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2018年8月31日金曜日

今日のツイート 2018/8/31

ちょっと内容的には一般的ではないが・・・


ちょうど「「次世代教会」を展望して、5」で教会史の学びの重要性、必要を訴えたところなのでドンピシャリという感じ。

「次世代教会」を展望して、6
で少し膨らまして見たいと思う。

2018年1月10日水曜日

(3)新年近況報告

当ブログも、漸減というかなんというか、最近更新回数が減っています。

シリーズものの記事も幾つかあるのですが、ストップしたまま2018年を迎えました。

雑多な内容が入り乱れますが、新年挨拶がてらまずは近況報告です。

(1)巣鴨聖泉キリスト教会の2018年標語聖句
従って、あなたがたはもはや、外国人でも寄留者でもなく、聖なる民に属する者、神の家族であり、使徒や預言者という土台の上に建てられています。そのかなめ石はキリスト・イエス御自身であり、キリストにおいて、この建物全体は組み合わされて成長し、主における聖なる神殿となります。キリストにおいて、あなたがたも共に建てられ、霊の働きによって神の住まいとなるのです。(エペソ2:19-22、新共同訳)
の特にオレンジ色部分が標語聖句となります。

取られたのはエペソ書ですから自ずからテーマは「教会」ということになるわけですが、
21世紀のグローバル化して行く世界でどのように「教会」を捉えて行くか考えて行きたいと思っています。

(2)イスラエルの問題、民族の問題

 昨年後半に4回に分けて書いた 宗教改革を越えて 最近の読書に見る流れ というのがありました。(1234)そこで触れたように、今浮上している一つの意義深い神学の問題は「教会」の問題であり、それは歴史的に言うと宗教改革の起こった16世紀ではなく、(まだ「キリスト教」とか「ユダヤ教」というような用語も認識もなかった)1世紀が焦点だ、ということです。

 キリストの教会が誕生した1世紀からコンスタンチヌス帝のミラノ勅令の4世紀まで、ユダヤ教シナゴグとキリスト教エクレシアはある種ある程度共生関係にあったのではないか・・・。言い換えれば、「parting of the ways」はまだ明確に確立したものではなかった(のではないか)。

 そういう展望からあらためて1世紀の(あえて使うと)“キリスト教”というものを見直す必要があるだろうと思い始めています。

 そうするとパウロが手紙を書いた教会における「ユダヤ人」と「異邦人」の関係の問題がより一層活き活きしたもの(live issue)に捉えられるように思います。

 キリストの教会が、ローマ帝国下にあって、キリストを主とするグローバルなヴィジョンを内包する信仰共同体として息づいていたことをより具体的に想像できるし、その際、一世紀ローマ帝国の多民族社会の統合原理・方法論に(かなり意識的に)対抗しながら、民族・性別・社会経済階層等の壁を乗り越えようとしていたのではないかと思えてきます。
洗礼を受けてキリストに結ばれたあなたがたは皆、キリストを着ているからです。そこではもはや、
 ユダヤ人もギリシア人もなく、
 奴隷も自由な身分の者もなく、
 男も女もありません。
あなたがたは皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです。
   (ガラテヤ2:27-8、新共同訳)
そこには、もはや、
 ギリシア人とユダヤ人、
 割礼を受けた者と受けていない者、
 未開人、スキタイ人、
 奴隷、自由な身分の者の区別はありません。
キリストがすべてであり、すべてのもののうちにおられるのです。
   (コロサイ3:11、新共同訳)
小アジア「エペソにあった教会」(コロサイ教会と地理的に近い)について言えば、
標語聖句のある2章11-22節がピンポイントに取り上げている「民族間の壁」はユダヤ人と異邦人です。

 そしてこの構図、イスラエル対諸民族の関係、は「福音」が初めから視野に入れていた問題です。
聖書は、神が異邦人を信仰によって義となさることを見越して、「あなたのゆえに異邦人は皆祝福される」という福音をアブラハムに予告しました。   (ガラテヤ3:8、新共同訳)
それは、アブラハムに与えられた祝福が、キリスト・イエスにおいて異邦人に及ぶためであり、また、わたしたちが、約束された“霊”を信仰によって受けるためでした。 (ガラテヤ3:14、新共同訳)
しかし、問題は二十一世紀のキリストの教会がこのような「福音」をどのようにグローバル化している多民族社会で実現して行くのか。その辺りのことも視野に入れて学んで行きたいと思っています。

今年もよろしくお願いします。

2017年12月26日火曜日

(3)メモ: パオロ・ダローリオ神父のこと

今朝のことだ。

ツイッターで誰かがRTしていた記事が面白そうだったので、一先ずリンク先の記事をタブのまま置いておいた。後から読むつもりだった。

結局読んだのは夜になってからだった。

How can any intelligent person have faith? 

Trying to believe when the facts stand in the way


記事に出てきたイエズス会士のパオロ・ダローリオ(Paolo Dall’Oglio)神父に興味を持ちいくつか検索してみた。


シリアの砂漠で廃墟となっていた6世紀に建てられた修道院(Deir Mar Musa Monastery)を修復し、イスラム教とキリスト教を繋ぐ施設として発展させていた結構有名な方だったらしい。
修道院の写真集、シリア・フォト・ガイド

しかしイスラム国の兵士に捕らわれ結局殺されてしまったのだという。
「宗教と倫理」サイトにダローリオ神父の活動を伝える動画が三つ置いてある。

そんなこんなを知った後でさてブログにメモでもアップしておこうと思った時には、もう誰のRTだったか忘れてしまった。

いや、たった今思い出した!!これだった。

静岡産業大学の森戸幸次教授が『ラッカに死す–伊人神父の温藉』というエッセイで神父の人柄・働きやイスラム国によって殺された経緯などを伝えている。


2017年8月25日金曜日

(4)宗教改革を越えて 最近の読書に見る流れ

英語のタイトルにすれば、Horizon(s) Beyond the Reformation 、とでもなるだろうか・・・。

今年は宗教改革500周年でこの1~2年いろいろな関連で宗教改革を改めて考える機会があった。

礼拝説教でもいつもの年より余計に取り上げている。

しかし(ここで標題に戻っていくのだが)ここ1~2年(プラスさらに1~2年)の購入図書の中で目立ってきているのは、宗教改革に戻るよりもその先の事柄ではないかと思っている。

「宗教改革に戻るよりもその先の事柄」ってなんかあまりよく分からないなー。

確かに。

つまりこう言うことではないかと思っている。

昨年は日本伝道会議の分科会で「N.T.ライトの義認論」と取り組んだ。

「(信仰)義認」は宗教改革の基本原理であり、宗教改革を記念するとなると「信仰義認」の再確認・・・ということが大切なことなのだろう。

しかし、昨年の会議でも一緒に話題となった「NPP(パウロ神学への新視点)」が一つの例だが、500年前の「原理」を再確認するとは「一世紀に生きたユダヤ人パウロの『意味の地平(horizon)』」にまで遡らなければならない、ということではないか。

21世紀の地点に立って500年前を見るとき、ルターやカルヴィンなど宗教改革者の生きた時代は(あまり深入りしなければ、そして焦点を500年前に合わせるだけであったら)独立峰に見えてしまうかもしれない。

しかし少し立ち入って調べて行くと独立峰に見えたものが周辺に幾つものピークを持つ結構入り組んだ山容に見えてこないだろうか。

パウロが使った「義認」という言葉(関連語)も、宗教改革の伝統に基づいて構築された「義認論」の景色から目を「一世紀ユダヤ教の諸相」に焦点を合わせると、「行為義認vs信仰義認」の対立というそれまで一本に見えていた山の稜線 が、背景にある山容の複数の稜線と実は重なって一本に見えていた のだということに気づく。と、そういうことがあるのではないか。

そういったような「対象との距離の取り方や背景との遠近による見え方の違い」を「地平(ホライゾン)」にたとえてみたのだ。

そして「対象に近づいていくと、(その背景の)地平も変化する」ということだ。(この辺のことはもっと具体的に説明して行く必要があるだろうが・・・。)



さて前置きはその辺にして最近(購入した本の)読書で変化してきた「地平」を紹介してみよう。

(1)Robert E. Webber, COMMON ROOTS



上のものが初版で、まだ米国留学早々の頃に出版されたのを購入していたが、読む機会がなかった。

帰国後牧師となり、周辺で「福音主義の霊的枯渇」みたいなことが囁かれ始め、ヘンリー・ナウエンなどが読まれるようになってロバート・ウェーバーの「宗教改革前、教父時代への遺産への意識」みたいなものが少しずつ「いつか読まないとなー」になっていた。

しかし結局読むことになったのは、下の方のデーヴィッド・ネフの序言が付いた改装版を廉価で見つけ購入したからだった。

ネフの序言にはウェーバーがこのような教父時代への「Uターン」をするきっかけがまさに自分自身の「福音派としての霊的枯渇の自覚」からだったことが綴られている。

『コモン・ルーツ』には巻末付録に「シカゴ・コール」(1977年)があるが、翌1978年の(聖書の無誤に関する)「シカゴ声明」との関連とズレが微妙にネフによって指摘されています。(ちなみにウェーバーがこの本を出版後まもなくあのハロルド・リンゼルを義理の父とする、というのも一種の皮肉ですかね)
  Here is something very important. Harold Lindsell, an iconic figure of the midcentury evangelical movement  who was to become Webber's father-in-law shortly after the publication of Common Roots, saw the content of the Chicago Call (which formed the backbone of this book's theological reflection) as a defense against the subjectivism of liberal theology. That was the battle that he, Carl F. H. Henry, and others among the charter members of the Fuller Seminary faculty had fought. By contrast, Webber saw the content of the Chicago Call as a way of renewing and reawakening people to the Spirit amid the objectivism of evangelical rationalism. (p.11)

(2)William Abraham, 他編著、Canonical Theism: A Proposal for Theology & the Church


こちらは購入したのは数年前だが、同著者の「正典」と「認識論(エピステモロジー)」の関係を説いた、William J. Abraham, Canon and Criterion in Christian Theology: From the Fathers to Feminismこの本の紹介記事)を読んでいたので迷わず購入した。

こちらはウェバーとはアプローチが多少異なるが、福音派神学と実践の限界を見通した上でその前(宗教改革前)のカトリックの教父たちの構築した聖書に限らない「正典的」遺産に注目している。(キャノンとはリストのこと。正典聖書のリスト以外にも、聖徒たちを建徳し、救いの恵に保持する様々なリストがある。)


(どうやら一回では終わりそうにない。継続とする。)

2017年8月17日木曜日

今日のツイート 2017/8/17

カトリックの学者の方らしいが・・・恐らく悪意は殆どないと思われるが・・・何かしら「対立的で、少し挑発的な響き」を感じたので・・・取り上げさせていただきましょう。

プロテスタント側には「30、000の教派」がある。
「(それだけ多いと)一括りにできるようなものではない」。
「カトリックではない」という定義がプロテスタントの「最大公約数的なアイデンティティ」。

ですか・・・。

真っ先に思うのは(筆者がプロテスタントだからですが)、「ルターがカトリック教会から破門された」ことが引き金となってプロテスタント(教会)が生まれたということでは、カトリック教会は(3万のプロテスタント諸派の)今日的状況と無関係ではない、ということ。

やはりその辺りの当事者意識が余り感じられないような物言いは注意が必要だろう。

次に「30、000の教派」だが、これはカトリック側が(主に?)プロテスタント教会の信頼性を損ねる目的でしばしば使われるポイントだと言う。

つまり「カトリックvsプロテスタント」という対立的な構図での「数字による攻撃」で、プロテスタント側も「数字で反撃」している。(余り建徳的だと思わないので引用紹介は控える。)

次にカトリック教会の「本家意識」は無理もないと思う。「キリスト教の正統を護ってきた」自負はそれなりに認められてしかるべきだと思う。

しかしその場合でも「本家から分岐したグループ」をそれなりに把握する歴史意識は大切だと思う。


次に正教会側の「本家意識」をどう考えるのだろうか。
Due to a variety of complex circumstances, the Western church, known today as the “Roman Catholic Church,” split from the Eastern Orthodox Patriarchates of Constantinople, Jerusalem, Alexandria, and Antioch in the 11th century. Roman Catholics, however, see it from the opposite perspective, namely that the Orthodox Church broke communion with the Roman Catholic Church.
カトリック教会は正教会側が分離したと考えているが、カトリック教会が正統である東方正教会から「分岐」したのではないか・・・。

と、このサイトではそのあたりの歴史事情をさらに資料に当たって調べるように奨めている。


その中の一冊として、ティモシ・ウェアー『正教会入門』(新教出版、2017年)があがっているのでオススメだろう。

さらにユダヤ教/イスラエルとの関係ではどうなるだろう。


もともとがユダヤ人ではなかったキリスト者(の教会)は総じて「接ぎ木された野生のオリーブ」の意識でいる方が健全ではなかろうか。(ローマ人への手紙11章17節)


と、そんなことを思わされた午後であった。

2017年3月1日水曜日

(3)隠れキリシタンになる前に 余波1(続)

この「隠れキリシタンになる前に」シリーズ第3弾目の記事となります。


第1回目では、最後に「今後の展開では、後日談や発展的考察が出てくるかもしれません。」と書いておきました。

一応少し動きがあり、何人かが集まって「この事態」をどう見るか意見交換する連絡会のようなものを構想しています。今月にはその最初の集まりが計画されています。

(もしこのシリーズ記事をご覧になり、「中に入って」日本の教会の将来を考えたい、という方がありましたら「先ずは」是非ご連絡ください。問合せ: sugamo_seisen*yahoo.co.jp)


前回(余波1)最後に予告のようなことを書きました。
「牧会の現場」から上がってくる「ケース(例証)」で巨大ジグソーパズルの一ピースを埋めることが出来るかどうか試してみたい。
どちらかと言うか、ほとんどと言うか、筆者は大局的な物言い(要するに「大風呂敷」)が多いです。

具体的なケース(例証)で補強するのが得意ではない。(要するにモノグサ)

今回トライするのは事実具体例なのですが、相談を受けた者の守秘義務に抵触しない範囲で表現しなければなりませんので、予めご了承ください。

(1) Aさんのケース

仮にその方をAさんと呼びます。

Aさんは地方の出身で数年前東京での暮らしにあこがれ、職も得ようと希望を持って上京しました。

数ヶ月もしないうちに、目的も殆ど達せないままに、東京暮らしのストレスに疲れ果て、その悩みを誰にも相談できずに、ある日憔悴しきった表情で教会にやってきました。

その後実家に戻りましたが、地元での「良い」就職は難しく、依然として東京での暮らしと仕事の希望を持ち続けて何回か上京し、その度に教会にやって来ては様々な話をするようになりました。

先日も就職のための講習会のようなもののために上京し、終わってからやってきました。

既に何回も会って話しているので気心が知れてきたのもあったと思うのですが、「実は今回お話したいのは(仕事とかそういうものではなく、宗教的なこと)・・・」と語り始めました。

ある日の夕方、ふと海と空の風景を眺めていたとき、突然「こんな美しい風景を眺めている自分はそのうち消えてなくなるのだ」と鋭く自分と言う存在のはかなさに目覚めた、というのです。

つまり、そう言う夕暮れ時の予想もしない瞬間に「必ずくる死」の自覚が突如彼を襲ったわけです。

おそらく一瞬背筋が凍りつくような恐怖であったと思います。

彼はその恐怖の体験を誰に話すことなく、彼の身近にいる人物の中では唯一の「宗教家」である筆者にその体験を告白してみたわけです。

(2)現代人の霊的リソース

打ち明けられた「宗教家」として先ず彼に語ったことは、それは特段驚くような体験ではなく、誰でも実存的に直面する危機的瞬間であること、しかし普段はそのことを構わないように、回避したり抑圧したりしているのだ、といったような説明をして安心してもらった。

逆に筆者が興味を持ったのは、彼にはそのような基本的「宗教的疑問」に対処する「霊的リソース」が備わっていなかったのか、身近に「参照する人物(リソース・パーソン)」はいなかったのか、ということ。

彼の実家は仏教だが、仏事の習慣がある他は殆ど実存的意義はないようだった。

親しい友人ともそんな話題は話せないようだった。

相応しい類の本や教えも(その時は)思いつかなかったようだ。

彼は特に教養があるという風な感じではなく、ほぼ平均的「霊性」の持ち主のように思う。

そんな彼に突如襲った「人生のはかなさ」に対処する手立てなく狼狽しなければならない「現代の日本」とはいったい何なのだ、というのが筆者の側の疑問である。

(3)来るべき霊的荒野の風景

第1回目で「寺院消滅」を紹介した。

曲がりなりにも日本社会における現代人の霊性を支えている寺院がそして神社が今後どんどん消滅して行くとすると、Aさんのような「人生の根源的問い」「生と死の問題」がふっと沸いた時、誰が相手をすることになるのか・・・。

余波1で若年層の「孤独死」を紹介した。

筆者はそれを「事故死」になぞらえた。

Aさんの三世代前までの「霊性」は、その次の(Aさんの親)世代で次第に希薄化し、三代目で殆ど有名無実になり、より弧独に生きる若年層の「霊性的な悩み」に直接答えられるような「霊的リソース」ではなくなっている現状をどうしたらいいのか。

最近流行の「パワー・スポット」「スピリチュアル」現象の要因のひとつは、葬儀や墓という「死」に伴う儀礼的宗教として「世代間を繋いできた」仏教や神道の若年層における空洞化をあらわしているのではないか・・・。

この現代的状況を「カルトの問題」と合わせて考えると、ある一つの像がおぼろげながら浮かんでくる。

今回はほんのり示唆するだけにとどまるが、既に「オウム真理教」関連で書いていることを挙げてく。


 (1)大田俊寛の指摘(筆者のブログ記事からの抜粋と、東洋経済誌記事の抜粋)
大田の「宗教学的人間観」が、第1章 近代における「宗教」の位置、1 そもそも「宗教」とは何か、で紹介されている。

 人間は、生まれ、育ち、老い、最後には死を迎える。死によって肉体は潰え、すべては無に帰るかのように見える。しかし、実はそうではない。死んだ人間が生きているあいだに作り上げた財産や、彼が伝達してきた知識は、残された者たちのなかでなおも生き続けるからである。この意味において人間の生は、その死後もなお存続すると言わなければならない。
 このように一人の人間の一生は、その誕生で始まり、肉体的な死を持って終わるわけではない。その人生は実は、生まれる前からすでに始まっており、死後もなお継続される。人間は、他者との「つながり」の中で生きてゆく存在なのである。(強調は著者、28ページ)

オカルト思想が栄え続けるワケ

――では、最後の質問です。霊性進化論というオカルト思想は、なぜ社会に蔓延し続けるのでしょうか?
大きな原因として、現代社会における霊魂観の貧困化、より具体的には、霊魂観の個人主義化、さらにはオカルト化、といった問題があると思います。
古今東西の諸文化の中で、「霊魂」に相当する概念を持たなかったものは存在しないと言っていいでしょうし、また近代以前の社会では、さまざまなバリエーションがあったにせよ、宗教と社会、宗教と政治が、なんらかの形で密接に関連していました。人間が死んだらどうなるのか、死者をどのように弔い、彼らの遺産をどのように継承していくのかといった事柄に関して、社会的な合意やルールが存在していたわけです。

――つまり、「死」がよりパブリックなものであったと。
はい。というより、むしろそれは、公共性の中心を占める事柄でした。ところがヨーロッパにおいて、宗教改革後の16~17世紀に宗教戦争が頻発し、それまで信仰によって一体化を保っていた社会が、むしろ信仰をめぐって争いを起こすという事態が引き起こされてしまった。そうした中で、どのような形の信仰が正しいのかを公的には決定しないという合意が成立し、それが近代における「政教分離」原則のバックボーンになっています。以降、霊魂観や信仰をめぐる問題が、公の場で議論されることは少なくなりました。
ただ、忘れてならないのは、現在のように「死後の世界」や「弔いの作法」に関する社会的な共通了解が存在しない状況というのは、長い人類の歴史においても、きわめて特異的な事態であるということです。政教分離をはじめ、近代の諸原則は、確かに一定以上の必然性や必要性から生みだされたものであり、それらを軽視することはできません。しかし、そこになんの問題も存在しないかといえば、そうではない。個々の人間の死に対して社会がどう向き合うのかということは、今も決して避けて通ることができない問題です。

――その空白を突いているのが、オカルト思想ということでしょうか?
そうですね。こうした状況に対して、本来であればまず、宗教の歴史や構造についての体系的な認識方法を提示し、問題の所在を明らかにする必要があるのですが、残念ながら現在の宗教学は、その任を十分には担えていません。その結果、一部の人間が考え出した恣意的な霊魂観が大手を振ってまかり通るという状況を許してしまったのです。霊性進化論は、そうした霊魂観のひとつであると言えます。そこでは、霊魂の存在が、社会や共同体という具体的基盤を喪失して個人主義化するとともに、「宇宙」や「霊界」という抽象的存在と直結するものととらえられるようになった。たとえば「宇宙における私の魂の霊的ステージ」などといった考え方ですね。こうして現代の霊魂観は、誇大妄想的でオカルト的な性質を帯びるようになったのです。
このような霊魂観を克服するためには、「魂とは何か」という問題をあらためて公に論じ合い、社会的合意を形成しなければならないでしょう。しかしそれは、いつ、どのような仕方で可能なのか。率直に申し上げて、現状では、私にも見通しがあるわけではありません。ただ、その前段階として、先ほど述べたように、現在の社会が抱えている困難や弱点の構造を、可能なかぎり明確化しておく必要があるのだろうと考えています。

 (2)オウム真理教に入門した「宗形真紀子」の宗教環境

宗形の育った宗教教育環境の欠如、「霊性的空白」がオウムに追いやったのではないか、と書いた。


(まだ続くと思う)

2017年2月22日水曜日

(3)隠れキリシタンになる前に 余波1

昨日、筆者が所属する教会のグループである聖泉連合の教役者会があった。

昨日の場合は普段より議題が多かった。

しかし北から(盛岡)南から(名古屋)集まる面々の会議に滑り込むペースはいつものように殆ど変わらなかった(遅かった)。

(そのときは余り意識していなかったが)筆者が司会を買って出て、会議のペースを上げるため矢継ぎ早に冗談めいたことや、いくらか挑発的なコメントをした。

弾みをつけたかったのだと思う。

「普段と違う!!」ということで何人かの人から「今日は○○先生は元気がいいですね」と驚きとも皮肉とも取れる感想をいただいた。

結局5時間ほど6人の教役者の方々と一緒に時間を過ごしたわけだが、その間何度か言われた「普段と違う!!」「元気がいい!!」類のコメントを家に持ち帰って反省する羽目になった。

明け方うつらうつらしながら一つの解を得た。

と思ったので、この記事を書き始めたのである。

つまり、筆者の「普段と違う」言動、その雰囲気を意識下で醸成していたのは、先日ブログ記事で「隠れキリシタンになる前に」と書いた事柄にある、と。

初めは最近意識するようになった「老人性イライラ」がハイテンションに形を取って出たのかな、と思った。

でも考えているうちに、「教会が衰退して行くのをただ傍観している現状(事実と言うよりそのように見える状態)」に対する腹立たしさのようなものがふつふつと沸いていたのかもしれない、と思い至った。

そこまで思い至って過日の言動を省みるに、どうやら筆者は何らかの「目を覚まさせる」ような物言いを画策していたみたいだ。

(少々失礼な言葉で)仲間の教役者たちのほっぺたを引っ叩くような・・・。

 「このまま事態を放置していていいのか!舟は沈み始めているぞ!」

普段は至って「常識を大事にする人」のように振舞っているのに、突然「覚醒者」ぶったことを言うのは憚られた。それで通路を変え、別なトピックで仲間たちに発破をかけるような言動をしたのではないかと・・・。



さて導入が長くなりすぎた。

(1) 幾つかの線が交差する

(3)隠れキリシタンになる前に」では「ある方」が属する「一プロテスタント教会の衰退」とその取り組み(あるいはその無策)を聞いた範囲で、しかし幾らか筆者の知見を付加・脚色してまとめた。

書いてから思ったのだが、まだ別の幾つもの事象から線を引っ張ってきて「この事態」がかかえている問題に交差させることが出来る、と。

 (A)「お一人様」現象

 ※かつてこのブログでも「お一人様クリスチャン」で書いた事柄。

 (B)「シーライズム」(ロバート・ベラー他『心の習慣』、ミヒャエル・フス『愛の力に祈る――宗教間対話の現状について』8頁の脚注20に簡単な「シーライズム」の紹介がある。)
 
 (C)「新宗教の信者激減 10年後に消滅する教団も

 「・・・日本の新宗教が信者を増やしたのは、高度成長期に地方から都会に出てきた人を取り込めたことにある。希薄になった人の繋がりを宗教に求めたからだ。しかし、現代の若者は何か困ればスマホがあり、人間関係はSNSで築く。それでは宗教の出る幕がない・・・」

 (D)「東京23区だけで238人 20~30代の『孤独死』なぜ増えた

 「・・・若者の孤独死が増えたのは契約、派遣社員、フリーターの増加も一因です。彼らが数日間、無断欠勤したぐらいでは、会社は心配してくれない。・・・一人っ子が増え、一人でいる方がラク、友達関係も希薄という若者が増えたせいもある。」

(2)「既成宗教団体」の衰退(あるいは消滅)がもたらすもの

(1)で挙げた「引っ張ってきて交差させることが出来る線」はまだあるが、要するに「隠れキリシタンになる前に」でも紹介した中外日報の「人口減少社会」記事にもあるように、
今回の国勢調査で、高齢者や外国人のほかに5年前と比較して増加しているのは世帯数だ。総人口減少にもかかわらず、世帯数は2010年の時点より145万世帯増えて、1世帯当たり2・38人となった。1970年は3・45人だから、世帯規模も著しく縮小した。
人口減少にもかかわらず「世帯数の増加」つまりそれは「お一人様」現象として出てきていることの社会構造変化面でもあるだろう。

しかし「お一人様」現象が単に「個人のライフ・スタイル」選択にとどまらず、戦後の高度経済成長期の都市化、人口集中という構造変化、さらにポスト経済成長期・ポストバブル期の人口の大都市一極集中という社会構造的変化と重ね合わせると何が言えるだろうか。

一方で既成宗教団体の衰退・(近未来の)消滅(可能性)があり、もう一方で「個人化・孤独化」の深化がある。

つまり、人と人を結ぶ絆帯の役割を担ってきた伝統的宗教(仏教寺院・神社)が近代化によって次第に衰退し、代わって様々な新興宗教が近代社会のひずみを吸収してきた。

しかし、ここにきてそれらの新興宗教ももはや「既成宗教」となり、新しい社会の動向に相応しく人々の宗教的ニーズに対応しきれていない状況が明確になって来ている。

(殆どのキリスト教団体の趨勢はこの流れの中で左右すると思われる。)

衰退して行く既成宗教、そして新興したが今や既成となった宗教団体が対応できずに、口を開けた隙間がどんどん広がっている(ように見える)。


この隙間を埋めるように様々な新々宗教が参入するが、一部巨大化・カルト化するが残り多くは泡沫現象として消えて行く。

既成宗教を置き換えるような勢いにはなっていかない。

(1)(D)の「若者の孤独死」増加はいわば「パックリ開いたクレバスに落下する事故」のような印象で筆者には受け止められた。



そんな図が(以上挙げた点を結んだだけでも)描けるのではないか・・・。


もちろんこれは「単なる図」であって、「説得力のある絵」ではない。

真実はディテールで検証されなければならないことは言うまでもない。


次回「牧会の現場」から上がってくる「ケース(例証)」で巨大ジグソーパズルの一ピースを埋めることが出来るかどうか試してみたい。

2017年2月19日日曜日

(3)隠れキリシタンになる前に 20年後(?)の日本の教会を見据えて

論文の題めいた投稿記事ですが、先日ある方のところに行って聞いた話を基にしています。

いくらか脚色がないわけではありませんが、この種の物言いは余り正面切って話されることがないので、多少は許されるかなと思っています。

「20年後」としましたが、10年後かもしれないし、あるいは逆に30年後かもしれない「近未来予測」というか悲観的予測に基づいたシナリオと申しますか・・・。


その方はあるプロテスタント教会の教職をしています。

その教会の近未来に対してかなり悲観的な展望を持っておられます。

話を聞きながら、このプロテスタント教会の「辿りつつあるコース」、そして「待ち受ける将来」は半周か一周遅れで(多分カトリックも含めた)他のキリスト教会諸派の上にも降りかかるかもしれないと思っていますし、この方は自分の所属する教派だけでなく「日本のキリスト教会全体の将来」として懸念・危惧されていることを感じました。

(1)既に悪循環は始まり、それは悪化の一途を辿っている

仮に「20年」というスパンで見てみるとします。その方の教団は既に20年前に「教勢」の衰退を自覚していました。

大きな背景的要素は: 「教職者と信徒の高齢化と減少」と「青年層信徒の不在」でした。後者は「教職者候補の減少・枯渇」となって現れました。
 ※教団が特定されないように「教職者」という一般名で表記しておきます。

これらの大きな課題に対して「対策」を施さなかった訳ではないのですが、如何せんそんな簡単には状況を変えることは出来ませんでした。

教職者数が足りなくなり、一人の教職者が幾つかの教会を兼牧するようになりました。

高齢化して行く教職者に負担増となって行くことにより、教職者たちは現状維持に手一杯になり、将来の展望を拓く様な構想を抱いたり、将来への布石を打つようなことが出来なくなりました。

それから20年後、衰退が目に見えてはっきりしたところで、もう一度「打開策を練る会議」が持たれました。

しかし、20年間の不振を、打開策の不備を、客観的に分析・検証するようなことは出来ず、また今となっては「より根本的(出直し的)対策」が必要なはずなのに、会議をリードする「キーワード」や「コンセプト」は20年前から何も変わりませんでした。

20年後の打開策会議は(空洞化と言いたいところですが)「頭がストップしたまま」推移した、とのことです。(「失われた○十年」というフレーズが思い浮かびます。)

(2)別な道の模索

数値データから言っても、教団指導部の姿勢から見ても、もはや「教勢」挽回は不可能と見たこの方は悲観的な予測に基づく「生き延びる」対策を練り始めました。

それは「今ある教会の姿」を記録に残し、それをアーカイブすること。

そして「次世代」あるいは「次々世代」に生まれてくるかもしれない信仰者が(ネット経由で)これらのアーカイブされた記録を基に集会を復活させる、というものです。

このために残された時間はそれほど多くはないだろう、とこの方は見ています。

今のうちにできるだけ「日本というキリスト教信仰不毛の地」で生き延びたキリスト信者たちの「生きた信仰の記録」を残しておきたい、とこの方は考えています。

(3)話を聞いた筆者の感想

筆者もどちらかというと「悲観的予測・観測」を基に将来を構想する方ですが、この方ほどでは・・・と感じつつ話を聞かせてもらいました。

将来というのは本当に分からないことがあります。

西洋近代とともに当然と考えられた「世俗化(セキュラリゼーション)」は明らかに修正を迫られ、いまや「ポスト・セキュラー」がポストモダン西洋の合言葉となりつつあります。

ただ個々の既成宗教団体の将来を予測させる最も基本的データの一つである「人口動態変化」とそれに伴う(既に社会に定着した)宗教団体の変化は「連動する」と見ていいでしょう。

既に日本においては仏教寺院、特に地方の中小の寺は急速に消滅して行くと観測されています。


主に仏教界のニュースを扱う中外日報も、「人口減少社会」という社会のインフラからくる構造的変化を「宗教的真理の価値は変わらないとしても、伽藍や教団制度などを支える社会的基盤の変化を無視できない。」と警鐘を鳴らしています。

将来は分からない。しかしある程度分かっている社会的構造変化にはかなり抜本的な教会の構造変革を少なくともイメージしたり構想したりしておくことは必要だ、と筆者は考えています。

残念ながら、キリスト教会(だけの)「全体の推移」については統計やデータを揃えるのですが、それらを「教勢」変化とだけ捉えて、社会の動向と「連動した変化」として捉えない傾向が依然としてあるように思います。(たとえばこのようなデータ

やはり日本においてはキリスト教はあまりにも弱小すぎて、日本社会(の動向)から遊離したところで「セルフ・イメージ」や「将来像」を描きすぎているのではないか・・・と思ったりするのです。

(今回のレポートには、今後の展開では、後日談や発展的考察が出てくるかもしれません。しかし何度も言うように、将来は分からない。)

2016年10月16日日曜日

(4)主に神学ブログ⑩

[2016/10/22 追記あり]

最近更新がめっきり減った。

JCE6(第6回日本伝道会議)での「N.T.ライトの義認論」という神学ディベートに準備段階も含めてほぼ半年関わったので、そちらの方のアウトプットで一杯であった。現在は休養中の感じである。

最初に「主に神学ブログ」を久々に更新するにあたっての簡単な説明の前に、更新きっかけとなったツイートから紹介して「イントロっぽく」始めることにする。

「へー(このツイートの主は)誰だろう」から、始まった。

「横レス(横からレスポンス)で聞いてみようか」
「DM(ダイレクト・メッセージ)で聞いてみようか」

・・・としばらく「誰なのか」サーチしてみたら案外早く見つかった。
神谷光信 (かみや・みつのぶ)
関東学院大学キリスト教と文化研究所客員研究員。
1960年、横浜生。修士(学術)。
専攻: 日本近代文学
と以上のプロフィールがあるブログ、
フォントネー研究院 (本のある生活)
が今回紹介する「主に神学ブログ」である。

このシリーズの過去記事①~⑧はこの記事にまとめてある。
最新⑨はこれ。(2015年6月28日)
専門から言って「主に神学」ではないわけだが、『キリスト教』で記事の数を見るとかなり書き溜めたようである。

筆者の興味で幾つか目を通したものを挙げてみる。

1. 信仰にとって、何が本質か

 「・・・洗礼の有無にかかわらず、神は、私を見ておられるであろう。私がキリスト者であるかどうかは、おそらく私が決めることではない。」

 日本の歴史的環境下、隠れキリシタンや無教会の伝統があるので、このような信仰論に類似か関連のある論考はこのブログでも幾つか取り上げた。

 ・「非キリスト者による信仰論
 ・「生きる意味: 柳澤桂子
 ・「若松英輔『イエス伝』
 ・「『霊性』を神学する」シリーズ(1234

2. 加藤圭氏の論文「史的イエスの第三研究、その輪郭と妥当性」

 キリスト教信仰にとって「歴史は(そして史的イエスは)避けられない」こと、むしろ信仰構造的には歴史を避けることはグノーシス化することを指摘している、と云う点に共感なさっておられるようだ。

 加藤氏の論文がどのような研究と対話しているか分からないが、N.T.ライトを「史的イエス第三探求の旗手の一人」と紹介している筆者としては、カトリックの方では「史的イエス研究」に悲観的な岩島忠彦教授に対して好意的な見方を紹介しているものとして読んだ。

3. カトリック知識人の存在感

 戦前の岩下荘一以下、日本でマイノリティーのキリスト教知識人が論客として存在感を示していたのに、現在(2008年)70歳以下くらいで殆どカトリック論客がいないことを嘆いている。


さて神谷さんが加藤周一の「キリスト教信仰」についてどんな論考をするのだろうか・・・。

[2016/10/22 追記]

2016年6月26日日曜日

今日の(連)ツイート 2016/6/26

多分ミッション系の大学生の方のものだと思いますが・・・。




※「キリスト教」として教えられていることはどんな説かは何となく想像つくが・・・。