2010年12月31日金曜日

明日の礼拝案内

元旦礼拝

2011年1月1日(土) 午前10時30分

朗読箇所 使徒の働き 18:1-11
説 教 題 「ここに腰を据えて」
説 教 者 小嶋崇 牧師


2011年間標語聖句
ここに腰を据えて、
彼らの間で神のことばを教え続けた。
使徒の働き18章11節(新改訳)

※2日の主日は礼拝をお休みします。今年の主日礼拝は9日からとなります。

2010年12月30日木曜日

C・S・ルイス

CNNのBelief Blog欄に"Surprised by C S Lewis:why his popularity endures"
と言う記事が出ていた。

筆者は特にルイス・ファンでもない。神学校時代に「ミア・クリスチャニティー」を読んだぐらいである。
(本棚を調べたら、もう一冊「ミラクルズ」もあった。しかしこっちには殆んどマーカーが入っていないので、多分ちゃんと読んでいないのだろう。)

しかし、ルイスが依然として多くの人に読まれている、と言うことにはしばしば驚かされる。
(当ブログの「科学者と霊的真理」で、フランシス・コリンズの「ランゲージ・オブ・ゴッド」の書評めいたものを書いたが、彼もルイスの愛読者の一人のようである。)
「ナルニア国物語」の映画化も三本目が封切られたそうである。

記事によると、すでに「ナルニア国物語」を書いていたルイスが、弁護士から遺産をどうするかとの問いに、「私の死後五年以内には最早私の書いたものを読んでいる人はいないだろう」と答えたとのこと。
ルイス自身はどうやら控えめな自己像の人であったのだろう。

記事の中には、.ルイスと『指輪物語』で有名な、J・R・R・トールキンとの交友関係が不和で終わったと言うのは根拠のないものであると、ルイスと結婚した女性の息子(?)の証言を引用している。

ルイスの愛読者で興味のある方はご一読を。

2010年12月29日水曜日

原罪とキリストの救済

 先の「洗礼について」のポストは、そこで紹介した方のブログに筆者がたまたま遭遇して啓発されて書いたものであった。

ついでにそのブログにコメントを残したら、以下のような返答が返ってきた。

私がキリスト教信仰を持てない理由なのですが

1.人間には「原罪」がある
2.それをキリストが贖って人類が救われた

1は理解できますが、2がどうしても私には腑に落ちないのです。
キリストが罪を贖ったというが、人間は依然として弱く、汚くあり続けているのにどこが救われたんだ・・・と思ってしまいます。
一度に回答できるとも、又回答し切れるとも思わないが、ジャブ程度のものは書いておこうと思う。

先ず人間の現実として「原罪」を受け入れているようであることを確認しておこう。

次はキリストの贖いと原罪がどのように向き合うのか、と言う問題であろう。

この方のこのような疑問が出てくる背景には、キリストの贖いを「原罪からの普遍的、全き救済」と言う前提があるように見受けられる。

普通のクリスチャンはこのような疑問を抱かないのではないか。
それはキリストの贖いの意義を、「私の罪の身代わり」と言う個人レベルでの了解事項としているからではなかろうか。
プラス、キリストの救いは信ずる者に適用されるのであって、信じない者には適用されない。
キリストの贖いは「信仰」と言うものが介在して初めて有効となる、と言う理解が前提されているように思える。

但し、「キリストの救いを受けた者が依然として罪にからめとられている」と見るならば、この方の疑問は「キリストの救いは単に違う意味での免罪符」あるいは、原罪を抱える人間の咎(罪責感)を心理的に解消するだけで、実態においては原罪に対しては何の効力も発揮していない、と言う見方に解釈することもできる。

またここで表現されている疑問よりスケールは大きくなるが、キリストの贖いが罪に対する決定的な解決であるならば、なぜ依然として世界には罪や苦難が満ち溢れたままなのだ、という「神義論」の様相を帯びて来ることも予想される。

筆者の属するウェスレー派の「聖化論」の伝統では、新生(救われた)者に残存するアダム来の罪の問題は、「(信者が死ぬまでの間に)聖化される」ものとして理解する。その過程は漸次的な段階と危機的(瞬時的)体験との二段構えで理解されている。
どっちにしてもキリスト者は刻々罪に死んで行く者として捉えられる。

とまあ、ここまでは神学的な議論で、実際には、教会の信者を観察しながら、
「救われた」と言ったって結局同じ罪人じゃない。 じゃ「キリストの救い」を信じるのと信じないのとで何の違いがあるのよ。
と少し皮肉っぽく言えばそう言う事になるかもしれない。

すると、「キリストの救いは道徳的にも人間を変えるものなのよ。マザー・テレサやマーティン・ルター・キング牧師を見るまでもなく、確かに聖人ではないにしても、罪に勝とうとする力を与えるものよ。」と反論するかもしれない。

ただこれだけは言えるかもしれない。救いに伴う「罪の自覚(認罪)」はそれ自体が救いの過程にある事柄だ、と言うこと。
そしてこの自覚はその人をまだ実質的「聖徒」にはしないかもしれないが、「聖さ」を希求する出発点にすることができる、と言うこと。


人を「聖」へと導くのは、詰まるところ人間の窮状の正体である「罪」を自覚し、その破れに自我が砕かれ、神の一方的な恩寵を間断なく期待することではないか。

そしてこの人類と被造物の「破れた状態」、窮状からキリストは十字架と復活の贖いによって解放したからこそ、「新しい創造」「回復と癒し」への端緒につけたのだ、と言うこと。

贖われた私たちの歩みはキリストの勝利ほど圧倒的ではないにしても、「新しい人」として生きる限りその道行(目指すゴール)は確かであることを。

2010年12月27日月曜日

洗礼について

最近立ち寄ったある方のブログに自身の洗礼のことが書いてあった。

救いに関わる「イエス・キリストへの信仰」の故ではなく、自分が携わるキリスト教系組織で仕事をする手段的理由から受けたと言うのだ。
だから受洗の時の「信仰告白」は“嘘をついた”とのこと。

そう言う訳で、洗礼を受けたと言う意味では「クリスチャン」だが、イエス・キリストによる救いの信仰がないと言う意味では「クリスチャン」ではない、と言う二義的な「クリスチャン」であることを自覚しておられる方である。

この方は「内村鑑三」を研究していて、その意味で無教会的意識が影響して、良心の呵責なしに洗礼を受けることができた面もあるのかもしれない。
いやご本人の言によれば、自分の目的を達成する手段として正当化する意識が強かったようだ。

こんなことを考えていて、2008年12月に亡くなった加藤周一が、生前死の数ヶ月前にカトリックの洗礼を受けていたことを思い出した。

加藤周一の書いたものからは、およそ想像もつかないことだったが、確かに洗礼を受けたと言う事実から推察するに、老境の思想の変化があったのかも知れない、と考えたりもした。

思想的整合性の点からは、加藤は不可知論で徹底していたのではなかったか。


しかし誰にでも「信仰の飛躍」の機会はいつ訪れるか分からない。
加藤にもそう言う時が訪れたのかもしれない、とも考えてみた。

これら二つの「洗礼」は、共に“私的”な面・理由を軸に展開した出来事である、らしいことが共通している。

確かに洗礼を受ける、受けないは個人の選択である。その面では大変私的なものである。

しかし一旦新約聖書が教える、あるいは描写する洗礼と言うことから言うと、これは大変に公的なことであり、それ故信仰告白を伴う理由ともなる。

確かに実際に洗礼を受けた者の中には、筆者も含め、それほど十分な神学的理解や自覚を持って洗礼を受ける、と言うことがなかった者も多いことと思う。

洗礼は言ってみれば単純な信仰を持った時点で受ける入門式のようなものでもある。

しかしその神学的深みはパウロをして言わしめたように「メシアと一体となる」ことであり、「メシアと共に死に、メシアと共によみがえる」と言うことを表すものである。

洗礼とは斯くも重大な出来事である。

ただ人間と言うもの、こと洗礼や聖餐と言う聖礼典に限らず、普段の礼拝や祈りにおいても、意識がぼんやりと、ただ習慣的に行っていることがどれほど多いことか。
ことは「組織がやるものだから」と言うのではなく、人間のやることは案外いい加減が多い。

ただいい加減にやっていることでも、それ自体の持っている意味や意義に時々覚醒されて自覚を新たにすることがある。

知性を尽くし、思いを尽くし、力を尽くし、身体を持って生ける神を礼拝する、それが求められていることなのだと思う。

2010年12月25日土曜日

2010クリスマス瞑想

(※これは12/24クリスマス・イヴのメッセージ内容を覚書風に改変したものです。)

クリスマスはイエス・キリストの降誕を祝う時。

マタイ福音書によれば、ヨセフの子としてベツレヘムに生まれた「ナザレのイエス」はユダヤ人の王として来られた方。
東方の博士たちはヘロデの宮殿に来て尋ねた。
「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。」
「ユダヤ人の王」としてお生まれになった方は、マタイによれば「ユダヤ人の王」として、ローマの十字架刑で処せられて死んだ。
また、イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王イエスである。」と書いた罪状書きを掲げた。
この「ユダヤ人の王」は宮殿ではなく、旅籠の馬小屋の飼い葉桶で生まれ、十字架刑で死を迎えた。何と言う「ユダヤ人の王」だろうか。


斯くも常識外の出生と死で括られた「ユダヤ人の王」の生涯は、特に公の宣教において、マタイはどのようにこの「ユダヤ人の王」を活写しているだろうか。

「王なる羊飼い」
この王は宮殿に住み武力で統治するような方ではなかった。
弱った人々の間に入っていかれた方であった。
散らされた羊ようなイスラエルの群集の窮状を遠くから眺めているのではなく、近くによって観察し同情された方であった。
それから、イエスは、すべての町や村を巡って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、あらゆる病気、あらゆるわずらいを直された。
また、群衆を見て、羊飼いのない羊のように弱り果てて倒れている彼らをかわいそうに思われた。
この王は傷み、散らされた羊たちを癒す方であった。そのようにして羊飼いの仕事をなされた。
葦のようにぽきりと折れそうな、今にも消えそうな灯心のような羊たちを甲斐甲斐しく黙々と介抱し癒された。
 「これぞ、わたしの選んだわたしのしもべ、わたしの心の喜ぶわたしの愛する者。わたしは彼の上にわたしの霊を置き、彼は異邦人に公義を宣べる。
 争うこともなく、叫ぶこともせず、大路でその声を聞く者もない。
 彼はいたんだ葦を折ることもなく、くすぶる燈心を消すこともない、公義を勝利に導くまでは。
 異邦人は彼の名に望みをかける。」
「王なる羊飼い」のメシヤ像は、上掲のイザヤの預言だけでなく、エゼキエルの「イスラエルの牧者」(あるいは「散らされた羊と非牧者」)を髣髴とさせる。
「人の子よ。イスラエルの牧者たちに向かって預言せよ。預言して、彼ら、牧者たちに言え。神である主はこう仰せられる。ああ。自分を肥やしているイスラエルの牧者たち。牧者は羊を養わなければならないのではないか。
あなたがたは脂肪を食べ、羊の毛を身にまとい、肥えた羊をほふるが、羊を養わない。
弱った羊を強めず、病気のものをいやさず、傷ついたものを包まず、迷い出たものを連れ戻さず、失われたものを捜さず、かえって力ずくと暴力で彼らを支配した。
彼らは牧者がいないので、散らされ、あらゆる野の獣のえじきとなり、散らされてしまった。
わたしの羊はすべての山々やすべての高い丘をさまよい、わたしの羊は地の全面に散らされた。尋ねる者もなく、捜す者もない。
それゆえ、牧者たちよ、主のことばを聞け。
わたしは生きている、――神である主の御告げ。――わたしの羊はかすめ奪われ、牧者がいないため、あらゆる野の獣のえじきとなっている。それなのに、わたしの牧者たちは、わたしの羊を捜し求めず、かえって牧者たちは自分自身を養い、わたしの羊を養わない。
それゆえ、牧者たちよ、主のことばを聞け。
神である主はこう仰せられる。わたしは牧者たちに立ち向かい、彼らの手からわたしの羊を取り返し、彼らに羊を飼うのをやめさせる。牧者たちは二度と自分自身を養えなくなる。わたしは彼らの口からわたしの羊を救い出し、彼らのえじきにさせない。
まことに、神である主はこう仰せられる。見よ。わたしは自分でわたしの羊を捜し出し、これの世話をする。
牧者が昼間、散らされていた自分の羊の中にいて、その群れの世話をするように、わたしはわたしの羊を、雲と暗やみの日に散らされたすべての所から救い出して、世話をする。
わたしは国々の民の中から彼らを連れ出し、国々から彼らを集め、彼らを彼らの地に連れて行き、イスラエルの山々や谷川のほとり、またその国のうちの人の住むすべての所で彼らを養う。
わたしは良い牧場で彼らを養い、イスラエルの高い山々が彼らのおりとなる。彼らはその良いおりに伏し、イスラエルの山々の肥えた牧場で草をはむ。
わたしがわたしの羊を飼い、わたしが彼らをいこわせる。――神である主の御告げ。――
わたしは失われたものを捜し、迷い出たものを連れ戻し、傷ついたものを包み、病気のものを力づける。わたしは、肥えたものと強いものを滅ぼす。わたしは正しいさばきをもって彼らを養う。
(エゼキエル34:2-16)
「王なる羊飼い」の招きのことば
斯くも、衰え果て、弱り果てている「羊飼いのいない散らされた羊」のようなイスラエルに対して、この「ユダヤ人の王」は優しい招きのことばをかけてくださる。
すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。
わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。
わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。
「ナザレのイエス」は、今も私たちに近づき、助け、起こしてくださる。
心優しく、へりくだった王。
私たちの求める真の王・統治者はそのようなお方である。

2010年12月23日木曜日

マタイのクリスマス・ストーリー

当教会では毎年マタイとルカの「誕生物語」を交代で朗読するクリスマス礼拝を行っている。
福音書でイエスの"infant narratives"(誕生・幼年物語)が挿入されているのはマタイとルカだけである。

ヨハネの福音書の「ロゴス」序文は、コスモロジカル(宇宙論)規模の物語で、当教会では(他の教会もそうだと思うが)クリスマス・イヴの「キャンドルライト礼拝」で導入に朗読される。

クリスマス礼拝と言うと、劇があったり、出し物があったりと、賑やかなページェントをする教会が多いと思うが、当教会では現在そこまでの余力はない。
また数年前から「聖書の朗読」を重視するようになり、それでシンプルではあるが、マタイとルカの「誕生物語」を「クリスマス・ストーリー」と言い換えて行っている。

先日19日の礼拝は「マタイのクリスマス・ストーリー」の番だった。


話は去年のことに遡るが、心身のバランスを崩して少し静養していた期間があった。
たまたまその時、朝目覚まし用に設定しているNHK・FMの「朝のバロック」で流れていた音楽にピーンと来たことがあった。

会堂を建て替えてから、音響が良くなったので、教会イベントとして適当な音楽プログラムを探していたのだが、なかなか会堂のスペースや性格にぴったりのものを企画できないでいた。

その朝たまたま耳に入ってきた楽器の音色を聞き、「これだ!」とインスピレーションが沸いた。
俄然聞き耳を立て、音楽が終わった後に紹介されるであろう演奏者名を聞き漏らすまいと待ち構えた。
その結果聞き覚えたのは演奏者の「しながわひじり」と楽器名の「ヴィオラ・ダ・ガンバ」だった。
その日のうちにネット検索で調べた結果、関係している音楽事務所まで割り当てた。
しかし演奏者の「品川聖」氏に直接コンタクトを取るサイトは見当たらなかった。

と、話が長くなったので間を省略して話すと、そのアントレ音楽事務所と言う古楽専門の事務所は品川聖氏のご両親経営のものだった。それでご両親から電話とメールの連絡先を受け取り、恐る恐る「演奏会としてではなく、礼拝の一部として演奏してもらえますか」と問い合わせたのであった。

ほどなく快諾の返事を頂いて、去年2009年の「ルカのクリスマス・ストーリー」に出演して頂いたわけである。
そして今年も、今度は「マタイのクリスマス・ストーリー」に去年に続いて出演頂いたと言う次第である。

「マタイのクリスマス・ストーリー」の中では、「エサイの根より」「かいばのおけにねている」「星をしるべに」「ああベツレヘムよ」「グリーンスリーヴス」「コヴェントリー・キャロル」などのクリスマス賛美、そしてカール・フリードリヒ・アーベルと言う、バッハとほぼ同時代のヴィオラ・ダ・ガンバ奏者・作曲家の曲を二曲弾いて頂いた。

去年は礼拝後に、バッハの無伴奏チェロ・ソナタを一楽章弾いて頂いたが、今年は当教会のメンバーで、女優・朗読をしている方が用意した、韓国の詩人、尹東柱の「星をかぞえる夜」ともう一つ題名を忘れたが、即興でガンバと詩の朗読のコラボを披露して頂いた。

朗読者曰く、「尹東柱の詩の切ない詩情とガンバの響きが何か合うのよねー」とのこと。


星をかぞえる夜

季節が過ぎゆく天には
秋がなみなみと満ちています

私はなんの心配もなく
秋の中の星たちをみな数えられそうです

胸の中にひとつふたつと刻まれた星を
もうみな数えられないのは
まもなく朝が来るためであり、
明日の晩が残っているためであり、
まだ私の青春が終わっていないためです。

星ひとつに思い出と
星ひとつに愛と
星ひとつに哀しみと
星ひとつに憧れと
星ひとつに詩と
星ひとつに母よ、母よ、

お母さん、私は星ひとつに美しい言葉を一言ずつつけてみます。
小学校の時に机をともにした子供たちの名前と、
ペ、ギョン、オク こんな異国の少女たちの名前と、
もう子の母となった娘っ子たちの名前と、
貧しい隣人たちの名前と、
はと、子犬、うさぎ、ろば、のろ、
フランシス・ジャム、ライナー・マリア・リルケ
そんな詩人の名前をつけてみます。

この人たちはあまりに遠くにいます。
星がはるか遠いように、

お母さん、
そしてあなたは遠く北間島にいらっしゃいます。

私はなんだかなつかしくて
このたくさんの星明りが降る丘の上に
私の名前の字を書いてみて、
土で覆ってしまいました。

なるほど夜を明かして泣く虫たちは
恥ずかしい名前を悲しんでいるわけです。

でも季節が過ぎて私の星にも春が来れば
墓の上に青い芝草が萌え出るように
私の名前の字を埋めた丘の上にも
誇らしく草が生い茂ることでしょう。

2010年12月20日月曜日

季節の挨拶

英語でSeason's greetingsを訳すとそんな感じかな。

アズベリー神学校以来の友人たちからネット文書でやってきた。

片や一年時のルームメイト。
今は北米合同メソジスト教会の宣教師として、スペイン、マドリッド市にある神学校で教鞭をとっている。

テキサス州出身の陽気なやつ。
どっちかという内向的な筆者を色々と仲間に紹介したり、活動に加わらせたりと、面倒を見てくれた。
一年後に結婚してからも、日曜日の夜などよく一緒に食事をした。

シェフはわたし。
その頃から才能があったのかどうか、簡単でおいしいレサピーを編み出していた。
定番は味付けにイタリアン・ドレッシングを使ったスパゲティー。
アメリカで普通スパゲティーと言うと、殆んどトマトソース味のミートボール。しかもあるデンテではなくぶよぶよに柔らかく煮込んだのを食べさせられたものだ。
一風変わった感覚で喜ばれた。

今回受け取ったニュースレターでは、三人の子供のうち一番下の子が親元を離れ、夫婦二人になった、とのこと。
お互いそれだけ年を取ったのだなー、と友人の家庭環境の変化から感じ取った。

一つ大きく違うのは、片や依然として髪の毛ふさふさ。
片や白髪も増え大分頭髪が寂しくなった頭。

もう一人の友人は一年先輩のインドネシア人。
筆者の入学当時、外国人留学生会のプレジデントをやっていた、やはり世話好きで積極的なタイプ。
彼も最初は独身寮だったが、筆者が2年に上がる時に結婚して、ルームメイトと同じ宿舎に移った。

猛烈な勉強家で、朝見ると大抵半徹夜したような顔をしていた。
大学は英語専攻で、いつもきちんとした英語を心がけていた。

ルームメイトだったテキサンの方は、アズベリー後は新約学でドクターを取り、インドネシア人の友人の方は旧約学の方でドクターを取った。
現在は聖書翻訳のコンサルティングのコーディネーターである。

ニュースレターには、統括するアジア、環太平洋の国々での会議やワークショップでの活動が綴られていた。
お二人ともご活躍である。
筆者の働きぶりとは大分開きがある。

かと言ってそれ程うらやましいとも思わない。
こちらは「楽する」方に傾く傾向があり、忙しいストレスのかかる仕事は避けたい方である。

最後に、インドネシア人の友人のニュースレターに載っていた小話を以下に転載させてもらおう。
さすがに「聖書翻訳」に携わっている方が見つけたものだ。
FROM DANIEL SEE
A man and his wife were having an argument about
who should brew the coffee each morning.
The wife said, 'You should do it, because you get up
first, and then we don't have to wait so long to get
our coffee'.
The husband said, 'You are in charge of the cooking
around here and you should do it, because that is
your job, and I can just wait for my coffee'.
Wife replies, 'No you should do it, and besides it is
in the Bible that the man should do the coffee'.
Husband replies, 'I can't believe that, show me'.
So she fetched the Bible, and opened the New
Testament and shows him at the top of the several
pages, that it indeed says.............'HEBREWS'.