2014年5月13日火曜日

(4)神学と宗教学

テーマから言うと、現在構築中の
宗教と社会 小ロキウム@巣鴨 
に掲載する方が相応しいのかもしれないが、簡単なメモ程度なのでこちらに。

先日は「最近購入した本(英書)」を紹介した。

また先日(文京区)図書館からも何冊か借りてきていた。
読む本が多くて大変だ。

この記事タイトルの順で紹介すると『神学』からになるが、
深井智朗『思想としての編集者』
から始めよう。

筆者は日本語の神学書やキリスト教書は余り買わない、とよく口にするが、それでも何度か周りの人や何かから「誰それがどうの・・・」と聞いたりする名前は一応覚えておくことにしている。

「深井智朗」の名を初めて聞いたのは数年前になるかもしれない。
最近『ティリッヒとフランクフルト学派』 と言うちょっと気になる関係についての叢書をまとめられたそうで、また「深井智朗」の名が浮上したわけである。

彼について書き進める前に、今度は『宗教学』。

「大田俊寛」と言う割合若い宗教学者のことはこのブログでも度々言及してきた。
オウム真理教の精神史ーロマン主義・全体主義・原理主義
を著し、最近のオウム真理教の動向についてメディアから度々コメントを求められる存在になってきた。

こちらは教義や修行内容やそう言う表面や外面から見た場合「様々な宗教や思想の折衷・混淆」に見える如何にも胡散臭いオウム真理教が、思想史的に射程を長くして捉えると、「近代の申し子」の様相を呈する、と言う分析をした本だ。

なぜこの二つを「神学と宗教学」と題して取り上げたかと言うと、たまたまこの二つを読んでいて「共通点」とまではいかずとも、「近代における精神史」的側面で幾らか重なる部分があるな、と思い、それを忘れないうちにメモしておこうと思ったからである。

今無理に二つを連関させようとすると「こじつけ」となる危険があるので、トピックとしてだけ挙げておく。

方法論としては深井は「思想史」にさらに「出版と言う近代の知識・思想社会制度史」を加えて重厚さを持たせている。
大田の方はより思想史的なまとめだ。

カール・マンハイムが祖とされる『知識社会学』や、それを遡り、「近代社会理論」草創期の古典である『宗教生活の原初形態』を書いたエミール・デュルケームについてもちょっと書いてみたいところだが、そちらは宗教と社会 小ロキウム@巣鴨に譲ることにしよう。(と言ってもすぐ書くかどうかは不明だが。)

2014年5月11日日曜日

(5)トマス・C・レーマー教授講演会・補遺

先日の記事「トマス・C・レーマー教授講演会」を途中退席して何をしたのか・・・。

早い話がもうお昼だったので昼食です。

が、ICUの千葉眞教授と一緒。

千葉さんとはプリンストン神学校で一年一緒だった。

今回はついでではないのだが「久しぶりの再会」 とあいなった。

かつて千葉さんからはジョージ・B・ケアード「新約聖書神学」(ここ参照)を贈られて痛く開眼したのだが、久しぶりに会うのを良い機会に、「なぜこの本をくれたのか」聞きたかったのだ。

「いやー、ケアードは僕がオックスフォードいた時のメンターだったんだよ。ゼミや祈り会や色々お世話になって・・・」
「えー、そうだったの!」

故ケアード教授はN.T.ライト教授の博士論文指導教官(途中で亡くなったのだが)、そのライトは千葉さんと年もそう違わないのでもしやと思って聞いてみたが、ライトとはぜんぜんクロスしなかったそうだ。

多分数年開きがあったのだろう。


許された時間は約90分。瞬く間に過ぎた。

最後はオフィスへ。

しばらくぶりに見るオフィスは「本の山」。

早速レッドカードを出させていただいた。

帰りはお土産の本や最近千葉さんが書いた論文のコピーなど沢山いただいた。


下の本「未完の革命としての平和憲法」は会う前に地慣らしということで図書館で借りた本です。

ルカによる福音書」はオックスフォード時代からの千葉さんの親友、故藤崎修氏翻訳になるもの(教文館、2001年)。

二十一世紀と福音信仰」は論文集。千葉さんの「救いの証」から始まる主に神学的な著作。

暫く会わない間に色々あったらしいが、そこはお互い様。

今後はもっと会う機会を増やそう。

2014年5月10日土曜日

(4)最近購入した本とか

また(暫くぶりにかどうか) アマゾン(北米)から本を購入した。

今回は2冊中古本でした。
アマゾン(北米)で中古本を注文したのは初めて。 
Oliver O'Donovan, The Ways of Judgment (Bampton Lectures)
Condition: Used - Good
 
ハードカバーで値段は12ドル。
結局送料・手数料が高くついて、計3900円ちょっと。

4/27に注文確定して、昨日5/7届いた。

まっいいか。

その翌日、今度は中古と言うより新古書かな。
Craig Bartholomew, Jonathan Chaplin, Robert Song, Al Wolters, A Royal Priesthood?
A Dialogue with Oliver O'Donovan
Scripture and Hermeneutics Series, V. 3
これは次に紹介する殆んど同名タイトルの本をネットで検索していてたまたまヒットしたもの。ラッキー!
John Howard Yoder, Michael G. Cartwright, The Royal Priesthood: Essays Ecclesiastical and Ecumenical
これは某所でのヨーダー読書会で今月から読むテキスト。
早く入手できてよかった。
 
つまりこういうこと。
ヨーダーはキリスト教社会倫理で「非戦・平和」の立場を取るメノナイト神学者の勇であったが、彼が論敵としたキリスト教リアリズムのラインホルド・ニーバーとは少し違うが、オリバー・オドノバンは、脱キリスト教化する欧米にあって『キリスト教圏・界(Christendom)』の神学的遺産を言わば修復的に用いようとする点で、ヨーダーの批判者になるわけだ。
 
バーソロミュー等編者がどの程度それを含意してタイトルにしたのか・・・。
ただの偶然の一致なのか・・・。
非常に興味深いところだが、(暫定的に)結論から言うと多分後者。
 
インデックスを見た感じではヨーダーへの言及は殆んど見当たらない。
 
まっ、でもオドノバンに関しては昔から関心あったので、それにこの論文集の中に、N.T.ライトのものも入っているので、よしとしよう。
 
そしてついにそのライトのマグナム・オパス(主著)、
N. T. Wright, Paul and the Faithfulness of God
入手した。
2分冊で1600ページが5600円余。安い、お値打ち。
 
最後はユダヤ人の新約聖書学者、
Pinchas Lapide, The Resurrection of Jesus: A Jewish Perspective 
この人のことは、ライトが『神の子の復活』で文献評に載せていたので気になっていた。薄い本なのでそれほどのものとは思っていないが、少なくとも立場がはっきり異なる人がナザレのイエスの復活の史実性を打ち出しているので、それが肝心かと。
 
さて他にも色々借りてきたり頂いた本などがあるので、どれだけ集中して読めることやら・・・。 

《追記》
一晩寝てから思い出した。
もう1冊あったのだ。
James K. A. Smith, Imagining the Kingdom: How Worship Works (Cultural Liturgies)
カルヴィン大学の教授だが、ここは例のニオ・カルヴィニズムの方々とは少し違った雰囲気を持つ大学のようだ。
かなり前からN.T.ライトを講師に、それも繰り返し招いている。
 
スミスは最近では(福音派)キリスト者に、カナダの(カトリック)社会哲学者、チャールズ・テイラーの「世俗化の時代」を噛み砕いて紹介しようとしている、なかなか開明的な方と見受ける。 
 
 
 

明日の礼拝案内

主日礼拝

2014年5月11日(日) 午前10時30分

朗読箇所 エペソ人への手紙5:6-20
説 教 題 「詩篇を祈る」
説 教 者 小嶋崇 牧師  
説教シリーズ:キリスト者の交わり(5)  

ボンヘッファー、Life Together2章『詩篇の秘密』から
 (私たちが口に出来ないような詩篇は)誰か他の人が祈っているのです。(私たちではなく)その詩篇で自分の無実を神に訴えている方、苦難のどん底に落っこちてしまったそのお方こそ他ならぬイエス・キリストご自身なのです。その詩篇で、いやすべての詩篇でイエスが祈っているのです。
 (中略)キリストが、個人と、そして会衆と一緒になって神のみ座の前で詩篇を祈る時、いや彼らが詩篇を祈る時イエス・キリストも一緒になって祈るので、彼らの祈りは天の父の耳に届くのです。キリストはそのように執成し手となってくださるのです。
※礼拝後、昼食会

2014年5月9日金曜日

(5)トマス・C・レーマー教授講演会

今日ICUでの講演会へ行ってきた。

元はと言えばこのツイートが始まり。

もしかしたら面白いかも・・・と思って早速サーチしてみたが、値段を比較したら英訳書より邦訳書の方が幾らか安そうだったので、筆者としては珍しく「旧約聖書」関連の「邦訳書」を入手することにした。(筆者にはこれでもかなり高い!)

しかし、と言うかやはり、入手後積読状態になっていた。

今年に入って少し4月付近から余裕が出てきたところでパラパラと読み始めていた折、このツイートが。


で行く前に、少しコレージュ・ド・フランスのウェッブサイトでレーマー教授のご講義をうつらうつらしながら聴いてみた。(今日、本人の英語を聞いて、やはりこちらのサイトでの英語は別の人のものだと思った。)

講演のタイトルである、Dark God: Cruelty, Sex, and Violence in the Old Testamentは既に英訳されて昨年発売になっていた。(アマゾン北米、なお簡単な要約書評。さらに講演での「性(ジェンダー)」に関わる唯一神観の問題と講演タイトルにある「ダーク」に関してはレーマー教授の論文が別にあり、ここで要約と論文を入手できる。これもかなり刺激的。)

講演はそのダイジェスト版のようなもので、パワーポイントのプレゼン資料が用意されていた。(後でネットで提供されると聞いた。)

このようなタイトルの本が刊行される背景としては、脱キリスト教文明のヨーロッパにあっても、「暴力」と繋がる「ユダヤ・キリスト教神観」を提示する(旧約)聖書は放っておけないらしい。

最近でも英国の「急進的」福音派と目されるスティーブ・チョーキが「刑罰代償説(penal substitution)」を、"cosmic child abuse"、と表現して北米ニオ・カルヴィン主義者たちの顰蹙を買った。

詳細は今後ネットに紹介されるだろうプレゼン資料に委ねるとして、筆者のざっくりとしたレーマー教授の研究態度や業績の初期印象を述べる。

現在ヨーロッパで、しかもコレージュ・ド・フランスのような高等研究機関で、聖書学「だけで」研究を続けるのは大変なことなのではないか。

先に紹介したウェッブサイトの講演題を見ても、如何に現代人に関心を持ってもらえるか、その切り口を工夫しなければならない状況、を感じた。

かと言ってレーマー教授が興味本位に研究していると言うことではなく、むしろかなり幅広く、横断的に資料や情報を整理して著作や講演にまとめている。その点かなりコミュニケーション能力が優れている。

古代中近東の文献や考古学的業績を渉猟しながら、現代人に関心持てそうなものを上手く救い上げて提示してくる。

その時の聖書解釈の視点が、時にやや強引に感じなくもないが、とにかくチャレンジングな視点を提供してくれる。

今回の講演における「性」や「暴力」は、しかしレーマー教授が開拓したのではなく、読者からの要請でまとめたのだと言うことだ。


とにかく旧約聖書の編集史(マルティン・ノートの学説の現代的適用可能性の見極め)から始まり、新たに発掘される情報を総合しながら、幅広く「ヘブル語聖書」の歴史と世界を「解釈学的にチャレンジングな形で」提示してくれるレーマー教授は、キリスト者向きと言うより、より一般(大衆)読者向き、の文脈にいるのかもしれない。


その点は本人自身の信仰の保守性はさておき、新約聖書学におけるリチャード・ボウカムの博識と学問的業績に似ているかもしれない。


質疑応答の時間の途中でICUの知人と会うため退席したが、久し振りの緑豊かなキャンパスでののびのびした時間を楽しむことが出来た。

(次回は「トマス・C・レーマー教授講演会・補遺」とでも題して、この知人との話を記事にしたく思っている。と言うのも筆者にとってはこちらの方が内容的に刺激が多かったからだ。)

2014年5月7日水曜日

(2)新PCへのデータ移動

最近更新が滞っています。

古くなったPCから、新しいノートPCへ、データ移動をしています。

全部手動でしているので時間がかかります。

その間データを時々見返したりしているので(要するに道草)、ますます時間がかかってしまいます。

ようやくメールメッセージを遡れるだけ遡って移動しました。
(その前か、その前の前の段階で、一番初期のメールメッセージは消失してしまいましたが・・・。)

一番古いのは1997年位です。

その中にAmazon.ComのJeff Bezosのメッセージがありました。
その頃はCEOとして顧客に直接メールを出していたのですね。
(もちろん本人が書いたメッセージであるかどうかは分かりませんが。)

今気になっている未更新記事は「オウム真理教ノート」です。
下書きは途中まで書いてあるのですが・・・。

このGW期間中は、そう言う訳でPCに幾らか時間を取られていました。

そんな中、5/30の「ヨナ書表現よみ」の方への申し込みは少しずつ入っています。
残る席10-15位となりました。
どうぞいらしてください

先日のイースター礼拝では、久し振りの受洗者でした。
筆者が主任牧師となって初めての洗礼式

と言うことでネットで検索したりして資料を集めたり、リサーチしたり。
カトリック教会の方式と言うか、態勢を色々と参考にさせていただきました。

あくまで参考であり、踏襲とか導入とか言うまでには行きませんでしたが・・・。


そんなわけで、軌道に乗るまでまだ暫くかかりそうです。
心配せずにお待ちください。

よろしくお願いします。
ブログ主。

2014年5月3日土曜日

明日の礼拝案内

主日礼拝

2014年5月4日(日) 午前10時30分

聖書
交読 詩篇69:1-36
朗読箇所 使徒の働き 4:1-31
説 教 題 「メシアとその民の迫害」  
説 教 者 小嶋崇 牧師
 

詩篇に沿って(3)
詩69篇・・・迫害からの解放を求める祈り
しかし、ペトロとヨハネは答えた。
「神に従わないであなたがたに従うことが、神の前に正しいかどうか、考えてください。
わたしたちは、見たことや聞いたことを話さないではいられないのです。」 
             (使徒言行録4章19-20節、新共同訳)