2011年10月21日金曜日

英語の強制

今朝の朝日の朝刊、世界政治欄(12ページ)の『特派員メモ』コラムの記事についての感想。
「英語でしゃべって。じゃないと放送できない」
18日夕、国連本部前の公園。米大手放送局の記者たちが声を張り上げた。イエメンのサレハ大統領退陣を求める在米イエメン人らのデモに参加した、今年のノーベル平和賞を受賞する人権活動家タワックル・カルマン(32)さんの記者会見のことだ。
「英語は得意ではありません」と当惑するカルマンさんに、米国人記者たちは「片言でいい」と食い下がる。カルマンさんは悩んだ末、「正確に伝えたい」として母語のアラビア語で語り、通訳が一文ずつ英訳した。米国人記者たちからはため息が漏れた。
この様子を見ていた日本人記者(『特派員メモ』の筆者)、春日芳晃は会見後米国人記者たちに「カルマンさんに対して失礼ではないか」とたずねたそうだ。
反応は「英語は世界共通語だ」「彼女が英語で話す映像は世界中で放送される」だから少しでも英語でコミュニケートする努力して当然だ、とばかりに猛反発されたそうである。
春日記者はその反応に「自分たちが世界標準と言うおごり」を感じたと記している。

朝日の記者が「失礼」と感じたのは米国人記者がカルマンさんに対して英語で話すように要求したやり方が一方的、と映ったからだろう。通訳が傍にいたのだから自国語で話したとしても問題はないはずだ、と朝日の記者は思ったに違いない。
一方米国人記者たちは、自分たちが大手メディアであることを背景に、ノーベル賞を受賞する人権活動家が英語でアッピールするインパクトを計算して、カルマンさんに片言でもいいから英語で話すことの効果を思う余り「英語でしゃべって。じゃないと放送できない」のような言い方になってしまったのだろう。

米国人記者は「英語を強制」したのだろうか。
その場に居合わせたわけではないので実際のところは分からないが、その後の推移を見ると「強制」とまで感じたのは朝日の記者の方で、カルマンさんではなかったのではないか。
実際カルマンさんは通訳を介してインタヴューに応じた、とある。
その後の実際の報道が通訳部分を介して語ったところをどの程度省略せず報じたか、それはこのコラムからは分からない。

この一件から思い出したことがある。
女子プロ・テニスの伊達公子のことだ。
現在のクルム伊達のことではなく、一時引退する前の世界ランキング上位にいた頃の伊達選手のことだ。

女子プロ・ワールド・ツアーに参加する選手は試合後のインタヴューに対し英語で応対するよう決められていた、と言うことがあり、伊達選手はそれをプレッシャーに感じていた、と言うことを何かで読んだ。
実際何度か彼女の英語のインタヴュー場面を見た覚えがあるが、いかにも苦手な感じでそそくさとした受け答えであったような記憶だ。
もし記憶が間違っていなかったら、伊達選手はある時インタヴューをすっぽかして帰ってしまい協会から注意を受けたようなことがあったらしい。

スポーツ選手のインタヴューとカルマンさんの場合は比較にならないが、少なくともカルマンさんが英語でしゃべるか、それとも母語でしゃべり通訳してもらうかはカルマンさんの訴えたいことをどのように効果的にやるか、と言うことの選択肢であり、この時のカルマンさんは「正確に国内の状況をなるべく詳細に伝えたかった」のだろう。
簡単な英語でキャッチーなコピーを発することも出来ただろうが、彼女はそれを選ばなかった。やはりジャーナリストとしての自覚と意識に基づく選択だったのだろう。

ところでネットで入手できる、タワク・カルマンさんの英語の挨拶とアラビア語のスピーチ
を聞くと、ある程度英語でコミュニケートできることが分かる。ただ内容的に自分が伝えたいことをしっかりと訴えるにはやはり通訳の助けを借りることが賢明であることがこのスピーチを聞くと分かるような気がする。

イエメン国内での人権侵害や報道規制など、アメリカの対テロ政策とイエメン政府との関係の背景などを聞いてみると、やはりその複雑な内容を外部の人たちに伝える時には母語でしゃべらざるをえなかったのだと思う。
世界がどれだけイエメンの国内問題に関心を持っているだろうか。
ノーベル賞受賞と言うきっかけを用いてできる限りイエメンの状況を正確かつ詳細に訴えられるかはカルマンさんにとって優先的課題だったに違いない。

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