主日礼拝
2016年2月14日(日) 午前10時30分
朗読箇所 創世記 4:1-16
説 教 題 「こころを治める」
説 教 者 小嶋崇 牧師
こころ(2)
巣鴨聖泉キリスト教会(日本聖泉キリスト教会連合)創立1965年。 大和郷の一角にある緑と花に囲まれた教会、隣には牧師の木工房。 静かに賛美と聖書の学び、そんな礼拝の時をお過ごしください。
2016年2月13日土曜日
2016年2月11日木曜日
(5)ホィートン論争、その2
(3)メディアによる論争の拡散
「メディアによる拡散」という場合筆者の念頭には二つあって、一つは公的メディアである新聞等のジャーリズム、そして私的メディアとしてのブロガーたちである。
この場合メディアを公的と私的と分けたとしても、ネットという「公器」上では、かなり相互浸透があったりして、読者側から見るとその境界はそれほど意識されない面があるかもしれない。
筆者の読んだ範囲では、ニュース・ソースに近かったり、当事者意識の高いブロガーたちの書いたものは時に「中立」的報道より勘所を押さえていたりする。
またネット・ジャーナリズムも、専門的な分析や意見を識者に依頼して寄稿してもらうわけで、全文掲載した記事であったり、「その人の視点」から書かれた分量が記事の大半を占めたり・・・という状況が出てくる。
そんなことを前置きした上で、公的・私的を区別しないで、ランダムに「ホィートン論争」を取り上げて論じた記事を紹介していこう。
(1) アメリカのプロテスタント史及びキリスト教史の重鎮、マーティン・マーティー(シカゴ大)
(2) Wheaton Is Right: the Christian and Muslim Gods Are Different.
読んで字の如し。ホーキンス准教授の軽率な神学的発言は大学当局が取った処分に値する、と処分を支持しています。
(3) 福音主義のアイデンティテイーに触れる論争
ホィートンの卒業生ジョン・シュマルツバウアー
が、「北米福音主義は『境界に揺れる』アイデンテイテイー形成の歴史である」、という視点からホィートン大学の歴史を遡り(反ユダヤ主義のエピソードなどを含む)、今度の論争の位置づけを試みている。
※さらに続く
「メディアによる拡散」という場合筆者の念頭には二つあって、一つは公的メディアである新聞等のジャーリズム、そして私的メディアとしてのブロガーたちである。
この場合メディアを公的と私的と分けたとしても、ネットという「公器」上では、かなり相互浸透があったりして、読者側から見るとその境界はそれほど意識されない面があるかもしれない。
筆者の読んだ範囲では、ニュース・ソースに近かったり、当事者意識の高いブロガーたちの書いたものは時に「中立」的報道より勘所を押さえていたりする。
またネット・ジャーナリズムも、専門的な分析や意見を識者に依頼して寄稿してもらうわけで、全文掲載した記事であったり、「その人の視点」から書かれた分量が記事の大半を占めたり・・・という状況が出てくる。
そんなことを前置きした上で、公的・私的を区別しないで、ランダムに「ホィートン論争」を取り上げて論じた記事を紹介していこう。
(1) アメリカのプロテスタント史及びキリスト教史の重鎮、マーティン・マーティー(シカゴ大)
She thus waded or splashed into one of the muddiest issues of theology, dogma, doctrine, piety, and practice in Christianity. The Second Vatican Council (in the document Nostra Aetate 3) can be read as being on the professor’s side. Hawkins also can cite Protestant theologians like Yale’s Miroslav Volf, and many more.キリスト教諸派が他との違いをアイデンティティーとしてきた「泥海の諸要素」に飛び込んで(掻き回した)ほどの騒ぎを起こした・・・といった描写をしています。
(2) Wheaton Is Right: the Christian and Muslim Gods Are Different.
読んで字の如し。ホーキンス准教授の軽率な神学的発言は大学当局が取った処分に値する、と処分を支持しています。
(3) 福音主義のアイデンティテイーに触れる論争
ホィートンの卒業生ジョン・シュマルツバウアー
が、「北米福音主義は『境界に揺れる』アイデンテイテイー形成の歴史である」、という視点からホィートン大学の歴史を遡り(反ユダヤ主義のエピソードなどを含む)、今度の論争の位置づけを試みている。
As a Wheaton alumnus, I hope they can come to a meeting of the minds. Though I’m no theologian, I’m certain that Dr. Hawkins is well within the boundaries of American evangelicalism.
※さらに続く
2016年2月9日火曜日
(5)ロバート・オルターと聖書翻訳 or バークリーとユダヤ教コミュニティー
※フェイスブックに「カリフォルニアとヘブル語聖書」と題して投稿した記事を加筆して転載
米国遊学で最後に滞在した加州バークリー。
中西部から、東海岸を経てたどり着いた西海岸は「夢のカリフォルニア」とまでは行かなかったが、東海岸の「エスタブリッシュメント」の空気が気に入らなかった私には気持ちのいい場所だった。
それから遡ること17年、バークリーでは『レビ記』註解(アンカー)のジェイコブ・ミルグロム/Jacob Milgrom夫妻(奥さんの方はGTU)を中心にユダヤ教文化センター建設が始まっていた。
ロバート・オルター(Robert Alter)はその2年後、東海岸からバークリーにやってきて彼の「新しい」歴史のページが始まった。
英文学専攻のオルターにとって師となるミルグロム(名前は伏せて少し皮肉っている)のセミナーでの印象や、その後オルター自身が聖書翻訳と取り組むようになった経緯を綴っている。
なかなか興味深い。
では、(旧約)聖書の英語翻訳で「プロテスタント神学概念」で“上塗りされた”テキストの意味を、よりユダヤ的(個物的、詩的等々)な表現を回復することを目指した、と述べている。
この動画はオマケということで・・・。余裕あったらどうぞ。
米国遊学で最後に滞在した加州バークリー。
中西部から、東海岸を経てたどり着いた西海岸は「夢のカリフォルニア」とまでは行かなかったが、東海岸の「エスタブリッシュメント」の空気が気に入らなかった私には気持ちのいい場所だった。
それから遡ること17年、バークリーでは『レビ記』註解(アンカー)のジェイコブ・ミルグロム/Jacob Milgrom夫妻(奥さんの方はGTU)を中心にユダヤ教文化センター建設が始まっていた。
ロバート・オルター(Robert Alter)はその2年後、東海岸からバークリーにやってきて彼の「新しい」歴史のページが始まった。
英文学専攻のオルターにとって師となるミルグロム(名前は伏せて少し皮肉っている)のセミナーでの印象や、その後オルター自身が聖書翻訳と取り組むようになった経緯を綴っている。
なかなか興味深い。
※ミルグロムの訃報・追悼記事と合わせて読むとバークリーとユダヤ教コミュニティーの背景がより分かる。
※ミルグロム教授の講義を受講したシェルドン・グリーヴズの回想記事を紹介しているブログ記事このアラン・ジェイコブスの記事(First Tings、2005年8月号)では、聖書翻訳において「意味を置き換える様な翻訳が結果的に“説明的”になってしまう」翻訳の勘違いを紹介している。
In criticizing the various “dynamic equivalence” models of translation, I lament what Robert Alter calls “the heresy of explanation””“the use of translation as a vehicle for explaining the Bible rather than representing it in another language, [which] in the most egregious instances . . . amounts to explaining away the Bible.”このオルターへのインタヴュー記事
では、(旧約)聖書の英語翻訳で「プロテスタント神学概念」で“上塗りされた”テキストの意味を、よりユダヤ的(個物的、詩的等々)な表現を回復することを目指した、と述べている。
But I guess I am, as a translator, what in constitutional law would be called an “originalist.” That is, I want to try to convey in English what I think were the actual values and mind-sets of the ancient Hebrew writers, which is also, in the poetry, inseparable from the concreteness of their language and the compactness and rhythmic force of the poetry they wrote.
Jews as well as Christians have imposed very postbiblical theologies and concepts on the Bible, but these have often been articulated in commentary far more often than in translation, because through the centuries most (not all) communities of Jews were not dependent on translations of the Hebrew. In the English-speaking world, the versions of the Bible we have had have certainly been suffused with Protestant theology, and, as an originalist, I have tried to scrape all that away.
この動画はオマケということで・・・。余裕あったらどうぞ。
2016年2月8日月曜日
(5)ホィートン論争、その1
「ホィートン論争」といってもジャーナリスティックな見出しでそう言う風に言われているわけで・・・、筆者が論争っぽく書こうとしているわけではありません。
(1)発端
遡ること昨年の12月、サンバーナディーノ銃乱射事件の影響で、北米でのイスラモフォビアが大統領候補指名選挙での度重なる過激な移民排除発言などにも煽られて過熱気味になっていた。
そんなとき、待降節を迎えて何かそんな刺々しい状況に融和と和解のメッセージと行動を示そうとした一人の大学教師がいた。
福音派のハーバードと呼ばれる、イリノイ州にあるホィートン大学の黒人で女性という二重にマイノリティーの背景を持つ、ラリシア・ホーキンス政治学准教授がその人だった。
彼女はイスラムとのソリダリティー(連帯)を示すため、頭にヒジャーブ(スカーフ)を被り、教皇フランシスの発言も引用しながら、「クリスチャンとイスラム教信者とは同じ神を礼拝している」と自分のフェイスブックにメッセージを書いた。
(2)大学当局(アドミン)指導部の反応
ラリシアのメッセージは大学指導部にたちまち危険信号となって伝わり、彼女は有給停職処分を受け、彼女の発言が大学の「信仰的立場」に抵触しないか審査する手続きに入る、という指導を受けた。
しかしラリシアはテニュアー(かなり有利な雇用)待遇の身であったことから、彼女の行動や発言の是非とともに、このような大学側の一方的な指導に対する批判も各方面から沸きあがった。
メディアでの論争の拡散について書く前に、筆者が最初にこの“事件”をやや自覚的に認識したのは、ツイッターでフォローしているTobin Grantが書いた記事(2015年12月16日)であったことを紹介しておく。
トビンはホィートンの卒業生であり、政治学分野で活動している業界人として、この“事件”の動向の如何に格別神経を尖らせていた人物で、その後意を同じくする政治学業界の同窓生らを取りまとめて、ホィートン大学当局に「処分の見直しと和解を勧める」公開書簡(2016年2月2日)をウェブ掲載した。
さてこの辺で「続き」とするが、この事件は残念ながらラリシア・ホーキンス准教授がホィートン大学を退職する方向で収束したものと報道されている。
(1)発端
遡ること昨年の12月、サンバーナディーノ銃乱射事件の影響で、北米でのイスラモフォビアが大統領候補指名選挙での度重なる過激な移民排除発言などにも煽られて過熱気味になっていた。
そんなとき、待降節を迎えて何かそんな刺々しい状況に融和と和解のメッセージと行動を示そうとした一人の大学教師がいた。
福音派のハーバードと呼ばれる、イリノイ州にあるホィートン大学の黒人で女性という二重にマイノリティーの背景を持つ、ラリシア・ホーキンス政治学准教授がその人だった。
彼女はイスラムとのソリダリティー(連帯)を示すため、頭にヒジャーブ(スカーフ)を被り、教皇フランシスの発言も引用しながら、「クリスチャンとイスラム教信者とは同じ神を礼拝している」と自分のフェイスブックにメッセージを書いた。
(2)大学当局(アドミン)指導部の反応
ラリシアのメッセージは大学指導部にたちまち危険信号となって伝わり、彼女は有給停職処分を受け、彼女の発言が大学の「信仰的立場」に抵触しないか審査する手続きに入る、という指導を受けた。
しかしラリシアはテニュアー(かなり有利な雇用)待遇の身であったことから、彼女の行動や発言の是非とともに、このような大学側の一方的な指導に対する批判も各方面から沸きあがった。
※以上の経過を、神学的な問題へのコメントも合わせて掲載した初期の記事の中で、NPR (National Public Radio)の、(3)メディアによる論争の拡散
Do Christians and Muslims Worship the Same God?
を挙げておく。
日本での報道は殆どなく、業界ニュースである<CJC通信>の、2016年1月12日付け記事「アラーとイエスは同じ神か?米大学で論議」が見つかるくらいである。
メディアでの論争の拡散について書く前に、筆者が最初にこの“事件”をやや自覚的に認識したのは、ツイッターでフォローしているTobin Grantが書いた記事(2015年12月16日)であったことを紹介しておく。
トビンはホィートンの卒業生であり、政治学分野で活動している業界人として、この“事件”の動向の如何に格別神経を尖らせていた人物で、その後意を同じくする政治学業界の同窓生らを取りまとめて、ホィートン大学当局に「処分の見直しと和解を勧める」公開書簡(2016年2月2日)をウェブ掲載した。
さてこの辺で「続き」とするが、この事件は残念ながらラリシア・ホーキンス准教授がホィートン大学を退職する方向で収束したものと報道されている。
2016年2月6日土曜日
今日のツイート 2016/2/6
ツイート上ではこんな「ギリシャ語解読談義」もあります。
セフォリスとはガリラヤ地方の交易の中心として、またナザレにも近く(5-6キロ)、イエスにも大いに関わりのあったところと想像されている。
ギリシャ語のできる人は論議に参加してみてはいかが。
Here's a photo of the new inscription from Sepphoris. 1st part is Jose in genitive--can anyone decode 2nd word? pic.twitter.com/HDsyKa9xOb— Ancient Jew Review (@ancientjew) 2016, 2月 5
セフォリスとはガリラヤ地方の交易の中心として、またナザレにも近く(5-6キロ)、イエスにも大いに関わりのあったところと想像されている。
ギリシャ語のできる人は論議に参加してみてはいかが。
2016年2月2日火曜日
今日のツイート 2016/2/2
久しぶりの「今日のツイート」です。
がんばりましたね!
聖書にはキリストがガリラヤ湖の水面を歩いたと記されているが、それを再現する試みの写真集 https://t.co/2RTmflsyLF ポーランドの M. Kozierski 氏が高速で動くカイトサーフィンのボードから飛び降りて走行。良い写真になるまで50回以上挑戦したとのこと。— Oguchi T/小口 高 (@ogugeo) 2016, 2月 1
がんばりましたね!
登録:
投稿 (Atom)