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2017年12月26日火曜日

(3)メモ: パオロ・ダローリオ神父のこと

今朝のことだ。

ツイッターで誰かがRTしていた記事が面白そうだったので、一先ずリンク先の記事をタブのまま置いておいた。後から読むつもりだった。

結局読んだのは夜になってからだった。

How can any intelligent person have faith? 

Trying to believe when the facts stand in the way


記事に出てきたイエズス会士のパオロ・ダローリオ(Paolo Dall’Oglio)神父に興味を持ちいくつか検索してみた。


シリアの砂漠で廃墟となっていた6世紀に建てられた修道院(Deir Mar Musa Monastery)を修復し、イスラム教とキリスト教を繋ぐ施設として発展させていた結構有名な方だったらしい。
修道院の写真集、シリア・フォト・ガイド

しかしイスラム国の兵士に捕らわれ結局殺されてしまったのだという。
「宗教と倫理」サイトにダローリオ神父の活動を伝える動画が三つ置いてある。

そんなこんなを知った後でさてブログにメモでもアップしておこうと思った時には、もう誰のRTだったか忘れてしまった。

いや、たった今思い出した!!これだった。

静岡産業大学の森戸幸次教授が『ラッカに死す–伊人神父の温藉』というエッセイで神父の人柄・働きやイスラム国によって殺された経緯などを伝えている。


2017年10月26日木曜日

今日のツイート 2017/10/26

今日は(東京は)いい天気ですが、少しうら寂しいツイートです。
この方が通っていた教会の建物が売りに出され、それがコンドミニアムに改修されるというのです。

教会は「会衆」のことであると分かっていても、建物自体は「サンクチュアリー」というように地域コミュニティーにとって目に見える「精神的な意義」があるではないか、と訴えています。

教会建物が別の用途に改修される「トレンド」を数字で参照しています。

 ・2010-2015年に教会建物が売りに出される例が倍増した。
 ・別の用途に改修されるケースが2014-2015年で見ると三倍増。
 ・ワシントンDCだけでも31の別用途改修申請がある。

英国の同様のトレンドは話には聞いていましたが、新大陸でもそのようなことが進行している様子です。


2017年7月4日火曜日

(1)屋上緑化 2017

夏が(ほぼ)やってきた(近づいてきた)。

トップライトからの夏日対策のため屋上に上がるついでに屋上緑化の点検をしてみたら・・・。






2001年新築時に施工した緑化はその後雑草との闘いから一時期かなり弱ってしまった。

2010年7月の「屋上緑化」レポートではかなり回復した様子を伝えたが、今回の点検で健在であっただけでなく、かなりしっかりした定着を観察できたように思う。


4種のセダムのうち細かいタイプのものが絨毯のように敷き詰められた感じになっていてその感を強くした。



さあ今年も、屋上緑化遮光ネット・(そして一昨年に加わった)エアコン、で「暑い夏」を乗り越えるぞ!!

2016年11月6日日曜日

今日のツイート 2016/11/6

変わったのは「世の中」なのか・・・。


2015年4月23日木曜日

(1)巣鴨聖泉キリスト教会創立50周年、1


 今年、5月5日が来ると、巣鴨聖泉キリスト教会は創立50周年となります。
 半世紀です。

 昨年そのことを思って計画を始めたのが、「創立50周年記念」プロジェクトとしての「内外整備工事」でした。

 一つは少しずつ懸案となっていた「玄関アプローチ」の整備。

 2001年の建替え工事で出た庭石大小を、筆者が並べ替えて飛び石状に置いたのですが、その後様々なイベントで足元のおぼつかない方も来会され、少しずつ心配になっていました。

(2001年11月23日)

(2003年8月24日)

(2005年11月15日)
近い将来には車椅子の対応も必要だろう・・・と言うことで、『車椅子対応玄関アプローチ整備工事』が一月の教会総会で決まりました。

 工事は3月に入って。

コンクリート洗出しのため下地を整備

ゆるくカーブをかけ
入口は花崗岩を並べ
もう一つの工事は「冷房設備」。

 実は会堂には冷房設備がなかったのです。

 初期の目論見は「屋上緑化」で何とかなる・・・でしたが、なかなかそれだけではうまく行きませんでした。

 それでこちらも一緒にと言うことで。
 
穴を開ける壁の厚さは24センチ

まあまあすっきりと収まりました
と言うわけで、3月一杯で全工事終了しました。

 
 

2015年3月30日月曜日

(4)「若手論客」とか「新世代」について②

で予告していたが、そのままになっていた。

『坂口恭平』とはどういう人物か、とは余り良い質問ではない。

『坂口恭平』はちょっとしたフェノメノン、と言う感じなのだ。私見では。

だから多分に評価は情況的だし、過度的だ。

『坂口恭平』が最初に筆者の視界に入ったのは1年以上前ではなかったか。


坂口恭平躁鬱日記』が出て、その本の評判が筆者のツイッターTLにたまたま出たのを目にして、
坂口恭平@zhtsssをフォロー開始したのではなかったか。
 
最初の印象は、「がんばってんなー、この人」くらいなものであった。

気にはなっていたが別にそれ以上の関心は持たなかったが、つい最近になって『モバイルハウスの作り方』(0yenhouseウェブサイト参照)を読んで俄然面白く思った。

彼はやはり一種の「天才」なのだと思う。

でも躁鬱を抱えてちょっとアブナカしい、綱渡り的人生を送っている。

発言のあちこちにそのことは出てくる。

先日ジャーマンウィングス機の事故があったが、副操縦士の自殺の巻き添えにされたと言うことらしい。

言わばその逆をこの人は果敢にやろうとしているように映る。

革命だの、いのちの電話だの、総理大臣だの、・・・普通の人がやるとちょっと過激すぎることも、この人がやると何か分かるような気がする。

個人的にはこの人の「ラディカル」さが面白い。

思想がラジカルとか、そう言う話ではない。

もっと原始的な感性みたいなものだ。

例えば「土」に対する近さとか(「ダンゴ虫」に対するシンパシー)・・・

視野とか(建築家のパースペクティブを越えて、アボリジニの脳を想像させるような)・・・

いわゆる常識で納まらない思考と言うか、行動的知の探求というか・・・


まっそんなところです。

だから「論客」みたいなメディアに好都合な枠に入れてない方がいいと思います。


2015年1月17日土曜日

「いぶせき」考 2014クリスマス 追記

先日、クリスマス礼拝の様子を少しだけご紹介しました。

その後、演奏してくださった北方さんがご自身のサイトでご紹介くださったので、リンクをお知らせします。

クリスマス礼拝(巣鴨聖泉キリスト教会)を終えて

色々な角度から撮られた画像が8枚もあります。

建物や庭の様子、ステンドグラスのことなど、色々と解説や感想を書き加えてくださっています。

改めてありがとうございました。

2015年1月4日日曜日

(2)教会巡り2015年

教会巡りについては昨年第1弾を書いて報告いたしました。

今年もこの「教会巡り」が初めての投稿になりました。

で、先ずはご挨拶。

新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
この年末年始も、巣鴨聖泉キリスト教会は主日礼拝が3週連続でお休みとなりました。
 12月24日夜のイブ礼拝を挟む、12月21日と28日の2回。
 元旦礼拝を越えた4日(今日)。

では順にどの教会へ行って礼拝を守ったかご紹介。


12月21日は、日本キリスト教団滝野川教会へ。

滝野川教会は、いつもの散歩コースを少し外れる程度の場所にあり、散歩を兼ねた教会行としてはちょうどいい感じ。

ちょうどクリスマス礼拝でした。

会衆は普段より多いのだろうか、大体一杯という感じ。

ダークスーツ姿の熟年男性が少し目に付いた。

とにかく暖房がかなりで少しのぼせ加減。

おととし本郷弓町教会のクリスマス礼拝でも聖餐式があったが、こちらも。

阿久戸牧師の説教は聖書箇所のストーリーラインから場面を取り出し、聞く人に印象的に響くように適度に情景描写、説明、オススメを加える手法。

どちらかというと下町的なくつろいだ雰囲気の中にも「礼拝」に集中する感じ。


12月28日は文京区方面に反転して、日本キリスト教団西片町教会へ。

ここは昔教会学校に通っていた生徒の親が会員だったり、小嶋とは親戚のような関係のおばあさんが教会裏手に住んでいたり、と言うことで少しイメージはあったが、実際に行ったのは初めて。

(老朽化とまでは言えないが)貫禄の佇まいの教会堂に少し早くに着いた。

どちらかというと空席が目立つ。
山本牧師の説教もそんな雰囲気を感じさせる。
ちょうど葬儀があったばかりということで、やはり「寂しさ」の雰囲気が漂う。

(帰り際ボールペンのキャップを外して飛ばしてしまったのを気づかず帰ってきてしまった。)

帰り道、その裏手のおばあさんを訪問したがあいにく不在であったが、息子さんと顔を合わすことが出来、最近の消息を聞いて帰宅することが出来た。


1月4日はいろいろ迷ったがついに、日本キリスト教団巣鴨教会へ。

「巣鴨教会」は同じ「巣鴨」なので、時々間違って問い合わせを受ける教会で、前から関心はあったのだが、つい近過ぎて後回しになっていた。

礼拝開始時間が、10時15分と少し早いのもいい。(礼拝から帰ってちょうど良い時間に昼ごはんにできる。笑)

礼拝の雰囲気は昨年末に行った駒込教会に似ていた。
実に淡々とした感じ。

ここでも聖餐式に与ることができた。

帰り際、渡辺牧師とゆっくり会話が出来た。
初めてだったが最近の教会事情についても少し意見交換が出来た。

「今朝は礼拝がお休みで」と説明すると、「うらやましい」と返されたのは去年と少しちがっていた。


今回の教会巡り3回は、いずれも「日本基督教団」になった。
どうも典礼的に一番レベルが合う感じなのだろうか・・・。
今回も2回聖餐式に与った。

さて、各教会の礼拝に出席しながら、色々と筆者が奉仕する教会の今後のことを考えたり振り返るきっかけもいただいたように思う。

次の「教会巡り」は「新しいところ」を開拓するとなると、少し枠を広げなければならないなー・・・。

2014年12月7日日曜日

2014「ジュリアの会」作品展

このブログでは2012年の作品展報告に続いて2回目となります。

先日、2014年11月29日と30日に持たれた「ジュリアの会」の作品展の様子を少し紹介して、ご報告させていただきます。
 

もうかれこれ5回目くらいになるので、会場を貸す側も、借りる側も大分慣れてきました。

今回は残念ながら、初日の土曜日はあいにくの雨となってしまいました。

気温も低かったのですが、会場とともに多くの方が展覧に来られました。


ご覧のように、今回はクリスマスがテーマなので、蝋燭や天使などの小物がところどころ入ってにぎやかになっています。


外に回ってみると、



と、タテ看板や塀の中央に大きなリース。




(活水)工房の方はリースなど(主に)ドライのものが展示されました。

ある方が作られたリースはアジサイの花びらが使われていたのですが、なかなか思うような「ブルー」が見つからなくて苦労したそうです。

それに見つかったとしてもかなり大量に必要になり、お財布との相談、と言う苦労もあったそうです。

※これらのアレンジメントの中には、教会の前庭に生えている白樺の枝が使われているのもあります。(全部とは行きませんが)花材が直接庭から供給できるのは理想かもしれませんね。

2014年9月25日木曜日

(危)「某キリスト教イベントを短考する」

まだホットな話題で炎上(はまさかないと思うが)を避けるため具体的な名称等は避けて書く。
それで『難易度ランク』も初の「危(険)」 とした。
今回の記事は基本「ユーモア」の部類だと自分では思っている。
それで短い記事を書くつもりなので「短考する」とした。

先日ある催しに行ってきた。

キリスト教の文化祭のような複合的催しで、そのうちの「トーク」イベントに呼ばれた人は暫く前結構顰蹙を買った本を出した人だ。

その方がプロデュースする「アイドル・グループ」が会場で「歌や踊り」をしたそうだ。

(「・・・そうだ」と書く時点で大した事書いてないはずだから、その辺適当に。)

もともとこのイベント、プロデュースする某キリスト教系出版社のアイデアマンが、ジリ貧の日本の教会に花火を仕掛けるような趣があり、何をしても教会内外から風当たりが強い。

もしかしたら思う壺なのかもしれない。


何はともあれ今回一番「ヒハン」を浴びているのは、この「アイドル・グループ」が、教会堂で、十字架を前にして、お祈りみたいな所作をして、etc.と言うところにあるようだ。

※場所が「聖堂」かどうかは多少微妙な点を含むが、基本的には「聖堂」ではなく「ホール」であることに関して十分周知されていず、少し余計な論争になった部分があるのは否めない。

この方本人の弁によれば、「アイドル」を「本気、ガチ」で「宗教=超越体験」として捉え、実験的に取り組んでいるらしい。

これは確かに「論争の種」になるだろうな。

敢えて冒険的に言えば、この方は「新興宗教」に括られる「活動」をやっているのだろう。

大規模な教団になるかどうかを問わずに言えば、この方の「アイドル・グループ」活動は立派に新興宗教に近いものと感じられる。

少なくともこれまでの新興宗教と、この方の「アイドル・グループ」宗教活動と、何が大きく違うかと言えば、『教祖のカリスマ』が前面に出るのではなく、プロデュースする人間の「宗教理解」が推進役を務めている点ではないか。

巨大新興宗教には、もしかしたら、カリスマ教祖の背後に、教祖のカリスマを防御し、教団とのパイプ役となって教団の具体的な動向を操るような黒子の存在がいる場合があるかもしれない。

その場合カリスマ教祖はもっぱら『聖』を演出することに専念し、『俗』には手を出さずに黒子に任す。
そんな役割分担が考えられる。

しかしこの方の「アイドル・グループ」宗教活動の場合、プロデュース役が自らの「宗教理解」を公言しながら、非常に自覚的に「宗教=超越」を実験的に演出し、(恐らく)フィードバックを見ながらやっている。
そこがかなり違うように見える。

このような「宗教」実験が、かなりポストモダン的で、伝統的な『聖』を愚弄されたと感ずる者達の感性を逆なでするのは、無理もない、と愚考している。(筆者も多分についていけてないが。)

2014年9月10日水曜日

(3)アーミッシュの納屋

米国遊学時代、ケンタッキー州にいた時、近くにシェーカー村があった。
残念ながら訪ねる機会はなかった。

帰国してひょんなことから木工を始め、家具を作るようになって、シェーカー家具を知ることになり、「そう言えばシェーカー村が近くにあったんだ」と懐かしく思った。

多少キリスト教史を学ぶ中で、宗教改革以降の急進的(あるいは)より原初的な(新約聖書に観られるような、と言う意味も含む)キリスト者共同体が北米のあちこちに現存していることを知った。

シェーカー・コミュニティーはそんな中の一つだ。

もう一つ有名なのはアーミッシュだ。

ハリソン・フォード演ずる『刑事ジョン・ブック 目撃者』にもアーミッシュが出てくる。

18-19世紀では(大型)納屋を建てるのは村人総出のイベントだった。
しかしその伝統はもはや過去のものとなり、今ではアーミッシュたちくらいだと言う。

そう言えば日本でも、大きな民家の茅葺は似たようなものだ。

たまたまオハイオ州にあるアーミッシュ村の納屋造りを収めた動画があった。
10時間かかったそうだが、3分半にまとめてある。

2013年12月5日木曜日

ピアノ調律

もう12年前になるが、会堂建替えの時、ピアノも新調する事にした。

幸い設計を担当してくれた今井俊介氏が、ピアノもなさる方だったので、ヤマハ総合特約店サクライ楽器まで一緒にピアノを探しに行ってくださった。

その時出会ったのが、ヤマハのG3だった。

中古だが、前オーナーが音大の学生だった(らしい)ことで、すべての音階でのばらつきが少なく良いコンディションと言うことだった。

要するに中途半端なオーナーだと、弾く曲が中音域に偏る傾向があるが、音大生だとより広範囲を弾く機会が多くなり、それだけ弦の使用頻度のばらつきが少なくなる、ということらしい。

購入以来、毎年1回サクライ楽器所属のベテラン調律士、Yさんのお世話になっている。


1年1回の顔合わせだが、毎回不思議に「何かこの前会ったばかり」のような気になってしまう。

仕事の邪魔にならない程度に、始まりと終わりの時、暫くおしゃべりをする。
今回は私の方から話題を振った。

朝日新聞の日曜版にグローブという特集がある。
11月17日は、ピアノは鳴り続ける、と言うテーマ。

てっきりYさんご存知かと思ったら、そうではなかったので、引っ張り出してお見せしたら、

「ああ誰々さんだ」

とか見知った方の名前を挙げたり、興味津々の様子。
せっかくなので差し上げた。

後で仲間にコピーしてあげるとのこと。

最近は調律の仕事だけではなく、あっちこっち講演・ワークショップの講師に呼ばれたりしているそうだ。

昔のような職人徒弟制度における技術の習得(見て覚える・盗む)ではなく、手取り足取り言葉を使って教える必要があるとのこと。

調律の仕事は全然疲れないが、講演は疲れる、と。

最後に専用布でピアノを撫で回すように拭き磨いている姿を見る時、「あー、Yさんにとってはピアノは子供のようなものなんだな」と思うのだった。


2013年11月22日金曜日

大和郷の変容

巣鴨聖泉キリスト教会のHP『プロファイル』で「大和郷」としてリンクを貼っていた「巣鴨百選」サイトがいつの間にかなくなっていた。

現在「大和郷」で検索しても出てくるのは大半が住宅情報。
盛んに「高級住宅地」とか「セレブ」とかの言辞を操って広告しているが、最早現在の大和郷には往年の「閑静な住宅地」の面影は少ない、と言ったら言い過ぎだろうか。

大分前から相続税対策で敷地が分割され、庭の少ないハウスメーカーによる住宅が増えてきただけでなく、会社・企業などが入り込んできている。

それに低層階とは言えマンションも増えた。

そんな最中昨年の4月頃だったか、急遽持ち上がったのが「納骨堂ビル建築計画」だ。
場所は大和郷と言っても巣鴨駅に近い場所で暫く空き地となっていたのだが、台東区だったかにある寺が、恐らく「建築屋(デベロッパー)」のような会社と手を組んで企画したものだろうと思う。

たちまち反対運動が立ち上がり、大和郷会、巣鴨一丁目会、それに近接する学校である大和郷幼稚園や文京学院などが協力して、建設反対署名運動を展開し、結果その建築計画は立ち消えとなった。

現在はその土地にマンションが建とうとしている。


これが新聞折り込み広告。
大和郷全体が入る航空写真だか、合成写真だか・・・。



当教会も辛うじて認識できる。
(画像中央緑の向こうに見える建物。緑は児童公園の欅だろう。)

庭を持った低層住宅が「ブランド」の基礎だろうに、それを広告文に最大限利用して、みすみす「良好な住宅景観」を破壊していくマンション業者には「なんだかなー」である。




2013年11月20日水曜日

自由学園明日館がテレビ番組に登場

先日ご紹介した自由学園明日館がテレビ東京の番組で取上げられるそうです。


美の巨人たち

放送日:11月23日(土) 22:00~22:30 

11月23日は、フランク・ロイド・ライトの「自由学園明日館」。空間作りの魔術師が、初めて手がけた小さな学校。建物の随所にちりばめられた、仰天の仕掛け。そして日本の子供たちに残した、ライトのメッセージとは?お楽しみに…。(サイト紹介文)

ご関心ある方はどうぞお見逃しなく。
 

2013年11月9日土曜日

自由学園明日館

以前から「行け、行け」と言われていたのが自由学園明日館。

設計がフランク・ロイドロライトによる、と言うのは有名で、池袋にあるから簡単に行けるのだが、なかなか行く機会を得なかった。

11月4日、文化の日の振り替え休日(と言っても筆者のような牧師には休日かどうかは余り関係ないが)、お昼を先日ご紹介したル・ピラートで済ました後、行きました。

と言うのも「招待券」があったのだが、有効期限がこの日だったわけだ。

都内なので幾らか広々とした敷地に見えるが、建物もそれほど大きいわけではない。
いやむしろこじんまりとした感じ。

館内に入ってみて先ず木造建築の居心地よさを感ずる。
と言っても大谷石もふんだんに用いられていて、石と木のハイブリッド建築と言った感じだ。


これは教室に用いられていた部屋だが、天井の勾配が下に降りてくる、と言うかこの角度をつけた天井の味わいが壁や窓や建具などの様々な小さなスペースのデザインに移されてきている感じ。


筆者も「活水工房」を建てた時、設計士が筆者が自作するようにと、合計6枚のドアのデザインをしてくれたが、それには1-2箇所角度が付けられていたのだが、これがなかなか作る側からすると厄介なのだ。

部材をカットする時ピッタリ寸法ではないため、少し余裕を持ってカットした後、少しずつ削っていって、最終的にスポッと入るように調整する。とても時間と根気が要るのだ。

しかしこの窓のデザインはそんな筆者から見ると滅茶苦茶ややこしい。
なんでこんなに・・・と思うほどだ。

大工さんはきっとぶつぶつ文句を言いながら作ったに違いない。(とは失礼な言い方か。)


こんな場所で授業を受けることが出来て、自由学園の生徒たちはそれだけでも「しあわせ」な感じがしたかもしれないな。


講堂(チャペル兼?)はいささかごつい感じがしないでもない。
弟子の遠藤新の設計とのことだが、ライトの柔らかさが少し足りない感じかな。

全体としてはかなり色んな幾何学模様というか線が多用されているのだが、それがくどく感じない程度に全体がデザイン的に統一されているように感じた。

建物の中で一番居心地よく感じたのはやはり食堂かな。
招待券でコーヒーとケーキをただでいただきました。

そう言えば「ショップ」の方には奥村昭雄デザインの椅子が置いてあった。
木の風合いを活かしたごつく見えるが親しみを感じるフォルムだ。

2010年9月2日木曜日

経年劣化

今年の11月が来ると、(今でもこう呼ぶのはおかしいけれど)新会堂が建って丸9年。

昨年あたりから少しずつ故障が出始めてきた。

それで今年の予算では「修繕費」を大幅アップして備えをした。

故障ではないけれど、まず蛍光灯の取替えが増えた。

しばらく前、排煙窓を開閉するワイヤー巻取り装置のハンドルが壊れた。
夏なので締め切っておくと空気が流れず暑い。
突然の雷雨の時には雨の吹込みがあるのを承知で開けることにした。
(要するに修繕を先延ばしにしているのである。幸か不幸か今年の八月に入って全く雨が降らない。)

今度はダイニングの照明スイッチが故障した模様。
電線に繋がったスイッチではなく、赤外線受光によってオン・オフするのでややこしい。

どんなものでも新しいまま、ということは無い。
年を経るに連れて磨耗したり、劣化したり、錆びたり、剥げたり、そして故障するのは当たり前なのである。
要はその備えをどの程度しておくか、であろう。

当教会はコンクリート打ち放しなので、外壁の中性化による劣化がある。
10年が目安と言うことで、その工事のための積み立てを数年前から始めた。

あまり芳しい話題ではないが、誰しも身にしみて感じている事柄であろう・・・。

そそう言えば思い出した。玄関木製扉の塗装が剥げてきていた。
これもそのうち何とかしなければ・・・。

(ブログ毎日更新のための繋ぎ用苦肉のネタでした。読んでくれた人、お付き合いくださりありがとうございました。)

2010年8月13日金曜日

デザイン

巣鴨聖泉キリスト教会の新会堂建築の時、お世話になったのが設計士の今井俊介氏
ちなみに活水工房となった平屋の古家を改修した時もお世話になりました。

2000年4月だったでしょうか、新会堂の設計を頼むことになってから、竣工までの約一年半(その後も色々と親交に与っていますが)、特に基本設計と実施設計の期間は頻繁な時は週一回ペースでミーティングでした。

それまでの民家改造の教会からしか発想できなかった私たちに、とんでもない建物設計図が示され、びっくりしたことを思い出します。

「デザイン」は、設計の大局から詳細に至るまで絡んできます。

数十回のミーティングで、筆者は「デザイン」について学ぶことができました。デザイン自体を学んだと言うよりは、デザインに敏感になるよう訓練された、と言った方が良いでしょう。

設計士にとって建物をデザインするとは、そこで何がなされるか、どんな暮らしをするか、を建物と言う具体的な形にデザインすることです。

しかし詳細においては取手の形や照明等、機能プラス形状や色など美的センスを組み込む場面が出てきます。この面において、ミーティングにおいて「あーでもない、こーでもない」とやっているうちに、美的な面への関心・感性を掘り起こしていただいた、と思っています。

木工でも同じような事柄が関連して出てきます。
家具をデザインする時、先ず考えるのは機能とそれを満たすに足る材料、そして材料を組み上げた時の強度などです。
装飾的な方は後回しになってしまいます。

ただデザインを美的な面から捉えた時、建物でも家具でも、もっとも大切な要素の一つは、寸法、バランスだと思います。
これは材料に彫りを入れたりするような装飾的デザインより重要だと思います。

暮らしをデザインする。
仕事をデザインする。
生活をデザインする。
余暇をデザインする

デザインは形あるものだけでなく、「バランス感覚」、「寸法」や「間」のセンスを必要とするあらゆる場面に登場するものだと思います。

2010年7月26日月曜日

屋上緑化

2001年、新会堂建替えの時、屋上を緑化することになりました。教会関係者のご厚意で工事がなされて9年になろうとしています。

植えられた草は四種類のセダム種の草です。別名メキシコ万年草という渇水や日照りに強い種です。用意された区画に一杯にはびこるまで4~5年要しました。

最初のうちは少しずつ肥料をやったりしながら“伸びる”のを待っていました。すると間もなく雑草の問題が出てきました。最初のうちは見つかったら根こそぎ抜く、と言うことをやや真面目にやっていました。
しかし雑草の中でも厄介なのはイネ科の雑草です。根が細かく引っこ抜こうとすると全体が持ち上がってきてしまいます。数年で勢力を伸ばしていきました。
ついに「雑草抜き」をあきらめてしまいました。

段々と屋上を見るのが億劫と言うか、雑草がはびこっているのを見たくないと言うことで放置するようになってしまいました。
先日ちょっと覗いてみました。雑草が生い茂っているように見えました。後日緑化工事を施工してくれた方に「ついに雑草に駆逐されたみたいです。」と報告しました。

会堂にはトップライトを設けてあるのですが、夏の陽射しが強い間これに覆いをかけるため、今度はちゃんと屋上に上がって一周してみました。
雑草に駆逐されたかに見えたのは一部分でセダムはまだ健在でした。ところどころ雑草とほぼ共存状態でしたが、セダムが勢力を保っている場所も結構ありました。何かほっと安心、そして嬉しくなりました。

先日「駆逐された」と報告した時、「雑草も緑には違いないから屋上緑化がなくなったわけではありませんよ」と慰められましたが、「大丈夫、共存していました。」と再報告することができました。

エアコンを使わず屋上緑化による断熱で過ごしているわが教会としては「屋上の緑の草たち」にまだまだ活躍してもらわねばなりません。

2010年7月22日木曜日

牧師と木工

ナザレのイエスは、宣教を開始するまで、父ヨセフの後を継いで大工をしていた。
当時の大工は木工だけでなく石工なども含んでいたらしい。家を建て維持する諸事に携わる職業であっただろう。

筆者の木工はナザレのイエスにあやかるためのものではない。
始めたきっかけは身の回りの整理や、仕事場の整理のために棚や収納が必要になったこと。
その後工具を買い足していくうちにいつのまにか趣味になっただけの話。
でも牧師と木工の組み合わせは自分でも気に入っている。
実際財政事情の苦しいキリスト教会は、牧師が日曜大工程度の維持管理をすることは良くあることです。

2001年教会堂建替えに伴い、建物内外の家具・外構でそれまで磨いた木工のノウハウを活かすことができました。

そして2009年思いもよらないことから、隣接する木造平屋の廃屋を工房に改装することになりました。

教会を地域にオープンにする、と言っても普通の人はなかなか教会に足を踏み入れることは億劫です。
しかし工房だと「面白そうだ」と足が向きやすいのではないか。入って工房の主と話してみたら隣に建っている教会の牧師だった、と言う筋立てが面白いのではないか、とそんな出会いを密かに期待しています。

今日の午後も一人「ツルばら用アーチ」製作について尋ねて来られました。聞いてみたらご近所の方でカトリックの信者でした。

工房はまだまだ内部の整理がついていないので「セミ・オープン」の段階です。そのうち本格的にオープンして地域の人たちとの触れ合いの場、色んなおしゃべりの場になればと思っています。