2011年12月31日土曜日

明日の礼拝案内

1月1日 午前10時30分

元旦主日礼拝

朗読箇所 ガラテヤ人への手紙 5:1-15
説教箇所 ガラテヤ人への手紙 5:13
説 教 題  「愛に基礎を置く」
説 教 者 小嶋崇牧師

2012年度 教会標語聖句
愛によって互いに仕えなさい

※神への礼拝を通して、心新たに新年をスタートしましょう。

2011年12月30日金曜日

ブログは「縦穴を掘る」

年の暮れ、何とかブログもここまでやってこれた。

ブログ開設一年半が経った。

振り返ってみるとこのブログ余り一貫性がない。
一記事に書く量もそれほど多くない。
書くネタに頭をひねることもしばしば。
記事投稿頻度も年末に向かって減る傾向にある。

来年はどうなるだろう。

さて筆者の場合ツイッターとブログをほぼ同時にスタートしたのだが、一年半経ってみて筆者はブログ重視派であることが明らかになってきたように思う。
「気軽につぶやく」のは苦手のようだ。

ここ数年「内田樹」の名前をよく耳にするようになった。
今年になってツイッターでフォローするようになった。
つい最近「内田樹の研究室」と言う彼のブログに『ツイッターとブログの違いについて』と言う記事を書いている。
そこでこんなことを言っている。
Twitterには「つぶやき」を、ブログには「演説」を、というふうになんとなく使い分けをしてきたが、二年ほどやってわかったことは、Twitterに書き付けたアイディアもそのあとブログにまとめておかないと、再利用がむずかしいということである。
Twitterは多くの場合携帯で打ち込んでいるが、これはアイディアの尻尾をつかまえることはできるが、それを展開することができない。
指が思考に追いつかないからである。
だから、Twitterは水平方向に「ずれて」ゆくのには向いているが、縦穴を掘ることには向いていない。
そんな気がする。
ブログは「縦穴を掘る」のに向いている。
「縦穴を掘る」というのは、同じ文章を繰り返し読みながら、同じような文章を繰り返し書きながら「螺旋状」にだんだん深度を稼いでゆく作業である。
 「なるほど」、とも思ったが「待てよ」とも思った。
自分のブログ記事は「縦穴を掘る」と言うには余りに浅い、と言うか淡白な文章が多いように思う。

今年振り返ってみて、一ブログ記事ではないが、あるテーマを追跡したり(例えば東日本大震災と原発関連記事)、シリーズ(『教会における聖書の解釈』①~⑥)で取り組んだブログ記事はないわけではないが、殆んど単発で終わった。

話題を変えて(特にプロテスタントの)牧師にとって大切な役割の一つである「説教」を考えてみると、この「縦穴を掘る」あるいは「繰り返し書きながら『螺旋状』にだんだん深度を稼いでゆく作業」は結構よく当てはまるのではないかと思う。

と書いて反省するのであるが、ブログに限らず筆者の最近の説教もやはり淡白傾向にあるのではないかと・・・。

さて新年を迎えいくらかでも「掘り下げ」「深度を稼ぐ」ブログ記事や説教をと願うものである。

年末所感終わり。

2011年12月27日火曜日

マコト・フジムラ『四福音書挿絵』展

タイトルの付け方が『四福音書挿絵』展でいいのかどうか。
開催している日本橋高島屋は「マコト・フジムラ展ーホーリーゴスペルズー<日本画>」と広告しているが・・・。

今こう書いている時間から間もなく展示は終了するから、この記事を投稿しても読者が足を運ぶことがないのは残念である。

既にこの展覧会のことは聖書2題聖書2題追記で書いているので参考にしていただきたい。


さて実際に筆者が行って来て見た感想である。

26日の午前中に行ったのだが、25日の翌日と言うこともあったのか展示会場はがらんがらんであった。
余り人混みは好きではないし、絵の展覧会に行くと言うこともめったにないので、このような状況はまさに『お一人様用展覧会』で千載一遇のチャンスであった。

入り口左側には皮装丁とキャンバス布装丁のサンプルが置いてあったが、既に両方ともSold Outになっていた。
ぱらぱらとページをめくってみたら意外にあちこちにスケッチ的な絵や描写が配されていて字と絵の空間配置が面白い。

その次には長ーいテーブルの上に四福音書各章の冒頭の言葉の第一文字目のアルファベットを絵にしたものが横に長く並べられている。
それはAであったり、Oであったり、Kであったり、様々である。
四福音書全部で89章になるわけだからかなり同じ文字がダブるわけだが、見た感じ同じ文字でも印象は結構異なる。

一つの絵のサイズは20センチ四方位だろうか、キャンパスから溢れる位の文字と色彩背景である。
マコト・フジムラの画風は(専門家ではないのでいい加減なことしか言えないが)日本画を背景にしたモダンアートだと見える。
単なる抽象画ではなく、色彩をベースにしたスペース・ファンタジーとも言うべき世界を作っている。

これら89枚の絵は殆んどそう言う絵なのだが、与件によりアルファベット文字だけは認識されなければならない。
それらの文字は薄い金箔の線で描かれることもあれば、殆んど線とは認識されない太い筆で絵の具をびしゃっと殴りつけたような形象の組み合わせもある。

89枚もアルファベットを中心にしたテーマの絵となるとどうしても似た感じと言うか同じアイデアやデザインの流用みたいなものが出てきても良さそうだが、筆者の見る限り一枚一枚が絵のデザインとして独立している。

日本画・水墨画では余白と言うものが重要な絵の構成要素であるが、これら89枚の中に色のない余白が用いられていたのはほんの一枚か二枚であったろう。
既に書いた「太い筆で絵の具をびしゃっと殴りつけたような形象」のNだけではなかったか・・・。

次に中型サイズの絵が何枚か壁にかけられていたと記憶するが、入り口右側に掲げられた四福音書それぞれを象徴するテーマの大きな絵四枚の印象に消されてしまったようなのでこれらの中型絵についての感想はあきらめる。

さて四福音書をそれぞれ象徴する大判サイズの絵は大きさが縦横それぞれ1.5メートル位はあろうか、縦長だがこちら絵の号数とかそういうことは良く分からないので大きさについては勘弁願おう。
テーマとなっているのはマタイから順に言うと「野の百合(Consider the Lilies)」、マルコが「燃え上がる炎(Water Flames)」、ルカが「放蕩なる神(The Prodigal God)」、ヨハネが「初めに(In the Beginning)」である。

ぱっと見一番分かりやすいのはマタイ。
うっすらと百合の花が白っぽい水色の背景から浮き上がっている。

マルコも分かりやすいが、炎の赤の鮮烈さが何を指すのか・・・。

ルカは15章の「放蕩息子(The Prodigal Son)」をもじった題名になっている。
印象としては地平線を境に地上と空とが白絵の具で描写された形象で覆われ「和解」をイメージさせる。
興味深いのは近寄ってみると細い線で金箔文字(文章になっているようだ)が沢山何行にも渡って書かれていることだ。

ヨハネはタイトルからも想像できるが、筆者の目にはビッグ・バンの宇宙空間を連想させた。
四枚の中では一番重量を感じさせる色彩であり、荘厳さを醸し出している。

他の三枚は意外と軽やかで透明感を感じさせ、スペースの広がりや伸びやかさを感じさせる。
ただマルコの炎はちょっと違う感じだが。
むしろモーセが荒野で神の顕現に出合ったと言う「燃える柴」を連想させる。

とまあ、何ともグータラな感想記だが、何せアートに触れる機会の少ない素人なので頓珍漢な部分が殆んどだろうが適当に読み流して頂きたい。

最後に読者のために筆者の見た絵をネットで観覧できるサイトを紹介して終わりにする。
Dillon Gallery, Makoto Fujimura "The Four Holy Gospels"

2011年12月26日月曜日

もろびとこぞりて 追記

まだ「英語圏ブログ紹介」シリーズで取り上げていませんが(そのうち取り上げようと思っていたのですが)、
Storied TheologyブログのJ. R. Daniel Kirk(ダニエル・カーク)さんが筆者と同日(きのう)

"Joy to the World"
と言う記事を投稿しました。

内容的にも大分重なるところがあります。(偶然です。)

いいや、偶然ではないな。
と言うのも、カークさん(フラー神学校、北カリフォルニア地域、メンロー・パーク市を拠点にする新約学助教授)はN.T.ライト教授の影響を多分に受けているから。

良かったらどうぞお読みください。

2011年12月25日日曜日

もろびとこぞりて

日本のキリスト教会で歌っている賛美歌は殆んどが欧米の作者のものを訳したものだ。
もちろんクリスマスの賛美歌もそうだ。

先日たまたまツイートで目に留まったのが
And Heaven and Nature Sing
と言う歌詞が入っている賛美歌「もろびとこぞりて」だ。

へー改めて考えてみるとクリスマス、御子の受肉を祝うのに「天も地も歌え」とはなかなか似合っているではないか・・・。
と、その時はそのままで止まってしまったのだが、段々クリスマス・イブの「お話」を準備しているうちに、この賛美歌が気になり、それとなくネットを使って調べ始めた。
日本語の「もろびとこぞりて」ではなく、英語の、Joy To The World、で調べ始めたのだった。

ところで筆者の教会で使用している讃美歌集、「インマヌエル賛美歌」では「もろびとこぞりて」は以下のような節と歌詞になっている。
①もろびとこぞりて むかえまつれ  ひさしくまちにし
主はきませり 主はきませり 主は主はきませり
②くろがねのとびら うちくだきて とりこをはなてる
主はきませり 主はきませり 主は主はきませり
③とこやみの世をば てらしたもう  あまつみひかりの
主はきませり 主はきませり 主は主はきませり
④しぼめるこころの はなをさかせ めぐみのつゆおく
主はきませり 主はきませり 主は主はきませり
⑤あまつかみの子と いつきむかえ すくいのぬしとぞ
ほめたたえよ ほめたたえよ ほめほめたたえよ
ところがJoy To The Worldの歌詞はと言うと、
Joy to the World , the Lord is come!
Let earth receive her King;
Let every heart prepare Him room,
And Heaven and nature sing,
And Heaven and nature sing,
And Heaven, and Heaven, and nature sing.

Joy to the World, the Savior reigns!
Let men their songs employ;
While fields and floods, rocks, hills and plains
Repeat the sounding joy,
Repeat the sounding joy,
Repeat, repeat, the sounding joy.

No more let sins and sorrows grow,
Nor thorns infest the ground;
He comes to make His blessings flow
Far as the curse is found,
Far as the curse is found,
Far as, far as, the curse is found.

He rules the world with truth and grace,
And makes the nations prove
The glories of His righteousness,
And wonders of His love,
And wonders of His love,
And wonders, wonders, of His love.
あれっ、節数も歌詞の意も違うじゃないか・・・。
よく見れば「もろびとこぞりて」の原詩は、Hark, the Glad Sound!となっているではないか。
Joy To The Worldを原詩とする日本語賛美歌は「たみみなよろこべ」となっていて、すぐ隣にあるではないか。
なーんだクリスマスというといつも「もろびとこぞりて」を歌っているので、Joy To The Worldの訳詩だと勘違いしていたわけだ。

と言うわけでネットでJoy To The Worldをリサーチしてみると結構面白いことが分かった。
先ず著名な讃美歌作者、アイザック・ワッツのこの賛美歌はもともとクリスマス賛美歌ではなかったのだ。
彼は詩篇を題材にした讃美歌集を作ったのだが、そのうちこのJoy To The Worldだけが、それも歌詞の半分だけが辛うじて忘却から免れたのだと言う。

背景となっている詩篇は98篇。特に後半部分が歌詞に反映している。
全地よ、主に向かって喜びの叫びをあげよ。歓声をあげ、喜び歌い、ほめ歌え。
琴に合わせてほめ歌え
琴に合わせ、楽の音に合わせて。
ラッパを吹き、角笛を響かせて
王なる主の御前に喜びの叫びをあげよ。
とどろけ、海とそこに満ちるもの
世界とそこに住むものよ。
潮よ、手を打ち鳴らし
山々よ、共に喜び歌え
主を迎えて。主は来られる、地を裁くために。主は世界を正しく裁き
諸国の民を公平に裁かれる。
ワッツはこの賛美歌を「初臨のキリスト」ではなく「再臨のキリスト」にフォーカスして作ったのだと言う。
思えばこの賛美歌にはクリスマスのエピソードとなるマリヤとヨセフや、天使の賛美(グロリヤ・イン・エクシェルシス・デオ)、羊飼いや東の博士などは登場しない。

しかしヨハネ福音書序のロゴス論にあるような創造主と共におられた御子イエス・キリストが被造世界に「来たり・宿る」と言うクリスマスの意義をよく表していると思う。
受肉の出来事ゆえに被造世界全体が賛美へと招かれるのだ。
まさにHeaven and Nature Singだ。

そして3節、4節の歌詞も重要だ。
罪と死の呪いの呪縛に繋がれている被造世界が再臨のキリストの時、ついにその枷から完全に解放される希望を歌っている。
神のキリストによる愛と正義と真理の統治が完成するのだ。

クリスマスは初臨のキリスト、受肉の出来事を祝うが、キリスト者は再臨のキリストにおいて完成する新天新地を展望しながらクリスマスの賛美歌を歌うのだ。
被造世界は既にキリストにある新創造に与っているが、しかし未だ完成までの産みの苦しみの中に置かれている。
そのうめきと共に人類と被造世界全体の回復・癒しを予感しながら希望に溢れて私たちは賛美するのだ。

(※讃美歌の背景については英語ウィキ記事ここ、やここを参照。)

2011年12月23日金曜日

明日の礼拝案内

12月24日(土) 夕7時

クリスマス・イブ
キャンドル・ライト礼拝

ろうそくの火を燈しながら、賛美歌と聖書で進行する礼拝です。
どなたでもお加わりください。
きっと味わい深いクリスマス・イブになることでしょう。

※礼拝後には茶菓の用意があります。時間のある方はごゆっくり歓談の時をお過ごしください。
※翌日、25日は日曜日ですが、礼拝はありません。

2011年12月18日日曜日

トラウマ、って言ってしまったけど

今日クリスマス礼拝の後のこと、ある方とお話をしていてたまたま筆者の小学生時代の体験を語ることになった。
そのことを「トラウマ」と表現してしまったのだが、今になってトラウマという表現を軽く使い過ぎてしまったと今思い直している。

その体験とはこう言うものである。
(予め注意しておくが自慢話をしようというのではない。ただそういう流れの話ということで聞いてもらいたい。)

小学一年生の時の事であった。
学芸会の出し物で「さるかに合戦」の劇をやることになった。
最初に(幕が開く前に)劇の紹介をする生徒を選ぶことになったのだが、そのためにオーディションが持たれた。
用意された文章を先生の前で読み上げるのだが、どう言う訳か筆者が選ばれた。
恐らく声の大きさや、恥ずかしがらないで出来る度胸の良さとか、そんなことが要素になったのだと思う。

こう言うのもなんだが筆者は天真爛漫な方で、人前で一人で何かをやる、と言うことに殆んど自意識とか恥ずかしさとか(当時は)持ち合わせていなかったようだ。
練習でも、本番でもあがったり心配になったりと言うことが微塵も感じられなかった。

まっ大事なのは本番でのことなのだが、学芸会当日体育館一杯の生徒と親たちの前で「堂々と」「朗々と」、つまり余りにも見事にやってのけたようなのである。
本人はそのことを殆んど自覚していない。
自分が何かを見事にやったと言う自覚はなかったのである。

大分後になって親や姉妹から「あの時の劇の紹介が如何に聴衆の度肝を抜くほどのものであったか」を話してもらっても、いかんせん自分の中では「ふーん」と言う記憶しかないわけである。

ところで問題はその余りの自分の無自覚さである。
学芸会が終わって間もなくのことであったと思うが、たまたまお便所で用を足していると、自分の横で用を足していた身も知らない上級生(多分五六年生位であったろう)から、「あー、お前、あのサルと蟹は・・・やっただろう」と声をかけられた。
このことで筆者ははたと自分は「他人にインパクトを与えるようなことをやってしまった」と言う、何と言うか「しまった」と言うネガティブな印象を持つことになったわけである。
「へえー、上級生が一年坊主の俺のことを覚えていて声をかけてくるほど俺は大したことをやったのか・・・。えへん。」とは真逆の感情的反応を持ってしまったのである。
これが筆者の心にぐさりと刺さり、「もう二度とこのようなことはやるまい」みたいな覚悟を持ってしまったのである。

実際その後は劇とか人前で何かをやることには拒否反応を持つようになった。
多分大学生になる頃まで続いたのではないかと思う。

さて長いイントロになってしまったが、この体験を「苦い思い出」くらいに言っとけばよかったものを、咄嗟に「トラウマになっていて」と言ってしまった。
普段ことあるごとに教会員(筆者より少し年齢が上の方々)とは、「最近の子どもたちはいじめや何やらで傷つき易くなっているのじゃないかねー。
昔(自分たち)はもうちょっと喧嘩やいじめがあっても年長者が諌めたり仲を取り繕ったりして、心に傷がつくなんてことにならなかったように思うんだけどねー・・・。と話していた。
そんな時「トラウマ」なんて言葉でなんでもかんでも子供たちの心の傷の体験を表現するのはちょっとどうかねー。ちょっと過保護すぎやしないかなー。などと話していたのだった。

トラウマとは「心的外傷」とも呼ばれ、簡単に克服できない体験のことを指す、と説明されている。
かなり重症なケースに使われるべき言葉ではないかと思う。
筆者の体験など「トラウマ」などと言うにはおこがましい、誰にでも一つや二つあるような身近なものであった。それなのに今日の会話で、つい「トラウマ」と言う語を使ってしまったことは不用意だった。

今年は東日本大震災があった。
まさに「トラウマ」のような体験をした子どもたちや大人たちが多くいるに違いない。
そのような方々の体験を表す言葉を自らが軽々しく使ってしまったことを恥ずかしく思う。

2011年12月17日土曜日

明日の礼拝案内

12月18日 午前10時30分
待降節第四主日 クリスマス礼拝

「ルカのクリスマス・ストーリー」

ルカ福音書の1-2章全体を、朗読と交読で読み進めます。
間には賛美歌を織り交ぜながら。

※礼拝後には茶菓の用意があります。時間のある方はごゆっくり歓談の時をお過ごしください。

2011年12月15日木曜日

権威と服従

最近「ガバーナンス」とか「コンプライアンス」と言う語がよく使われている。

目立った事件としては巨人の球団代表兼GMだった清武氏と読売トップの渡辺氏の人事を巡る対立が訴訟合戦に発展している。
またオリンパスの巨額損失隠しのために取った違法行為。

前者の場合は組織防衛のための脱法行為と言うより人事権を巡る確執と越権行為の面が強そうだが・・・。

オリンパスの問題は大手メディアのおかげで最近一般大衆に認知されるようになった教会の不祥事問題とその隠蔽体質が相通ずるような観がある。
筆者のこれらの問題に関する知識は至って初歩的なものだが、いかなる組織も権威と統治の問題は避けて通れないと思っているので、会社であれ教会であれ「組織の権威と統治をいかに運用するか」に関して注意深く思慮深くなければならないと思っている。

オリンパスの巨額損失隠蔽は歴代の社長が関与していたらしいから、企業倫理に対するコンプライアンスより自社の組織防衛が優先された、と言うことになる。

最近の教会不祥事事件として(悪)名高い「卞在昌(ビュン・ジェーチャン)」事件は刑事事件としては無罪で終わってしまったが、ネットで情報を収集する限り、司法の問題としては別に教会も一組織として牧師と言う教会組織トップの不祥事に対して組織防衛的隠蔽体質が浮上していた問題のように思う。

オリンパスの場合よりも(一般的)牧師不祥事事件により共通するのは大王製紙会長のケースだろう。
社内的に創業家会長一族には「何も言えない」雰囲気があったと言う。
ナベツネさんもそうらしいが権威を帯びると「威圧的な物言い」で周りの人を有無を言わせず服従させる雰囲気を作ってしまうようだ。

牧師の場合は自己の権威を「王権神授説」ではないが神からの直接の権威と勘違いする傾向があるらしい。
普通の牧師ならなかなかここまで図々しくなれないだろうが、教会を大きくしたり、多くの教会員を獲得して「成功した」と自認・自慢するようになると、このような勘違いからはそう遠くない危険水域に達するようだ。
そして一旦そのような威圧的言動や行動に対して周りが黙認するようになるとますます抑制が効かなくなり、その組織内で力関係が下の者に対し自己の役職を越えた要求をしたり服従を求めたりするようになる。
パワハラやセクハラはそう言った「役職外れの権力の濫用」として現れる。

イスラエルの民は周囲の国から度々脅威に晒されることによって、彼らと同じように王を立てることを欲した。
預言者サムエルは本意ではなかったが彼らに王政を敷くことを許した。
しかし王がどのように強権を発動するのかを予め示し、更に王が従うべきルールを与えた。

パウロは「すべての権威は上からのもの」であるとローマ書13章で言っている。

すべからく人の上に立つ者は上から与えられた権威の範囲とその権威の為すべき役割とを知り、自制の徳を持たなければならない。

言うのは簡単だが「適正な権威の範囲」を超えたかどうかを判断するのは実は非常に難しい。
それは「権威と服従」は個々の文化でかなりな程度固定されていたのが社会の変化によってその線が流動的になっているからである。

参考までに最近読んだブログ記事でその辺のことを取り扱っているものを紹介しよう。

①女性と男性と言うジェンダー間での「権威と服従」の線引きが変化している。
足蹴にされている/踏みつけられている
踏みつけられている妻について」(以上、上沼昌雄先生のブログ)
"...your daughters will prophesy" (レイチェル・ヘルド・エバンスのブログ、右コラムにもリストされています)

②もう一つセクハラ関係では、(恐らく)温厚で慎重な物言いのラリー・フルタド氏が、つい先だって開かれたSBL(聖書学会)の間、二人の女性教員から、別々の機会に、学生時代著名な聖書学の教授たちからセクハラを受けたとの告白を聞いた、と述懐し、非常に遺憾であり、同僚(同業者)としてこのようなことがあってはならない、と強い口調で発言している。
Disturbing Reports and Troubling Questions

少々雑駁な文章になってしまった。また機会があったら考えてみたい。

2011年12月10日土曜日

明日の礼拝案内

12月11日 午前10時30分
待降節第三主日礼拝

朗読箇所 ルカの福音書 1:67-80
説教箇所 ルカの福音書 1:73-75
説 教 題 「主に仕える」
説 教 者 小嶋崇 牧師

2011年12月9日金曜日

アン・ライス「主イエス・キリスト」

アン・ライス(日本語ウィキ)は米国の人気作家。


吸血鬼とか魔女とを題材にしたベストセラーホラー小説作家として有名(らしい)。

カトリックの家庭に育ったが18歳で「教会を去り」、後に無心論者の絵描きと結婚する。
しかし小説家として「道徳的問題」にもぶつかりながら霊的葛藤の中を潜り抜け、ついに1998年、カトリック教会に戻る。(同性愛者である息子のことで、カトリック教会の同性愛に対する立場に悩みながらも。)

その頃から彼女は「主イエス・キリストーエジプト脱出」と言うイエスの幼年期時代を取り上げた小説を書き始める。
この小説を書くにあたって彼女はヨセフスや新約聖書学者、なかでも保守的な立場のN.T.ライトの著作を参照した。
しかし彼女の小説のベースになったのは特にルカ福音書であり、福音書記述の信憑性や史実性に対して懐疑的な学者へは否定的な態度を露にした。
彼女はこれまでの自分の読者に対しても、またファンダメンタリストやリベラルなキリスト者にも、また非キリスト者に対しても、正統主義の立場(十全に神であり人である)に立った「主イエス・キリスト」を知ってもらいたいとの願いを持って書き上げたのだと言う。(2005年ビリーフ・ネット記事より要約)

と言うわけで、筆者の関心は実はアン・ライスその人ではなく、N.T.ライトに関連する存在としてであった。
実際筆者がアン・ライスという作家を知ったのは、彼女がサン・フランシスコのグレース大聖堂で行ったN.T.ライトとの対話を聞いたからであった。(このリンクから聞くことが出来ます。)

その後アン・ライスはフェイスブック上に以下のような言をもって「もう教会はやめた」と宣言し、大いに耳目を集めた。
I refuse to be anti-gay. I refuse to be anti-feminist. I refuse to be anti-artificial birth control. I refuse to be anti-Democrat. I refuse to be anti-secular humanism. I refuse to be anti-science. I refuse to be anti-life.(2010/07/29 ハッフィントン・ポスト
ただしキリスト者であることをやめたのではなく、既成教会(彼女の場合はカトリック教会)の「文化的対抗主義(そんな語あるかどうか知りませんが)」に嫌気がさした、と言うことのようです。

さてなぜ今アン・ルイスを記事に取り上げたかと言うと、(彼女の今日のツイートで知ったのですが)「主イエス・キリストーエジプト脱出」が映画化されるというのです。
それも「ハリー・ポッター」シリーズの製作陣によって。

映画化に当たってのインタヴューでアン・ライスは教会を出たことに関して質問されたようで以下のようなことばを残したようです。
“My heart and soul and love for Jesus Christ is in this book,” Rice told Examiner.com. “It really has nothing to do with my move away from Organized Religion. That had to do with many theological and social and political issues that have no connection with Jesus at all.”(Harry Potter Producer To Work On New Film About Jesus Early Life
筆者の教会では、マタイ福音書とルカ福音書の「クリスマス・ストーリー」を毎年交代で取り上げているのですが、この映画がイエスの幼少年期をどう描くのか興味深く待ちたい思います。

2011年12月6日火曜日

北川東子と教養

ツィッターでフォローしている、山脇直司東京大学教授(@naoshiy)の以下のツイートに何か目が留まった。
今日は長らく闘病生活をされておられた駒場の尊敬する同僚の訃報に接し、ずっと落ち込んでいました。心より先生のご冥福をお祈り申し上げます。Wikipedia
リンクを辿ると同僚の方とは北川東子氏のことだった。
全然聞いたことのない名前だった。(東大教授で名前を知らない人が殆んどであるからそれ自体は何の不思議でもない。)
ただ妙に同僚の大学教員に対しこのようなツイートを残す何がしかの人柄と言うか人物を「北川東子」氏に感じたので耳に残った。

そうしたら別の方が北川東子氏の訃報に触れて思い出を語る連続ツイートに出会った。
以下一つにまとめる。
いま、新しい本の相談をしているのですが、その最後に書こうかな、と思っている話。「僕が東大で受けた、もっとも美しい授業」 あんまし反響ないかな、とかとも思いつつ、ちょっと考えています。
僕が学生として東大で受けた「もっとも美しい授業」は30を過ぎて二度目の博士取得の際に参加した北川東子先生のゼミナールでした。学生はたった3人、 ニーチェの「悲劇の誕生」の原書講読。毎週木曜日の午後4時過ぎから先生の部屋で始まりますが、深い議論になりやすく9時10時になる事もしばしば6時7時を過ぎるとおなかも空き、先生のご発案で34回目あたりから夕ご飯時に場所を駒場の研究室から渋谷方向に少し歩いた店に移しビールを傾けながらま た3,4時間ゼミ後半の議論になりました。そういう時の北川先生のゼミ指導の所作が本当に素晴らしかった。テキストの一言一句を精緻に読みながら一人の好奇心に満ちた個人として何の衒いもなく、必要ならその場で辞書なども引きながら、本当に嬉しそうに楽しそうにニーチェを読んでゆかれました。上か らものを仰る先生ではなく僕らも好きに発言し、その場で調べて間違ってたりもしながらテキストと同時にテキストとどう関わるかの姿勢も学びました。5時間6時間に及ぶゼミは一方向的な講義では到底もたず、素の構えでどう向き合うかという仕事そのもの、ビールを傾けつつ資料も前に真剣な議論というのは北川先生が博士を取られたベルリン自由大学ご留学時代のご経験と同様ということで、こういう授業をやってみたかった、とも仰っておられました。酒を飲みながらの授業とは何事か!と怒る方があるかもしれませんがニーチェの「悲劇の誕生」は酒の神のランチキ騒ぎみたいなお祭りの話で、また北川先生は 本当に端正な仕事をされる方で、そんな先生がビールを飲みながら議論しましょう!と嬉々として輝くように読解の喜びを体現しつつ教えて下さった。決して上からモノ申すのでなく、同じテーブルでその喜びとか、あるいは瞬間的な発想、アイデアなども遊ばせつつ「テキストと戯れる」ということを目の前で 行って下さった。ちなみに鋭利と言って良いほどの北川先生の実力は知る人は誰でもしっています。本当の本物の知性、いま思い返してみて僕が学生時代に受けたあらゆる講義や授業の中で、飛びぬけて「美しい」授業として、現在まで自分の支えになっているのは北川東子先生の原書講読のゼミナー ルでした。ただドイツ語本来の難しさはその場で先生が解いちゃうので僕の語学力はここでは伸びなかった^^;それはこれからの僕の課題と思います。(以上、 Ken ITO 伊東 乾
外国の哲学者の原文(テキスト)と格闘する。
その共同作業に長時間没入できる数人の教師と生徒の充実した「学業」の光景が眼に浮かぶ。

しかし北川東子氏は教養学部の教員として絶えず自問自答しながら「教養とは何をどう教えることなのか」を模索していたらしい。
(こちらをお読みください。「『二十一世紀的教養』を求めて」

全く見ず知らずの方だが、なぜかこの北川東子氏について一文残したい思いがした。
北川氏の教員としての姿勢、誠実さを印象付けられた思いがする。

それにしてもまだ50代の若さで・・・。

2011年12月4日日曜日

クリスマスの12日

クリスマスって一体期間的にはどの程度なのか。
教会暦では12月25日の前の四回の日曜日が待降節となる。
でも非キリスト教国の日本ではそのはるか前からクリスマス・デコレーションやクリスマス・ソングが巷に溢れ始める。

キリスト教会でもそれぞれの都合で12月に入るとクリスマスの様々な催しが持たれる。
筆者の教会では大抵12月の第三日曜日がクリスマス礼拝、24日の夕に燭火礼拝となる。

筆者が英会話講師を勤める某キリスト教団体では、その昔まだ英会話プログラムが盛んであった頃、クリスマス礼拝・パーティーをやっていた。
数曲キャロルを歌うのだがよく歌われたのがTwelve Days of Christmasだ。
何しろ英会話クラスの生徒たちがメインなので語学的には少しハードなこの歌が選ばれていたのかもしれない。

こちらは教会で育ったので賛美歌のキャロルは知っていてもそれ以外のキャロル、つまり直接キリスト教的ではない、民俗的なキャロルは歌い慣れていない。(もちろん有名な「ジングルベル」とか「赤鼻のトナカイさん」とかは別だが。)
で、ついぞTwelve Days of Christmasに関しては「何と面倒くさいキャロルなんだろう」くらいにしか思っていなかった。
訳の分からんプレゼントが一日ずつ増えて行き、歌の節が進むごとにそれらを全部順に言うなんて・・・と思わずにはいられなかった。
でもこのキャロルが子どものためのわらべ歌、数え歌のようにして親しまれてきた、とあっては文句の言える筋合いのものではないのかもしれない。

そんな思い出しかないキャロルだが最近ひょんなことからこのキャロルの面白みを知った。(断っておくが歌う面白みではない。)

一つはこのキャロルの歌詞を字義通りに使って「ひっちゃかめっちゃかなお話」を作ることができるということである。
Day 1
On the first day of Christmas my true love gave to me, a partridge in a pear tree. Such a thoughtful gift, she knows how much I love fruit. She also knows my building’s pretty strict about pets so the bird threw me a little. But he is a cute little guy.
Day 2
On the second day of Christmas my true love gave to me, two turtle doves. Wow, she’s really into the avian theme this year. Um, thank you? I guess I’ll just put them in the kitchen with the partridge and the pear tree, which suddenly seems a lot bigger than it did yesterday.
Days 11 & 12
These final days have come and gone in a bewildering fog. I remember drummers. Pipers. Lots of them. I haven’t slept or washed my body in quite some time. Food is scarce… the fighting, fierce. I killed a lord today! Snatched him right out of the air and killed him with my bare hands. Now he doesn’t leap anymore. I used his leotard as a net to trap one of the swans. She was delicious. Didn’t even cook the old gal. Ha! I made everyone gather around and watch—that’s what you do when you want to send a message. A very important message! This is my castle! Do you all hear me? Do you see what I’ve done? What I am capable of!! No more eye contact with the king, do you understand? Or I will end you! I will end you all right here and now!! Now one of you fetch me a goddamned pear. The king needs something sweet.(The Twelve Days of Christmas by Colin Nissan
まあちょっとブラック・ユーモアだが、確かにこんな贈り物を毎日もらっていたら家中ひっちゃかめっちゃかになってしまうはずだ。
ドダバタ劇を想像するのは容易い。

でも歌い継がれてきたこのキャロルをそんなギャグ風に楽しんでいる方は少数派だろう。
歌詞のナンセンスさについては余り考慮しないでとにかく「歌い切る」のを楽しんで来たのではないかと英語文化圏外の者は考えるしかない。

で、改めてこのキャロルについて検索してみたら、その背景についてこんなことが書いてあった。
エリザベス1世により「統一令」が出された1558年から1829年の「カトリック教徒解放令」までの期間、英国ではローマ・カトリック教の信者は、公然と自分たちの信仰を実践することは出来ませんでした。
そこで、イギリスのカトリック教徒たちは、自分たちの信仰を織り込んだ「わらべうた」を創作しました。つまり、一見数え歌のように聞こえ、歌っても捕らえ られる心配がないが、裏にカトリックの信仰をも歌い込んである──そんな歌を創作したのです。それがこの「クリスマスの12日」というキャロルでした。
歌は二重構造になっていて、表向きは他愛もない子供の歌ですが、裏の意味はローマ・カトリック教会への信仰を示す敬虔なものです。歌詞のすべての単語は、 カトリック信仰の核をなす概念の暗号(符牒)になっていて、信者たちはこれを歌う時、暗号の裏に秘められたものを思い浮かべ、自分たちの信仰の実践にした のです。(歌詞の翻訳と説明も合わせてこちらをどうぞ。)
「暗号」と言うより当時の権力構造で出来た「隠語」のようなものだとおもうのだが、それはそれで分かって歌っている方は一種の快感なのかもしれない。

筆者はしかし違う面白みを感じた。
先ほどの歌詞を字義通りに受け取ってひっちゃかめっちゃかな話に仕立てるやり方に対応して、これはカトリックの聖書解釈法の伝統である「アレゴリー」的用法、遊びに見えるのである。
アレゴリー解釈とは字義通りの意味の他に隠された別の意味がある、と言う前提で聖書テキストを解釈することである。
例えば有名なアウグスチヌスの「良きサマリヤ人のたとえ」の解釈などがそうである。

上記のサイトの説明では1から12までの「モノ」は
  • 第一日の「ナシの木の中のウズラ」は、木の十字架にかけられたイエス・キリスト(Jesus Christ)を表します。
  • 「二羽のキジバト」は、神からの他の贈り物である「旧約」「新約」両聖書を表します。
  • 「三羽のフランスのメンドリ」は、「信仰」、それをささえる「希望」、そして神の「愛」を表します。
  • 「四羽の囀る小鳥」はイエスの救済を描いた、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネによる「四福音書」を表します。
  • 「五つの金の指輪」は聖書の最初の五つの本、「モーゼの五書」を表します。
とあるように、別にわざわざ暗号にする必要がないプロテスタント、カトリック双方が共有するものである。
なぜ暗号化しなければならなかったか、の説得的な説明としていまいち腑に落ちない。

まあこのキャロルの歴史文化的背景はあるいはもっと複雑なのかもしれませんが、筆者にはこのキャロルの歌詞の「字義通り」と「アレゴリー」の対比として興味深く楽しませてもらいました。

2011年12月3日土曜日

明日の礼拝案内

12月4日 午前10時30分
待降節第二主日礼拝

朗読箇所 ルカの福音書 1:5-23,57-66
説教箇所 ルカの福音書 1:64
説 教 題 「彼の口が開け、舌は解け」
説 教 者 小嶋崇 牧師

2011年12月2日金曜日

教会暦と信条

先日ご紹介したスコット・マクナイト教授の「王なるイエスの福音」をようやく入手して読了した。

「福音」とは「イエスが王であり主であることを宣告する」こと、及びその枠組みは「イエスの物語がイスラエルの物語を完了し、解決する」ものであること、が一貫して説かれている。

福音が「救いの計画(あるいは救いの順序)」とそれを「説得する」こととほぼ混同、還元されている現状に対して、パウロが簡潔な形で伝承された『福音』(Ⅰコリント15章)、四福音書、使徒の働きに収録されているペテロとパウロの伝道説教に照らし合わせて「使徒的福音」の輪郭を提示し、それを通して矮小化された現在の福音理解を比較分析している。

ここまでの部分はほぼ予想通り、と言うか筆者が考えてきた「福音問題」を扱う方法論として共通するものがある。

ただ筆者の考察で足りない部分として「いかに『ゴスペル・カルチャー』を育てていくのか」と言う課題に対して、マクナイト教授はやや面白い提案をしている。

それが標題の『教会暦』と『信条(歴史的信仰告白や宣教会議文書も含めているが)』の自覚的使用である。

最近(ここ10~20年位の傾向か?)福音主義のクリスチャンがカトリックや正教に改宗すると言う現象が目に付く。
一つは聖書の個人解釈権の原理に立つことによる果てしない論争、権威の脆弱性や崩壊に幻滅して、と言う面があるだろう。
さらに「信心(の継続)に関し、プロテスタント個人主義の不安定性に対し、カトリックや正教が提供する「教会的伝統」の安定性が評価されていることがあるであろう。

そのような傾向の中でプロテスタント側も「リタージカル(典礼)」なものへの関心・接近が無きにしも非ず。

しかしマクナイト教授が『教会暦』と『信条』をゴスペル・カルチャーを醸成するものとして提案しているのは以上のような文脈からではなく、『教会暦』と『信条』がまさに彼の言う『福音』の提示と見るからだ。
この指摘にはやや意外な感じがした。
The church calendar is all about the Story of Jesus, and I know of nothing ... that can "gospelize" our life more than the church calendar. It begins with Advent, then Christmas, ... Anyone who is half aware of the calendar in a church that is consciously devoted to focusing on these events in their theological and biblical contexts will be exposed every year to the whole gospel, to the whole Story of Israel coming to its saving completion in the Story of Jesus. (p.155、強調は筆者)
逆説的かつ皮肉っぽい見方だが、このような「ゴスペル・カルチャー」で漫然と育ったカトリックの信者は、福音主義が強調するイエス・キリストに対する自覚的回心にどれだけ至っていると言えるのだろうか。
教会暦それ自体ではゴスペリングしていると言えるのだろうか。
文化=習慣に埋没してしまうことがどれだけ多いことだろう。

だから教会暦の「神学的、かつ聖書的文脈」をよほど自覚した上で、しかも全体を「ナレーティブ」な枠組みで把握した上で教会暦を過ごさないと「ゴスペリングしている」とはならないのではないか。

信条に関しては更に意外に感じた。
確かに『使徒信条』くらいまではマクナイト教授の言う「福音」の内容を羅列していると言えるだろう。
しかしその“信仰箇条”を「イエスの物語がイスラエルの物語を完了し、解決する」と言う枠組みで告白している信者はどの位いるだろうか。
これも「ナレーティブ」な意識で取り組まないと個別の箇条の寄せ集めに感じられてしまうのではないか。
さらにその後のニカヤ・カルケドン信条に至ってはギリシャ的思惟のオブラートが被ってしまってユダヤ的思惟の遺産である「ナレーティブ」枠組みは殆んど意識されず、教理的に統合されたものに映るのではないか。
最近の研究ではユダヤ的ナラーティブ構造が認められることが指摘されているが。Oskar Skarsaune and Reidar Hvalvik編著、JEWISH BELIEVERS IN JESUS, (Hendrikson, 2007)

しかし個人的にはマクナイト教授の提案する、教会暦と信条をゴスペリングな機会として自覚的に用いることには賛成である。