※「緊急事態宣言」のため会堂での礼拝を中止します。
主日礼拝
2021年5月2日(日)
賛 美 目にはみえねど 139番
※YouTube動画を利用できる方は、以下のリンクで「目にはみえねども(歌詞表示あり)」の演奏をご利用ください。
https://www.youtube.com/watch?v=rLvU3dw99tE
聖書交読 詩篇59:6-9
使徒信条
聖書朗読 ヨハネの福音書 4:46-54
静思祷告
黙 想 「信じて帰途につく」
主の祈り
【解説】
福音書のエピソードから黙想のトピックを選んでみました。
このヨハネ福音書のエピソードでは、息子が死にそうになり、カペナウムからカナにいたイエスのもとに助けを求めに来た会堂司のことが取り上げられています。
父親としてはイエスに一緒に来てもらって息子を助けてもらいたい、と思ったことでしょう。あるいはそうしないと助からないと考えたのかもしれません。しかし、
イエスは言われた。「帰りなさい。あなたの息子は生きる。」その人は、イエスの言われた言葉を信じて帰って行った。(ヨハネ 4:50、新共同訳)この父親はこのイエスの言葉に不思議に力づけられ、その言葉を信じて帰途につきました。その途次、迎えの者が息子が直ったことを伝えました。父親は息子が直ったという時刻を確かめてみると、イエスが「あなたの息子は生きる」と言ったその時刻であったことを発見しました。
わたしたちの「信仰」を考える時、実に様々な助けや期待を祈りの中で訴えていることと思います。しかし、多くの場合、「答えがない」中で祈り続けることが多いのではないかと思います。
私たちは祈りの「結果」を求めます。しかし「結果を見たから信じる」のか、まだ「結果を見ずに信じる」のか、それが問われているのではないでしょうか。
イエスの言葉を信じて帰途についた会堂司の父親から私たちの信仰を省みてみましょう。
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