既にこの本の2章まで読んだ時点での、「紹介」と「推薦」の文章を書いた。(リンク)
一応読了した時点で「アマゾン」のカスタマー・レビューに投稿したが1週間以上経っても表示されないので、不採用になったか、撥ねられたのだと思う。(撥ねられたとしたら文章が長すぎたのかもしれない。一応最高1万字までいいはずなのだが・・・。)
と言う訳でその書評をここに掲載することにした。
(いくらか教会関係者向けに、幾分簡略にした書評は「本のひろば」に掲載されることになるだろう。)
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リチャード・ボウカム教授は単なる(狭義の)新約聖書学者ではない。
(狭義の、とは福音書なり何なりのある新約聖書文書だけを微に入り細に入り研究しているような学者の意。)
キリスト教神学の最重要問題であるキリスト論や宣教論など、広範囲に、そして旺盛に、著作を続けているまことにスケールの大きなワールドクラスの学者である。今回のボウカム教授の来日講演でもその片鱗は遺憾なく発揮されたことは多くの方の認めるところと思う。
親しみやすい人柄もまた著者の優れた資質で、本書でも初学者に対して平易で丁寧な解説に努めている。
このコンパクトな「史的イエス」及び「福音書」研究の入門書に貫かれているのはボウカム教授の「歴史家」としての視点ではないかと思う。
従来の「イエス入門」であれば(と言ってもそれほど類書を読んでいるわけではないが)、「奇跡物語」「たとえ話」「山上の垂訓」と言った項目にまとめられることが多いと思うのだが、この入門書は各章のタイトルを見ていただけば分かるように、「神の王国」の宣教という視点の下にイエスの言行録が納められている。
つまりナザレのイエスと言う人物の「言葉と行い」を導いた「神の王国」と言うテーマがどのように展開され、最後には彼の死に至ったのか、と言う歴史的出来事の内的論理展開を明らかにしようと努めている様に思う。
その意味で「なぜイエスはあのような形で死に至る歴史的必然性があったのか」、更になぜそのような死を遂げた「自称」メシアの死後、キリスト教と言うイエスの弟子たちによる運動が成立しえたのか、と言う非常に大きな歴史的問題を射程に入れた、ある意味高度な入門書と言えなくもない。
(ユダヤ教の一派からキリスト教へと展開するに過程において「復活のキリスト」と「史的イエス」とを明確に区別した上で統合することがかなり決定的に重要であったことを、「目撃者証言」パラダイムから福音書を読む意義として指摘している。179-80ページ)
この辺読者の方にもそれなりの歴史に対するセンスと言うか関心が共有される必要があるように思う。
二、三この入門書の興味深い点を挙げてみたい。いずれも彼の専門的研究の成果が反映されているポイントである。
①イエスの死・埋葬・復活(Ⅰコリント15章によれば使徒的福音伝承の最重要事項)に関し、女弟子たちが果たした「目撃者証言」としての重要性をクローズアップしている。
②一世紀パレスチナに生きた「ユダヤ人イエス」を再構成するに当たっての福音書の歴史資料としての信頼性を支持する考古学的・地理情報的資料を(小さな入門書という制約の中で)駆使している。
最後に一点だけ「日本の読者」に興味深いこととして挙げれば、178ページに遠藤周作の『イエスの生涯』に言及している。復活に懐疑的な立場から、「弟子たちがイエスは復活した」と信ずるには、何かとても衝撃的な体験があったに違いない…と言うアプローチの一例としてであるが。
さて最後に簡単に本書の推薦を。
総合的には大変優れたイエス入門書と言えるだろう。
どこぞの国では「○○○なキリスト教」などと言う本が30万部を越す売れ行きだったとのこと。しかも一部の教会やミッション系学校ではこの本が「キリスト教入門」だか「キリスト教概論」だか、そんなクラスの教科書に選ばれたのだと言う。(もしそうだとしたら、何とも嘆かわしい状況、と個人的には思わざるをえない。)
「キリスト教入門」の王道は、やはり歴史のイエスと真正面から立ち向かい、イエスの(公)生涯における宣教と、イエスの十字架の死と復活の出来事の意義とを、その後のキリスト教が歴史的に成立していく根拠として見定めることではないかと思う。
本書は簡潔ながらその課題に応え、読者を更なる探求へと誘うだろう。
冒頭の「日本の読者へ」には、本書が初学者にも上級者にも読めるように配慮した旨が書かれている。
しかし筆者の実感では、初学者にとっても、たとえ教会に通う敬虔なキリスト信者にとっても(むしろそのことの故にかもしれないが)、このような歴史家による大胆な太い線と時折見せる詳細な線による「イエスの素描」は、しっかり腰を据えて読まないと消化できないのではないか、と思われる。
読者の集中力が要請される。
しかし見返りは大きい。それは上級者にも当てはまる。
タイトルから「この本は簡単な入門書」と誤解しない方がいい。価格は1,995円だが、たっぷりおつりが来るほどの専門的な情報・洞察がちりばめられており、(分かる人が読めば)読みながら、まるで宝物探しをしている感がするだろう。
キリスト教には関係ない、と思っている一般読者には特にお勧めである。
この本は適当に書かれたイエス入門でも、キリスト教入門でもない。語り口は穏やかで、文章の調子は抑制が利いているが、世界一級の聖書学者、原始キリスト教史学者がイエスについて、キリスト教について投げ込んだ直球である。しっかりと受け取ってみて欲しい。
是非参照して欲しい。
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