2015年4月18日土曜日

明日の礼拝案内

主日礼拝
 
2015年4月19日(日) 午前10時30分

 
朗読箇所 コロサイ人への手紙 1:9-23
説 教 題 「敵意を打ち砕く十字架」
説 教 者 小嶋崇 牧師

コロサイ(16)/パウロ書簡の学び(133)

2015年4月14日火曜日

(3)ウェスレー著作集(英語)売ります

 暫く前に野呂芳男著「ウェスレーの生涯と神学」をこのブログで「売ります」したらあっという間に売れてしまった。(後から「書き込みが結構あった」と苦情も来たが・・・。)


今回「柳の下の泥鰌」になるかも分からないが、第2弾目をトライしてみる。



画像は「全集」の第1巻目(532ページ・・・厚さ約4.5センチ)、全16巻です。

Zondervan社の「The First Complete Unabridged Edition in Nearly 100 Years」と言うものです。

ウェスレヤン・カンファレンスが1872年に出版したものの写真オフセット印刷、と説明されています。

画像ではよく分かりませんが大分焼けています。

ですので余り高い値段は付けられません。

何しろ洋書ですから買い手が付くかどうか・・・。

1巻あたり100円としてセット価格1,800円→1,600円で先ずは試してみます。

なお他に送料と手数料(1,000円)を頂戴いたします。

お問い合わせは
sugamo_seisen@yahoo.co.jp
まで、

 ①氏名
 ②住所
 ③電話番号
を明記の上お申し込みください。

※このセットは(またもや)筆者自身が購入したものではありません。父が購入したものです。その父も殆ど使わなかった模様。今回狭くなった書棚スペース確保のため売り払うことにしました。

2015年4月13日月曜日

(5)現代の英語圏神学者①、スタンレー・ハウアーワス余録・続(完)

思わぬ展開で、『余録』とその『続編』と言うおまけが付いてしまった。

余り関心のない読者にはマニアックな話題かもしれないがご容赦を。


今回、完結編ではハウアーワスとヨーダーの関係を取り上げる。

現在中断しているのだが、3年ほど前から出席している「ヨーダー読書会」を通して、The Politics of Jesus、を始め何冊かヨーダーの本を読んでいる。

ヨーダーについては、そう言うわけで、「進行中の人物」でもあり、また「(既に故人であるが)渦中の人物」でもあるので、この記事であまりあれこれ書くことは控えたい。

今回はただハウアーワスとの繋がりで浮上する幾つかの「点と線」について・・・。


ご存知のように、ハウアーワスはヨーダーとともに平和主義者であり、ハウアーワス自身は合同メソジストのメンバーでありつつ、神学的スタンスはメノナイトの伝統から影響を受けている。

ハウアーワスの平和主義神学に最も大きい影響を与えているのがジョン・ハワード・ヨーダーと言って差し支えないと思う。

・・・以上は「点」について。


20世紀の北米「神学と倫理」シーンにおいて、一個人が「平和主義者」であるか、それとも「義戦(正戦)論」に立つ、あるいは「現実主義」に立つ「戦争容認者」であるかは到底「イデオロギーを巡る対立的立場」で済まされる話ではない。

以下に紹介するハウアーワスの師匠(メンター)であった「ポール・ラムゼイ誕生100年記念」パネル・ディスカッション動画にある通り、多くの者たちは「平和主義者」として青年期を過ぎた後「現実主義者」に転向する(せざるを得ない)、と言う曲折を歩んでいる。


※3人のパネラーが、最初、三者三様の「ラムゼイ回顧」をするが、ハウアーワスがラムゼイ若かりし頃の「平和主義」シンパのエピソードを語っている。
 次に「平和主義者」だったジェフリー・スタウトが、イェール大神学部時代にラムゼイの本を読んで自身の平和主義理論武装を「ぶっ壊された」エピソードを紹介している。
※このスタウトの回想スピーチには、アカデミックな世界の人間模様についてかなり赤裸々で感情的なエピソードが含まれていて、幾らか内部事情を知っている者にとっては思わず「胸キュン」となる。筆者が見てきたユーチューブ動画の中でも「ベスト5」に入る内容豊かな一本。秘蔵版だ。

このスタウトの回想後、ハウアーワスが補足を継いでいる部分(35分40秒過ぎ)にヨーダー絡みのものが入っている。

ヨーダーが「キリスト教倫理学会」会長を務めていた時(1987-88)、晩餐会で「To Serve God and Rule the World」と題した(黙示録からの)会長スピーチをした。

ポール・ラムゼイが一緒に席についていたハウアーワス夫妻に、That man was hiding his light under a bushel. と評するコメントをした。

義戦論者で学会の重鎮であり、もう死期も近づいていたラムゼイが平和主義者ヨーダーへの賞賛の言葉として語ったこのコメントが、ハウアーワスには格別思い出深いものだったわけだ。

※ポール・ラムゼイ(Paul Ramsey)については神学遍歴⑨をご参照ください。
ちなみにそこで言及した「・・・デューク大学に寄贈された『ポール・ラムゼイ・コレクション』・・・」について、この動画でハウアーワスがその消息を紹介している。何とプリンストン大学も神学校も寄贈に応じなかったのでデューク大が頂いちゃった、とのことだ。へえー、そんなもんか・・・である。


議論を待つまでもなく、ヨーダーの神学的遺産はやはりThe Politics of Jesusなのだろう。以下にそのテーゼが要約されているように、イエスの倫理と教会論が一体となったキリスト教倫理へのアプローチは当時はユニークで画期的なものであったと言えよう。
His thesis, simply put but thoroughly and eloquently argued, was that Christian ethics begins not by finding ways to set aside the radicalness of Jesus' ethics, but rather by finding ways in community to take those ethics seriously. In other words, the church is to bear the message of the gospel by being that message.... (Mark Nation, John Howard Yoder: Mennonite Patience, Evangelical Witness, Catholic Convictions, p.25. からの引用。元はDavid Weiss, "In Memory of John Yoder...")
ヨーダーのインパクトは最近邦訳されたリチャード・B・ヘイズ『新約聖書のモラル・ヴィジョン』の


第3章「キリスト教倫理に対する史的イエスの意義」などでも取り上げられていますが、N.T.ライトとの関わりについては以下のように述べています。
 第3点ですが、ライトの研究にとって、イエスの関心を現実の世界史の中につなぎ止めることは本質的に重要です。ライトによれば、イエスが思い描いていた未来は、この世界から遊離した天国における彼岸的運命ではありません。それは、イスラエルの民の、この地上で継続する生における具体的な政治的未来なのです。
 その他の点でもそうですが、この点においてライトの構想は、ジョン・ハワード・ヨーダーが『イエスの政治』で描いた描写と深く結びついているように思われます。興味深いことにライトは、ヨーダーについて特に論じているわけでも、彼と対話しているわけでもないようです。(106ページ)
さてヘイズのこの観察にコメントするというよりも、ライトとヨーダーのアプローチに関する大雑把な印象として思うことなのだが・・・。

 ご存知のようにヨーダーはカール・バルトのもとで博士をやったのだが、ヨーダーにとっての「倫理」は教義学と倫理学のような関係(バルト)と言うより、もっとイエスの生とその延長と言うアナバプティスト神学的伝統に基づくものだったのではないか。

 その点においてライトの史的イエスの探求が歴史的・神学的・教会実践的総合の中で提示するあり方と、より近い相貌を帯びたのではないかと思う。

 最後にウォルター・ブルッゲマンとの絡みについても一言。

 ブルッゲマンが『預言者』から取り出そうとしている「モデル」は、「教会の文化幽閉」問題に対する批判であり、カウンター・カルチャー志向であったのではなかろうか。

 彼の場合は旧約聖書学者であったため『預言者』が最も有効なモデルとして提示されたのだが、ヨーダーの場合は『イエス(の政治)』の方が当然より高位のモデルとして位置づけられるだろう。
 
 (蛇足だが、ライトの場合は最早『イエスの政治』はモデルではなく、神の国宣教の終末的実現と、聖霊に推進された使徒・教会の遂行となるわけだろう。)


※長くなりました。これにて完。ようやく「二人目の神学者」を物色できます。

2015年4月11日土曜日

明日の礼拝案内

主日礼拝
 
2015年4月12日(日) 午前10時30分

朗読箇所 ローマ人への手紙 15:1-13

説 教 題 「現代人の渇望③関係」
説 教 者 小嶋崇 牧師


《現代キリスト教入門》4

2015年4月6日月曜日

(4)34年ぶりの再会

昨日のイースター礼拝のこと。

急なことであったが、アズベリー神学校で一緒だったSE夫妻が出席された。


何でも2週間ほどの「第2のハネームーン旅行」だそうな。

しかし驚いたのは長い間コンタクトがなくとも筆者の名前を覚えていたこと。

(何しろこちらはなかなか名前を覚えていない方なので、Sの名は何とか覚えていたが、姓は記憶があいまいであった。)


Sはどちらかと言うと「やんちゃ」の感じで、勉強よりもテニスとか色々活発に動き回るのが好きで、とてもアカデミックなタイプには見えなかった。



が、その後は教師/研究者(キリスト教青少年教育・伝道)の道に進み、英国、ニュージーランド、シンガポールなど国際的な生活をしている。

礼拝後の雑談ではまもなく、今関心持っている「神学的」話題となり、James K. A. Smithについて共に関心を持っていることが分かった。


Sの関心領域はLiturgical Theologyとのことだが、社会学や文化人類学にも関心があり、Christian Smithにも結構関心があることが分かった。
(クリスチャン・スミスの『ビブリシズム』については当ブログでも何度か取り上げた。)

筆者の知らない情報として「メモメモ」したのは、スタンフォード大文化人類学教授Tanya M. LuhrmannのWhen God Talks Backと言う本だ。

どうも・・・
世俗化・世俗主義の現代にあって、「神と会話ができる」霊性とはありか、
と言うことを福音主義キリスト者(ヴィンヤード・グループ)の中に入って調査した結果を本にしたものらしい。

と言うことでこの本のテーマが最近の関心に共振して、少しリサーチしているところである。

なかなか刺激的な「再開」の機会となった。


※「34ぶりの再会」は、2年前、別のアズベリー神学校時代の友人との再会を真似した安直なタイトルとなった。

(5)現代の英語圏神学者①、スタンレー・ハウアーワス余録

このシリーズのトップバッターに「スタンレー・ハウアーワス」を選んだら、MH氏から以下のようなコメントとリクエストをいただいた。
ハウアーワス教授とペアで語られることが多いヨーダー先生、また、ハウアーワス教授・ヨーダー・ブルッゲマンの3しゃにかんするTaka牧師の整理が聞きたかったりして。

と言うことでどこまでできるかやってみましょう。

先ずは情報の少ない「ウォルター・ブルッゲマン(あるいはブリュッゲマン)」から・・・。


「ウォルター・ブルッゲマン」で記憶の糸を辿ると、アズベリー神学校時代のレイマン(Fred. D. Layman)教授の「聖書神学」クラス付近の記憶領域に入る。

神学遍歴⑤で『中間時代の神学』クラスについて書いたが、教授の名前は書いていなかった。
恐らくその時点でも忘れていたのだろう。

今回この件で名前を思い出そうとして一苦労した。レイマンを最初Lehmanで検索したのだが辿りつかなかった。

しょうがないので「こう言う機会だから、旧い講義ノートでも探してみてみよう」とあっちこっちひっくり返したら、何とか見つかりました。

『中間時代の神学』で書いたように、その頃の記憶では何と言っても「James Muilenburg」の印象が強かったようです。

(と、この時点ではまだ繋がっていないのですが、実はJames Muilenburgはウォルター・ブルッゲマンの師匠なのです。後ほど紹介。)

BT605: OT Theologyクラスでは、レイマン教授が指定した専門雑誌等論文から選んで、「梗概(シノプシス)」を書く、と言う課題があり筆者が選んだ中に、ブルッゲマンもマイレンバーグも見つかりました。
Walter Brueggemann, "The Kerygma of Deuteronomic Historian." Interpretation, vol. 22, no. 4, pp.387-402.
James Muilenberg, "Imago Dei." The Review of Religion, vol. 2, no. 4, pp.392-406.


さて、アズベリー時代に筆者はウォルター・ブルッゲマンをどう評価していたのか・・・。

簡単ですが、「まだレーダーの外の方」だったように思います。

かと言って無視していたわけではありません。
恐らくこの時期にThe Prophetic Imagination (1978年のペーパーバック初版)を購入していますから、それなりにその後の活躍を予感していたのかもしれません。

ヨーダーのThe Politics of Jesus (1979年のペーパーバック第6版)もこの頃買ったと思われますが、ヨーダーの方が「どう整理していいのか困る」と言う点では一枚上手だったと思います。



※せっかくですので、お世話になったレイマン教授のネットから入手可能な論文を紹介しておきます。


ウォルター・ブルッゲマンはNYのユニオン神学校で神学博士を修めますが、その指導にあたったのがジェームズ・マイレンバーグ教授でした。

なかなかの名物教授だったようで、アメリカの最も著名なキリスト者著作家の一人、フレデリック・ビークナー(Frederick Buechner)が「満杯の教室でまるで旧約聖書の世界がそこに出現したかのように“演じる”マイレンバーグ教授がいた」頃のことを回想しています。


※(興味のある方に)ブルッゲマンがビークナーをインタヴューしている動画


どうやらヨーダーのことを続けて書くには長い記事になってしまいましたので、「続編」で取り上げることにいたします。

2015年4月4日土曜日

明日の礼拝案内

イースター主日礼拝
 
2015年4月5日(日) 午前10時30分

朗読箇所 ヨハネの福音書 19:41-
20:31
説 教 題 「逆転無罪」
説 教 者 小嶋崇 牧師


※昼食会があります。