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2017年1月20日金曜日

(5)新カルヴィン主義動向、6

たまたまこういうツイートに出会いました。

要するに「neo-Calvinism」と「"new Calvinism"」は同じではないので区別しましょう・・・という「公報」(気取りの?)ツイートというわけです。

で、違いと言うのが(アブラハム)カイパー主義者が「neo-Calvinists」と言うのはいいのですが、「new Calvinists」とされるYRRとは何ぞや、と思ったわけです。

ちょっと調べてみたらなるほど、YRRとは
Young, Restless, Reformedの頭文字を取ったわけですね。

この「新カルヴィン主義動向」の2でも少し用語の整理をしておきましたが、あらためて思うにコリン・ハンセンが2006年にクリスチャニティー・トゥデー誌に書いたこの「Young, Restless, Reformed」という記事が新カルヴィン主義がまとまった動きとして認知される端緒となった記事なのでしょうね。

この「新カルヴィニズム」運動を、定義の問題も含めてまとまって紹介している記事がこれです。

これを読めば概略ほぼ分かるので、どうやらこのシリーズもそろそろ終了としましょう。

2016年12月11日日曜日

(5)新カルヴィン主義動向、5

また「新カルヴィン主義」に関連する動きが出てきましたので記事にします。

(※既にシリーズとして1~4を書いています。リンクはこちらの記事を参照してください。)

新しい動きとは南部バプテスト連盟にあって、新カルヴィニズム台頭の動きに歯止めをかけようとしている、あるいは「伝統的バプテストの立場」を保守しようとする動きのことです。

この動きに気がついたのは、ジーザス・クリード(ブログ)のこの記事です。

記事中のリンクが示されていた、リック・パトリック牧師のサウスウェスタン・(南部)バプテスト神学校チャペルでの説教を興味を持って聴きました。

ちょっと我ながら意外な感じがしたのですが、「雄弁」さを感じさせる40分でした。
終始一貫、新カルヴィニズムに対して「伝統的バプテスト(神学)の立場」を弁護しています。

早速調べてみると、このリック・パトリック牧師は新興勢力(新カルヴィズム)に対して伝統的立場を守るべく「コネクト316」 を立ち上げた発起人の一人で事務局長のような立場で指導者となっている方でした。

幾つかメモしておきたいポイントがあるのですが、この「対抗的動き」が

(1)(元々「告白神学(コンフェッショナル)的でない・・・筆者の印象)バプテストが「教理的部分」にこだわることによって「神学内容」を意識化する方向に行くのだろうか、と云うのが先ずあります。(アルミニアン・ウェスレアニズムはそのような対抗的動きの一つでしたが・・・。)

 コネクト316のサイトにある「宣言序文」の中に以下のような部分があります。
exclusively Calvinistic understanding of salvation, characterized by an aggressive insistence on the "Doctrines of Grace" ("TULIP"), and to the goal of making Calvinism the central Southern Baptist position on God's plan of salvation
伝統的立場を表すのが「神の救いの計画」であり、それがカルヴィン主義の救済論(チューリップで代表される)によって塗り替えられることに対する神学的抵抗運動、みたいないいっぷりになっています。

(2)「異質なもの」(と感知される)を排除するのではなく、伝統的なバプテストの立場を認めさせた上での「神学的な解釈」として共存していくのかどうか、分離とか分裂に展開して行くのかどうか、が今後注意して見て行く必要があるようです。

 リック・パトリック牧師の説教後にサウスウェスタン・(南部)バプテスト神学校学長のペイジ・パターソンがしたコメント(「新カルヴィニズム」を奉ずる者たちはその立場の教派に移ればよい・・・みたいなニュアンスの発言が説教に抗議してチャペルを出て行った学生たちに対して向けられた、云々)については、後日パターソン学長が釈明と云うか説明している記事があります。


以上まだまだ正確なところはよく分からないのですが、一応レポートしておきます。 

2016年6月9日木曜日

(5)新カルヴィン主義動向、その後

もう2年近く前になりますが、「新カルヴィン主義(※1)動向」と云うタイトルで4本連載しました(※2)。
 ・その1
 ・その2
 ・その3
 ・その4

 ※1・・・上記の連載でも、new Calvinism、等の訳語として「新カルヴィン主義」とタイトルにつけましたが、それほど定着したレッテルではないようです。今回は統一のため変えずにそのままにしておきます。
 ※2・・・その後連載が終了したとも告知せずにいましたので、中途半端になっていたかと思います。今回は「追記」程度と受けとって頂ければよろしいかと思います。

今回その4で紹介したジョナサン・メリット記者(Religion News Service)が新たに関連記事を書いたものを紹介しておこうかと思います。

The Gospel Coalition and How (not) to Engage Culture (2016年6月6日)
今回メリット記者がターゲットにしているのは、「福音連盟(ゴスペル・コオリション)」という新カルヴィン主義の主要人物(主に牧師)たちが論説等を寄稿している一大ウェブサイトのことです。

記事が主張しているのは、「福音連盟」が是としている「文化との交渉(によって文化を変革する)」と、サイトの行動は矛盾していないか、というものです。

具体的には、「福音連盟」に批判的なコメントをしたり、批判的な立場から福音連盟の記事などを問い質すと、「ブロックされる」というのです。(※3)
※3・・・ツィッターのフォローを防止すること。
こう言う行動パターンが、単にたまたまではなく、「福音連盟」関係者の「心理」に根ざすものではないか、とメリット記者は指摘しています。

「(ウェブサイトを通して)あれだけ口数多くトークを繰り返しているのに、彼らは聴く耳を持たない」 と批判しています。

実は今回のメリット記者の記事は殆どその4で展開した主張と同一線上にあります。

ただ「福音連盟」が多大な影響力を持ちながら、一般読者はまだしも、ジャーナリストであるメリット記者ともコミュニケーションを取ろうとしない、ということであれば、いささか残念な対応だと思います。

「連盟(コオリション)」と自称しながら、そのグループ的性格はどういうものか、メリット記者は「福音連盟は結局同好会のようなもの」と結論します。
The word “coalition” is defined as “a combination or alliance, especially a temporary one between persons, factions, states, etc.” But the structure of TGC allows for almost no diversity among its members–certainly none that would be noticeable to anyone who is not a Christian insider. So, technically-speaking, The Gospel Coalition is not a coalition at all; they are a club.(強調は筆者)
「福音連盟」の社会的性格について、数年前ですがディヴィッド・フィッチ(牧師は神学者か、3で彼の「機能的神学者論」を紹介しました。)が少し書いています。
David Fitch: The Gospel Coalition: Reprise and In Retrospect

Will TGC be a force for coalition or expedition

「福音連盟」は結束のためなのか、新規領域開拓のためなのか、とフィッチは問います。

「コーリション」は敵に対抗して領地を守るために結ぶ同盟のイメージ。片や「開拓」は未開地に進出した新たな領地を獲得するイメージです。

フィッチの分析では「福音連盟」のアプローチは、ポスト・クリステンダム、ポストモダンの西洋キリスト教において前者の性格のものになるだろう、と分析しています。

メリット記者の分析とも多分に重なるのですが、どうも構図が「自由主義対根本主義」の焼き直しのような部分を持っている、そんな印象です。


《附記》
メリット記者が「福音連盟」に対して、「文化との交渉」を考えるなら、と言って推薦した本の一つ、James Davison Hunter’s “To Change the World,”を実際取り上げていました。そしてその「エンゲージメント」の結果をウェブサイトで公表しています。(ここ


2014年10月28日火曜日

(4)新カルヴィン主義動向④

前回から1ヶ月以上経ってしまった。

「新カルヴィン主義」は、果たして一過的な盛り上がりに終わるのか、それともより長い影響を及ぼし続けるのか。

LOVEJapanで来日したジョン・パイパーも去ったことだし、今後のニュー・カルヴィニズムを占うにあたってちょっと心配な観測をしている記事を今回は紹介しましょう。

ジョナサン・メリット記者による記事
The troubling trends in America's 'Calvinist revival'
(「北米における『カルヴィン主義復興』には心配な傾向が幾つかある」)

※文中メリットは「ニオ・カルヴィズム/カルヴィニスト」を多用しているが、シリーズ②の記事中で書いたように「ニオ・カルヴィニズム」は「アブラハム・カイパーに代表される19世紀末から20世紀初頭にかけたオランダ改革派神学運動」を指す。
※「ニオ・カルヴィズム」については、以前「キリスト教世界観」と言う記事の中で素描を試みた。←ことを最近思い出した。 


メリットが挙げる「心配な傾向(トラブリング・トレンズ)」は3つある。
 1.孤立主義(アイソレーショニズム)
 2.同族主義(トライバリズム)
 3.独善主義(エゴティズム)

1.孤立主義(アイソレーショニズム)
 メリット記者が「孤立主義」で指摘しようとしているのは、新カルヴィン主義者(特に指導者たちに顕著だとする)が、自分たちの神学的伝統の中にだけ留まり、余りその外に出ようとしない傾向のこと。

 ニュー・ヨーク市にあるキングス・カレッジ学長グレッグ・ソーンベリー氏の言葉を引用してこの見方を支持している。
“I think the ‘young, restless, and reformed” are different than the Dutch stream in that they tend to stay with authors and leaders that they know. It does run the risk of being provincial, but I don’t think it is intentional. - See more at: http://jonathanmerritt.religionnews.com/2014/05/20/troubling-trends-americas-calvinist-revival/#sthash.PE0zXdJW.dpuf
“I think the ‘young, restless, and reformed” are different than the Dutch stream in that they tend to stay with authors and leaders that they know. It does run the risk of being provincial, but I don’t think it is intentional. - See more at: http://jonathanmerritt.religionnews.com/2014/05/20/troubling-trends-americas-calvinist-revival/#sthash.PE0zXdJW.dpuf
“I think the ‘young, restless, and reformed” are different than the Dutch stream in that they tend to stay with authors and leaders that they know. It does run the risk of being provincial, but I don’t think it is intentional."
(ダッチ・ストリームとは恐らくカイパー系のニオ・カルヴィニズムを指すのだろう。
‘young, restless, and reformed”はコリン・ハンセンがいち早く新カルヴィン主義の動きを捉えてCT記事にした時の題名で、以後しばしばこの運動を呼ぶ時に用いられる。 )

2.同族主義(トライバリズム)
An illuminating example of this might be the recent glut of Mark Driscoll controversies—from sexist comments to charges of plagiarism to proof that he bought his way onto the New York Times bestsellers list using ministry monies. Leaders in the movement were effectively mum until a select few broke the silence of late. - See more at: http://jonathanmerritt.religionnews.com/2014/05/20/troubling-trends-americas-calvinist-revival/#sthash.PE0zXdJW.dpuf
孤立主義と呼応するが、「内輪の者に甘く、外部者には厳しい」態度を取る傾向のこと。
An illuminating example of this might be the recent glut of Mark Driscoll controversies—from sexist comments to charges of plagiarism to proof that he bought his way onto the New York Times bestsellers list using ministry monies. Leaders in the movement were effectively mum until a select few broke the silence of late.
※ここで取り上げているマーク・ドリスコル(元)牧師のケースはかなり例外的なものかもしれないが、その威圧的な言動や牧会指導スタイルで批判を受け、さらに自著セールス・キャンペーンに詐欺まがいの方法を用い、しかもそれを教会会計から多額支出したことで非難されていた。

この一連のドリスコル牧師騒動の間、仲間の牧師たち殆どは基本的に押し黙っていた、と言う指摘。
結局彼は暫く前に牧師を辞任した。

3.独善主義(エゴティズム)
 カルヴィン主義神学の優位性に「エゴ」が肥大し、ついついそうじゃない者たちにウエメセ(上から目線)的発言をするような態度のこと。

 このポイントで例として挙げられているのが(かなり話題になった)ジョン・パイパー牧師のロブ・ベル牧師批判ツイート。(神学的に怪しいロブ・ベル牧師の著書「ラブ・ウインズ」に対して、パイパー牧師は、「さよなら、ロブ・ベル」ときつい一言を投げた。)


今回は新カルヴィン主義運動に対して批判的な報道を紹介したが、マーティー教授が指摘したように、今後の運動の浮沈は、このような運動体の、特に指導者たちの、社会学的特徴にも大いに左右されるかもしれない。


2014年9月19日金曜日

(4)新カルヴィン主義動向③

シリーズ3回目。

どこまで行くのでしょう。(当分終わりそうもないのが怖い。)

「新カルヴィン主義の動向」とは、ここ5-10年程度と言うごく最近のことであり、言ってみれば「現代(主に)北米プロテスタント教会史」に属する出来事を扱うわけで、「(依然として)流動的な(あるいは一過的な?)現象」を追跡するようなものではないかと思います。

北米プロテスタント史と言えば、もう引退していますがシカゴ大学のマーティン・マーティー教授や、ノートルダム大学のジョージ・マースデン教授(彼も引退していた)、そして同じくマーク・ノル教授などがいます。

彼らはこの動向に気がついているのでしょうか。
そしてどんな風に見ているのでしょうか。

① ジョージ・マースデン教授
 少しネットであちこち調べてみたのですが、「ニュー・カルヴィニズム」についての言及は見当たりませんでした。
 今年2月発売されたばかりのThe Twilight of the American Enlightenment: The 1950s and the Crisis of Liberal Belief、はタイトル副題の通り1950年代が焦点ですから、「現在のカルヴィニズム、福音主義」には直接は関係してきませんね。

 (※とは言え、新カルヴィン主義を牽引する4旗手 -- ジョン・パイパー、ティム・ケラー、マーク・ドリスコル、と -- の一人アルバート・モラー・ジュニアのポッドキャスト番組でこの本についてのインタヴューに答えていますが・・・。)



②マーク・ノル教授
 ノル教授もマースデン教授と同様「新カルヴィニズム」についての動向について特に発言していると言うことはないようです。

 最近の本やインタヴューを見てみると、もっと大きな文脈でのキリスト教の動向について関心を示している模様。

 しかしジョン・パイパーが総長を務めるベツレヘム大学・神学校に昨年招かれてた時の動画がネットに見つかりました。



 このインタヴュー動画で、司会者が「新カルヴィニズム」のような背景を持つ学生が、「世俗のアカデミックな場で研究することは、そして生き延びることは可能か」、と質問しています。

 ノルの回答は、
(基本的には)どんな分野であっても知的追求は可能だ。その学生の信仰的確信の深化については教会や同じ基盤に立つ者たちの交わりの中でした方がいいだろう。アカデミックな文脈で自分の宗教的信念について披瀝するのは(しかし)終身雇用を獲得するまで控えた方がいいだろう。
といったものです。


 マースデンもノルも「新カルヴィニズム」に対してどのような評価を持っているか、ストレートな発言は見つかりませんでした。

 しかしマースデンがアルバート・モラーの番組に、そしてノルがジョン・パイパーの催しに招待されそれに応えているところから見るとやはり親近感は持っているのだろうと思われます。

 やはり同じカルヴィン主義の流れの福音主義者として共通するものは色々持っているのでしょう。


 (次のフォローアップ質問も興味深いのですが、意味を汲み取ることが十分出来なかったので省略します。)


③マーティン・マーティー教授

 マースデンやノルとは異なり、新カルヴィニズムをより「外から」眺めることのできるマーティー教授は今年1月のサイティングス(『発見情報』)で「カルヴィニズムと対立という題で寄稿しています。

 使徒パウロが依然として種々論争の火種であることを幾つか例証していますが、その一つとしてカルヴィニズム神学への関連に言及しています。

 短い論評の中でヒントになるようなことを仄めかす様に書いています。

 新カルヴィニズムは果たして「イマージェント教会」「ミッショナル教会」など、5年サイクル程度で置き換えられる「流行」に過ぎないのかどうか。もっと長続きするのか。

 新カルヴィニズムのリーダーたちが内輪の神学的指導権にだけ関心を持っているのか。それともそこからさらに外に、パブリックに向かっての「デスティニー」を感じているのか・・・。



と言ったところが今回掲載できる分です。

段々複雑になって行くかもしれませんが、また次回に続く。

2014年9月7日日曜日

(4)新カルヴィン主義動向②

前回からうまく繋がることは保証しません。あしからず。

このシリーズのタイトル「新カルヴィン主義」を少し説明します。

「新カルヴィン主義」には元となる英語で次のような幾つかの表現があります。
①Neo-calvinism
②New Calvinism
③そして前回紹介したマーク・オッペンハイマーの記事で使われていた、a Calvinist Revival

①はアブラハム・カイパーに代表されるオランダ改革派神学運動を指します。
③は主に「カルヴィン神学の再興」に焦点が当てられていたようです。

と言うわけでこのシリーズの関心はどちらかと言うと②になるわけですが、New Calvinismがマスメディアで使われだしたのは多分この5年ないし10年くらいではないかと思います。(ウィキ『New_Calvinism』参照

2009年にTIME誌が
10 Ideas Changing the World Right Now
と言う記事を特集したのですが、その一つにThe New Calvinismが入ったわけです。

そしてこの新しい動向の筆頭に
the pioneering new-Calvinist John Piper of Minneapolis
と挙げられたのが前回名前を伏せましたが誰あろう10月にLOVE JAPANで来日するジョン・パイパーです。

と言うわけで今回はこのジョン・パイパーに少し注目します。


パイパーは今年4月、福音主義改革派の牙城ウェストミンスター神学校で講演をしました。
そのタイトルがThe New Calvinism and the New Communityでした。


この講演で彼は「新カルヴィン主義」を12ポイントで要約しています。

(興味のある方はこちらの記事をご覧になれば12ポイントが分かります。)

一応この動画を1回観ただけなのですが、これは単に 「新カルヴィン主義」を説明しただけのものではないのが分かると思います。

講演が The Gaffin Lecture on Theology and Missions となっていますが、その名が取られたリチャード・ガフィン(・ジュニア)はウェストミンスター神学校の聖書神学と組織神学の現役名誉教授です。

パイパーはこのリチャード・ガフィンが、2005年に「信仰義認」解釈をめぐってN.T.ライトと「対決」し、ライトの「『パウロ研究』の新しい視点」解釈に対し、宗教改革、改革派解釈を「保守」したことを賞賛気味に言及しています。


パイパーが「信仰義認」をめぐってライトと論争をしたことは有名ですが
(パイパー、The Future of Justification、2007年 対 ライト、Justification、2009年・・・)、
言って見ればこの新カルヴィン主義の定義においても、「『パウロ研究』の新しい視点」解釈との神学対決を継続していることが分かります。

(次回に続く)

2014年9月1日月曜日

(4)新カルヴィン主義動向①

暫く更新がなく過ごしました。
そして9月になりました。

まだ更新するほどではないですが、とりあえず(書き終わるかどうか分かりませんが)一つ。

先々週でしたか、来月に、ある催しが東京・名古屋・大阪で同時開催されることを知りました。
その催しには米国から二人の著名な神学者と牧師が講師として招かれています。

今回のエントリー・タイトルにあるようなテーマで過去にも何度か書いたことがあるので、この二人のことはそんな記事の中にも登場してきます。

二人は「新カルヴィン主義」の指導的人物です。

米国においては「新カルヴィン主義」の動きは暫く前から注目されています。

日本において、彼ら二人はまだ知名度は低いですが、彼らや彼らの神学あるいは運動を支持する(主に米国留学経験がある?)牧師たちは結構いると思われるので、今後ある程度浸透してくるかもしれません。

最初に断っておきますが、筆者はどちらかと言うとこの動きに少なからず警戒感を抱いてこれまで見てきました。

いよいよ日本上陸と言うことで、警鐘を発する意図ではないですが、取り上げるタイミングとしてはいいかな、と思って書いています。

*    *    *

ニューヨーク・タイムズ紙の「信仰」コラムに隔週記事を書いているマーク・オッペンハイマー氏が今年早々

Evangelicals Find Themselves in the Midst of a Calvinist Revival
と言う記事を書きました。

Increasing numbers of preachers and professors teach the views of the 16th-century French reformer. Mark Driscoll, John Piper and Tim Keller — megachurch preachers and important evangelical authors — are all Calvinist. Attendance at Calvin-influenced worship conferences and churches is up, particularly among worshipers in their 20s and 30s.
神学教育を受けてきた人には改めて言うまでもないことですが、「カルヴィニスト」は16世紀のフランスの宗教改革者ジョン・カルヴィンを発祥とする神学を指します。

マーク・オッペンハイマー氏はこの記事で21世紀を迎えたプロテスタント(さらに言えばその中の福音派)教会に起こっている新たな動きとしてカルヴィンの神学をルーツとする牧師たちの影響が顕著になっていることに注目します。

そしてその影響が比較対照されるのは、所謂「繁栄の福音」タイプのメガ教会牧師(例えばジョエル・オスティーン) なのです。
そしてさらに彼らの(神学的)影響が20代から30代という若い層に及んでいることに注目しています。

例えば20年前、会員数低下に喘いでいた、首都ワシントンのキャピトル・ヒル・バプテスト教会に牧師招聘されたマーク・ディーバー牧師の場合・・・。

(当時は南部バプテスト連盟はリベラル路線を行っていたと思いますが、ですからカルヴィン主義のディーバー牧師はインタヴューでは自身の神学的立場を気にしていたと思われますが)

そのインタヴューで、 ディーバー牧師は予め自身の立場を明らかにしておきたいと「カルヴィニスト」のことを話したそうですが、殆ど不問に付されたそうです。
(ある意味「神学的立場」がどうでもいいほど教会が追い込まれていたと、言うことでしょうか・・・。)

何はともあれ、就任当時平均礼拝出席者数70名(会員数130名)から、 現在では一千名。しかも平均年齢が30歳、と言う変化を遂げたそうです。

ディーバー牧師は「カルヴィニズム」については特に説教で語ることはないそうですが、教理的な教えが反映された説教は若い会衆たちのニーズに応えていることが見て取れます。

会衆の一人、ワールド・バンクに勤めるサラ・ロットマンさん(34歳)は、神の言葉である聖書を中心にした説教、罪の問題とその解決としての救いの必要を語る背景に「カルヴィニズム」の神学的背景を感じているようです。

そしてこの「罪の深刻さ」を焦点から外さないところが、福音派の中でも「繁栄の神学」で注目されてきたメガチャーチと好対照になるわけです。


(次回に続く)