2014年9月19日金曜日

(4)新カルヴィン主義動向③

シリーズ3回目。

どこまで行くのでしょう。(当分終わりそうもないのが怖い。)

「新カルヴィン主義の動向」とは、ここ5-10年程度と言うごく最近のことであり、言ってみれば「現代(主に)北米プロテスタント教会史」に属する出来事を扱うわけで、「(依然として)流動的な(あるいは一過的な?)現象」を追跡するようなものではないかと思います。

北米プロテスタント史と言えば、もう引退していますがシカゴ大学のマーティン・マーティー教授や、ノートルダム大学のジョージ・マースデン教授(彼も引退していた)、そして同じくマーク・ノル教授などがいます。

彼らはこの動向に気がついているのでしょうか。
そしてどんな風に見ているのでしょうか。

① ジョージ・マースデン教授
 少しネットであちこち調べてみたのですが、「ニュー・カルヴィニズム」についての言及は見当たりませんでした。
 今年2月発売されたばかりのThe Twilight of the American Enlightenment: The 1950s and the Crisis of Liberal Belief、はタイトル副題の通り1950年代が焦点ですから、「現在のカルヴィニズム、福音主義」には直接は関係してきませんね。

 (※とは言え、新カルヴィン主義を牽引する4旗手 -- ジョン・パイパー、ティム・ケラー、マーク・ドリスコル、と -- の一人アルバート・モラー・ジュニアのポッドキャスト番組でこの本についてのインタヴューに答えていますが・・・。)



②マーク・ノル教授
 ノル教授もマースデン教授と同様「新カルヴィニズム」についての動向について特に発言していると言うことはないようです。

 最近の本やインタヴューを見てみると、もっと大きな文脈でのキリスト教の動向について関心を示している模様。

 しかしジョン・パイパーが総長を務めるベツレヘム大学・神学校に昨年招かれてた時の動画がネットに見つかりました。



 このインタヴュー動画で、司会者が「新カルヴィニズム」のような背景を持つ学生が、「世俗のアカデミックな場で研究することは、そして生き延びることは可能か」、と質問しています。

 ノルの回答は、
(基本的には)どんな分野であっても知的追求は可能だ。その学生の信仰的確信の深化については教会や同じ基盤に立つ者たちの交わりの中でした方がいいだろう。アカデミックな文脈で自分の宗教的信念について披瀝するのは(しかし)終身雇用を獲得するまで控えた方がいいだろう。
といったものです。


 マースデンもノルも「新カルヴィニズム」に対してどのような評価を持っているか、ストレートな発言は見つかりませんでした。

 しかしマースデンがアルバート・モラーの番組に、そしてノルがジョン・パイパーの催しに招待されそれに応えているところから見るとやはり親近感は持っているのだろうと思われます。

 やはり同じカルヴィン主義の流れの福音主義者として共通するものは色々持っているのでしょう。


 (次のフォローアップ質問も興味深いのですが、意味を汲み取ることが十分出来なかったので省略します。)


③マーティン・マーティー教授

 マースデンやノルとは異なり、新カルヴィニズムをより「外から」眺めることのできるマーティー教授は今年1月のサイティングス(『発見情報』)で「カルヴィニズムと対立という題で寄稿しています。

 使徒パウロが依然として種々論争の火種であることを幾つか例証していますが、その一つとしてカルヴィニズム神学への関連に言及しています。

 短い論評の中でヒントになるようなことを仄めかす様に書いています。

 新カルヴィニズムは果たして「イマージェント教会」「ミッショナル教会」など、5年サイクル程度で置き換えられる「流行」に過ぎないのかどうか。もっと長続きするのか。

 新カルヴィニズムのリーダーたちが内輪の神学的指導権にだけ関心を持っているのか。それともそこからさらに外に、パブリックに向かっての「デスティニー」を感じているのか・・・。



と言ったところが今回掲載できる分です。

段々複雑になって行くかもしれませんが、また次回に続く。

3 件のコメント:

  1. 「ミッショナル教会」という流行がある(あった?) んですね。
    3年ぐらい前か、うちの教団のアメリカ人(だったと思う)の監督が教団内の大会に来て、「Be missional」と熱く語ったらしいんですが、なんだ流行だったのかぁ~と。ただ、実際にどんな流行だったのでしょう。小嶋先生の知っておられる範囲で教えていただければ嬉しいです。

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  2. くぼき先生
    コメントありがとうございました。
    ご質問ですが、また機会があれば「ミッショナル」については取り上げてみるかもしれません。

    この場では簡単ながら「流行」如何について。
    この場合流行とは「大勢」が「ミッショナル、ミッショナル」と合唱しているかについてですが、あくまで印象ですけど「物珍しくなくなった」段階に入っていることは確かです。
    だから最早「流行」とはいえません。
    しかし定着した面があるかもしれません。これからもまだ見ていく必要があると思います。

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  3. 小嶋先生
    回答いただき、ありがとうございました。

    ミッショナルと言っても、いろんな言葉の意味合いがあるのかなぁと思っています。

    ・内向き志向の教会が外に向かって宣教に行こうとする。
    ・神の宣教(ミッシオ・デイ)の理解へとパラダイムシフトする。
    etc.

    おそらくアメリカ社会においても9・11後、文明の衝突という中での宣教は問い直されているようにも思えますので、その中でのミッショナルとはどのように合唱されているのか、また機会がありましたら、ブログ記事などででもお教えいただければうれしいです。

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