Student: Would it be weird for a guy to take your Women's Lit course?— Karen Swallow Prior (@KSPrior) 2017年7月22日
Me: Nah. It'd be just like being a woman in every other lit class.
解説なしです。よろしく。
※ lit はリタラチャー(文学)ですね。
巣鴨聖泉キリスト教会(日本聖泉キリスト教会連合)創立1965年。 大和郷の一角にある緑と花に囲まれた教会、隣には牧師の木工房。 静かに賛美と聖書の学び、そんな礼拝の時をお過ごしください。
Student: Would it be weird for a guy to take your Women's Lit course?— Karen Swallow Prior (@KSPrior) 2017年7月22日
Me: Nah. It'd be just like being a woman in every other lit class.
○○先生さて以上がほぼ一年前考えていたことであった。
・・・・・・。
僭越ながら、「ライトの義認論」に関し、討論者自身の満足よりも「日本伝道会議で取り上げる『メリット』をいかに多くするか」、と云う視点から少し「討論の枠組み・方向性」を考えてみました。
何はさておき、「討論における(神学議論的)内容」を4人で議論する前に、「全体で90分と云う時間的制約」、そして想定される参加者(信徒も含む)の「ライトの義認論」に対する理解度の問題、いずれも「外的条件・制限」を優先的に考慮せざるを得ない と思われます。さすれば自ずと選択肢は狭まってくる、とそのように考えます。
(1)90分と云う時間的制約
フロアとの質疑応答に30分取っておくことを考えると、「イントロのような事柄・・・10分」、「討論・・・45分」くらいの時間配分かと予想します。
(2)参加者の「ライトの義認論」に対する理解度
牧師・伝道師の方々をメインに考えたとしても、やはり「最近取りざたされているNPPとか、ライトとか大丈夫なの?」くらいの関心がスタートラインと想定した方がいいと思います。「義認論」の、つまりロマ書・ガラテヤ書の釈義的問題等に「入る議論」は無理だと思います。基本
「『義認論』て何なの?」
「なぜ論争されているの?」
「それ日本での伝道や牧会に影響あることなの?」
等の質問に概観的な「見取り図」を提供する「一助」、という位置付けでいいのではないかと思っています。※個人的には恐らく討論のポイントは、「それ日本での伝道や牧会に影響あることなの?」が一番重要ではないかと思いますが。一応以上の線で考えますと、《討論・・・45分》のポイントは、
(1)宗教改革時の「信仰義認論」と、(NPP)ライトの「義認論」とをどう整理すればいいのか、という課題
(2)以上の課題を日本で「聖書学・神学」に従事したり、関心を持ったりする方々は、どのように取組み、どのように「日本での今後の伝道・牧会」に応用させれば良いのか、という課題
以上の二つの課題を討論ポイントとして扱えばいいのではないかと思います。
以上、私見ですが、今のところの感想まで。
小嶋
この部分がまことに残念ながら「欲張りすぎ」たのでした。とても5分ではポイントさえ提示するのも困難であった、と。(実際的な設問で、イメージ的にはかなり伝えられると思ったのですが・・・。)「パウロにとって義認は救済論と教会論の両方を合わせたもの」とのライトの議論が正しければ、プロテスタント諸派、特に「福音派」の神学と実践に大きな 問題を投げかけます。それは、従来の福音派においては、「救済」においても「敬虔」においても個人的で主観的な視点が強いため、「福音」を正しく伝承し保守するために不可欠な「聖礼典」「職制」、いわゆる「教会の外的しるし」を中心とする伝統的「教会論」がかなり弱体化していることです。伝道が実を結ぶためには、「福音」の明証性ともに、福音の伝承を媒介する制度的教会に対する正しい見識が必要ではないでしょうか。