ローマ・カトリック教会の「教皇庁聖書委員会」が1993年までにまとめて公表した文書が『教会における聖書の解釈』である。
同文書を和田幹男神父が翻訳しネットで提供してくれている。(リンク先)
聖書と言えばプロテスタント教会において、あたかも神ご自身の次に権威の座についているような印象を与えるが、ローマ・カトリック教会でも第二バチカン公会議以降、聖書の存在意義が高まっている印象が筆者には感じられる。
カトリックにおいては「教皇による信仰に関する教え」は無謬であるとの教義(papal infallibility)があるが、(福音主義)プロテスタントでは聖書自身に無謬性を置いている。
最近読んでいる本で、William J. Abraham 編の、Canonical Theismと言う本があるが、逆にこのプロテスタント神学者は聖書の位置を公同教会の遺産である様々な「キャノン」の一つとして相対化する試みをしている。
彼の見解には「聖書を無謬と前提して真理の源泉とするアプローチ」は健全なものではないと言う観察が見られる。
いずれにしても、カトリック教会の聖書に対する関心と、アブラハムに代表されるような、聖書と言う単一の文書群より広い「公同教会の遺産(信条、典礼、教父)」へのプロテスタントの関心は、興味深い交錯、と筆者の目には映るのである。
と言う前置きで、これから何回かこの文書に対する感想を述べてみようと思う。
勿論内容が内容なので簡単なコメントでは間に合わない。
かといって練り上げられた文書の内容を論評するほどの力も筆者にはない。
ただこの文書が教皇庁の指示による教会文書としてランドマークであり、指導的地位を与えられている、と言う意味で現在簡単コメント連載中の「佐藤優『キリスト教神学概論』」とは比べ物にならない重要性を持つ。
佐藤の書いたものは個人のものであり、しかもかなり記憶や個人的印象による走り書き程度のものだが、こちらは複数の学者たちによる共同作業の結果であり、しかも教会に対する責任ある文書としての重みがある。
てなわけで佐藤の方も時々は帰ってくるかもしれないが、こちらの『教会における聖書の解釈』の方をじっくり学習させて頂こうと思う。
(※連載までは予定しないし、定期的に書くつもりもないが、今後何回か感想を載せたいと思う。)
巣鴨聖泉キリスト教会(日本聖泉キリスト教会連合)創立1965年。 大和郷の一角にある緑と花に囲まれた教会、隣には牧師の木工房。 静かに賛美と聖書の学び、そんな礼拝の時をお過ごしください。
2011年4月29日金曜日
2011年4月27日水曜日
「安全神話の崩壊」?
3.11以来「安全神話の崩壊」という言い方がよくされる。
地震対策、津波対策等は過去の経験に照らしてそれなりの「安全の構築」がなされてきたはずだった。
建築物の耐震強化や、防潮堤の造成、避難訓練など。
しかし3.11の津波はやすやすと「安全の壁」を破って甚大な損壊をもたらした。
「想定外」と言えばそうだ。
ただ明治三陸津波まで遡れば経験値(知)としてはあったのだ。
だから人々は3.11の地震や津波に対しては「安全神話の崩壊」は余り言わない。
「安全神話の崩壊」が最もよく使われるのは東京電力福島第一原発事故に対してだ。
しかし事故の徹底的な検証がなされるまでは、このような物言いがどれだけ「3.11原発事故の全体像」をついた表現かどうか良く分からない面があるのではないか。
①「神話」と言う語感について
神話と言う語はこのような文脈で使われる時は、「作り事」「絵空事」のような語感がある。最も厳しくみれば「虚偽」だろう。
特に今回もそうだが「安全」はタテマエで、実際に事故などが起こると事実を出来るだけ隠蔽したり、事故の深刻度を出来るだけ軽微に見せようとしたりしてタテマエである「安全」を維持しようとする。
②原発の安全性とは
『原発への警鐘』(1982年)の著者、評論家の内橋克人氏によれば原発の「安全神話」とは、原発を国民に受け入れさせる「PA(public acceptance)戦略」であったと言う。(「原発安全神話」)
このPA戦略がどんな方策を用いたかと言うと、
こうしてみると、原発の「安全神話」とは国策としての原発を国民に浸透させるための一大プロパガンダに位置づけられることになる。
少し比較するのもなんだが第二次大戦に突き進む国家政策を髣髴とさせる。
暴力的・威圧的な言論統制こそ用いないが、民主国家にあって取れるメディア戦略、世論誘導を可能な限り強力に推し進めた結果国民に浸透した「安全神話」と言うことになってくる。
第二次大戦中は「皇国史観」「現人神」や「神風」のようなより神話的に素朴な言説で国民を誘導したわけだが、原発国策では「クリーンで安全」と言う科学技術に対する信頼を醸成するより世俗的言説が国民に根付いたと見られる。
第二次大戦突入時、一部の識者は客観的に見て勝ち目がないことが分かりながら大っぴらな反戦言論を展開できず、沈黙しなければならなかった。
そして敗戦の事実によって「皇国神話」は倒壊転覆し、戦争をリードした識者も含めて国民はあっという間に民主主義に転向した。
では原発「安全神話」はどうか。
福島第一原発の苛酷事故は敗戦のように「安全神話」を崩壊させたか。
3.11後の地方選挙の結果を見る限りまだ崩壊したとまでは言えないだろう。
多くの国民が疑義を抱き始めた、とは言える。
第二次大戦時のプロパガンダ対策との比較もこのくらいが限度だろうか。
現在各地の放射線量が毎日テレビや新聞で報道されている。
ある種の「非常時」を実感させるものではある。
しかし「安全神話」では披露されなかった、想定される原発事故時の対処に必要とされる科学的知識(被曝線量の閾値、外部被曝と内部被曝の違い、放射能の拡散に伴う避難対策など)に関して国民は遅ればせながら自ら学習しつつある。
原発推進勢力の「安全」言説や政府によるパニック鎮静言説(「直ちに健康に影響のある値ではない」etc.)など錯綜する情報空間の中で、国民は「どの程度なら安全なのか」と言うより現実的で相対的な「安全」認識に向かっている、と言えるのではなかろうか。
地震対策、津波対策等は過去の経験に照らしてそれなりの「安全の構築」がなされてきたはずだった。
建築物の耐震強化や、防潮堤の造成、避難訓練など。
しかし3.11の津波はやすやすと「安全の壁」を破って甚大な損壊をもたらした。
「想定外」と言えばそうだ。
ただ明治三陸津波まで遡れば経験値(知)としてはあったのだ。
だから人々は3.11の地震や津波に対しては「安全神話の崩壊」は余り言わない。
「安全神話の崩壊」が最もよく使われるのは東京電力福島第一原発事故に対してだ。
しかし事故の徹底的な検証がなされるまでは、このような物言いがどれだけ「3.11原発事故の全体像」をついた表現かどうか良く分からない面があるのではないか。
①「神話」と言う語感について
神話と言う語はこのような文脈で使われる時は、「作り事」「絵空事」のような語感がある。最も厳しくみれば「虚偽」だろう。
特に今回もそうだが「安全」はタテマエで、実際に事故などが起こると事実を出来るだけ隠蔽したり、事故の深刻度を出来るだけ軽微に見せようとしたりしてタテマエである「安全」を維持しようとする。
②原発の安全性とは
『原発への警鐘』(1982年)の著者、評論家の内橋克人氏によれば原発の「安全神話」とは、原発を国民に受け入れさせる「PA(public acceptance)戦略」であったと言う。(「原発安全神話」)
このPA戦略がどんな方策を用いたかと言うと、
・電気事業連合会が行ってきた言論に対する抗議戦略だと指摘する。
・小学校低学年から中学・高校までエネルギー環境教育という名の原発是認教育を授業として実施
・有名文化人を起用していかに原発は安全かを語らせるパブリシティ記事をメディアを使って展開
こうしてみると、原発の「安全神話」とは国策としての原発を国民に浸透させるための一大プロパガンダに位置づけられることになる。
少し比較するのもなんだが第二次大戦に突き進む国家政策を髣髴とさせる。
暴力的・威圧的な言論統制こそ用いないが、民主国家にあって取れるメディア戦略、世論誘導を可能な限り強力に推し進めた結果国民に浸透した「安全神話」と言うことになってくる。
第二次大戦中は「皇国史観」「現人神」や「神風」のようなより神話的に素朴な言説で国民を誘導したわけだが、原発国策では「クリーンで安全」と言う科学技術に対する信頼を醸成するより世俗的言説が国民に根付いたと見られる。
第二次大戦突入時、一部の識者は客観的に見て勝ち目がないことが分かりながら大っぴらな反戦言論を展開できず、沈黙しなければならなかった。
そして敗戦の事実によって「皇国神話」は倒壊転覆し、戦争をリードした識者も含めて国民はあっという間に民主主義に転向した。
では原発「安全神話」はどうか。
福島第一原発の苛酷事故は敗戦のように「安全神話」を崩壊させたか。
3.11後の地方選挙の結果を見る限りまだ崩壊したとまでは言えないだろう。
多くの国民が疑義を抱き始めた、とは言える。
第二次大戦時のプロパガンダ対策との比較もこのくらいが限度だろうか。
現在各地の放射線量が毎日テレビや新聞で報道されている。
ある種の「非常時」を実感させるものではある。
しかし「安全神話」では披露されなかった、想定される原発事故時の対処に必要とされる科学的知識(被曝線量の閾値、外部被曝と内部被曝の違い、放射能の拡散に伴う避難対策など)に関して国民は遅ればせながら自ら学習しつつある。
原発推進勢力の「安全」言説や政府によるパニック鎮静言説(「直ちに健康に影響のある値ではない」etc.)など錯綜する情報空間の中で、国民は「どの程度なら安全なのか」と言うより現実的で相対的な「安全」認識に向かっている、と言えるのではなかろうか。
2011年4月25日月曜日
教会の「司牧」と原発問題
受難週からイースターにかけて「原発問題」ポストから遠ざかっていたが、学習は進めていた。
東日本大震災から「東京電力福島第一原発問題」だけ切り離してポストを続けるのは心苦しいのだがそれだけ今論じられるべき問題だと思うからである。
被災地の復興もある意味日本という社会の将来の見取り図を変えるような意義を持っているが、原発エネルギーもまた大きく社会のあり方を変える意義を持つ問題だと思う。
筆者の見渡したところキリスト者や牧師、教会のブログで継続的に原発問題に警鐘を鳴らしてきたのはやはり「小海キリスト教会牧師所感」だろう。
水草牧師がどのような経緯で原発問題と取り組むようになったのかその経緯を知らないが、これだけ量も質もこの問題の啓発のために文章を書いておられる方(キリスト者、牧師)は珍しいのではなかろうか。
最近ある方がこのブログを読んで以下のようなコメントを寄せた。
水草牧師は既にはっきりと反原発あるいは脱原発の態度を取っておられ、浜岡原発即時停止のアッピールもしておられる。
筆者の場合はこの度の苛酷事故が起きるまで、ぼんやりとした反原発の立場であったが、人々を啓発したり、アッピールしたり、と言うところまではこの問題に対する考え方、立場を煮詰めて来なかった。やっと遅まきながら原発の問題が孕む様々な諸相を学習し始めたに過ぎない。
このブログにおいても原発問題の深刻性を訴えることはしているが、神学的、倫理的に議論するまでにはまだ至っていない。
そんな中で教会の働きとして最近三つのことが連関して想起されている。
①礼拝
②司牧
③宣教
特に原発問題に関連しては「司牧」と言うことばが想起されている。プロテスタントでは「牧会」と言うことばがよく使われるが、これはややもすると教会内に限定されがちである。
しかし教会が社会との関連を余儀なくされた歴史の中では「司牧」の範囲は社会全体、教会が位置する共同体全体に広げられる。
このような視野をよく表しているのがカトリック教会ではないかと思う。
カトリック教会の社会正義の問題との取り組み、特に経済的弱者や社会的弱者への目配りはある種分離主義に傾き、伝道を社会との唯一の接点としやすいプロテスタント福音派教会が学ばなければならない手本だと思う。
カトリックのイエズス会が出している「社会司牧通信」の第158号(3月15日号)にちょうど原発問題を扱った鎌仲ひとみ監督のドキュメンタリー映画『ミツバチの羽音と地球の回転』が紹介されている。
日本の小さな島の原発との戦いと、スエーデンでの脱原発の取り組みが紹介されているものだそうだ。やはり住民が原発と言うものをよく理解し、自分たちの未来(子孫)にどのような社会・文化を遺産として残して行くか、と言う視点が大事なのだと思う。
先ほどの水草牧師の『隣人愛』と言うことで言うと、その対象は今の世代だけでなく遠い将来にわたる隣人、そして生態系も含まれるのだと思う。
原発問題はそのような長いスパンでの視野に立つ選択を必要とする問題ではないだろうか。
そして教会の「司牧」の働きもそれに合わせて視野が広げられる必要があるのではないだろうか。
東日本大震災から「東京電力福島第一原発問題」だけ切り離してポストを続けるのは心苦しいのだがそれだけ今論じられるべき問題だと思うからである。
被災地の復興もある意味日本という社会の将来の見取り図を変えるような意義を持っているが、原発エネルギーもまた大きく社会のあり方を変える意義を持つ問題だと思う。
筆者の見渡したところキリスト者や牧師、教会のブログで継続的に原発問題に警鐘を鳴らしてきたのはやはり「小海キリスト教会牧師所感」だろう。
水草牧師がどのような経緯で原発問題と取り組むようになったのかその経緯を知らないが、これだけ量も質もこの問題の啓発のために文章を書いておられる方(キリスト者、牧師)は珍しいのではなかろうか。
最近ある方がこのブログを読んで以下のようなコメントを寄せた。
神の前にでる備えが各自できているかどうかが大切と説くキリスト者の方が、同時に、現在の原発事故の事態を傍観するのではなく、現実を直視して、通信してくださっていることに感謝いたします。これに対して水草牧師は以下のようにコメントを返している。
人々の生活と故郷を奪い、動物や自然を傷つける放射能と原発を容認してしまっていることに対して、日本人として責任を逃れられる人は一人もいないのだと思います。
神の前でのどう生きるかを問うからこそ、この問題を語ってくださっているのだと思って、ブログを拝読しました。
イエス様が私たちにくださったもっとも大切なご命令は、全身全霊をもって神を愛しなさいというこ とと、隣人を自分自身のように愛しなさいということです。そして神への愛と隣人愛は不可分だと主イエスは教えてくださいました。原発問題ということも、こ の二つで一つの愛の戒めに誠実に応答しようとすれば、どうしても傍観しておくわけに行かないなと感じています。このコメントを読みながらあらためて「キリスト者として『原発問題』と取り組むスタンス、アプローチとはどうあるべきか」と言うことを考えさせられた。
水草牧師は既にはっきりと反原発あるいは脱原発の態度を取っておられ、浜岡原発即時停止のアッピールもしておられる。
筆者の場合はこの度の苛酷事故が起きるまで、ぼんやりとした反原発の立場であったが、人々を啓発したり、アッピールしたり、と言うところまではこの問題に対する考え方、立場を煮詰めて来なかった。やっと遅まきながら原発の問題が孕む様々な諸相を学習し始めたに過ぎない。
このブログにおいても原発問題の深刻性を訴えることはしているが、神学的、倫理的に議論するまでにはまだ至っていない。
そんな中で教会の働きとして最近三つのことが連関して想起されている。
①礼拝
②司牧
③宣教
特に原発問題に関連しては「司牧」と言うことばが想起されている。プロテスタントでは「牧会」と言うことばがよく使われるが、これはややもすると教会内に限定されがちである。
しかし教会が社会との関連を余儀なくされた歴史の中では「司牧」の範囲は社会全体、教会が位置する共同体全体に広げられる。
このような視野をよく表しているのがカトリック教会ではないかと思う。
カトリック教会の社会正義の問題との取り組み、特に経済的弱者や社会的弱者への目配りはある種分離主義に傾き、伝道を社会との唯一の接点としやすいプロテスタント福音派教会が学ばなければならない手本だと思う。
カトリックのイエズス会が出している「社会司牧通信」の第158号(3月15日号)にちょうど原発問題を扱った鎌仲ひとみ監督のドキュメンタリー映画『ミツバチの羽音と地球の回転』が紹介されている。
日本の小さな島の原発との戦いと、スエーデンでの脱原発の取り組みが紹介されているものだそうだ。やはり住民が原発と言うものをよく理解し、自分たちの未来(子孫)にどのような社会・文化を遺産として残して行くか、と言う視点が大事なのだと思う。
先ほどの水草牧師の『隣人愛』と言うことで言うと、その対象は今の世代だけでなく遠い将来にわたる隣人、そして生態系も含まれるのだと思う。
原発問題はそのような長いスパンでの視野に立つ選択を必要とする問題ではないだろうか。
そして教会の「司牧」の働きもそれに合わせて視野が広げられる必要があるのではないだろうか。
2011年4月23日土曜日
明日の礼拝案内
イースター主日礼拝
4月24日 午前10時30分
朗読箇所 使徒の働き 23:50-24:35
説教箇所 使徒の働き 24:32
説 教 題 「心はうちに燃えていた」
説 教 者 小嶋崇 牧師
※礼拝後、持寄り昼食会があります。
※今週、29日(金)連合総会があります。
(カラバッジョ「エマオ」)
4月24日 午前10時30分
朗読箇所 使徒の働き 23:50-24:35
説教箇所 使徒の働き 24:32
説 教 題 「心はうちに燃えていた」
説 教 者 小嶋崇 牧師
※礼拝後、持寄り昼食会があります。
※今週、29日(金)連合総会があります。
(カラバッジョ「エマオ」)
2011年4月22日金曜日
グッド・フライデイ(聖金曜日)
クリスマスほどではないが、イースター(復活祭)もキリスト教の大きなお祭りである。
(「お祭り」と言う表現は個人的には余り好きではないが。)
イエスの死と復活
それは「天に上げられる」ことに関わる(ルカ9:51)
それは「神の国の成就」に関わる(ルカ22:16,18)
それは「新しい契約」に関わる(ルカ22:20)
それは「世界を支配する」ことに関わる(ルカ22:29-30)
イエスの復活は「死者からの復活」
イエスの復活は「死者の復活」の初穂
イエスの復活は、十字架刑に処せられたイスラエルの預言者に対する、「義しい」との神の宣告
(「お祭り」と言う表現は個人的には余り好きではないが。)
イエスの死と復活
それは「天に上げられる」ことに関わる(ルカ9:51)
それは「神の国の成就」に関わる(ルカ22:16,18)
それは「新しい契約」に関わる(ルカ22:20)
それは「世界を支配する」ことに関わる(ルカ22:29-30)
イエスの復活は「死者からの復活」
イエスの復活は「死者の復活」の初穂
イエスの復活は、十字架刑に処せられたイスラエルの預言者に対する、「義しい」との神の宣告
2011年4月20日水曜日
イエスの死、キリストの死
ナザレのイエスの死は単一の歴史的出来事である。
しかし新約聖書はその出来事を多様に描写している。
ほ殆んど解釈なく事象的な描写もあれば、神学的解釈、しかも濃密なものまで。
以下に、ジョージ・B・ケアードが「聖書の言語と表象」で抜粋したものを掲げる。
受難週に「イエスの死を」瞑想するのにも良いと思う。
①マルコ15:37
しかし新約聖書はその出来事を多様に描写している。
ほ殆んど解釈なく事象的な描写もあれば、神学的解釈、しかも濃密なものまで。
以下に、ジョージ・B・ケアードが「聖書の言語と表象」で抜粋したものを掲げる。
受難週に「イエスの死を」瞑想するのにも良いと思う。
①マルコ15:37
しかし、イエスは大声を出して息を引き取られた。②使徒の働き2:23
このイエスを神は、お定めになった計画により、あらかじめご存じのうえで、あなたがたに引き渡されたのですが、あなたがたは律法を知らない者たちの手を借りて、十字架につけて殺してしまったのです。③Ⅰコリント15:3
すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、④マルコ10:45
人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである。⑤ローマ8:32
わたしたちすべてのために、その御子をさえ惜しまず死に渡された方は、御子と一緒にすべてのものをわたしたちに賜らないはずがありましょうか⑥ルカ22:37
言っておくが、『その人は犯罪人の一人に数えられた』と書かれていることは、わたしの身に必ず実現する。わたしにかかわることは実現するからである。⑦Ⅰコリント5:7
いつも新しい練り粉のままでいられるように、古いパン種をきれいに取り除きなさい。現に、あなたがたはパン種の入っていない者なのです。キリストが、わたしたちの過越の小羊として屠られたからです。⑧Ⅰペテロ1:19-20
きずや汚れのない小羊のようなキリストの尊い血によるのです。キリストは、天地創造の前からあらかじめ知られていましたが、この終わりの時代に、あなたがたのために現れてくださいました。⑨コロサイ2:15
そして、もろもろの支配と権威の武装を解除し、キリストの勝利の列に従えて、公然とさらしものになさいました。⑩ガラテヤ2:20
生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。わたしが今、肉において生きているのは、わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子に対する信仰によるものです。
2011年4月18日月曜日
受難週
昨日は棕櫚の聖日。
ナザレのイエスが、ロバの子の背中に乗ってエルサレムへ入城し、人々が道に棕櫚の葉を敷いて、「ダビデの子、ホサナ」と歓待した日だ。
勿論イエスの行動の背景となっているのは、ゼカリヤのメシヤニック預言だ。
昔はその落差に対して群衆心理というもののいい加減さ、不安定さを思ったものである。
そして「普通の人間だったら人気の絶頂から突き落とされる大変なショックだったろうな・・・」などと考えたものである。
今はそのような感慨で受難週の時この福音書の記述を読むことはなくなった。
それはこの時の群衆と同じように表層を見ているように思うからだ。
ナザレのイエスはイスラエルの預言者としてエルサレムで死ぬ覚悟で入京した(ルカ13章33-35節)。
イエスの弟子たちは「いよいよイエスが王となって、自分たちも相応しい地位につけるかも」と期待していただろう。
しかしイエスの心情はかつてエルサレムの破局を預言したエレミヤのように嘆きで満ちていた。
イエスは見通していた。最早エルサレムが壊滅的な打撃を被ることを。
この後、翌日イエスは所謂「宮きよめ」と呼ばれる行動を示した。
これも、以上のような流れから、「神殿の破壊」を象徴する預言者的な行動、と言う新約学者たちの解釈が説得的であるように今は思う。
その後、イエスは弟子たちに、エルサレムを見下ろすオリーブの山から、「世の終わり」に関するオリブ講話をする。
「世の終わり」に関しては、福音派は依然キリスト再臨後の文字通りの「天地の破滅」をイメージする方が多いと思う。
シュヴァイツァーもその線で解釈していた。
しかし、マルコの表現を注意深く読むとどうだろう。
ルカはマルコの謎めいた表現をより明確に、具体的に示している。
さて、イエスはエルサレムの滅亡が最早避け得ないもの、との展望で入城されたのである。
そして「ユダヤ人の王」として、その民の受ける受難の前触れ、警鐘として十字架刑を受けられた。
受難週はこの歴史的なシナリオを、神の救済のドラマの枠組みの中で「贖い(新しい出エジプト)」の出来事として成就したことを福音書の記述に味わう時である。
感傷的、皮相的な「私たちのために十字架にかかって死んでくださった」から一歩出ようではないか。
ナザレのイエスが、ロバの子の背中に乗ってエルサレムへ入城し、人々が道に棕櫚の葉を敷いて、「ダビデの子、ホサナ」と歓待した日だ。
勿論イエスの行動の背景となっているのは、ゼカリヤのメシヤニック預言だ。
娘シオンよ、大いに踊れ。この四日後には群衆は「イエスを十字架につけろ」と、まるっきり手の平を返したような仕打ちでイエスに対する。
娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。
見よ、あなたの王が来る。
彼は神に従い、勝利を与えられた者。
高ぶることなく、ろばに乗って来る。
雌ろばの子であるろばに乗って。
(ゼカリヤ9章9節)
昔はその落差に対して群衆心理というもののいい加減さ、不安定さを思ったものである。
そして「普通の人間だったら人気の絶頂から突き落とされる大変なショックだったろうな・・・」などと考えたものである。
今はそのような感慨で受難週の時この福音書の記述を読むことはなくなった。
それはこの時の群衆と同じように表層を見ているように思うからだ。
ナザレのイエスはイスラエルの預言者としてエルサレムで死ぬ覚悟で入京した(ルカ13章33-35節)。
イエスの弟子たちは「いよいよイエスが王となって、自分たちも相応しい地位につけるかも」と期待していただろう。
しかしイエスの心情はかつてエルサレムの破局を預言したエレミヤのように嘆きで満ちていた。
イエスは見通していた。最早エルサレムが壊滅的な打撃を被ることを。
エルサレムに近づき、都が見えたとき、エルサレムがローマ軍に包囲されている光景を髣髴とさせる。
イエスはその都のために泣いて、言われた。
「もしこの日に、お前も平和への道をわきまえていたなら……。
しかし今は、それがお前には見えない。
やがて時が来て、敵が周りに堡塁を築き、
お前を取り巻いて四方から攻め寄せ、
お前とそこにいるお前の子らを地にたたきつけ、
お前の中の石を残らず崩してしまうだろう。
それは、神の訪れてくださる時をわきまえなかったからである。」(ルカ19章41-44節)
この後、翌日イエスは所謂「宮きよめ」と呼ばれる行動を示した。
これも、以上のような流れから、「神殿の破壊」を象徴する預言者的な行動、と言う新約学者たちの解釈が説得的であるように今は思う。
その後、イエスは弟子たちに、エルサレムを見下ろすオリーブの山から、「世の終わり」に関するオリブ講話をする。
「世の終わり」に関しては、福音派は依然キリスト再臨後の文字通りの「天地の破滅」をイメージする方が多いと思う。
シュヴァイツァーもその線で解釈していた。
しかし、マルコの表現を注意深く読むとどうだろう。
「憎むべき破壊者が立ってはならない所に立つのを見たら――読者は悟れ――、そのとき、ユダヤにいる人々は山に逃げなさい。(マルコ13章14節)文字通りの「天地の破滅」であれば、近くの山に逃げても所詮無駄なことである。
ルカはマルコの謎めいた表現をより明確に、具体的に示している。
「エルサレムが軍隊に囲まれるのを見たら、ルカは「エルサレムの滅亡」に関するイエスの預言を、近未来のローマによる軍事的侵攻によるもの、と解釈していることが伺える。
その滅亡が近づいたことを悟りなさい。
そのとき、ユダヤにいる人々は山に逃げなさい。
都の中にいる人々は、そこから立ち退きなさい。
田舎にいる人々は都に入ってはならない。
(ルカ21章20-21節)
さて、イエスはエルサレムの滅亡が最早避け得ないもの、との展望で入城されたのである。
そして「ユダヤ人の王」として、その民の受ける受難の前触れ、警鐘として十字架刑を受けられた。
受難週はこの歴史的なシナリオを、神の救済のドラマの枠組みの中で「贖い(新しい出エジプト)」の出来事として成就したことを福音書の記述に味わう時である。
感傷的、皮相的な「私たちのために十字架にかかって死んでくださった」から一歩出ようではないか。
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