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2018年9月3日月曜日

(3)「次世代教会」を展望して、6

一応このシリーズの「6」としましたが、実際には「5」の「付け足し」、そして今日のツイート 2018/8/31の「解説」みたいなもんです。

Danté Stewart (Stew)さんはご覧のようにアフリカ系アメリカ人の方のようです。 彼のツイートで引用されている画像の文章の作者は、ある福音派系神学校卒業生ですが、その方が、「世界大にキリスト教の遺産を保存したのは、白人西洋・ヨーロッパ社会のクリスチャンたちだ」 と主張しているんですね。
彼はそれを「人種差別的発言」と受け取られかねないことを承知の上でどうも「白人」と云う部分をあえて強調しているみたいです。

詳細な文脈は分からないので、多分にアバウトな論評から入ってしまいますが、この方には客観的な歴史から見て
(1)正統的キリスト教を保守し、
(2)原語(ヘブル語、ギリシャ語)での旧新約聖書の保存し、
(3)プロテスタント諸派が米国そして世界の隅々に広まる
のに貢献したのは「白人・西洋・ヨーロッパ」のキリスト教社会だ、というわけです。

確かに大雑把な物言いであればこのような見方にそんなに目くじらを立てる人はいないでしょう。問題は「白人」ですね。これが不必要に人種差別トークの印象を強めたと思います。
案の定、このツイートに延々と付けられた「リプ」は人種差別的であることに対する非難と反論です。

しかしここからが本論なのですが、「大雑把な物言い」と云うのはその発言をする人がその「知識分野」についてどれだけ広範で詳細な情報を把握しているかで「信頼性」は全然違ってきます。

私も含めてそうですが、つい関心あるトピックだと話題を拡げるために生半可な知識で大風呂敷なことを言ってしまうもんです。
その後トピックのテーマや内容を絞り、より確実な範囲に意見交換を狭められれば、最初の大風呂敷な物言いも「導入」として許されるのだと思います。

さてこのツイートの後にグレン・パッキャム牧師(英国ダラム大だったと思いますが博士号を取得したばかりです)が反論を試みますが、「礎(ファウンデーション)」という部分を捉えて(白人)ヨーロッパ中心主義的なキリスト教史に楔を打とうとしています。

即ちキリスト教が世界大に進展する歴史を源流まで遡れば、初期数世紀は北アフリカ地域や東方教会の歴史があるわけです。だから新約聖書の時代、使徒パウロのキリスト教から一挙に宗教改革者(ルターやカルヴァン)に飛躍してしまうような神学校の教育は改められるべきだ、というような主張になっています。

さて前回5」で「教会史」の学びは「神学」より優先するのでは、と言いましたがそれはやはり「今」の時代の文脈をどう捉えて神学教育をデザインするかという問題です。

たとえ日本と云うローカルの場で、そしてさらに小グループ信徒伝道者・指導者のための神学教育であっても、わざわざ何十年遅れで「西洋キリスト教」の「神学テキスト」を翻訳して使っていていいのか、という問題です。

現実的には簡単に解決できる問題ではありませんが、「ヨーロッパそして北米」もポスト・キリスト教時代に突入し、キリスト教の勢いが「アフリカ・南米・アジア諸国」に移っている歴史的文脈を考えると、問題意識は持つ必要があるかと思います。

さてこれ以上大風呂敷な発言は控えることにして、上記のツイートに付けられたリプの中から「面白い教材」がありましたので、それを紹介しておきましょう。

マイケル執事(Michael the Deacon)
Michael the Deacon was a deacon in the Ethiopian Orthodox Church in the 16th century A.D.[1]
In 1534, Michael the Deacon travelled to Wittenberg and met with Martin Luther, the founder of the Lutheran Churches and leader in the Reformation.[2][3] During the meeting, the two compared the Lutheran Mass with that used by the Ethiopian Orthodox Church and found that they were in agreement with one another.[1][4] Michael the Deacon also affirmed Luther's Articles of the Christian Faith as a "good creed".[3][1] As such, the Lutheran Churches extended full communion to the Ethiopian Orthodox Church.[5][1]
エチオピア正教会のマイケルさんが、1534年にルターに会いに来たというエピソードです。つまり「新しく出来たルター派教会」と「聖餐」についての神学的共通性を確認しようとした、いわば「エキュメニカルな働き」だったようです。

へー、そんなことあったんだ。全く知らないことが多いです。

(続く)

 

2018年8月16日木曜日

(3)「次世代教会」を展望して、2

さてどの辺りからトピックを立てて行こうか・・・。

ざっと言うと今念頭にあるのは、(恐らく小グループの)信仰共同体をリードする「牧師」にせよ「信徒」にせよ指導者の「神学教育」はどのようになされるのか、と云う課題。

前回紹介したあるブログ記事の引用からスタートします。
既存の教会制度が崩壊していく中で、間違いなく主流になっていくのは、一人一人の信者の自発的な働きによる、ホームチャーチや小グループです。
ネット環境さえあれば、いくらでも聴けるメッセージがあります。何十人、何百人も集めようとしなければ、個人宅で十分です。
一つの教会で、一人の専任の牧師を置くというこれまでのあり方をやめて、自給伝道を中心にしていくならば、経済的な負担も、比較にならないほどに軽減されます。
インターラクティブ・ラーニング

上記の引用で集会のときに聞くメッセージはネットから・・・ということが言われています。
恐らく既に牧師が常駐していない「小さな教会」や「伝道所」そして「家庭集会」のような集会ではそのような方式が取られているのだろうと思います。

しかし問題は「現状の日本の教会が縮小して行く過程でどう対応するか」ではなく、「次世代教会のリーダーシップをどうやって作るのか」という課題です。

簡単に言えば、教団立の神学校でさえ尻すぼみになっている現状でどうしたら神学教育を現代文脈に沿った方で整備できるのかと云う二重の問題です。

一つは日本の神学校の神学教育の現状は「伝統的科目」をこなすことさえ人員・資料/図書館的に不十分・追いついていない、ということです。(日本の神学校で教育を受けたわけではなく、また神学教育に携わったわけでもないので、伝え聞くところと間接的な観察によるところとの印象でものをいっています。)

もう一つより重要なことは「次世代」の教会が担うべき神学的課題をどう把握しどうアプローチするか、という「神学的リーダーシップ・イニシャティブ・イノベーション」が神学教育に携わっている層からまだまだ出てきていないように見受けることです。

そんな中でネット社会が急速に進み、キリスト教界でも「動画を用いたオンライン神学教育」を開発する動きが出てきました。

自前の神学校施設を持たずとも、ネット環境を使ってよりインターラクティブな教育にシフトして行くのではないか、と思います。

神学コース・カリキュラム
せっかくの機会(危機でもあり機会でもある)ですので、伝統的神学教育科目(聖書学・組織神学・実践神学)を「次世代」の視点から再構築するようなアプローチが求められるのではないでしょうか。(いつか考えてみたいトピックです。)

神学リソースと教材
ここでも思うのですが、英語で得られるリソースを組み入れられるのならかなり豊富になるのですが・・・。

読書会
N.T.ライト読書会をリアルでもフェイスブックでも主宰してきた経験から言うのですが、現時点で日本語でのインターラクティブ・ラーニングはやはり「きっかけ」や「入門」の域を出るのは難しいと思います。

もし「次世代」の「リーダーシップ」層を発掘し・コーチするとなるとやはり実際に顔を合わせて「テキストを読み」「ディスカッションする」ことができる「定期的小グループ・ミーティング」を構築する必要があると思います。

おそらく「次世代」というテーマがプルとなって更なる「学習トピックや領域」が見えてくるのではないかと思います。



以上「次世代神学教育」はこんな感じじゃないかなーとおぼろげながら見ていることの輪郭の一部をご紹介しました。

2018年4月8日日曜日

(3)イクサス・フェスティバル、ラリー・ノーマン、マイク・ペンス

最近ブログを更新する機会が減っている。

時間つぶしの記事でも書いておこう。(としたためてはみたものの未だにアップしていない。)

アズベリー神学校時代(1978-1981)のことになる。

学校のあったケンタッキー州ウィルモアという小さな町の近くに「キャンプ・グラウンド」と云う場所がある。

知っている人は知っている19世紀「信仰復興運動(リヴァイヴァル運動)」華やかなりし頃、野外の天幕集会に大勢の人が集ってキリスト教の説教が延々と行われた。

その野外集会(あるいは天幕集会)のことを「キャンプ・ミーティング」というのだがその場所を「キャンプ・グラウンド」と呼んでいた。

アズベリー神学校の新約学(主にギリシャ語釈義)の教授でボブ・ライオン教授という人がいた。(この記事でも少し紹介した。)

彼は教授陣の中で多少異彩を放っていた。(そう言う教授は他にも結構何人もいたが・・・。)

異彩の放ち方は様々だがライオン教授の場合はクラス外でも若者(というか神学生)たちと一緒にいるのが好きで、さらにそれらの何人かの神学生たちとは「インナーサークル」を作り親密な弟子訓練みたいなことをやっていた記憶がある。

1970年代に入ってだったと記憶するが、ウッドストック・フェスティバルの影響力に感銘を受けてキリスト教でも似たような音楽フェスティバルができないか、とライオン教授の発案で始まったのがイクサス・ミュージック・フェスティバルだった。

アズベリー神学校やアズベリー大学の学生たちは「奉仕者」として登録すればただで参加できた。筆者は3年間のうち少なくとも2回くらいは「奉仕者」として参加したと思う。多分そのうち1回はカウンセラーをやったような記憶がある。

(主に)クリスチャン・ロックバンドの演奏の合間に伝道メッセージや聖書講演がなされ、質問やカウンセリングを受けたい者はいつでもステージの近くの場所でQ&Aやカウンセリングを受けられるようになっていた。

開催時期は毎年5月頃だったと記憶しているが、実は後から知ることになったのだが、アズベリー神学校に入学した1978年のイクサス・ミュージック・フェスティバルは二つのこと(二人の人物)で非常に記憶に残るものとなったのだった。

(1)ラリー・ノーマンのレガシー

一つ目はクリスチャン・ロックの草分けと云うか、比較して言えばボブ・ディランのような伝説的ミュージシャンが出演していた。

彼の名前はラリー・ノーマン。残念ながら2008年2月24日60歳の若さでなくなった。(追悼記事、クリスチャニティー・トゥデーニューヨーク・タイムズ

ところで、1978年5月のイクサスは、筆者はまだケンタッキーの山の中(バイブル・カレッジ)にいて参加できなかったわけだ。

まー参加したとしても、まだラリー・ノーマンも含めてコンテンポラリー・クリスチャン・ミュージックについては殆ど何も知らなかったわけだから、どーってことなかっただろうが・・・。

ユーチューブには1978年のはないが、1984年のがあるので(↓)、それを置いておきます。





(2)マイク・ペンス米国副大統領

もう一人“ニアミス”したのは、現米国副大統領のマイク・ペンスだ。

ペンスについては日本でも「福音派クリスチャン」としてかなり報道されているが、彼はもともと有力なカトリックの家で育った。しかし大学時代にはしばらく信仰から遠のいていたのだが、大学の友人の感化でクリスチャンになった。

しかしまだ“本物”のクリスチャンとなっていないことを自覚し、決心の機会を覚えていたときある伝道集会に参加し、そこで回心したのだった。

その伝道集会と云うのが「1978年のイクサス・フェスティバル」であった。

当時のことをこの新聞記事がまとめている。
VP Mike Pence shares why choosing Christ changed his life
And it was a few weeks later, I went to a, what was a great contemporary Christian music festival in Wilmore, Kentucky called Ichthus in 1978, and I heard lots of great singing, just like I heard this morning, and I heard lots of wonderful preaching.
And Saturday night sitting in a light rain I walked down, and not, ya know, not out of anything other than my heart really finally broke, with a deep realization what had happened on the cross, in some infinitesimal way, had happened for me, and I gave my life, and made a personal decision to trust Jesus Christ as my Savior”.
どうも「ラリー・ノーマン」の名前は出ていないので、それが目当てではなかったようだ。


《追記》

実はラリー・ノーマンについては今年3月伝記が出版されたばかりだ。

By Gregory Thornbury

著者のグレッグ・ソーンベリーはこれまた異彩を放っている人で、ラリー・ノーマンの伝記を書いているだけでなく、1950年代米保守派キリスト教を「ファンダメンタリズム」から「福音派」へと舵を切るのに多大な影響を発揮したカール・F・H・ヘンリーについても著書がある。



今では福音派の中でもカール・ヘンリーの神学的遺産の“限界”をいう人が多い中で、彼のような若手の中からヘンリーを“再発見”する人が出てきているのが興味深い感じがするのだ。




2016年3月21日月曜日

(5)北米神学校事情2015-16

日本では卒業式シーズンもほぼ終わり、学年の切り替わる春休みとなっています。

しばらく前になりますが、北米神学校事情2014、で北米神学校の「認可制度」や、教派の伸張と連動する神学校生徒数のことなどを書きました。

まっ、裏事情的ネタが多かった感じですが、「北米神学校」の入門的記事を書きました。(意外とこの類の情報は日本語では少ないようです。)

その記事から一年ほど経って、「追記」を書くようなニュースに接しました。

北米最古のアンドーバー・ニュートン神学校キャンパスが売却によって閉鎖されるというのです。

既に2014年の「事情」 でも言及した「主流派の神学校の統廃合問題」が老舗中の老舗にも及んだ、という話です。(統廃合自体は名前が示すように既にあったわけですが・・・。)

こちらの記事ではイェール神学校と合併するのではないか、とされています。

最初の記事に詳しいように、入学者数の減少により、(プリンストン神学校のような運営基金となる資産が潤沢ではない)苦しい資金繰りをしている神学校は環境の変化に合わせてどんどん経営変更やプログラムを変化させていかなければならないようです。

最も身近な環境である、就職先となる「教会事情」は衰退傾向にあり、「借金を抱えていない、パートタイムでもよい」卒業生を雇用条件にしている教会が多くなっているようです。当然神学校側もそれに合わせたプログラムを模索する必要があります。


(それからまたしばらく経って)
ニューヨーク・タイムズ「宗教欄」のマーク・オッペンハイマー記者がつい先日(2016年3月18日)このような興味深い記事を書いています。

それによれば、かなりラディカルな対応をしている神学校もあるようです。

クレアモント・リンカーン大学はメソジスト系のクレアモント神学校から派生して出来た学校で、本部ビルはありますがそれは運営のためのもので、クラスはすべてオンラインによるのだそうです。

三つの分野で修士プログラムを提供しています。
 (1)倫理的指導力
 (2)宗派間活動
 (3)社会への影響

これらのコースワークの中心は、多元社会を見据えた「対話能力」養成であり、伝統的な宗教知識(聖書その他)の涵養は敢えて要求しません。

オッペンハイマーの記事では、このようなラディカルな取組みの背景として、神学校入学者数の激減や、入学者の高齢化、それに伴う経営環境の厳しさ、等を挙げています。
(その一例としてアンドーバー・ニュートン神学校のことも取り上げられています。)


しばらく前『牧師は神学者か?』を連載しましたが、そのうちのデーヴィッド・フィッチの機能的神学者論辺りと比較していただくと、メインラインの神学校と福音派系の神学校の「環境の変化」の捉え方、それに対する戦略の違い・・・など興味深い点が出てくると思います。


2016年1月20日水曜日

(4)神学遍歴⑬

GTU (Graduate Theological Union) のことについて書くのがこれで4回目だろうか。

もはや時系列で繋ぐのもままならぬほど間隔の空いた投稿となってきた。

いきなりかどうか分からないが、今回はComprehensive Examinations(通称「コンプ」と呼んでいる)という、博士課程での第一関門について書く。(一回では終わらないかもしれないが)

解説は後にして「マイ・コンプ」を掲げてしまおう。 
I. Theories on the Symbolic Dimension of Social Reality: A written examination investigating recent theories on symbols and their relation to society.
II. Max Weber's Historical-Comparative Method: A written examination covering selected writings of his sociology of religion and its applications and critiques by more contemporary authors.

III. American Nationalism, 1880-1945: A major paper focusing the general historical-cultural background of a symbolism of "redeemer nation'' and its role in the period, 1880-1945.

IV. Japanese Nationalism, 1890-1945: A major paper investigating the formation of the political ideology of Tennosei called Kokutai ("national constitution") in relation to the political and intellectual conditions of the period (1890-1945) in which it was being shaped.

V. The Problem of the Modern State: Contemporary Approaches of Protestant Theology and Political Philosophy. A written examination on several major Protestant theologians' and political philosophers' reflections on selected issues of the modern state, especially totalitarianism.

筆者の場合は5つのうち4つが集中領域である「宗教社会学」関連、残る一つが選択領域となった「社会倫理」を試験するわけである。

この段階では博士論文の先行思索として論文の主題となりそうな分野やサブ・トピックを選んで論文試験とするのが普通だ。

I. Theories on the Symbolic Dimension of Social Reality

はプリンストン神学校でギブソン・ウィンター教授から学んできたアプローチである「社会的現実」を象徴解釈から接近するための理論的基礎構築に資するもので、結果的にはかなりエクレクティックな文献選別になったように思う。

試験のやり方は提出した文献リストに従って読み込んで準備しておき、試験日に試験委員会が作成した質問の中から適当なものを選択して解答する。

試験時間はもう忘れてしまったが3-4時間くらいであったと思う。

その場で鉛筆で書いたものを後日タイプして提出する。

それで、「試験委員会」について説明しておくと、自分のコンプ委員会を適切な教授を選んで依頼するわけである。

GTUの場合はPH.Dの場合は通常5人の委員のうち、最低一人はカリフォルニア大バークリー校の教授が入っていなければならない。

筆者の場合は日本の明治期がテーマに入っているので、思想史が専門のアーウィン・シャイナー( Irwin Scheiner)教授にお願いした。

シャイナー教授は多少神経質な感じの方で、あまり親しみやすい方ではなかったが、引き受けることに関しては別に逡巡もなかったと記憶している。

さてどんな質問が出され、どれを選んで解答したかだけ紹介しておこう。
(※質問はGTUの3人が二つずつ提出した
CHOOSE 4 questions to answer from the following:
1. Considering the variety of theoretical positions covered in your bibliography regarding
the symbolic dimension of culture, which two positions are, in your opinion, most
different from one another?  Can they in any way be reconciled?

2. The theoretical significance of praxis is usually traced to the influence of Marx. What
other historical and theoretical roots does it have?

3. Jurgen Habermas distinguishes between systemic and life-world aspects of societies.
How do these differ as symbolic realities? What does the "colonization of the life-world by economic and political administrative system say about the "independent" power of
symbolic resistance in the modern world?

4. Durkheim refers to society as one-vast network of symbols. What did he mean by this?
Contrast his view of collective representations with Weber's understanding of society.

5. Clifford Geertz has written: "a religion is (1) a system of symbols which acts to (2)
establish powerful, persuasive and long-lasting moods and motivations in men by (3)
formulating conceptions of a general order of existence and (4) clothing these
conceptions with such an aura of factuality that (5) the moods and motivations seem
uniquely realistic."
    a. Discuss the understanding of "symbol" Geertz is using and contrast Geertz's
view with that some other thinker.
    b. How, in Geertz's perspective, is religion related to social reality?
    c. Comment critically on the way Geertz relates religion, symbol, and social
reality from 1) a Marxist perspective (Habermas or some other) and 2) from a Christian
perspective (Niebuhr or Tillich).

6. Write brife essay on the contributions of the thought of Alfred Schutz to the Jurgen
Habermas of The Theory of Communicative Action.
筆者が選んだのは、1,2,3,5だった。

(答案は全ワード数3000弱程度。なかなかタフな試験だったと記憶している。)

(続く)

2015年5月6日水曜日

(4)神学遍歴⑫

さてさて、最近このブログの更新ペースが急進しているが、あくまでたまたまです。

すぐペースダウンするでしょう。


前回神学遍歴の記事を書いたのは、1年以上も前のこと。大分時が経ってしまいました。

Graduate Theological Union 時代のこれが3回目の記事になるようです。


(1)宗教社会学

 既に『神学遍歴⑩』でも書いたが、筆者が入ったのは「第IV領域」と呼ばれる、《社会倫理》と《社会理論》を専門とする分野だった。

 前回は「社会倫理」部門のコアコースである「西方教会社会倫理教説史」を紹介した。

 もう一つの部門「社会理論」は、主に「宗教社会学」入門のような形で入って行くものだった。

 現在は宗教社会学というと、社会学の“一分野”とみなされることが殆どだと思う。

 しかし社会学の祖として挙げられる3人、カール・マルクス、エミール・デュルケーム、そしてマックス・ヴェーバーは(マルクスを除いて)いずれも「社会の中心に宗教をおいて」社会の近代化を分析した。

 つまりデュルケームやヴェーバーにとっては、宗教社会学が社会理論の中核にあった、といえる。


 1980年代前半当時、神学校で「宗教社会学入門」コースに使われたテキストを紹介しておこう。

 教授はイエズス会士で、加大バークリー校のべラー教授の下で博士をやった人であった。

 記憶に残っているテキストは、
  ・Gregory Baum, Religion and Alienation: A Theological Reading of Sociology.
  ・David Martin, A General Theory of Secularization
  ・Andrew Greeley, Unsecular Man: The Persistence of Religion.

あたりかな。

(2) 学術会議(アカデミック)的なこと

 博士課程の学生は学業だけやっていればいい、だけではないことを間もなく知った。

 前回も、「第IV領域」のコア文献確定作業について書いた。

 教授も学生も一緒になって、「自分たちの専門領域の性格と範囲」を、「誰の」「どの文献」を重要とするかを検討しながら、形作る作業をしていたわけだ。

 その他の事案としてよく覚えているのは、博士課程の入学志願者選定作業だ。

 それは教授の専権事項、と思いきや、志願者の履歴・実績・希望等を、学生も教授たちと一緒に討論するのだ。

 もちろん最終選定には学生は関与しないが、色々意見は求められた。

 たまたまその年(筆者が入学してから2年目か3年目)は、候補者の中に日本人学生が入っていたが、TOEFLのスコアが少し低く、学業が成り立つかどうか、意見を求められた。

 一人の人の将来に関わることなので、緊張して意見を述べたことを思い出す。(その後日本人の学生はなかったので、もしかしたらだめだったのかもしれない。)


宗教社会学関連、という事で思い出したことを書いておこう。

鹿児島ナザレン教会の久保木牧師が

ジョン・ポール・レデラック著『敵対から共生へ』を読んで、紛争に向き合う勇気をいただきました..
という記事で以下のようなことを書いていた。
conflict(紛争、対立)がギフトであり、平和へのプロセスとして扱っている
良書です。

訳文がわかりにくい、ということを書いたのですが、
具体的にいうと、こんな文章です。
現状把握への記述的(descriptive)営みの中で、変革に気づ かせてくれるのは、私たち個々人は悪い意味でも良い意味でも、衝突によって影響を受けるということです。衝突は、私たちの肉体的な健康、自己の尊厳、感情 の安定、正しい洞察、全人的霊性の統合に影響を与えるのです。

処方的(prescriptive)視点で捉えるなら、変革とは、慎重に計画された干渉であり、それによって社会的紛争の破壊的な影響は最小限に抑えられ、個人の肉体、感情、霊的レベルで、成長する可能性が最大限に広げられます。
(ジョン・ポール・レデラック著「敵対から共生へ」23頁)
というものです。

以前この記事を読んだ時、記憶に残って、そのうち何か書こうかな・・・と思ったのは「記述的(descriptive)」と「処方的(prescriptive)」との違いと関連についてでした。

おおよそのことは類推がつきましたが、だからと言って言葉/概念の説明だけではイマイチ分からないだろーな、と思ったのでした。

今回「宗教社会学」について書いたことで、この「記述的(descriptive)」と「処方的(prescriptive)」のことを改めて思い出しました。

それは社会学(宗教社会学も含む)と言うものが辿った歴史と関連付けて、少し比喩的にですが、説明できるものではないかと・・・。

経済学もそうですが、社会学は道徳哲学から分岐独立した学問です。
※プラトンの『国家』やアリストテレスの『ニコマコス倫理学』 が社会学の(古典)テキストとして読まれているかどうかで、その社会学の「被写界深度」も測れよう、というもんです。

その後自然科学との対比で、「科学」としての自立性・自律性を獲得するために、《記述的性格》と《予測可能性》と言う科学と呼ばれるに相応しい二つの性格を追求します。

まあここで話題にした《記述的》と言うことが出てくるわけですが・・・。

科学的なステータスを獲得するには「客観性」を証明しなければならない。

そのために「(主観的とされる)価値判断を入り込ませない」と言う原則を方法論的に確立しなければならない。

そのようにして、社会学的事象を「(因果関係で説明できる)法則的な関連」で叙述することを目指したわけですね。

言わば自然科学に似せて、社会学の観察対象を客観的に「記述」できる事象とみなしたわけです。


ここまで書いて、かなり「脱線」したように思います。
(風呂敷を広げすぎたので中断。 )

要するに「記述的(descriptive)」と「処方的(prescriptive)」と言う違いは、ある事象・対象への「対応の2モード」だ、と言うことを社会学を例にして説明しようと思ったのです。

「記述的」・・・とは「観察モード」であり、観察した事象を(できるだけ客観的に、あるがままに)記述する方の対応の仕方です。

「処方的」・・・とは「介入モード」であり、観察した事象を一定方向に「変化させる」ための助言・指示をする時の対応の仕方です。

社会学では「処方的」の代わりに「規範的(normative)」とよく言いますが、健全な社会のあり方を「基準」として持っていることによって、社会を観察し、様々な社会問題を「症例」に分類・整理して「診断」し、それへの対応策を「処方」する・・・とかなり強引に「病理学的」社会学の機能をたとえると、そう言うイメージになります。


さて、レデラックの本ですが、筆者はこの本読んでもいないし、持ってもいないので、それ以上のことを言うにはちょっと憚られると思ったので、ネットで見てみたら、本の要約を掲げたサイトが見つかりました。

一通り目を通してみたのですが、どうも「関係対立診断及び処方(conflict management)」とも言うべき、「知識とスキル」が「対立」と言う実際局面に集中して寄せ集められた「現代的専門家」然としていますね。

レデラックはさらに、そのようなまだ発展途上の「知識とスキル」の集合体に、メノナイトの「平和の神学と実践」を繋げて、独自に理論展開しているようです。

このサイトに要約されていることは、殆ど「概念的な理論構築」に終始しています。

その真価は「個別具体ケース」に適用されて判断され、さらに理論にフィードバックされて精度向上を増すべきものと見えます。

先ほどの久保木牧師の引用の原文は
From a descriptive perspective, transformation suggests that individuals are affected by conflict in both negative and positive ways.
For example, conflict affects our physical well-being, self-esteem, emotional stability, capacity to perceive accurately, and spiritual integrity.

Prescriptively, (i.e., relating to what one should do) transformation represents deliberate intervention to minimize the destructive effects of social conflict and maximize its potential for individual growth at physical, emotional, and spiritual levels.
となっていますが、これは「対立」が関わる「状況」の『パーソナル』な側面についての説明で、以下『関係的』『構造的』『文化的』側面が挙げられ、それらの側面について一つ一つ、「記述的(descriptive)」と「処方的(prescriptive)」の両方からコメントされています。

「対立」 を単に「管理する(マネージメント)」のではなく、「変革する(トランスフォーム)」視点から捉えるのは、メノナイトの平和構築神学からは真っ当なものだとは思うのです。

このサイトでは「聖書的」「神学的」洞察からくるものは殆ど明示されていないようです。

もし(例えば)牧師が「変革的なヴィジョン」としてこのような「実践的な理論」を援用するのであれば、やはりキリスト教的、神学的「人間論」そして「教会論」としっかり繋いで行く必要はあるように思います。

そうしないと、何が「ミニマイズ」すべき「社会的対立から来る破壊的影響」なのか、あるいは何が「マキシマイズ」すべき「個人的成長への潜在的要素」なのか、判断が明瞭にならないのではないでしょうか。
次のことを指示するにあたって、わたしはあなたがたをほめるわけにはいきません。あなたがたの集まりが、良い結果よりは、むしろ悪い結果を招いているからです。

まず第一に、あなたがたが教会で集まる際、お互いの間に仲間割れがあると聞いています。わたしもある程度そういうことがあろうかと思います。

あなたがたの間で、だれが適格者かはっきりするためには、仲間争いも避けられないかもしれません。

それでは、一緒に集まっても、主の晩餐を食べることにならないのです。
(以上、新約聖書・コリント人への手紙第一、11章17節~20節、新共同訳。強調は筆者。)


2015年4月6日月曜日

(4)34年ぶりの再会

昨日のイースター礼拝のこと。

急なことであったが、アズベリー神学校で一緒だったSE夫妻が出席された。


何でも2週間ほどの「第2のハネームーン旅行」だそうな。

しかし驚いたのは長い間コンタクトがなくとも筆者の名前を覚えていたこと。

(何しろこちらはなかなか名前を覚えていない方なので、Sの名は何とか覚えていたが、姓は記憶があいまいであった。)


Sはどちらかと言うと「やんちゃ」の感じで、勉強よりもテニスとか色々活発に動き回るのが好きで、とてもアカデミックなタイプには見えなかった。



が、その後は教師/研究者(キリスト教青少年教育・伝道)の道に進み、英国、ニュージーランド、シンガポールなど国際的な生活をしている。

礼拝後の雑談ではまもなく、今関心持っている「神学的」話題となり、James K. A. Smithについて共に関心を持っていることが分かった。


Sの関心領域はLiturgical Theologyとのことだが、社会学や文化人類学にも関心があり、Christian Smithにも結構関心があることが分かった。
(クリスチャン・スミスの『ビブリシズム』については当ブログでも何度か取り上げた。)

筆者の知らない情報として「メモメモ」したのは、スタンフォード大文化人類学教授Tanya M. LuhrmannのWhen God Talks Backと言う本だ。

どうも・・・
世俗化・世俗主義の現代にあって、「神と会話ができる」霊性とはありか、
と言うことを福音主義キリスト者(ヴィンヤード・グループ)の中に入って調査した結果を本にしたものらしい。

と言うことでこの本のテーマが最近の関心に共振して、少しリサーチしているところである。

なかなか刺激的な「再開」の機会となった。


※「34ぶりの再会」は、2年前、別のアズベリー神学校時代の友人との再会を真似した安直なタイトルとなった。

(5)現代の英語圏神学者①、スタンレー・ハウアーワス余録

このシリーズのトップバッターに「スタンレー・ハウアーワス」を選んだら、MH氏から以下のようなコメントとリクエストをいただいた。
ハウアーワス教授とペアで語られることが多いヨーダー先生、また、ハウアーワス教授・ヨーダー・ブルッゲマンの3しゃにかんするTaka牧師の整理が聞きたかったりして。

と言うことでどこまでできるかやってみましょう。

先ずは情報の少ない「ウォルター・ブルッゲマン(あるいはブリュッゲマン)」から・・・。


「ウォルター・ブルッゲマン」で記憶の糸を辿ると、アズベリー神学校時代のレイマン(Fred. D. Layman)教授の「聖書神学」クラス付近の記憶領域に入る。

神学遍歴⑤で『中間時代の神学』クラスについて書いたが、教授の名前は書いていなかった。
恐らくその時点でも忘れていたのだろう。

今回この件で名前を思い出そうとして一苦労した。レイマンを最初Lehmanで検索したのだが辿りつかなかった。

しょうがないので「こう言う機会だから、旧い講義ノートでも探してみてみよう」とあっちこっちひっくり返したら、何とか見つかりました。

『中間時代の神学』で書いたように、その頃の記憶では何と言っても「James Muilenburg」の印象が強かったようです。

(と、この時点ではまだ繋がっていないのですが、実はJames Muilenburgはウォルター・ブルッゲマンの師匠なのです。後ほど紹介。)

BT605: OT Theologyクラスでは、レイマン教授が指定した専門雑誌等論文から選んで、「梗概(シノプシス)」を書く、と言う課題があり筆者が選んだ中に、ブルッゲマンもマイレンバーグも見つかりました。
Walter Brueggemann, "The Kerygma of Deuteronomic Historian." Interpretation, vol. 22, no. 4, pp.387-402.
James Muilenberg, "Imago Dei." The Review of Religion, vol. 2, no. 4, pp.392-406.


さて、アズベリー時代に筆者はウォルター・ブルッゲマンをどう評価していたのか・・・。

簡単ですが、「まだレーダーの外の方」だったように思います。

かと言って無視していたわけではありません。
恐らくこの時期にThe Prophetic Imagination (1978年のペーパーバック初版)を購入していますから、それなりにその後の活躍を予感していたのかもしれません。

ヨーダーのThe Politics of Jesus (1979年のペーパーバック第6版)もこの頃買ったと思われますが、ヨーダーの方が「どう整理していいのか困る」と言う点では一枚上手だったと思います。



※せっかくですので、お世話になったレイマン教授のネットから入手可能な論文を紹介しておきます。


ウォルター・ブルッゲマンはNYのユニオン神学校で神学博士を修めますが、その指導にあたったのがジェームズ・マイレンバーグ教授でした。

なかなかの名物教授だったようで、アメリカの最も著名なキリスト者著作家の一人、フレデリック・ビークナー(Frederick Buechner)が「満杯の教室でまるで旧約聖書の世界がそこに出現したかのように“演じる”マイレンバーグ教授がいた」頃のことを回想しています。


※(興味のある方に)ブルッゲマンがビークナーをインタヴューしている動画


どうやらヨーダーのことを続けて書くには長い記事になってしまいましたので、「続編」で取り上げることにいたします。

2015年3月4日水曜日

(5)現代の英語圏神学者①、スタンレー・ハウアーワス

先の冬季オリンピックでスキー・ジャンプの葛西選手が「レジェンド」と騒がれていました。

普通は存命中はまだ「レジェンド」まで行かないものなのでしょうが、最近では物事の変化が早過ぎるので生きているうちでもどんどん「レジェンド」にしておかないと忘れられてしまうのですかね。

ところで色々連載(中断)中のもあるのですが、今度また「(現代の英語圏)神学者」シリーズを“適当に”始めようかと・・・。

そうですね、かなり偏見と独断による「この人の名前、覚えておくといいかも」と言った感じでしょうか。

中には著書が邦訳されている人もいますが、全然無名に近い人もいるかもしれません。(そこが却って面白いところかもしれません。)

で、トップバッターに選んだのは

スタンレー・ハウアーワス(Stanley Hauerwas)。

日本語で何か紹介しているのを探そうと、「スタンレー・ハウアーワス」で検索したところ筆者が書いたものしか見当たらないではないですか。

なるほど「スタンレー・ハワーワス」に変えたら出てきました。

なかなか日本語表記の問題は難しいですね。
一応英語圏でこの名前を言う時には「スタンレー・ハウアーワス」 の方が幾分近いですよ、とは言っておこう。

※このポストのタイトルもこれで行きます。検索に引っかからなくてもいいや。

ところでなぜハウアーワスがトップバターかと言うと、彼がちょうど旬なのです。

先ごろ(2013年)デューク大学神学部を定年退職なされたのですが、つい先日ハウアーワスが英国スコットランドのアバディーン大学でパートタイムで教えることになった、とアナウンスされました。

大学側の発表はハウアーワス教授を最大級の賛辞で歓迎しています。
つまり彼が来ることでアバディーン大学神学部はワールドクラスと言う箔が付く、と言うことらしい。

さて、これだけのキャリアの人を紹介しようとするとあれもこれも大変なので、ごく私的な紹介に留めます。

筆者が米国留学時からハウアーワスは既に評価されていたのですが、当時は必ずしも幅広く支持を得ていたと言うより、「キャラクター倫理」「共同体倫理」「教会論」等のアプローチをするキリスト教倫理学畑の人として際立っていた印象があります。

しかし筆者の個人的なイメージでは「主流ではなく、アウトロー的」でした。

その後彼が神学者としてアメリカの重鎮となるに従い、皆の見方が変わってきたような印象があります。

彼の神学アプローチの背後にある(神学者ではありませんが)重要な哲学者であるAlasdair MacIntyreも覚えておかなければならないでしょう。

特にマッキンタイアーのAfter Virtueは学際的な影響を及ぼした古典的名著です。


ハウアーワスがノートルダム大学にいた時、マッキンタイアーが同僚だったわけですが・・・。

さてそろそろ長くなってきたので、ハウアーワスがマッキンタイアーについて書いている記事を紹介して終わります。

Alasdair MacIntyre is also a constructive thinker who has sought to help us repair our lives by locating those forms of life that make possible moral excellence. 
(アラスデア・マッキンタイアーはまた建設的な思想家でもある。彼は建徳的指標が備わった「生の営み」がどこにあるかを示し私たちがそれらを再建する助けを提供しようとした人だ。)

(※何か半分はアラスデア・マッキンタイアーの紹介記事のようになってしまった。実はそれも目的だったりして・・・。)

と、終えたはずなのだが、ついでに読んだこの記事が面白かったのでオマケ。
(ハウアーワスの出生に関するエピソードについて。)

There are good reasons for me not to be a Christian. Hannah's Child begins with the story of how I came to be. My mother, who came from dirt poor Mississippi folk, and my bricklaying father married late. They had trouble having a child. My mother had heard the story of Hannah and Samuel, so she prayed that if God would give her a son she would give that son to God. That was a perfectly appropriate thing for her to do, but as I observe she did not have to tell me she had made such a promise. In particular, she did not have to tell me when I was six. That she told me was surely grounds sufficient for me to have nothing to do with Christianity.



2014年6月24日火曜日

(5)現代哲学入門、現象学

母校でもある、The Graduate Theological Unionの加盟校であるドミニカン神学哲学校が主催する

What Has Athens to Do with Jerusalem?
Dialogue between Philosophy and Theology in the 21st Century

が、2014年7月16-20日まで開かれるそうである。(ここ参照

地元のカリフォルニア大学バークリー校のジョン・サール教授もパネリストに名を連ねている。

釣られて、サール教授のウェブサイトをクリックしてみた。

カリキュラム・ヴィテは積年の業績で満載、壮観である。

それから論文(Articles)のページに行って、何か読みやすくて面白そうなものはないか物色してみた。

The Phenomenological Illusionを読み出してみたのだが、ご専門ではない「現象学」について講演を引き受け、それで試みたのが「現象学」(フッサール、ハイデガー、マーロ・ポンティー)を受け継ぐ哲学者たちの「奇妙な学問構築的態度」に対する批判のようである。

それを、the Phenomenological Illusion、と呼んだわけだ。

(どうも読み進むと同じバークリー校のヒューバート・ドレイファス教授が出てくるので、結構彼を標的にしているのかもしれない。
ちなみにドレイファス教授のレクチャーには出た覚えがある。)

イントロの後、Ⅰ. The Current Situation in Philosophyという流れになり、「(人間)意識」を哲学する土俵が、原子物理学、進化論的生物学、脳科学、の進展によって極めて厳しいものになっていることが指摘される。
How do we account for our conceptions of ourselves as a certain sort of human being in a universe that we know consists entirely of physical particles in fields of force.

More precisely: Given that any sort of Cartesianism or other form of metaphysical dualism is out of the question, how do we give an account of ourselves as conscious, intentionalistic, rational, speech-act performing, ethical, free-will possessing, political and social animals in a world that consists entirely of mindless, meaningless brute physical particles.

筆者にはこれだけでも十分である。

確かに物質ベースの「リアリティー」がこれだけ分厚く・詳細にマップ・アウトされてくると、心理を含めた精神活動と言うものの独自性・独立性を領域確保するだけでも一仕事のような感じになってくる。

まっ、でも物質決定主義にそうやすやすと還元できないだろうな、という気もするが。

しかしだからと言って心理を含めた精神活動が「どのようなリアリティー」なのか、ベースとなる物質的リアリティー全体に組み込むためにはどうするかは、サール教授がドレイファス教授を槍玉に挙げているように、従来のデカルト的二元論(精神と身体)を越える「第三の存在」提唱のような議論では間に合わない、と言う指摘はその通りだと思う。

「科学と信仰」もまだまだ接近が必要だろうし、「科学と哲学(現象学)」もまたそうなのだ。


以上午後の遊び終了。

2014年6月14日土曜日

(2)分かるようで分からない聖書入門、2

 前回は「神学校に入る前の予備的訓練」として、「旧新約聖書全巻を各章毎に要約する」と言う課題についての思い出を書きました。

 今回もちょっとそれに引きずられて書きます。

 C.I.E.

 さて何の略だと思いますか。

 ヒント:聖書解釈の原則とも言えることの一つです。(その意味では聖書に限りません。読解力一般に通じる話です。)

 Context Is Everything.

 これは新約聖書(ギリシャ語)釈義の先生が口を酸っぱくして言っていたことです。
 それで今まで覚えていました。

 簡単に説明すると、自分の母語の場合は、読んでるものの中によほど難しい語彙がない限り、辞書を引くこともなく読んでしまいます。

 実はこれって「CIE」で読んでいるんです。

 しかし一旦ギリシャ語のように「自分にとって母語ではない、外国語」の文章を読む時には俄然「辞書に頼」ってしまうわけです。

 そうすると一つ一つの「語」に、どの「意味」が適当かを対応させようとするわけです。

 でもそれってかなりいい加減になりますよね。

 例えば、Context is everything. と言う文章の三つの語をすべて知らないとして、Contextから順番にその意味を調べて行くとします。

 すると辞書と言うのは、Contextと言う一つの語に対して、今までの使用例を整理して幾つもの「意味」を羅列します。

 読者はその中から適当に「意味が合いそう」なものを拾ってきて元の文章にはめ込んでみて、意味が整うか様子を見るわけです。

 でもそんなことをしていたら、次の語の意味を調べて行くうちに、どんどん選択肢が変化して行くことにもなりかねませんよね。

 暫く行ってはご破算。最初からやり直し。・・・が繰り返されるような悲惨なこともありえます。 

 こう言う「マイクロ・マネージメント的な文章釈義」に対する批判的なアプローチとして、C.I.E.はあると思うのです。

 一語一語の意味が文章全体の意味を構成(決定)するのではなく、文章全体の意味は、一語一語の意味を構成要素として成り立っている。

 言ってみれば、そんな感じですかね。微妙ですが・・・。

 C.I.E.で大切なのは「意味のユニット」をどう捉えるか、と言うことだと思います。

 一語一語が「一つの意味を持ったブロック」として、それらのブロックを様々に組み合わせて家全体が建て上げられるようなイメージに対して、

 「意味を持つブロック」とはもっと大きな集合体を「単位(ユニット)」として想定されるべきで、一つのフレーズや文章などがそれ自体で完結した意味の「単位(ユニット)」として想定されるべきではない、と言う主張を持つアプローチとでも言いましょうか・・・。

 ですから、C.I.E.が目指すのは「ロマ書」とか最低でも一つの文書であり、さらに聖書解釈での広い「文脈」で言えば、当然「聖書」全体と言うことになります。

 但し、それは前回書いた「正典聖書」と言うこととは意味が少し異なります。

 聖書解釈において「ヘブル語辞典」や「ギリシャ語辞典」を使うということは、他の中近東緒語、ギリシャ古典等、文明的に広い意味の「文脈」にあることを自覚して用いるわけですから。

 ここで幾つか蛇足を付けたい所ですが、長くなるので付けたかったトピックを挙げるにとどめます。

 1.ボンヘッファー『共に生きる生活』2章に「聖書を読む(朗読する)」があります。

 2. CIEを教えてくれた「新約聖書(ギリシャ語)釈義の先生」とは、アズベリー神学校の故ボブ・ライオン師です。

 3.例えばパウロのロマ書を理解しようとする時、パウロ書簡だけでなく、聖書全体を越えて、「第二神殿期ユダヤ教」の文脈がとても重要になります。

 (日本福音主義神学会・東部部会の研究発表会の主題がまさにそれです。6/16、月曜日、午後2時から。御茶ノ水クリスチャンセンター、8階チャペルにて。入場無料。)

2014年6月13日金曜日

(3)雑想 2014/06/13

 最近は少し集中力を欠いてきたのでなかなか更新するまでに至らない。

 かと言って放置しておくのもなんだから、宗教と社会 小ロキアム@巣鴨で導入し始めた《ダイアリー》方式みたいなものをこちらでも。

 名称は《雑想》と言うことにしよう。実は既に《断想》と言うラベルも設定してあるのだが・・・。


 現在ツイッター、3アカウントで呟いている。

 左サイドバーでご覧頂いているように、@SugamoSeisen
それから個人的な関心領域(木工、宗教社会学、等)なことを呟くために始めたが現在は宗教と社会 小ロキアム@巣鴨関連に特化しつつある、@yamakoete 、そしてN.T.ライト読書会専門の、@NTWdokushokaiだ。 

 そう言う訳で、ツイッターから捕捉する情報がやや多いため、それらを適切に各関連ブログにフィードしたい時もあるのだが、最早なかなか記事にするまでの時間も集中力もない。

 現在でも人によって「ツイート→フェイスブック」や「ツイート→ブログ」で纏めているケースがままある。(しかし殆ど羅列で終わっているのもある。)

 《雑想》ではせめていくばくかの「文脈」を与えることでスレスレ「簡略記事」にしたいのだが・・・。


 では今朝の《雑想》トップ
 20世紀リベラル・プロテスタントの指導的牧師であった、Dr. Harry Emerson Fosdick (1878 - 1969)が1926年にリバーサイド教会に着任した。それから90年弱かかって初女性主任牧師が誕生したわけだ。※現在では「荘厳な結婚式が出来るウェディング教会」として日本人の間では知られているようだ。


次の《雑想》もニュー・ヨークで関連付け。

 リバーサイド教会のご近所にある、これまた由緒ある、リベラルなプロテスタントの牙城となってきたユニオン神学校でも、初(厳密には2番目)の女性学長となったセリーン・ジョーンズ氏が先ごろ重大発表をした。
 100億円超のエンドーメントと呼ばれる学校運営を支える全寄付金(詳しく説明するのは難しいがこの記事に少々言及あり)の内から、石油関連ものをなくして行く、と言うもののようだ。それによって進歩的神学校の道徳的リーダーシップを発揮する、と言う意思表示。

2014年5月20日火曜日

(4)英語圏ブログ紹介⑬ ニア・エマオ

ただ今ブラウザー(ファイアー・ォックス)がクラッシュした後、再立ち上げでこの記事を書いています。
少し制限がある中での文章ですので、ご寛容のほど。

さて今回取り上げるのは、本日、5月20日を持って閉鎖となる「聖書ブログ(Biblioblog)」です。
Near Emmaus
(名称の由来は、ルカ24章の「エマオの旅人」から来ています。「近辺」というところも味噌ですが。)

ブライアン・ルポートが中心となって5年前から始めた「グループ・ブログ」が、本人が「余り興味を持てなくなった」と言う理由で閉鎖するそうです。

米国時間ではまだ暫くありますが、間もなく最後の記事がポストされて、閉鎖・整理に入るとのこと。

でも書き溜めた記事は整理されて今後も閲覧できるそうです。

さてブライアンは、まだ(新約聖書)学者ではありませんが、スコット・マクナイト、ニジェイ・グプタ、等、新約聖書学者でブログをやっている方々からも一目置かれる「情報通」です。

いち早く目ぼしい情報をアップしたり、書評を掲載したり(今はそれで忙しいようですが)、ネット界への貢献度はかなり高かったように思います。

そう言う意味では少々「バーナウト」気味になったのかもしれません。

別に浅田真央さんの「休養宣言」に時期を合わせたわけではないと思いますが・・・。

ブログ紹介(というより送別の辞でしょうか)ついでに、最近の記事を一本紹介。

最近「キリスト教神学」で言うと『キリスト論』が盛んです。

まだこのブログでは取上げていませんが、日本では『捏造された聖書』である程度名が知られたバート・アーマンの最近刊、How Jesus Became Godへの書評が福音派内からも幾つか出ています。

アーマンは元々は福音派の信仰から出発して、懐疑主義に辿りついた学者で、ルートは違いますが、『グノーシス福音書』の著者、ハーバードのイレイン・ページェルスと似た背景があります。

いずれにしても福音派内からはある種のバイアスがかかった批評(批判)的学者と見られています。
(しかしアカデミックな内容からは、バートン・マックなどとは一線を画す、それなりの実績を示していることでほどほどの尊敬も受けています。
N.T.ライトも2008年頃?だったかアーマンと討論しています。このリンク参照)

マイク・バードはいち早く反応し、How God Became Jesusを他の3人の学者たちの協力を得て出版しました。

筆者はバードは過剰にアーマンに反応しているな、との印象を持ちましたが、仲間内での書評は概ね好評のようでした。

しかしアーマンに対してアカデミックなレベルで公正ではない、と言う福音派内からのかなり厳しい批判的書評が「ストーリード・セオロジー」ブログ(未紹介)のJ・R・D・カークによって提出されました。(この記事

と言うことでかなり遠回りになりましたが、「ニア・エマオ」ブログでもまたもう一本バード本批判の書評記事が出ています、と言うことです。

ダニエル・マクレラン(モルモンの背景の人かもしれません)が書いた記事です。
Bird, et.al, How God Became Jesus 書評、パート1

ゲスト・ポストとなっているので、ブライアンが要請したか、ダニエルの方が申し込んだか、・・・その辺のところはよく分かりませんが。(マクレラン本人のブログを見ると後者のようですね、多分。)


しかしまだ「パート1」なのに、閉鎖となってしまってマクレランさん残念でしたね。(余計なお世話ですね。)

2014年4月15日火曜日

(5)北米神学校事情2014

 昨今は日本の神学校では入学者数が減り続けているように聞く。

 一つは神学校の入学条件に「洗礼」や、(よくは知らないが)「献身している」とかがあるためか、と思う。

 しかしキリスト教主義系大学を除けば、世俗の大学で「キリスト教神学」や神学緒科を学べる場所はそうないだろうから、将来牧師や伝道師などの専門職に入らない人(例えば一般信徒や関心の高い人)も学べるような環境に変えて行く事を少しは考えてみても良いのではないか、と思ったりする。

 このクリスチャニティー・トゥデー誌記事によると、今や牧師などの専門職につく人のための学位プログラムである「マスター・オブ・ディヴィニティー(M.Div.)」取得者で、実際にそのような職につく人の数はどんどん減って全体の4割程度となっていると言う。

 筆者が取得した頃はほぼ9割がたは「ミニストリー」に入っていたと言うわけだから、神学校を取り巻く環境は大きく変わったのだろう。

 さて(カナダを含めた)北米神学校事情を知るためには、神学校の認証制度を知らなければならない。

 日本では数年前、某福音派神学校が大学院設置を巡って一苦労したことがあったが、学位がどのように認められるかに関し、日本ではキリスト教主義大学(同志社、関西学院、など)のように文科省経由と、北米のように独自で認可機関を作ってやる場合と、二通りあることになる。

 問題は後者の場合、認可機関に所属する神学校の数が少なく、神学校自体も弱体な場合、そもそも何をどう認可するかの枠組み作りと審査プロセスをそれほど念入りにはできない面がある。

 専任教員数や施設、図書館、蔵書数、学位数、履修過程、などなど相互に厳しい基準を出すだけの体力はないであろう。仮に作ったとしても、どれだけ厳しい審査を課すことができるだろうか。

 多分そんな背景もあって、特に博士課程まで考えた場合、どうしても文科省経由の認定機関による承認を求めることとなったのであろう。

 北米の話に戻るが、殆んどの神学校(大学に属する神学部も含む)が所属するのが、The Association of Theological Schoolsだ。

 現在270校所属している、とあるがそれだけの数の機関であればこそ認可プロセスにもそれなりのコストをかけられるわけだろう。そして一定の基準を保持することが認可の意義だから、審査のための訪問がある時は何かしら緊張が走った記憶がある。

 このATSが毎年統計を出しているが、この年度別統計データが半端ない。
 筆者はアズベリー神学校卒だが、当時から(30年以上も前)福音派神学校は学生数を毎年伸ばし、数を競っていた雰囲気があった。

 当時も今もフルタイムの学生数順位はほぼ変わっていない。南部バプテストの巨大校を除けば、フラー、トリニティー、ダラス、ゴードン・コーンウェル、の後にアズベリーが来ていた。一応10位以内だ。

 しかし今や事情は大分変わった。ゴードン・コーンウェルは結構頑張っているが、トリニティーやダラスは後退している様だ。

 もっと大変なのは南部バプテストの巨大神学校だ。いちいち名前を挙げないが、6校あるうち絶えず上位を競っていた神学校がかなり生徒数を落としてきている。

 その中でも最近の傾向として現れているのは、「急進カルヴィン主義」に変革しようとしているSouthern Baptist Theological Seminary や、Southeastern Baptist Theological Seminaryの方が、カルヴィン主義を取らない他の南部バプテスト神学校と比較して減少数が多い、と言うことだ。(この記事

 さて細かいことは省略し、少し大きな「神学校事情」を取上げると、一つは主流派の神学校の統廃合問題がある。そしてこれがなかなか上手く行っていないようだ。

 お金のかかる神学校教育を経ても、着任する教会がどんどん小さくなっていることは、神学校に行こうとする志気を鈍らせる。しかし教会同士が統廃合し、新任牧師をより厚遇できる態勢を取ればいいと言っても、教派間の壁はそうそう越えられるものではない。(その辺の事情はこの記事や、特にこの記事

 まだ記憶に新しいリーマンショックは退職年金などの資金からの運用益(書いた後で余りよく分かっていないことに気づいたが、個人の寄付金だけでなく慈善団体系財団法人からの大口献金に依存しているが、その基金が株・証券の運用益で作られているようだ・・・辺りのことを言おうとしたものです)で支援を受けてきた神学校運営を危機に陥れたわけだが、今ここに来てようやく回復してきているところらしい。
 しかしその間は教員数を減らしたりリストラをせざるを得なかったわけだ。

 メインラインに限らず福音派教会の教勢も今後減退する方向と見られるから、拡大拡張路線を取ってきた福音派神学校は、今後入学者数が減少して行くと、経営的にまた苦しい場面も出てくるだろう。

 そんな中での面白いことは、ATS加盟校数は減少に転じないで、増えているという点である。

 その要因は何かと言うと、①韓国系移民のキリスト者人口が多いことによる牧師教育の必要、新学校の創設、と言う動きや、②司祭数が頭打ちなカトリック教会で信徒の神学校教育が拡大に繋がっている、と言う点だ。

 色々な光と影があるものだ。