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2013年7月15日月曜日

(1)聖書講座とグルメ情報

巣鴨聖泉キリスト教会は会堂以外に応接室とか小さな部屋とか、そう言った少人数を相手にする施設(部屋)がない。

まー小さな教会だから贅沢は言えない。

以前は「牧師執務室兼書斎」が役員会などに使われていた。

しかし現在は、お隣の空き家を改造した工房(2009年完成)内のティールームが格好のスペースとして使われている。

(現在はこの写真では良く見えないがIKURU DESIGN
Kテーブル2台と、Kチェア6脚が完備している。)

実はこの建物は巣鴨教会のものではない。
と言うことは教会の働きである「役員会」や「聖書講座」などがただで提供されていることになる。

さて「活水工房・ティールーム」の話はそこまでにして、《聖書講座》の話に移ろう。

現在2名の方が受講されている。(個人講座なので2つの講座、と言うことになる。)

Kさんは昨年6月のバザー以来だからもう1年が過ぎた。
大体2~3週間に1回のペースでマタイの福音書をゆっくりと読んでいる。

Hさんとは今年3月から、ほぼ毎週1回、創世記を読んでいる。

ずーっと聖書の話をしているわけではない。
子育ての話や人間関係の話など、実に様々だ。

そんな中で定番は筆者も興味があるのでそう言う話になるのかもしれないが、巣鴨近辺のグルメ情報だ。
Hさんとは毎回情報交換している。

何と言ってもグルメ情報は口コミが信頼できる。

このお二人のグルメ情報には出てこなかったが、筆者がフェィスブックで話題にした鶏肉専門店の「上総屋」

が閉店になってしまった。
あーあ、ここの(鶏ひき肉の)メンチカツ、衣が新鮮でさくっと揚がってておいしかったのに・・・。
残念。


そんな残念な情報に替わって、この前Kさんから最近出来たラーメン店の情報を頂いた。
なんでも行列ができているそうな。
塩ラーメンがお勧めとのこと。


まだ試していないので極秘情報としておくことにしよう。
(試食したらこのブログで紹介するかもしれない。おいしかったらの話だけど・・・。)


と言う訳で、うまく「聖書講座」と「グルメ情報」がマッチできただろうか。


「難しい!」、とよく言われるので、たまにはこんな記事もありかなと思う。


ところでご案内している「福音の再発見読者イベント」、この上の写真にあるティールームが会場となります。
木々に囲まれたコージーな空間です。
是非お越しください。

8月25日(日)、午後2-4時です。
(※一応予約制となっていますので、お早めにお座席確保なさってください。詳細は上のリンクをクリック。)

2010年9月17日金曜日

Today is Friday.

(牧師) Today is Friday.
(会衆) But Sunday is coming!
(牧師) Today is Friday.
(会衆) But Sunday is coming!
(牧師) Today is Friday.
(会衆) But Sunday is coming!

これっ何?
(いえ、今日は英語のポストではありません。)

ケンタッキー州はアズベリー神学校時代、ゲスト・スピーカーとして来た、トニー・カンポロが紹介してくれたエピソードの一部です。
黒人教会の礼拝で、日々の重荷や困難に直面している人々を励ますメッセージが、こう言う形での表現となって結晶したのですね。

Friday、とはイエスが十字架にかかった苦難の日。
Sunday、とはイエスが死から復活した勝利の日。

今苦難の直中にあっても、勝利の日が、解放の日がやってくる、と言う希望を会衆が一体となって告白する。繰り返すごとに、テンションが上がり、最後はシャウトになるのだろう。

黒人教会と言えば「アーバン・ミッション」の実地授業で、シカゴのスキッド・ロー(貧民街のような場所)へ行った時のことを思い出す。
その時、ダウンタウンの黒人教会の礼拝に出席したが、最初の印象は「礼拝が長い」こと。
ちょうど中間位のところで、様々な報告などが延々30分くらい続いたのには驚いた。
会衆は至ってのんびり構えている。いつものパターンなのであろう、寛いだ感じで時間が過ぎるのをゆっくり待っている風であった。
牧師の説教は同じフレーズが度々繰り返され、その間に挿話やエピソードが入る。
途中で歌を歌うようになってくる時もある。

「人柄」と言う言葉があるが、「教会柄」が違うという感じであった。
カトリックの礼拝とプロテスタントの礼拝は大分印象が違うだろう。
勿論礼拝の構成も違う。
また同じプロテスタントでも、ルーテル派や改革派でもやはり少しは違うだろう。
ペンテコステ系となると、またがらりと雰囲気が変わる。

当教会が使用している賛美歌には「リヴァイヴァル」系のものがかなり入っている。
救われた個人がその体験を歌にした賛美歌で、非常にメロディーが賑やかである。
実際、自派の歴史を遡ると、リヴァイヴアルを経験した時も通ったので、賛美歌の歌い方でも、会衆全員が大声で祈るのも、一つの伝統として結構続いたようである。
筆者の子供時代はまだそんな空気が残っていた。

現在は、大分おとなしくなった。
プログラムに「静思黙祷」の時間を置くようになってしばらく経つが、字の通り、各自声を出さずに静かに祈る時間である。

はたして当教会で牧師が Today is Friday. と言ったら、
会衆は But Sunday is coming! と返ってくるだろうか。
(勿論日本語での話しだが。)

やはり「教会柄」なかなかそうはならないだろう。

2010年7月27日火曜日

教会と制度

今日はちょっと玄人的な話題

教会と言えばごく自然にクリスチャンが集まる場所や集まりを想像すると思います。
でも“自然に”と言うことを厳密に取れば、教会が自然に集まることは殆どありません。

集まる場所や時間は決めておかなければなりません。集会(礼拝)でなされることも殆ど順序や決まりがあります。(※カリスマ派のような人たち、クエーカーのような人たちは、決められた順序より霊の導きを優先すると言われているが・・・。)

 そもそもなぜ日曜日に礼拝なのか。

 教会堂はどうしても必要なのか。

 クリスチャンが数人集まればそれが教会ではないか。

 さらに、牧師(聖職者)は必要なのか。

 十一献金は聖書的なのか。

 教会は霊的な集まりだと思ったら会議ばかりやっている・・・。

これらは「制度的」な教会の面を示す事柄であると言えます。

先日米国や英国で神学を勉強してきた友人・知人と色々と話す機会がありました。
その中で話題の一つとなったのが様々な教会の伝統の違いや長所・短所について。

アメリカを発祥としてこの十年余『イマージング』と言う主に二十、三十代クリスチャンのムーヴメントが拡がっています。基本的に福音的ですが、よりポストモダンの文化を意識しています。また環境問題や社会正義の問題により敏感です。

彼らは「制度的な教会」に批判的です。それで小グループで自由に集まって信仰を育てているようです。
しかしある程度グループが歴史を積み重ねると「制度的教会」と同じ問題に直面します。色々と話し合って決めていかなければならないのです。

もう一つ興味深い動向があります。

福音派の信仰に育った人たちの中からカトリックやギリシャ正教に宗旨替えする流れが目立つようになってきています。

一番有名なのは一昨年であったか『全米福音主義神学会』の理事長まで務めた方がカトリックに移ったのです。

この動きの背景には「福音派の信仰のあり方」に満足しない、もっと深い霊的伝統に傾倒する傾向があるようです。

日本でもヘンリー・ナウエンがよく読まれているように、いわゆる福音派の「霊性」に対して浅薄さを感じているのではないでしょうか。

戦後開始した殆どのプロテスト教会は教会数を増やしたり、信徒数を増やしたり、いわゆる「教勢的」なことにばかり熱心で、信徒の霊的深まりのような課題とちゃんと取り組んでこなかったツケを今支払わされているのではないでしょうか。

筆者は例えば『プレイズ系』の賛美にはあまり関心がなくなってきました。むしろ古い賛美歌の方に魅力を感じます。
典礼(リタージカル)な面の学びが必要と感じています。

何はともあれ「教会は信仰者の母」と言われたりするように、霊性の深まりにしても、制度的面の充実にしても、キリスト者共同体が自由かつ生き生きと御霊の実を現す方向に導かれていきたいと思っています。