思議でもない。)
ただ妙に同僚の大学教員に対しこのようなツイートを残す何がしかの人柄と言うか人物を「北川東子」氏に感じたので耳に残った。

そうしたら別の方が北川東子氏の訃報に触れて思い出を語る連続ツイートに出会った。
以下一つにまとめる。
いま、新しい本の相談をしているのですが、その最後に書こうかな、と思っている話。「僕が東大で受けた、もっとも美しい授業」 あんまし反響ないかな、とかとも思いつつ、ちょっと考えています。
僕が学生として東大で受けた「もっとも美しい授業」は30を過ぎて二度目の博士取得の際に参加した北川東子先生のゼミナールでした。学生はたった3人、 ニーチェの「悲劇の誕生」の原書講読。毎週木曜日の午後4時過ぎから先生の部屋で始まりますが、深い議論になりやすく9時10時になる事もしばしば6時7時を過ぎるとおなかも空き、先生のご発案で34回目あたりから夕ご飯時に場所を駒場の研究室から渋谷方向に少し歩いた店に移しビールを傾けながらま た3,4時間ゼミ後半の議論になりました。そういう時の北川先生のゼミ指導の所作が本当に素晴らしかった。テキストの一言一句を精緻に読みながら一人の好奇心に満ちた個人として何の衒いもなく、必要ならその場で辞書なども引きながら、本当に嬉しそうに楽しそうにニーチェを読んでゆかれました。上か らものを仰る先生ではなく僕らも好きに発言し、その場で調べて間違ってたりもしながらテキストと同時にテキストとどう関わるかの姿勢も学びました。5時間6時間に及ぶゼミは一方向的な講義では到底もたず、素の構えでどう向き合うかという仕事そのもの、ビールを傾けつつ資料も前に真剣な議論というのは北川先生が博士を取られたベルリン自由大学ご留学時代のご経験と同様ということで、こういう授業をやってみたかった、とも仰っておられました。酒を飲みながらの授業とは何事か!と怒る方があるかもしれませんがニーチェの「悲劇の誕生」は酒の神のランチキ騒ぎみたいなお祭りの話で、また北川先生は 本当に端正な仕事をされる方で、そんな先生がビールを飲みながら議論しましょう!と嬉々として輝くように読解の喜びを体現しつつ教えて下さった。決して上からモノ申すのでなく、同じテーブルでその喜びとか、あるいは瞬間的な発想、アイデアなども遊ばせつつ「テキストと戯れる」ということを目の前で 行って下さった。ちなみに鋭利と言って良いほどの北川先生の実力は知る人は誰でもしっています。本当の本物の知性、いま思い返してみて僕が学生時代に受けたあらゆる講義や授業の中で、飛びぬけて「美しい」授業として、現在まで自分の支えになっているのは北川東子先生の原書講読のゼミナー ルでした。ただドイツ語本来の難しさはその場で先生が解いちゃうので僕の語学力はここでは伸びなかった^^;それはこれからの僕の課題と思います。(以上、 Ken ITO 伊東 乾
外国の哲学者の原文(テキスト)と格闘する。
その共同作業に長時間没入できる数人の教師と生徒の充実した「学業」の光景が眼に浮かぶ。

しかし北川東子氏は教養学部の教員として絶えず自問自答しながら「教養とは何をどう教えることなのか」を模索していたらしい。
(こちらをお読みください。「『二十一世紀的教養』を求めて」

全く見ず知らずの方だが、なぜかこの北川東子氏について一文残したい思いがした。
北川氏の教員としての姿勢、誠実さを印象付けられた思いがする。

それにしてもまだ50代の若さで・・・。

2011年3月30日水曜日

「終末」を想像して現在を捉える

キリスト教の終末論(「世の終わり」)には大きく分けると二つの異なる解釈がある。
一つは地球(宇宙)・人類の絶滅と取る聖書のより字義通りの解釈(よく参照されるのがⅡペテロ3章10節)。
もう一つは、質的な変革を通るが、今ある地球(宇宙)・人類が「新しい天と新しい地」に再生されると言う解釈。
勿論大衆的キリスト教でどちらの解釈が支配的イメージかと言えば前者の方である。

前者は基本的に神の被造世界を霊肉二元論的な世界観で捉え、物質的存在には終わりがあり、永続性を持つのは霊的世界(天)だけと考える。
後者は「世の終わり」は物質的被造世界は「世の終わり」を通して変革されるのであり、消滅させられるのではない、と考える。その根拠となるのは神の被造世界に対するコミットメント(契約に基づく慈愛)である。(個人主義的救済観の十八番のような聖書箇所であるヨハネ福音書3章16節は、むしろこのような理解を補強するものだと思われる。)

今回の東日本大震災にあたって、大惨事を目の当たりにして、脳裏に「世の終わり」がイメージされたキリスト者は少なくないと思われる。
大衆福音派の一般的受け取り方は「緊急祈祷課題」の最後に「霊的覚醒」や「伝道の機会」が付け足されることが多いように、「キリストの再臨」が先ず念頭にあるようだ。

しかし非キリスト教的、ポストモダン的日本における「終末」に関する言説は、このような大衆福音派のイメージとはかなりかけ離れている。

2011年3月8日のNHK「視点・論点」で、社会学者の大澤真幸は『"正義"を考える―裏返しの終末論』(リンク)で、
 しかし、私は、物語の機能障害、人生が物語化できないということ、物語の中で人生を意味づけられないこと、これが現代社会に特徴的な困難であると考えて います。物語の中で意味づけるということは、自分が、あるいは自分たち共同体が、最終的にはよい、価値のある目的へと向かっていると解釈できるということ です。現在は、いろいろな不幸や失敗や困難があるけれども、最終的にはよい結果に至ると見なせるとき、人は、自分たちの人生を物語として想像できるので す。しかしながら、現代社会を生きる多くの人が、自分の人生をこうした物語の一部として解釈できずにいます。何かよい結果へと向かう過程であると見なすこ とで、自分の今の不幸を、克服できずにいるのです。
と指摘する。そういう中で大澤は「物語の困難そのものを逆手に取る、人生や社会に対する立ち向かい方」を提唱する。
物語が働かないということは、よい終末、よいゴールは想像できないけれども、悪い終末、つまり破局であれば、思い描くことができる、ということです。そこで、まず、未来において、その破局は起きてしまっている、と仮定してみるのです。ということは、その未来の方を「現在」とする時点において、その破局までの過程が、必然であり、不可避の宿命だったと感じられているということです。その「破局までの過程」、つまり未来にとっての過去に、私たちの実際の現在が 含まれていることが大事です。
ここで、今述べたばかりの、偶然の選択が必然性を産み出すという原理が効いてきます。つまり、未来に想定された破 局の位置からは、その破局に至る宿命自体が、未来の破局にとっての過去--つまり私たちの実際の現在--の自由な選択の産物である、と見えているというこ とです。ちょうど、中東での政権崩壊という必然的な政治のブロセスが、ある自殺をネットでとりあげるという自由な選択の所産であるように、です。
ところで、「自由な選択」であるということは、現在、私たちは別のようにも選択できる、ということです。それは、「『破局』を帰結するような宿命」とは別の選択肢です。私たちは、その「別の選択肢」の方を採るべきです。
つまり、わざと破局的な終末が到来してしまったと想定し、逆に、その終末を回避するような選択肢への想像力を回復する。私は、これを「裏返しの終末論」と呼んでいます。物語が困難な時代の「正義」への第一歩は、この裏返しの終末論にあります。
果たしてこの「裏返しの終末論」とやらがどれだけの力を持ちうるのか、その説得力は未知数だが、実はキリスト教にとってポストモダン時代のライバル的福音に聞こえなくもない。
現在の大衆的キリスト教が「個人的終末(死んだら天国に行ける・・・という救いの提示の仕方)」に焦点を絞るのであれば、終末イメージは異なるけれども「裏返しの終末論」の方が現在をどう生きるかという課題に対してはより説得力を持つのは否めない。

筆者は未読だが伊坂幸太郎のSF小説「終末のフール」もやはり「終末」を逆手に取った現在の生き方、人生の意義付けを提案しているようである。(「カウンセリングルーム:Es Discovery」さんの書評 を参照させて頂いた。)
その意味では、『終末のフール』は小惑星の衝突という『非日常的な事態・近未来の破滅』を呈示しながらも、逆説的に、小惑星が衝突することが分かった途端に『生きる価値を失うような人生・日常』を送っている“今現在の生き方”に警鐘を鳴らしているようにも読める。
未来のどこかに自分の幸福や安らぎがあるはずと想像するだけではなく、現時点において繰り返される日常や家族関係、人間関係の中に、最大限の幸福や価値を見出す努力をしたほうが良いという話である。小惑星が衝突しないとしても、人間の生命というものは『明日をも知れない側面』があるのだから、『繰り返される日常』を無為のままに何も楽しみや意義を感じずに過ごすことは好ましくない。
現在原発事故による危機が進行中だが、「安全神話」が虚構であり、現に起きている「想定外」の破綻が初めから想定すべき「破局」的状況であった、との認識が人々の間に浸透しつつある。

現実が「終末」的様相を帯びてきているこの時代に、キリスト教の福音を如何に提示するか。
従来の「死んだら天国(あの世)に行ける救い」的伝道メッセージで現代人のハートを掴めるのか。

少なくとも、逆説的に終末を想像して充実した“いまを生きる福音”、終末を逆手に取った“破局のシナリオを回避する正義の努力”の方が、現実に対する“しなやかさ”という点で勝っている、と筆者は見るが、このブログの読者の方々は如何であろう。
教会にとってなかなかチャレンジングな時代だと思いませんか。

2010年12月13日月曜日

ポストモダンを考える

文献によってでもなく、ネットによるキーワード検索によってでもなく、ただ筆者が漠然と「現代はポストモダン」であると前提していることについて。

あまりにも多様に解釈され、使用されるポストモダンという用語。

本当に自分でよく理解して使っているのだろうか。
他人の尻馬に乗るように、流行語のように、あまり掘り下げもせず使っているのではないか。

そんな反省をしてみたい。

①筆者が「ポストモダン」と言う時どんなことが一番念頭にあるのか。
恐らく思想的な面での問題だと思う。
西洋啓蒙主義の理性信仰の崩壊、といった感じかな。
「客観的真理」の確実性・普遍性が揺らいでいる、そんな文化的環境にいることが即ちポストモダン時代であると。
それは同時に反動として、「真理・真実」が個人の主観、(理性ではなく)感性的、直感的に捉えられる傾向、とも言える。
それは総合的に言えば「価値の多様性」、グローバルな次元での「多元化社会」での「合意形成」の困難さ、あるいは悲観的な展望に繋がる状況の出現、とも捉えられる。

②思想面以外ではどのような面を見ているのか。
やはり後期資本主義の爛熟型である「大量消費社会」を背景に見ていると思う。
つまり近代がもたらした資本主義を「正」と見るのに対し、その現在を「負」の視点から見ることと言える。

③モダンからポストモダンの変容とは、物語的に言えば、啓蒙主義の楽観的歴史観、社会観、人間観が、実際にモダンプロジェクトを進めた結果、予想外の状況に逢着し、啓蒙主義思想がやはり一つの神話であったことに気付き、幻滅と失望を味わっている状況、と言うことができるだろうか。

大雑把に言えばそんなことが挙げられる。

では、「ポストモダン」は西洋の思想的問題で、日本には限定的にしか適用すべきでない問題なのか、について。

思想・言論の世界で「ポストモダン」を前提しているのは西洋先進国の知識人である、と言える。
これはもう常識と言っていいだろう。
日本ではどうかと言うと、少し距離がある感じがする。

上記②で掲げた状況は日本社会にも十分当てはまる。その意味では日本もポストモダン社会の諸問題を抱えていると言わざるを得ない。
しかし①と③の自覚は相対的に希薄であり、対岸の火事のように評論されることも多いのではないか。
その点明治維新時の「和魂洋才」的問題整理のし方を踏襲している感じかな。

キリスト教会、宗教界におけるポストモダン言説の適用
 上記のような観察にも拘らず、ポストモダンは一定の市民権を得ている。
その最も顕著な例は「霊性・スピリチュアリティー」が置かれている状況が、欧米先進国と日本との間で極めて近似している、と言うこと。

これは二つの異なる文明圏が同様の現象を並行して現出させた、と言う意味ではない。
片や西洋キリスト教文明は、その字の通り根幹にキリスト教と言う精神文明があった。
しかし日本は多くの人が観察してきたように「キリスト教ほど強力な精神的根幹」がない、しかし適度に儒教的・仏教的・神道的、習合的な精神文明に支えられてきた。

欧米でのポストモダン状況の出現は、(啓蒙主義の媒介による)脱・キリスト教文明と密接に関わるが、日本における“無宗教化(非宗教化ではない)”はそれとは大分趣をことにする。
多分に資本主義社会の進行による、都市化、核家族化、等による崩壊現象と見える。

しかし彼我のポストモダン霊性の在りようは、その雑種性、個人的志向、など色々な面で重なるように思う。
孤立した個人、既成宗教(組織)に対する不信、なども似ている。


と言うわけで、キリスト教会の現代的宣教は、どの程度日本の文化状況がポストモダンなのか、安易に前提することなく、丁寧に分析しながら、対応していかなければならないだろう。

2010年10月6日水曜日

池澤夏樹「多神教とエコロジー:世界を支配する資格」

朝日新聞夕刊に月一度連載されている氏のコラム「終わりと始まり」の十月掲載分のタイトルが上記である。
余り注意してなかったので、「毎月」のコラムであることに改めて気付いた。

ネットでの反応は如何なものかとちょっと検索をかけてみた。
分かったことは、
①最新掲載(上記のコラム)分についてはまだ見つからない。
②過去のコラムの幾つかについては、概ね好評な反応が数は少ないがブログで取り上げられている。

さて、上記タイトルのコラムは、昨日、10月5日の夕刊のものである。
昨日一回読んでピンとこなかった。
特に「創世記」の解釈と、「エコロジー即アニミズム」的世界観の繋げ方が如何にも短絡的過ぎないか、と言う印象を持った。

今日はこれをブログに取り上げようと思い、再読してみた。
所謂日本語で言う「エッセイ」風で、議論として読むには筋が粗いと感じた。
池澤氏自身の視座がそのまま表明されているだけで、例えばキリスト教の視点から「環境問題」と「創世記解釈」の問題の紆余曲折(少なくとも30年以上の蓄積がある)に関しては何も語られていない。

この「エッセイ」を論として読む場合、結語を紹介すれば、後は様々な修飾と位置づけられるかもしれない。こう書き終えている。
エコロジーの背後にはアニミズムがある。あるいは、あるべきだ。一にして全なる神を信じる人々も個々の被造物の中に、それをあらしめている神の意志を認めなければならない。
今、我々は支配力を駆使して支配者の地位から降りなければならない。

この結論の前の文章を見ると、アニミズムから始まって一神教が出現する「進化論的、発達史観的」展望を通して、「現在の人間の立ち位置、立ち居振る舞い、驕り」を分析しているのが分かる。
大雑把に言えば、「西洋キリスト教の聖書に基づく人間観」と言う思想的基盤と、「進化論を認めない『原理主義的キリスト教』」が主たる要因とされている。
原理主義的キリスト教徒が進化論を断じて認めないのは、認めれば人間と世界の関係が逆転するからだ。他の動物や植物と同格では、神にかたどられて造られたという尊厳は保てない。
科学は長い時間をかけてヒトと他の種の連続性を明らかにしてきた。ヒトは動物である。その一方で人間は科学技術によって世界を支配する力をいよいよ強めた。この矛盾の果てに今の環境論がある。
たくさんの神々に祈っていた頃、人間は自分の無力を承知していた。その後で、あるいは別の地域で、一にして全なる神に祈る人々が科学技術を発展させ、自然に対する支配力を強化し、今見るような驕りの姿勢を導いた。
読み方によっては、「文明の衝突」「多神教対一神教」の短絡的な議論に見えなくもない。しかし結論で「我々は」としているように、一部のアニミズム的経済生活を守っているコミュニティーを除けば、資本主義的原理で生きる人類の殆どが、この驕りの構造に絡め取られている、と解釈すれば、それ程無責任な議論ではなくなる。

しばらく前『加藤周一』をこのブログで取り上げたが、彼の『夕陽妄語』ほどのレベルには大分程遠い印象である。大衆紙の教養欄コラムとしては、もう少し議論の緻密さが欲しいところだ。

一つ例を挙げれば「現代の環境問題」の淵源に宗教的世界観の影響があることは否定すべくもないが、その因果関係分析のまとめ方において、近代資本主義の背景となる啓蒙主義的人間観や聖書的キリスト教とはダイレクトに繋がらない「理神論」の介在、また資本主義や科学技術が異なる宗教的背景(それぞれ固有の共同体倫理)を駆逐して普遍的影響を持つに至った過程などにも顧慮する必要があるのではないか。

そして「キリスト教的」な見方から一つ視点を提供するとすれば、池澤氏が
人間が堕落した時、神は洪水を起こして人間をリセットしたが、あれは世界を支配する者としての資格あらずという判断だったのだろう。
と言うところにせっかく注目したのであれば、「堕落の普遍性」をもう少し掘り下げてみてはどうか。近代資本主義の背後にある「貪欲」、あるいは最近の金融破たんで顕になった「相互信頼の崩壊に見る」人間の偽りの深さ、まさに聖書が指摘する「堕落した人類」の姿ではないか。

また、聖書物語の読みをこの箇所で止めてしまうとはどういうことか。「人間の堕落」に対する神の回復プランを聖書全体から読み取ってはどうか。

聖書はその後、創世記の12章から、まさに堕落によって悪循環に陥った人類と被造物全体の行く末を逆転するために、アブラハムの召命、イスラエルの召命、と言う「回復の物語」を開始させる。
そして、この世界の辺鄙な場所で生まれた一小民族のメシヤ、イエス・キリストにおいて「回復の物語」は原理的にクライマックスに達っする。
そして、真の「神の像」として回復されたメシアの世界支配を、キリスト共同体である「新しい人類」が受け継ぐ。

そういう読みが聖書全体を読む視点として必要であることを指摘したい。

と言っても、池澤氏の「一木一草に宿る神々」の“進化論的”世界観が「世界支配に失敗した」キリスト教文明の後始末をする、と言う視点が読み取れるから、ここは互いの物語を対峙させながら、世界をあるべき方向へ導くよう切磋琢磨するのが良いのだろうか・・・。
少なくとも池澤氏がキリスト教的視点全体を落第点にするのでなければの話だが。

2010年9月7日火曜日

加藤周一

連続講座「知の巨匠―加藤周一ウィーク」

が催される。

時 2010年9月18日~9月26日
所 世田谷文学館
※詳細はウェッブサイトをご覧ください。


加藤周一を表現するのに、「知の巨匠」は使い古された感じであまり好きになれない。
彼は、鋭い眼光と飄々とした動作が共存する、「精神的自由人」である。

最初に読んだ加藤の著作(論文)は、『雑種文化論』だったと記憶する。
米国留学中であったが、筆者の研究対象が理由で、日本の戦後知識人を読むようになった。
丸山真男『超国家主義』、大熊信行『国家悪』、吉本隆明のものなどとともに。

その後大分経ったが、加藤が一昨年亡くなるまで、彼は常に筆者の『知的アンテナ』であった。
彼の書くものには絶えず注意を払っていた。
晩年は回数が減ってしまい、また知的好奇心にも若干陰りが見られたが、朝日の「夕陽妄語」は常に刺激的であった。

かつて一度、新宿で持たれた加藤の講演会に出かけたことがあった。
休憩でトイレに入り、ふと横を見るとなんと加藤氏がやっておるではないか。
それが加藤を一番近くで見た体験である。
彼は全く普通の人のように行動していた。
自分が何者であるかを意識した風はまるでなかった。

加藤の「夕陽妄語」で著した文章は、一応の教養を備えた人が「熟考」するように書かれていた。
論理的構成、語彙の選別、テーマへの接近、例証、時にユーモア、などなど、簡単に読み通して分かるようには書かれていなかった。
少なくとも2回や3回読み直して、「論旨」と「分析」と「検証」を、自分なりに再構成してみるよう要請するような文章であった。
私の知っている限り、論旨の展開、水の流れる如く、殆どメモに頼らず、淀みない口調で講義を聴いたのは、加藤と、プリンストン大学の政治哲学教授であったシェルドン・ウォリン(Sheldon Wolin)の二氏だけであった。

加藤の日本文化・社会分析で、一番記憶に残るのは、日本社会は「個人が集団(組織)に組み込まれる度合いが強い」、と言う指摘である。
加藤は「文壇」や「知識人」とはあまり深く関わらなかったようである。
彼の理想は「在野の知識人」「市井の知識人」ではなかったかと思う。
彼の仲間の一人、中村真一郎も多分そうであったように、江戸時代の町人文化の中に、ゆるーい自由な知識人の共同体を見ていたのではなかろうか。

加藤の書き残したものは多岐に渡る。
加藤周一が読まれるのは、まだまだこれからではないだろうか・・・。

2010年9月5日日曜日

有神論的世界観と『被造世界』の科学的解明

御大層な題になって申し訳ありません。

要するに、「私たちの住む世界全体をどのように考えるのか。キリスト教はどう見ているのか。」
と言うことに関する覚書みたいなブログです。

先日「無神論」と言う題のブログを書きました。
その中で「世俗化論」と言うものを紹介しました。
単純な『世俗化論」は、「科学的世界観が樹立されれば、宗教的世界観は取って代わられる」というものです。

ところがそう単純に宗教的世界観が無くなったか、と言うと現実にはまだ無くなっていません。
注意深く観察すると、現代人の世界観は、科学的世界観を中心にしながら、宗教的世界観を含む。それも異種の宗教・擬似宗教的世界観が混在して構成されているように見えます。

病気になっても、近代医学や東方医学(漢方)、民間療法から、占い、祈祷、・・・“効きそうなもの”だったら何でも手を出すのが現代人ではないでしょうか。

ある意味で『世界=全リアリティー』は、様々な学問・技術に専門化し・分化し・断片化し、全体を掴めないまま、『モザイックな世界像』、『未統合の世界観』の中を行ったり来たりしながら、答えを探して生きているのが現代人と言えないでしょうか。

つい最近「ビッグ・バン宇宙論、時の始まり」で有名なスティーブ・ホーキング博士が、ビッグ・バン理論では『神の存在』は必要ない、と改めて主張しているそうです。
ヤフー・ニュース(英語)

啓蒙主義までの科学は『神の存在』が前提されていました。
それ以降は科学は無(脱)神論的方向に発展してきました。

その間、かつて「諸科学の女王」だった神学は、とっくにその座を追われ、自然科学からまともに相手にされず、自らの城に閉じこもって何とか大学と言うアカデミックな世界で生き延びてきました。

しかし、ポスト・モダンの知的状況は、あらゆるアカデミックな権威を否定し、科学とか宗教を問わず、様々な「“私の”知っている“世界”はこんな感じ」言説が共存しています。(少し誇張して言っています。)

さてキリスト教的には、このような知的・精神世界的状況をどう見るでしょうか。

問題点① 科学の発達に神学が遅れを取ってきた
「科学と信仰」「科学と聖書」のように、啓蒙主義以降、主に「二項対立的議論」が支配的でした。その結果、キリスト教側から実証科学に対抗するために、科学的認識論、方法論を聖書に当てはめる傾向が強くなりました。(聖書の言語・叙述を科学的言説に対応させようとして、聖書を自然科学に並行するデータと見立てるようになりました。)

古い神学的前提では「二つの啓示(『聖書と言う特殊啓示』と『自然と言う一般啓示』)」と言う考え方で二者関係の調和が留保されてきたのですが、近世以降自然科学が理論的に先行し過ぎて、神学的フォローが追いつかなくなったため、致し方ない面がありました。

問題点②近年の神学的取り組み
近年になってT.F.トーランスや、最近になってアーサー・ピーコック、ウォルファート・パネンバーグ、ジョン・ポルキンホーン、そして今話題のアリスター・マグラスなど、勇敢にも「自然科学」と対話を試みる方々が出てきました。

対話の出発点として、神学者は諸科学の成果を真摯に受け止めなければなりません。近代以降の自然科学は、もはや「神の存在」と言う前提なしに、実証的に理論を積み重ねてきました。伝統的(組織)神学の枠組みにこれらの科学理論を無理やり押し込むことは知恵のあることではないでしょう。

アメリカでは「進化論」が目立って取り上げられる特殊事情があります。これも「科学と信仰」一般論と切り離しすぎると、偏った「科学と信仰」観になるのではないかと懸念します。

一般論としては①科学的知識分野全般に明るく、②聖書言語、記述の釈義的背景を柔軟に理解でき、③自然神学論史に通じている人が、議論を発展させて行ってくれるといいと思います。

実際には、一人の人がこれをやるのは到底無理でしょうから、やはり学際的共同作業が相応しいと思います。私が学んだ Graduate Theological Union の神学と自然科学研究センターMetanexus など、現在では「科学と宗教」「科学と信仰」を深いレベルで対話させている研究機関が輩出しています。今後も期待できると思います。

問題点③異なる記述言語レベルで対話は可能か
個人的に一番関心が深いのは、②の「聖書言語、記述」自体の持つ「ポエティックな表現による統合された被造世界観」です。やはりキリスト教世界観的には、聖書、特に詩篇などに表現されている『被造世界の素晴らしさを賛美する』スピリットが、科学的探究を相応しくリードする要素を備えているのではないかと思います。

その意味でも、被造世界を叙述するプライマリー言語は、聖書的表現であり、より包括的な記述ではないかと思います。科学的叙述は聖書表現やその世界観的叙述から、ヒントやインスピレーションを得ることが出来、また神学はそのような科学的被造世界の解明に示唆を与えることが出来るのではないかと思います。まっ、私の個人的期待でもありますが・・・。